東横桃子は笑わない ◆1aw4LHSuEI
サザーランドが弾鉄を引く。
発射されるのは大型キャノンの弾丸。
実際に撃つのは始めてだけど、思った以上に簡単だ。
目標をセンターに入れてスイッチ。
それだけで、目標に命中して爆発する。
二発、三発と続けてスイッチを押す。
それだけで、燃える、爆発していく。消えていく。
命が失われていく。
だけど、あの時と違って、少しも心には響かない。
自分の手で弾鉄を引いてるわけじゃないからか。
相手の姿を認識していないためか。
殺しているという、実感がわかない。
燃え盛る希望の船エスポワールを見つめながら、私はそんなことを考えた。
モモに頼まれたこと。
それはギャンブル船の直接襲撃。
モモはこれから麻雀で対決をすると言っていた。
その相手一人がギャンブル船にいるとのこと。
とても強い相手なので、恐らく真っ当には勝てない……いや、負ける可能性のほうが高い。
そうすれば―――最悪モモが死亡。相手に大量のペリカが渡ることとなる。
もしも大量のペリカをギャンブル船で稼がれてしまったら?
今の私の数少ない有意であるサザーランドの所持というアドバンテージが失われてしまう。
機動兵器対機動兵器の戦いになってしまえば、私なんてただの素人女子高生にすぎない。
生身を相手にする今動くしか無いのだと、そう言われた。
ギャンブル船を攻撃してもペナルティはないのか不安だったけれど。
恐らく外からの攻撃ならペナルティはないだろう。
行為に対してペナルティが与えられると明言されなかった限り、少なくとも即座に首輪が爆破されるようなことはありえない。
説明していないルールで参加者が事故死だなんてゲームとしてはお粗末もいいところだからだ。
だから、心配せずに直接攻撃して欲しい。
それに前から言われていたことだけど、ギャンブル中って言うのは隙が大きい。
命がけであるならなおさらだ。ほかの事に気を配れなくなってしまうのだから。
そこを直接襲撃すれば一溜まりもないだろう。
―――言われていることはよく分かった。
なかなか合理的だとは思う。
麻雀にかかる時間がどれほどなのかは知らないけれど。
サザーランドの速度なら恐らく麻雀中に襲撃も出来るはず。
仕留めることが出来るだろう。
……しかし、何故私にだけ、秘密の同盟相手にだけ言うのか?
こんなことぐらい、ルルーシュにも発案して憂ちゃんも一緒に行かせてもらえば……。
『一人じゃ不安っすか?』
「……そ、そんなことない」
嘘だ。
怖くてたまらない。
『はは。でも悪いけど一人でお願いするっすよ』
感情を感じさせない笑い声をあげながら、モモが言った。
「ど、どうして?」
『……簡単に言うと。そろそろ切り捨てられそうなんすよね、私』
「……え?」
少し聞けば分かるようにモモの置かれた状況はとても厳しいものだ。
ルルーシュの命令で、とても勝ち目のない戦いに繰り出されている。
加えて、与えられたのは最低限以下の策。不完全な希望的予測の混じったものしか与えられていない。
……確かにこれではここで始末してしまおうというルルーシュの意思を感じざるを得ない。
しかし、ここまで来て急に何故なのか?
『―――そりゃあ、澪さんと秘密に組んでることを感づかれちゃったからじゃないっすかね?』
「――――――え、あ、そんな……まさか……?」
一気に気温が下がったような気がする。
ぞくっと、背中が震えた。
ルルーシュが頭がいいのはわかってるけど、そんな、まさか。
『……ルルさんに鎌かけられたりしなかったっすか?』
「!」
した。
ついさっきだ。
裏切るんじゃないと、念を押された感じではあったが。
『あー、やっぱりっすか。じゃあ、早めに行動したほうがよさそうっすね。今なら多分すぐ裏切るとは思ってないでしょうし』
「……裏切りに、なるのかな? これをやっただけならまだ言い訳は……」
『んー。多分ルルさん優勝する気なさそうなんすよね』
「は……?」
『だから、敵が増えるこの選択肢は嫌がるんじゃ……』
「え、ちょ、ちょっと待って? どういうこと?」
ふと。
モモのペースに飲まれていることを悟る。
だけど。もう戻れない。
『細かいことは後で言うっすよ。とにかく、頼めないっすかね? ……私が、私たちが切り捨てられるその前に』
「―――分かったよ」
そして、侵入者の少女の襲撃時にわざとはぐれてから、格納庫に行ってサザーランドで出撃。
エスポワールまでやってきて今に至る。
……はぐれるのはやけに簡単だったな。
まるで、そうするために生まれてきたのかと思うぐらいに、自然に体が動いた。
―――起源「逃避」、か。
私は……。
いや、今はいい。
難しいことは考えなくてもいい。
考えてばかりじゃ……一歩も動けなくなる。
目的に向かって進もう。
そう思って反転してホバーベースに引き返すことにする。
別にギャンブルをしている奴の生死を確認する必要はないそうだ。
船を無理に沈めなくてもいい。ギャンブルルーム周辺を適当に攻撃してくれたら。
そう、言っていた。要は麻雀が続けられないならそれでいいらしい。
むしろ半死半生の方がペリカを稼ぐチャンスが多いとも。
……どういうことなのだろう。
ここの特別ルール以前に普通の麻雀すらわからない私には理解の範囲外だ。
とりあえず、三回撃ったぐらいではエスポワールは沈んでいない。
ギャンブルルームのある二階が中心に煙をあげている。
……完全に沈めることもできそうだけど、やめておく。
これからも何か買ったりするかもしれないし。
モモ曰く加減が大切らしいし。
……上手く行けば、まだルルーシュにばれないかもしれない。
完全に裏切る覚悟はした。敵対する覚悟もしている。
でも、裏切りの発覚なんて遅いほうがいいに決まっているのだから。
ばれてそうならモモも連れて逃げることになっている。
その場合、モモと二人でこれからは戦わなくてはならない。
……なんとなく不安だ。
式は……仲間にはなってくれないだろうか?
彼女のことは未だよく分からないけれど。
もしも助けてくれるなら心強いと思う。
それに、憂ちゃん。
唯が助けたあの子。
あの子だってなんとか……いや。
また、考え込んでいる。
今、生き残ることだけに集中しなくちゃいけない。
最後まで生き延びて、ぜんぶ、ぜんぶ取り戻す為に。
最後に、エスポワールを少しだけ眺める。
―――ここに始めて来た頃は、まだ、希望があった。
希望の船。そう、ここは確かに私の希望だった。
衛宮士郎と、
白井黒子と出会い、みんなと一緒に帰るために。
ここに、来たんだ。
その船が、燃えている。
私が、燃やした。
希望が、燃えていく。
私の、綺麗だった頃の私の希望が。
……はは。
―――希望なんて最初からなかった。
あったのは、絶望。
希望を感じたのはここからなら。
絶望を覚えたのもここからだ。
梓が死んだと聞いたのもここ。
明智光秀と同行することになったのも、ここ。
絶望の船エスポワール。
……私の希望も、絶望も。
ここで、みんな燃えていけ。
過去を何時までも想ったって仕方ない。
私は未来が欲しかった。
「―――ギャンブル船が……! くそ、黒子は、天江は無事か?!
……っ、おい、お前がやったのか!?」
その時、突然マイクが声を拾った。
……聞き覚えのある声だ。
それは、今、切り捨てたはずの―――。
『……衛宮、くん?』
「―――え? その声、秋山、か?」
† † †
――――――それで、リボンズ。ゲームってなにかしら?
――――――おや、興味があるのかい?
――――――はいはい。付き合ってあげるわよ。
――――――なに、簡単なことさ。このバトルロワイアルで優勝する奴は誰か当てようって言うね。
――――――……そんなの全然平等じゃないわ。私は誰が生き残ってるか程度の情報しか知らないのよ?
――――――別に僕に有利ならそれでいいじゃないか。
――――――やめるわよ?
――――――…………冗談だよ。別に何を賭けるわけでもないんだから、誰に優勝して欲しいかでいいのさ、イリヤスフィール。
――――――……じゃあ、私はシロウを選ぶわ。
――――――へえ? 愛しの彼かい? 妬けるね。
――――――別に。汚染されていない今の聖杯に、シロウが何を願うのか。少しだけ、聞いてみたいだけよ。
† † †
「そんな……天江さん!?」
「なに……!? なんなの、これ?!」
「ん。思ったより遅かったっすね。流局作戦で長引いてなかったら駄目だったんじゃないっすか」
突然に乱れる
天江衣の映っていた画面。
轟音と爆音。
そして、倒れる天江衣の姿。
まあ、間に合ったからよしとするっすか。
口調も軽く。
東横桃子はそう告げた。
「東横さん……? 今のは、あなたが……?!」
「え? ああ、そうっすよ。正確には私の仲間が、っすけど」
優勝までひとりって言うのは辛いっすからね。
まあ、利用しあう関係って奴っすよ。
世間話をするような口調で、続ける。
「―――そんな、酷い。……酷い、酷い酷すぎます! 麻雀を殺し合いの道具に使うだけでもあんまりなのに!
なのに、それすら放棄するなんて! 勝てないから直接攻撃するなんて……!?
あ、あなたは麻雀をなんだと……っ?!」
「だから。いらない、っていったじゃないっすか。もう、いらない。先輩を取り戻すまでは、私には麻雀だって必要ない。
―――あ、それロンっす。」
「っ!?」
東家
原村和 :27000
南家
宮永咲 :23000
西家 東横桃子:31600 (親)
北家 天江衣 :18400
そして、麻雀は、続いている。
たとえ操作をしまいが、時間制限である一手十秒を超えれば自動的に場に手牌からランダムで牌が捨てられ、勝負は続行されるからだ。
しかし、これは当然参加者が全員生存している場合に限られる。
誰かが死亡しているのに勝負が続行されたりはしない。
その場合は即座に持ち点から勝ち分負け分が算出される。
普通の麻雀で一人が飛んだ場合と扱いは同じとなっている。
つまり……。
「天江さんは……まだ、生きている?」
「場の支配がなくなってるみたいだから、意識はないみたいっすけどね」
まあ、心配しなくても大丈夫。
すぐにトドメを刺すっすよ。―――ちゃんと、『麻雀』で。
まだ、ゲームは続行される。
天江衣の所持ペリカは2500万ペリカ。失点は6600点。
レートは五倍になっているので、この時点で800mlの採血が決定している。
ただでさえ小さい天江衣の体。その上、現在は怪我により出血中である。
今でさえ限界に近い。これ以上失点すれば、死亡も十分視野に入るものとなるだろう。
「東横さん……! そんな、こんなことまでして、生き返ったとしても本当に加治木さんが喜ぶとでも思ってるんですか!?」
怒りを伴った原村和に相対する東横桃子の視線。
それはほとんど表情の見えないものであることに変わりはなかったが―――。
「―――さあ。分からないっすよ、そんなこと」
「東横、さん?」
答えた東横桃子の瞳は。
少しだけ、喜悦の色を浮かべているように見えた。
「私、まだ先輩に本気で怒られたことがない。先輩に泣かれちゃったこともない。私は、先輩のことをちゃんと知らない。
だって、きっと私たち、まだまだこれからだったんすから」
加治木ゆみのことを話す瞬間だけ。
東横桃子に感情が浮かぶ。
「生き返らせることが出来たなら。先輩はどんな顔をするんすかね。喜んでくれる? それとも、怒る? 悲しむ?
―――もしかしたら、こんな私のことになんて、もう気づいてくれないかもしれない。
見えないかもしれない。受け入れてくれないかもしれない。触れてくれないかもしれない。
……でも、それでもいい。どうなるとしても、死んでいるよりずっといい。生きていてくれるなら、他はなんでもいい。
―――たとえ私が先輩の一番となりに並ぶ資格がなくたって」
だって、私。先輩のこと愛しちゃってるので。
たんたんと続けられる言葉。
それはいったい誰に向けられたものなのか。
少なくとも、原村和でも宮永咲でもないのだろう。
独り言のように、だけれども、誰か語りかける相手を求めているかのように聞こえる言葉は続けられる。
「―――でも、出来る事なら。私のことをちゃんと見てくれて。いっぱいいっぱい叱ってくれたら……嬉しいっす」
そう、最後に笑った顔は本当に。
恋する乙女の顔としか表現の仕様がなかった。
胸を刃物で混ぜ返されるような。
私は人生でそう何度も感じたことのない感覚を抱く。
―――ああ、そうか。これが、本当の……。
「そんな……そんなの、愛じゃないよ!」
いいや、それは違う。宮永咲。
―――私、
言峰綺礼が神の代行者として宣言しよう。
そう。これこそが、真の愛なのだ。
【???・麻雀大会 / 言峰綺礼】
† † †
【ギャンブル船・ギャンブルルーム前 / 浅上藤乃】
「う…………」
いったい、何が起きたのだろうか。
体が硬い床に触れているのを感じる。
私……倒れてる?
気を失う寸前の記憶に思いを馳せる。
あのとき、ギャンブルを再び行うという衣さんを守るために、私がギャンブルルーム前の扉にいて。
それで……千里眼で周囲を伺っていたら、あのロボットがやってきて。
どうするべきか対応に迷っていると……攻撃、してきて……!
「天江さんっ!?」
靄のかかっていたような頭が急に晴れ渡る。
天江衣。守ると誓った彼女。
優しくて強い彼女。
彼女は―――どうなった!?
無理に体を起こして周囲を見る。
滅茶苦茶だった。
燃え盛る炎。それを消すべくスプリンクラーから放出される水。
壁にあいた大穴。落下したシャンデリア。
自分の体に目立った外傷がないことが奇跡のように思えた。
叫びだしたくなる心を抑えながら、ギャンブルルームへの扉を開ける。
そこにあるのは扉の外よりも遥かにひどい光景。
少し前まであれほど絢爛な空気を放っていたとは思えない。
教科書やニュースでしか見たことのない、戦場を思わせる景色。
ここの方が酷いということは、ギャンブルルームを狙われた……?
天江さん……! 天江さんはこの中に……!?
天江さんを最後に見たときに座っていた場所へと視線を移す。
中央にある最も大きな机。そこに設置されたモニターの前。
そこに、見覚えのある小さな体が、横たわっていた。
「天江さん……? あ、天江さんっ!」
もう、ろくな言葉が出てこない。
脈拍が激しくなる。息苦しくなる。
もつれる脚をなんとか動かして天江さんの元へと駆け寄り―――。
その手をとろうとしたところで、黒服の人に呼び止められた。
まったくの不意打ちに少しびっくりする。
だけど、ひるんではいられない。睨みつけて言い返す。
「……な、なにを言ってるんですか! 早くしないと天江さんが……そ、それともこのまま死ねって……!?」
「……違う。落ち着け。天江衣は現在麻雀の対局中だ。接触をした場合、ルール違反としてお前も天江衣も首輪を爆破されることとなる。
それは本意じゃないだろう?」
「あ……」
見れば、未だ天江さんの前に表示された画面は動いている。
ゲームは続行中というわけだ。
もし触ればルール違反。ゲーム中の治療行為は勿論禁止。
……危ないところだった。
「……あの、すみませんでした」
「構わんよ。俺もそんなつまらない勝負の着き方では上に怒られてしまうからな」
ふう、と息を吐きながらその人は言う。
よっぽど緊張していたのか。体は震えている。
……私みたいな殺人者を止めなければならなかったんだから、怖いのは当たり前かもしれない。
よく見ると彼も肩辺りの服が裂け血を流していた。
仕事とはいえ、自分も怪我して、怖がりながら注意してくれたのか。
「……ありがとうございます」
「はあ、もうそれはいい。―――それより、天江はこのままだとまずい状態だな」
「そ、そうなんですか?!」
その人が麻雀のわからない私のために解説してくれたところによると、天江さんはこのままでは所持ペリカ以上の負けをして、血液を奪われてしまうことになるらしい。
さらに、加えてこの出血。これ以上の失点は命に関わる。
「……わ、私が守れなかったから……?」
こうなる前には、天江さんは有利な状況だったようだ。
詳しく聞いたところでルールは分からないけれど。
でも、純粋に麻雀勝負なら、少なくとも命を失ったり擦る可能性は、万に一つも無いほどに。
つまり、あの攻撃を事前に防げてさえいれば。
こんなことにならずに済んでいた―――?
そんな―――。
……私の、せいだ。
何の役にもたてていない。
せっかく、天江さんが手を伸ばしてくれたのに。
白井さんが、信じてくれたのに。
歪曲の力を使うのを迷ったから。
傷つけることを、恐れてしまったから。
自分可愛さに、躊躇いを覚えたから。
―――天江さんが、傷ついている。
死にそうになっている。
やはり、私の能力は、人を殺すためにしか使えないのだろうか。
こんな私には、誰を守る資格も能力もないのだろうか。
視界が、曇る。
涙が、溢れてくる。
―――ああ、また私の前で人が死ぬ。
嫌だ。お願い。死なないで。
助けて、誰か―――。
「―――泣くな、浅上」
はっとして顔を上げる。
真っ直ぐな声だった。
普段の子どもらしい声とは違う。
縋りたくなるような声だった。
「……衣は、まだ生きている。勝負は、まだ終わっていない!
だから―――。泣かないで、衣を信じて見ていてくれ」
「……はいっ」
私の返事を聞きながら。
その服を緋色に染め、燃え盛る炎を背景に天江さんは不敵に笑った。
† † †
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最終更新:2010年09月02日 21:27