少女には向かない職業 ◆1aw4LHSuEI
――――――ねえ、イリヤスフィール。
――――――なにかしら。
――――――どうして、人間はこんなに愚かなんだろうね。
――――――不完全だから。……貴方はいつもそう言っていたわよね?
――――――そうだね、そう。完全に作られた僕たちとは違う。
――――――私と貴方を一緒にしないで欲しいけど。
――――――それでも、僕は彼らを救わなくちゃいけない。……ふふ、神もこういう気持ちだったのかな。不思議な気持ちだよ。
――――――リボンズ……?
――――――この気持ち……まさしく愛だ。
――――――愛!? ……いや、多分違うと思うけど。
――――――だが、愛を超越すればそれは……
――――――……リボンズ、貴方もしかして暇なの?
――――――…………。
――――――…………。
――――――…………ふっ。
――――――リボンズ、私は結構疲れてるんだけど……。
――――――イリヤスフィール、ゲームをしないか?
――――――……ゲーム?
† † †
「……侵入者だと?」
どうしてこう悪いことって言うのは次々やってくるんだろう。
モモからの通信を受けて、私はそんなことを思った。
『ん、そうっすよ。ホバーベース内に侵入者っす。人数は一人……。こっちの呼びかけは無視されました』
私たちの移動拠点ホバーベース。その内部に入り込んだ奴がいるらしい。
そんな報告を受けたのは、廃ビル群の探索をいくらか進めている最中のこと。
呼びかけには答えず、警備ロボットの追跡を振りきり、今は格納庫にいるとのことだった。
「……格納庫! 私のサザーランドは大丈夫ですか!?」
血相を変えて叫ぶ憂ちゃん。
強力な武器ってこともあるけど、なんだかあのロボットに思い入れがあるようだ。
……私と違って随分と乗りこなしてたみたいだしな。
とはいえ私だって憂ちゃんほどじゃないけれど、自分のサザーランドがどうなってるかは気になった。
……まさか奪われたりしてないよな?
「起動キーは自分で持ち歩いてるじゃないっすか。盗られたりはしてないっすよ。
今のところ壊す気もないみたいっすね」
「ほんと? ……よかったー」
喜ぶ憂ちゃんを見ながら、私も安心する。
サザーランドは無事か……よかった……。
…………。
律がいたら。
興味なさそうな振りしといて、報告を聞いて安堵する。
そんな素直じゃない私のことに気が付いて、茶化してきたかもしれないな。
「―――気を抜くにはまだ早いぞ。相手が格納庫に篭城するなら、こちらもナイトメアを使うのは難しいということなんだから」
水を差すようなルルーシュの言葉。
とたんにしょぼんとする憂ちゃん。空気が暗くなる。
だけど、もっともな言葉だ。相手もそれを狙ってるのだろうか?
「そしてあわよくば俺たちを返り討ちにして起動キーを奪うつもりなのかもしれないな」
私がふと発した疑問に答えるルルーシュ。
なるほど……。つまり侵入者は。
頭の回る奴―――というより、抜け目がない奴―――なのか?
「まあ、只の考え過ぎかも知れないが」
『どうであれ、たった今面倒なことになってるのは間違いないっすよ』
「そうですね! 早く戻って桃子ちゃんを助けないと!」
「……そうだな。ここでホバーベースを失うわけにもいかないんだしさ」
憂ちゃんの意見に賛同を返しておく。
それにモモとは秘密同盟の約束もあるんだ。
なのにいきなり死なれたりしたら……困る。
「そして侵入者をブチ殺しましょう!」
「……えっと、うん……そうだな」
「……今回はそれでいいだろうが、一応懐柔できそうなら仲間に入れるという方針を忘れるなよ?」
その元気のいい声に、若干引きつつも賛同した私。
そしてそれに冷静に突っ込むルルーシュ。
内容が物騒なことさえ除けば、仲の良い友達同士にも見えるのかも知れない。
「桃子、今から戻る。―――それまで、死ぬなよ」
「……大丈夫っすよ。私にはステルスがあるんすから。
そっちこそ、死なないでくださいよ?
今ルルさんに死なれたら困るんすからね」
「ああ、分かっている」
「じゃ、そろそろアレなんで私暫く連絡取れなくなるっすけど……」
二三言適当に言葉を交わして、通信は切れた。
―――白々しい内容だ。
モモはルルーシュを殺すことを狙っているし、ルルーシュだって私たちを使い潰す気だろうに。
「澪」
「……ひゃ、え、な、なに……?」
そんなことをぼんやりと考えていたら、ルルーシュから声をかけられていた。
「いや、少しぼんやりとしていたように見えたからな。驚かせたなら悪かった」
「べ、別にいい……けど」
慣れない。
ルルーシュ・ランペルージという存在に、これから先秋山澪が慣れることなんてあるのだろうか?
元々の人見知りもあるけれど……。
裏切ろうとしている、ということが後ろめたさにつながって、まともに顔を見れる気すらしない。
「……戦闘中に呆けていて、味方を背中から撃ってしまっては笑い話にもならない。
―――誰が敵なのか、味方なのか。よく考えたほうがいい」
「―――え?」
驚いて、逸らしていた目をルルーシュに向ける。
だけど、もう憂ちゃんを伴って歩き始めていて、表情を見ることは出来なかった。
(……バレてる?)
心臓が早鐘を打つように響く。
鎌をかけられただけなのかも知れないけれど……。
少なくとも、私が裏切ろうとしている可能性ぐらいは十分に考えてるって、ことだ。
……どう……する?
二人から不信に思われない程度に離れながら付いて歩く。
楽しそうにルルーシュに話しかける憂ちゃんがどこか遠く見えた。
その時だ。
『……ちょっといいっすか?」
「ひっ……!? あ、ああ。モモか」
個人回線。
先程暫くは連絡の取れなくなるといったモモが。
私だけに連絡を入れてきた。
……これは。
「なんだ……?」
前を歩いている二人に気付かれないように、私はモモに小さな声で答える。
『少し、お願いがあるんすよ』
「…………」
お願い。
それはきっとルルーシュ達を裏切るような種類のものなんだろう。
『リスクは高いけれど……頼まれてくれないっすかね?』
顔は少しも見えないけれど。
通信機の向こう側で、モモが感情のない笑みを浮かべていることを、なんとなく、感じた。
† † †
【???・麻雀大会 / ???】
さて、厳かに、しめやかに。麻雀大会が開催された。
―――最も、大会などと言ってもそこまで特別な設定がなされているわけではない。
参加者全員が生身の人間であるということが、なにより大きなことだろう。
これまで行われてきた麻雀と、違うものは以下の通りと言える。
まず一つ。
カメラとマイクを通じて互いに不自由なく顔を合わせて麻雀をすることが出来るということ。
これは、生身の人間同士の勝負なのだから、なるべく普通に行う麻雀に近い感覚で行ってもらいたい。
全員の出身世界が同じなのだから、対話も弾むことだろうと配慮された結果である。
つぎにもう一つ。
点棒のレートを従来の五倍とすること。
つまり、点棒100点=50万ペリカ=血液50CC。
そういった設定となる。
これは参加者のなかに時間までに一定のペリカを稼がなければならないものがいることを鑑みた救済処置だ。
一度の闘牌で稼げる金額が多いということは、当然借金をもつものには有利になる。
また、その上で原村和には、2330万ペリカ。宮永咲には5740万ペリカが与えられている。
これは自らがこの殺し合いの場で稼いだ点棒に応じてペリカを支給した、ということだ。
もっとも、何らかの商品が買えるというわけではない。
レートも高くなったことで、僅かな点棒の損失で主催者側が死亡しては興ざめもいいところ。
そう考えられて、血液の代わりに使用できるようにするためである。
では、試合開始前の彼女らの様子でも確認するとしよう。
原村和。結局、これだけの手を打っても友人、宮永咲を巻き込んでしまったことに対する後悔か、その顔は暗い。
対戦相手が全て知人となってしまったということも原因の一つか。
せっかく待ち望んだ対面だろうに、宮永咲とまともに目を合わせることが出来ないようだ。
宮永咲。またしても殺人麻雀に参加させられるということで怯えていたようだ。
さらに、その対戦相手が知人ばかりだということに絶望に近い感情を覚えているのか、瞳に映る感情は暗い。
こうして比較すると、多少なりと覚悟を決めている原村和に比べると場慣れしていないことがよくわかる。
それがどのような結果を生むのか。……実に楽しみだ。
東横桃子。この四人の中で唯一積極的に他人を殺そうとするもの。
参加者でない二名の参戦には少々意外そうにしていたが、特別感情に変化はなし。
誰が参加していようが、自分の目的には変化はないということか。
確かな殺意。揺れぬ感情。恐らくは彼女こそがこの勝負の中心点となるだろう。
天江衣。生きるためにペリカを必要とする少女。
借金総額は残り二億ペリカ。所持金は2500万ペリカ。
差し引き一億七五00万ペリカの金額を返済するのに必要な点棒は35000点。
初期点棒からの差し引きとなるので60000点に達すれば借金は全額返済可能。
だが……それだけの点棒を稼いでしまえば、他の参加者は血液による支払いが確実に必要になる。
死者もでるだろう。
その上で、どうすべきなのか。
原村和と宮永咲が参加者にいることに気が付き、揺れる彼女の選択に期待したい。
東一局。
動揺している者が落ち着くことを待ってはくれず牌は配られる。
そして、始まってしまえば一手十秒で捨牌を選ばなくてはならない。
迷っている時間は与えられない。しかし、彼女らも素人ではない。
雀牌を目にして覚悟が決まったか、自動で牌が捨てられることになったものはいなかった。
当然だ。命をかけてのギャンブル。早々に放棄されては堪らない。
「ロン ……2000です」
意外なことに、誰よりも早く和了ったのは原村和。
そして、その相手は宮永咲だった。
「……え?」
味方だと思っていた相手から直撃を食らった宮永咲の眼に浮かぶのは驚きの表情。
当然だろう。点棒がそのまま生命線となるこの戦いで、いきなりの失点が一番の信頼していた親友からだ。
「ごめんなさい、咲さん。……でも、私を信じてください。
私たちが誰も死なせないためには、こうやって、出来るだけ早く、安く和了るべきだと思うんです」
何故かって、他人を殺すつもりがある人がいるのだから。
そう言って、原村和は対面の東横桃子を睨むようにして見る。
「う、うん……分かったよ、和ちゃん。……って、え? 東横さん?」
全く事情を知らない宮永咲は驚きの表情を浮かべる。
うっすらと感情のない微笑を浮かべるだけで東横桃子はそれに答えを返そうとはしなかった。
東二局。
―――だが、原村和はわかっているのだろうか?
派手なオカルト麻雀と比較すると、完全なデジタル麻雀である原村和の麻雀は地味にまた早い手が多いように映る。
しかし、それはデジタルの本質ではない。
デジタルとは場や手牌の状況から最も点数を稼ぐ確率の高い方法を選択するというものだ。
つまり、現在原村和が選んだスタイルは、彼女お得意のデジタルとは、ほど遠い、どこか歪なものになってしまっている。
目的のために、やむを得ないとはいえ貫き続けたスタイルを崩した結果―――。
「ロン 4000っす」
「なっ……!」
否定し続けたから見えなくなっているものもある。
天江衣への直撃。リーチありなのに無警戒での振込。
東横桃子のステルスが発動した結果だ。
直撃した天江衣以上に原村和の驚愕は大きい。
牌が見えないなんてありえない、そう思っていたからこそ彼女はそれ自体に何の対策もしなかった。
しかし、今まで彼女が「それ」を捉えられてられていた理由は、デジタルに徹しきっていたからこそ。
それをやめた今、彼女に東横桃子の牌が見える理由など存在しない。
彼女の「孤独」は、そこまで浅いものではないのだから。
「―――機械越しだとか、デジタルだとか。それぐらいで今の私は見つけられないっすよ」
独り言のように、東横桃子はつぶやいた。
「……おまえは、衣を黄壌へと送ろうというのだな」
その、感情を感じ取れない声を聞いて、今まで沈黙を守っていた天江衣が口を開く。
それと同時に現れる水底のような不自由な気配。
パリパリと音を立てて彼女から放たれるのは気迫。
世界最高峰という自負に負けぬ実力が迫力だけで伺える。
威風堂々と、天江衣は言葉を発した。
「だが、衣はまだ死ぬつもりはない。生かされたから、託されたから。それに死んでも命があるように」
少しだけ、口元に笑みを気丈にも浮かべて。
天江衣はまっすぐに対面を見つめた。
「だから、死ねない。
そして、衣は、もう誰にも目の前で死んでほしくない
ともだちが。ともだちになれたかも知れない人間が、いなくなってしまうことはとても悲しい。
そんな思いをすることも、他の輩に同様の思いをさせることも」
「……衣さん」
東三局の牌が配られる。
「―――でも、それと同じくらいに。誰にも誰かを殺して欲しくない。
だって、浅上は、後悔していたのだから。
ユーフェミアは、きっと殺したくなんてなかったのだろうから。
そんなことをしても、誰も幸せになんて慣れないと思うから」
膨れ上がる気配。
画面越しでさえ感じるほどの威圧。
東横桃子の「静」に対するならば、「動」。
息苦しさを感じさせる程の支配だった。
「故に緊褌一番に挑もう―――! 東横、お前を止める!」
「―――そうっすか」
想い人の仇が、殺人を悔いている。
そんな情報を聞いてすら、東横桃子は揺るがない。
「まあ、なんでもいいんすけど」
―――どうせ、全員殺すのだから。
† † †
おいおいおいおい。
マジかよ、あのガキ。
驚くしかねえ。体がまともに爆風に晒される。
「やたっ! 当たりましたよルルーシュさん!」
「……ああ、良くやった」
アイツ、投げつけた爆弾を空中で撃ち落としやがった。
そんなこと一朝一夕の訓練で出来る行為じゃねえんだぞ!
撃ちぬかれた爆弾は、当然衝撃によってその場で爆発する。
位置次第によっちゃ空中で爆発することは構わねえんだが、いくらなんでも俺までの距離が近すぎる!
飛び退いた瞬間に吹き荒れる爆風。ゴロゴロと転がって爆発の勢いを殺しながら考える。
今、歴戦の傭兵である俺を驚かせているのは、たった二人のガキと小僧。
特に、俺の感想からすれば、小賢しく指示を出してるイケメンの小僧よりもそれを忠実にこなせているフリフリのガキがやべえ。
空中で動くものを撃ち落としたという事実そのものに驚いてるわけじゃない。
それだけなら玄人でも難しいだろうが(そもそも拳銃は本来狙い撃てるような武器じゃねえ)、狙撃の天才なら不可能ではないだろう。
だが、あのガキはついさっきまで銃の持ち方すらあやふやだったぐらいのド素人だった。
演技や罠ってもんでもねえ。そこまで演技でやる必要はないだろうし、なにより俺の勘がそう言っている。
……ハハ。
つまりなんだ。
俺と闘いながら銃の撃ち方を学んで神業レベルまで到達したってこったか?
……面白くなってきやがった!
―――冗談じゃねえぞ。
「戦争屋舐めてんじゃねえ―――!」
「っ! ……あー、もう。危ないじゃないですか! 殺す!」
銃弾をばらまきながら後退する。
だが―――。
「――――」
銃弾はデカいカニに弾かれた。
ほとんど牽制にもなりゃしねえ!
「うっぜえ! 何だっつーんだ、そのワケの分からねえカニは!」
「何って……神様に決まってるしょうがっ!」
「ああ!? カニ様ぁ? ご生憎とご存知ねえなあ!」
そう、防戦に回ってる最大の理由がガキが乗ってるあのカニだ。
デカさと速度的にぶつかられたらほとんど致命傷だろうし、銃弾程度では一瞬ひるむ程度の効果しかない。
カニにいくら銃で攻撃したって無駄だろう。
丈夫な奴だ。
―――だが、銃弾を上のガキへの命中コースに撃った場合はどうだ?
カニは腕を上げてそれを防御するしか無くなる。
当然、目の前にださせた腕は視界を狭くする。
その状態で無理やりこっちに進ませりゃ、腕が目隠しになって―――。
俺の行動に気付けなくなる。
さあて、どうするかな、っとお!
「いっけ―――!」
「待て、憂! 止まれ!」
「え?」
「ちっ!」
カッ、と音が鳴り激しい爆風が巻き起こる。
俺が死角を狙って放った爆弾が爆発したのだ。
カニのわずか前で起こったそれは直撃すれば無人兵器を破壊できるほどの威力がある。
「ぎゃふっ! ……いったーい! もう!」
「憂、あまり前に出過ぎるなよ」
「わかりました! ブチ殺します!」
「だから、待て。……憂!」
だが、あの小僧が気づいて声をかけたせいでギリギリブレーキして致命傷は防ぎやがった。
つーか、大したダメージはなさそうだ。直撃でもねえと効きそうにもねえな……。
……カニってのは腹の方は薄そうだから、倒しとくにはいいタイミングだと思ったんだが。
……ま、それでも充分な衝撃を与えた。
この隙に全力で走れば振りきれるだろう。
今のうちにちょっと状況の立て直しを測りてえ……。
戦略的撤退といこう。
そう考えて、廊下の角を曲がる。
「誰だお前」
「…………」
そして、廊下の向こうに居た女に訝しげな表情でそう尋ねられた。
―――そういうお前は確か……名前は聞いてなかったか。
とにかく和服のネーちゃんと、デュオっつーガキが5メートルほど離れてそこにいた。
「バカ! 銃持ってるじゃねーか! さっき聞いた侵入者だ!」
なるほどな。こいつらもこのグループの一員ってわけだ。
しかも報連相も行き届いてるようで、俺のことは連絡済み。
やるじゃねえか。
……あの化物を相手にして生き残った二人と、追いかけてくるデカいカニ。
前門の虎、後門の狼てか?
さあ、どうする!?
決まってるだろ! 正面突破先手必勝ぉ!
まだこいつらの方が手の内はばれてねえ分やりようはあるしな!
立ち止まらずに思いっ切りよく突っ込んでいきながら爆弾を投擲。
数に限りはあるが惜しんじゃいられねえ。大盤振る舞いだ!
持ってきな!
「! 下がれ、式……! って、おい……!」
デュオって奴は戦い慣れてやがるのか。
爆弾と予測して後ろに距離をとりやがったが、女のほうはどうにもよく分かってねえみたいだった。
むしろそのままこっちに向かって歩いてくる。
間抜けが。直撃だ!
喰らえ。ドカン―――!
スパン。
と、そんな効果音が聞こえそうな気がした。
「「は―――?」」
アホ声のユニゾン。
デュオって野郎と俺の声が重なる。
―――嘘だろ。
爆弾をカタナで切りやがった。
まるで抵抗もないようにさっくりと。
いや、それはいい。
行動的にはおかしいけれど、物理的にありえないわけじゃない。ぎりぎり。
……だがよ、なんで爆発しねえんだ!?
「……ちっくしょう!」
何時までも呆然とはしていられねえ。
女まで残り2メートルってところ。
正直な話、今のを見てからじゃあまともに殺り合いたくはないんだが。
ここから方向転換して後ろに逃げようにも……。
「あ、式さん達! そいつ逃がさないでくださいよっ!」
後ろはあのイカれたガキとイケメンがいるし。
―――なにより、この女相手に背中を見せたくない。
……行くしかねえかな、接近戦っ!
一気に踏み込んで間合いへ。
当然向こうも黙ってはいない。
俺の動きに合わせるようにカウンター気味にカタナを繰り出してくる。
成長しきってない女の体。
徒手空拳に対しカタナ。
射程も速度も相手の方が早い。
近づきゃ不利なのは俺だ。
だが!
ここでいくぜ最後の最後の切り札ッ!
空気中に電流が流れる。火花が散る。
俺にしか認識出来ないほどの僅かな電流。
だが、これが紛れもない俺のワイルドカード。
小さな、されど今俺にできる最大の放電。
体内電流の操作による反射神経の鋭敏化。
つまりは、超速の―――カウンター!
「!」
それを持って神速の剣戟を―――避ける。
わずかに驚いたような顔を見せる女。
直接相対した奴にしか分からないかもしれない、けれど確かな反応速度の向上。
そして作りだしたこの一瞬の隙。
―――ボディががら空きだぜ。
貰った―――!
と、言いたいところだが。
俺は刀を掻い潜って、その女の脇を通り抜けた。
……撤退時に攻撃するなんて妙な色気を見せてる余裕はないんでな!
言われなくてもスタコラサッサだぜぇ!
デュオの奴も銃で足止めしてくるが、この反応速度なら全て躱すこともできる。
女の方を気にしてそこまで自由には撃ててないし、余裕余裕。
こっちも撃ち返して牽制しながら走り抜けた。
最後にちらりと後ろを向いたら、カニがブレーキをかけきれずに思いっきり突っ込んだらしい。
大慌てしていてなかなか愉快だった。
さぁて逃げる逃げる逃げるぜ。
しっかし。
……やっぱ群れてる奴らに一人じゃきつい。
体に慣れてねえこともあるし、あまり不用意に突っ込みたくはねえよなあ。
とはいえ偽名を名乗らざるを得ねえ俺では仲間は作り難いっつーのも問題だ。
やっぱもっと強力な武器を見つける、ってのが一番無難か?
―――ここらでちょいと、機動兵器のみやげぐらいは欲しいよな。
逃走のために走り続けながら、俺は格納庫の光景を思い出してた。
† † †
【ホバーベース内・廊下 / ルルーシュ・ランペルージ】
「やれやれ……」
戻ってきて早々に侵入者と偶発的に遭遇。
なし崩しに戦闘に入ったときはどうなることかと思ったが……なんとか引かせることが出来たか。
走っていった少女の背中が廊下の奥に消えてから俺、ルルーシュ・ランペルージは溜息をつく。
あちら側にしても不測の対面だったから良かったが、待伏されていればどうなったことやら……。
ホバーベースの損傷も機能的には大して問題はない上に、人的被害も小さい。
最小限の消耗で押さえられたと言い切ったっていいだろう。
先に桃子から侵入者の情報を得ていて警戒していたためとも言える。
しかし……。
「……もう、逃げられちゃったじゃないですか!」
「悪い。けど、あんま乱射しても式に当たりそうだったからな。多少よけられやすくても足元狙うしかなかったんだよ」
「―――お前が蟹で突っ込んでこなかったら、追撃できてたかもしれないけどな」
「む……」
ぐちゃぐちゃに蟹やら荷物やらをぶちまけた憂と式、デュオの会話。
式の言葉に憂は不満げな顔を見せるが、反論はしない。
黒の騎士団の仲間というわけではないから自重しているのだろう。
……まあ、それぐらいの空気は読める。
「やめとけって式。あ、それよりお前、爆弾切ってたよな。あんなことも出来たのか?」
「ん……? ああ、出来るみたいだな。成功してよかったよ」
「おい」
「それより」
両儀式が俺の方に歩いてくる。
相変わらず何を考えているのかわかりにくい顔だ。
「秋山はどうした?」
秋山澪。
彼女は現在ここにはいない―――。というより、先程の戦闘にも途中から参加していない。
後半こそこちらが押していたが、当初憂が蟹をデイパックから引っ張り出すまではむしろ押されていた。
そんなときに爆弾を始めて受け、左右に飛び退いて分かれる。追撃をやり過ごしている間にはぐれた。
それ以来合流出来ていない。……このホバーベースはそれほどに広いというわけでもないのに。
侵入者の少女は終始俺たちと戦っていたから、既に殺されているということはないだろう。
……侵入者がもう一人いるなんてことがなければ。
―――まあ、桃子の話を信じるならば、それはないだろう。
そんなところを、問題の無さそうなところだけ掻い摘んで話した。
「へえ……。じゃあ、やっぱりあれは秋山だったのかもな」
「どういうことです?」
俺の返事には答えずふいと後ろを向かれる。
―――どうにも好かれていないようだ。
鋭いようだし、俺の本性に薄々気づいているのかも知れないな。
彼女の能力は把握しきっていないことだし、あまり目の前で不用意なことはしたくない。
「―――秋山を探しに行ってくる」
「ちょ、待てよ、式」
自分の調子を崩さない彼女に、デュオは未だペースを崩され続けのようだ。
少々共感する。まとめ役は苦労させられるものだよな。
……後で時間が出来たときにでも色々と聞いてみようか。
「構いませんよ、式。さっきの侵入者と澪が一対一で遭遇してしまう可能性を考えれば、むしろこちらからお願いしたいぐらいです。
……ただ、デュオ。お前は残ってくれないか? こっちも半分怪我人の俺と憂だけじゃさっきの侵入者がもう一度襲いかかってきたときに対応しきれるか分からないんだ」
これは本音だ。
デュオと少し会話を楽しみたいという俺の個人的な意見も混じっているが、な。
「俺はいいけど……式は一人で大丈夫か?」
「ああ、あいつぐらいなら次からはオレ一人で勝てるよ」
誇張を感じさせない少女の意見。
平然としたその顔で言う言葉に嘘が混じってるとは思えない。
少し心配そうにしていたデュオだが、その言葉に折れて頷いた。
「分かった……。だけど、秋山を見つけたらすぐに連れて帰ってこいよ」
「―――お前はオレの保護者なのか? 行ってくる」
「ああ、俺達は制御室にいますので、戻るときはそこまで」
呆れたような顔をして返事をし、走っていく式。
とはいえ、言葉ほど嫌そうには見えなかった。
やはりデュオを信頼しているのだろう。
―――なんだ。意外と読めるものだな、彼女の表情も。
「さてと、式が戻ってくるまで俺達はどうするんだ?」
「先程も言ったとおり、まず制御室に行こう。そこを侵入者に掌握されたら厄介なことになってしまうしな。
……分かったか、憂?」
「はい、ルルーシュさん!」
廊下に散らばった蟹と荷物を片付けながら憂が返事をする。
会話に割り込めそうになかったから片付けをしていたようだった。
……そのくらいの空気は読む。一応。
「……それと。デュオ」
「……ん、なんだ?」
制御室に行こうと若干の警戒を残しながら歩き始めたデュオの横に並んで、話しかける。
「俺の言うことを疑わないで聞いてくれるか?」
「ああ……分かった。なんだよ」
こちらを向いたデュオの瞳を俺は見つめる。
真剣な表情を作り、他の誰にも聞こえないように俺は言った。
「この艦内に……もう一人侵入者が居るかも知れない」
―――さて、桃子。
お前はどうする?
† † †
【???・麻雀大会 / ???】
天江衣の支配。
同世代最強クラスとまで言われる絶大にして強大なその能力は、
解放すれば、『対戦相手は手が揃わなくなる』。
役が、ろくにできなくなる。
それと対称的に天江衣にはよき牌が揃う。
一言で言うならば、確率を操作している、といったところだろうか。
まさに反則とすら言ってもいい能力。
本人が人間の域を逸脱したと自称するのも理解出来ない話ではなかった。
無論、破る方法が皆無というわけではない。
宮永咲ならば、いつかやってみせたように、それ以上の運命操作とでも言うべき力で乗り越えるかも知れない。
原村和なら、そんなオカルトありえませんとでも言いながら、無効化することが出来るのかも知れない。
だが―――。
「流局、だな」
「…………」
「無味乾燥だと、思うか? 衣とて本意ではない。常に全員に役にならない牌を配り、流局にし続けるというのは」
現在、麻雀大会は南二局が終了。
東横桃子が和了った東二局以来、ここまで四局全て、流局という結果に終わっている。
衣の能力で場を支配。
そして、東横以外はベタオリときては、それも致し方ないことだろう。
無敵とも思えるステルス。
誰にも発見されず、影響されず。
リーチ牌どころか捨て牌すら見えずに危険牌の判断すら不可能というその能力は確かに絶大だ。
本来ならば、今の東横桃子相手にはベタオリすら出来ない。
だが、彼女には圧倒的に欠けているものがある。
それは、場の支配を覆す力。
対人相手に完膚無きまでの力を持つ彼女だが、運命や確率については完全に門外漢。
天江衣に抗う術などはないのだ。もしも天江衣が東横桃子を殺すつもりならとっくに達成されていただろうほどに。
……ここまでお膳立てを整えたが、つまらない勝負になりそうだな。
画面を見つめながら、私はそんなことを思う。
「はは。……正直お手上げっすよ。そんなことされたら」
「諦念に至ったか?」
「まさか」
ステルスの精度を気にしてか今まで殆ど口を開かなかった東横桃子が返事する。
最早そんな行為は無意味だと悟ったか。
「あなたこそ、どうなんすか。わざわざ大会に参加したってことは、ペリカを稼ぎたいんすよね?
……このまま流局続けるなら手持ちのペリカが減るだけっすよ? いいんすか?」
「―――衣に取って麻雀とは自分の全てだと言ってもいい」
「は?」
「衣は、幼年の頃に父母を亡くして以来、ずっと一人だった」
南三局開始。
一手十秒という縛りがあるので手を進めながらも、突然に語り始めた衣に不思議そうな顔を見せる東横桃子。
「衣のことを誰もが遠巻きにした。……衣も、無理に関わろうとはしなかった。
だから誰も、いなかった。衣は一人だった」
「…………」
「でも。麻雀が出会わせてくれた。気づかせてくれた。龍門渕のみんなや、ここにいるはらむらののか、清澄の嶺上使い。
ここに来てからも、麻雀で仲良くなれたものもいる。―――麻雀が衣に家族を、ともだちをくれた」
龍門渕透華や伊藤カイジのことを思い出しているのか。
目に涙を浮かべながらも、衣は東横桃子を見据えて言う。
「―――でも、奪われた。とーかもカイジも死んでしまった! とても悲しくて、辛くて……だから。
だから、衣は嫌なんだ。絶対に、麻雀をそんなことのために使ってほしくないんだ……。
衣に友を与えてくれた麻雀を、人殺しの道具にはしてほしくない」
「……そう、だよ」
目に涙を溜めながら、宮永咲が口を開いた。
それほど積極的な正確とは言えない彼女が。
人殺しになってしまった彼女に向けて言葉を送る。
「私、あまり麻雀が好きじゃなかった。昔嫌なことがあって純粋に麻雀を楽しむことが出来なかった。
だけど、清澄に入って皆と会って……今は麻雀が好き。それなのに、こんなの、やだよ……。
ねえ、東横さん、やめよう? ……だ、だって。一緒に合宿して麻雀して……東横さんも楽しそうだったよ。だから……」
そのまま、涙を溢れさせる宮永咲。続きはもう言葉になっていなかった。
思えば気丈に振舞っていたものだ。
何も判らないままに拉致され殺人麻雀に参加させられ、殴られて。
心細かっただろう。辛かっただろう。頼りたかっただろう。
本当ならば顔を見た瞬間に友人にすがりつきたかっただろうに。
ことの重大さを考えて我慢していたのだろう。
―――ああ、悪くない。
「―――東横さん。私は、ずっとこの殺し合いがどうなっているのかを見ていました」
宮永咲の後をつなぐ様に、原村和が話し出す。
全てを見ていた、見ていることしか出来なかった少女は。
いったい何を告げるのか。
「……だから、あなたが殺し合いに乗った理由も分かっているつもりです。
加治木さん。彼女を生き返らせるため、ですよね……。
気持ちは、きっと理解出来ている。私だって、私だって多くの人を見殺しにしたようなものだし。
咲さんが同じ目にあったと思うと……もっと積極的な手段に出ていたかも知れない」
「のどか、ちゃん……」
「……でも、だけど。やっぱり、駄目です。だって、そんなこときっと咲さんは望まない。
たくさんの人を犠牲にしてまで自分が生き返ったって。……加治木さんも、高潔な人でした。
あの人だって、そんなことを望んだりは、きっとしません。あなたは、それでも……」
彼女は多くの人間の死を見ていた。
運営側でありながら、脅迫されての協力という特殊な立場。
最愛の少女を目の前にして、仕方ないのだと言い訳をしながらも犠牲を重ねてきた彼女は、言葉を紡ぐ。
「それでも、人を殺すんですか?」
彼女なりに迷ってたどり着いた。
宮永咲自身の姿を直接見て、決意したのか。
今まで迷っていた部分を、しっかりと見据える。
誰かを犠牲にして、誰かを助けるべきじゃない。
その答えに、たどり着いたか。
「―――そうっすね」
黙って聞いていた東横桃子が口を開いた。
「麻雀が、私と先輩を出会わせてくれた。麻雀があるから、鶴賀のみんなといられた。
……合宿も、楽しかったっす。麻雀をするのも……」
「だったら、やめましょう……?」
説得できるか。
そう思ったのか、希望を込めて原村和が声をかける。
「でも」
―――もう、いらない。
「え……?」
「―――東横さ……。?!」
爆音が鳴り響き画面が揺れる。
映し出される部屋の一つが曇り、もうもうと背後で煙が立っている。
「な。……いったい何が!?」
さらに続けて巻き起こる爆音。
視界の悪くなったウィンドウの端に、頭から血を流して倒れる少女の姿が写っていた。
† † †
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最終更新:2010年09月02日 21:23