戦う意思◆QkyDCV.pEw

 霧島董香は道路沿いのショーウィンドウに顔を寄せる。背後の街灯に照らされたショーウィンドウは鏡と同じように董香自身を映し出す。
 そこに映った自分の首元を見つめると、やっぱり、首輪がつけられていた。
 怒りに任せ、眼前のショーウィンドウを叩き割ってやりたくなった。
 何処の馬鹿だ、こんな目立つ派手な真似してくれたのは、と考えた所で心当たりは無い。このような退廃的な反社会的活動、まず間違いなくグールの仕業だとは思うが。
 もちろん董香は、誰の仕掛けかはしらないがこんな殺し合いだのに、付き合うつもりは毛頭無い。
 程なく警察なり喰種対策局なりが出張って来るだろうから、それまでに証拠なんてものを残さずさっさと逃げ出すのが吉だ。
 ただ、その場合でも首輪の対策はしなければならない。
 連中、董香がグールと知って連れて来たのかどうかはわからないが、もしグールだとわかってコレを用意したなら相応の、つまり喰種対策局が使うクインケのように、董香を傷つけるに足るものであるだろうから。
 いっそ無理矢理にでも引き千切ってしまおうかとも考えたが、まだそれをするには早過ぎる。
 何だってこう何時もクソみたいな事に巻き込まれるのだろうか、と半グールのヘタレの面倒を見るよう言われた事を思い出す。
 見てるだけで腹が立つアレの面倒を、どうして自分が見なければならないのかと再び怒りがこみ上げてくる。
 苛立たしげに街路樹を蹴り飛ばすと、勢い良く幹が揺れ、葉っぱ同士が互いに触れ合い音を立てる。
「ひっ」
 小さな小さな悲鳴。だが、グールである董香がこれを聞き逃す事は無い。
「おい、誰だよ。出て来い」
 返事は無い。
 今度は少し強い口調で言う。
「出て来いって言ってんだろ。それで隠れてるつもりか」
 まだ出て来ない。建物と建物の隙間の路地にいるのはわかるのだが、そこから何故かそいつは動こうとしない。逃げるでもなく、出てくるでもなく、その場に居続けている。
「?」
 不思議に思った董香は、すたすたと路地に向かって歩き、ひょいと顔を出してみる。
「ひっ!」
 今度ははっきりと聞こえる悲鳴。
 見た目中学生ぐらいの女の子が、地面にへたりこみ怯えた目で董香を見ていた。
 董香は自分の有様を振り返ってみる。怖がらせる要素なんて何処にも無い。別にグール顔してるでもなく、何処に出しても恥ずかしくない天下の女子高生サマだろう。
「ケツ、汚れない? 立った方がいいよ」
 女子中学生、らぶぽんは後ずさりながら董香に向かって叫ぶ。
「こっ! 殺し合いなんてしたら! 後で絶対警察に捕まりますよ! そ、そんな事したら……」
 それ以上言わせず、董香も答える。
「当たり前だろ。殺し合いしろなんて言われて、はいそうですかと殺しあう馬鹿が居るか。まあ、実際殺し合ってる馬鹿は居たけどさ、その馬鹿に私達まで付き合う言われは無いだろ。勝手に殺しあって勝手にパクられてろっての」
 前後の状況に確信を持てない董香は、子供を守るべく飛び出した男もそれほど善人であるとは思っていなかった。知り合い同士が何らかの因縁で殺しあった程度の認識である。後、あの怪獣は意味がわからない。
 きょとんとした顔で、董香を見上げるらぶぽん。
「そ、そうです。わ、わかってるのなら、いいんです……」
 ここまででもう董香はコレの相手をするのが面倒臭くなっていたし、それが凄く顔にも出ていた。
 納得してもらえたという事で、董香は身を翻す。
「んじゃな。怖いんなら警察なりが来るまでどっかに隠れてろよ」
 それだけ言い残し董香は去って行った。

 夜道をてくてくと歩く董香。特に目的地があるわけではない。ただ、手にしたバッグの中身をゆっくりと確認出来る場所を探しているだけだ。

 喫茶店なんかが良い。深夜も営業してる店は、と探してみるが一軒も無い。ここらは色々な店が立ち並ぶ駅前通りのようなものらしいが、どの店もとうに閉まっており灯りは落とされている。
 歩いていてふと董香は気付く。そもそも、ここに、董香達以外の人間は居るのだろうかと。建物は何処にでもあるようなありきたりのものばかりだが、そこに、全くと言っていい程人の気配がない。
 唯一そういったものがありそうな場所と言えば、何処からでも目に入るやたらめったら背の高いビルだ。あそこは各所に灯りがついており、そこに人の温かみのようなものを感じる事が出来る。
 足を止め、周囲を見渡してみる。二十四時間営業のコンビニエンスストアを見つけた。しかし、灯りは消えておりそこにすら人の気配は無い。
 もしかしたら、本当に人は居ないのかもしれない。そう考えると少し背筋が寒くなる。何処のグールグループか知らないが、街一つを丸々占拠してまでこんな下らない遊びに興じているなど、どれだけの力を持つというのか。
 少なくとも東京ではありえないだろう。それ以外の何処なのかと問われれば、董香にもわからないのだが。
 巻き込まれた事件の厄介度は、当初董香が考えていたものよりずっと高いものらしい。董香の不機嫌メーターが更に大きく振れる。
 同時に、面倒くさいメーターもかなり大きく揺れていた。
「……なあ、お前、何やってんだ?」
 さっきからずーーーーーーーーっと董香の後をつけてくる女の子が居るのだ。というからぶぽんである。
 声をかけると、危ないっ、とばかりに身を隠す。意味がわからずスルーしてそのまま立ち去ると、彼女はこそこそと董香の後を追ってくる。
 関わったら絶対に面倒臭い事になる確信があったので、董香は忍耐力の許す限りこれをスルーしてきたが、元々、董香の忍耐力はそれほど高くはない。
 面倒臭さを上回る鬱陶しさに苛立ちながら、ずかずかとらぶぽんの元に歩いていき、路地の角に隠れた彼女の前に立つと、これを睨みつけながら怒鳴る。
「何なんだよお前は!」
 不意に、董香の視界が真横に流れる。
 眼前に居たはずの少女の姿は消え、無機質なアスファルトが見え、すぐに飲食店の店内が覗ける窓ガラスが見えた。そして、全身を叩き付けるような衝撃が襲う。
 四方八方から囲まれ、無数の腕が鉄板なり石板なりで殴りつけてくる。
 董香に出来るのは、ただ両腕で頭を守るのみ。そうしていると、殴られる頻度が下がり、落ち着いて来た。
 体の中の感覚が、今董香は大地に寝そべっていると教えてくれた。そこでようやく、董香は自分が真横から凄まじい勢いでどやしつけられ道路を転がっていたと気付けた。
 何がどうなってるのかさっぱりだ。董香の感覚でも、周囲に何者かの気配を感じ取る事は出来ない。だが、危ないのだけはわかる。
「そこの! ここはヤバイからすぐに逃げろ!」
 そう叫んで身を起こそうとするも下半身が言う事を聞いてくれず、下を見下ろす。
 腹部から腰にかけて、片側が血だらけでヒドイ事になっている。
 視界の隅に、ちょっとヒロインがしちゃいけないだろう顔で驚いてる女の子が見えた。
 董香は繰り返す。
「私はいいからさっさと逃げろって! 殺されるぞ!」
 殺される、の単語に反応して少女は弾かれたように身を翻し、路地の奥へと駆けていく。手にしていたバッグと、そこに転がっていたバッグを手にとって。
「……っておい! それ私のだろ! お前何してくれてんだ!」
 少女は董香の声が聞こえていないのか、それとも恐ろしさのあまりか、一切振り返る事なく一目散に逃げていった。
「おいいいいいい! 返せ戻せばかあああああああ!!」
 妙に再生が遅いせいで、董香はらぶぽん恐怖の全力ダッシュを追う事が出来なかったのである。
 再生の遅さから、これは喰種対策局か同族グールの攻撃だと董香は断定する。となれば、何時までもこんな所で寝転がっていては良い的だ。両腕で必死に飲食店の中へと転がり込む。入り口が自動ドアでなく普通の扉で鍵がかかっていなかったのが良かった。
 だが、すぐの追撃が無かった事が解せない。
 どういうつもり、と考えた所で、期待も待望もしていなかった追撃が来てくれた。また勢い良く跳ね飛ばされる董香。

 跳ねた勢いが良すぎたせいで、一緒に飛んだ椅子がへし折れて背中に刺さってしまう。ただ、打撲以外の被害は今回はそれだけだ。
 二度目の加撃により、董香はこれが何処かから銃のようなもので狙撃されたと理解出来た。だが、何処から飛んで来たのかの特定が出来ない。
 自分が吹っ飛んだ場所と、元居た場所を見比べ、粉々に割れた窓の外に目をやる。そこには、遥か彼方の空にそびえる巨大なビルが見えた。どう見ても、一キロ以上離れている。
「おい……まさか、あそこから……」
 三度目は、そちらの方から飛んで来ているのでは、と読んでいたにも関わらずやっぱり具体的に何処から飛んできたのかがわからなかった。
 左肩口をひっ掴まれ、真後ろに引っ張られるような感じだ。再び董香は勢い良く後ろにごろごろと転がる。
 ヤバイ、ヤバイ、とビルの死角になる場所に転がり込む。幸い足はもう動くようになっていた。肩の上からぶすぶすと燻る音が聞こえるが無視する。
 それでも逃げ切れない。四度目の攻撃は、ビルの壁をぶちぬいて董香に襲い掛かり、無数の瓦礫と砂利が降り注ぐ。
 店内を走って移動する。五度目の攻撃に董香はつんのめって倒れる。ちらと見ると、右足の踵から激しい出血が見られる。それでも動けなくはないと更に走ると、六度目の攻撃を受けるが、その攻撃は董香から遠く離れた場所で炸裂した。
「何?」
 まさか別の攻撃対象でも見つけたか、と逃げていった女の子を思うが、六度目の攻撃が命中したのは彼女が逃げていった方角ではなく先ほど董香が居た飲食店の入り口側だ。
 走って裏口へと抜けた董香の耳に、七発目、八発目の着弾音が聞こえたが、それはもう今の董香の居場所からは遠くかけ離れていた。
「つまり、これを撃ってる奴は、私の居場所がわかって撃ってたんじゃなくて、私が逃げる先を予測して撃ってたって事か。……勘弁してくれ……どんだけ勘が良いんだよコイツは」
 確実に視界を切っていた四発目と五発目も、ほぼ正確に董香の居場所を捉えていた。それほど勘の良い相手だという事だろう。
 それに董香はこの狙撃と同じく射撃を行える赫子、羽赫を用いる者であるが故に、物質を貫通させてその先にある対象を狙うという行為がどれほど難しいかもわかる。
 貫通させるものによっては、撃ち抜く威力があったとしても、放った弾丸は容易く軌道を変えてしまうのだ。
 そんな難易度の高い狙撃を成功させたこの相手を、董香は容易ならざる敵とみなす。後、もうグールでないのバレないように動くとかは潔く諦める事にした。腹に一発もらいながら動き回っておいて人間ですとか言っても爆笑されるだけだろうて。



 斗和子と別れたジンは、斗和子よりライフルを受け取ってから、次にどう動くかは概ね決めていた。
 このライフルを最大限活用するには、今ジンが目指しているあのバカみたいに高いビルの上が最適だ。あそこなら、同じ高さの建物が周辺に無い事から、位置が特定されたとしても他所から狙撃される事も無いだろう。
 ビルはこの場所に不釣合いなぐらい高い建物だったが、ジンにとっては好都合だ。
 ビルの入り口付近、車が通るゲートの下を歩いて通った所、奇妙な音声が聞こえて来た。
「イラッシャイマシネ。お客様はブッダ様」
 何言ってんだコイツ、と思わず機械音声が聞こえてきたスピーカー部を凝視するが、そんな真似をした所で何一つ疑問は解決しない。
 ビル前のロータリーになっている場所を抜け、階段を昇ってビルの二階入り口自動ドアを抜けて中に入ると、そこはショッピングモールのようなデパートフロアになっていた。先の音声でわかるように照明はついているし、商品も綺麗に陳列されているが、人の気配は無い。
 入り口入ってすぐ隣の、アイディア商品を並べてある売り場の陳列棚をちらと覗いて見る。
 これだけ大きなデパートフロアの顔にあたる場所に並べてあるだけあって、見た目だけで妙に興味を惹かれるようなシロモノが多かったのだ。

 ジッサイ、ダイニンキと書かれたPOPの上に並べてある商品ショドートケイなるものは、時間になると時計の前に突き出した筆が、刀のようにまっすぐ下に振り下ろされるという意味のわからない造りになっていた。しかもこの筆、神聖なるモチをすらつける程強い力があるらしい。本当に心底から意味がわからない。
 他にもセッチャクオリガミなる、難しいオリガミメールも簡単に作れるセッチャク・ザイ付きのもの(商品の右上に『ワザマエ!』と書かれた小さなPOPがついていた)だとか、こんなものに僅かでも興味を惹かれたほんの数秒前の自分を殴り倒してやりたい、とジンは苛立たしげにデパートフロアを抜け、エレベーターへ向かう。
 少し心配だったが、エレベーターは問題なく動いてくれた。ビルの高さを考えるに、実に結構な話である。
 エレベーターの中で、ジンは先程の出会いについて考える。
 斗和子。得体の知れぬ、怪物。
 ジンが、事と次第によっては打倒しなければならない相手。ジンは斗和子が殺したいという蒼月潮との接触を望んでいた。あの怪物がああまでして殺したいと願う相手だ、その蒼月潮とやらが斗和子を殺す方法を持っていると考えるのは不自然な事でも可能性の低い事でもなかろう。
 そしてこれは都合が良すぎる話でもあるが、ああして他の誰かに殺害を依頼するという事は、斗和子を殺せる蒼月潮を、ジンが殺せる可能性があるという話ではないだろうか。このロジックが成立するのなら、ジンが目指すべき目標もはっきりしてくる。
 蒼月潮から得られた情報で、斗和子が首輪を外し脱出の算段を付けられるだろう裏づけが取れれば話は一番早いのだが。
 いずれにせよ蒼月潮との接触は不可欠。そして。例え蒼月潮と斗和子の殺害に成功したとしても、それが脱出を意味する訳ではない。きちんと殺し、きちんと生き残り、そして最後の一人になって生存を認めさせる。技量を示せば連中がジンを抱え込もうと考えるかもしれない。今のジンに、連中へジン生存を説く時の彼らが享受するメリットはこれぐらいしかないのだ。
 だから今は、殺す時だ。蒼月潮以外の全てを。
 屋上に立つと、ライフルを組み立て眼下を見下ろす。高すぎて裸眼では人が居る居ないなどまるでわからない。
 望遠鏡なんて気の利いたものはないので、ライフルのスコープ部だけを外して手に持ち、人を探す。
 何せ深夜で灯りらしい灯りは街灯のみ。それでもジンは注意深く探して回ると、幸運か、或いは不運にもか、人間を二人発見した。
 即座にスコープをライフルにつけ、腹ばいの姿勢になって狙いを定める。
 対象、女。少なくとも見た目は普通の。
 ただ、斗和子のような人間離れした美々しい容貌なんてものではないので、ちょっと安心してジンは引き金を引いた。
 重い。発射音も反動も。人一人殺すのに、どんだけ大仰な真似をするんだと自嘲するが、ライフルは他に無いのだから仕方が無い。
 次の標的は角の奥で射線は通っていないが、角度さえ気をつければ充分命中させられるだろう。そのつもりで、すぐにライフルの先をそちらに向けようとして、ジンの手が止まった。
 標的は吹っ飛んでいった。それは間違いないし、即ち命中したという事で、即死以外の未来なんてありえるはずもない。だが、ジンの脳裏にこびり付いた違和感がある。
 そう、バレット・ファイアーアームズ社のアンチマテリアルライフル、バレットM82の12.7mm弾をもらった人体があの程度の損壊で済むはずがない。というより、千切れずにふっ飛んだというのがそもそもおかしい。
 慌ててサイトを吹っ飛んだ標的に向ける。
「んなっ!?」
 ターゲットは、まだ動いていた。脇腹からは出血が見られるし、身動きが取れないような挙動を見せているが、それでも女は動いていた。
 斗和子だって、9mm弾もらえば穴は開いたし、周辺器官も壊れてくれた。だが、9mmなどとは比較にならぬ12.7mmの直撃を受けて、ナイフを刺された程度にしか壊れていない人間とか一体どういう事だと。
「ふざけるなっ!」
 悪夢だ。いや悪魔ならまだ良い、目を覚ませばそれで全ては解決してくれるのだから。だが、今こうしてジンの眼前で蠢きのたうつヒトの形をしたものは紛れもない現実であり、ジンはこんな不条理にすら対応しなければならない。
 逃げるという事は、これを何度ももらうのはよろしくないという事、と勝手に脳内で理屈をつけて、第二射を放つ。
 屋内であろうと逃がす気はない。動きを読み、壁をぶちぬいてその先の標的を射抜く。十発打ち終えた所で、ジンは自分が冷静さを欠いている事に気付く。
「くそっ!」

 狙撃には相応しくない精神状態だ。それをジン自身も自覚しているが、意思の力でどうこう出来る範疇ではあるまい、これは。
 ターゲットを見失ってから結構経っている。仕留めたかどうか、正直な所を言うとまるで殺せた気がしない。
 不安に押し出されるようにスコープを覗き込む。
 脱出するなら何処から、裏口。ジンの狙撃位置に気付いているとしたら、次に移動すべきは隣り合ったビル。この中を抜けて面した道路を渡るのが最短距離。迂回路あり、大回りして歩道橋を渡れば射線から外れきったままでこのビルまで辿り着ける。
 上から見ているからこそ迂回路が見える。下に居てはそれがわからない可能性あり。
「居たっ!」
 不必要な言葉を一々口に出してしまうぐらい、ジンは熱くなっていた。
 狙撃に必要なのは一にも二にも冷静さだ。だが、今この時に限ってはそれは必ずしも正しくは無い。
 震える膝を、折れかける心を、支える闘志が必要なのだ。不死身だろうと、化物だろうと、殺してみせると自分に言い聞かせられるだけの強い闘志が。
 ターゲットの走る速度は人間離れして速い。後、目が兎かってぐらい赤い。それと背中に羽が生えてる、赤い奴が一枚。もうコイツが人外だってはっきりとわかる。正直に言ってしまえばめちゃくちゃ怖くて仕方がないのだが、だからと引き下がっては生き延びれぬと歯を食いしばる。
 それに、速くても一定ならば当てられる。
 都合十一発目の射撃を走るバケモノに叩き込む。また砕けず跳ねた。多分、めちゃくちゃ硬いのだろう。そんなこの世の理屈にはありえぬ怪物が、自分を殺しに走って来る恐怖を、押し殺して再び引き金を引く。
 信頼性という意味ではボルトアクションを好むスナイパーが多いのもわかる。だが、今は、移動し続ける同じターゲットを何度も狙撃するなんていうまっとうな相手であれば絶対にありえぬシチュエーションには、セミオートマチック以外の選択肢は無かろう。
 スコープに目を当てた状態のまま、筒先を微妙に動かしつつアンチマテリアルライフルで撃たれてもすぐ動くイカレた生命体をその都度何度でも狙い続ける。
 二射目からは物凄く狙いづらくなった。ターゲットの女は道路を蹴ってショーウィンドウになっている壁を走ったり、街路樹を蹴飛ばして急制動をかけたりで、こちらが予想だにしない運動をしてくれるせいだ。
 スコープを覗き込みながらだと、お互いの距離感がわからなくなりがちだが、ジンは建物を記憶していたので今のターゲットとの距離を正確に把握していた。
『仕留めきれねえ!』
 スコープから目を離し、ライフルを抱えると身を翻すジン。まだ、ぎりぎり間に合うはず。
 念のためという事でエレベーターは屋上階についたままにしておいたので、すぐにこれに乗り込めた。高速エレベーターがジンの焦りを察したかのような速度で下降していく。
 エレベーターの中で、ビルの中の造りとターゲットが走って来た方向をイメージする。迎撃は、ターゲットが用いるだろう道路に向かって突き出した形になっている二階喫茶店。
 ここなら、位置も狙いも申し分ない。だが、時間が間に合うかがわからない。
「わからねえが……やるしかねえっ!」
 腹をくくった所でエレベーターの扉が開き、ジンはライフルを抱えたまま勢い良く飛び出した。

 董香が道路に飛び出し射線を恐れず走ったのには、ジンの予想とは違う理由があった。
 裏口から出た時、董香はまだジンの狙撃位置の特定が出来ていなかったのだ。ビルかもしれない、だが、本当にビルなのかどうか、そしてビルの何処から撃ってきているのか、何もわかっていなかったのだ。
 なので危険を承知で董香は道路に飛び出し、ジンの狙撃を誘ったのだ。一発もらってしまったのは不覚だったが、それ以後は至近弾はあったものの命中弾は無く、走りながらビルを凝視していたらどうにか狙撃地点が屋上である事を突き止められた。
 後はあのビルに辿り着くだけ。銃撃はもう無い。だが、董香は慎重にビル屋上からの射線から外れながら走る。さっきの通りさえ抜ければ、後は遮蔽を取ったままでビルへと辿り着けるのだから。
 国道であろう大きな通りを走ると、後は、この先に見える信号の交差点を右に曲がればビルのまん前に飛び出せる。
 董香の耳に再び銃声が聞こえた。走る速度は緩めぬまま周囲を見渡すも着弾の様子は無い。銃声はビルの方から、それも、屋上からでは絶対無いと思われる響き方であった。
 敵は移動したようだ。舌打ちしながらも追いついてやる、と速度を増して交差点を曲がる。ビルの入り口が見えた。もう移動しているというのなら、この場所でも狙撃されることは無いだろう。
 だが、逃げられる恐れはあるのだ。絶対に捕まえてやる、と駆け出す董香。その後方に向かって、銃撃が放たれた。
「なにっ!?」

 今度ははっきりと見えた。ビルの二階から、しかも窓が内側から割れたのでその中から発射しただろう事ははっきりしてる。
 馬鹿が、と董香はほくそ笑む。この距離なら董香も射撃が使えるのだ。
 背負った片羽が羽ばたくように波打つと、無数の赤い弾丸が銃撃のあったビル二階へ降り注ぐ。
 これで中の者の動きを封じ、董香はその人間離れした身体能力で、一足飛びに二階へと飛び込んだ。
 窓をぶち破り、二階喫茶店へ侵入した董香。目の前には董香の赫子弾により砕け散った机やらが散乱しているが、そこには誰も居ない。
 ふと、足元に転がる拳銃を見つけた。
 奇妙な事に、この拳銃は紙のようなもので変な時計に縛り付けられていて、時計から伸びた筆は、銃の引き金に引っ掛けられている。その時計と拳銃の意味は、董香にはわからない。
 ただ、一つ変な点を見つけた。
 この二階の窓の半ばを董香は羽赫による弾丸で砕いたのだが、割った覚えの無い端っこの窓がもう一枚、完全に割れて無くなっていたのだ。
 或いは、この時点で董香が時計と拳銃の意味に気付いていれば、現状が如何に危険かに思い至れたであろう。人の手によらず発射する装置をつけた拳銃と、これに誘われてその位置に立っているという事に気付けさえしていれば。

 仕掛け自体はチープと呼んでも差し支えないものだろう。重要なのは、短時間でこれをしでかすという事だ。
 自動発射の仕掛けを終えたジンは、大急ぎで抱えたライフルを窓に向け発砲する。
 一瞬で窓枠に囲まれたガラス全体にヒビが入り、崩れ落ちるように全ての破片が落ちて来る。
 ジンは下を確認すらせず、窓に駆け込み飛び出した。
 二階の高さではあるが、この建物の一階二階はデパートフロアになっており、この類のビルの例に漏れず一階の高さがかなり高い。
 しかも総重量十五キロを越える長大なライフルを抱えながらだ。それでも着地と同時に前に一回転する事で衝撃を殺してすぐに立ち上がって走り出す。
 走りながら片足を一回だけぴょんと上げたのは、着地で痺れたせいである。なかなか、映画のように全てを格好良くとはいかないものだ。
 通りを挟んで対面しているビルに、ジンは大急ぎで駆け込む。店はハンバーガーショップで、一階は商品を受け取るカウンターと調理場に、二階より上が座席となっている。この階段を一段飛ばしで大股に駆け上がる。
 外から大きな音がした。窓が割れる音の他にくぐもった衝突音が無数に。間に合わなかったか? と冷や汗をかきながら二階に辿り着き、前面ガラス張りになっている壁面から、先ほどジンが飛び出した喫茶店を見る。
 喫茶店とこちらのハンバーガーショップ二階座席はほぼ同じ高さであり、こちらからもあちらからもお互いの屋内が良く見えている。
 喫茶店の窓ガラスは広範囲に渡って砕かれており、中は机や椅子が散乱していて、これが先の音の結果であろうと思われる。何が起こったのかはわからないが。
 わからないまでも、目的は見事達しえたのだけはわかる。標的が、こちらに背を向け喫茶店の中に立っていたのだから。
 間に合った。いや、女は今にもこちらを向こうとしている。時間は無い。
 ジンは銃先下部の二脚を用いて腹ばいになっての射撃を行いたかったのだが、もうそんな余裕は無い。
 十五キロ越のライフルを、両腕で支えて立ち姿勢のままで構える。
 スコープ越しに女に目を向ける。スコープを通す際、ほんの一瞬女から目を離すことになるのだが、その一瞬がとてつもなく恐ろしい。
 間に合えと念じながらスコープの中に女を探す。女は、こちらを振り向こうと顔を動かしている所だ。
 引き金を引いた時は、間に合ったという安堵ではなく、背中を急かさせるような焦燥のみがあった。

 狙撃の精度と威力を上げる最も普遍的な方法は、距離を詰める事、ただそれだけだ。
 距離を詰めたからこそ、M82を使っての立ち姿勢からの銃撃なんて真似をしても命中させられたのだ。

 そして距離を詰めたからこそ、ナイフを刺した程度、と評した最初の射撃と比べて今回は、明らかに胴部を深く抉り取れたとわかる一撃を叩き込めたのだ。
 まだ、動く。それもまた想定内。ほぼ同じ高さのビルを狙撃ポイントに選んだのは、これならば視界が良く通り喫茶店内なら何処にも逃げ場が無いからだ。
 横に動こうとする女に、二射目を撃ち込むべく筒先を動かす。即座に二射目を撃てなかったのは、銃撃の反動を抑えきる事が出来なかった為だ。それも、一度撃てば概ね慣れる。
 よろめきながら逃げようとする女に二射目を撃ち込むと、三射目はかなり早く構える事が出来た。もちろん三射目を躊躇なぞしない。
 倒れた、まだだ。狙い難いが狙えない訳じゃない。当った、今度こそ半ばまで千切れた。まだまだ安心は出来ない、次弾でまっ二つに切れた。二つに別れ標的が小さくなった事と、やはり寝転がってしまったせいで当てるのがキツく二発続けて外した。
 ジンはライフルを抱えると、この部屋を飛び出し階段を駆け下りる。目指す場所は喫茶店。逃げない、ここでトドメを刺してやる。奴の身動きが止まっている間に、その側へと全速力で走る。
 斗和子のように再生されて、動き出されたらまず勝てない。
 ジンがこうして優位を取れているのは、ジンが絶対にターゲットと近接せぬよう全てを整えていたからだ。
 あの身体能力ならば、近距離どころか視界内に入っただけで、こちらは何も出来ぬまま殺されかねない。その上傷は治るわ馬鹿みたいに硬いわで、こんなモノと戦闘しようという方がおかしい、まともな判断能力があるのならば戦闘を回避する方向で全てを考えるだろう。
 それでもジンは、やり遂げなければならない。敵がバケモノだろうと、死神だろうと、神様だろうと。そうしなければ生き残れないというのなら、知恵と力の限りを尽くして挑むまでだ。
 全速力でのダッシュは何時までも続けられるものでもないが、とりあえず、ビル二階の喫茶店まではもってくれた。
 肩で荒い息を漏らしながら、ジンは喫茶店に飛び込みライフルを構える。ターゲットは、先ほどジンが打ち倒した姿勢のままで、首だけを動かしこちらを見ていた。
 周囲を見渡すも、他に不審な気配は無い。ジンは大股にターゲットの女が倒れている所まで歩く。女は、とても苦労しながら片手を挙げ、中指のみを立てた。
「クソッタレが、地獄に落ちろ」
 体の半分が千切れている。胴の所で千切れたせいで中身が盛大に零れているが、上半身は比較的綺麗なようで。だからと、この状態で口を利ける理由にはならないだろうが。
 お前は、お前達は一体何者なのか。そう問いたいのをジンは堪える。
 一キロ以上離れた場所から狙撃を開始し、数度に渡る狙撃チャンスをものにして、その上で仕留めきれずジンに一か八かの博打を打たせ、どうにかこうにか博打に勝ったというのに、コレは、それでもまだ息をしているのだ。
 殺せる時があるのなら、一切の油断無く即座に殺さなければならない。
 ジンは女の頭部にアンチマテリアルライフルの銃口を向け、引き金を引いた。人間サイズを相手にこの銃を使う事に、最早やりすぎだという感覚は失せていた。



 悔しいなぁ。くそっ、何も出来なかったじゃねえか。ここまで何とか生き延びて来たってのに、結局最後は鳩の奴かよ。
 こいつら何処にでも出て来やがって、私に構ってる暇あったらこの殺し合い始めた奴等どうにかしろってんだ。
 本当、悔しいなぁ。どうしてさ、私がこうまでして狙われなきゃなんないんだよ。メシ食ったからって何が悪いってんだよ。
 お前等さ、餓えがどんだけ苦しいか知ってるのか? あれを耐えた上で私等に人を食うなって言ってるのか? 違うだろ?

 本当に、悔しいよなぁ。何であんなに、肉じゃがもからあげも、マズくて仕方がねえんだよ……



 らぶぽんは必死の形相で走る。
 彼女がこうして無事に無傷で走っていられるのは、一重に霧島董香のおかげである。彼女が狙撃手ジンの注意を引きつけているからこそ、らぶぽんがビルから丸見えの有様でも殺されずに済んでいるのだ。
 そんな彼女の形見となったバッグを持って、らぶぽんは走り続ける。既にあのビルから狙撃可能な場所から、離れてしまっていてもらぶぽんは怖くて足を止める事が出来なかった。
 もう、駄目。息が出来なくなり、汗で目が滲んでくるようになった頃、らぶぽんはビル脇の路地に駆け込み、アスファルトの道路の上に倒れ込んだ。

 しばらくの間彼女の呼吸音だけが響く。
 アスファルトの上に寝転んだままで、バッグを引き寄せ中から飲料のボトルを取り出す。大して冷たくも無いが、何故か甘く感じられた。
 らぶぽんは身を起こし、二つのバッグを並べてみて呟いた。
「……あの人、処刑されちゃった」
 らぶぽんに現状の把握は無理のようだ。今、どうなっているかが自分で整理出来ていないのだからどう動くべきかなんてわかるはずもない。
 ただ遭遇した出来事に場当たり的に対応するのみ。しかしそれも、年齢を考えれば無理からぬ事なのかもしれない。
 これからも彼女は、無為に、無策に、この町をうろつく事だろう。
 外的要因が彼女に変化を強いない限りは。

 この絶好の狙撃ポイントを放棄するのは多少なりと躊躇われた。だが、ビルの一番目立つ正面入り口上の窓が粉々に割れて飛び散り、いかにも何かありましたー気配漂うココに居続けるのはよろしくなかろう、とジンは殺害現場を離れる。
 移動は徒歩で。乗り物を見つけはしたが、特にこの閑散とした物音もない街中で乗り回すのは良くないだろう。
 いずれ乗り物を利用する事もあろうが、今はまだ目立たず静かに移動すべきだ。
 小走りにビルから離れ、おおよそビルであった事件から無関係を装えるだろう場所まで来た所で、ジンは懐に入れていた、これだけは奪われなかった煙草を取り出し火をつける。
 深く吸い、吐き出すと、力が抜けると共に、新たな力が湧き出してくる気がした。
 俺は、やれる。バケモノ相手でも充分に戦える。そう確信出来たのは何よりの収穫だ。
 また、バケモノと言っても相手は知能を持つ存在。その思考は人間のものとそれほど差は無いらしい。
 襲われて反撃するのは殺されたくないからだろう。殺されたくないから工夫をし、知恵を絞り、武器を手に取り戦おうとする。
 その有り様は人間そのものではないか。もし思考が人間とほぼ変わらぬというのなら、後は持てる武器の差だけだ。ならば、より有効な武器をより適切に用いれば、戦力差は乗り越えられる道理だろう。
 決して近寄るな。近寄るならば戦ってはならない。そして敵対意思を示すなら、安全な距離を確保してからだ。
 不慮に備え、先を読み、互いの戦力差を覆しうる切り札を持て。
 決して越え得ぬ絶望にも、膝を折らずに闘志を保て。勝てないのなら、勝てるまで考えろ。
 指先近くにまで火種の来た煙草を、そこらに投げ捨てジンは進む。
 勝つのは、俺だと。



【霧島董香@東京喰種トーキョーグール】死亡
残り67名



【F-4/黎明】
【ジン@名探偵コナン】
[状態]:健康
[装備]:拳銃(ベレッタ)
[道具]:支給品一式、ベレッタの予備弾薬 対物ライフルバレットM82(分解して専用鞄に収納済み)と予備弾薬、蒼月潮の似顔絵(超似てる)
[思考・行動]
基本方針:
1:蒼月潮に会い、斗和子が何者かを聞く。(斗和子に首輪を外し脱出を行えるだけの力があるか、どうすれば斗和子を殺せるかの二点は必ず確認する)
2:斗和子ルートでの脱出が不可能ならば、蒼月潮に斗和子を殺させ、しかる後蒼月潮をジンが殺す。
3:斗和子ルートでの脱出が不可能ならば、最後の一人になる事で自らの有用性を証明し、主催者の意図がどうあれジンを生かしておく事に価値があると認めさせる。

※その他 ジンは殺した人間の名前は忘れるので、若狭悠里の名は既に記憶に無いでしょう。斗和子の不死身っぷりをその目にしました。




【F-4/黎明】
【らぶぽん @迷家-マヨイガ-】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式(不明支給品1~3含む)×2
[思考・行動]
基本方針:
1:死にたくない。
2:どうしよう。


時系列順で読む


投下順で読む


004:バケモノを見た率直な感想 ジン 041:漆黒の殺人者
GAMESTART らぶぽん 040:金色の獣と黒き獣
GAMESTART 霧島董香 GAME OVER

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最終更新:2016年08月26日 12:12