隣合わせの灰と青春 ◆1aw4LHSuEI
コツ、コツと。
夕焼けの差し込む廊下に足音が響く。
D-7学校。
学園都市はおろか現代日本ですら殆ど見られなくなった木造建築の校舎。
そこに、
一方通行は居た。
施設には入らないほうがよかったのかもしれない。
誰かが目的地として、移動してくる可能性もある。
だが、アイツに間違っても見つからないようにE-6エリアを外れたところ。
周囲には他に民家もなく、ほとんど学校以外には休めそうな施設がなかったのだから仕方ない。
これ以上、まともな思考力を削らないうちに休まなければならないのだし。
なお、一応確認しておいた施設サービスは『E-2学校へのワープ機能』だった。
ペリカもないし、今は有用性も薄いので無視したが。
「ったく、死ね死ねうるせェンだよ……」
痛む頭を押さえて。
独り言を呟きながら、一方通行は扉を開ける。
保健室。
消毒液の匂いがする独特の空間。
もしも一方通行が現代日本人であれば、懐かしいと言う感想を覚えたかもしれない。
だが、そうでない一方通行の目的はただ一つ。
ベッドだ。
白いシーツが敷かれた布団に倒れこむ。
柔らかいその感触は、どこか安心感のようなものを覚える。
頭で響く声は止まないが。
この殺し合いに呼ばれてから、ろくに休んでいない。
疲れは、大いに溜まっている。
気がつけば、一方通行は眠りへと誘われていた。
■ ■ ■
「ああもう、どこに行ったんだ、あいつは!?」
上条当麻はE-6エリア市街地を駈けながら絶叫する。
大声を出して、叫んで、呼んで。
そうやって探しても、黄昏時の町並みは静寂を保ったまま。
人の影一つない。
沈みいく太陽が、タイムリミットを示しているようで。
心は焦るが、結果は出ない。
確かに、一方通行を追いかけるまでにタイムラグはあったけれど。
ここまで離されるようなものだったのだろうか?
……いや、ひょっとしたら移動に能力を使ったのかもしれない。
時間制限があるとはいえ、あいつの機動力は大したものなのだし。
―――しかし、だとするとまずい。
時間制限を越えたあいつは、どう考えたって殺し合いに生き残れるような力を持ってはいないのだから。
「くそ、無事で居ろよ!」
もう、嫌だ。
誰かが死ぬのは。
自分が何も出来ないのが。
たとえそれが。
一万人を殺した殺人者でも。
決して相容れることが出来ない相手でも。
そんなことは関係なく。
そういう風に。
上条当麻は思う。
■ ■ ■
一方通行は夢を見る。
人を殺したことがあるか。と、問われたら。
数えることがアホらしくなるくらいに殺している、と返すしかない。
恐らく、大量破壊兵器も人員も使わずに、自分自身の手で自分自身の意志により殺したというならば。
オレ以上の殺人者なンて空前絶後。このトチ狂った島にすら、他にはいねェだろう。
一万人。
と、端数。
オレには死ンだ奴の名前と数を一々記憶する趣味はねェから確かな数は分からねェけど。
まァ、そンなもンだろ。
殺して。
殺して。
殺して。
殺した。
しかも。今以上の力が欲しいから。
何て。
今時テレビアニメにも登場しねェぐらいのレトロな悪役染みた理由で。
殺した。
だから。
今更、何だよ。
殺せ。
殺せ。
殺せ。
殺セ。
うるせェ。
喚いてンじゃねェよ。
黙ってろ。
殺セ。
殺セ。
殺セ。
殺セ。
知ったことじゃねェンだよ。
オレは……。
悪党だ。
だから。
そンなこと言われるまでも、
殺セ。殺セ。
殺セ。殺セ。
殺セ。殺セ。
殺セ。殺セ。
殺セ。殺セ。
殺セ。殺セ。
……殺した。
オレはもう。
あンなに殺したじゃねェか。
殺セ。殺セ。殺セ。殺セ。
殺セ。殺セ。殺セ。殺セ。
殺セ。殺セ。殺セ。殺セ。
殺セ。殺セ。殺セ。殺セ。
殺セ。殺セ。殺セ。殺セ。
殺セ。殺セ。殺セ。殺セ。
違う。
オレは。
殺セ。
もう誰も。
殺セ。
本当は、最初から。
殺セ。
■したく、
なかっ
さもなきゃ
お前が
死 ね
■ ■ ■
上条当麻は走る。
E-6エリア市街地を。
途中、大きな破壊音に驚きはしたものの。
これは大きな戦闘が起こっているということ。
だからこそ、早く合流せねばと思いなおして。
今まで以上に我武者羅になって走り。
一方通行を探しながら、考える。
誰かを救いたい。
大切な誰かを救いたい。
多分、「俺」はそういう奴だった。
そのためなら命だって惜しくない。
命を掛けてでも、あいつのことを救いたい。
多分、「俺」はそう願ったことがある。
冗談じゃねえ。
俺の、一番最初に理解したこと。
それは、あいつに泣いて欲しくないって、そんな単純なことだった。
「俺」は馬鹿だ。
助けたつもりで、救ったつもりで、何にも理解しちゃいなかった。
あいつは「俺」に死んで欲しくなかったんだ。
あいつは「俺」と居たかったんだ。
俺が、あいつに笑っていて欲しいと願ったほどに。
誰かを犠牲にするために、誰かを犠牲にしちゃいけない。
それには、自分自身だって含まれてる。
だというのに。
救えなかった苦しみを、助けられなかった痛みを、無力だった辛さを。
きっと「俺」は知っていた。
だったら、それは他人に押し付けちゃいけない。
だからさ、
アーチャー。
お前は徹頭徹尾間違ってたんだと、俺は思う。
大のために小を切ると言ったお前も。
命がけで俺たちを救ったお前も。
甘いかもしれない。
理想かもしれない。
だけど。
自己犠牲なんて、そんな方法を選ばないで欲しかった。
無様でいい、格好がつかなくていいんだ。
力が足りないなら、頼ってくれればよかった。
お前は、一人じゃなかったのに。
俺はアーチャーに生きていて欲しかった。
だから。
俺はお前の様には成れない。
いや、成りはしない。
頼って、力を借りて、無様でも、格好悪くたっていい。
戦場ヶ原も、
C.C.も、一方通行も、俺も。
誰一人、犠牲になんてしない。
もしも。
そんな言葉が奇麗事の幻想だって言うのなら。
―――俺が、その幻想を守ってみせる。
そこまで考えて。
上条当麻は疲労で立ち止まる。
膝に手を当てて、荒く呼吸をする。
1キロほどしか走っていないけれど。
心の焦りもあってか、息が普段以上に乱れる。
……さて、ここはどの辺りなのだろう。
顔を上げて周囲を見渡す。
すると、特徴のある建物が、目に付いた。
「……あれは、もしかして」
■ ■ ■
夢を。夢を見ていた。
死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね
死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね
死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね
死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね
死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね
死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね
死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね
死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね
―――どこからか、声が聞こえる。
それはきっと。この世全ての悪の声。
呪い殺されてしまいそうなほどの怨讐。
一方通行が殺した一万の死も、きっとそこに混じっている。
殺した。殺した。殺して。殺した。
裂いて。割って。潰して。曲げて。
斬って。砕いて。刺して。刻んで。
剥いて。破って。壊して。貫いて。
回して。彫って。抉って。捌いて。
屠って。弄って。葬って。除いて。
刈って。塞いで。掃って。薙いで。
晒して。消して。畳んで。捩って。
巻いて。注いで。繋いで。研いで。
殺して。殺して。殺して。死んだ。
アイツらの死に様が、浮かび上がっては消えていく。
恨みの声。呪いの声。妬みの声。
そんなものは幻想だ。
アイツらは何も言いはしなかった。
だけど。
泥のように纏わり付く、黒く染まった空間で、一方通行はその声を聞いていた。
(くだらねェ。ぐちゃぐちゃ喚いてんじゃねェよ……)
思考する言葉にも力はない。
確実に磨耗していく精神。
削れて行く正気。
だが、それでも。ここまで持っているだけでも充分すぎるほどだ。
直接聖杯からの泥でなく、地に残留したもの、それを瘴気として取り込んだというプロセスを辿っていたということ。
そして、アンリマユなどに言われるまでもなく、充分に少年はこの世の悪を知っていたということ。
この二つのうちのどちらかが欠けていただけで、少年はもう廃人になっていたかもしれない。
―――いや、もう一つ。
もう一つだけ、理由があった。
決して、譲ることの出来ない理由が。
一つだけ。
(あのガキを……助けなくちゃならねェ)
誇り? 矜持? プライド?
そンなものでは断じてねェ。
愛? 友情? 保護欲?
そンな大層なものでもねェ。
(オレはただ……)
アイツに笑っていて欲しい。
きっとただ、それだけだ。
そうだ。
強くならなくちゃいけねェ。
もう二度と負けないように。
アイツをあんな風に扱う連中を。
全部残らず。一人残らず倒せるように。
だから。
そんな単純で、本当に小さな。
だけど、譲れない願いを叶える為に。
アイツを、守る為に。
(オレは、オレは、オレは……!)
「こンな程度で狂ってやれねェンだよおォォォっ!」
■ ■ ■
息を整えながら。
上条当麻は、その建物に近づいた。
そうだ。その特徴的な印。
間違いない。ここにあいつが居る。
扉を開けて中に入る。
そして、土足のまま中に入り、廊下を歩く。
そのままとある部屋の前に立ち、扉をゆっくりと開ける。
そこには一人の人間が横になっていた。
「……よお。迎えに来たぜ」
言葉をかけるが返事はない。
当たり前だ。
そいつは眠ってしまっているのだから。
近づいて、その顔を眺める。
別れてからそれほど経ったわけでないのに。
上条当麻にはそれが、やけに懐かしく感じた。
「……本当、こうしてればかわいいのにな」
いつだってこいつはそうだ。
口を開けば悪態をついて。
俺のことがそんなに気に入らないんだろうかと思う。
この、レベル5は。
でも、無事でよかった。
本当に。
「…………」
そして、無言のまま抱き上げる。
軽い。
魂が抜けてるんじゃないかって程に軽かった。
「じゃあ、行くか」
そう、彼は彼女に言った。
「―――御坂」
【E-5市街地/一軒家/一日目/夕方(放送直前)】
【上条当麻@とある魔術の禁書目録】
[状態]:疲労(小)
[服装]:学校の制服
[装備]:
御坂美琴の遺体
[思考]
基本:
インデックスを助け出す。殺し合いには乗らない。御坂の遺体は必ず連れて帰る。
0:一方通行を追う。
1:
戦場ヶ原ひたぎに同行。
阿良々木暦を探す。戦場ヶ原ひたぎと3匹の猫の安全を確保する。
2:インデックスの所へ行く方法を考える。会場内を散策し、情報収集。
3:壇上の子の『家族』を助けたい 。
4:そういえば……海原って、どっちだ……?
[備考]
※参戦時期は、アニメ本編終了後。正体不明編終了後です。
■ ■ ■
パチリ、と。
一方通行は目を覚ます。
保健室のベッドの上。
誰も来ない夕闇のベッドの上で、独り。
「…………」
そして、呆然とする。
体が、軽い。
あれほど鳴り響いていた声も感じない。
演算能力も、絶好調だ。
これは―――
「ハハッ、おいおい。何だ、何だよ、何ですかァ?! 完全復活ってことですかァ!」
思わず、柄にもなく浮かれてしまう。
もう、苦しまなくていいのだから。
自分の目的を果たせるのだから。
「これなら―――」
誰にも負ける気がしない。
打ち止めを守れる。
このふざけたゲームをぶっ壊せる。
そして。
「どいつもこいつもブチ殺してやれるよなァァァあああァァァ?!!」
【E-7/学校/一日目/夕方(放送直前)】
【一方通行@とある魔術の禁書目録】
[状態]:精神汚染(完成)
[服装]:私服
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、缶コーヒー×12、ランダム支給品×1(確認済み)、パチンコ玉@現実×多量、缶コーヒー各種@現実×多数
[思考]
基本:どいつもこいつもブチ殺して打ち止めを守る。
0:どいつもこいつもブチ殺す。
1:打ち止めを守る(※打ち止めはゲームに参加していません)
2:このゲームをぶっ壊す!
[備考]
※主催側で制限を調節できるのではないかと仮説を立てました。
※飛行船は首輪・制限の制御を行っていると仮説を立てました。
※ゼクス、政宗、神原、
プリシラ、スザク、レイと情報を交換しました。
※
ライダーの石化能力と藤乃の念動力の制限を分析しました。
※式の力で、首輪の制限をどうにかできる可能性があると判断しています。
※
織田信長の瘴気の影響で精神に異常が出ました。
■ ■ ■
若干無粋ながらも、解説をしよう。
何故、上条当麻は一方通行を見つけることが出来なかったのか。
見当違いの方向へと行ってしまったのか。
そもそも、彼は一方通行がどの方向へ向かったなど分かるわけがない。
吹き飛ばされて倒れている間に一方通行は歩き出し。
彼が立ち上がる頃にはもう立ち去り見当たらなくなっていたのだから。
それに、市街地というものは存外迷いやすいということは、既に述べられている通りでもある。
初めに立ち去った方向ぐらいはわかっても、その後の交差点で、分かれ道で。
一方通行がどちらに進んだのかなんて、分かるはずもない。
ならば、自分の他の目的である御坂美琴の遺体の回収。
および戦場ヶ原ひたぎとの合流を無意識に思い浮かべて。
そちらよりの進路を取ったことを誰が責められようか。
何故、一方通行はアンリマユに敗北したのか。
……しかし、その説明は必要だろうか。
元より、耐えられるはずがなかったのだ。
この世全ての悪なんてものは、一人の少年が背負うには重すぎた。
例え少年が、「悪党」を自称する大量殺人者でも。
―――いや、そもそも。
彼は本当に悪なのか。
過去の過ちを悔いて、一人の少女のために自分の全てを捧げるこの少年は、悪なのか。
自分で名乗るほどに、救いようの無い悪党なのだろうか。
その判断は容易ではない。
いや、そもそも人を善と悪の二元論で語ろうと言うのが間違いなのかもしれないけれど。
まあ、どちらにせよ。
彼はそれを全て飲み込むには、純粋すぎた。
だから、壊れてしまった。
きっと、それだけのこと。
それでも一つだけ救いがあるとするならば。
その純粋さゆえに。
彼の本当の願いは、悪に塗れようとも歪まずにいたという。
そんなところになると思う。
■ ■ ■
そして。
一発の銃声が。
上条当麻の耳に届き。
情勢は否が応にも動き出す。
他に誰もいない校舎で。
一方通行は笑い続ける。
壊れたように狂ったように。
そんな、決定的に別れてしまった二人にも。
平等に訪れようとしているものがある。
そう。
第三回定時放送が鳴り響こうとしていた。
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最終更新:2010年04月14日 00:34