絆キズナ語ガタリ 半端者・阿良々木暦 ◆mist32RAEs
風が吹いている。
中央の闘技場を囲むすり鉢状の観客席、その最上段を並足で進む悍馬にまたがる漆黒の鎧武者が一騎。
蹄が石畳に突き刺さる鋭い音、鎧がこすれる金属の音が混ざりあっている。
さて、ここから北の山を見れば、白みがかった薄闇空の下で炎が輝き、黒い煙が立ち上っていた。
だが武者はそれを一目見るだけで、背を向け逆方向――すなわち南側の席へと馬を向かわせる。
鎧武者の名は
織田信長。
わずか一代で戦国百年の世に覇を唱えんとした傑物の眼に、その火は価値なしと写ったのだ。
荒耶宗蓮と名乗るあやかしの者曰く、西に戦機あり。
それを完全に信じているわけではないが、地図を見るに、今からそこへ向かうことによる利はほぼ皆無である。
北には火山と城。立て篭もるならば要害の地に陣を構えるは必然の理だが、攻めるはこちら。故に不要。
東から逃げた者共がそちらに向かったとしよう。
とすると、さらにそこで戦が起こり、火が燃え盛っていると考えるべきだ。
そこでさらに逃れるとして南はすでに封鎖されている。ならば西か、北か。
どちらにしろここから追撃するは難し。故に結論は――利はなし――である。
むしろつい先刻、轟音をとどろかせた薬局なる場所のあたりからさらに西へと追撃をかける方が理にかなっている。
これは追撃戦である。信長は追う側だ。
たった一騎ではあるが、その一騎は万夫不当の古強者である。
真っ向からぶつかれば、あらゆる敵を粉砕せんとする気概と自負、なによりそれを可能にする剛力がある。
さりとて敵も侮りがたし。これまで戦った中でもいわゆる弱卒はいなかった。
信長よりも力が弱いことは問題ではない。臆病風に吹かれ、腰が引けたものがいないという点が何よりも手強い。
臆病風というものはいかなる強者が集った軍といえども、たちどころにヒビを撃ちこむ。
一人が勝手に逃げようとすれば、そこに穴が開き、さらにつけ込まれれば小さな一穴から大きく割れる。
鉄と木材では前者のほうが硬いが、ひび割れた鉄ならば木の棒ですら砕くことは不可能ではないということだ。
だがそれは通じない。
今までも信長の前に死兵となって立ちふさがった敵はことごとく打ち砕いてきたが、それと引換に大勢の退却をことごとく許してきた。
そしてその死兵共によって受けた傷も決して浅くはないのだ。
「敵は寡兵。しかし、寡兵よく大軍を破る也……か」
よくも云うたものよ、と信長は魔王と呼ばれる凶悪な面相に笑みを浮かべた。
アーニャと名乗る娘やこの駄馬は、信長という一個にして大軍に匹敵する強大な力の傘に入らんとする弱卒であった。
手こずるは道理ということか。古来より幾度となく示されてきた兵法の理というわけだ。
ならばこちらも寡兵となればよい。駄馬は少しでも逆らうならば即座に斬る。
信長独り、天下に一騎で覇を唱えんとす。
六天魔王ではなく、何も持たぬ尾張のうつけとなればよい。
いや、そうでなくては勝てなどしないだろう。
「まさに……是非もなし、かよ」
自らの手で治療した傷を、身に纏った鎧の上から撫でた。
その目は獣のように爛々と輝いている。
戦国乱世を生きるいくさびとの本能が高ぶってきていることを自覚する。
切り刻まれる兵士の悲鳴。
焼かれて悶える愚民どもの絶叫。
怯え、泣き、媚びへつらうネズミの如き者共の呻き。
なにより命をゴミのように散らす戦場の地獄。
これらを悦しまずして何の戦国か。何の乱世か。
「さて、参ろうぞ……往けィ」
馬のたてがみを掴んで促すと、並足から歩調を速めて駈け出した。
魔王をまたがらせた軍馬の蹄が地面を打ち鳴らし、重い音を響かせる。
闘技場の急な角度の階段を一気に駆け下りて外へ出る。
往くは南、そこから回って西へ。
東から逃げていった者はどこへ向かうか。北は可能性が薄い。南に逃げれば袋小路である。
ゆえに重要なのはE-2にある、西へ抜ける唯一の橋だ。そこに到るまでにめぼしい場所を回りながら追い詰めていけばよい。
信長が進む先はちょうど一日前に戦国最強と矛を交えた場所に近いが、遠くから見てもわかるほどに様変わりしていた。
その荒れようは以前とは比べ物にならない。
石や鉄でできた建物はことごとくが瓦礫と化しており、戦場跡が生ぬるく感じるほど。
これは地獄がこの世に顕現したとでもいうのか。
だが眼下に広がる風景はまさにそれであった。
信長は何も言わずに馬を走らせる。しかしその表情が物語っていた――良き眺めである、と。
南方面の辺り一帯は滅びと死で埋め尽くされたような光景だが、しかしそれによって余計な障害物が除去され、かなり遠くまで見晴らすことができるようになっている。
ゆえに見つけたのだ。巨大なる船を。
そして立ち上る黒煙、つまり戦の爪痕も。
もしそこにまだ戦を起こした何者かがいるならば、黒煙はこの悪騎の手によって新たなる戦の狼煙と変わるだろう。
猛烈な勢いで軍馬の蹄が大地を叩く。
みるみるうちに船の姿が大きく近づいてくる。
魔王襲来まで、あとわずか。
◇◇◇
海風が通り過ぎる船のデッキ上で、呆れたような、つっけんどんなその言葉はまっすぐ
浅上藤乃へと突き刺さった。
「――まったく、何なんだ。お前は」
再会した
両儀式の第一声である。
豪華客船エスポワールのデッキの上で、浅上藤乃、
グラハム・エーカー、両儀式、白井黒子、枢木スザク、
阿良々木暦は合流を果たした。
サザーランドは何か緊急の事態が起こればすぐさま起動できるように船着場に待機させてある。
見張りは双眼鏡を使って交代で行いながら、まずは集まり話しあおうということになった。
ちなみに
天江衣は船に備え付けの長椅子で作った寝台で気絶中である。
輸血に必要な金額は1000ccで一億。それをグラハムは迷わず選択した。
もともと衣自身がそのほとんどを稼ぎ出したようなものである。反対意見など出るはずもなかった。
早速、必要な器具も揃えて輸血を開始する。今すぐ命に関わる容態ではないということがわかったのは不幸中の幸いだった。
あまりゆっくりしている暇はないが、一気に血を入れると心臓に負担がかかり、心不全を起こす可能性があるからだ。
とりあえず黒子、藤乃の両名が代わる代わるに様子を見ることにしている。
他には残ったペリカでRPG-7を二つ購入し、グラハムと暦が持つことにした。
「両儀……式、さん」
「
真田幸村を殺したんだろ……お前に会ったら殺してやろうと思ってた」
低くハスキーな声だった。
殺す――という物騒な単語が飛び出たことでまず動いたのは阿良々木暦。
「待ってくれ、両儀……じゃない式。浅上はもう人を殺さない、僕が殺させないし、それに――」
暦が両儀と呼ぼうとしたら、物凄い眼で睨まれる。
なんだか知らないが苗字で呼ばれるのをやたら嫌がっているのだ。駅ではじめて会った時のことを思い出す。
昨日のことだってのに、なんだかえらく昔のことのように思えるのは、きっと気のせいだ。
あの時はとりあえず分散して行動しようというだけで、ちゃんと会話したことはなかったろうか。
「……殺したんだろ。必然の理由もなく殺そうとして――殺した」
「……はい」
浅上は、そんなおっかない式の顔をまっすぐに見つめ返して静かに、強く頷いた。
暦はそれを見て思う。
自分は浅上を救えたのか。いや、そんなに自分が大層なことをやれると思える根拠はこれっぽっちも持っちゃいない。
一番救いたいヒトも救えなかった、どうしようもない優柔不断の半端者だ。
それでも、浅上は前を向いている。その助けに、ほんの少しでもなれただろうか。
幸村はいい奴だった。
単純で、暑っ苦しくて、お人好しで、何よりも真っ直ぐで。
決して死んでいい奴なんかじゃあない。
いや、死んでいい奴なんかいないと、そう思う。
誰かの同意を得ようとは思わないけど、そう思う。
とにかくそれでもあいつはきっと皆に好かれる奴だったろう。
死んだら、居なくなったら悲しむ奴はきっと大勢いるはずだ。真田幸村とはそう思わせる人間だった。
それだけじゃなく
加治木ゆみをはじめとする、暦に面識がない人間だってきっと死ねば誰か悲しむ人間がいる。
阿良々木暦が
戦場ヶ原ひたぎを奪われて絶望に沈んだように、だ。
そんな人間の命を浅上は奪ったのだ。それは消せないし、消してはいけない事実。
「駅の近くでお前の声を聞いたよ、浅上藤乃。あの雨の夜に聞いた時と同じ、誰かを殺したくて殺したくてたまらない声だ……凶がれ、ってな。
なのに、お前はどうして……ああ、くそっ。何で境界の外にはみ出したお前にそんな眼ができるんだ……?」
式は浅上を問い詰めるというよりも、自分の中にある何か――暦に分かるはずもないが――を持て余しているように見えた。
衛宮を殺したのは式だということは聞いた。
だけど、それは荒耶宗蓮とかいう主催側の人間に操られていたから仕方ないことであるとも。
ここに来てから、この中で衛宮と付き合いが深い方であろうグラハムや白井が何も言わないのだから暦が何を言うまでもない。
「私は――」
そんなことを暦が考えていると、浅上が意を決したように言葉を切り出した。
誰もが視線を集める。いや、天江衣だけは皆が座っている直ぐ側で青ざめた顔のまま、横たわっているが。
「私は、生きていたい」
はっきりとそういった。
デッキに海風が吹きすさぶ中で、誰の耳にもはっきりと聞こえるように言い放った。
「誰かを殺して、誰かから恨まれても、なら私はその罪を償いたい、謝りたい。
それで許されなくて傷つけられたとしても、それで辛くて、苦しくて、痛い思いをしても、どうしようもなく無様でも」
自らの胸を抉る重い何かを握りつぶすように、浅上は胸に当てた両手を組んでぎゅっと握り締めながら、震える声を絞り尽くす。
大声ではない。それでも浅上の声は皆に響いた。いつの間にか海風は止んでいた。
だが誰もそれを気に止めることなく、その淡紅色の儚げな唇から紡ぎだされる言葉をただ待っていた。
「死にたくない、もっと、生きていたい。消えたくない、もっと、話していたい。終わりたくない、もっと、想っていたい……!」
辛い。
苦しい。
痛い。
惨めで、虚しくて、心が痛くてたまらない。
痛くて、痛くて、その痛みにいつしか負けてしまいそうになる。
その先にバッドエンドしか待っていないと分かっている。
大切なものを守れない、救えない。
そんな自分の不甲斐なさと情け無さで涙が出る。
それでも。
それでも、まだ渇望する。
――生きている。
「――まだ、ここに、いたい」
――僕も同じだ、浅上。
そんな思いが阿良々木暦の胸中を満たす。
目の下が痺れるように熱くなって、涙が溢れそうになる。
それをどうにか堪えながら、両の拳をいつのまにか力いっぱい握りしめていた。
「……そうか」
両儀式はそれを受けて、軽くため息をついてから素っ気無く言い放った。
初対面から愛想の欠片もないキャラクターだったがゆえに暦にその胸中は測れない。
ただ、そういって自分の椅子に深く座りなおした時の表情からは、とにかく面白くないとかそういった類の感情が溢れ出していた。
とはいっても、付き合いが浅いにも程があるのでそれが正確とは言えないだろうけど。
「……本当に、どこまでも、無様なとこまで俺たちは似たもの同士だな」
それだけ呟いて、あとはもう何も言わずに黙りこんでしまった。
同類?
浅上と、式が?
わからない。
事情の分からない暦には入り込めない領域の話なのかもしれない。
言われた方の浅上は少しだけ式のほうを見つめてから、静かな仕草で俯いて押し黙る。
誰も何も言わず、僅かな間だけ沈黙が場を支配した。
◇◇◇
「では当面の問題を整理しよう」
グラハムが新たな議題を切り出した。
衣の容態は今まで黒子が見ていたが、交代して藤乃に替わっている。
まず最初に対処すべき問題は何か。
筆記用具を使って要点を書き出した。
①天江衣、白井黒子を始めとする各メンバーの治療
②西にいるルルーシュたちとの穏便な合流
③
一方通行や織田信長、荒耶宗蓮などへの対処法の準備
④ルールブレイカーを使った首輪の解除・解析
「……こんなところですわね」
衣の看病を藤乃と交代して論議に加わった黒子が簡潔に議題をまとめる。
それに反対意見はない。
とりあえず④は後回しでも問題ない。
まずは確実にここいら近辺に潜んでいるであろう一方通行や荒耶宗蓮への対処をどうすべきかだ。
今、また戦闘となれば全滅となる可能性はかなり高い。
完全なセーフティなどこの地には存在しないが、明確な危機からは一刻も早く遠ざかって安全を確保しなくてはならない。
そして黒子や衣はもちろんのこと、その他のメンバーもほぼ満身創痍だ。
ならばまずやるべきは①と③であるという結論になる。
「ルルーシュとの合流を急ぎましょう」
そこで枢木スザクが意見を申し出た。
これは彼自身の目的と一致する。
だが、もちろんそれだけで言っているのではない。
「式さんの話を聞く限り、ルルーシュは強力な武装と多くの人数を纏め上げながら、西で主催を倒すための調査をしているらしいです。
④だって、僕らだけじゃどうしようもなかった。式――彼女が来てくれたからこそ生まれた手がかりです。
合流できればもっと新しい情報を得ることができるかもしれないし、西というのも好都合だ。一方通行からはひとまず遠ざかることができる。
人数がいるというのもいい。そのぶんだけ支給品と情報を揃えていると見ていいし、他の治療設備の情報も手に入るかもしれない」
支給品はイコール強力な武装である。衣の輸血でペリカの大半を使ってしまった以上、ここで強力な武装を買うことはできない。
となれば合流が第一の選択肢となるのは当然のことだ。
式の話によれば、少なくとも数億のストックが向こうにはあるらしい。
ならばこちらを遥かに上回る強力な戦力となっていることは想像に難くない。
「ああ、そういえばショッピングセンターだっけかな……一億だか二億で義手売ってるぜ。
どうやって取り付けるかは知らないけど、もしそれが本物なら性能は保証する。支払いは合流すればこっちでなんとかできるしな」
両儀式がスザクの片腕に気づいてそんな情報も教えてくれた。
本物にしか見えない彼女の左腕は、その義手だと言う。
半信半疑といった反応を皆が見せると、着物の袖をまくってその左腕を晒し、なんと手首のやや上あたりがパッキリと折れて開いた。
そこにナイフを仕込んでおくためのギミックだという。
さすがにこんなものを見せつけられては信じざるを得ない。
彼女曰く、お前に潰された腕さ、結構立派なもんだろ――とのことだ。
そう言われた浅上藤乃は困ったように俯いてしまったのだが。
ともかくスザクの義手購入という項目もやるべきこととして追加されることになった。
3000万支払って向こうの
現在位置確認を済ませ、改めて話をルルーシュとの合流に戻すとする。
他のメンツ――例えば暦などにとってはルルーシュは極めて信用ならない男だろう。
だがこちらにはスザクがいる。
式が相も変わらず極めてぶっきらぼうに述べるには、ルルーシュのほうでもスザクを探していると言っていたらしい。
例えばユフィが生きていたように、スザクとは違う世界――ルルーシュとスザクが決定的に決裂していた時間から呼び出されたとしたら、わざわざそんな真似はしないだろう。
ならばこの条件がある限り、少なくとも問答無用でこちらを排除しようとは考えないはずだ。
危険地帯からの脱出、戦力アップ、情報入手、あわよくば治療手段まで手に入るのだ。
薬局で何らかのリスクを背負い、おまけに再び最強の能力者に遭遇するリスクと比較すれば、迷うなどあり得ないほどの選択肢。
だが、そこに到るまでには一つの懸念が高い壁となって彼らの前にそそり立つ。
「……穏便に合流できればの話だな、それは」
「ええ、問題はそこですわ」
グラハムと黒子の意見はもっともだ。
ルルーシュの側には阿良々木暦を殺そうとする
平沢憂という女の子もいる。
これも式からの情報だ。そんな人物を仲間に引き入れているルルーシュは穏やかな合流という選択を選ぶかどうか。
「それは僕がなんとかすればいいだけでしょ。いいさ……やってやる」
「阿良々木さん……」
「だが、いきなり名乗って向こうに無駄に警戒されることもあるまい。最初は枢木スザク、あなたが彼らと接触すべきだ」
「わかりました」
次は移動だ。
モタモタしている暇はないので迅速に行きたいところだが、ケガ人を抱えて最速の行軍というわけにはいかない。
それにまずは順調な合流を行うためにも、ファーストコンタクトの人選は慎重に行うに越したことはないだろうということになった。
まず最初にスザクと式に馬に乗って西へ向かってもらおう、とグラハムが提案する。
集団のリーダーとなっているルルーシュに面識のあるスザクと再度合流のために戻ってきた式の二人ならば、滅多なことでは争いにはなるまいとの判断だ。
後発の五人は藤乃の千里眼で周りを警戒し、グラハムのサザーランドが守りながらケガ人に極力負担を与えないようにして後を追う。
とくに反対意見は出ず、議論はひとまずまとまった。
「現状ではこれがベスト……のはずですわ……ぐぅっ」
「あまり無理をするな白井黒子」
早速船を降りようとする黒子が肩を抑えて歩みを止める。
グラハムが気遣うが、彼女はそれを不要と断り、気丈な笑顔を返した。
「心配ご無用ですの……そういえば……グラハムさんは衣さんのお友達でしたわね」
「? あ、ああ」
「でしたら私も衣さんのお友達でしてよ。友達の友達もまた友達――ですわ。私のことは黒子で結構ですの」
「君は……強いな。そうか、ならば浅上藤乃。いきなりで失礼だが貴女も我々の友になってくれないか」
精悍で凛々しい、いかにも軍人らしい顔に苦笑いを浮かべながらもグラハムは、はっきりと告げる。
言われた方の浅上藤乃は突然のことに戸惑いながらも、まんざらではないと言った風だった。
そしてそれを受けて、迷いなき両眼に力強い意思の輝きを宿し、勇敢な軍人は高らかに告げる。
「フッ……ならば私も天江衣の友として、あえてここに告げよう。君たちは皆、私の友であると。
浅上藤乃、阿良々木暦、そして枢木卿に両儀式! 君たち全てはこのグラハム・エーカーの同志、そして戦友だ!」
少し離れた場所で見守っていたスザクは、年長のまとめ役として見ていたグラハムの突然の奇行に内心あっけに取られていた。
その近くに佇んでいた式などは、おいおい……とかろうじて聞こえる程度の呆れた声を漏らして視線を逸らしたほどだ。
黒子や阿良々木たちも見れば似たり寄ったりの反応だ。だがグラハムはお構いなしに横たわっていた衣を優しく抱き上げながら、皆に出発の準備を促す。
天江衣の輸血は時間が足りず完全ではないが、だいぶ顔色はよくなっているようだった。
「――あれ、あの馬がいなくなってるぞ!?」
「無理もありませんわね……危機を察知して逃げたのでしょう」
「……馬ならここにある。使うか?」
「式、さん。あ、あの……ありがとうございます」
先に船から降りて準備を進める彼らを上から眺めながら、スザクはゆっくりとタラップを降りる。
決裂することがあればルルーシュにつくと断言した身だ。
グラハムがどういったところで自分は同志、ましてや友などにはなりえない。
歩みを進めながら、そんな冷めた視点で思考している最中に、背後から声をかけられた。
「スザク。失礼だがそう呼ばせてもらおう」
「ええ……そうですね」
「フッ、失礼だといった」
「要件は、何です」
彼らを好むと好まざるとに関わらず、スザクにはどんな犠牲を払ってでも必ず守るべきものがある。
そのためには彼らを切り捨てかねないというのに、わざわざ親しくなろうとは思えない。
だがらあえて冷たい声色で返答する。
「君は勝利の味というものを知っているかな」
「なんですか……それは」
「勝利の栄光というやつさ。何かを勝ち取った時の喩えようもない高揚、興奮というものは美女や美酒よりも代えがたいものだ」
「……僕には」
枢木スザクという青年の短い人生にそんなものは存在しない。
逆に負け続けの生涯。年端のいかぬ子供の時分に父親を殺した時から、その巨大すぎる敗北の負債を支払うために生きてきた。
それは決してスザクのせいではない。だが、そんな辛い道を他の誰かに歩ませたくはないと、だから背負い、そうやって歩み続けてきた。
その道の途中、過程でこぼれ落とした更なる犠牲。そして生まれた罪。
さらにそれを償い続けるための無限地獄が枢木スザクという男の人生だった。
「僕は――」
「背負いこみすぎだ。君はそういう顔をしている」
「え」
その言葉に振り向いていれば、そこにいるのはニヤついた笑みを浮かべる腑抜けなどでは、断じてない。
気絶した少女を背負いながらも、双眸に燃え盛る炎を宿したまごうことなき戦士の貌だった。
「死んだものの想いを背負うのを悪いとは言わん。だがそれには所詮たったひとり……おのずと限界がある。
私とて此処に来る前は、先に逝った部下たちの死を背負うので精一杯だった」
「僕がそうだと……」
「君に限った話ではない。例えば阿良々木少年も君と同じだ。いや、きっと皆そうだろう」
「十分に背負ったのならそれ以上無理をすることはない。もっと別の、やれるべきことがあるはずだ。
もっとも大事な自分だけの特別なもののみ背負っていけばいい。私はその答えをここに来てから皆に教えられた」
「グラハムさん……それは――」
「導くことだ。自ら先頭を切って歩み、道なき道に標をつける。その道が正しいならきっと皆が、君が背負わずともついてくる」
「どうして――」
――そんな話を?
表情だけでスザクがそう問うと、グラハムはただ笑った。
「もはや負けるわけにはいかん。死亡者を放送発表と照らし合わせた数を考えてみろ。
殺し合いに加わらないのは、もうこのグループとルルーシュという人物の集団しか残っていない可能性が高いからだ」
「……はい」
残り二十二人から死亡を確認した人数を引き、そこから自分たちとルルーシュの集団、一方通行や織田信長のような危険人物をさらに引く。
グラハムの言うとおりだ。
神原駿河、
アーチャー、
レイ・ラングレン、そして一方通行の手にかかった者たち……彼らを犠牲にして大勢が生き延びた。
その結果がこれだ。
「ゆえに背負うな。もはや敗北を取り繕うための犠牲は意味が無い。
我々は勝つしかない。そのために――」
「わかっています。大丈夫ですよ、グラハムさん」
「スザク……」
「彼女はこう言ったんです。ユフィは……僕に、『生きて』と」
◇◇◇
「両儀式……信長とまみえるか」
電車からF-5の駅に降りたった赤毛の女性は何も無い虚空を見つめ、つぶやいた。
――聖杯戦争。
明確に実現する願いは、
世界にただ一つしか許されない。
各々(ひとびと)の願いは、
たとえ同じ思想で出来たものでも、
食い違うものであるからだ。
故に、彼らは競い合い、奪い合い、殺し合う。
万能の願望機は、ただ一人の勝者にのみ与えられる。
サーヴァントという超常の力はそのために聖杯より分け与えられる。
とある世界で、この世全ての悪にまみれた汚濁の力。
とある英霊はそれを浴びて受肉を果たし、とある求道者はそれを浴びて死より蘇った。
この世全ての悪――アンリ・マユ。
起源は中東のゾロアスターにあり、遠く離れた日本の戦国時代とは縁もゆかりもない。
だがそれに酷似した能力を、このバトルロワイアルの途中から制限を振りほどいて振るう者がいる。
言うまでもなくそれは第六天魔王、織田信長。
荒耶宗蓮は考える。
まがりなりにも聖杯の力を振るう者、すなわち根源へと通ずるものではないのか。
力を使い出したのは第二放送後、つまり最初に脱落したサーヴァントである
キャスター、そして
セイバーが死んだ直後。
それからアーチャーを撃破し、
バーサーカーが脱落、
ライダーに致命的な傷を負わせるなど、もはや災害と言っていい猛威を振るい続けている。
死んだサーヴァントが聖杯へと還り、そしてその力を増すのであれば。
聖杯の力を振るうのだとすれば、その聖杯に力が満ちるに従って、振るわれる暴威も強力となる理屈だ。
「同じ戦国武将としても、奴だけがあまりに規格外すぎる……」
この仮説はあまりに常識外だ。
だがそう考えればつじつまが合う点がある。
どれだけ突拍子がなくとも、それしか答えがないのならば、真実はそこにあるのではないか――。
「織田信長……奴はサーヴァントだ」
聖杯に何を願ったのかは分からない。
だがそれと引換にして、鬼すら食らう羅刹どもが跋扈する戦国婆裟羅の世に覇を唱える力を手に入れたとするなら。
もしそうであるならば間違いなく属性は反英霊であろう。
そんな怪物が両儀の女と激突する。
もしや、そこに道が拓けるかもしれない。
荒耶宗蓮が願ってやまない根源への道が。
「往くか……?」
無感情な女の声だけが無人の駅に響いて消えた。
【F-5/駅構内/二日目/早朝】
【荒耶宗蓮@空の境界】
[状態]:身体適合率(大)、身体損傷(中)、格闘戦闘力多少低下、蒼崎橙子に転身
[服装]:白のワイシャツに黒いズボン(ボロボロで埃まみれ)
[装備]:オレンジ色のコート
[道具]:凛のペンダント(魔力残量:極小)@Fate/stay night
[思考]
基本:式を手に入れ根源へ到る。
0:行くか……?
1:体を完全に適合させる事に専念する。
2:信長を利用し、参加者の始末をしてもらう。
3:必要最小限の範囲で障害を排除する。
4:利用できそうなものは利用する。
[備考]
※B-3の安土城跡にある「荒耶宗蓮の工房」に続く道がなくなりました。扉だけが残っており先には進めません。
※D-5の政庁に「荒耶宗蓮の工房」へと続く隠し扉がありますが崩壊と共に使用不可能になりました。
※エリア間の瞬間移動も不可能となりました。
※時間の経過でも少しは力が戻ります。今現在、体は蒼崎橙子そのものですが、完全適合した場合に外見が元に戻るかは後の書き手にお任せします。
※
海原光貴(エツァリ)と情報を交換しました。
※A-7の櫓に、何かしらの異常が起きた事を察知しました。
※バーサーカーを倒したのは、ルルーシュであると確信をしています。
※何か強力な武器が手に入ったら、信長に渡す約束をしています。
※一方通行の異常に気付きました。
※イリヤが黒幕である事を知っています。
※信長が』サーヴァントであるという推測を立てています。
※この後の選択はあとの書き手さんにお任せです。
◇◇◇
風を切って疾走する騎馬は廃墟のど真ん中を突き抜けて、全てを蹴散らすような勢いで船を目指し突撃する。
瓦礫を飛び越え、目指す敵へと一直線だ。阻めるものなど何もない。
船着場らしい開けた場所へたどり着けば、そこには読み通りに倒すべき敵がいた。
人数を数えることはしない。ただ、目の端に大仰なカラクリ人形が鎮座する様が写った。
織田信長の脳裏によみがえる屈辱の光景。
年端もいかぬ小童にその生命を引換とはいえ一杯食わされた。
同じ轍は二度と踏まぬ。
機先を制したはこちら。だが、それだけだ。
立て直されれば、数に置いて勝る敵に手こずるは必定。
「ならばその機先によって、一撃で仕留めてくれるわ!!!!」
波が生まれた。
黒くおぞましい、液体とも個体ともつかぬ曖昧な何かが信長の元より、ぞわりと沸き起こる。
それは広がり寄り集まって、疾走する騎馬の後ろに付くようにしてその規模を巨大化させていく。
まるで魔王の元に従う地獄の軍勢のよう。ざわざわとのたうち回り、それによってか、薄気味の悪い呻きの如き音を撒き散らす。
廃墟の瓦礫はたちどころに飲まれて、残骸すら残らない。
「くくくくくく……」
見れば向こうも気づいたか、それぞれカラクリ人形や馬に乗り込み、体制を整えようとしている。
だが遅すぎる。
初撃はとった。
そしてこれで終わりとなる。
「闇に滅せよ!!!!」
その大音声が響くと、黒い波は津波に変わった。
空を覆わんばかりに猛り、そして全てを焼き尽くして飲み込もうと襲いかかる。
虫けらに何も出来はしない。まさに災害。
大軍に押しつぶされる寡兵の如し。
いかに寡兵がよく大軍を破るといえど、真っ向からぶつかり合えば小さきものが押しつぶされるは道理。
全て滅びよ、と魔王の力のすべてを以て瘴気の津波を叩きつけた。
◇◇◇
――なんだこれは。
両儀式は驚きとともに目の前にできた黒い壁を見上げる。
騎馬でこちらに向かってきた相手は織田信長。
以前、戦ったことがあるが、あの時はこんなものを使ってはこなかった。
魔眼を使っても直死の線は見えない。
かつて浅上藤乃の魔眼を見切ったのと同じように、おそらく回数を重ねればどうにかなるだろう。
だが、初見では無理だ。グラハムが怒鳴りつけるように逃げろと指示をだしているが、逃げ場なんてないと悟るのに時間はかからなかった。
「式さん!」
白井黒子だった。
衛宮士郎から守ってくれと頼まれた女は、こちらに向かって手を差し出す。
グラハムから預けられたのか、逆の手には気絶した子供を抱いて。
「テレポートします! 早く手をとって!」
テレポート……瞬間移動か。
ああ、なら逃げられるかもな。
でも――、
「他の奴らは?」
そう言うと白井は悔しそうに、いやむしろ泣きそうな顔でこう言った。
式にはむしろ予想はついていたのだが。
「
130kgの重さまでしか持っていけませんの! 衣さんと私を含めると貴女が限界ですのよ!」
そう。
そんな理由でもなければ衛宮士郎を殺した自分をわざわざ助ける義理はない。
無論死にたくはない。死にたくはないが――、
「浅上を連れてけ。あいつなら俺と大差ないだろ」
そう言って少し離れたところにいる浅上藤乃を指さした。
ちなみに側には阿良々木暦もいる。
「そんな……」
「あいつははっきり言ったんだ。ここにいたい、って。なら……生きたいって強く想える奴が生きればいい」
「そんな!」
「おれだって死にたくないけど仕方ないだろ……早く行け!」
ああくそ――時間が、ない。
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最終更新:2010年11月02日 07:01