魔王信長(前編)◆0hZtgB0vFY
枢木スザク、
レイ・ラングレン、
一方通行の三人は、サーシェスの知らせを受けD-6中央付近で戦闘をしているという式達の元に向かっていた。
しかし、一向に式達や信長を発見する事が出来ない。
光点があった場所はとうに過ぎているのにである。
となれば移動したと考えるべきなのだろうが、それがどちらなのかがまるでわからない。
さてどうしたものかといった所で、南方より爆発音が聞こえてきた。
このまま西に直進する理由も無い。
いずれ禁止区域になるD6は出なければならないので、ならば南方へと行き先を変更した。
「……おい、どうしてこう、どいつもこいつも大人しくしてられねえんだ?」
一方通行が肩で息をしながら、文句を垂れる。
さもありなん。南下し公園近くを探索したのだが、そこかしこ焼け焦げた無残な公園のみで特に目立つものは見つからなかったのだ。
レイは全く疲れた様子もなく冷ややかな目で一方通行を見下ろす。
「知るか。お前の足が遅いのが原因ではないのか?」
「うるせえっ! 能力を今使っちまうわけにもいかねえんだよ!」
怒鳴り返した後、はぁとため息をつき、一方通行は提案する。
「こうなっちまっちゃしょうがねぇ、二手に分かれて探すか。信長ってのがどれほどのもんか知らねえが、俺が出くわせばぶち殺すまでだし、お前等が出くわしたとしても二人揃ってりゃ逃げるぐらいはできるだろ。式達と合流出来る可能性もあるしな」
レイが念を押すように訊ねる。
「信長の強さは伝えた通りだ、その上での話か?」
「例え目の前で戦車の砲弾叩き込まれようと、俺には通用しねえよ」
時間制限付だがね、とは心の中だけで付け加える。
スザクは戦力が別れる事を懸念するが、一方通行は鼻で笑った。
「元々、俺は仲良しこよしでつるんで動くのは性に合わねえんだよ。それに俺の能力は、誰かとつるんで上手くいくような力じゃねえんでな」
「どんな力も使い方次第じゃないのか」
「ハッ、俺の力は向かって来た全ての力を反射する。そんだけだ。それでどうやって他人様のフォローをしてやれるんだ? あ?」
実際はそれだけではないのだが、馬鹿正直に全てを話してやる義理もない。
「テメー等が何処の何様かは知らねえけどな、こちとら欲しくもねえ最強の肩書き背負わされた能力者様だ。同レベルで話して欲しくねえな」
何かを言い募ろうとするスザクを、レイが止める。
「信長の力を知った上で一人で倒せると断言するのなら、やってみればいい。無理に止めてやる義理はない」
「その信長ってのを殺した後、残るD7の二人組みも俺が殺しといてやるよ。だからお前等は……そうだな、E6エリアの東南部探した後誰も見つからなきゃそのまま象の像目指せ。俺は東北部探して、誰も居なけりゃそのままD7に向かう」
スザクは戦力分散には否定的であったが、この周辺に居るはずの
アーチャーとその一党の事が気がかりであった為、急ぎ人を探す為にやむを得ずこの案を了承する。
またお互い迷子になるのも拙いので、ケリがついたら時間はどうあれ象の像に向かうという約束をした。
かくして一方通行は一人、D7へと向かってD6東北部を探索する。
途上に魔王が居るとも知らず。
一方通行は缶コーヒーを片手にのんびりぶらぶら一人歩いていると、少し開放された気分になれる。
協力者は必要だ。それは心底理解している。しかし、やはり一人が楽だというのも本音なのだ。特に戦闘は、他人を気にかけて戦うのは面倒で嫌だ。下手にそちらに力を振り分けて時間切れなんてなった日には目も当てられない。
スザクもレイもかなり体力があり、色々と戦闘技術を隠し持っていそうな雰囲気はあった。
数多の修羅場を潜り抜けてきた重みのようなものが、言動の端々に感じられる。
それだけに、お互い踏み込みすぎずに付き合えるというのも、一方通行にとって好ましい関係であると思えた。
そういう意味では式とも似た様な関係を築けるかもしれない。
だが、一方通行が欲しているものは、何か違うと感じていたのだ。
ふっと、無残に殺された
プリシラという少女を思う。
あの無垢な純粋さに、惹かれる部分があった事は認めてもいい。
いや、一方通行が惹かれているのは、プリシラではなく、プリシラが醸し出す雰囲気、あの立ち居振る舞いが許される世界そのものだ。
ゼクスもまた軍人らしいが、根っこの所には一方通行が欲してやまない世界がある、気がした。
「ハッ、下らねぇ」
今更自分が光の下を歩けるとも思ってはいない。
ただ、それでも、アイツは、もしかしたら、腕づくでもそうさせてくれるかもしれない。
缶コーヒーが空になった事に気づいた一方通行は、これを後ろ手に放り捨てる。
周囲に音らしい音が無いせいか、スチール缶が道路を跳ねる音が思った以上に高く響く。
からんからんと転がる缶を、踏み抜く音で気付けたのは僥倖であったろう。
今の一方通行に気配を察知する能力なぞ無いのだから。
「また子供か。下らぬ、実に下らん。まともな武人はここにはおらんのか」
一目でわかった。
コレが、
織田信長だろうと。
白い髪を片手でわしゃわしゃとかき乱す。
顔は、にへらと口の端を上げ笑っていた。
「織田信長、だよな、アンタ。桶狭間で今川義元不意打ちで殺したってな本当なのかい?」
周辺の重力が変化したのではと思える程の重苦しい存在感、最早こびりつくどころではない遺伝子レベルにまで染み付いているだろう血臭、言の葉一つ一つから発せられる凝縮した殺意、どれ一つとっても今まで遭遇した事のない傑物だ。
これが歴史に名を残した英雄であるというのなら、数百年後の世にあって尚語り継がれる英傑であるというのなら、心底納得出来る話ではないか。
「あのような小物、何ほどの事かあらん」
「ハッハハハ、言うねぇ。あの世から化けて出たか? 本能寺じゃ死にきれなかったか?」
ふん、と長大な刀を抜き放つ。
「戯言を。面倒だ、一刀で殺す故首を差し出せ」
「おもしれぇ、やってみろ織田信長。カビ臭ぇ骨董品の出る幕じゃねえんだよ」
アーチャーが
戦場ヶ原ひたぎと
上条当麻の二人を両脇に抱え、その後ろに
C.C.が続く。
これとアーチャーが選んだ雑居ビルのような建物は、周囲を見渡せる程よい高さと意外にしっかりとした構造、そして何より内の一室にベッドを複数備えていた。
ひたぎと当麻をベッドに寝かせると、アーチャーはビルの屋上に行き、電車がひっくり返った場所に目を向ける。
痴漢が聞いたら土下座して極意を問う程目が良いアーチャーであったが、上がる煙と周囲の建物が合わさってそこに誰かの死体を見出す事は出来なかった。
嘆息しつつ室内に戻る。こうして地図に名前が書かれているわけではない建物に身を潜めてしまえば、余程大きな音でも立てない限りそうそうは見つかるまい。
英霊としてこの地に呼ばれたというわけではなく、受肉してここに存在するアーチャーには、当然休息が必要である。
もっともこうして今身を隠しているのは、アーチャー以上に他三人に休息が必要であろうからだ。
特に、上条当麻はさほど強い肉体を持っているようにも見えないが、そんな少々特殊な能力を持つだけの一般人である彼が織田信長に食ってかかって生き延びたのだ。
精神的な部分でかなりの負担があったろうと思われる。
急ぎ象の像へと向かいたいが、後少しここで休息をとってからの方が良いと考える。
途中また危険な奴と出くわしたならアーチャーが足止めしている間に、残る三人には走って逃げてもらわねばならないのだ。それすら出来ぬ程消耗していてもらっては困る。
と考え、C.C.が待っている部屋に戻る。当麻とひたぎが寝る部屋と別なのは、起こしたら最後休息すらとらず動き出しそうな奴が居るので、静かに寝かせたままにしようという魂胆故だ。
「む?」
苦味のある香りが漂う。
「ほれ」
ぶっきらぼうに言ってC.C.がコーヒーを手渡す。
ミルク抜きかつ問答無用で砂糖を五つもぶちこむ味知らずっぷりはさておき、その配慮に少し驚く。
「鬼の霍乱か?」
「ふん、可愛気の無い男だ。こういう時は嬉しそうに礼の一つも言うものだ」
言葉程には気を悪くした風もなく、コーヒー片手にかばんから引っ張り出したピザを頬張っている。
「礼が欲しければもう少しマシなモノを出せ。砂糖ばかり入った豆の煮汁を好んで飲む奴なぞいるか」
「ああ、お前はやはりブラックが好みか。そうだと思って砂糖を入れておいてよかった」
アーチャーは椅子に深く腰掛ける。それだけで、少しは疲労が取れるものだ。
「……ご期待に沿えたようで何よりだ」
一息にコーヒーを飲み干し腕を組んで目をつぶると、C.C.も邪魔はすまいと思ったのか口を閉じた。
アーチャーに毛布をかけてやった後、手持ち無沙汰なC.C.は部屋を出る。
どうしてこんな建物に隠れているのかも十二分に理解しているC.C.だったが、生来の気紛れさのせいか、ふらっと建物の外を出て歩く。
見上げる空は、何処にでもあるような、それでいて初めて見る空のように不安定さを感じさせる。
町並みもまたC.C.の知る建物にも見えるが、何処か歪で何かがズレている気がしてならない。
長い長い時を生きてきたC.C.ではあるが、ここ数時間の出来事は経験したこともない目新しい事ばかりである。
女吸血鬼に血を吸われるなぞ最たるものだ。
そんな気温でもないのに、微かに過ぎる風が冷たく思える。
「……バカ者が、さっさと迎えに来い」
土を蹴る僅かな音、これがC.C.の耳に入ると同時に聞いた事のある声が響く。
「C.C.!」
声に驚きそちらを見ると、枢木スザクが駆けて来るではないか。
C.C.は、少し考えて、これはまずいと思ったが、どう考えてもコレが相手では打つ手が無いと諦め、とりあえず口で言いくるめられればと考える。
しかしこうして名前で呼んでいるという事は、確実にこちらの正体をわかった上で接近しているという事であり、よし後でルルーシュは泣くまで詰ろうと決心したわけだ。
枢木スザクより先に見つけろバカルルーシュめと。
「これはこれは、ナイトオブセブン殿か。遙々こんな所までご苦労な事だ」
目の前に立つスザクは、C.C.が考えていたのとはちょっと違う顔をしていた。
「無事で良かった。ルルーシュには会ったかい?」
C.C.は無言。返答に窮するとはこの事か。
「C.C.? 何か問題でもあったのか? 君に限って怪我は無いと思うんだが……」
小首をかしげるC.C.。
「……私が、お前と親しげに安否を気遣いあうような仲であったとは知らなかったな」
「何を言っているんだ? ゼロレクイエムに向けて……待て。C.C.、君は何か変だぞ。ギアス? いや君には効かないはず……では何だ……」
先に齟齬を感じていたC.C.は、率直に疑問をぶつける。
「お前はシャルルに言われて私を捕らえに来たのではないのか?」
「…………」
完全に、これはC.C.ではないと判断しきってしまったスザク。
数歩後ずさり、必殺の間合いを確保する。
「ルルーシュだと? あいつはお前達が飼い殺しているのだろう。最早ゼロにもなれぬ奴に用なぞない。そもそも今回のコレもシャルルやV.V.の差し金ではないのか?」
判断も決断も正確な情報あってこそ。今は、何一つスザクの手にはない。
急変しすぎた事態は、スザクの処理能力を超えてしまっていた。
睨み合う二人の沈黙を破ったのは、部外者であるアーチャーの声であった。
「無事合流出来たかスザク」
「アーチャーさん‥‥」
アーチャーはスザクとC.C.のあまり穏やかならぬ合流への説明を目で求めている。
スザクが何と答えたものか頭を捻っていると、C.C.が先に口を開いた。
「コイツとは因縁があるが、それはお前達には一切関係の無い話だ。何処ぞの腹黒と違って比較的マシな人間性を持っているらしいから、アーチャーとならば問題なく協力しあえるだろう。もう一人は知らんが」
一方通行は手に持ったまだ中身の入っている缶コーヒーを大きく振りかぶる。
腕力の無さには定評のある一方通行であるし、その投球フォームもお粗末なものだ。
が、一方通行の手から離れた瞬間、缶コーヒーは100mmの巨大砲弾と化す。
反動を抑えるだけで数十トン単位の重量を要する圧倒的火力である。物体のベクトルを操作出来るという事はつまりこういうことなのだ。
常人の目に留まる速度ではないが、放たれた砲弾が周囲に与える影響は絶大だ。
殺人的な加速度により跳ね上がった質量は、貫く空気を巻き込み、小規模な竜巻をすら作り出す。
当然こんなものに当たったら即死以外選びようが無いのであるが、信長はこの信じられぬ真正面より放たれた不意打ちにも反応してみせた。
最もかわしずらい胴中央目掛けて放たれたスチール缶を、刀を構える一挙動にて受け止め弾く。
重苦しい衝撃音と甲高い悲鳴にも似た大気を切り裂く音が、同時に周囲一体を駆け巡る。
先ほど一方通行が口にした戦車砲弾と同等の衝撃、これを信長もまた防いでみせたのだ。
しかし一方通行ならばそうであったように、余裕なぞは何処にも無い。ありえない。
あまりの衝撃に痺れる両腕に、踏み込む事すら出来ぬ程であるのだから。
「フ、フハハハッ、ハーッハッハッハッハ! すげぇな織田信長! これを弾くかおい!? お前本当に人間かよ!」
デイバックの中から缶コーヒーを、今度は両手に八本、指の間に挟んで持ち上げる。
「アンタすげぇよマジで! ヒャハッ! 次はこれいってみるわ! 全部当てるから本気でかわせよ! さもなきゃ歴史が変わっちまうかもしんねえからよ!」
高笑いしながら大きく後ろに振りかぶった両手を、前にゆっくり放り出す。
重すぎて途中で二個程指の間からずれ落ちてしまっているのだが、その程度は一方通行にとってどうとでもなる話だ。
ベクトルを操り、一直線に信長へと放たれた八つの缶は、全て正確に、信長の急所へと吸い込まれていく。
これを、織田信長は、一方通行へと一足で飛び込みながらかわさんと狙う。
初撃から、一方通行の攻撃は起点からまっすぐにしか飛ばぬと見切った信長は、缶の動きではなく一方通行の所作により攻撃開始の瞬間を読みきる。
動き先を悟られぬよう、発射と同時に動けるよう、密かに溜めた足の力でアスファルトを踏み砕きながら近接する。
「ひょうっ!?」
一方通行は奇妙な声でこれを賛ずる。
信長の全身数箇所では、かわしきれなかった缶コーヒーがかすめるように跳ね、黒き瘴気無しであったならこれだけで致命傷となりえた程の傷を残す。
睨まれただけで軽く二、三回は死ねそうな眼光、達人をもってしてもかわしえぬだろう絶対の間合い、英霊が同じく英霊を倒す為に用いられる刀。
どれを取っても一方通行の死は免れえぬだろう必殺の斬撃。
にもかかわらず、驚愕の声とともに後ずさったのは信長の方であった。
「ぬうっ!?」
信長の腕力ですら支えきれぬ程の反発力に、全身ごと跳ね飛ばされそうになりながら、震える程に両足を踏ん張り堪える。
「無駄だ無駄。てめぇの……」
言葉など聞く価値も無いと再度、いやさ今度は連撃にて仕掛ける信長。
袈裟に斬り下ろす。弾かれ肩ごと上へと引き上げられる。
隙だらけの脇へと横薙ぎに。体ごと跳ね飛ばされそうなのを、足を軸に横回転する事で衝撃を逃がす。
地を嘗めるような逆袈裟。天空より月でも刃の上に落ちてきたかのような凄まじい重力に攻撃をなしえず。
「無駄だってんだよボケが!」
完全に体勢を崩しきった信長に、一方通行の拳が迫る。
つい先ほど瘴気の守りを抜けてきた拳を思い出す信長。
確かに、その予感は正しかった。
「ぬうううああああああああっ!」
急所ですらない腕に当たった一方通行の拳。
しかし、突如発生した見知らぬ力により、信長の腕はあらぬ方に跳ね飛んでいく。
引きずられるように全身も吹っ飛び、そう、先ほど一方通行が放ったスチール缶のごとく、林立する雑居ビルの一階部に文字通り叩き込まれたのだ。
コンクリートに鉄筋を通して建てられた壁をぶちぬき、建物全体の支柱たる柱を三本連続して貫きながら、建物最奥の壁に激突。ようやく衝撃が逃げ切ってくれたのかそこで止まった。
僅かな間。
一方通行は缶コーヒーをもう二つ取り出すと、内の一つを直径五メートルの大穴が開いた雑居ビルに打ち込む。
それだけで既に許容限界値であった建物は音を立てて崩れ、一方通行は勝利の笑みと共に残ったもう一本の封を切って口をつけた。
「すげぇよアンタ。オレは腕をぐしゃぐしゃに捻り上げようとしたんだぜ。そいつを、骨格だか筋肉で堪えたせいで吹っ飛ぶハメになったんだ。あの勢いでぶっとぶパワーで、ひん曲げようとしたんだぜ? アンタありえねえよ実際」
一息に缶コーヒーを飲みきる。
「ありえねえってマジで! サイッコウだなオイ戦国武将! ニッポンどんだけ退化してんだよ! 昔の方がよっぽどバケモノ揃ってたんじゃねえのか!? でもゴメンナサイねぇ、アンタここで死んじまったからきっと歴史の教科書にゃ載れなくなっちまったなあ! 受験生達の為にももうちょっと根性見せてみたらどうだ!? ヒャーッハッハッハッハッハ!」
突如、一方通行の視界が揺らぐ。
青い空が見えたかと思うと、後頭部と背中を同時に平べったいものにどやされる。
「なん……だ?」
今の一方通行は完全戦闘態勢だ。不意打ちに対しても反射が働くようにしてあったはず。
なので外的要因は考えられない。ならば一方通行の体に何やら尋常ならざる事態が起きているのか。
一瞬だが麻痺していた全身の神経が反応を示し、激痛に眉をしかめながら身を起こす。
信長を生き埋めにした建物の残骸、これらの隙間を縫うように黒い煙が立ち上っている。
「……黙れ小僧。貴様の声、ただひたすらに不快也」
天へと上るだけだった黒い煙は、渦を巻いて集まった後、一方通行へと飛び掛ってくる。
当然、反射すべく仕向けたのだが、一方通行の計算を一切無視して、黒い煙は体の側まで至る。
「がっ!」
悲鳴と共に大地を転がる。
百キロの巨漢に体当たりでもされたようだ。
頭はぐわんぐわんと鳴り響き、足腰は痺れていう事をきかず。
目の前の景色がぶれるせいでか、冷静に物を考えるのも難しい程だ。
「なん……で、だ? この煙、チクショウ……、コイツは一体何だ……」
一方通行は既知のモノならば、それがどんな力であれ反射する事が出来る。
実際、物理的な力のみではなく、
浅上藤乃の超能力ですら跳ね返してみせた。
しかし、全く未知の力、一方通行の能力で計算しきれぬモノは反射する事が出来ない。そのベクトルをいじる事が出来ないのだ。
信長の瘴気は、そも、一方通行の居た世界には存在しえぬ物であったのだ。
膨れ上がった瘴気は、信長を覆っていた瓦礫を一撃の元に弾き飛ばす。
瓦礫煙が舞い上がり、黒き瘴気と渾然一体となってビル周辺を覆いつくす。
一方通行は、先の衝撃から回復するまで、体が言う事をきいてくれそうにない。
いや、ショックのせいでか、思考も落ち着かぬままである。
「なる、ほど。理屈はわからぬが、貴様に刀は通じず、しかし、我が瘴気を留める事は出来ぬらしいな……」
暗煙の中より出でたる戦国の猛将、織田信長。
黒き瘴気のみならず、稲光のように閃く輝きを纏う姿からは神々しさすら感じられる。
ただの二撃であっさりと一方通行の反射を見切る信長の戦闘勘は並々ならぬものであろう。
もちろん瘴気にて攻撃したのも偶然ではない。
近接攻撃時の反射リスクが大きいため、ならば反射されても構わぬ攻撃をと理詰めで考えた結果である。
鋭い刃を用いなかったのも跳ね返ってきた時のため。もっとも、もうその配慮も不要となったが。
「種が知れれば下らぬ余興よ。その程度の芸で我に逆らった罪、あの世で悔いるがよい」
随分と損傷を負っているはずの信長は、まるでそんな気配も見せず一歩、一歩と歩み寄る。
そして、腕を掲げると、纏った闇が地の底を這い、一方通行へと迫る。
後はこれを振り上げるのみ。
「死ねい下郎!」
一方通行の足元より、無数の闇の刃がその体を貫かんと飛び出してきた。
死を覚悟した瞬間は、集中力が常より増すせいで周囲の景色が遅く感じられるそうな。
もっともそれ程の集中力も、操る身体の能力が欠如していてはさしたる効果は望めない。
ひたすら能力頼りに生きてきた一方通行にそんな飛びぬけた力があるわけもなく、ただ、迫る漆黒の刃を、呆然と見つめるのみ。
『ふざけんな。オレは、まだ死ぬのはイヤだ』
伸び来る闇は刃の光沢なぞ持たぬ故遠近感を失いがちだが、足首をかすめて伸びてくる感覚が、すぐ側にコレが迫っていると教えてくれる。
『オレは、もっと、アイツと生きて……』
「させるかよ!!」
飛び出して来た人影は、一方通行の立つ大地に向けて、右の手のひらを捧げだす。
黒き刃の嵐はその手に触れるのみで、粉々に砕け散った。
「テ、テメェ……」
一方通行は驚愕に目を見開いたままその男を見つめる。
死を前にして、自分の本音を知ってしまった。
その気恥ずかしさと、それ以上に、心の何処かで、コイツがこうするのが当然であるように受け入れている自分が、許せずに怒鳴り散らす。
「なんだってテメェがいやがるんだよおおおおおおお!」
そいつは、つんつん頭を持ち上げて、クソ気に食わない笑いでこっちを見上げてきた。
「よう一方通行。ヒデェざまだな、今にも負けそうじゃねえか」
かつて一方通行をぶちのめした最弱の男が、全ての異能を打ち消す右手を掲げてこの場に現れたのだ。
とりあえず納得したアーチャーが詳しい事情を聞く前に、更なる登場人物が姿を現す。
戦場ヶ原ひたぎが、建物から頭を抑えつつ出てきたのだ。
「また新しい人? 敵なの? 味方なの?」
C.C.は一瞬だけ言葉に迷うが、すぐに何時もの調子に戻る。
「おい、こちらは今大事な情報交換の最中だ。お前に引っ掻き回されては適わんから、大人しく寝ていろ」
ひたぎは、言い返すでもなくじろっと新たに現れた二人に目をやり、そして元から知る二人に目を向ける。
「……上条君はどうしたのかしら?」
真剣な表情でC.C.とアーチャーに問う。
C.C.は何を言うのかと怪訝そうだ。
「奴は隣のベッドに寝ているだろう」
「いいえ、そんな人何処にも居なかったわ。下手な誤魔化しは止めてちょうだい。そこの黒筋肉が私に不埒を働いた後に起こった事を、全て正確に教えなさい」
「何を馬鹿な……」
そこまで口にしかけて一抹の不安が脳裏をよぎり、室内に向け駆け出すアーチャー。
ものの一分もせぬ内に戻ってくると、こめかみを指で押さえながら搾り出すように言葉を発する。
「あの……たわけがっ……」
C.C.とアーチャーは即座に、少し考えた後ひたぎも、上条が何処に何をしに行ったのかに思い至った。
一切の迷い無く、即断するひたぎ。
「では、私があのどうしようもない低脳を連れ戻して来るわ」
と、ひたぎがとてもそれまでの言動からは考えられぬ主張を口にした所で、アーチャー達の賛同が得られるはずもなく。
アーチャーはようやく巡り回って来たひたぎの『デレ』をふふんとせせら笑う。
「最早D6駅周辺にお前の思い人が居る可能性はゼロに等しい。ならかなり広く伝わっているらしい象の像での合流を考えた方がいいのではないのか? ……あれで仕留めたとは思うが、万が一もある。私が行くのが最適であろう」
聞き逃せぬ言葉にレイが問い返す。
「しとめた? 何をだ?」
「織田信長だ。
神原駿河が体を張って奴を禁止区域に叩き込んだ」
「……そうか」
色々詳しい話も聞きたくはあったが、急ぎだろうという事で、レイは簡潔に手持ちの情報を披露する。
D7エリアには二人組の殺人者がおり、高い戦闘能力もしくは圧倒的な逃亡手段を持たぬ者は近づくべきではないと。
いずれひたぎが行くよりもアーチャーが向かった方がより確実で素早い発見が可能と思われるので、それ以上はひたぎも固執せず納得する。
最後にレイはひたぎに余計な事を言った。
「……お前は出来るだけ、危険な真似は避けろ」
レイの人となりをまだ良く知らないひたぎは、女に甘い人間なのだと思った程度であった。
信長のマントが前方に向かい伸び迫る。
赤い渦となったマント、というより瘴気の塊は信長より上条、一方へと至るまでの障害全てを飲み砕き、一息に食らわんと顎を開く。
「くっそ!」
一方通行の前に立つ当麻は、右手を翳してこれを防ぐ。
左手で支えねば持ち堪えられぬ程の圧力だが、やはり瘴気は当麻を欠片でも傷つける事は出来ない。
瘴気が途切れ、当麻が耐え切ったかとほっとした瞬間、瘴気の残り香を斬り裂き信長が当麻の眼前へと迫っていた。
十メートル近い距離を、それこそ瞬きする間に詰める踏み込み速度は常人のそれではない。
「下がれっ!」
今度は一方通行が当麻の後ろ襟を引っ張ると、自身が前に出て左腕を盾にするように構える。
絡み合う、などという事すらなく、迫り寄った勢いそのままに真後ろに跳ね飛ばされる信長。
吹っ飛ぶ空中で、舌打ちしつつ腕を振るうと、地面からではなく一方通行の脇にあった壁面から黒い刃が飛び出してくる。
これを飛び込みながら防ぐ当麻。顔が引きつっているのは、多分防げるとはわかっているが、明らかな殺傷能力を持つ刃の群に突っ込む形である以上やむを得まい。
転がりつつも綺麗に着地する信長。
一方通行は缶コーヒーをデイバッグより二つ取り出し、さっきと同じ要領で放つ。
今度は、信長に着弾する寸前でベクトルを変えての一撃だ。
野球盤の消える魔球(わからない人はお父さんに聞いてみよう)かと怒鳴りたくなるような急激な変化に、さしもの信長も対応が追いつかない。
大砲のような一撃を、鎧越しではなるが胴中央にまともにもらってしまう。
それでも二発の変化球の内、一つはきっちり弾き返してバックネット裏に飛ばしているのだからとんでもない話である。
そしてこちらはピンボールみたいに弾き飛び、ごろごろと路上を滑り転がる。
口笛を吹く当麻。
「何だよ、やっぱり強ぇじゃんお前」
「ハンッ、当たり前だっての。何ならこの間の続きここで始めてもいいんだぜ」
「まっぴらだ、これ以上上条さんの平穏を乱さないでくれると嬉しいんですがねぇ……ってそんな事はどうでもいい。お前ここで女の子見なかったか?」
「あん? 知らねえな」
「……そっか、ならアイツに直接……」
それ以上口を開く事は出来なかった。
ビルのガラスをぶち割ってショーウィンドウの中に叩き込まれていた信長は、ゆっくりと砕けた窓の破片を踏みしだきながら道路に出てきたのだから。
心なしか周囲を覆う闇が、一際深く黒ずんでいるようにも見える。
色々と言いたい事もあるが、コレのヤバさを認識した一方通行は、命令口調で強く言い放つ。
「おい、あの黒い煙はテメェが全部防げ。その間に、俺が残りの三分であいつを近寄らせずに叩き殺す」
「残りの三分?」
「色々あってな、そんだけしか能力使えねえんだよ」
「へぇ、良い話じゃねえか。テメェも俺みたいな無能力者の気分少しは味わってみろ。ついでに神様のご加護がもらえないぐらいの不幸にでもなっちまえ」
「……つくづくムカツクよなお前。信長の前にテメェをブッ殺してやりたくなってきたぜ」
「馬鹿よせやめろっ! お前が言うと冗談に聞こえないんだよ! あの後不幸な上条さんが病院でどんな目に遭ったと思ってんだ!」
「知るか……っ!? 来るぞ!」
二人は、織田信長を甘く見すぎていた。
当麻も一方通行もベクトル操作能力の強さを信頼しすぎるあまり、戦国の世を駆け抜けた怪物を過小評価しすぎていたのだ。
でもなければ織田信長を前にこんな軽口を叩いている余裕なぞあるまい。
物理は一方通行が、瘴気は当麻が、完全に防げると油断しており、信長の恐ろしさである全参加者を通じてトップクラスの身体能力の高さを、その危険さを理解していなかったのだ。
そして信長がただ暴風のように暴れて叫ぶだけの猛獣とは異なる証、知恵持つ工夫を行える人の流れを汲む生物である証左。
信長は、片方がそれぞれ防がれるのならばと、振りかぶった刀に闇を纏わせ、同時に双方の力にて攻撃を仕掛けたのだ。
どちらが防ぐべきか判断する暇も与えぬ程の素早き踏み込みで肉薄し、何と思う間も無く斬り伏せる。
当麻も一方通行も、格闘技術の心得なぞないし、例えばパイロット達であるデュオや五飛のような超絶な反射神経も持ち合わせてはいない。
だから二人は同時に、これは自分が防ぐべき攻撃だと判断し、当麻は右手を、一方通行は左手を突き出した。
重なり合った二つの手の平の前で、荒れ狂う暴力と暴威と暴風が渦を巻き、支える二人を押しつぶさんと迫り寄る。
「て、テメェ一方通行……近寄る前に倒すんじゃなかったのかよ……」
「う、うるせぇ……テメェが余計な事ぐちゃぐちゃぬかすせいだろうが……」
まるで地獄の底より這い出てきた悪鬼のごとき形相の信長が、全身に青筋を走らせ二人の手の前で止まっている刀を腕づく、瘴気づくで叩き潰さんと万の力を込めている。
これとこの距離で相対するだけで、神経の何本かは千切れてしまいそうな程の負担である。
しかし、最強たらんと欲し続けた少年と、最弱であっても決して引かなかった少年は、いずれもここでビビってやる程可愛らしいお子様ではなかった。
「……何が、織田信長だよ。何が戦国武将だ……ふざけんじゃねえ。そんなもんが、戦場ヶ原の友達を奪っていい理由になんてなってたまるか……だから……」
「史上の偉人様だかなんだか知らねぇがよ……こちとら人を待たせてるんでな。さっさと帰ってやらねえと、あのチビがうるせぇんだよ……だから……」
『テメエなんかに負けてやらねえ!』
遂に信長は限界点を超え、大きく後ろに弾き飛ばされる。
同時に、一方通行は今度こそ確実に叩き殺すべく、全力全開の一撃を仕掛ける。
一体何をしようとしているのか、おぼろげながら察した当麻は恐る恐る訊ねる
「おいおい、一方通行さん。君は何をしようとしているのかね。上条さんにもわかるよう説明しなさいっ」
正視に堪えぬ程吊り上った目じりと口の端で、高笑いを上げながら一方通行は吠える。
「クハーッハッハッハ! ちょっとこのビルに頑張ってもらおうと思ったんだよ! コイツを地球の自転から外してやったらどうなるんだろうな、ええおいっ!」
みしみしと、ゆっくり歪んでいったのは最初の数秒で、当麻があれと思った時には既に、一方通行が触れていたビルは根元から消滅していた。
今度はスチール缶どころではない。十建てのビルそのものが、一直線に信長へと飛んでいくではないか。
地球からその地表にあるもの全てに常時かかっている重力。
この方向、ベクトルを変えるというある種詐欺紛いの攻撃である。
ビルはまるでそこだけ地球の遠心力から解き放たれたかのように、その重量を感じさせぬ速度で信長へと迫る。
質量に速度をかける事で破壊力となる。その場合、このビルの威力は一体何と比較すべきなのか。
スチール缶はその大きさから戦車砲を比較対象にもってくる事が出来た。もっとも、砲弾とは中身が違うし口径も若干小さい事から威力は一方通行withスチール缶の方が落ちるであろうが。
にしても、目安ぐらいにはなる。しかし、これは流石にどれをもってきても比較しようがない。
辛うじて比べられる物があるとすれば、一方通行がその正史における未来で、これと同じ攻撃を仕掛けた時の事であろうか。
その時は途中にあった建造物を全てなぎ倒し、目標に命中はしたのだが、かの世界における科学サイドの最高峰、学園都市が中でも最重要拠点とする建物であったため、軽く揺れる程度の損害しか与えられなかった。
これもまた逆の意味で比較になりずらくはある。
しかし、色々考えるまでもないかもしれない。
今回はコレの対象が戦車でも機動兵器でもヨロイでもKMFでもモビルスーツでもない、ただの人であるのだから。
「ぶるうあああああああああああああああああああああ!!」
ただの人、ではなかった。
相手は戦国最強、
本多忠勝をすら屠り、
真田幸村、
伊達政宗の二人がかりでようやく、それも奇跡的に止められた程の剛の者。
彼からすれば、鉄筋入りのコンクリートなぞ柔土同然なのである。
全身を黒き刃と化し、振り下ろした刀を斬り口に、十階建てのビルを縦に二つに、両断にかかる。
その体を支える大地をすら、瘴気の塊が包み信長を狂気の衝撃より支える土台とし、極限まで磨きぬかれた鋭き黒刃にてほんの僅かな停滞すらなく斬り裂き続ける。
いや、停滞なぞしてはこの質量に一瞬で押しつぶされる。
今こうして行われている奇跡の両断劇には、この刃の鋭さが不可欠であるのだ。
灰色しか見えぬ信長の視界が、唐突に開ける。
そう、遂にこのビル砲弾を、信長は文字通り斬り抜けたのだ。
しかし信長は、刀を下ろす暇すら与えてもらえなかった。
「うおおおおおおあああああああ!」
拳を握りしめ、駆け寄るは最弱能力者、上条当麻である。
ここで一つ、同じ場面があった事を思い出してもらいたい。
そう、アーチャーと共に信長と戦った先の戦闘である。
幻想殺しを知らぬ信長の不意をつく形で、当麻はその拳を見事命中させたのだが、これは果たして本当にそれだけが理由であったのだろうか。
アーチャーを、当麻を逃したのは、単に慢心ゆえであったのだろうか。
上条当麻の特技は幻想殺し、イマジンブレイカーなる異能を消し去る力だ。
これはあくまで防御手段であるのだが、しかし上条当麻はこれのみを頼りに、数多の窮地を潜り抜け、強敵を撃破してきた。
異能を消すのみでは敵は倒せない、そう、上条当麻はその右拳にて、ほとんどの敵を黙らせて来ていた。
相手は一方通行のようなとにかく肉体能力に欠くような輩ばかりではない。
いや、例えそうだとしても、ただの一撃で相手の体が宙を舞い、昏倒させるほどの強烈な拳打が普通の拳であろうはずがない。
これは、この地に招きよせられた後、辿るはずだった当麻の未来においても見られる。
ある時は女とはいえ格闘技術に長けた荒事の専門家を、ある時は戦闘訓練を受けたとある宗教団体の実行部隊をと、おおよそ格闘技の素人では姿を捉える事すら出来ぬ相手をその拳で黙らせて来ている。
こんな芸当が出来る当麻の拳とは、一体何なのであろうか。
彼は確かにケンカに慣れてはいた。だからある程度の拳の使い方は自然と身についたものなのだろう。
しかし、そこから先は、訓練無くしては到達出来ぬ境地のはず。それでも一手のみ、当麻の持つ不条理を説明する手がある。
真剣にて人を斬れば、それだけで剣道初段の腕前と同等になれる。といった言葉がある。
ならば、自分の、相手の、後ろに居る守るべき大切な人の、命を賭けた拳を幾度となく振るってきた当麻は、一体何段の腕前があるというのであろう。
これを外せば何人もの人達が苦しみを背負う。そんな重大な一撃を幾たびも背負わされてきた、
正義の味方にならざるを得なかった少年の拳が、例えどんなものが対象であれ、比較して劣るという事があろうか。
技術の不足から立ち回りが甘く、極めて非効率的な戦闘能力向上方法を採っているのは事実であろう。
しかし、決して外せぬ、能力以上を求められ続け、それでもと喰らいつき応えてきた当麻の拳は、必死にどうすべきか工夫し、極限の状況でその身に染み込ませたタイミングは、例え戦国が相手とて劣るものではない。
信長も、拳が眼前に迫った所でようやく気づけた。
これは決してかわせぬ拳だと。そしてその重さは信長をもってすら無視しえぬ一撃となろうと。
踏み込み、挙動、加重移動、全てが落第点のこの若者の攻撃は、しかし最後の右拳を振り上げた瞬間から、理想的な拳打の軌道を辿り、信長の頬を殴りぬける。
拳の強さとは腕力のみではない。足先から拳の先にまで至る骨格と筋肉の連動。これがどれほど正確になされているかが一番の問題なのだ。
そういった意味で、当麻の右拳は完璧な攻撃であった。
織田信長の意識が、一瞬飛びかける。視界がブレ、目の前にあるはずの景色を認識できなくなる。
それが人間の構造を取っているのなら、今まで相手してきた者達同様、無意識に当麻が積み上げてきた拳打の術理が通用するのだ。
そして、もう一人の少年が当麻の後に続く。
「これで終わりだ織田信長あああああああああああああああ!」
外からぶつけて駄目ならば、内より壊す他に無し。
一方通行は、触れたもの全てのベクトルを変えられるのだ。
今度はオーバーキル上等。むしろ恐竜をぶち殺す勢いで、血流の向きを変え、骨格の動きを変え、筋肉の律動を変え、その全身を内より引き裂いてやろう。
全てのベクトルを、缶コーヒーをかっ飛ばしたあのパワーでだ。
当麻の拳により出来た隙を、一方通行が活かしその体に触れるだけ。信長の体を守る黒き瘴気は、当麻の幻想殺しが既に霧散させている。
辛うじてかする程度にしか触れられなかった一方通行の手の平だったが、瞬間、信長は口から凄まじい勢いで吐血し、前のめりに倒れ臥すのだった。
極度の緊張より開放されたせいか、滝のような汗を流す当麻は、同じく疲れきったのかぶっ倒れている一方通行を引っ張り起こす。
「ははっ、やれば出来るもんだな……っておい、どうした?」
言葉が返って来ない。目は確実に当麻を捉えているのだが、その全身から力が抜けており、きゃしゃに見える体が随分と重く感じる。
「おい、一方通行。どうしたんだよ、お前……まさかさっき言ってた三分制限過ぎると……ヤバイって話、じゃねえだろうな……」
返事は無い。視線を当麻に固定したまま、右手のみが当麻の腕を掴んで何かを伝えようとしているようにも見える。
これは洒落にならんと一方通行を抱え上げた直後、彼方より怒鳴り声が響いてきた。
「たわけ! 避けろ!」
同時に飛来する衝撃に、一方通行を抱えたまま後ろにごろごろと転がる当麻。
粉塵が巻き上がる程の衝撃は、遠方より放たれたアーチャーの矢。
そしてその矢が狙ったのは、ゆっくりと、全身の力を確かめるように立ち上がった織田信長であった。
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最終更新:2010年03月07日 10:02