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MESSIER・CODE/VI952 ◆rZaHwmWD7k


鳴上ら一行、そして嫉妬のホムンクルスが去った少し後。
契約者、魏志軍は再び倒壊したジュネスへと舞い戻っていた。
黒の死神、そして先刻出会ったドールに関わる事情を除いては、
常に合理的な判断を下す彼が、人っ子一人いなくなったジュネスに戻ったのは、
当然のことながら訳がある。

「いやはや、何とも驚嘆に値しますね」

そう、彼以外に生きている”人間”は一人もいなかった。
見上げるは氷に閉ざされたまま固まっている人魚姫。
足を掬われ、救われず、怪異に身を堕とした少女だ。

彼女こそ、魏がここに戻った目的だった。


「仲間に襤褸切れの様に捨てられ、さぞ無念だったでしょう」


冷ややかな冷気を感じながら、氷の彫像を撫でる。
こうして見れば、大変に前衛的な氷のオブジェに見えなくも無かった。

だが、内包された悪を滅ぼすだけの悪に対する焼け爛れるような怒りは、
救われなかった因果に対する憎悪は、
自分を置いて逝った友に対する絶望は、

あまりにも生生しく、氷から溢れ出る様で、常人なら嫌悪と恐怖で目を背けてしまうだろう。
それは芸術品にとって致命的だ。

しかし、魏志軍は常人ではない。


十五メートル程距離をとり、もう一度怪物の氷像を仰ぎ見る。
そして、薄く笑った。

「今、自由にして差し上げましょう」

その指のブラックマリンが怪しく光を放つ。
それと同時に生まれた水流は、まるで獲物を捕らえた百足の様に、氷塊を締め付け、圧力を加えていく。

「中々の密度だ、これを使って皹ひとつ入らないとは…!」


氷は皹ひとつ入らない。
その事実を目のあたりにした魏は心中で命を賭してこの氷を創り上げたあの人形使いの少女――里中千枝に短い賞賛の声を送った。

だが、いかな永久氷壁でも自分の能力の前では無力に等しい。
額に汗を浮かべながら、指を弾く。
すると、先ほどあの氷に触れた際に塗りたくった自分の血を付けた部分が、見事消え失せた。
すると、千丈の堤も蟻の穴より崩れる と言う諺の通りに、先ほどまで皹ひとつとして入らなかった堅牢さを誇る氷が悲鳴を上げ始めたではないか。


「憎いのでしょう…許せないのでしょう。ならば、報復すれば良い。
 貴方にはその力があるのだから」


ピシリ、ピシリとヒビが入る音が大きくなっていく。
そして―――



―――一つ、尋ねたいことがあるのですが、よろしいですか。アンバー。

―――ん、なーに。

―――私はBK201を殺しますが、それでも宜しいのですか?

―――うん。

―――貴方は、南米ではBK201の仲間だったと聞いていますが。

―――黒と戦ったら貴方死ぬよ。だって、黒が勝つから。


緑髪の少女は、まるで未来を見てきたかのように私にそう告げた。
そして、私はその言葉の通りに―――

『―――往け、BK201…!』




舞台は移り変わり、ジュネスから目と鼻の距離にある駅。
そこに魏志軍は潜伏していた。
火傷の痕が刻まれたその貌を、言いようのない不快感に歪めて。


彼の目論見は外れ、氷は砕けることは無かったのだ。

あの人形使い達を押していた暴威を、あのままあそこで氷付けにしておくのは惜しいと思い、あの氷を砕いて後は暴れるに任せようと思ったのだが。
あの怪異が他の参加者と潰し合ってくれれば、優勝は確実に近づく。
事実、あのドールがいなければ自分は見事漁夫の利を得ていただろう。
もし、襲ってきたとしてもワープができる道具がある自分ならあしらう事も容易だと踏んだ。

懸念すべき点はドールの一行やBK201があの怪異と鉢合わせした場合だが、
あの未咲と言う警察の女ですら囮に使う黒の死神ならば、殺されることは無いだろう。
確信染みた予感があった。
そしてドール達一行は、あの怪物の脅威を知っているので対処法が見つかるまで退くハズである。

…などと考えた故の行動だが、氷は砕けなかったのだから全ては砂上の楼閣である。
あれ以上、使えるかどうか分からぬ化け物に固執する時間も体力の余裕も無かった。

『……弱くなんかない。
絆は……強さの証なんだよ。鳴上くんは空っぽなんかじゃない。
いつか、皆バラバラになる。二度と会えないかもしれない。だけど、それが何なの?
いくら離れても私達ずっと仲間じゃない!』

不意に、あのドールと共に氷を作り出した元凶である人形使いの少女が叫んでいた言葉がリフレインした。

絆。
その言葉を、喉元で転がす。
それこそが、自分の目算を邪魔をしたのだろうか。
それが、あの黒の死神に負けるまで無敗だった自分の能力を受け、水流に飲まれながらも怪異をこれ以上の凶行を起こさせまいと封じ込める氷を作り出したのだろうか。

「絆、ですか」

もう一度。今度は口に出してみる。


「まったくもって度し難い」


彼らは、他者から受ける束縛を信頼と履き違えている。
自分がかつて踏み台として利用した青龍堂の次期頭目、アリスの様に。
あの化け物を排除した途端、諍いを始めておいて絆とは片腹痛い。


確かに氷は砕けなかった。
しかし、自分の行いがまったく無駄だったかといえばそうではない。
このゲームが終わるまで解けなかったかもしれない氷は数時間ほどで溶け、砕けるだろう。
もし、元々数時間ほどで溶けるのだとしたら、一時間ほどに時間は減るだろう。
もっと体力に余裕があれば、確実に割ることもできた。

「……まぁ、これ以上考えても詮の無い事でしょうね」

多対一の戦いが続いたため、あの圧倒的優勢に味を占めた所もあるかもしれない。
反省しながらチラリと、脇の電光掲示板を見る。


何やら全て路線は破壊されていた様だが、ここからの路線は破壊されるのが西と図書館の方角にある路線より早かったため、復旧もまたその二線よりも早いらしい。
後もう少し待てば電車が運航を再開させるだろう。

デバイスを操り、これからどこに向かうかを思案する。
自分は北東から出発して、西回りで図書館にまで赴き、あのプロデューサーとの戦いで南東に移動した。

自分が進路としてきた北西、南東にBk201がいる可能性は低いだろう。
南東に居たのならばあのドールが観測霊で感知しているはずだ。
残りは北東と南西であるが…。

「もう一度、戻ってみますか」

選んだのは、北東だった。
勿論、拙い仮定だ。南東はともかく、南西や北西に居る可能性だって十分にあり得る。
だが北東ならば、もし黒が居なくても道中で首輪を入手していればアインクラッドの首輪交換機が使える。

最早、魏の中で首輪交換機への信頼は地に堕ちつつあったが、利用価値のある物は何でも利用するのが契約者らしい合理的な判断だろう。

急ぐ必要がある。時間はあまり残されていない。
速やかにBK201を殺害し、あのドールも屠らなければならない。
あの掛け値なしの災厄だ。
あれが目覚めてしまえば、最早優勝どころではないだろう。

それに気づいているのは、この会場では恐らく、自分だけ。
そして、


「アンバー…先ほどの白昼夢は、また貴方の仕業ですね?」

彼が顔を不快感に歪めていたもう一つの理由。
ビタミン剤を飲み、先の戦いで溜まった疲労を癒そうとした矢先の事だった。
再び流れ込んできた三時間ほど前の、黒の死神が敗れた光景とは違う、奇妙な既視感を感じる映像。

あれは恐らく、自分にとっては未来の、彼女にとっては過去の会話の映像だろう。
そして、血だまりに沈む自分もまた…。
嫌がらせの様なタイミングだった。

「……終末宣告とでもいうわけですか」

あの緑髪の少女がアンバーで、アンバーの能力が噂の通りだというのなら、BK201と戦えば、自分は、




―――――関係無い。


黒の死神と戦う事こそが今の魏志軍にとっての全てだ。
元より、あの雪辱を晴らすまで退くつもりなどない。
もし、優勝できず志半ばで途絶えるとしてもそれだけは譲れない。
例え、定められた運命が約束された敗北と死だとしても。

そう心中で決意を新たに固めた時ピンポンと短いアナウンスが入る。
復旧作業が完了し、運航が再開するらしい。
電車に乗れば、あのドール達に邪魔されることなく手早く北上できるはずだ。

電車の扉が開き、駅の照明よりも強い光がほんの数刹那自分の視界を焼く。
放送は、列車に乗りながら聞くことになるだろう。

椅子の背もたれに体を預け、休養を取りながら茫洋と窓に映る空を見る。
暁の空は既に紫がかった色にグラデーションされ、星が覗いていた。

(この空は…)

それは、彼の世界では失われて久しい、本当の星空だった。
その中に何故自分の契約者としての偽りの星が混じっているのかは分からなかったが、
それは彼にとってこの場所が元の世界の因果や運命を変えうる象徴のように思えた。

(そうだ、私は勝利する…アンバーですら見うる事が無かった未来を手に入れてみせよう)

偽りの星空のもとなら逆らいようのない運命なのだとしても、
この、本当の星空の下ならばあるいは―――――、

【F-7 西(電車内)/一日目/夕方】

【魏志軍@DAKER THAN BLACK‐黒の契約者-】
[状態]:強い決意、疲労(中)、黒への屈辱、背中・腹部に一箇所の打撃(処置済み)、右肩に裂傷(処置済み)、右腕に傷(止血済み)、顔に火傷の痕、銀に対する危機感
[装備]:DIOのナイフ×8@ジョジョの奇妙な冒険SC(魏志軍の支給品)、スタングレネード×1@現実(魏志軍の支給品)、水龍憑依ブラックマリン@アカメが斬る(魏志軍の支給品)、次元方陣シャンバラ@アカメが斬る(セリム・ブラッドレイの支給品)、黒妻綿流の拳銃@とある科学の超電磁砲(星空凛の支給品)
[道具]:基本支給品×3(魏志軍・比企谷八幡・プロデューサー・一部欠損)、テレスティーナ=木原=ライフラインのIDカード@とある科学の超電磁砲(比企谷八幡の支給品)、
     暗視双眼鏡@現実(比企谷八幡の支給品)、アーミーナイフ×1@現実(武器庫の武器)、パンの詰め合わせ@現実(プロデューサーの支給品)、
     流星核のペンダント@DAKER THAN BLACK(蘇芳・パブリチェンコの支給品)、参加者の何れかの携帯電話(蘇芳・パブリチェンコの支給品・改良型)、
     うんまい棒@魔法少女まどか☆マギカ(星空凛の支給品)、医療品@現実(カジノの備品)、鎮痛剤の錠剤@現実(カジノの備品)×4、
     ビタミン剤の錠剤@現実×11(カジノの備品)、ビリヤードのキュー@現実×6(カジノの備品)、ダーツの矢@現実×15(カジノの備品)、懐中電灯×1@現実(カジノの備品)
[思考・行動]
基本方針:全ての参加者を殺害し、ゲームに優勝する
0:電車を使い北上。アインクラッドに向かう道中で首輪を入手する。
1:BK201(黒)の捜索。見つけ次第殺害する。
2:強力な武器の確保。最悪、他のゲーム賛同者と協力する事も視野に入れる。
3:合理的な判断を怠らず、可能な限り消耗の激しい戦闘は避ける。
4:あのドールは……。
[備考]
※テレスティーナ=木原=ライフラインのIDカードには回数制限があり、最大で使用できる回数は3回です(残り1回)。
※上記のIDカードがキーロックとして効力を発揮するのは、ヘミソフィアの劇中に登場した“物質転送装置”のような「殺傷能力の無い機器」・「過度な防御性能を持たない機器」の2つに当てはまる機器に限られます。
※暗視双眼鏡は、PSYCO-PASS1期10話で槙島聖護が使用したものです(魏はこれを暗視機能の無いごく一般的な双眼鏡と勘違いしている)。
※スタンドの存在を参加者だと思っています
※シャンバラの説明書が紛失している為、人を転移させる謎の物体という認識です。
※シャンバラは長距離転移が一日に一度で尚且つランダム。短距離だとエネルギー消耗が激しいですが、通常通りに使用できます。
※ブラックマリン・シャンバラ共に適正を持ち合わせており、特に後者については出典元であるアカメが斬る!での所持者・シュラと同等の高い適正を誇っています。
※シャンバラの大まかな使用用途を理解しました(長距離制限には気付いてない)。
※あらかじめ水源付近(H7北部の河川)にシャンバラでマーキングを行っています。
※ペルソナとスタンドの区別がついていません。
※銀の変貌に勘付いていますが、黒との決着を優先しています。


全ての建造物が潰え見晴らしが良好になったジュネス。
そこに聳え立つ魔女の氷像。
魏志軍があけた孔から、氷全体に罅と欠落が広がっていたが、今も嫉妬の魔女を封じているのはこの氷を創りだした少女の生き様の強さの表れか。

しかし、少女は既に滅びた。
この世に永遠などと言うものは無い。
里中千枝が遺したものも消え失せる。
この現世は、生者の意思こそが優先されるのだから。

ピシリ、とまた新たに罅が入り、零れ落ちた滴が沈み行く太陽の光に反射して煌めく。

魔女は禍々しき複眼でじっと虚空を――否、音ノ木坂学園のある方向を見つめていた。
この氷の戒めが解かれた時、魔女がどこへ向かうかは分からない。
唯一つはっきりしている事は、魔女は、災禍を振りまき続けると言う事だ。

【F-7/一日目/夕方】

【オクタヴィア・フォン・ゼッケンドルフ(美樹さやか)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:凍結
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:演奏を聞いていたい。
1:邪魔する者を殺す
※制限で結界が貼れなくなっています。
※首輪も付いています。多分放送位は理解できるでしょう。
※凍結は放送後遅くとも1時間程で溶けます。
※氷の罅から放送が聞こえるようになりました。


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159:It's lost something important again 魏志軍 179:WILD CHALLENGER(前編)
美樹さやか 168:Look at me
最終更新:2016年12月13日 22:28