疾走する本能(前編)◆6HuSfG/Ykw



アーチャーと別れ、商店街の出口に差し掛かった所で、
スザク達三人は瓦礫の山と化したD-6駅を目撃した。

「これは……!」

驚愕の声を漏らしたのは枢木スザク。
自分が少し離れていた間に、こうも駅側の状況が一変しようとは、予想もしていなかった。
無理も無い、まさか運行停止中の筈の電車を、突っ込ませる者が居るとは普通予測できない事だろう。

「どうやら……襲撃されていたようだな」

その様子を見つめながら、レイ・ラングレンは冷静に状況を分析する。

駅前ロータリーには、いくつかの人影が見える。
殺し合いに乗っていると見られる。ボディコンスーツのような格好の女と、黒い洋服姿の女。
そして、横たわる真田幸村。

「どうする?」

レイがスザクに問う。

「あの奇妙な姿の女。おそらく、アーチャーが言っていたサーヴァントとやらだろう?」
「……でしょうね。彼が話していた特長と一致します、おそらくはライダー……」

言いながらスザクは歯噛みする。
状況は一目瞭然、最悪だ。
皆の中継地点であるD-6駅が、よりにもよって、最も恐れていた人外クラスの敵に襲撃された。
そして、その襲撃は成功を収めたのだろう。
現に、駅は瓦礫の山と化し、サーヴァントに対抗しうる強さを持った幸村が倒されている。
駅の周囲にセイバーと阿良々木の姿は無い。
楽観的に見て、既に逃げ出したのか。
最悪、死んだか。

「枢木殿……」

そして、スザク以上にこの状況を恐怖する人物がいた。
神原駿河の絶望感に満ちた声が、商店街に響く。

「それでは……阿良々木先輩は……!」

神原にとって、これは正に悪夢の様な光景だった。

「まだわかりません。しかし……」

――恐らく、無事では無いだろう。
スザクは、その言葉を飲み込んだ。
あの面子の中で、一番戦いに不向きなように見えた阿良々木。
あんな無茶をやらかした襲撃者達を相手に、生存率は低い。
神原も、それは言わずとも分かっているのだろう。
拳を握り締め、唇を噛みながら駅の方向を見据えている。

「選択肢は二つだ、退くか、攻めるか。お前が決めろ。」

レイがスザクに判断を委ねる。
スザクは暫し逡巡した後に、

「――攻めます」

そう、決断を下した。




崩壊した駅、そのロータリーに、二人の女性がいる。
脱線した電車の手前に立っている紫色の髪の女の名は、ライダー。
隣に座る黒髪の女の名は、浅上藤乃。
その凶悪なる魔眼の力で、強敵を討ち取った彼女達は、未だロータリーに留まっていた。
傍らには、物言わぬ男の死体がある。
大の字に倒れ、天を仰ぎながら死んでいる男、生前の名を真田幸村。
日本一の兵(つわもの)と呼ばれた彼も、サーヴァントと超能力者の力を前に、その命を散らしていた。

「これは好機です。このままセイバーの追撃に移りましょう。アレが魔力を回復する前に討ち果たすのです」

この戦いで受けたダメージ、消費した魔力、それらを確認しながらライダーが次の行動を宣言する。
しかし、そう言った直後に彼女は気がついた。

「む……大丈夫ですか?フジノ?」
「…すみません。ちょっと、待って……もらえませんか……」

パートナーの疲労が限界に来ている事に。
超能力の過度にわたる連続行使。それは、藤乃に大きな疲労を感じさせていた。
幸い、歩けない程ではない。しかし足元はおぼつかず、少し視界が霞んでいる。
これ以上、連続して戦うには少々心許ない状態だった。
しかし、それはごく当たり前のことだ、藤乃はライダーとは違う。
いくら強力な魔眼の力を使えようとも、その肉体は所詮ただの人間。
人の身には強大過ぎる力を、そう何度も使えば、このように疲労困憊にもなるだろう。

「……わかりました。そこでしばらく休息を取ってください。
 敵が逃げた方向は分かっていますから、少し時間を置いて追撃に移りましょう。」

「……はい」

と、一言だけ返事を返し、藤乃はどさっと地面に足を投げ出して、座り込んだ。

もしこれが、一撃で真田幸村の首を凶げる事が出来ていればどうだったろう。
藤乃がこの場に座り込む事は無く、彼女達はすぐさまセイバーの追撃を開始できた筈である。
だが、幸村の必死の抵抗が、結果的に彼女達の足を止めさせ、少しの間、この場に留まらせた。
それが一体どのような影響を及ぼすのか。
答えは、そう遠くない内に示されることになる。

「ライダーさん!男が一人、こっちに来ます!」

藤乃がそれに気づいたのは
少し休憩し、能力がちゃんと使えるか確認する為に、千里眼を使用した時だった。
やはり、体への負担は大きく、一瞬ロータリーの周囲を見渡す事しか出来ない。
しかし、その一瞬で男の姿が確認できた。
ライダーも藤乃が指す方向を見る。
確かにいた。
マントをはためかせ、白い正装姿の男が一人。駅前商店街の方向から、こちらに向かって近づいてくる。
片手に拳銃をぶら下げ、目に宿る戦意を隠すこともなく、真っ直ぐにこちらを睨みつけていた。
ライダーはすぐさま『参加者詳細名簿』を開きながら、藤乃に指示を飛ばす。

「その様子では能力も満足に行使出来るか怪しいでしょう、私が一人で対応します。
 もう一度、近くの民家の陰にでも隠れ、回復に努めてください。ただし、私の声が聞こえる範囲に居るように」

藤乃は頷くと、ゆっくりとライダーから離れていった。
彼女が隠れるのを見送った後、ライダーは男と向き合った。
男は五メートル程前方で、足を止めている。


名簿によると、男の名は『枢木スザク』というらしい。見た目通りの軍人、いや『騎士』であると記されている。
――『ナイトオブゼロ』、ブリタニア皇帝直属の騎士。
ライダーは聖杯戦争に参戦するにあたって、現代の知識を得ている。
しかし、そのような言葉は聞いたことも無かった。
だがなんにせよ、当然サーヴァントでもなければ、戦国武将でもなさそうだ。
今のところ、ライダーの脅威には成り得ない存在に見える。

「正義の騎士様の登場ですか。ここに何をしに来られたので?」

だから、ライダーはこの男が、ここに現れた理由に興味があった。
駅の状態と転がった男の死体を見れば、彼女達が危険人物であるのは明白。
こうも、真正面から姿を現すのは余程の馬鹿か。
それとも、勝つ自信があるというのか。
スザクは、幸村の死体を見つめながら答える。

「自分は別に『正義の味方』を名乗るつもりはない。ただ、騎士としての勤めを果たすだけだ。
 その人を――真田さんを殺したのは、貴女達ですね?」
「ふむ、なるほど。仲間の敵討ちです――かッ!」

その言葉を最後まで聞き終わる事無く、スザクはライダーの顔面に向けて発砲していた。

しかし、その銃弾がライダーの額を打ち抜く事はない。
忍者刀を握るライダーの片手が、弾速を上回る速さで跳ね上がり、迫り来る銃弾を弾き返す。
跳ね返された銃弾が、スザクの頬を掠めた。
それを前にしても、彼は落ち着いた様子を崩さない。
ただ、戦意だけを込め、ライダーを睨んでいる。
その様子に、少しばかり彼女は感心した。

「ただの騎士にしては、随分と肝が座っているようですね……」

だが、お喋りの時間はもうお終いだ。
ライダーは忍者刀を逆手に構える。
ここに現れた理由も分かった今、もうこの男に用は無い。
後で「再利用」出来るほど無力な一般人でもなさそうだ。
さっさと殺して、セイバーを追うべきだろう。
そう、ライダーが考え、行動に移そうとした寸前。
スザクが、口を開いた。

「こちらからも一つ、質問がある。貴女はライダーのサーヴァントか?」

こちらの実力を理解せずに向かって来た。と、考えていたライダーにとって、
この発言は、少なからず意外な物だった。
彼女は振り上げようとしていた手を止め、会話を続ける。

「確かにそうですが。……貴方は、それを知った上で私に挑んで来たのですか?」
「確証はなかったけど。予測はしていた」
「それは、もう肝が座っているどころではありませんね……。その拳銃一つで、私に勝てると?」
「やって見なければ分からないことだ。――それにっ!」

言いながら、スザクはマントを投げる。
大きく広がった黒い布地が、ライダーとスザクを隔てた。

「銃は、ひとつだけじゃない」

前方へと突き出されたスザクの両手、その両方に拳銃が握られている。
そう、彼が所持していた拳銃は一挺だけではない。
右手に握るはベレッタM1934。そして、左手に握るはGN拳銃。スザクの二つ目にあたる支給品。


そして、同時に火を噴く二つの銃口。
連射される実弾とエネルギーの弾丸が、二人を隔てるマントを突き破り、ライダーの顔面へと殺到する。
マントを貫くまで読めない弾道。そして突然増えた銃口は、確かにライダーの不意を突いていた。

「それだけですか?」

だがしかし、まだ足りない。
放たれる、銃弾とGN粒子の悉くは、ライダーの眼前で切り落とされ、弾かれていく。
ライダーが拍子抜けるのも当然だろう、拳銃が二つに増えたからどうした。
マントで不意を突いたからどうした。
それしきで、人とサーヴァントの圧倒的差は埋まらない。
これほど強気で向かって来るものだから、何か能力を隠しているのかと思えば、何のことは無い。
ただの不意打ちと、拳銃二つか――。

数秒の間、銃声は鳴り続けた。

やがて、銃声は止み、弾雨に曝されたマントはボロ布と化して、地面に落ちる。
二人は再び、お互いの姿を視界に納めた。
スザクは大きく足を開いて地面に屈み、撃ち尽くしたベレッタを持つ右手を地面に付け、
まだエネルギーの残るGN拳銃を、斜め前方のライダーの額へと向けていた。
一方、ライダーはスザクから打ち込まれた銃弾、全てを防ぎきり、顔の前で武器を構えた状態を保っている。

「な……に……?」

しかし、驚いた声を漏らしたのは、意外にもライダーの方だった。
視線を下へとずらし、己の足を見つめる。
両足の太腿、間接部、脛、それぞれに赤い点が三つ。
撃たれている。
有り得ない筈の銃痕が、そこにあった。
瞬間、ライダーは何が起こったのかを理解する。

ライダーは確かに防ぎきった。
二挺拳銃による同時連射、その全てを。
いくら視界が塞がれようとも、気配と銃声で弾丸の軌道は読める。
スザクは下方向に大きく屈んだ状態から、斜め上にあるライダーの脳天と心臓を、左右それぞれの拳銃で狙ってきていた。
しかし、それとまったく同時に、有り得ない方向から、第三者の弾幕が飛来したのだ。
三つ目の銃口、すなわち――狙撃。
ライダーの斜め上方向から飛んできた銃弾は、まるでX印を描くかのように、スザクが放つ弾幕とクロスして、ライダーの足を打ち抜いていた。
マントも、GN拳銃も、スザクが単身で現れたことも全て囮。
この狙撃こそが本命だったということか。

「これは少々……騎士道に反するの行為なのではありませんか?」

皮肉を混ぜながらも、ライダーは口内で小さく舌打ちした。

これは正直、忌々しき事態だ。
足を撃たれた事、それだけではない。
己の体が銃器によって傷つけられた、その事実。

本来サーヴァントは、現代兵器で傷つけられる存在ではない。
基が霊体であるであるため、通常攻撃の類が全て無効化されるのだ。
それが『冬木の聖杯戦争』における絶対的法則だったはず。
そしてサーヴァントの、人間に対する圧倒的な優位性の根本となるもの。
本来なら銃弾などかわす事すら不要。
だが、受肉した今のライダーに銃弾を無効化する事は不可能だ。
銃器の類が十分脅威になり得る。
ライダーは、それを分かっていなかった。
スザクの初撃を、反射的に防いだ時点で、気づくべきだったのだ。
防ぐということは、すなわちそれを本能的に脅威と見なしていたのだから。


ライダーはこのバトルロワイアルにおいて、アーチャーや戦国武将、超能力者といった超人達と連戦してきた。
だがその一方で、現代兵器の使い手との交戦回数はゼロである。
それが災いした。ライダーは「自分に近代兵器は通用しない」という固定概念を捨てる事が出来ていなかった。
サーヴァントや戦国武将、非科学的な力を警戒する一方で、単純な現実兵器への警戒を怠っていたのだ。
それに加えて、一瞬とはいえ、ライダーを相手に虚を突いたスザクの身体能力。
それに乗じた、レイ・ラングレンの精密な狙撃技術。
様々な要因が奇跡のように重なり、この展開をもたらした。

スザクはベレッタに予備の弾丸を送り込こんでいく。
同時にGN拳銃のエネルギー残量も確認。

「自分が貴女と戦う理由は、敵討ちじゃない。
 さっき言ったとおり、騎士としての勤めを果たすためだけだ。
 その為なら、手段を選ばない」

スザクはそう切り返す。
ルルーシュに危険が及ぶ要素は排除しなければならない。
それが例え、人を超えた存在であろうと。

ゼロレクイエムを完遂させる為に――

「あなたを排除します」

宣言と共にスザクは駆け出した。
ライダーを回りこむ様に走りながら、両手の拳銃を撃ちまる。
対するライダーも迫り来る弾丸をかわしながら、片手に掴んだクナイを投げ放つ。
彼女の怪力から投げられたそれは、銃弾にも劣らぬ勢いを伴ってスザクに迫っていく。
とても常人にかわせる物ではないが、スザクもまた常人かと問われれば、それは否。
たとえ、魔法や魔術が使えなくとも、その性能において、スザクは既に達人の域に達している。
天才的な武の才能、そしてひたすらに鍛え上げた肉体の出力は、一般人の目から見れば十分に異常であろう。
その身体能力に加え、人の身でありながら銃弾すら見切る動体視力をもって、彼はその回避を実現した。
反射的に横へ飛びながら、空中で体を捻る。
紙一重でクナイをかわしながら、スザクはライダーに向かって発砲する。
が、やはり当らない。
ライダーは脚部から血を流しながらも、なお高速で動き、スザクの銃弾をかわし続けている。
狙撃も防がれ続け、これ以上のダメージは期待できそうになかった。
完全にジリ貧状態。

しかし、攻めあぐねているのはライダーも同じだ。
現状、接近しなければ、スザクに決定打を打ち込む事は出来ない。
スザクがベレッタをリロードする。
そのタイミングを狙い、一気に距離を詰めようとするが、すぐに横槍の狙撃に邪魔をされ、また距離を離される。
足のダメージは、少なからずライダーのスピードを殺していた。
無傷であれば、ライダーは狙撃すらも回避し、スザクの首をはねる事も容易だったろう
しかし、制限の影響もあってか、手負いの足では、銃弾を回避する速度は出せても、銃弾を掻い潜る速度は出せない。
両足からは、血が流れ続けている。

ライダーにとって、受肉した弊害は、現代兵器が脅威となった事だけに留まらない。
治癒力の欠落。
魔力をもって、傷を回復させる事が出来なくなっている。

それは同時に、彼女からロングレンジの狙撃に反撃する術を封じていた。
ライダーの切り札の一つ、『ペガサスの召還』
その行使には、ライダー自身が大量の血を流す必要がある。足の出血などではまだまだ足りない。
首の頚動脈を切り裂く位の大量出血でようやく召還できる。
通常ならその位の損傷を負っても、魔力を込めるだけでたちまち傷は回復した。
だが今の状態で、頚動脈を切り裂くなど自殺行為に等しい。
よって、近接射撃はかわせても、視界の外から飛来するレイの遠距離射撃は防御するしかないのだ。


更にライダーから見ても、スザクの速さは本物だった。
足の負傷と、援護狙撃が加われば十分ライダーと対抗しうる。
最早彼女にとって、スザクとレイのコンビネーションは、舐めてかかれる相手ではなかった。
銃弾がライダーを捕らえるのが先か、それともスザクの弾切れが先か。
戦いは、ここに拮抗する。
だが、戦況を決定付けるのはそれだけではない。
スザクとレイ、二人がかりでようやくライダーと互角の戦い、しかしライダーには一人の味方がいる。

浅上藤乃。

彼女は民家の影に隠れながらライダーとスザクの戦いを見ていた。
魔眼を仕掛けようと狙っていたのだが、隙がない。
藤乃からスザクまでは距離が離れすぎている。
実態が見える今の魔眼では、容易くかわされてしまうだろう。
かといって、接近しようと飛び出していけば、狙撃の餌食だ。
銃弾を防ぐ芸当など、藤乃には出来ない。
ライダーが接近戦に持ち込めない現状、スザクの動きを止める事も出来ない。
ならば、

(あの狙撃を止められれば……)

と、藤乃は思考する。
藤乃は疲労を黙殺しながらもう一度、千里眼を使用する。
次々と浮かび上がる、エリアD-6の景色。だがそれは藤乃の疲労のせいか、ひどくぼやけた物であった。
限界直前、商店街にある民家の屋上で、大型の銃を構える金髪の男を発見できた。
しかし、これ以上千里眼を行使し続ける事は出来なかった。
目覚めたばかりの能力の使用は、藤乃に相当の集中力を要求する故に。
だが場所が分かれば十分だ。直接出向いて凶げればいいのだから。
そして、藤乃は動き出した。
戦況を変えるために。

「なっ?!待ってください!フジノ!」

それを察知したライダーの制止の声も、届かない。
藤乃は既に、商店街へと走り出した後だった。


駅前商店街、とある民家の屋上。
そこにレイ・ラングレンと神原駿河はいた。
レイは腹這いになって、ドラグノフを構えている。
神原はその背後から、観測者として、レイのフォローに当たっている。
レイが覗き込んだスコープの向こうにはスザクと、彼が対峙するライダーの姿がある。
たしかに奇襲は成功した。
だが、決定打には至らなかった。
両足を打ち抜かれても尚、敵はあれだけの速度で動き、こちらは致命傷を与えられない。
状況は膠着状態、いやレイ達の方が断然不利だ。
こちらは銃弾が切れた時点で手詰まり。
そして、敵の刺客がレイ達に近づいてきている。
ドラグノフのスコープごしに、黒服の女が駅前から移動を開始するのが見えた。
確認の為にすぐさま起動したGN首輪探知機にも、こちらに向かって真っ直ぐに近づいてくる光点が映っている。
あの化け物の様な身体能力の女と組むぐらいだ、おそらく只者ではあるまい。
この拮抗状態は、スザクの身体能力と、レイの狙撃が揃っていなければ成り立たない。
このままレイが襲撃を受け、狙撃が止んだ時点で敗北は決定する。
狙撃を気にする事がなくなったライダーは、たやすくスザクに接近し、くびり殺すだろう。

「神原、お前は逃げろ」

レイは神原に逃走を促した。
当然、彼女は抗議の声を上げる。


「なっ……それは出来ない!私にレイ殿や枢木殿を、見捨てて逃げろと言うのか?!」
「足手まといになると言っている」
「し……しかし」
「早く行け、気が散る」

神原に背を向けたまま、レイはドラグノフの引き金を引き続ける。
こちらの銃弾がきれる前に、敵を仕留める事が出来る可能性は、恐らく三割と言った所か。
だがその前に、敵の刺客がこちらに到着するだろう。
その際、神原を庇いながら戦う余裕などない。
その意図が伝わったのか、

「レイ殿……どうか死なないでくれ」

背後から声が聞こえ、神原が階段を下りていく気配がした。
それに振り返る事も無く、
レイはじっとスコープを覗き込みながら、最適のタイミングで引き金を引く。

「さて枢木、お前の『結果』とやらは、ここで死ぬ事なのか?
 まあいいさ、どうせ死ぬまでの暇つぶしだ、ゆっくりと見物させてもらおうか……」


壁に手をつきながら、荒い息で藤乃は商店街の路地を進んでいく。
元々の疲労に加え、ここまで全速力で走ってきた事が、かなりこたえていた。
自分の意思に反して、体の動きが鈍い。
心臓の鼓動がどくどくと、うるさい。
このまま、座りこんでしまいたい衝動に駆られている。
しかし、彼女は意志の力で前に進んでいく。
一歩一歩、前へ。

(先輩……先輩……。大丈夫です、私はまだやれます。まだ、殺せます……)

そうだ、こんな所で立ち止まってなどいられない。
殺さなければ。もっと殺さなければ。
もっと、もっと、殺さなければ。
大切な、先輩の為に……。

「先輩の為に、殺さなくちゃ……」

そう言った藤乃の口元は、小さく歪んでいた。
彼女はゆっくりと、しかし確実に進み続ける。
幾つかの路地を抜け、
ようやく目的の民家まで、あと少しと言うところまでやって来た。
そこに――

「やあ、奇遇だな。」

見知らぬ少女が立っていた。


「勝手にこんな事をしては、枢木殿に怒られてしまうだろうか……」

何かを言っている。
藤乃には良く聞こえていないが。
自分の障害となる事は、なんとなく理解できていた。
うっとうしい。
とても、邪魔だ。
藤乃は、ありったけの殺意を込めて少女を睨みつけた。

「しかしまあ、私はこの通り体育会系女子でね。じっとしては居られないタチなのだよ」

そんな藤乃の視線を気にする事も無く、少女は軽い調子で喋り続ける。
なるほど、その健康そうな体つきは確かに体育会系であろう。
短めの青い髪の毛。そして包帯が巻かれた左腕。

「悪いが、ここを通す訳にはいかないな。――お引取り願おう」

路地の中央、神原駿河が立ち塞がっていた。



駅前ロータリーでは未だ、魔女と騎士の攻防が続いている。
状況は未だに拮抗していた。
スザクは既に30発以上の銃弾を放っているにも関わらず、
いまだライダーは最初に撃たれた脚部意外、無傷である。
ライダーも幾度と無く接近を試みたが、その度に弾幕に阻まれていた。
双方共に、焦りを感じている。

スザクは徐々に弾切れが近づいてきている事を意識していた。
己が放つ弾幕の尽くを回避し、レイが放つ狙撃の全てを打ち落とす。
そんな敵を前に、弾を温存する余裕などあるはずも無い。
スザクも、レイも、この状況を保つだけで手一杯だ。
問題は他にもある。、
黒い服の女が商店街に向かったのを、スザクも見逃してはいなかった。
もうじき、レイは襲撃者への対処に追われ、狙撃が絶える。
そうなれば、積みだ。
これ以上持久戦を続けるわけにはいかない。
勝ちの目があるのは今しかない。

そして、ライダーにとっても持久戦は望むところではない。
応急処置していない足の傷口からは、常に血が流れ出し、彼女の体力を削り続けている。
狙撃手のところに、一人走っていった藤乃の事も気がかりだ。

先に業を煮やしたのはスザクの方だった。
膠着状態を打破する為、
スザクはライダーの挙動に注目する。

(隙は……どこかに隙は無いのか!?)

やがて、体力の低下がそれを呼び起こしたのか、ライダーが何かに躓いた。
それは転がっていた幸村の死体。
そのタイミングを逃さず飛んできた狙撃に、彼女は一瞬、対応が遅れる。
なんとか防御は間に合ったものの、不完全な形で銃弾にぶつけた忍者刀の刀身が砕け散った。
この期を逃すスザクではない。
スザクは拳銃を乱射しながら、ライダーへと突貫していく。

(ここで、一気に勝負を決める!)

その意志は、ライダーの方も同じだった。
銃弾をかわしながら、体制を整える。
そして、彼女の手には、いつの間にか新たな武器が握られていた。


「――っ!?」

それは、大型の十字手裏剣。
幸村の死体の隣に置かれていた、ライダーのディパックの中に入っていたもの。
それを見てようやく、スザクは気づく。
先程の躓きが、フェイントだったことに。
ライダーは幸村の死体に躓き、武器を失うフリをしながら、デイバックの中から新たな武器を取り出していた。
全てはスザクの接近を誘い、ライダーの間合いへと持ち込む為。

「しまっ――!」

もう遅い。
既に手裏剣は投げられた。
それは真っ直ぐに、スザクの首へと向かって迫る。
この距離で、回避は間に合わない。
迎撃しようにも、拳銃ではアレを撃ち落とす事が出来ない。
絶体絶命。
瞬間、スザクは己の死を確信した。


(――ろ!)

その刹那。
声が聞こえた。
その声は、スザクの脳裏だけに反響する。

(――きろ!)

声の主はスザクの親友にして、現在の主君。
スザクが生かさなければならない存在にして、
殺さなければならない存在。

(――生きろ!)

そうだ、スザクはまだ死ぬわけにはいかない。
生きなければならない。
自分にはまだ、やらなければならない事が有る。
ここで死んだら、今まで何の為に戦ってきたのだ。

(――生きろ!!)

同調する。
スザクの身に仕掛けられていた絶対遵守の力と、スザク自身の意志が複合する。
彼自身の体に、半強制的に、生きる為に最適な行動をとらせる。
その目が、赤く染まった。

「俺は――、生きる!」

抱えていたディパックを、頭上へと高く振り上げる。
スザクはそこから、最後の支給品を召還した。


現れたのは巨大な岩。
いや、岩で出来た巨大な剣だった。
聖杯戦争において、バーサーカーのサーヴァントが使用していた剣。
ベレッタを投げ捨て、掲げられたスザクの右手に導かれ、顕現する。
その大きさは、スザクの身長以上。
重量的に考えて、とても人間に振り回せる代物ではない。
だが、ディパックの中に収納されている間は重さが無くなる。
ならば、頭上で取り出せば、ただ一度だけ、その重みに任せて振り下ろす、縦の斬撃が可能となるのだ。

「うおおおおおお!!」

咆哮と共に、ぶつけられる岩の剣。
圧倒的な質量差で十字手裏剣を迎撃する。
そのまま地面へと叩きつけられた二つの武器を踏み越え、スザクは空中へと飛び上がった。
狙うは、今度こそ無手となったライダー。
スザクは空中で幾度も回転する。
そして、ありったけの遠心力を込めた回転キックを放とうとした、寸前。
体のバランスが崩れた。

「なっ?!」

驚愕の眼差しで、スザクは自分の脚部を見る。
既に彼の足は、膝の辺りまで石化していた。
突然増えた重量に、体が対応できない。スザクの体は落ちていく。
その爪先が、ライダーに届く事は無い。

「あなたの負けだ」

ライダーは、そのがら空きの胸部に、容赦なく回し蹴りを打ち込んだ。
意趣返し。
スザクは真横にきりもみ回転しながら、吹っ飛んでいく。
そして、仰向けに倒れた後、彼はピクリとも動かない。

「……使わされてしまいましたか」

再び自身の魔眼を封じながら、ライダーは呟いた。

「分かってはいましたが、かなり持っていかれましたね……」

スザクの予想外の反撃に、とっさに発動した石化の魔眼。
しかしそれは、ライダーにかなりの魔力を消費させていた。
幸い今まで地道に魔力を補給していたおかげで、セイバーのように重大な魔力不足に陥る事は無い。
しかし、これ以降の戦闘では使用を控えねばならないだろう。
そうしなければ、今度こそライダーも魔力不足に陥る。
セイバーの追撃どころか、ライダー自身がセイバーの様に不利な立場に立たされてしまうのだ。

倒れたまま動かないスザクを一瞥した後、ライダーは十字手裏剣を拾い上げ、商店街へと走り出す。
確実に心臓を潰す勢いで蹴り込んだ自信があったからか、それほどに藤乃が気がかりだったのか、
スザクの生死を確かめることなく、彼女はその俊足をもって、駅前ロータリーを後にした。



商店街にて神原と藤乃は対峙し続けていた。
その距離、約七メートル程。
両者、迂闊に動く事は無い。
藤乃にとってもこの距離は必殺の間合いとは言いがたい。
確実に凶げれる間合いとタイミングで、能力を行使せんと狙う。
藤乃の疲労は最早限界に来ていた。
そう何度も力を連射する余裕は無い。
小萌と戦ったときと、同じ轍を踏む訳にはいかない。
あの時の様に、一度でも自分の力を回避されてしまえば、すぐに追撃する事は困難。

(一撃で……凶げる……!)

敵が向かってきた時、それかディパックから何か取り出そうとした時こそ仕掛け時だ。
相手の隙、または絶対に回避できないタイミングで仕掛ける。
それは同時にやって来た。
たんっ、と神原が地を蹴る音が鳴る。
全力で走れば体育館の床を踏み抜く神原の疾走。
アスファルトを削りながら、ディパックを開き、藤乃に肉薄せんと迫り来る。
想定以上の速さで既に四メートルの距離を詰めた神原に、藤乃は慌てて能力を解き放つ。

「凶れ!」

出現する螺旋軸。
それに本能的な危機感を覚えた神原は、走り幅跳びの様なフォームで飛び上がる。
惚れ惚れするような跳躍力で藤乃を飛び越えていく神原。
背後を取られた藤乃は、慌てて振り返りながらもう一度敵を凶げんとし、

「凶がっっ?!」

最後まで言う事が出来ない。
一体何処からこんなものが現れたのか。
振り返った瞬間、視界いっぱいに広がっていた下着類とBL本。
その中から、包帯がぐるぐるに巻かれた手の平が飛び出してきた。

「きゃ――!」

むんず、と掴まれる藤乃の顔面。
万力のように締め上げられる。
視界が塞がれ成す術も無いまま、彼女の後頭部は地面に叩きつけられた。
衝撃が、脳を揺さぶり藤乃の意識が遠のく。

「私の勝ちのようだな」

そう言う神原の声も、ほとんど藤乃には届いていなかった。

「気絶する前に聞かせて欲しい、阿良々木先輩を……殺したのか?」

藤乃は、痛烈な表情で問いかける神原の背後に視線をやりながら、意識を手放す寸前。
その答えを返した。


「は……はは……どうでも良い事じゃないですか?貴女だって、どうせ…すぐに…死んじゃうん……ですか…ら」

「ッ!!」

怒りに任せてトドメを刺そうと、神原は左腕を振りかぶる。
彼女はその言葉の意味を履き違えていた。
藤乃が阿良々木を殺害し、挑発してきたように受け取ったのだ。
しかし、実際の意味は実にストレートなもの。
藤乃は神原の背後から、足音一つ無く接近してきたライダーを見て、
単純な事実を、指摘していたに過ぎない。

「……え」

衝撃を感じた神原が、腹部を見やると、そこには巨大な手裏剣が突き刺さっていた。
それはすぐに引き抜かれ、その段階に至ってようやく神原が痛みを感じた直後。
ライダーの拳が、神原の胸部に炸裂した。
ばきぼき、と不快な音が体内に響く。
折れた肋骨が、肺に突き刺さる痛みを感じる。

「が…は」

うめき声を上げ、血を吐き出しながら、神原は地面に倒れ伏した。

「……危ないところでしたね、フジノ。大丈夫ですか?」

神原から視線を切り、ライダーが藤乃に声を掛けるも、返事は無い。
どうやら、もう気絶しているらしかった。

「後は狙撃手を始末すれば終了ですか……。やれやれ、思ったより遥かに手こずってしまいましたね」

気絶した藤乃を路上に残し、狙撃手の元に向かおうとしたライダーであったが、すぐにその必要は無くなった。

「そちらから出向いてくれましたか。ありがたい、手間が省けて何よりです。」

目の前に現れた金髪の男を見据えて、ライダーは率直な感想を述べた。


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134:幸村ああああああああああああああっ!!(後編) 浅上藤乃 164:疾走する本能(後編)
134:幸村ああああああああああああああっ!!(後編) ライダー 164:疾走する本能(後編)
137:絶望の城 枢木スザク 164:疾走する本能(後編)
137:絶望の城 レイ・ラングレン 164:疾走する本能(後編)
137:絶望の城 神原駿河 164:疾走する本能(後編)
116:とある死神の≪接触遭遇(エンカウント)≫ 一方通行 164:疾走する本能(後編)


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最終更新:2010年01月08日 18:41