夢幻の如くなり(前編) ◆mist32RAEs
此時、信長敦盛の舞を遊ばし候。
人間五十年、
下天の内をくらぶれば、
夢幻の如くなり。
一度生を得て、
滅せぬ者のあるべきか、
と候えて、
螺ふけ、具足よこせと仰られ、
たちながら御食をまいり、
御甲めし候ひて御出陣なさる。
――『信長公記』
◇ ◇ ◇
火傷とは負傷の中でも厄介な種類のものだ。
おおよその場合は皮膚の破壊がメインとなるため、内蔵や骨と比べ軽く見られがちであるが、侮ればたちまち命に関わるダメージとなる。
血液を含む体液の流出、それに伴う血圧の低下、さらにショック症状、合併症などなど。
そもそも骨まで届くダメージが軽いわけがないのだ。
ゼクスは士郎たちと接触した際に、それを隠してユーフェミアの探索を優先した。
つまり自身の治療を後回しにすることを選んだ。
結果として見れば、それは悪手と言わざるを得ないだろう。
痛みはなく、傷さえ見せなければ彼らに隠し通すことは難しくなかった。
だがそれは傷が浅いのではなく、神経まで焼き切れて痛みを感じていなかっただけだ。
ゼクスはあちこちで破壊のあとが残る、闇に包まれた市街地を独り、歩く。
だがその足取りは怪しい。
片腕を持っていかれた他にも全身のあちこちを焼かれているのだ。
常人ならばとっくに意識を失っているレベルでも、かろうじてそうならないのはライトニングカウントの意地といったところか。
しかし長くは持たないだろう。
ゼクス自身もすでに限界を悟っていた。
血圧の低下により意識は朦朧とし、さらに火傷の断面から雑菌が侵入して発熱。水分を失い続け思考力も奪われる。
「……………………ユフィ」
言葉を紡ぐ舌も既にカラカラだ。
まともな発音の声が出ず、誰かが聞いたとしても、それを正しく認識できるとは思えない。
「……リ……リーナ」
果たして探しているのは異世界で出会った呪いの姫君か、すでに失われた己の理想か。
それともすでに自らの現実すら判別できないのか。
大きくふらついて道端の街灯に身体を預けた。そして何度か息をつく。
「ぐっ……」
もし後ろを振り向く余力があれば、背後のアスファルトに点々と染みを作った己の血液の量が尋常でないと分かるだろう。
だがもう足が前に進まない。
体を動かす燃料が、血が足りないのだ。
なんせよりによって左腕だ。
その内部を流れる血管は心臓のすぐ傍から繋がっている。
そこから流れる血流の勢いは強い。
肉を焼かれたことで直接の流出は食い止められていた。
だがその血液自体は内出血となって左腕の内部に溜まり続け、すでにズタズタだった傷のあちこちから徐々に溢れ出している。
もはやどうにもならないことは明白。
強靭な意識もついに限界を迎え、
ゼクス・マーキスは鉄柱に身を預けた体勢のままで膝を折ってしまった。
◇ ◇ ◇
「ふうっ」
軽快に息をひとつ吐き出す。
そして振り返ってデパートからの距離を確認する。
遥か彼方からでも怖気を催すような、あの鬼神とも呼べる気配は今のところ感じない。
慌ててあそこから逃げてきたが、どうやら元から向こうも追撃するつもりは無かったようだ。
ダメージの回復を優先したか。
やはりヒイロの一撃が堪えていたのだろうか。
「ヒイロ……」
ヒイロ・ユイは心のなかに。
豊満な胸を自らの腕で抱きしめることで、自らの中にある幻想を抱きしめようとするように。
うっとりと瞼を伏せ、そして数秒ののちに悩ましげなため息をひとつ。
「………………ふぅ」
心なしか頬がうっすら熱を帯びているような気がする。
とにかくここからなるべく早く離れなければいけないことには変りない。
ファサリナはそう考え、ヒールの音をカツカツと響かせながら静かな夜の街を行く。
風が少し強く吹いているのが、先程まで行われていた激闘の余韻のように感じられた。
「あら……?」
そこでファサリナはあるものを見つけた。
真っ暗な道路の脇に点々と記された染みのようなものだった。
デパートから離れる歩みを止め、そっと近づき目を凝らす。
「……血、でしょうか」
赤い液体が点々と脇道へ続いている。
その先に誰かいるのは明らかだ。しかもまだ乾いていない。
ひょっとしたら先に逃げた士郎少年かもしれない。
元は彼を助けるためにファサリナはヒイロと共に乱入したのだ。
詳しく容態を観察する暇はなかったが、もしかしたら彼はすでに負傷していたのだろうか。
そうだとしたらどうするか。後を頼むと託されたからには、任務は完遂しなくてはならないだろう。
念のためにゲイボルクを構えながら、そろりそろりと脇道へ続く血痕をたどる。
すると、すぐにそれは見つかった。
ぼんやりと輝く街灯が照らす細い道。
その下で鉄柱に寄りかかるようにして崩れ落ちた姿は、金髪の男性らしき影だった。
出血がその下の地面に黒く大きな染みを作っている。
一瞬、手遅れかとも思ったが、よくみると肩がわずかに上下している。まだ息はあるようだ。
ひとまずファサリナはそっと近寄りながら声をかけてみることにした。
「あの……もし?」
「……」
その男は無言のまま、ゆっくりと顔を上げた。
もはや応える気力すらないのか。だがファサリナの姿を見ると、その瞳が僅かに輝きを見せた。
「ぐ……」
「……しっかり! 安心してください、大丈夫です。襲ったりはしませんから。まず怪我を見せて頂きますね……うっ」
傷の具合を調べて、思わずファサリナは眉をひそめる。
肉が焼けたおぞましい匂いが鼻をついたからだ。
加えてここまで流れだすままに任せた出血を考えれば、もはや手遅れに近いことは明白。
厳密には設備の整った病院と腕の良い医者が揃ったならば、まだわからない。
しかしこの島でそんなものを早急に調達できる可能性は、ほぼゼロだ。
「み……ず、を……」
「水ですか……? わかりました、これを……ああ、ゆっくり飲んで下さい」
ペットボトルの飲料水を分け与えながら、ファサリナはすでに胸中でこの男を見捨てるつもりであった。
どちらにしろ長くはもたないだろう。いっそのこと止めを刺して、その首輪を解析用のサンプルとして頂戴するべきかとまで考えていた。
と、そんな時。
「ありがとう……私は……ゼクス、だ……君は?」
「ゼクス……ヒイロが言っていたゼクス・マーキス?」
金髪の男は水を摂取して多少持ち直したのか、だいぶはっきりと言葉を発するようになった。
そしてその口から意外な名前が飛び出した。ファサリナは思わず目を丸くして驚いてしまう。
「ヒイロだと……! では、君は……そうか、確かさきほど一緒にいた!」
「はい、私はファサリナ。ヒイロの同志です……!」
「そ、そうか……ならば頼む! ユフィ……ユーフェミアという桃色の髪をした女性を保護してくれ。ここから南東に行ったはずだ!」
「それは……しかしそれでは貴方が……」
だがゼクスは、私のことはいい――と即答した。
ファサリナも元より見捨てるつもりではあったが、まさか自らここまで強く主張するとは思わず、少々戸惑ってしまう。
気を取り直して事情を詳しく聞くと、そのユフィという女性は高貴な家の生まれであり、この殺し合いから脱出するための集団を取りまとめるシンボルに成り得る器だという。
いわゆるカリスマというやつだ。ファサリナが所属していた組織のカリスマ――
カギ爪の男の事を思う。
本人は祭り上げられたり英雄視されることを好まなかったようだが、あの組織を強固にまとめ上げられたのは、ひとえに彼のカリスマがあったればこそだ。
帝愛に比べればどう足掻こうが劣勢にならざるを得ないこちらにとって、そういった人材は確かに必要不可欠だと思える。
もっともヒイロが生存か、もしくはゼクスが五体満足で健在であれば、ファサリナはその考えを却下しただろう。
不屈不撓の意志を胸に、常に前を見据えてファサリナを導いてくれたヒイロ・ユイ。
そしてそのヒイロをして障害――つまり比肩する存在に成り得ると言わせた男、ゼクス・マーキス。
実際に目にしたこともない高貴なるお姫様とやらの優先順位など、この二人に比べればさしたるものではない。
ヒイロとともに進むかゼクスを排除、もしくはこちらにどうにかして取り込むことを考えていただろう。
だがそれも今となっては考えるべくもない。
ゼクスによると、そのユーフェミアという女性は何者かに催眠術をかけられているという。
ファサリナからすれば変わった名前を持つ人種――日本人というらしいが――に出会うと突然、人が変わったように殺戮行動をとるらしい。
そういえばヒイロも日本人かと聞かれた上で、そのユーフェミアという女に襲われたと聞いた。
そんな危険人物は即刻間引きの対象として処断すべきだろうと思えるが、その手の人材が不足気味であることを考慮すれば事情は変わってくる。
術が解ければという前提つきで、そのお姫様を仲間に引き入れる選択肢もありえるということだ。
とにかくゼクスには、出来る限りのことはすると頷いておく。
「頼む……そうだ、ヒイロはどこだ。君とははぐれたのか、それとも――」
「先程の戦い……勇敢に戦い、果てました。本当に、最後の最後まで戦い抜いて」
「…………馬鹿な」
しかし現実はままならずヒイロは散り、そしてゼクスの命も今まさに尽きようとしている。
カギ爪、トレーズ、ヒイロ、ゼクス――。
ファサリナの知る限りにおいて、集団をまとめ上げるカリスマ足り得る人物は次々と脱落している。
生存者の中にまだその器足り得る人物がいるかもしれないが、なんの確証もなくそれを信じるのは流石におめでたすぎる。
かろうじて他にその資格がありそうなのは
グラハム・エーカーくらいか。
「私は私のために、今は亡き同志のためにヒイロの意志を継がなくてはなりません。ですから……貴方を助けないことをお許しください。
その代わりといっては何ですが、ユーフェミアという女性については出来る限りのことをさせて頂きます」
「ああ……構わない。行ってくれ」
「はい……では」
「そうだ……最後に……すまない、ひとつだけ、聞かせてくれ」
ゼクスの表情は苦しみに歪んでいた。
痛みか、それともヒイロが散ったことに対する精神の苦痛か。
ファサリナは二人がどんな関係だったか知る由はない。
ただゼクスの表情がとても、とても辛そうだった――だから、もしかしたら彼も悲しいのだろうかと考えただけだ。
「ヒイロは……彼の強さは……君の眼にどう映った」
――強さ。
ヒイロ・ユイは強い。
彼は迷わない。彼は動じない。彼は怯えない。彼は道を過たない。
ゆえにヒイロ・ユイは強い。
ファサリナの眼にそう映ったように、ゼクスも彼をそう見ていたのか。
「……とても、とても強いひとでした」
「そうか……」
「でも……とても、優しい子です」
「……」
強いだけのマシンではない。彼は紛れもなく優しい人間だ。
リリーナという少女の遺体を前にして、彼は初めてその感情を僅かでも表に現した。
ファサリナが知ったヒイロ・ユイという少年、その仮面の内側。ゼクスもそれを理解している人間なのだろうか。
なんだか無性に問うてみたくなった。もしかしたら自分はこの気持を誰かと共有したかったのだろうか。
自分が僅かな間でも思いを寄せた男の、本当の姿を理解したという気持ちを肯定して欲しかった。
もしそうしてもらえたら、自分の中のヒイロは今よりもっと確かなものとなって、胸の内で鮮やかに何度でもよみがえるだろうから。
だから話した。語った。
リリーナという少女の遺体を前にしたヒイロのことを。
そしてそこで初めて見せた人間らしい感情。
それを乗り越え、前に進もうという意思。
帝愛を倒すという大義のためにその少女の首を切り落とし、その死を克服して進み続けたヒーローのことを。
ファサリナは知らない。
ヒイロ・ユイによって首を切り落とされた
リリーナ・ドーリアンが目の前の男――ゼクス・マーキスの血を分けた妹であることを。
「――!」
その時、カツンと音が響いた。
それは普段であれば聞き逃してしまうような小さな音だったかもしれない。
だがこの場では、今この時は、そんな音がやけに耳に響いた。
それは足音だった。
ここは表通りから脇に入り込んだところにある、車が一台通れるか通れないかという幅しかない狭い道だ。
両脇は五階か六階建て程のビル壁に挟まれ、横に逃げる道はない。
そこに表通りの方から足音が響いたのだ。
本来、何の変哲もない靴裏がアスファルトを叩くだけの音がやけに響いたのは、その路地を囲むビル壁に音が反響したせいなのかもしれない。
ともかくその場にいた二人――ファサリナとゼクスは足音に反応して表通りの方を見る。
そこには人影。ひとつの影。
表通りのきらびやかな灯を背負って逆光になっていたため殆どシルエットしか見えないが、ファサリナはつい先程までソレを相手取っていたがゆえに理解した。
細い手足はとても鍛えている風には見えない。全くの素人――普通ならばそう判断して問題ない。
だが、彼は普通ではない。すべての攻撃を反射する恐るべき異能の少年がそこにいる。
今、この場で彼を倒す手段はない。
ゼクスを連れて逃げる余裕もない。
だが――ひとりだけならおそらく逃げ切れる。
もとよりゼクスは見捨てるつもりだった。
あちらへの警戒は怠らず、横で血まみれのまま蹲る彼の表情をちらりと伺う。
視線が交わり、そして互いに頷き合う。
――構わん、行け。
そう言っているように思えた。そしてそれは多分間違っていない。
少年がこちらへ向かって一歩を踏み出した。
ジャリッ、とその靴裏がアスファルト上の砂を噛む音。
それを合図にしてファサリナは、少年が来た表通りとは逆方向へと駆け出す。
振り返らず、一目散に、南東にいると聞いたユーフェミアという女性の元へ辿り着くために。
最後に、置き去りにしたゼクスに対して「さようなら――」とこころの中で別れを告げて。
◇ ◇ ◇
私の元へ死神が近づいてくる。
一歩一歩、確かな足音を響かせて近づいてくる。
不健康な青白い肌。
年齢的には染めていなければ有り得ないほど白一色の髪。
ギラギラと赤く輝き、狂気を撒き散らす両眼が私を見下ろしている。
人とは思えぬその表情がぱっくりと割れて笑いの形を作る。
笑顔の形をした亀裂の奥から無限の闇が覗いていた。
並のものならこの殺気を至近距離で撒き散らされ、平常でいるなど無理な話だろう。
そして例え私が万全でも、この少年の異能の前では虫けらも同然だ。
あっけなく、あまりにも脆く、木っ端微塵になるまで破壊される運命しか有り得ない。
私はここで死ぬ――――、
「よォよォゼクス。象の像に行ったんじゃなかったのかァ? なァにこんなとこで愉快に無様に死にかけてンだよ、笑っちまうなァオイ?」
「……殺し合いに乗ったらしいな、
一方通行……」
白髪の少年は首元を隠した手を下ろして近づいてきた。
彼に装着された特別製首輪のランプは赤。
――つまり能力はしばらく使用できないということだ。
ほんの少し、本当に僅かながら生き長らえた。
だが私はそんなことよりもユーフェミアの――彼女の探索を引き受けてくれたファサリナ嬢の無事を、ただ祈っていた。
【E-5とD-5の境界/一日目/真夜中】
【ファサリナ@ガン×ソード】
[状態]:健康、移動中
[服装]:自前の服
[装備]:プラネイトディフェンサー@新機動戦記ガンダムW、ゲイボルグ@Fate/stay night
[道具]:基本支給品一式×2、軽音部のラジカセ@けいおん、シャベル@現実、M67破片手榴弾×2@現実、
イングラムM10(9mmパラベラム弾32/32)イングラムの予備マガジン(9mmパラベラム弾32/32)×4、
お宝ディスク、Blu-ray Discドライブ搭載ノートパソコン、水着セット@現実、
サンドイッチ@現実×10、ピザ@現実×10、ミネラルウォーター@現実×20
[思考] 基本:主催を倒し、可能ならカギ爪の男やヒイロを蘇生させる。
0:ユーフェミアを探索し、グラハム達と合流。
1:ユーフェミアが見つからなければ切り上げて合流を優先(薬局、象の像、ギャンブル船のいずれかへ向かう)。
2:自分の中で生きているヒイロを守る。なるべく単独行動は避けたい
3:ゼロなどの明確な危険人物の排除。戦力にならない人間の間引き。ユーフェミアに組む価値なしと判断すれば切り捨てる。
4:首輪が解除でき、三節根が手に入ったらダリアを呼んでみる?
5:お友達……。
6:オリジナルヨロイが奪われてはいないでしょうか……
[備考]
※デュオを協力が可能かもしれぬ人物として認識しています 。
※ヒイロを他の惑星から来た人物と考えており、主催者はそれが可能な程の技術を持つと警戒(恐怖)しています。
※同志の死に疑念を抱いていますが、ほとんど死んだものとして行動しています 。
※「ふわふわ時間」を歌っている人や演奏している人に興味を持っています 。
※ラジカセの中にはテープが入っています(A面は『ふわふわ時間』B面は不明) 。
※結界によってこの島の周囲が閉ざされていることを知りました。また、結界の破壊により脱出できる可能性に気が付きました。
※グラハム・衣と情報交換し、今まで判明した情報を『エスポワール・ノート』で整理しました。
※エスポワール船底に『ジングウ』が存在していることを知りました。
※ギャンブル船にて機動兵器が売られていることを知りました。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2010年08月16日 01:00