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ここがいわゆる正念場(前編) - (2021/11/24 (水) 16:31:25) の1つ前との変更点
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*ここがいわゆる正念場(前編) ◆lbhhgwAtQE
ホテル正面玄関からやや離れた場所。
魅音とクーガーは瓦礫に混じっていた廃材等を使って土が柔らかいそこに穴を掘り、そこに光の遺体を埋めていた。
「光……ごめんね。私なんかを守ろうとしたせいで…………」
魅音は涙交じりの声を出しながらひたすら穴を掘る。
――助けられなかった。
ただただ、あの大男が怖くて身動きが取れなくて。
クーガーは、恐怖と戦っていた自分の事を強いというが、それでも光を助けられなかったことには変わりない。
だから魅音は、せめて光の魂を安らかに眠らせてあげるためにと、クーガーに彼女の埋葬を先にするように頼んだ。
クーガーはそれを聞いて、黙って頷いた。
そして、今も尚、魅音の声を横で聞きながら、黙々と穴を埋め戻す。
「ひばる――いや、光さん。またお会いして、今度こそ決着を付けたかったのですが……残念です。
死後の世界では時間は悠久に流れていると聞きます。限られた時間を有効に使う為に最速を目指す必要もありませんね。
ですから、向こうでは是非ゆったりと過ごしていてください。
……あ、でも俺が向こうに行ったら、一度でいいので最速勝負を――いや、この話はまた後ほど」
相変わらず、彼は一息に多くを喋っていた。
だが、その声のトーンはいつものように高くはなく、低い調子のままである。
そして、それから少しして、光の体は完全に土の中に眠った。
魅音は、その盛られた土の上に光の着けていた篭手を置き、デイパック越しに持った剣を刺す。
ここに彼女が眠っているという墓標代わりのつもりだ。
「……ありがとう、クーガー。手伝ってくれて」
「いやいや、俺だって光さんとは少なからず縁がありましたからね。黙って見過ごせるほど落ちぶれちゃいないですって」
クーガーの口調は、既にいつも通りになっていた。
「それで、今後の事なんですがね――」
クーガーは、そう言いながら後ろを振り返る。
彼が振り返った先、闇夜の向こうで繰り広げられていたのは、空を飛ぶ少女達による空中戦。
魅音は知っていた。
その一方がホテルを破壊した張本人であり、もう一方はついさっきまで一緒だったなのはという少女。
――のはずだったのだが。
「あれ? あの光の色って…………確かなのはは…………」
自分たちから随分と遠ざかってしまって、少女達の姿をはっきりと捉えることはできないが、その少女たちが発する光の色に彼女は違和感を感じていた。
確か、なのはは自分と光の下を離れてゆく際に、桜色の軌道を描きながら飛行していったはずだ。
それなのに、今空中戦を繰り広げているのは真紅の光と金色の光。
……桜色の光はどこにもなかった。
だが、クーガーがそのような違いに気付くはずもなく。
「先程、イオンさんから聞いた話では、なのかちゃんはホテルを破壊しようとしていた少女と戦っていると言いましたね。
そしてその戦いは今でも続いているようです。現在、その戦闘はここから大分離れた場所で繰り広げられています。
これが何を意味するか分かりますか? そうです、なのかちゃんはホテルから破壊者を遠ざけて戦っているのです。
すなわち、今ホテルは破壊者の魔の手から遠ざかっている状態。これはいわゆる好機なんですよ!」
「だから魅音だっつーの! ……でさ、要するに何が言いたいわけ? 何が好機なわけ?」
相も変わらずのマシンガントークに魅音は呆れつつも、彼に問い質す。
すると、彼は再び真剣な眼差しになって答えた。
「…………あの破壊者がホテルから遠ざかっている間……ホテルが完全に破壊される前にイオンさん、あなたを安全な場所まで送ります」
「お、送るって……まさかホテルの中にいる光の仲間を見捨てるっての?」
「そんなわけありません。俺はあなたを安全な場所……セナスさんのいるログハウスまで届け次第、速攻最速でセナスさんと共にこちらに戻り、
みなえさん達の捜索をします。何、この俺の脚をすればそのようなことイージー、イージアー、イージエスト!!!」
「そ、それなら私も手伝うよ! 私だけ一人逃げ隠れるなんて……光にも申し訳ないし!」
「ダメです」
魅音の懇願をクーガーは一蹴する。
すると、魅音は怒気を孕んだ顔で、すぐに反論する。
「な、何でさ!! 何で私が行っちゃダメなのさ!!」
「今、このホテルは破壊者の魔の手から離れています。すぐに崩壊することは免れているでしょう。……ですが、これだけ崩壊が進んでいれば
誰かが何もしなくても、いずれ勝手に完全に倒壊してしまうでしょう。よって、みなえさん達の捜索には何よりも速さが求められます。
……今の貴方に俺くらいスピーディに動けますか? 俺くらいスピーディに物事を考えられますか!?」
「要するに私がいちゃ足手まといだって言うんだね、あんたは……」
魅音は悔しそうに呟く。
……言ってる事は尤もだ。クーガーを恨む気にはなれない。
むしろ恨むべきは、こんな時に何も出来ない自分の無力さで……。
だが、クーガーはそんな魅音を優しく諭す。
「足手まといですって? ……違いますね。そんな言葉で俺はあなたを貶めたくない。これは適材適所という奴です。
速さが求められる場所に最速の俺が行くのは自明の理。……それと同じようにあなたにもどこか別の場所で何かするべきことがあるはずです」
「やるべき……こと?」
「えぇ。人は皆違っているのが当たり前なんです。あなたにも俺には真似できない何かの才能があるはず。
俺は、その才能を活かせる機会が来るまで、あなたを無駄死にさせたくはない」
その早口は相変わらずだが、口調は真剣そのものだ。
魅音は、クーガーの言葉を反芻する。
……確かに自分は、なのはのような魔法みたいな力も、光のような強大な敵に立ち向かう勇気も、クーガーのような足の速さもない。
だが、それでも自分はあの“部活”の部長だ。
部活の長として君臨しているだけも力はあると自負していいと思う。
そして、その力はいつか必ず活かさなくてはならない。
死んでいった梨花、レナ、圭一、光、そして今尚再会できていない部活メンバーの沙都子の為に。
……魅音は決断した。
「……分かったよ。だったら、私はなおさらあんたと一緒に光の仲間たちを助けに行く。やっぱり私はもうどこかに逃げ隠れなんかしない」
「……それが例え危険であっても?」
「覚悟の上だよ。それに私だって、ダム闘争に参加したりして、ただ安穏と暮らしてたわけじゃないんだ。荒事には少しくらい慣れてるよ」
「なるほど。……それがあなたの選んだ道ですか。………………流石、俺が惚れただけの事はある」
クーガーが最後にぽつりと呟いた言葉を、魅音が聞き漏らすことはなかった。
「え、あ、あんた何を……」
「では、参りましょうか! セナスさんが待つログハウスへ!! 彼女を迎えに行く為に」
言うな否や、彼は魅音を正面から両腕で抱きかかえる。
……いわゆるお姫様抱っことかいう類のものだ。
「え、あ、ちょっと!! これって……」
「風力・温度・湿度、今回は諸都合により計測省略! それでは出発!!!」
「だからそれは勘べ――うひゃぁぁぁぁ!!!!!」
魅音の言葉を聞く前に、クーガーは地面を大きく蹴り、出発した。
一路、セラスの待機しているログハウスへ。
……だが、この時彼らは知らなかった。
その夜空で空中戦を繰り広げているのが、既になのはではなく別の魔法少女であることを。
そしてセラスが既にログハウスを独断で出発していることを。
◆
一方その頃。
夜空の空中戦を駅舎から見ている一人の女がいた。
「あの金色の軌跡…………それに、あの魔法発動時の真紅の光は…………」
双方ともに見たことのある光の色だった。
「テスタロッサにヴィータ……。いや、ヴィータはもういない……。では、あれはグラーフアイゼンか……?」
視界の先で繰り広げられるのは、幾度となく剣を交わしてきたライバルと永きに渡り行動を共にしてきた騎士の武器の衝突。
その光景を見て、シグナムが何も思わないわけがなかった。
「テスタロッサ…………お前はどっちだ? あの外道な主催者に牙を剥くのか? それとも私と同じように外道に堕ちて――――」
そこまで呟き、彼女は小さく笑った。
そのような問い、答えは決まっているはずだ。
彼女は自分と違う。
自分のように目的の為ならば人の命を奪うことすらも厭わないような冷徹な人間ではない。
「ならば、お前も私に立ち向かうのであろうな。……いずれ、その時が来た時は」
シグナムは持っていた剣の柄を強く握る。
「……その時は、あの時のように……いや、それ以上の力を以って斃してみせる。主はやてに誓って」
剣を握ったまま、もう一度外を見やる。
空中戦が繰り広げられている横に見える巨大な廃墟になりつつある楼閣の影。
建物の破壊が行われているという事はそれを行う者、そして巻き込まれる者がいる可能性があるという事。
特に後者は格好の得物だ。
シグナムは、それを見定めると目的地をホテルに決めた。
そして剣をしまうと、彼女は駅舎を出た。
それから、ややあって。
夜道を歩いていた彼女は、急に立ち止まる
「……ん、クラールヴィントが……」
あらかじめ警戒させておいたクラールヴィントの索敵機能が、強い反応を示したのだ。
反応は、駅から北西に位置するホテルとは正反対の南東の方向からする。
人数は二人。
ともに、通常の人間からすると相当速い部類に値するであろう速度でこちらに接近していた。
「この速度……人あらざる者か?」
一人心地に呟くシグナムは、すぐさま近くのビルに入り込み、二階に上るとそこから接近してくる影を確認する。
すると、少しして彼女の目の飛び込んできたのは、一人の金髪の女性の影。
……いや、一人ではない。その女性は緑色の服を着た学生らしき少女を肩に抱えていた。
「人一人を担いだ状態であの速度とは……。……だが」
だが、人を担いで動いている以上、反応速度は鈍くなり、回避運動もとり難くなっている筈。
ならば――とシグナムは、弓を取り出すと矢を弦にあてがい、構えの姿勢を取る。
何を急いでいるのか分かりはしないが、その直線的な動きは矢を放つ者にとっては好都合。
彼女は何のためらいもなく、張り詰めた弦にあてがわれた矢を手から離した。
◆
「では、セラスさんは吸血鬼さんなのですね?」
「んー、まぁ、根っからのって訳じゃないんだけどねぇ。色々と複雑な事情がありまして……」
風を抱えたまま、セラスは夜道をホテルに向け疾走する。
その動きは、華奢な女性の肉体からは想像できないくらい滑らかで全く疲労を感じさせない。
そして今は、そのような人間離れした動きを不思議に思った風による質問タイムが繰り広げられている真っ最中であった。
「では、あなたの主食は血だったりするのですか?」
「いや、主食が血って…………。いや、その……そりゃ血を吸ったり舐めたりはしたくなるけど…………」
そんな何気ない質問にセラスは、口ごもる。
吸血鬼――世間では人の生き血を啜ることをこの上ない快楽とするようなイメージがあるだろう。
それは確かに事実ではある。
全ての始まりとなったチェダース村の惨劇を生んだ吸血鬼、そしてその後のヘルシング機関で退治していった吸血鬼達、皆が皆、血に飢えていた。
あの主のアーカードでさえ、血は飲んでいる。
しかし、彼女は違った。
どんなに衝動に駆られても、吸血行為だけは拒み続けてきた。
……そう、拒み続けてきたのだ。あのホテルでのみくるの言葉を聞くまでは……。
「――スさん? ――ラスさん? セラスさん!?」
「…………ふぇ!? な、何、ふう? どうかした?」
「いえ、何度呼びかけても返事がございませんでしたので、少し心配になってしまって……」
風の声からは、確かにセラスを心配するような雰囲気が漂っていた。
自身も疲労困憊といった様子なのに、彼女はそんな自分よりも友人の光や出会って間もないドラキュリーナの事を気遣ってくれている。
恐らくは、根っからの善人なんだろうなとセラスは感じる。
「ん、大丈夫大丈夫! ちょっと考え事してただけだから」
「考え事……ですか?」
「そ。今までここで会ったトグサさんや光、ゲインにみさえさん、ガッツにクーガーの阿呆、そしてみくるちゃ――」
と、そこまで喋ったところで、彼女は不意に殺気を感じることになる。
方向は正面やや右斜め上。
彼女は咄嗟にその方向を見ようとするが、
「――ぐぁ!」
それよりも早くセラスの腹部には正面から飛んできた一本の矢が刺さった。
ドラキュリーナになったとはいっても、痛覚は人並みにある。
腹部に突如走ったその痛みに、セラスは足をもつれさせ、風は彼女から振り落とされてしまう。
「セ、セラスさ――きゃあ!」
振り落とされた風は、その体をアスファルト舗装の上に叩きつけられるが、すぐに立ち上がり、その場に立ち止まっていたセラスの方を向く。
「セラスさん! 大丈夫ですか!?」
「ごめんごめん。つい足がもつれちゃって……」
「そ、そんなことよりも、お腹に矢が!!」
「だ、大丈夫だって、これくらい。……それよりも、この矢、あのビルの方からやってきたみたい……」
刺さった矢を左手で握って引き抜きながら、彼女はビルの2階部分を指差す。
風も、それに釣られるようにそちらを見やる。すると――――
「いけない! ――守りの風!!」
彼女が顔を上げた瞬間見えたのは、一人の女性がこちらに向かって弓を引いている姿。
それを見るや否や、彼女は咄嗟に得意の防壁魔法を発動させていた。
そして矢が射られたのはまさにその防壁魔法が完全に発動し、気圧の壁が風とセラスの正面に立ちはだかった時。
矢は、見えない壁に阻まれその場で失速、ついには運動エネルギーを使い果たして風たちに届く前に落下した。
すると、そんな様子を見ていた襲撃者の女性は窓から姿を消した。
「お逃げになったのでしょうか……?」
「……どうだろうね。……うぅ、いつつ……」
セラスは矢を抜き、ぽっかりと空いた穴をさすりながら答える。
……そしてそんな時、彼女は再び感じた。先程と同様の殺気を。
今度こそ、先手を打たなくてはならない。
感覚を研ぎ澄まし、セラスはその方向を見極める。
そして分かった殺気の方向は――
「上!!! 上から来る!!」
セラスの声に驚き、空を見上げる風。
すると、そこには夜天に浮かぶ月を背に、自分達目掛けて剣を振りかざしながら飛び降りてくる一人の騎士がいた――!
「はぁぁぁぁああああ!!!!」
夜天から降ってきた騎士は、風達目掛けて剣を振り下ろす。
「ふう、危ない!!!」
だが、その剣が二人に叩きつけられる直前、セラスは風の首根っこを掴み、咄嗟に後ろに飛びのいた。
すると騎士の剣はその瞬間、彼女達の元いた場所に叩きつけられ、硬いアスファルト舗装を大きく抉った。
そして、その衝撃により周囲には膨大な粉塵が舞った。
「うわっ! 何なのあの馬鹿力……」
高所からの落下により位置エネルギーが破壊の為のエネルギーに変換されたのだとしても、この道路の抉れ具合は普通の人間では起こりえないだろう。
「てか、何であんな高い場所から落ちて平然としてるわけ……」
「あちらの方も、何か特別な力を持った方なのでしょうか」
セラスと風が距離を置いて、粉塵舞う破壊の中心を見据える。
――すると、それは粉塵の中から唐突に飛び出てきた。
「――セラスさん、後ろへ!!」
「え? あ、ちょっと!!」
先程の矢のようにまっすぐ風達へ向かってくる騎士。
風は、彼女が勢いをそのままに振り下ろす剣をヤマトから受け取った刀で受け止めた。
そして刃と刃がせり合う中、風は襲撃者である騎士に問う。
「あなたは誰なんですの……。何故、このようなことを?」
「私は剣の騎士シグナム。私が戦う目的はただ一つ、全てはこの戦いに勝ち残る為」
「勝つ為なら、何をしてもいいというのですか……?」
「……それが私の選んだ道だ。迷いなど無い!」
騎士はそう叫ぶと、鍔迫り合いから離れ、一度間合いを開ける。
すると、その隙を突いて、セラスは叫ぶ。
「ふう!! 後ろに退いて!!」
その声に風が下がったのを見て、セラスは構えていたカラシニコフをフルオート射撃の状態にして引き金を引いた。
カラシニコフから放たれた銃弾は、一斉にシグナムを襲う。
……だが。
「……甘い!」
シグナムはその向かってくる銃弾目掛けて剣を道路に向けて打ちつけ、衝撃波を路面に走らせてその銃弾を打ち落としてゆく。
――シュテルングウィンデ。
陣風とも呼ばれるシグナムの用いる攻防一体型の衝撃波だ。
「嘘ぉ!? あんなのアリ!? ねぇ!?」
「剣圧による衝撃波…………あの技、ラファーガさんと似ていますわね」
「あぁ、もう! あっちに行ってもトンデモ人間、こっちに行ってもトンデモ人間、ウチに帰ってもトンデモ人間…………はぁっ」
セラスは溜息をつきながらも、カラシニコフを構えて、シグナムを見据える。
風も疲労する体に鞭打ちながら、刀を構える。
「お強いですわね……」
「褒めていただき感謝する」
「……ですが、あなたの持つ剣はそのような目的で使われる為にあるのではありません!」
シグナムの持つ剣は、風が今まさに探している親友のものであった。
そして、その剣の元の持ち主である彼女ならば、剣をこのような目的に使うはずがない。
そのような理由からも、風は珍しく目の前にいる騎士に憤りを覚えていた。
すると、風の隣にいたセラスも、好戦的な目でシグナムを睨む。
「私達もとっととホテルに行きたいからね……さくっと行くよ!」
「……私は勝ち続けなければならないのだ……。そう、優勝するまでは!」
シグナムが地面を蹴るのと同時に、風とセラスも前へと飛び出す。
そして、双方は衝突――――――しようとしたのだが。
「セ・ナ・スさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!」
ぶつかり合おうとしたまさにその時、嵐の如く彼はやってきた。
……ご丁寧に土産を抱えた状態で。
◆
「イオンさんをログハウスに送って、セナスさんに事情を説明、それからセナスさんを連れてログハウスを出てホテルへとんぼ返り。
更にその後、ホテル内に入って、みなえさん達を捜索、及び救出! 避難経路を確保しつつ脱出、そして皆が俺の最速を認める!
これが最善最速最高の計画! そしてそれを成し遂げられるのはこの俺! ストレイト・クーガーを置いて他ならない!
あなたもそう思うでしょう? イオンさん!」
「………………」
クーガーの爆走に再び付き合う羽目になった魅音は、喋る気力もなかった。
これまでの度重なる不運により既に内容物が尽きているのか、嘔吐することはなかったことがせめてもの幸いだろうか。
「しかし、ホテルをあのように破壊するとは敵は一体どんな奴なんでしょうね?
高性能な爆弾かカズヤのシェルブリットや劉鳳の絶影みたいなアルターでも使わない限り、あそこまで酷いことにはならないはず!
あ、カズヤと劉鳳というのはですね――」
あの真っ赤な大男を倒したクーガーを見直した自分が馬鹿だったのだろうか。
魅音は自らの判断に後悔し、早くこの一方的な会話が終わらないかどうかをずっと考えていた。
すると彼女の願いが天に届いたのか、クーガーは突如、言葉を止めた。
「…………どしたの?」
「いえ、この道のまっすぐ向こうに知り合いの姿を見まして。…………イオンさん、少しばかりスピードを上げますよ」
「へ? あんた何言ってんの? これ以上、スピード上げるってどういう了け――んわぁああああ!!!」
――という経緯を経て、クーガーと魅音はシグナムとセラス達の間に割って入っていったのであった。
「セナスさん、外に出てるという事は元気になったんですね? 良かった良かった! ちょうどあなたを迎えに行こうと思ってたんです!」
「あ、あのねぇ、誰のせいで気持ち悪くなったと思ってんのよ……。それと私の名前はセラスだって。
……それよりも、ホテルはどうなってるの? ヤバ目な訳?」
「……ホテルは既に半壊しています。完全に崩れるのも時間の問題でしょう」
それを聞いてセラスは驚く。
実際にホテルを見てきたクーガーの言葉なのだから嘘はないのであろう。
だがそうだとすると、ホテルに待機するみさえやゲイン、ついでにガッツやキャスカといった待機組が巻き込まれた危険性があるという事だ。
「ちょ、ちょっと! それって派手にピンチってことでしょ!? は、早く助けに行かないと!」
「えぇ。ですから、みなえさん達を救出する協力を仰ごうとあなたを迎えにあがった次第なのですよ。
…………まさか、こんな形で再会できるとは思いませんでしたがね」
そう言うと、クーガーはサングラスを持ち上げ、その瞳で正面にいる桃色髪の騎士を見やる。
すると、騎士は剣を構えたまま、クーガーに問う。
「……話はそれくらいでいいか?」
「あぁ。こっちもダラダラ話している暇なんてないし、ダラダラしたくもない性質なんでね」
シグナムがクーガー目掛けて間合いを詰め、勢い良く剣を振り下ろしたのは彼がそう言い終わるのとほぼ同時だった。
……だが、その程度の攻撃に怯むクーガーではない。
「……ゆるゆるだな。動作が遅すぎる」
「……な!」
シグナムの剣は、振り上げられたクーガーの足の装甲――ラディカルグッドスピードによって防がれていた。
「攻撃においても重要なのはやはり速さだ!」
叫ぶと同時にクーガーは剣を押し出し素早く移動、シグナムの背後に回る。
「――く! テスタロッサより速い!?」
「貰ったぁ!!」
背後に加速しながら跳躍したクーガーは隙の出来た彼女へと蹴りを見舞うが、シグナムはそれを剣の刀身で咄嗟に塞ぐ。
クーガーの蹴りは勢いもあって強烈であったが、エクスードで出来たその刀身を傷つけることは叶わない。
二人は再び、間合いをあけ、クーガーはセラス達の下へと戻ってくる。
そして彼は、視線を相手に向けたまま、背後にいるセラス達へ声を掛ける。
「……セナスさん、どうやら、あいつは俺達を見逃すような甘ちゃんじゃないみたいだ」
「知ってるよ。さっきから散々、トンデモない攻撃されてたんだから」
「ですが、ここに留まって彼女の相手をしていては、みなえさん達の捜索をすることは出来ません。
ですので、ここは俺が引き受けます。俺が彼女のお相手をしている間に、皆さんでホテルに向かってください」
その言葉にセラスや風、そして魅音が驚く。
特に魅音は、体を乗り出してクーガーに異議を唱えるくらいだ。
「あんた何言ってるんだい! ついさっきあの赤いコートの大男と戦ったばかりでしょ!? なのに間髪入れずにまた戦う気!?」
「え? それって…………」
魅音の口から漏れたクーガーが交戦したという男の話。
その男の特徴はセラスが探している人のイメージそのままであった。
だが、そのようなことを魅音やクーガーが知るわけもない。
クーガーは魅音の言葉に背を向けたまま答える。
「ホテルの中に入るのなら人手が必要でしょう? それに、こちらに人数を割いてしまっては共倒れになってしまう可能性もあります」
「だ、だからってあんたが残らなくても!!」
「ノォープロブレムです! むしろ俺ならば、この中で最もスピーディに勝負にカタをつけられるでしょう。
そしてそこで短縮した時間を利用して俺もその後にホテルにてイオンさん達と合流すれば、更なる救助効率の上昇が叶います」
「だ、だけど……だけど……」
それでも踏ん切りがつかない魅音にクーガーは、今度は力強い口調で問いかける。
「あなたがあなたの道を選んだように、俺も俺の道……こいつを倒す道を選んだ。……そういうことですよ。
さぁ、ホテルの崩壊は時間の問題! ここでダラダラと時間を浪費している暇などないはず!
やるべきことがあるなら早急にスピーディに行動なさい! あなたが選んだ道はそういう道のはずだ! 違いますか!?」
それを聞いて、魅音ははっとする。
……そうだ。自分は決めたはずだった。
死んでいった光の為にも、あのホテルに残っている彼女の仲間達を助けに行くと。
自分がやるべきことは、ここでクーガーと口論することではない。
「そうだったね……。おじさんとしたことがつい熱くなっちゃって、本来の目的を忘れるところだったよ」
「ならば、あなたがこれからとるべき行動はもう分かりますね?」
「そりゃ勿論さ。…………私が選んだ道だもの。分からない訳ないでしょ?」
魅音の答えはクーガーが満足するものだった。
「そうです。それでこそミオンさんだ! ……ではご無事で」
「あんたこそね。…………ほら、あんた達も行くんでしょ、ホテルにさ!」
「あ、あぁ。そうだね。そんじゃ、とっとと行くとしますかー!」
セラスは魅音の問いに答えると、風を抱えて、クーガーに背を向ける。
「…………クーガー、ここは任せたよ。絶対にここで足止めしてよね」
「勿論! セナスさん達は大船に乗ったつもりでいてくださいな!」
「御武運、お祈りしていますわ」
「あぁ、それはどうも。えっと…………」
「私は風。鳳凰寺風、ですわ」
クーガーと魅音はその名を聞いて、思わず反応してしまう。
そう、その名前は、つい先程埋葬した少女が何度も口にしていた親友の名前で……。
「了解だ、くうちゃん。あなたもどうかご無事で」
「風、ですわ。空は私の姉の名です」
「おっと、それは失礼」
どんな時であろうと、彼はあくまで彼であった。
「……そんじゃ、飛ばしていくよ。ついてきてね、イオン!」
「私は魅音だ!」
言うな否やセラスは、道路をホテルへ向けて走り出す。
魅音は、一度クーガーの方を見るとすぐに彼女の後を追って走っていった。
「…………私達、また会えるよね……?」
◆
魅音達が遠ざかるのを音と空気で感じると、クーガーは目の前にいた無言のままのシグナムにようやく口を開いた。
「待たせたな、お嬢さん。これで思う存分、戦えるってもんだ」
「…………行かせてよかったのか? あの面子で揃って私にかかれば、勝てたかもしれないというのに」
正直なところ、シグナムはクーガーがこの場にやってきた際に撤退も考えていた。
刀と魔法を使う少女と銃を持っていた女性だけならば、なんとかなったかもしれないが、そこにもう一人戦闘員――しかも機動性が極めて高い――が加わったとなれば、自分が不利になることは誰の目にも明らかだったからだ。
だが、彼が自らここを自分一人で凌ぐと言ってきた為に、彼女は戦闘を続行することを決めた。
「――聞こえてなかったのかい? これが俺の選んだ道さ。行かせた事に後悔なんてするかよ」
「後悔はしない……か。そのようなボロボロの体でよく言えたものだ」
魅音やセラスの目を誤魔化せても、彼女の目は誤魔化せない。
数多くの世界で無数の戦いに身を投じてきた彼女には、彼のその体中から上がる悲鳴を必死にこらえている様がよく分かっていた。
しかし、それを指摘されて尚、クーガーは余裕の笑みを浮かべる。
「ハハハ、なるほどボロボロか。確かに俺は色々生き急いじまったからなぁ。そりゃ、ごもっともな意見だ」
「……ならば何故戦おうとする? 何故逃げようとしない?」
「逃げるわけにもいかないんだよ。セラスさん、風さん、そして何よりミオンさんの為にもな!」
その刹那、クーガーは地面を蹴り、飛び出す。
それを察知したシグナムは、彼の進行方向を予測して再度衝撃波を生み出す。
……だが、その先に彼は既にいない。
「あの人は強い人だ! 惚れ甲斐がある! だからこそ、残りの命を懸ける価値がある!!」
声がシグナムの周囲を回るように聞こえる。
そして――
「そうだ! 俺は遂に見つけたのさ!! 文化の真髄をな!!」
クーガーのラディカルグッドスピードによる痛烈な一撃が、防御の構えを取る前のシグナムの鳩尾を襲った。
だが、そこは流石騎士といったところ。
彼女は蹴りを受け吹き飛ぶとすぐに受身を取り、立ち上がった。
「そうか、お前も身を尽くす相手がいるのか。…………だが私とて、主への想いの強さなら誰にも負けはしない!!」
叫ぶと同時に彼女が握っていた剣に炎の魔力が収束し、刀身が赤く染まる。
元々炎に関する魔法を得意とする持ち主の為に作られた剣なので、この程度の魔力注入ならば、宝石無しにでも可能のようだ。
「私の決意とお前の決意…………どちらがより強いものかここで決着をつける!」
「文化の真髄を見つけた今の俺に適う奴はゼロで皆無でナッシィィング!!」
シグナムとクーガーは同時に飛び出る。
そして、シグナムの剣とクーガーの脚がぶつかり合――――――おうとしたその時だった。
またも双方の間に割って入るように、何かが飛び込んできた。
ただし、今回のそれは人ではなく、鈍色のロケットのような物体で、地面に衝突すると同時に炸裂した点が異なっていたが。
「――な、何だ!?」
「あの形状……確かあれは……」
「そこの二人!! 即刻、戦闘行為を停止しろ!! これ以上の戦闘はこの俺が許さん!!」
声は上空から聞こえてきた。
そして、愕くのも束の間、爆発のあった中心に今度は下半身が竜のような硬質な生物とそれに乗る男と……豚が姿を現した。
*時系列順で読む
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*ここがいわゆる正念場(前編) ◆lbhhgwAtQE
ホテル正面玄関からやや離れた場所。
魅音とクーガーは瓦礫に混じっていた廃材等を使って土が柔らかいそこに穴を掘り、そこに光の遺体を埋めていた。
「光……ごめんね。私なんかを守ろうとしたせいで…………」
魅音は涙交じりの声を出しながらひたすら穴を掘る。
――助けられなかった。
ただただ、あの大男が怖くて身動きが取れなくて。
クーガーは、恐怖と戦っていた自分の事を強いというが、それでも光を助けられなかったことには変わりない。
だから魅音は、せめて光の魂を安らかに眠らせてあげるためにと、クーガーに彼女の埋葬を先にするように頼んだ。
クーガーはそれを聞いて、黙って頷いた。
そして、今も尚、魅音の声を横で聞きながら、黙々と穴を埋め戻す。
「ひばる――いや、光さん。またお会いして、今度こそ決着を付けたかったのですが……残念です。
死後の世界では時間は悠久に流れていると聞きます。限られた時間を有効に使う為に最速を目指す必要もありませんね。
ですから、向こうでは是非ゆったりと過ごしていてください。
……あ、でも俺が向こうに行ったら、一度でいいので最速勝負を――いや、この話はまた後ほど」
相変わらず、彼は一息に多くを喋っていた。
だが、その声のトーンはいつものように高くはなく、低い調子のままである。
そして、それから少しして、光の体は完全に土の中に眠った。
魅音は、その盛られた土の上に光の着けていた篭手を置き、デイパック越しに持った剣を刺す。
ここに彼女が眠っているという墓標代わりのつもりだ。
「……ありがとう、クーガー。手伝ってくれて」
「いやいや、俺だって光さんとは少なからず縁がありましたからね。黙って見過ごせるほど落ちぶれちゃいないですって」
クーガーの口調は、既にいつも通りになっていた。
「それで、今後の事なんですがね――」
クーガーは、そう言いながら後ろを振り返る。
彼が振り返った先、闇夜の向こうで繰り広げられていたのは、空を飛ぶ少女達による空中戦。
魅音は知っていた。
その一方がホテルを破壊した張本人であり、もう一方はついさっきまで一緒だったなのはという少女。
――のはずだったのだが。
「あれ? あの光の色って…………確かなのはは…………」
自分たちから随分と遠ざかってしまって、少女達の姿をはっきりと捉えることはできないが、その少女たちが発する光の色に彼女は違和感を感じていた。
確か、なのはは自分と光の下を離れてゆく際に、桜色の軌道を描きながら飛行していったはずだ。
それなのに、今空中戦を繰り広げているのは真紅の光と金色の光。
……桜色の光はどこにもなかった。
だが、クーガーがそのような違いに気付くはずもなく。
「先程、イオンさんから聞いた話では、なのかちゃんはホテルを破壊しようとしていた少女と戦っていると言いましたね。
そしてその戦いは今でも続いているようです。現在、その戦闘はここから大分離れた場所で繰り広げられています。
これが何を意味するか分かりますか? そうです、なのかちゃんはホテルから破壊者を遠ざけて戦っているのです。
すなわち、今ホテルは破壊者の魔の手から遠ざかっている状態。これはいわゆる好機なんですよ!」
「だから魅音だっつーの! ……でさ、要するに何が言いたいわけ? 何が好機なわけ?」
相も変わらずのマシンガントークに魅音は呆れつつも、彼に問い質す。
すると、彼は再び真剣な眼差しになって答えた。
「…………あの破壊者がホテルから遠ざかっている間……ホテルが完全に破壊される前にイオンさん、あなたを安全な場所まで送ります」
「お、送るって……まさかホテルの中にいる光の仲間を見捨てるっての?」
「そんなわけありません。俺はあなたを安全な場所……セナスさんのいるログハウスまで届け次第、速攻最速でセナスさんと共にこちらに戻り、
みなえさん達の捜索をします。何、この俺の脚をすればそのようなことイージー、イージアー、イージエスト!!!」
「そ、それなら私も手伝うよ! 私だけ一人逃げ隠れるなんて……光にも申し訳ないし!」
「ダメです」
魅音の懇願をクーガーは一蹴する。
すると、魅音は怒気を孕んだ顔で、すぐに反論する。
「な、何でさ!! 何で私が行っちゃダメなのさ!!」
「今、このホテルは破壊者の魔の手から離れています。すぐに崩壊することは免れているでしょう。……ですが、これだけ崩壊が進んでいれば
誰かが何もしなくても、いずれ勝手に完全に倒壊してしまうでしょう。よって、みなえさん達の捜索には何よりも速さが求められます。
……今の貴方に俺くらいスピーディに動けますか? 俺くらいスピーディに物事を考えられますか!?」
「要するに私がいちゃ足手まといだって言うんだね、あんたは……」
魅音は悔しそうに呟く。
……言ってる事は尤もだ。クーガーを恨む気にはなれない。
むしろ恨むべきは、こんな時に何も出来ない自分の無力さで……。
だが、クーガーはそんな魅音を優しく諭す。
「足手まといですって? ……違いますね。そんな言葉で俺はあなたを貶めたくない。これは適材適所という奴です。
速さが求められる場所に最速の俺が行くのは自明の理。……それと同じようにあなたにもどこか別の場所で何かするべきことがあるはずです」
「やるべき……こと?」
「えぇ。人は皆違っているのが当たり前なんです。あなたにも俺には真似できない何かの才能があるはず。
俺は、その才能を活かせる機会が来るまで、あなたを無駄死にさせたくはない」
その早口は相変わらずだが、口調は真剣そのものだ。
魅音は、クーガーの言葉を反芻する。
……確かに自分は、なのはのような魔法みたいな力も、光のような強大な敵に立ち向かう勇気も、クーガーのような足の速さもない。
だが、それでも自分はあの“部活”の部長だ。
部活の長として君臨しているだけも力はあると自負していいと思う。
そして、その力はいつか必ず活かさなくてはならない。
死んでいった梨花、レナ、圭一、光、そして今尚再会できていない部活メンバーの沙都子の為に。
……魅音は決断した。
「……分かったよ。だったら、私はなおさらあんたと一緒に光の仲間たちを助けに行く。やっぱり私はもうどこかに逃げ隠れなんかしない」
「……それが例え危険であっても?」
「覚悟の上だよ。それに私だって、ダム闘争に参加したりして、ただ安穏と暮らしてたわけじゃないんだ。荒事には少しくらい慣れてるよ」
「なるほど。……それがあなたの選んだ道ですか。………………流石、俺が惚れただけの事はある」
クーガーが最後にぽつりと呟いた言葉を、魅音が聞き漏らすことはなかった。
「え、あ、あんた何を……」
「では、参りましょうか! セナスさんが待つログハウスへ!! 彼女を迎えに行く為に」
言うな否や、彼は魅音を正面から両腕で抱きかかえる。
……いわゆるお姫様抱っことかいう類のものだ。
「え、あ、ちょっと!! これって……」
「風力・温度・湿度、今回は諸都合により計測省略! それでは出発!!!」
「だからそれは勘べ――うひゃぁぁぁぁ!!!!!」
魅音の言葉を聞く前に、クーガーは地面を大きく蹴り、出発した。
一路、セラスの待機しているログハウスへ。
……だが、この時彼らは知らなかった。
その夜空で空中戦を繰り広げているのが、既になのはではなく別の魔法少女であることを。
そしてセラスが既にログハウスを独断で出発していることを。
◆
一方その頃。
夜空の空中戦を駅舎から見ている一人の女がいた。
「あの金色の軌跡…………それに、あの魔法発動時の真紅の光は…………」
双方ともに見たことのある光の色だった。
「テスタロッサにヴィータ……。いや、ヴィータはもういない……。では、あれはグラーフアイゼンか……?」
視界の先で繰り広げられるのは、幾度となく剣を交わしてきたライバルと永きに渡り行動を共にしてきた騎士の武器の衝突。
その光景を見て、シグナムが何も思わないわけがなかった。
「テスタロッサ…………お前はどっちだ? あの外道な主催者に牙を剥くのか? それとも私と同じように外道に堕ちて――――」
そこまで呟き、彼女は小さく笑った。
そのような問い、答えは決まっているはずだ。
彼女は自分と違う。
自分のように目的の為ならば人の命を奪うことすらも厭わないような冷徹な人間ではない。
「ならば、お前も私に立ち向かうのであろうな。……いずれ、その時が来た時は」
シグナムは持っていた剣の柄を強く握る。
「……その時は、あの時のように……いや、それ以上の力を以って斃してみせる。主はやてに誓って」
剣を握ったまま、もう一度外を見やる。
空中戦が繰り広げられている横に見える巨大な廃墟になりつつある楼閣の影。
建物の破壊が行われているという事はそれを行う者、そして巻き込まれる者がいる可能性があるという事。
特に後者は格好の得物だ。
シグナムは、それを見定めると目的地をホテルに決めた。
そして剣をしまうと、彼女は駅舎を出た。
それから、ややあって。
夜道を歩いていた彼女は、急に立ち止まる
「……ん、クラールヴィントが……」
あらかじめ警戒させておいたクラールヴィントの索敵機能が、強い反応を示したのだ。
反応は、駅から北西に位置するホテルとは正反対の南東の方向からする。
人数は二人。
ともに、通常の人間からすると相当速い部類に値するであろう速度でこちらに接近していた。
「この速度……人あらざる者か?」
一人心地に呟くシグナムは、すぐさま近くのビルに入り込み、二階に上るとそこから接近してくる影を確認する。
すると、少しして彼女の目の飛び込んできたのは、一人の金髪の女性の影。
……いや、一人ではない。その女性は緑色の服を着た学生らしき少女を肩に抱えていた。
「人一人を担いだ状態であの速度とは……。……だが」
だが、人を担いで動いている以上、反応速度は鈍くなり、回避運動もとり難くなっている筈。
ならば――とシグナムは、弓を取り出すと矢を弦にあてがい、構えの姿勢を取る。
何を急いでいるのか分かりはしないが、その直線的な動きは矢を放つ者にとっては好都合。
彼女は何のためらいもなく、張り詰めた弦にあてがわれた矢を手から離した。
◆
「では、セラスさんは吸血鬼さんなのですね?」
「んー、まぁ、根っからのって訳じゃないんだけどねぇ。色々と複雑な事情がありまして……」
風を抱えたまま、セラスは夜道をホテルに向け疾走する。
その動きは、華奢な女性の肉体からは想像できないくらい滑らかで全く疲労を感じさせない。
そして今は、そのような人間離れした動きを不思議に思った風による質問タイムが繰り広げられている真っ最中であった。
「では、あなたの主食は血だったりするのですか?」
「いや、主食が血って…………。いや、その……そりゃ血を吸ったり舐めたりはしたくなるけど…………」
そんな何気ない質問にセラスは、口ごもる。
吸血鬼――世間では人の生き血を啜ることをこの上ない快楽とするようなイメージがあるだろう。
それは確かに事実ではある。
全ての始まりとなったチェダース村の惨劇を生んだ吸血鬼、そしてその後のヘルシング機関で退治していった吸血鬼達、皆が皆、血に飢えていた。
あの主のアーカードでさえ、血は飲んでいる。
しかし、彼女は違った。
どんなに衝動に駆られても、吸血行為だけは拒み続けてきた。
……そう、拒み続けてきたのだ。あのホテルでのみくるの言葉を聞くまでは……。
「――スさん? ――ラスさん? セラスさん!?」
「…………ふぇ!? な、何、ふう? どうかした?」
「いえ、何度呼びかけても返事がございませんでしたので、少し心配になってしまって……」
風の声からは、確かにセラスを心配するような雰囲気が漂っていた。
自身も疲労困憊といった様子なのに、彼女はそんな自分よりも友人の光や出会って間もないドラキュリーナの事を気遣ってくれている。
恐らくは、根っからの善人なんだろうなとセラスは感じる。
「ん、大丈夫大丈夫! ちょっと考え事してただけだから」
「考え事……ですか?」
「そ。今までここで会ったトグサさんや光、ゲインにみさえさん、ガッツにクーガーの阿呆、そしてみくるちゃ――」
と、そこまで喋ったところで、彼女は不意に殺気を感じることになる。
方向は正面やや右斜め上。
彼女は咄嗟にその方向を見ようとするが、
「――ぐぁ!」
それよりも早くセラスの腹部には正面から飛んできた一本の矢が刺さった。
ドラキュリーナになったとはいっても、痛覚は人並みにある。
腹部に突如走ったその痛みに、セラスは足をもつれさせ、風は彼女から振り落とされてしまう。
「セ、セラスさ――きゃあ!」
振り落とされた風は、その体をアスファルト舗装の上に叩きつけられるが、すぐに立ち上がり、その場に立ち止まっていたセラスの方を向く。
「セラスさん! 大丈夫ですか!?」
「ごめんごめん。つい足がもつれちゃって……」
「そ、そんなことよりも、お腹に矢が!!」
「だ、大丈夫だって、これくらい。……それよりも、この矢、あのビルの方からやってきたみたい……」
刺さった矢を左手で握って引き抜きながら、彼女はビルの2階部分を指差す。
風も、それに釣られるようにそちらを見やる。すると――――
「いけない! ――守りの風!!」
彼女が顔を上げた瞬間見えたのは、一人の女性がこちらに向かって弓を引いている姿。
それを見るや否や、彼女は咄嗟に得意の防壁魔法を発動させていた。
そして矢が射られたのはまさにその防壁魔法が完全に発動し、気圧の壁が風とセラスの正面に立ちはだかった時。
矢は、見えない壁に阻まれその場で失速、ついには運動エネルギーを使い果たして風たちに届く前に落下した。
すると、そんな様子を見ていた襲撃者の女性は窓から姿を消した。
「お逃げになったのでしょうか……?」
「……どうだろうね。……うぅ、いつつ……」
セラスは矢を抜き、ぽっかりと空いた穴をさすりながら答える。
……そしてそんな時、彼女は再び感じた。先程と同様の殺気を。
今度こそ、先手を打たなくてはならない。
感覚を研ぎ澄まし、セラスはその方向を見極める。
そして分かった殺気の方向は――
「上!!! 上から来る!!」
セラスの声に驚き、空を見上げる風。
すると、そこには夜天に浮かぶ月を背に、自分達目掛けて剣を振りかざしながら飛び降りてくる一人の騎士がいた――!
「はぁぁぁぁああああ!!!!」
夜天から降ってきた騎士は、風達目掛けて剣を振り下ろす。
「ふう、危ない!!!」
だが、その剣が二人に叩きつけられる直前、セラスは風の首根っこを掴み、咄嗟に後ろに飛びのいた。
すると騎士の剣はその瞬間、彼女達の元いた場所に叩きつけられ、硬いアスファルト舗装を大きく抉った。
そして、その衝撃により周囲には膨大な粉塵が舞った。
「うわっ! 何なのあの馬鹿力……」
高所からの落下により位置エネルギーが破壊の為のエネルギーに変換されたのだとしても、この道路の抉れ具合は普通の人間では起こりえないだろう。
「てか、何であんな高い場所から落ちて平然としてるわけ……」
「あちらの方も、何か特別な力を持った方なのでしょうか」
セラスと風が距離を置いて、粉塵舞う破壊の中心を見据える。
――すると、それは粉塵の中から唐突に飛び出てきた。
「――セラスさん、後ろへ!!」
「え? あ、ちょっと!!」
先程の矢のようにまっすぐ風達へ向かってくる騎士。
風は、彼女が勢いをそのままに振り下ろす剣をヤマトから受け取った刀で受け止めた。
そして刃と刃がせり合う中、風は襲撃者である騎士に問う。
「あなたは誰なんですの……。何故、このようなことを?」
「私は剣の騎士シグナム。私が戦う目的はただ一つ、全てはこの戦いに勝ち残る為」
「勝つ為なら、何をしてもいいというのですか……?」
「……それが私の選んだ道だ。迷いなど無い!」
騎士はそう叫ぶと、鍔迫り合いから離れ、一度間合いを開ける。
すると、その隙を突いて、セラスは叫ぶ。
「ふう!! 後ろに退いて!!」
その声に風が下がったのを見て、セラスは構えていたカラシニコフをフルオート射撃の状態にして引き金を引いた。
カラシニコフから放たれた銃弾は、一斉にシグナムを襲う。
……だが。
「……甘い!」
シグナムはその向かってくる銃弾目掛けて剣を道路に向けて打ちつけ、衝撃波を路面に走らせてその銃弾を打ち落としてゆく。
――シュテルングウィンデ。
陣風とも呼ばれるシグナムの用いる攻防一体型の衝撃波だ。
「嘘ぉ!? あんなのアリ!? ねぇ!?」
「剣圧による衝撃波…………あの技、ラファーガさんと似ていますわね」
「あぁ、もう! あっちに行ってもトンデモ人間、こっちに行ってもトンデモ人間、ウチに帰ってもトンデモ人間…………はぁっ」
セラスは溜息をつきながらも、カラシニコフを構えて、シグナムを見据える。
風も疲労する体に鞭打ちながら、刀を構える。
「お強いですわね……」
「褒めていただき感謝する」
「……ですが、あなたの持つ剣はそのような目的で使われる為にあるのではありません!」
シグナムの持つ剣は、風が今まさに探している親友のものであった。
そして、その剣の元の持ち主である彼女ならば、剣をこのような目的に使うはずがない。
そのような理由からも、風は珍しく目の前にいる騎士に憤りを覚えていた。
すると、風の隣にいたセラスも、好戦的な目でシグナムを睨む。
「私達もとっととホテルに行きたいからね……さくっと行くよ!」
「……私は勝ち続けなければならないのだ……。そう、優勝するまでは!」
シグナムが地面を蹴るのと同時に、風とセラスも前へと飛び出す。
そして、双方は衝突――――――しようとしたのだが。
「セ・ナ・スさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!」
ぶつかり合おうとしたまさにその時、嵐の如く彼はやってきた。
……ご丁寧に土産を抱えた状態で。
◆
「イオンさんをログハウスに送って、セナスさんに事情を説明、それからセナスさんを連れてログハウスを出てホテルへとんぼ返り。
更にその後、ホテル内に入って、みなえさん達を捜索、及び救出! 避難経路を確保しつつ脱出、そして皆が俺の最速を認める!
これが最善最速最高の計画! そしてそれを成し遂げられるのはこの俺! ストレイト・クーガーを置いて他ならない!
あなたもそう思うでしょう? イオンさん!」
「………………」
クーガーの爆走に再び付き合う羽目になった魅音は、喋る気力もなかった。
これまでの度重なる不運により既に内容物が尽きているのか、嘔吐することはなかったことがせめてもの幸いだろうか。
「しかし、ホテルをあのように破壊するとは敵は一体どんな奴なんでしょうね?
高性能な爆弾かカズヤのシェルブリットや劉鳳の絶影みたいなアルターでも使わない限り、あそこまで酷いことにはならないはず!
あ、カズヤと劉鳳というのはですね――」
あの真っ赤な大男を倒したクーガーを見直した自分が馬鹿だったのだろうか。
魅音は自らの判断に後悔し、早くこの一方的な会話が終わらないかどうかをずっと考えていた。
すると彼女の願いが天に届いたのか、クーガーは突如、言葉を止めた。
「…………どしたの?」
「いえ、この道のまっすぐ向こうに知り合いの姿を見まして。…………イオンさん、少しばかりスピードを上げますよ」
「へ? あんた何言ってんの? これ以上、スピード上げるってどういう了け――んわぁああああ!!!」
――という経緯を経て、クーガーと魅音はシグナムとセラス達の間に割って入っていったのであった。
「セナスさん、外に出てるという事は元気になったんですね? 良かった良かった! ちょうどあなたを迎えに行こうと思ってたんです!」
「あ、あのねぇ、誰のせいで気持ち悪くなったと思ってんのよ……。それと私の名前はセラスだって。
……それよりも、ホテルはどうなってるの? ヤバ目な訳?」
「……ホテルは既に半壊しています。完全に崩れるのも時間の問題でしょう」
それを聞いてセラスは驚く。
実際にホテルを見てきたクーガーの言葉なのだから嘘はないのであろう。
だがそうだとすると、ホテルに待機するみさえやゲイン、ついでにガッツやキャスカといった待機組が巻き込まれた危険性があるという事だ。
「ちょ、ちょっと! それって派手にピンチってことでしょ!? は、早く助けに行かないと!」
「えぇ。ですから、みなえさん達を救出する協力を仰ごうとあなたを迎えにあがった次第なのですよ。
…………まさか、こんな形で再会できるとは思いませんでしたがね」
そう言うと、クーガーはサングラスを持ち上げ、その瞳で正面にいる桃色髪の騎士を見やる。
すると、騎士は剣を構えたまま、クーガーに問う。
「……話はそれくらいでいいか?」
「あぁ。こっちもダラダラ話している暇なんてないし、ダラダラしたくもない性質なんでね」
シグナムがクーガー目掛けて間合いを詰め、勢い良く剣を振り下ろしたのは彼がそう言い終わるのとほぼ同時だった。
……だが、その程度の攻撃に怯むクーガーではない。
「……ゆるゆるだな。動作が遅すぎる」
「……な!」
シグナムの剣は、振り上げられたクーガーの足の装甲――ラディカルグッドスピードによって防がれていた。
「攻撃においても重要なのはやはり速さだ!」
叫ぶと同時にクーガーは剣を押し出し素早く移動、シグナムの背後に回る。
「――く! テスタロッサより速い!?」
「貰ったぁ!!」
背後に加速しながら跳躍したクーガーは隙の出来た彼女へと蹴りを見舞うが、シグナムはそれを剣の刀身で咄嗟に塞ぐ。
クーガーの蹴りは勢いもあって強烈であったが、エクスードで出来たその刀身を傷つけることは叶わない。
二人は再び、間合いをあけ、クーガーはセラス達の下へと戻ってくる。
そして彼は、視線を相手に向けたまま、背後にいるセラス達へ声を掛ける。
「……セナスさん、どうやら、あいつは俺達を見逃すような甘ちゃんじゃないみたいだ」
「知ってるよ。さっきから散々、トンデモない攻撃されてたんだから」
「ですが、ここに留まって彼女の相手をしていては、みなえさん達の捜索をすることは出来ません。
ですので、ここは俺が引き受けます。俺が彼女のお相手をしている間に、皆さんでホテルに向かってください」
その言葉にセラスや風、そして魅音が驚く。
特に魅音は、体を乗り出してクーガーに異議を唱えるくらいだ。
「あんた何言ってるんだい! ついさっきあの赤いコートの大男と戦ったばかりでしょ!? なのに間髪入れずにまた戦う気!?」
「え? それって…………」
魅音の口から漏れたクーガーが交戦したという男の話。
その男の特徴はセラスが探している人のイメージそのままであった。
だが、そのようなことを魅音やクーガーが知るわけもない。
クーガーは魅音の言葉に背を向けたまま答える。
「ホテルの中に入るのなら人手が必要でしょう? それに、こちらに人数を割いてしまっては共倒れになってしまう可能性もあります」
「だ、だからってあんたが残らなくても!!」
「ノォープロブレムです! むしろ俺ならば、この中で最もスピーディに勝負にカタをつけられるでしょう。
そしてそこで短縮した時間を利用して俺もその後にホテルにてイオンさん達と合流すれば、更なる救助効率の上昇が叶います」
「だ、だけど……だけど……」
それでも踏ん切りがつかない魅音にクーガーは、今度は力強い口調で問いかける。
「あなたがあなたの道を選んだように、俺も俺の道……こいつを倒す道を選んだ。……そういうことですよ。
さぁ、ホテルの崩壊は時間の問題! ここでダラダラと時間を浪費している暇などないはず!
やるべきことがあるなら早急にスピーディに行動なさい! あなたが選んだ道はそういう道のはずだ! 違いますか!?」
それを聞いて、魅音ははっとする。
……そうだ。自分は決めたはずだった。
死んでいった光の為にも、あのホテルに残っている彼女の仲間達を助けに行くと。
自分がやるべきことは、ここでクーガーと口論することではない。
「そうだったね……。おじさんとしたことがつい熱くなっちゃって、本来の目的を忘れるところだったよ」
「ならば、あなたがこれからとるべき行動はもう分かりますね?」
「そりゃ勿論さ。…………私が選んだ道だもの。分からない訳ないでしょ?」
魅音の答えはクーガーが満足するものだった。
「そうです。それでこそミオンさんだ! ……ではご無事で」
「あんたこそね。…………ほら、あんた達も行くんでしょ、ホテルにさ!」
「あ、あぁ。そうだね。そんじゃ、とっとと行くとしますかー!」
セラスは魅音の問いに答えると、風を抱えて、クーガーに背を向ける。
「…………クーガー、ここは任せたよ。絶対にここで足止めしてよね」
「勿論! セナスさん達は大船に乗ったつもりでいてくださいな!」
「御武運、お祈りしていますわ」
「あぁ、それはどうも。えっと…………」
「私は風。鳳凰寺風、ですわ」
クーガーと魅音はその名を聞いて、思わず反応してしまう。
そう、その名前は、つい先程埋葬した少女が何度も口にしていた親友の名前で……。
「了解だ、くうちゃん。あなたもどうかご無事で」
「風、ですわ。空は私の姉の名です」
「おっと、それは失礼」
どんな時であろうと、彼はあくまで彼であった。
「……そんじゃ、飛ばしていくよ。ついてきてね、イオン!」
「私は魅音だ!」
言うな否やセラスは、道路をホテルへ向けて走り出す。
魅音は、一度クーガーの方を見るとすぐに彼女の後を追って走っていった。
「…………私達、また会えるよね……?」
◆
魅音達が遠ざかるのを音と空気で感じると、クーガーは目の前にいた無言のままのシグナムにようやく口を開いた。
「待たせたな、お嬢さん。これで思う存分、戦えるってもんだ」
「…………行かせてよかったのか? あの面子で揃って私にかかれば、勝てたかもしれないというのに」
正直なところ、シグナムはクーガーがこの場にやってきた際に撤退も考えていた。
刀と魔法を使う少女と銃を持っていた女性だけならば、なんとかなったかもしれないが、そこにもう一人戦闘員――しかも機動性が極めて高い――が加わったとなれば、自分が不利になることは誰の目にも明らかだったからだ。
だが、彼が自らここを自分一人で凌ぐと言ってきた為に、彼女は戦闘を続行することを決めた。
「――聞こえてなかったのかい? これが俺の選んだ道さ。行かせた事に後悔なんてするかよ」
「後悔はしない……か。そのようなボロボロの体でよく言えたものだ」
魅音やセラスの目を誤魔化せても、彼女の目は誤魔化せない。
数多くの世界で無数の戦いに身を投じてきた彼女には、彼のその体中から上がる悲鳴を必死にこらえている様がよく分かっていた。
しかし、それを指摘されて尚、クーガーは余裕の笑みを浮かべる。
「ハハハ、なるほどボロボロか。確かに俺は色々生き急いじまったからなぁ。そりゃ、ごもっともな意見だ」
「……ならば何故戦おうとする? 何故逃げようとしない?」
「逃げるわけにもいかないんだよ。セラスさん、風さん、そして何よりミオンさんの為にもな!」
その刹那、クーガーは地面を蹴り、飛び出す。
それを察知したシグナムは、彼の進行方向を予測して再度衝撃波を生み出す。
……だが、その先に彼は既にいない。
「あの人は強い人だ! 惚れ甲斐がある! だからこそ、残りの命を懸ける価値がある!!」
声がシグナムの周囲を回るように聞こえる。
そして――
「そうだ! 俺は遂に見つけたのさ!! 文化の真髄をな!!」
クーガーのラディカルグッドスピードによる痛烈な一撃が、防御の構えを取る前のシグナムの鳩尾を襲った。
だが、そこは流石騎士といったところ。
彼女は蹴りを受け吹き飛ぶとすぐに受身を取り、立ち上がった。
「そうか、お前も身を尽くす相手がいるのか。…………だが私とて、主への想いの強さなら誰にも負けはしない!!」
叫ぶと同時に彼女が握っていた剣に炎の魔力が収束し、刀身が赤く染まる。
元々炎に関する魔法を得意とする持ち主の為に作られた剣なので、この程度の魔力注入ならば、宝石無しにでも可能のようだ。
「私の決意とお前の決意…………どちらがより強いものかここで決着をつける!」
「文化の真髄を見つけた今の俺に敵う奴はゼロで皆無でナッシィィング!!」
シグナムとクーガーは同時に飛び出る。
そして、シグナムの剣とクーガーの脚がぶつかり合――――――おうとしたその時だった。
またも双方の間に割って入るように、何かが飛び込んできた。
ただし、今回のそれは人ではなく、鈍色のロケットのような物体で、地面に衝突すると同時に炸裂した点が異なっていたが。
「――な、何だ!?」
「あの形状……確かあれは……」
「そこの二人!! 即刻、戦闘行為を停止しろ!! これ以上の戦闘はこの俺が許さん!!」
声は上空から聞こえてきた。
そして、愕くのも束の間、爆発のあった中心に今度は下半身が竜のような硬質な生物とそれに乗る男と……豚が姿を現した。
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