残された欠片 ◆k97rDX.Hc.
「異郷」
――21××年。
大都市の郊外にある、とあるスクラップ工場。そこが、いくつか提示されたなかからドラえもんが選んだ就職先だった。
勤務時間は長く、労働環境がよいとはお世辞にも言えない。しかし、あちこちにガタがきた子守ロボットを採用しようなどという雇用主などそうあるものでは無い。それに、基本的な工学知識を持ち、力仕事もこなせるドラえもんにとっては自分の能力を十分に生かせる職場であることには違いなかった。
大都市の郊外にある、とあるスクラップ工場。そこが、いくつか提示されたなかからドラえもんが選んだ就職先だった。
勤務時間は長く、労働環境がよいとはお世辞にも言えない。しかし、あちこちにガタがきた子守ロボットを採用しようなどという雇用主などそうあるものでは無い。それに、基本的な工学知識を持ち、力仕事もこなせるドラえもんにとっては自分の能力を十分に生かせる職場であることには違いなかった。
ドアを開けて室内に一歩進んだところで、かすかな躊躇を覚えてドラえもんは踏み出した足を引っ込めた。そこは自分に割り当てられた部屋であり、寝起きをするようになってからすでに数ヶ月が経過している。入ることを誰に止められるいわれもないし、別に何か不審な点があったわけでもない。
念のためにもう一歩下がってドアのわきを見てみれば、予想を裏切られることもなく「ドラえもん」と記された表札がそこにかかっていた。
いつになったらこんなことをせずにすむようになるのだろうか。自分の姿に半ば呆れながら、いつもその日の仕事を終えてからするように、ドラえもんは部屋の壁と一体化したテーブルの前に座った。その上にしつらえられた端末を起動させ、その画面に表示された内容に目を通す。
『2件ノ着信アリ』
一方の差出人は、あのタイムパトロールの隊長。彼は――と言うより、タイムパトロールの組織全体が――ドラえもんに同情的で、いくつかの件については少々の無理も聞いてくれていた。今回のメッセージは、依頼していた事案が達成できたことを伝えてくるもので、これには丁寧な文章でお礼状を送ることにした。
さて、もう一方はと言うと、これはユービックから。中身に目を通すと、ロボット学校での生活や、日常生活の細々としたことが新鮮な驚きとともに綴られている。
新しい環境に慣れようとして四苦八苦する友人の姿を思い浮かべ、嬉しさとともに一抹の淋しさを感じてドラえもんは微笑んだ。こちらに来たばかりの頃は毎日のように届いていた彼からの私信も、最近は週に一度に減ってきている。いい加減、自分も自立しなければいけない。
そんなことを考えながら画面をスクロールさせ、メッセージの最後まで読んだところで、ドラえもんは目を見開いた。文面の最後に、校長先生からの伝言としてロボット学校で働かないかという誘いが記されていたからだ。
当然と言えば当然の話で、結局、自分の存在を誰にも知られずにいるというわけにはいかなかったということになる。おそらく、ユービックがロボット学校の手に委ねられると決まった時点で、校長先生にはあの事件についての説明があったに違いないのだから。
したためたユービックへの返信の最後に、心遣いに感謝しつつもそれについては断る旨を追加することにし、ドラえもんはできあがった二件のメッセージを送信した。
いっそ、馴染み深い場所で、罪深い思い違いをしたまま生きられたならそれも幸せだったのかもしれない。でも、――
念のためにもう一歩下がってドアのわきを見てみれば、予想を裏切られることもなく「ドラえもん」と記された表札がそこにかかっていた。
いつになったらこんなことをせずにすむようになるのだろうか。自分の姿に半ば呆れながら、いつもその日の仕事を終えてからするように、ドラえもんは部屋の壁と一体化したテーブルの前に座った。その上にしつらえられた端末を起動させ、その画面に表示された内容に目を通す。
『2件ノ着信アリ』
一方の差出人は、あのタイムパトロールの隊長。彼は――と言うより、タイムパトロールの組織全体が――ドラえもんに同情的で、いくつかの件については少々の無理も聞いてくれていた。今回のメッセージは、依頼していた事案が達成できたことを伝えてくるもので、これには丁寧な文章でお礼状を送ることにした。
さて、もう一方はと言うと、これはユービックから。中身に目を通すと、ロボット学校での生活や、日常生活の細々としたことが新鮮な驚きとともに綴られている。
新しい環境に慣れようとして四苦八苦する友人の姿を思い浮かべ、嬉しさとともに一抹の淋しさを感じてドラえもんは微笑んだ。こちらに来たばかりの頃は毎日のように届いていた彼からの私信も、最近は週に一度に減ってきている。いい加減、自分も自立しなければいけない。
そんなことを考えながら画面をスクロールさせ、メッセージの最後まで読んだところで、ドラえもんは目を見開いた。文面の最後に、校長先生からの伝言としてロボット学校で働かないかという誘いが記されていたからだ。
当然と言えば当然の話で、結局、自分の存在を誰にも知られずにいるというわけにはいかなかったということになる。おそらく、ユービックがロボット学校の手に委ねられると決まった時点で、校長先生にはあの事件についての説明があったに違いないのだから。
したためたユービックへの返信の最後に、心遣いに感謝しつつもそれについては断る旨を追加することにし、ドラえもんはできあがった二件のメッセージを送信した。
いっそ、馴染み深い場所で、罪深い思い違いをしたまま生きられたならそれも幸せだったのかもしれない。でも、――
部屋の隅に置かれたままのタイムテレビを眺めて、ドラえもんはため息をついた。あの日以来、一度も電源を入れられることもなく、入力キーや画面の上にはうっすらと埃が積もっている。
そんな思い違いも許されないことは、もう十分に知っていた。
「遺言」
突然の物音に、ドラえもんは道具を磨く手を休めて顔をあげた。
もしかしてネズミじゃないだろうか? とっさに頭に浮かんだ考えに身が竦む。恐る恐る首をめぐらせて背後を確認し、そうしてやっと緊張を緩めた。
振り向いてみればわかることだった。今も聞こえているその音は、この部屋の主、野比のび太の机がたてている音。いや、より正確には、動きが渋いその引き出しが“内側から”開けられようとしている音に違いない。
なら、ネズミなどということはありえない。大方、未来デパートがダイレクトメールでも送ってよこしたのだろう。そう結論づけると、ドラえもんは立ち上がった。
立ち上がって机に近付き……出し抜けに開いた引き出しに、頭をしたたかに打たれてその場に倒れた。
「タイ……大丈夫かね?」
「ええ、なんとか」
そう言ってはみたものの、目の前では星がチカチカと瞬いている上、耳鳴りのせいで相手の声もよく聞こえない。一度目を閉じて頭を振ると、ドラえもんはその場に座りなおした。
時がたつにつれだんだんと視界が元の明るさへと戻っていく。その中央に、見覚えのある服装が写しだされていくことにギクリとさせられながら、彼は目の前の人物の次の言葉を待った。
「もしかすると、君は私のことを知っているのかもしれないが……
見てのとおり、私はタイムパトロールの者だ。
“別の世界の君”に頼まれていた物を届けに来た」
もしかしてネズミじゃないだろうか? とっさに頭に浮かんだ考えに身が竦む。恐る恐る首をめぐらせて背後を確認し、そうしてやっと緊張を緩めた。
振り向いてみればわかることだった。今も聞こえているその音は、この部屋の主、野比のび太の机がたてている音。いや、より正確には、動きが渋いその引き出しが“内側から”開けられようとしている音に違いない。
なら、ネズミなどということはありえない。大方、未来デパートがダイレクトメールでも送ってよこしたのだろう。そう結論づけると、ドラえもんは立ち上がった。
立ち上がって机に近付き……出し抜けに開いた引き出しに、頭をしたたかに打たれてその場に倒れた。
「タイ……大丈夫かね?」
「ええ、なんとか」
そう言ってはみたものの、目の前では星がチカチカと瞬いている上、耳鳴りのせいで相手の声もよく聞こえない。一度目を閉じて頭を振ると、ドラえもんはその場に座りなおした。
時がたつにつれだんだんと視界が元の明るさへと戻っていく。その中央に、見覚えのある服装が写しだされていくことにギクリとさせられながら、彼は目の前の人物の次の言葉を待った。
「もしかすると、君は私のことを知っているのかもしれないが……
見てのとおり、私はタイムパトロールの者だ。
“別の世界の君”に頼まれていた物を届けに来た」
〇〇〇
カウンタがちょうど一時間を刻んだところで、ドラえもんはビデオの再生を中断した。記録ディスクをタイムテレビの中から抜き取ってポケットの中へ収めると、自然とため息が漏れていた。
いくら覚悟をしていても、辛いものはどうしようもなく辛いし、哀しいものはどうしようもなく哀しい。そんなことを今更になって思う自分に苦笑しつつ、彼はタイムテレビの操作を再び開始した。
画面に映し出されたもの。それは。
いくら覚悟をしていても、辛いものはどうしようもなく辛いし、哀しいものはどうしようもなく哀しい。そんなことを今更になって思う自分に苦笑しつつ、彼はタイムテレビの操作を再び開始した。
画面に映し出されたもの。それは。
「決意」
タイムテレビの前で、彼はそっと呟いた。
「もう二度と――」
「もう二度と――」
「日常」
天気予報は本当にあてにならない。雨粒が叩きつけられる窓ガラスを眺めて、僕はため息をついた。
予報が外れたこと自体は大した問題じゃない。雨が降り始めた時は少し不安になったけれど、ドラえもんが迎えに来てくれたから、ずぶ濡れにならずにすんだ。後で自分がパパの迎えに行かないといけないのはちょっと面倒だけれど、それもまあいい。
本当に問題なのは、どこにも遊びに行くあてがないことだ。しずかちゃんちに行ければ良かったんだけれど、都合が悪いと言われてしまった。
こんな日には……
(やっぱり昼寝が一番)
僕はそう結論づけてランドセルをその辺に放り投げると、引き寄せた座布団を枕にして畳の上に寝っころがった。
(……あれ?)
眠りにつくほんの一瞬前に、微かな違和感を覚えて僕は跳び起きた。
部屋を見渡すまでもない。体を起こしてちょうど正面、ドラえもんが寝床にしている押し入れの襖に、竹刀が立て掛けてある。
なんで、こんなものがここに? 僕は襖の前まで這っていき、それを手にとった。
「今日のおやつはドラ焼き~♪」
「ねえ、ドラえもん」
都合の良いことに、ちょうどその時、上機嫌のドラえもんが鼻歌まじりに部屋に入って来た。早速、この竹刀について尋ねてみることにする。
「ん? なんだい?」
「こんな竹刀、どうしたの?」
「え!? ああ、それ? ええと、この前ジャイアンが君を追い回してたことがあったろう。
そのとき取り上げといたのがポケットの中を整理してたら出てきたんだよ」
「……そんなことあったっけ?」
「あれ? 覚えてないの? まあ、いいでしょ。しまっちゃうから返してよ」
怪しい。……あ、今、目をそらした。何か僕から隠そうとしているな。
よし。
「そんなこと言ってさ。僕に使わせたくないだけで、実はひみつ道具だったりするんじゃないの?」
僕がそう言うと、ドラえもんはきょとんとした顔でこっちを見つめてきた。黙ったまま何も言わないから、なんだか気まずい。
「な、なんだよ」
「ク、クク。ウヒャハヒャヒャ」
と、思ったら突然吹き出し、腹を抱えて大笑いし始めた。
そのまましばらくゲラゲラと笑いつづけて、しばらくして言うことには、
「フヒ、フヒヒヒ。き、君は実に……まあいいや。変なこと言わないでよ、のび太くん。
それはただの竹刀で、ひみつ道具なんかじゃないよ」
もう。そこまで笑うことないじゃないか。僕がふくれてそっぽをむくと、ドラえもんはそれを宥めにかかってきた。
『ごめん』とか、『あんまり突拍子もなかったから、つい』とか色々と言ってきたけれど、しばらく許してやるもんか。……とは思ったけれど、こんなことで意地をはるのも馬鹿馬鹿しいからすぐに振り向いた。
そしたら、やっぱりあの気色悪いにやにや笑いに出迎えられた。
目の端に浮かんだ涙をぬぐったりなんかしちゃってさ。泣く程面白かったって言うわけ?
予報が外れたこと自体は大した問題じゃない。雨が降り始めた時は少し不安になったけれど、ドラえもんが迎えに来てくれたから、ずぶ濡れにならずにすんだ。後で自分がパパの迎えに行かないといけないのはちょっと面倒だけれど、それもまあいい。
本当に問題なのは、どこにも遊びに行くあてがないことだ。しずかちゃんちに行ければ良かったんだけれど、都合が悪いと言われてしまった。
こんな日には……
(やっぱり昼寝が一番)
僕はそう結論づけてランドセルをその辺に放り投げると、引き寄せた座布団を枕にして畳の上に寝っころがった。
(……あれ?)
眠りにつくほんの一瞬前に、微かな違和感を覚えて僕は跳び起きた。
部屋を見渡すまでもない。体を起こしてちょうど正面、ドラえもんが寝床にしている押し入れの襖に、竹刀が立て掛けてある。
なんで、こんなものがここに? 僕は襖の前まで這っていき、それを手にとった。
「今日のおやつはドラ焼き~♪」
「ねえ、ドラえもん」
都合の良いことに、ちょうどその時、上機嫌のドラえもんが鼻歌まじりに部屋に入って来た。早速、この竹刀について尋ねてみることにする。
「ん? なんだい?」
「こんな竹刀、どうしたの?」
「え!? ああ、それ? ええと、この前ジャイアンが君を追い回してたことがあったろう。
そのとき取り上げといたのがポケットの中を整理してたら出てきたんだよ」
「……そんなことあったっけ?」
「あれ? 覚えてないの? まあ、いいでしょ。しまっちゃうから返してよ」
怪しい。……あ、今、目をそらした。何か僕から隠そうとしているな。
よし。
「そんなこと言ってさ。僕に使わせたくないだけで、実はひみつ道具だったりするんじゃないの?」
僕がそう言うと、ドラえもんはきょとんとした顔でこっちを見つめてきた。黙ったまま何も言わないから、なんだか気まずい。
「な、なんだよ」
「ク、クク。ウヒャハヒャヒャ」
と、思ったら突然吹き出し、腹を抱えて大笑いし始めた。
そのまましばらくゲラゲラと笑いつづけて、しばらくして言うことには、
「フヒ、フヒヒヒ。き、君は実に……まあいいや。変なこと言わないでよ、のび太くん。
それはただの竹刀で、ひみつ道具なんかじゃないよ」
もう。そこまで笑うことないじゃないか。僕がふくれてそっぽをむくと、ドラえもんはそれを宥めにかかってきた。
『ごめん』とか、『あんまり突拍子もなかったから、つい』とか色々と言ってきたけれど、しばらく許してやるもんか。……とは思ったけれど、こんなことで意地をはるのも馬鹿馬鹿しいからすぐに振り向いた。
そしたら、やっぱりあの気色悪いにやにや笑いに出迎えられた。
目の端に浮かんだ涙をぬぐったりなんかしちゃってさ。泣く程面白かったって言うわけ?
変なドラえもん。