ひたぎブレイク  ◆tILxARueaU



「不幸だぁ――――――――っ!!」

 ここに来てから既に、何度このセリフを叫んだことか。
 多いってことは自分でもわかってる。それでも叫ばずにはいられない。
 だって、なぁ。いくらなんでも、さぁ。あー……なんなんだろうね、これ。

 俺、上条当麻を悩ませる三つの不幸。そのいち。
 初っ端からのプレハブ小屋爆破。

 あの遠藤とかいうおっさんの演説が終わり、俺だけに齎された一種のスパイス。
 偶然、抽選で選ばれた、俺の居た部屋が、問答無用で爆破されるという、不運。
 怪我なく済ませられたのは幸運だとしても、それで俺の運値がプラスに傾くわけじゃない。
 上条当麻、本日の運勢は圧倒的にマイナス寄りである。

 結構な規模の爆発だったからなぁ……誰かが近くにいれば、寄って来るか遠ざかるかするだろう。
 それは爆弾魔に怯えるか弱い少女か、それともクレイジーボマーな人殺しさんか。
 予感が告げている。どちらにしたって、ろくな出会いにはならない。こんな状況じゃーな。

 殺し合い――バトルロワイアルという名称の、ふざけたゲーム。
 あんまり考えたくはねぇが、「はいそうですか」って即答する奴も中にはいるんだろうな。
 配られた名簿、俺と境遇を同じくする不幸な皆様の名前を確認していったら、そんな気がしてきた。

 俺、上条当麻を悩ませる三つの不幸。そのに。
 名簿に知っている名前が載っていた。

 インデックスが帝愛とかいう奴らに人質として確保されている時点で、嫌な予感はしてたんだ。
 巻き込まれたのは俺だけじゃない。俺やインデックスの知り合いもだった。
 具体的に名前を挙げていくと、御坂美琴白井黒子一方通行(アクセラレータ)の三人。

 御坂美琴は、街中で俺を見かけるとよくちょっかい出してくる能力者の女の子だ。通称ビリビリ。
 なんか、俺が記憶を失うよりも前に因縁があったらしいんだが、あいにくそのへんのことは頭からすっぽり抜けちまってる。

 白井黒子っていうのは、たしか御坂のルームメイトで『風紀委員(ジャッジメント)』の女の子だったか?
 御坂妹や風斬の件のときに少しお世話になった。あのお嬢様口調が妙に印象に残ってる。

 一方通行――この『最強』が一番おっかない。正直、なにをやらかすかまったくわかんねぇ。
 御坂妹の件はあれで片がついたとは聞いたが、あれから一方通行がどうなったかなんて俺には知らされてねぇしなぁ。

 さて……いるにからには無視できねぇよなぁ、こいつら全員。
 幸いなことに、揃いも揃って能力者だ。『無能力(レベル0)』の俺なんかよりは、殺される確率も低いだろう。
 学園都市出身のよしみ、インデックスを取り返すのに協力してくれりゃ万々歳なんだが……やっぱあの『最強』が、なぁ。

 ため息しか出てこない。
 名簿に載ってないのがあと十二人くらいいるって言ってたし、その中には別の能力者が――いや。
 むしろ、インデックスと関わりのある魔術師連中がいる可能性だってあるのか。
 ステイルや神裂あたりがいてくれりゃ、心強くはあるんだが……言っても仕様がねぇな。

「しかし……ま、なんだな」

 今さらでなんだが、現在地を説明しておこう。
 業火に包まれたプレハブ小屋からダッシュで距離を取り、デバイスが示すところの【F-6】まで移動した俺は、見知らぬ街の路地裏にいた。

 周囲の街並みは学園都市のそれと比べても閑散としている。
 夜だからっていうのはもちろんのこと、夜遊びに勤しむ不良の方々や、終電を逃したサラリーマンの姿すら見当たらない。
 そりゃそうか。ここはバトルロワイアルのためにあてがわれた特別会場、存在しているのは名簿に載ってる五十二人プラス十二人だけってことね。

 しかし、それはあくまでも殺し合いを命じられ、帝愛に首輪を嵌められた『人間』だけの話だ。
 殺し合いとは無関係のはずである命も、一応は存在しているに違いない。
 山の中を探せば野鳥や昆虫が、家宅を探せばアレやコレが、砂浜を探せば蟹やヒトデが、それこそあたりまえのように生活しているのだろう。

 俺にそいつらの暮らしを侵害する権利はない。
 ああ、ホント。
 こいつらだって――決して巻き込まれたくはなかっただろうに。

「三匹も並ぶと壮観っつーかなんつーか、どういう確率よ、これ」

 俺、上条当麻を悩ませる三つの不幸。そのさん。
 支給品として荷物に入っていた、三匹の猫。

 ……そう、猫だ。殺し合うための道具と説明を受けておきながら、俺が引き当てたのは猫なのだ。
 なんという籤運の悪さ。デイバックの中に突っ込んだのは左手のほうだったってのに、まるで意味なし。
 三匹は三匹とも妙に人懐っこく、俺を目の前にしても逃げようとしない。
 こいつらにだって飼い主はいるだろうに、まったく、同情するくらい災難な話だよ。

 右端から順に紹介していこう。
 まず、この小太り気味の三毛猫は『スフィンクス』。猫に使うには不適切な言葉かもしれないが、顔馴染みだ。
 命名はインデックス。拾ったのもインデックス。ただの三毛猫に、随分とご大層な名前をつけやがる。
 その隣、やたら高潔そうな黒猫の名前は『アーサー』。毛が黒いからわかりにくいが、目元に黒いブチがある。
 さらに隣、アーサーと同じ黒猫ではあるが、腹の辺りが白いので見分けがつくこいつは『あずにゃん2号』。

 全部で三匹。ご丁寧にも名前つきの写真が同封されていた、上条さんの支給品である。
 なまものかぁ……って、そういうことじゃねぇよ! 支給品って、動物じゃねぇか!
 インデックスのやつ、「分配の仕方に作為はありません」とか言ってやがったが、絶対ウソだろそれ!
 でなけりゃ納得できねーぞ、こんな不幸。ああ、くそ、いくら叫んでも収まりがつかねー!


「不幸だぁ――――――――っ!!」


 のんきに毛づくろいしている三匹を眺めながら、俺は夜空に吼えた。
 そんな馬鹿をやっていると、まあ大概、不幸ってもんは畳み掛けてくる。


「――あらあらこれは。独り言の大きい子供がいるなと思ったら、なんだ、阿良々木くんではなく見知らぬ誰かさんじゃないの」


 そう、俺を見て放った第一声。
 落ち着いた声調、堂々たる眼差し。
 路地裏の入り口に毅然と立つ、その存在――

 病弱な少女。
 体重のない彼女。
 噂は噂。
 都市伝説。
 街談巷説。
 道聴塗説。
 話半分。
 化物語。

 ――なんてのは、俺にはまったく関係のない情報。
 この遭遇が齎すものが不幸か幸運かは、まだ判断しきれない。

 上条当麻はその瞬間、戦場ヶ原ひたぎに『発見』された。


 ◇ ◇ ◇


 夜の街を歩いていたら、声に出さなくてもいいものを、わざわざ叫んだりしている男の子の気配を察知した。
 ああ、きっとこれは頭のおかしな人か、もしくは阿良々木くんに違いないわね、なんて思いながら探してみれば、答えは前者。
 まあ、最初から声質で阿良々木くんではないと断定できたのだけれど。

「えと……どちら様で?」
「通りすがりの美少女よ」

 というのは仮の姿――私の正体は、戦場ヶ原ひたぎ。
 肩書きは、そうね……ここは彼の面子のためにも、阿良々木くんの彼女であると自称してあげたほうがいいのかしら?
 こんな路地裏で三匹の猫と戯れているようなツンツン頭に教えてやる義理はないのだけれど。

「通りすがりの美少女って、おま――」
「勝手に喋らないでくれる。咆哮癖がうつるわ」

 路地裏の彼は唖然としている。ここで即座の切りかえしができないなんて、なんだ、大した男ではないわね。
 その点、絶妙ともいうべきタイミングと言葉の選択でもって返してくる阿良々木くんは、あら、意外と凄かったのかもしれない。

「固まらないで。話が続かないわ」
「いや、えっと……だな」
「おしゃべりが苦手なのかしら? 友達は少ないタイプ? 失礼、不躾な質問だったわね」
「いやだから、おまえ――」
「名乗るならまず男からでしょう? こういう場合」

 彼は口の端をへの字に曲げる。
 納得がいかない様子で、私に言った。

「上条当麻だ。で、その上条さんにいきなり声をかけて来やがったおまえは誰だよ」
「名乗るほどの名前はないわ。いいえ、名前ならあるの。両親にもらった大切な名前。ただ、あなたに名乗る価値がないというだけ」
「へえ、そうですか。じゃあ、通りすがりの美少女さんよ。いったいぜんたい俺になんの用だい? 口でケンカがしたいのか?」

 彼――上条くんは不機嫌そうに言ってくる。
 男子とのコミュニケーションって苦手なのよね、私。
 阿良々木くんみたいに扱いやすい部類ならいいのだけれど。

「そうね……まずは状況が状況ですもの。説明するまでもないと思うのだけれど、わからない?」
「むっ……まあ、わからないでもないけどよ……」
「そう。なら話が早いわ。とりあえず、何も言わずに両手を前に突き出してもらえるかしら?」
「両手? こうか?」

 私の言ったとおりに両手を前に出す上条くん。
 従順ね。
 そしてアホね。

 制服の袖から、カッター付きのセロハンテープを取り出す。
 それを上条くんの目の前で素早く引っ張り、彼の両手首に巻いていく。
 ぐるぐると、透明なテープが重なりに重なって白くなるくらいに。

「あの……なにを?」
「黙ってて」

 物申したそうな上条くんを制して、彼の両手を拘束する。
 続いて、私はその場でしゃがみ、上手い具合に揃っていた上条くんの両足も手首と同じようにぐるぐる巻きにする。
 ビッ、という音が鳴った。ちょうどいいところで、セロハンテープはなくなった。芯はそのへんに捨てて、また立ち上がる。

「…………これはいったい、どういった趣向でしょう?」

 脂汗を垂らしながら、上条くんは訊いてくる。
 随分と遅いタイミングね。なんで拘束が完了した後になって言うのかしら。
 神原じゃあるまいし、まさか、そういった性癖を持っているんじゃ?
 なんてことかしら。私、見ず知らずの男を悦ばせるような破廉恥な女ではないのだけれど。

 それはともかくとして。

 両手両足をセロハンテープで縛られた上条くん。
 簀巻き状態と言ってしまっても過言ではない彼の身を、勢いよく前に押し出す。
 上条くんはそのまま、暗く湿った路地裏の地面に倒れ込んだ。

「知っているかしら? 巻いたセロハンテープって、下手な縄より強度が高いのよ」

 下からスカートが覗けないよう、私は姿勢を低くして上条くんに語りかける。
 上条くんは見た目芋虫状態だった。いえ、この鬱陶しい頭を見るに、毛虫のほうが似ているかしら。
 別にどっちだっていいのだけれど。私にとっても、上条くんにとっても。

「初対面の人間に、随分な真似してくれるじゃねーか。ええ、通りすがりの美少女さんよ」
「されるがままでいたほうが悪いのよ。それともなに? あなた、そういう性癖があるの?」
「ねーよ! つーかとっとこれほどけ!」
「あら、それじゃわざわざ巻いた意味がないじゃない」
「そもそも巻くな!」
「巻かないと安心できない性質なのよ。乙女心とも言うわね」
「そんなものは乙女心とは言わねぇ……!」

 ……なんて単調な返し文句。
 ダメね、全然ダメだわ。

「おまえ……ひょっとして乗ってんのか?」

 落胆する私を、さらに落胆させる発言が飛んできた。

「主語を省いた言葉を浴びせないでちょうだい。私がいったいなにに乗っているというのかしら。
 なににも乗っていないわよね。ああ、そうか。これは遠回しに、自分の上に馬乗りになってほしいと言っているのね。
 ため息の連続で心が切なくなるほどにマゾね。丁重にお断りするわ」
「ちっげーよ! 殺し合いだ殺し合い! 殺し合いに乗ってるかどうかって訊いてるんです!」
「ああ、否定するところ、そこなのね。つまり、マゾであることは認めると」
「認めるかぁ!」
「手足を縛られた格好で主張しても説得力ないわよ、マゾ条くん」
「上条だ!」
「ごめんなさい、噛んだわ」
「嘘だッッ!」
「嘘じゃないわ。故意よ」
「どっちにしろわざとじゃねーかあ!」

 やかましい男。
 それにしても、なぜこの場には猫が三匹もいるのかしら。
 まさかとは思うけれど、彼が引き当てた支給品というわけじゃないでしょうね。
 あ、だから不幸……そういうことなのかしら?

「……少しかわいそうになってきたから、質問に答えてあげるわ。殺し合いには乗っていない。この歳で殺人犯にはなりたくないもの」
「じゃあなんで、初対面の上条さんにこんな真似をしてくれやがりますかね?」
「あなたの中に潜むもう一人のあなたが、巻かれたがっていたから――では、答えにならないかしら?」
「初対面の人間に勝手に二重人格設定をつけるな!」
「勘違いしないで。人殺しはしたくないけれど、生きては帰りたいのよ。だからまあ、今は手段を模索している段階」
「え? あ、そこで話が戻るのか……」
「なにか不満でも?」
「いいえ、続けてください」

 いちいち面倒くさいわね、この人。

「そう。さて、人を殺さずに生きて帰るにはいったいどうすればいいのかしら。
 一番簡単な方法としては、人に見つからないようどこかに隠れて、他が全滅するのを待つ、なんてどう?
 我ながらなかなかにチキンな作戦だと思うのだけれど、それでは意味がないのよね。
 なにせこのバトルロワイアルという大会には、厄介なことに阿良々木くんも参加しているんだもの。
 まったく、彼も彼で不幸な身の上よね。あれかしら。私とあまい一夜を過ごしたことで運を使い果たしたのかしら」
「……イマイチおまえの考えてることが見えねーんだけどよぉ。とりあえず、その阿良々木くんって、誰?」
「“Boyfriend”……いえ、これだと些か語弊があるわね。ここは率直に、“Lover”と紹介しておきましょうか」
「なに? ひょっとして俺、これからのろけ話でも聞かされんの?」
「羨ましそうな目で見ないでくれる? 嫌ね、童貞のひがみって」
「どっ……!? 美少女とか乙女とか言ってる奴がそんな言葉使っちゃいけません! 恥じらいってもんを持て!」
「あらあら、図星をつかれたからって顔をそんなに真っ赤にしちゃって。ウブね」
「……~~ッ!」

 赤面したまま押し黙ってしまった。
 本当にウブだったみたい。

「と、阿良々木くんの話だったわね。阿良々木暦。私との関係は恋人同士……他人に話すには照れるわね、これ。
 まあつまりそんなわけで、私は彼と二人で、生きて元の生活に戻りたいわけなのよ。
 そのためになにをするべきかは、やっぱり模索中。あの男の話では、生きて帰れるのは最大二人まで。
 一人が優勝して、死んだ一人を生き返らせるという形だけれど。それって正直、気持ち悪いわよね。
 生き返った人間ってどんな感じなのかしら。リビングデッドとキョンシーのどちらに近いと思う?
 さすがにそこまでいってしまうと、今後阿良々木くんを愛し続けていく自信がないわ。こよみゾンビってどう?」

 ……あら?
 長々と語っていたら、いつの間にやら上条くんの表情が変わっていた。
 羞恥を表す赤ではなく、険しさを前面に押し出した、おっかない表情。
 なにか、彼の逆鱗に触れるような部分でもあったのかしら。

「おいおい……ちょっと待てよ。それっておかしいだろ」

 わからない。
 上条くんの声が、どうしてこんなにも強張っているのか。
 私には推測もできない。

「なんでおまえは、あの帝愛とかいう奴らの言ってたこと、一から十まで全部信じ込んでんだよ。
 金で魔法を買った? 死んだ人間を生き返らせる? そんなもん、全部口からでまかせじゃねぇか」
「あら、なんでそんな風に思うの? 実際、魔法は私たちの周りに溢れかえっているじゃない。たとえば、それ」

 私が指差したのは、路地裏の端に置かれていた上条くんのデイパック。
 容量は無尽蔵、なんでも入ってしまうという、まさに魔法のアイテムのようなそれ。
 四次元ポケットって機械の部類に入るんだったかしら。だとしても、これは魔法よね。間違いなく。
 だというのに、上条くんは吼える。


「仮に本当だとしても、あいつらが約束を守る保障なんてどこにもねぇだろうが!
 六十五人も誘拐しておいて、殺し合いで生き残ったら帰してあげますだって?
 はいそうですか、なんて言ってたらあいつらの思う壺じゃねーか!
 それでおまえ、もし阿良々木くんが生き返らなかったらどうするつもりだ!?」

 やかましいを通り越して暑苦しい。
 しかし考えさせられる。
 不思議な言葉。

 沈黙の間、仮定。
 私が優勝して……賞金を使って阿良々木くんの復活を望んだとしましょう。
 嘘だよバーカ。
 私はあの人たちを殺すでしょう。
 逆上して錯乱して絶望した上で自らの命を絶つ――そんな映像が容易に浮かんできた。

「おまえ、あの遠藤とかいうおっさんの演説はちゃんと最後まで見てたよな?
 だったらちびっこいシスターさん、覚えてるだろ。インデックスって名前の」

 私は頷く。

「あれは俺の家族だ。血縁ってわけじゃなくて、居候だけどな。
 普段はあんな仰々しい喋り方をする奴じゃない。そいつらみたいに、食べて寝てが本業みたいな人畜無害の女の子だよ」

 上条くんは、傍らの猫たちを視線で指す。
 三匹は逃げ出すことなく、揃って私たちのやり取りを見物していた。

「それがあろうことか、人質とかいって奴らに洗脳までされてんだぞ? 信じられるかよ、そんなことする奴らの話なんて!」
「……洗脳、されてるの。あの子」
「俺がなにをやろうとしてるか、教えてやろうか!? 奴らのところに乗り込んで、インデックスを取り返す! 優勝してじゃない、別の道を探してだ!」

 宣戦布告。
 なんとも大胆不敵で、それでいて無防備な、男の子らしい喧嘩の売り方。
 なるほど、溢れんばかりの正義感だ。
 阿良々木くんと違うところがあるとすれば――彼はこんな風に、声高らかに宣言したりはしないわね。
 素は熱血だけど、表面上はクールぶってるところがあるから。

「それ、具体的な方法とか計画とか、そういうのはちゃんと考えているの?」
「考えたってそう簡単に答えは出てこねぇよ。バトルロワイアルはまだ始まったばっかなんだからな」
「そう。なのにそれだけ大言壮語できるなんて、なんというか、頭蓋骨の中に脳味噌が入っているかどうか疑うわ」

 右手を一瞬、スカートの中へ。
 捲り上げたと彼が知覚するより先に、忍ばせていたカッターナイフをおでこに突きつける。
 チキチキチキチキ……と、刃を伸ばすのに時間という時間はいらない。

「確かめてみてもいい?」
「……なにをだよ」
「脳味噌が入っているか、入っていないか」
「それがおまえの答えってわけか……!」

 上条くんは悔しそうに歯軋りをする。
 それでも身動きは取れなかった。セロハンテープの拘束具は、ちょっとやそっとの力じゃ千切れない。
 つまり、優位は完全に私のもの。
 生かすも殺すも。
 決定権は、私にある。


 ――――――――なぁー。


 ふと、そんな声が聞こえてきた。
 厳密に言うと声ではなく、鳴き声だった。
 手に持っていたカッターナイフが、弾き飛ばされ地面を滑る。
 私と上条くんの間を縫うように、一匹の黒猫が跳躍していったのだ。
 目で黒い影を追っていくと、それは三匹いた猫の内の一匹、目に黒縁のある奴だった。

「……この子はなんていう名前なのかしら」
「たしか、アーサー」
「しつけがなってないわね」
「飼い主は俺じゃないんで」
「そう。じゃあ、あなたに恨み言を言うのは筋違いね」

 私は飛んでいってしまったカッターナイフを拾いにいき、これを元の位置に仕舞う。
 アーサーというらしい黒猫は、そんな私の様子を嘗め回すように見ていた。
 エロい猫ね。飼い主に似たのかしら。

「それにしても――必死ね」

 依然、地面に這いつくばったままでいる上条くんに対して言う。

「勘違いしているようだけれど、私は一案として、阿良々木くんと一緒に帰る方法を口にしていただけよ。
 なにも本気で言っていたわけじゃないのに。身の危険を感じて死に物狂いの説得を試みた……というところ?
 もしも私が本気だったなら、そんなお説教はまったくもって無意味よ。
 あなたは今頃、その空っぽの頭蓋を曝け出していたことでしょう」

 上条くんは私を見上げる構図のまま、返す。

「……俺の頭に脳味噌が入ってないことは確定ですか」
「あたりまえでしょう。だってあなた、バカだもの」

 やっぱり、阿良々木くん以外の異性とコミュニケーションを取るのって難しいわね。
 離れてみてよくわかる。私が好きになったあの人のありがたみ、偉大さというものが。

 だからこそ、私は強く念じる。
 阿良々木くんに会いたい。

 一緒に星を眺めたあれは、とてもとても素晴らしい夜だったけれど……まだ全然足りない。
 恋人同士。彼氏彼女の関係。男と女。私たちにはまだ、それらしい既成事実がまったくなかった。
 ああ、そうだ。戦場で盛り上がる恋。吊り橋効果。そういうのもまた、趣深くはあるわね。

 見えていないものを見えている振りしたり。
 見えているものを見えていない振りしたり。
 そういうのは一切なし。
 おかしなことはちゃんとおかしいと言う。
 変な気の遣い方はお互いの迷惑だから。
 経験は、経験だから。
 知ってることは、知ってることだから。
 意見が食い違ったら、そのときはまず話し合おう。
 私と阿良々木くんの間には、そういう約束がある。

 ぶっちゃけ、愛情に飢えているのよ。
 イチャイチャしたりないのよ。
 阿良々木くんに傍にいて欲しいのよ。

 阿良々木くんと、もっと話したいのよ。

 もし誰かが阿良々木くんを殺すなら、私は阿良々木くんを殺した誰かを殺すだろう。
 もし私が誰かに殺されるなら、私を殺した誰かを阿良々木くんが殺すだろう。
 もし阿良々木くんが私を殺した誰かを殺さなかったら、私が阿良々木くんを殺しに行く。

 忍野さんには『ツンデレちゃん』だなんて呼ばれていたけれど、そんな自覚は私にはない。
 萌えのなんたるかくらいは乙女の嗜みとして熟知しているけれど、私はツンデレでもヤンデレでもない。
 ならなんなんだ、と質問されても私はそれに答える意思を持たない。恥ずかしいから。

 一度は捨てたはずの文房具で武装して、また戦争を始めようだなんて――阿良々木くんに怒られてしまうわね、きっと。

 日頃の行いには気をつけておくべきだ。
 どんな環境を生きるとしても。

「だってあなた、バカだもの」
「二回言ったあ!」

 上条くんには悪いけれど、私の隣に立つのはやっぱり、阿良々木くんであってほしい。


 ◇ ◇ ◇


 両手両足を縛っていたセロハンテープは、あたりまえのごとく常備していたハサミで綺麗にカットされた。
 晴れて自由の身。だというのに、俺、上条当麻の心は晴れない。

 文房具女――戦場ヶ原ひたぎの言葉が胸に響く。
 具体的な方法とか計画、か。
 そんなもの、簡単に見つかりゃ苦労はしない。
 こっちに来てから、かれこれ二時間以上が経過……収穫らしい収穫は未だゼロ。
 これを収穫と見て取るかどうかにもよるが――正直、判断し切れるだけの度胸は俺にはなかった。

「さて、上条くん。『その愛しの阿良々木くんにぜってぇ会わせてやるから、俺に協力しろ!』だったかしら?」
「よくもまぁ、そんな一字一句覚えてやがりますね……」
「あれだけのこっぱずかしいセリフだもの。忘れろと言われてもなかなか忘れられないわ」
「さいですか」

 戦場ヶ原はどうにか剣を、いやカッターナイフを収めてくれた。
 こいつの思考はまったく、危険人物のそれだったが、とりあえずは殺し合いを否定する側に回ってくれたらしい。
 そもそも最初に言ってたんだけどな。ったく、それならそうと、あんな物騒な真似するんじゃねーっての。

 目処なんて、まだなにも立っちゃいない。
 なにをするにしたって、先立つものは金ではなく人手だ。
 俺は帝愛からインデックスを取り戻すために、戦場ヶ原ひたぎの協力を求めた。
 代償として、俺はこいつの恋人である阿良々木暦を一緒に探してやることにした。
 当面は二人揃って人探しと情報収集という、計画っていうほどでもない計画。
 考え込みすぎて身動き取れなくなるってのもあれだし……今はまだ、こんなところだろ。


「上条くんを助けた黒縁がアーサー、三毛猫がスフィンクス、黒猫があずにゃん2号ね。なるほど、覚えたわ」
「へーへー、そいつはよかったな。こいつらも喜んでるだろうよ」
「猫の気持ちがわかるの、マゾ条くん?」
「まずは俺の名前を覚えろよ!」

 三匹の猫と戯れながら、戦場ヶ原はこんな調子だ。
 なにが本心でなにが表面上のことなのか、俺には読みきれない。
 おっかないというか、掴みきれないというか……疲れるというか。
 俺が知り合いになる女子ってのは、どうしてこう、一癖あるのが多いのかね。

「信用してあげてもいいわよ、あなたの言葉。たしかに、あの胡散臭いグラサンに比べればあなたのほうがよっぽど信頼に足るものね」
「褒め言葉として受け取っていいんだろうな、それは」
「もちろんよ、邪推しないで。考えてみれば、そうよね。私があいつらの言葉を信用するわけにはいかないのよ」
「……戦場ヶ原?」

 戦場ヶ原は口元に手を当てながら、感慨にふけている。
 口を開けば毒舌ばかりだが、黙っている分にはかなりの美人。
 薄紅色の唇に細長い指が触れる様が、やたらと色っぽかった。

「――死んだ人間を生き返らせる……お金次第で命が助かる……そんな悪徳宗教みたいな約束、吐き気がする。
 あの人のせいで嫌なことを思い出したわ。これはそうね、確かに。乗ってやるわけにはいかない――」

 って、なに考えてんだ俺は。
 独り言モードに入っている戦場ヶ原をこっちの世界に戻すため、声をかける。

「なあおい、戦場ヶ原」
「戦場ヶ原先輩」
「は?」
「聞けばあなた、私よりも年下だというじゃない。学校は違うけれど、敬称はしっかりすべきだわ」
「はぁ……じゃあ、戦場ヶ原先輩」
「気安く話しかけないで。不愉快だから」

 バチン。
 戦場ヶ原に手をはたかれた。

「……え、あの」
「ほんの少しの会話でフラグが立つとか思わないでくれる? 私、そんなに安い女じゃないの」

 なんとも理不尽な言動だった。
 俺、なんか悪いことしましたか?
 してませんよね?

 ……不平を口にしようかとも思ったが、寸前で凄まれて、結局口にできない。
 氷点下零度の美麗な容貌。永久凍土が広がる顔面。まるでツンドラのような彼女。
 純粋な好奇心から、こんなのと付き合っているらしい阿良々木暦に一目会ってみたくなった。

「あー……こういうとき、人間ってのは癒しを求めるんだな。俺の荷物の中に入ってたのがおまえらでよかったよ。ああ」

 冷たくされると、温もりを欲する。それが人間の性だ。
 俺は自身の支給品である三匹の猫共を熱く抱擁してやろうと、両腕を広げて姿勢を整えるのだが、

「……両腕なんか広げてなにをやっているの? 鳥にでもなりたいのかしら?」

 三匹は三匹とも、俺ではなく、なぜか戦場ヶ原のほうに付き従っていた。

「ちょっと待ておまえら! なんで俺じゃなくて、そいつについていくんだよ!?」
「猫にも選ぶ権利があるということよ。一つ勉強になったわね、上条くん」
「黒猫二匹はまだしも三毛猫! おまえ、毎日甲斐甲斐しくエサやってた上条さんの顔を忘れたのか!?」

 この場で一番付き合いの長い三毛猫、スフィンクスはおすまし顔で戦場ヶ原の脚に擦り寄っている。
 こいつ、こんなに人懐っこかったか? 『黒ニーソ最高ーっ!』とか言いたげな風に尻尾振りやがって、犬かおまえは!

「あ、そうそう上条くん。一応同行は認めたけれど、あんまり近寄られると咆哮癖がうつるから。半径二万キロくらいは常に離れていてね」
「宇宙まで飛び出さなきゃ無理ですよ!? っていうか俺は咆哮癖なんてわけのわからん癖は持ってねえ!」
「喚きながら言っても説得力がないわよ。不満があるなら訂正するわ。不幸がうつるから近寄らないで」
「…………」

 それはマジでうつるかもしれなかった。
 いや、うつらないうつらない。
 ちくしょう、こいつの術中に嵌められるところだった!

「あのなぁ戦場ヶ原、この際だから言っておくが――」

 協定を結ぶ以上、関係は対等であるべきだ。
 俺は戦場ヶ原に一般市民としての訴えをぶつけてやろうとして――口の中に、ホッチキスを突っ込まれた。
 開いた口がふさがらない。文字通りの意味で。

「もう一つ忠告しておくわ。胸ばかり見ないで。いやらしい」

 教訓。
 戦場ヶ原ひたぎの攻略難易度は、ベリーハードだったという話。

 ……「不幸だぁ――――――――っ!!」と叫びたいところだけど、叫んだらたぶん、がじゃこっ、なんだろうな。

 泣ける。


【F-6北部/市街地・路地裏/1日目/黎明】

【戦場ヶ原ひたぎ@化物語】
[状態]:健康、冷静
[服装]:直江津高校女子制服
[装備]:文房具一式を隠し持っている、スフィンクス@とある魔術の禁書目録、
    アーサー@コードギアス 反逆のルルーシュR2、あずにゃん2号@けいおん!
[道具]:支給品一式、不明支給品(1~3、確認済)
[思考]
基本:阿良々木暦と合流。二人で無事に生還する。主催者の甘言は信用しない。
1:上条当麻に協力。会場内を散策しつつ阿良々木暦を探す。
2:神原は見つけた場合一緒に行動。ただし優先度は阿良々木暦と比べ低い。
[備考]
※登場時期はアニメ12話の後。

【上条当麻@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康、疲労(小)
[服装]:学校の制服
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]
基本:インデックスを助け出す。殺し合いには乗らない。
1:戦場ヶ原ひたぎに同行。阿良々木暦を探す。
2:インデックスの所へ行く方法を考える。会場内を散策し、情報収集。
3:壇上の子の『家族』を助けたい 。
[備考]
※参戦時期は、アニメ本編終了後。正体不明編終了後です。


【スフィンクス@とある魔術の禁書目録】
路地裏に捨てられていた三毛猫。インデックスが命名、その後の世話をしている。
飼い主に負けず劣らず食欲旺盛で、上条当麻の財布に深刻な被害を与え続けている存在。

【アーサー@コードギアス 反逆のルルーシュR2】
スザクとユーフェミアが租界で出会った黒猫。スザクの手を噛むのが癖。
ゼロの仮面を被って走り回るなど、アッシュフォード学園内でたびたび騒動を引き起こした。

【あずにゃん2号@けいおん!】
梓や憂の友達の純ちゃんが飼っている黒猫。
番外編において梓が純ちゃんからこれを預かり、その際勝手に「あずにゃん2号」と命名した。




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013:流れ星-fool's mate- 戦場ヶ原ひたぎ 069:絶望への反抗
006:死ぬほど痛いぞ 上条当麻 069:絶望への反抗



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最終更新:2010年01月22日 23:52