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Anima mala ◆dKv6nbYMB.







「...なんだよ、ここ」

目を覚ましたら、真っ暗闇の中だった。
そこかしこに瓦礫が散らばっており、瓦礫から降りれば脛まで浸かる血だまりの海。
奇妙、異質、不気味。
そんな言葉では言い表せない不快感が醸し出されている。

「...あたし、確かにエドたちと一緒にDIOと戦ってたよな?」

あたしの記憶が間違いでなければ、妙な殺し合いに連れてこられて、たくさん戦って、色んな奴が死んじまって。
最後の記憶は、イリヤの爆弾を防いだところだ。
その後、もっとでかい爆発に襲われて...

「そうだ、エドは、サファイアや他の奴らはどうなったんだ?」

あたしの防御結界で耐えられなかった爆発だ。
全員五体満足なんて都合の良いこと...

『あるはずないよねぇ』

背後から声が聞こえた。
あたしはすぐに振り返り、魔法少女に変身し、槍を突き付ける。

「...!」

振り返った先にいたあたしは目を疑った。
瓦礫の上に座っていたのは、あたし。
影みたいに真っ暗な身体で、眼に金色の光を灯した、あたし自身だったんだからさ。

『我は影、真なる我...まあ、小難しいこと言ってもわかんないだろうからさ、あたしのことはあんたのシャドウとでも呼んでくれればいいよ』

シャドウと名乗ったそいつは、黒色の林檎を齧りながらにやついた顔であたしを見つめてくる。

「...なんなんだよ、あんたは」
『もっと解りやすく言おうか?あたしはあんた。あんたの生み出したものさ』

ますます訳が分からない。
あたしと同じ姿をしてはいるが、あたしはあたしで、こいつはこいつだろ。

『まだわからないって顔してるねぇ。だったら、あたしがあんたって証拠を見せてあげるよ』


そういうなり、シャドウは自分の掌を合わせて、そのまま左右に開く。
すると、その掌から零れ落ちるのは、幾つかの小さな紙人形。
それぞれ神父、女性、女の子、幼児の特徴をしていた。


『むかーしむかし。あるところに心優しい神父様がいらっしゃいました』

シャドウは、小さな子供に聞かせるように、ゆったりと語り始めた。
...馬鹿にしてんのかこいつ。

『神父さんはいつも悩んでいました。どうして、世の中から不幸はなくならないんだろう。どうすれば消えるんだろう、と』
『そこで神父さんは決めました。新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だ。だから、教義にはないことかもしれないけれど、少しずつ説教を広めていこうと』
『もちろん、そんなことをしてしまったから信者のみんなはカンカンです。たくさん集まっていたみんなもすぐに神父さんのもとには訪れなくなり、神父さんも本部から破門されてしまいました』
『そんなことがあって、神父さんと家族のみんなはすっかり貧乏になってしまいました。家族揃って食事にすらありつけず、いっつもひもじい思いをしていました』
『かつての信者だった人たちや、そうでない人たちのもとへ訪れ、一生懸命神父さんの考えを熱弁しても、誰も相手にしてくれません。それどころか、これでもかと罵られたり、水をかけられたり、神父さん達はすっかり嫌われ者になってしまいました』
『でも、神父さんは頑張りました。家族の支えもあって、諦めることなく説法を説きつづけました』

『ある日のことです。神父さんが起きると、教会には大勢の人々が押し寄せていました。もしかして、とうとう街から追い出しに来たと言うのか。神父さんは覚悟を決めて皆の前に出ました』
『するとどうでしょう。押し寄せた人々はみな、神父さんの説法をもっと聞きたいと口々に言ってくるじゃありませんか』
『もちろん神父さんは大喜び。皆に自分の説法を説けば、皆は神父さんの言葉を信じ、お布施まで寄付してくれます』
『ああ、これでようやく家族を、世の中を幸せにできる。私が蒔いていた幸せの種は、決して無駄なんかじゃなかった―――神父さんはそう思っていました』
『でも、それはただのまやかしでした。本当は神父さんは何にも成し遂げていなかったのです』

「...もういい」

『神父さんは、彼の説法を突如人々が聞き入れるようになった理由を知ってしまいます。それも、彼にとって絶対に許せない最悪の理由を!』
『ある夜、神父さんは誰も居なくなった筈の教会で大勢の人々が倒れているのを見つけました。その人々の中、唯一立っていたのは奇妙な恰好をした自分の娘ただ一人でした』
『娘は言いました。私は皆がお父さんの話を聞くのと引き換えに、お父さんのために魔法少女になったと。―――それが、どれほど神父さんを傷付けるのかも知らないで』

「やめろ」

『それを聞いた神父さんは絶望してしまいました。当然です。神父さんのやってきたことは、全て世迷言の無駄な努力で、その上娘に悪魔に魂を売らせてしまったのですから』
『色んなものを抱え込んだ神父さんは壊れてしまいました。お酒に溺れ、護ってきたはずの家族にまで手を挙げる始末です』
『そうして、とうとう神父さんは...』

グシャリ、とシャドウの掌の人形が、ひとつを残して握りつぶされる。

『ただ一人、疎ましい存在になった娘を置いて、家族みんなで天国へ旅立ってしまいましたとさ』

「やめろって...言ってんだろうが!!」

触れられたくもないことをぺらぺらと喋る口を黙らせるため、あたしはシャドウへと槍を振るう。
しかし、シャドウの身体を貫いたかと思えば、まるで幻かのように掻き消えて。

『これでわかっただろ?あたしはあんた。つまり、あんたのことならなんでも知ってるってさ』

声のした方へと振り向くと、五体満足のシャドウが笑みを浮かべて立っていた。

「チッ...それで、なんの用で現れたんだよ」
『要件?別にないよ。あたしはあんたがいるから生まれてきて、ここがあるからあんたの前に現れた』

ますますもって、意味が分からなくなる。
こいつはあたし自身だとか、ここがどうとか、用件もなく現れたとか。
頭の中がこんがらがってサッパリだ。
こんなところ、一秒たりともいたくない。

「...なら、さっさとここから出してくれ」
『なんで?』
「決まってんだろ。まだなにも終わってない」

そうだ。
御坂のことも。
イリヤのことも。
さやかのことも。
エドや関わった奴らのことも。

まだなにも終わってはいない。だから




「あたしのこれまでに決着をつけるためだ」『みんなの不幸を見たいから』



...は?



『なに意外そうな顔してんのさ。あんたもホントは気付いてんだろ?ここまで生きてきた理由って奴にさ』
「なにをいって」
『あんたのソウルジェムは、感情によって濁りやすさが変わるのは知ってるよねぇ。なのに、あんたは無事にここまで生きてきた。殺し合い云々じゃない、もっと根本的なことさ』

シャドウが、血の池を歩きばしゃばしゃと鳴らす。

『普通、自分が原因で家族が自殺とかしたらさぁ、もっと落ち込むもんだよねぇ。それこそ支えがなけりゃ戦いなんざ禄にできないくらいには』
『でもあんたは違った。マミさんを突き放して、挙句に信念も持たずに生きるためだけに魔女を狩って、使い魔が何の罪もない一般人を殺そうとも知らんぷり』
『そんなやり方でここまで生き残ってきたあんたが、今さら誰かの力になる?お笑い草も甚だしいよ』

シャドウは、マミさんや父さん、それにノーベンバーやアヴドゥル、ジョセフの恰好をした紙人形を作りだす。
それらを持ったまま自分の手を血の池に突っ込み、引きずり出すと、人形はどろどろの血に塗れてグロテスクな様相を醸し出した。

『素直になりなよ。父さんやマミさんが死んだ時、ホントは"ザマアミロ、あたしの言う事を聞かないからこうなったんだ"って思っただろ』
正義の味方気取ってた美樹さやかをブッ飛ばした時、"イキがってるからこうなるんだよ"って、スカッとしてたんだろ。わざわざ慰めるフリをしてあいつを教会に呼んだのも。自分より前を向いてるあいつの身体と理想が崩れてく様を見たかったんだろ』
『ここに来てからはどうだ。出会いがしらに承太郎に喧嘩ふっかけて。それからも色んな奴に迷惑かけてきた。ノーベンバーもアヴドゥルもジョセフも。みーんな、あんたのせいで死んだ』
『そんなあいつらの死も、結局あんたを楽しませるためだけのものなんて、つくづく救われないよ』

「ちがう...」

『DIOに洗脳されてた時だってそうさ。あいつの洗脳能力は完全じゃなかった。実際、イリヤって子は曲がりなりにもDIOに逆らったしね』
『でもあんたは違う。猫と再会しても、御坂に殺されかけても、アヴドゥルが必死にあんたを止めようとしても!...あんたは逆らおうとすらしなかった』
『居心地がよかったんだろ?いくら不幸を振り撒こうが、あんたのやったことは全部DIOに押し付けられて、自分は悪くないから安全圏で高みの見物が出来る。最高の環境じゃないか』

「ちがう...あたしは...」

『ちがうっていうならさぁ。どうしてあんたの周りの奴らは次々に死んでいくっていうのに、あんたはこうしてソウルジェムも濁り切らずに生きてこられたんだろうねぇ!』

「...!」

『認めろよ。あんたは、自分より恵まれた奴らがだいッキライで、奴らが破滅していくのを見たいだけだってさぁ!』

「あたしは―――!」

そこまで言いかけて。
自分がなにを言ったのかもわからないまま、引きずり出されるような感覚と共にあたしの意識は遠のいた。




「...ふむ」

市庁舎を一通り探索し終えた田村は、顎に手をやり考える。

(広川に所縁がある場所だ。なにかしらあると思っていたが...)

結論からいえば、目ぼしいものはなにもなかった。
多少棟内が荒れている程度で、人が長時間滞在していた痕跡も見当たらない。
わかったことは、かつて自分もそれなりの頻度で利用していた市庁舎と寸分違わぬ構造であったことくらいか。

(...もしかしたら、この市庁舎はただの囮かもしれないな)

主催の広川に所縁のある施設だ。
彼を知る者ならば、まず怪しいと睨んで捜索するだろう。
事実、自分もなにかがあると期待してこの市庁舎に足を運んだ。
そして、元来の市庁舎と寸分違わぬお蔭で、『ここには必ずなにかがある』と視点を狭めていた。
だが、それが広川、ないしは裏に潜む者の狙いだとしたら。
こうして参加者の目がこちらに向くように誘導しているのだとしたら。
おそらく、ここ以外の北西エリアに大切な何かを隠しているはずだ。

(まあ、単に私が見落としているだけかもしれないが)

少なくとも、田村一人でこれ以上市庁舎を探索するのは時間の無駄遣いとなりそうだ。
ならば、そろそろデイバックで眠る彼らを起こしてもいいだろう。
田村はデイバックの中から、ウェイブ、次いで佐倉杏子を取り出し床に横たえる。
しかし、よほど疲れているのか、二人は呻き声を微かにあげるだけで未だに目を覚まさない。

「仕方ない」

仮にも重症人を乱暴に扱うわけにはいかないので、ペットボトルの水を両者の顔にかける。

「ぶはっ!?な、なんだ!?」
「起きたな」
「あれ?あんた...どこだここ」

目を覚ますなりキョロキョロと周囲を見回すウェイブに続き、杏子もゆっくりとその上体を起こす。

「えっと、あんたは...」
「まだ名乗っていなかったな。田村怜子。それが私の名だ」
「田村...ミギーの仲間か!」
「そういうお前はウェイブだな。マスタング達やサファイアから聞いている」
「マスタングにサファイア...!マスタング達に会ったのか!?サファイアはどうなったんだ!?あいつらは無事なのか!?」
「落ち着け。順番に説明しなければ混乱するだろう」
「あ...わ、ワリィ」

取り乱すウェイブが落ち着くのを見計らい、田村は語る。

最初に説明したのは、サファイア達のことだった。

「先程の戦闘だが、お前はどこまで覚えている?」
「えっと、DIOっておっさんが後藤に食われて、イリヤって子が爆弾を投げてきた辺りまでは憶えているんだが...」
「ならそこまでは省くぞ。あの時、イリヤの放った光弾から、私とエドワード、それにお前達を庇い、セリムとサファイアは死んだ」
「なっ!?」
「死んだ...!?」

思わぬ名前を聞いたウェイブと、今まで意識が朦朧としていた杏子が同時に驚愕の声をあげる。
ウェイブが驚いたのは、サファイアが死んだこともそうだが、それ以上に、セリムまでが自分達を庇って死んだという事実だった。
セリムとは図書館で既に戦っており、その理由も、父であるキング・ブラッドレイのために殺すだとか死にたくないから嫌々戦うなどではなく、単に正体を知られたからだというひどく一方的な理由からだった。
雪乃が言っていたように、ホムンクルスだからと不必要に警戒をしていたこちらにも非はあるのかもしれないが、それを差し引いても、自分と狡噛への容赦ない猛攻や花陽への言葉は、到底自衛の枠では納まらないものだった。
次に出遭えば再び戦うことになる。そう覚悟していたウェイブだからこそ、セリムが自分達を庇って死んだという事実は信じられるものではなかった。
だが...こうして自分達が生きているということは、田村の言葉は真実なのだろう。

「...どうしてあいつは俺たちのことを庇ったのかな」
「さあ。それは私にはわからないわ」

セリム・ブラッドレイはホムンクルスであり、その思考を言葉も無しに共感するのは不可能だ。
人間であるウェイブやエドワードはもちろん、ただでさえ感情の起伏の薄い寄生生物なら尚更だ。
だが、それでもわかることはある。

「彼は最期に母を呼んでいた。私にわかるのはそれだけよ」

永き年月を生きたホムンクルスが、その最期に偽りの家族の名を呼ぶ。
人間の感情などわからないと言っていた彼の、最後に見つけた『人間』としての答えなのだろう。

「なぁ...サファイアは、本当に死んじまったのか?」

杏子が、焦点の定まらない眼で田村に問う。

「ああ。『このような場所で、良い仲間に恵まれ幸運だった』。そう言い残して壊れてしまったよ」
「そう...か」

それを聞くと、杏子は力なくがくりとうなだれてしまう。
よほど仲が良かったのか、相当なショックを受けていることがウェイブの目から見てもわかる。
いまの彼女には下手な慰めの言葉は逆効果だろうとウェイブは判断する。


「...続きを話してもいいかしら」
「...頼む」


田村が次に話すことにしたのはマスタングのことだ。

「彼と出会ったのは、DIOの館の付近よ」
「DIOの館...?なんだってそんなところに」

マスタングとは、狡噛が目を覚ましてから音乃木阪学院で落ち合う予定だった。
しかし、DIOの館は図書館からでは真逆の方角だ。
まさか道を間違った訳ではあるまい。

田村は語った。
マスタングが、生きていたセリューと合流した時に起きたこと。
そのセリューも、本田未央島村卯月を助けるために命を落としたことを。

「...そうか。セリューは、最期まで正義を信じて戦ったんだな」

ウェイブの視界が滲む。
彼女の正義論は異常だった。
己の主観で善悪の全てを判断し、悪と見なした者には一切の躊躇も情けもかけない。
他者から見れば、自分勝手な傲慢な振る舞いとしか思えない。
しかし、それでも。
彼女は、最後まで護るべき民を見捨てなかった。どれだけ傷ついても護り抜いてみせた。
彼女の正義の全てが過ちではなかった。その事実に、ウェイブの心は幾らか救われたような気持ちになった。

「ごめんな、セリュー。お前が辛い時に側にいてやれなくて...」

同時に、とめどない後悔が襲う。
なぜその場に自分はいなかった。
セリューの隣で戦うのは―――同じイェーガーズである自分の役目だったはずだ。
共に戦い、傷つき、過ちを償う。
その役割をマスタングに押し付けてしまった。

自分はいつもそうだ。
ボルスさんの時も。
クロメの時も。
そして、セリューの時も。
大切な者たちが苦しんでいる時に、いつも側にいてやれない。

これは誰の責任でもない。
偶然にも不運が重なってしまっただけ。戦場でなくともよくあることだ。
それに、ウェイブがアカメたちと共に行動していなければ、アカメたちが全滅していた可能性は非常に高い。
ウェイブという人間は一人であり、どちらかを選ぶしかなかったのだ
このことでウェイブを責める者はいないだろう。田村やマスタングらはもちろん、クロメやセリュー、いなくなってしまった者たち全てを含めてだ。
だが、それで済ませられるほどウェイブは合理的な人間ではない。
彼の後悔は、その命が尽きるまで消え去ることは、決してない。

だからこそ強く思う。
彼女の遺したものは、必ず護らなければいけないと。



「なあ...マスタング達は無事なのか?」
「......」

田村の中で一瞬の躊躇いが生まれる。
DIOとの戦いで躊躇いなく味方についたことや、これまでの会話から、ウェイブが仲間思いな男であるのはわかる。
そんな彼に、卯月のことを伝えるべきか否か。
答えはすぐに出た。

「マスタング達は、私から逃げ出した島村卯月を追っている」
「どういうことだ?」

もしも、未央たちが卯月の説得に失敗し、重傷ないし殺害された場合。
その牙はウェイブにも向けられる可能性は高い。
そうなれば彼のことだ。
卯月を殺せないだけならまだしも、下手をすれば背を向けた途端に殺されかねない。
そう判断したため、田村は伝えることにしたのだ。

「島村卯月は、私と共に行動していた西木野真姫を殺した」
「――――!?」

ウェイブの目が大きく見開かれる。
信じられない―――というよりも、理解をしたくない、といったような表情だ。
当然だろう。
仲間が命を賭けて守った者が、護るべき者の命を摘み取ったというのだから。

「嘘だろ...」
「本当よ。だから、私はここにいて、マスタング達は南の方角へ向かっている」

田村は嘘偽りなく語る。
卯月が真姫に致命傷を与えた時のこと、そして田村の殺気に怯み、逃げ出したことを。

「なんでだ...なんでこうなっちまうんだよ...!」

怒りや悲しみ、様々な感情が入り混じり、ウェイブの強く握られた拳が震える。
そして、感情のままに部屋を飛び出そうとするウェイブだが、しかし田村は呼び止める。

「いまあなたが行ってどうするつもり?」
「決まってるだろ、卯月を探すんだ!」
「あなたが説得する、とでも言うのかしら」
「そうだ。セリューは俺の仲間だ。だから...」
「奴があなたの言葉に耳を貸すとでも?」

田村の睨みに、ウェイブはひとまず押し黙る。

「島村卯月は、セリュー・ユビキタスに依存している。しかし、その彼女が死んだと認識したいま、どうなるかはわからない」
「だったら尚更だろ。俺が卯月を止めなきゃ...」
「逆効果だ。仮に奴が『自分の描いたセリューの正義』を行使し続けると決めたとしよう。ただでさえセリューの最期に居合わせなかった仲間であるお前が、奴の『セリュー』の信念を否定すれば、お前に対する敵対心はより増加するだろう」
「じゃあ放っておけって言うのかよ!?」
「仮に、奴を説得できる者がいるとしたらだ。それは奴をよく知る者か、セリューの最期に立ち会った者だろうな」
「ッ!...くそっ」
「なんにせよ、奴を探し出すのは放送が終わってからの方がいい。もし、マスタングと未央が呼ばれ、奴だけが呼ばれなかったとしたら...」
「...ああ、わかってる」

卯月をよく知る者―――本田未央。
最期までセリューと共に戦った者―――ロイ・マスタング
もしもその両者で説得が不可能であれば、ウェイブでは力不足だ。
最悪、これ以上罪を重ねる前にこの手でケリをつけなければならないかもしれない。
いまのウェイブにできるのは、マスタングたちを信じることだけだ。

ひとつ深呼吸し、両手で頬を叩き気を引き締め直す。



「それで落ち着くのか?」
「まあ、少しな。...ありがとよ、おかげで一人で突っ走らずにすんだ」
「そうか。...それで、お前はどうする」

田村は、ウェイブから視線を外し、杏子へと問いかける。
サファイアが死んだと聞かされてから、ずっと塞ぎこんだままだったのだ。

「...エドワードは」
「?」
「エドワードはどこへ行った?」
「猫と共に、御坂美琴とキング・ブラッドレイを止めると出ていった。おそらく、東部か南部...いや、東部側だろうな」
「...そうか」

ふらり、と力なく立ち上がると、田村に背を向け扉に手をかける。

「...なら、あいつのところに行くわけにもいかないよな」
「佐倉...?」
「あたしは南の方にでも行くよ。運が良ければ、ほむらやまどかの奴も見つけられるかもしれないし」
「―――待てよ」

杏子の様子に異変を感じたウェイブが、肩を掴み呼び止める。

「あのエドワードって奴を追う訳でもなく、一人で行動するつもりかよ」
「......」
「お前もそれなりに戦えるのはあのDIOっておっさんとの戦いでわかったけどよ、ブラッドレイ達以外にも、後藤とかエンヴィーみてえな危ねえ奴はたくさんいるんだぞ。だったら俺たちと...」
「一緒にいて、どうなるんだよ」

杏子は、肩を掴むウェイブの手を払う。
なにすんだ、と言いかけるウェイブだが、彼女の目を見た途端に言葉を失ってしまった。

「どうせ、あんたらも死んじまうんだろ」

彼女の目に、もはや生気などなかった。
生きる気力を失くした死人の目をしていたのだ。

「あたしと関わった奴はみんな死んじまう。ノーベンバーもアヴドゥルもジョセフも...サファイアも」

ノーベンバーに本当にやりたいことを探せと遺されて。
アヴドゥルに命を繋がれて。
エドにもう一度立ち上がる力を貰って。
ジョセフにDIOの能力を広めろと託されて。
...なにができた?

「もう嫌なんだよ、あたしのせいで誰かが死んじまうのはさ」

何にもできなかった。
サファイアの仲間のイリヤを僅かにでも止めることすらできなかった。
サファイアがいなかったら、DIOの能力を広めることすらできなかった。
ジョセフの仇を討つこともできずに、DIOは呆気なく後藤に喰われた。
サファイアや曲りなりにも力を貸してくれたセリムも自分を庇って死んだ。

杏子自身は途中で田村に引きずり出された所為で忘れてしまったが、デイバックの中でシャドウに言われたこと、そしてサファイアという仲間を失ったことが重なり、エドとの出逢いでぶちまけ薄れたはずの喪失への恐怖が再び蘇ってしまったのだ。


「田村。エドと別れる時、あいつはあたしについてなんか言ってたか?」
「いいえ。あなたのことはウェイブ共々頼まれただけよ」
「...やっぱりな。エドの判断は正しいよ」
「どういう意味だよ、佐倉」
「あたしなんざ、連れて歩く価値もねえってことさ。だってそうだろ?キング・ブラッドレイも御坂もとんでもない奴らだ。なのに、あいつは一人で解決しようとしてるんだ」

単純に考えて二対一。ましてや、その二は参加者の中でもトップクラスであろう実力者だ。
DIO一人に歯牙にもかけられなかったエドが勝てる確率など、針の穴を通すよりもわずかなものだ。
その確率を少しでもあげるには、戦力となる者が必要だ。だが、エドはあえてそれを放棄した。
共に戦うと約束した仲間であるはずの杏子を置いて、敢えて単身で戦おうとしているのだ。
つまり。

「こんな役立たずの疫病神、連れて歩く方がどうかしてる。...なあ、あたしの言ってることは間違ってるか?」

悲痛な面持ちで問いかける杏子に、ウェイブは『間違っている』と断言することはできなかった。
例えば、先の図書館での分離のように、大雑把ながらもメリットとデメリットを配慮しつつ話し合いそのように行動したのなら、その結果に後悔することもできる。
エスデスと足立の件のように、状況が許さないうえで且つ意思疎通をして別れるのならば、まだ納得はできる。
だが、今回のように何も言われずに置いて行かれれば、残された者はどうしようもない。後悔も納得もできないまま足を止めてしまう。
果たして、エドワード・エルリックは杏子を気遣って置いて行ったのか、それとも本当に足手まといだと判断したのか。
おそらくは前者だろうが、杏子を納得させられる慰めの言葉など思いつかない。

返答がないことを確認した杏子は、再び背を向け部屋から出ようとする。

「お前のその考えは間違っている」

しかし、今度は田村が杏子を呼び止めた。

「お前がいなくなったところで、私たちが生き残る確率があがるわけじゃない。単純に戦力が減るだけだ」
「...でも、あたしに関わった奴はみんな死んだ」
「お前が殺したのではないだろう。お前が裏切りでもしない限り、共に戦う者への不利益はゼロだ」
「みんなあたしを庇って死んだんだぞ!ノーベンバーもアヴドゥルもジョセフもサファイアも!あたしのせいじゃなけりゃ、誰が...!」
「それは彼らが選んだだけだ。彼ら自身がお前を生かしたいと思っただけで、お前が原因で死んだわけじゃない」

ここへと連れてこられる前―――死ぬ前のことを思いだす。
容赦なく襲いくる弾丸の雨の中、田村は自らの子のために命を捨てた。
反撃しようと思えば反撃できた。逃げ出そうと思えば逃げ出せた。
けれど、そのどちらを選ぼうとも、自分の子が人間たちに敵視される危険性は高かった。
だから、田村はどちらも選ばず、子供の身の安全を泉新一に託すことを選んだ。そして彼女は命を落とした。
その死の責任を子供に負わせるつもりなど毛頭ない。田村がそうしたいと思ったから護っただけのことだ。
ジョセフ以外の面々は知らないが、おそらく彼らもそうなのだろう。
如何な思惑があれ、彼らが生かしたいと思ったからそうしただけで、杏子がいるから死んだわけではない。
少なくとも、田村はそう思っている。


「当てもなくさまようくらいなら私たちと一緒にいろ。迷惑をかけたくないと言うなら尚更だ」


あくまでも冷静に、事実だけを告げる田村に、杏子は反論ができなかった。
田村の言葉に間違いは無い。しかし、理解はできても納得などできない。
やはり、共に行動してきた者たちの死は、どうしても杏子の足を竦ませてしまう。
言葉だけで全てを振り払えるのなら、世の中に悩みや苦しみなんてものはないのだから。

「―――でも、あたしは」
「わかった」

杏子が必死に振り絞ろうとする拒絶の言葉を遮ったのは、ウェイブ。

「俺たちは、お前がいままでどんな経験をしてきたのかは知らないし、田村の言葉で納得できないなら、俺にお前を納得させることなんてできない」

だから、と言葉を区切り、拳を握る。

「どうしても出ていくって言うなら、俺たちも連れていけ。そんで、お前が置いて行かれたことを気にしてるなら―――勝手に出てったエドワードの奴をぶん殴るぞ!」

単身で御坂とブラッドレイを止めに行ったエドワードに、ロイ・マスタングの背中が重なる。
彼は、天城雪子を殺してしまった罪悪感から、共に戦おうとしたウェイブを気絶させて一人で勝ち目のない戦いへと挑んだ。
おそらく、エドワードも同じなのだろう。
彼がウェイブと田村、果ては関わり深い杏子を何も言わずに置いていったのは、戦力差や彼らの実力を見損なったわけではない。
自分が傷だらけになるのは平気だが、身内が少しでも傷つくのには耐えられず冷静さを失ってしまう。
だから、誰よりも責任を感じてしまい、無謀だと思われるようなことも率先して引き受けてしまう。...残された者がどう思うかを考えられずに。
そんな彼らを止めるには、一度正面からぶつかり合わなければどうしようもない。
それは身を持って経験したことだ。
故にウェイブは決めた。
エドワードの優しさが仲間を苦しめていることに気付かせるため、もう一度杏子とエドを会わせると。

「私たちから離れたいから出ていくと言ってるのに、私たちが着いていっては意味がないだろう」
「うっ...と、とにかくだ。誰も死なせたくないのは俺も同じだ。佐倉、お前が自分を責めようが、俺はお前を見捨てねえぞ」

杏子は思う。
無茶苦茶だ。
杏子は彼らのことはほとんど知らないし、その逆も然りだ。
お節介にもほどがある。エドワードも大概だと思ったが、コイツらはそれ以上だ。
だからこそ死なせたくないというのに、彼らは見捨てようとしてくれない。
どうして誰もかれもが放っておいてくれないのか、どうして...

「...もういい。勝手にしろ。後悔しても知らないからな」

それだけ吐き捨て、杏子は膝を抱えて蹲る。
情けないと思いつつも、その両頬を伝う涙を止めることはできなかった。
それは嬉しさからなのか恐怖からなのか...もはや、それすらわからない。

やがて、今後の方針を決めるため田村は口を開く。

「とりあえずは情報を交換するとしよう。私たちは互いのことを知らな過ぎる。...これではロクに目標も立てられないからな」

田村の提案を承諾し、ウェイブはこれまでの経緯を語りはじめる。

彼らが共有しなければならない情報は数多い。

それらを全て語り終えた時、彼らの命運を分ける放送の鐘は鳴り響くだろう。

三者三様の敗北を突き付けられる最悪の鐘が―――


【B-3/市庁舎/一日目/真夜中】



田村玲子@寄生獣 セイの格率】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、卯月に対する怒り?
[装備]:なし
[道具]:デイバック、基本支給品 、錬成した剣、悪鬼纏身インクルシオ@アカメが斬る!、園田海未の首輪、食蜂操祈の首輪、ジョセフ・ジョースターの首輪、ウェイブ、佐倉杏子(デイバッグ内)
[思考]
基本:基本的に人は殺さない。ただし攻撃を受けたときはこの限りではない。
0:情報交換をする。放送後、これからの方針を話し合う。
1:脱出の道を探る。
2:コンサートホール及び市役所を探索した後初春と合流する。
3:島村卯月は殺す。マスタング達が説得に成功したら……?
4:ゲームに乗っていない人間を探す。
5:スタンド使いや超能力者という存在に興味。(ただしDIOは除く)
6:エンヴィーには要警戒。もしも出会ったら……
[備考]
※アニメ第18話終了以降から参戦。
※μ's、魔法少女、スタンド使いについての知識を得ました。
※首輪と接触している部分は肉体を変形させることが出来ません。
※広川に協力者がいると考えています。協力者は時間遡行といった能力があるのではないかと考えています。
※剣の他にも、何かマスタングから錬成された武器を渡されたかもしれません。
※エドワードの仮説を聞きました。



【ウェイブ@アカメが斬る!】
[状態]:疲労(超絶大)、ダメージ(絶大)、精神的疲労(大)、左肩に裂傷、左腕に裂傷、全身に切り傷
[装備]:エリュシデータ@ソードアート・オンライン
[道具]:デイバック、基本支給品×2、不明支給品0~3(セリューが確認済み)、南ことりの首輪、浦上の首輪
タツミの写真詰め合わせ@アカメが斬る!、雷神憤怒アドラメレク@アカメが斬る!(左腕部のみ 罅割れあり)
[思考・状況]
基本行動方針:ヒロカワの思惑通りには動かない。一度自分達の在り方について話し合い、考え直す。
0:情報交換をする。放送後、これからの方針を話し合う。卯月たちを探す。杏子はエドワードにもう一度会わせてやりたい。
1:エスデスが誰かを害するのなら倒す。出来れば説得したいが。
2:地図に書かれた施設を回って情報収集。脱出の手がかりになるものもチェックしておきたい。
3:工具は移動の過程で手に入れておく。
4:盗聴には注意。大事なことは筆談で情報を共有。
5:サリア……。
[備考]
※参戦時期はセリュー死亡前のどこかです。
※クロメの状態に気付きました。
※ホムンクルスの存在を知りました。
※自分の甘さを受け入れつつあります。



【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、精神的疲労(超極大)、顔面打撲 、精神不安定(超極大)
[装備]:自前の槍@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]:基本支給品一式、医療品@現実、大量のりんご@現実、グリーフシード×3@魔法少女まどか☆マギカ、使用不可のグリーフシード×2@魔法少女まどか☆マギカ、クラスカード・ライダー&アサシン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを壊す。
0:情報交換をする。放送後、これからの方針を話し合う。...できれば、誰とも関わりたくない(死なせたくない)。
1:イリヤや御坂美琴は―――――
2:ジョセフ……。
3:もしさやかが殺し合いに乗っていれば説得する...?

[備考]
※参戦時期は第7話終了直後からです。
※DARKER THAN BLACKの世界ついてある程度知りました。
※首輪に何かしらの仕掛けがあると睨んでいます。
※封印状態だった幻惑魔法(ロッソ・ファンタズマ)等が再び使用可能になりましたが、本人は気付いていません。
狡噛慎也タスクと軽く情報交換しました。
※DIOのスタンド能力を知りました。
※シャドウと遭遇中に田村にデイバックから引きずり出されたため、デイバック内での記憶はほとんど忘れています。





――――ただ、護りたかっただけなんだ。

『...チッ』

暗い、暗い闇の中。

金色の眼をした少女は、瓦礫の上で佇んでいた。

『いつまで寝ぼけてやがんだよ』

時々血の池をパシャパシャと蹴りながら、真っ黒な林檎をつまらなそうに齧っている。

『―――そうさ。あんたは、あたしと向き合う必要なんかない』

『あんたはもう、思い出したはずだろうが。マミさんが死んで、ノーベンバーに教えられて、アヴドゥルに命を繋がれて、エドに出遭って。更にはジョセフやサファイア達が時間稼いでくれたんだ』

少女は、光すら見えない空を見上げて呟いた。

『いい加減に目を覚ましやがれ。護りたいものがあるなら、あの時みたいに何もかも手遅れにならない内にさ』

少女の傍らに置かれている血で赤く染まった紙人形たち。
少女を挟んだ反対側に。それぞれ、金髪で小さな、やや田舎臭い服を着た、黒の長髪を携えた、三つの人形が、血で染まらぬようにと横たえられていた。




178:掴みかけた糸口 ウェイブ 193:アカメが斬る(前編)
佐倉杏子
田村玲子
最終更新:2016年10月25日 09:47