08◆酔狂少女
誰か私を、殺してください。
私の中の私はそう言って、私の中で叫び続けていました。
本当の自分はそんなこと全く思ってないのに、どうして私の中の私は、こんなことを言うんだろう。
私はそればっかり思ってしまって、つかれてたんだと、思います。
いま私がいるのは、男子トイレ。
娯楽施設の一階の人目につかない場所にある男子トイレです。
ハリボテだった車と同じで、この男子トイレもそれっぽく作られただけみたいで、
本当の男子トイレとは微妙に違う感じだ、って、洒々落々のおじさんは言っています。
例えば、おむつ替え台があること。
汚物入れがあること。
そして――小便器の形が微妙に違い、ついたてがあること。
とってもお酒くさいにおいをぷうんとさせながら、おじさんはその三点を指摘しました。
私はその事実から推測します。
この空間を作り出した人がいるとしたら、それは機械に詳しくない女性である、と。
ゆえに車の中身は全くのハリボテであったし、男子トイレが完全には再現されていないのでしょう、と。
そう私が言うと洒々落々さんはぷはあ、と音を立てて、支給されたお酒をまた一瓶開けて、
どうでもいいな、と一言つぶやくと、個室のひとつのドアを開けました。
……個室の中を覗き込む横顔は、ちりぢりの髪の毛と不揃いのあごひげも手伝って、とっても不潔そうでした。
最初に会ったときそれを指摘したら、やっぱりどうでもいいって言われたのを覚えています。
そう。
この洒々落々さんという人は、最初からこんな人でした。
心機一転さんを追っていた私が、駐車場の一角で偶然出会ったこの人は、
なんとこの
殺し合いの場において、ひとりでがぶがぶと酒盛りをしていたのです。
自分がどうでもいいと思うことは、どうでもいいでいい。
そんなあっさりした考えを持ってる人なんだって、一発で分かるくらい楽しそうに呑んでました。
私が洒々落々さんに目を止めて、足を止めて見つめてしまったのは――、
堅苦しい掟に縛られている私と洒々落々さんが、全く反対側の存在だったからかもしれません。
偶然は重なって、洒々落々さんが顔を上げて、私と洒々落々さんの目が合って。
すっかり出来上がってしまってた洒々落々さんにつられるように私は酒の席について、いろいろとお話をしました。
私が今までのことを話すと、洒々落々さんは言いました。
逃げたやつなんて追う必要はない、とか。
ただ悪い人を守るだけじゃなくて、積極的に悪いことをしていけばいいじゃないか、とか。
言われてみれば私は最初から、自分の考えに基づいた良いこと、
《ではなく、悪いこと》を馬鹿みたいにしていこう、と思っていたのでした。
逃げた人を追うのは、客観的に見れば良いことです。
それではいけません。
私は
ヒーローとして、悪い人を守り、善い人を殺し、
そして世のため人のためにどんどん悪いことをしなければならないのに、すっかり間違えてしまっていました。
もちろん洒々落々さんは真剣にそんなことを言った訳じゃなくて、適当に言ったんだろうなってことも分かっていました。
ずず、とそばに来て、私の太ももをなでなでしながら言った言葉に、真剣味などこもるはずもありません。
さわさわ、さわさわと。
なんだかくすぐったくって、でもそれが悪いことをしてるみたいで、私は困ってしまいました。
だって悪いことをするのが是なら、悪いことをされるのだって是です。
そう、中学生の女の子にいたずらをするのも、お酒臭くて仕方ない息を鼻先ではぁはぁさせるのも、
とってもいやらしい目をしながら私の制服に手を突っ込んでくるのだって、客観的に見てとっても悪いことで。
だから積極的にしていくべきで、拒めなくなってしまうのです。
これは盲点で、困りました。どうすればいいのか分からなくて困りました。
困って、困って、とりあえず心機一転さんを追うのはやめて、酒盛りに参加しようと思いました。
いったん酒々楽々さんには離れてもらって、私もお酒を飲みたいです、と言うと、
お嬢ちゃんは本当に悪い子だねえ、と酒々楽々さんは笑って、デイパックから酒瓶を取り出しました。
お酒は二十歳になってから。
という掟があるのは当然知っていましたが、しかし私は勇気凛々。
これが本当の私であって、いちばん正しいあり方なんですから――悪いことをするのにだって、
全力でなければいけません。
こんな、ナニカがおかしいような気持ちなんて、生まれるはずがないのです。
もはやこれは私の義務なのです。
そうやって、なぜか切羽詰ったような思考になって酒瓶のフタを開けた私に、酒々楽々さんは言いました。
しなければいけない、なんて堅苦しい言い方をせずに、したいんだって思えばいいのさ。
私がしたいって思ってるんだから、しょうがない……そうやって諦めちゃえば、なんだって楽しくなるぜ、って。
人生なんて笑っちゃえよ、って、そう言ってきました。
その通りですね、と私は言って酒瓶を傾けます。
お酒はさらさらと口に入ってきて、胃の奥にずぶずぶと、どろどろと染み込んでいきます。
初めて呑んだお酒は、月並みな感想で申しわけありませんが、大人の味がしました。
禁断の、味が、しました。
ずっと飲んでみたかったような、そんな気がして仕方ありませんでした。
このお酒に酔い狂って――倫理、道徳、その他いろいろ、ぜんぶ忘れてしまえば。
あとはもう、残った欲望に溺れるだけでいい……それできっと、私はヒーローになれる。
本当に?
本当にそうだったんでしょうか?
きっと違う気がします。でも、もうわかんない、……わかりたくないです。
もう、何かが違う気がするなんて、思いたくもなかったんです。
だって、だって。
ほんのわずかに残っている本当の自分にダメって言うのは、つまり、自分をころしてしまうこととおんなじで。
私はそうしたいと思ってる、死にたがっている私の中の私が、恐かったんです。
誰か私を、殺してください。
そう言い続ける私の中の私を、私はお酒のちからで、溺れさせてしまいます。
私の中の私は沈んで行って――本当の自分だけが、残りました。
だからここからの私は、本当の自分なんです。
伊達や酔狂なんかじゃない、見たまま生きたままの、新鮮な私は……酒々楽々さんに連れられるようにして、
男子トイレの個室に二人で入って、悪いことを始めます。
そのために私とおじさんは、わざわざ娯楽施設の男子トイレまで来たんです。
……まあ。今から私たちが何をするのかなんて、誰にだってわかっちゃうと思います。
なので、あえて詳しく書くこともないでしょう。
あはっ、
もし期待していたなんて人が居たら……居ちゃうんだとすれば。
私はそれを、裏切ることになるんでしょうか?
だったらいいなって、思います。
私は最高のわるいこに――ヒーローになるために、悪いことをしたいんですから。
だからそれができるように、私はこの娯楽施設に溺れます。
目の前のおじさんの、お酒臭い息を吐く口を……ちょっと背伸びをして塞いでしまえば。
うっとりするくらい楽しい時間に酔わせてくれるって、おじさんは下卑た笑い声で言ってくれたんです。
本当に最低最悪で、最高に悪いおじさんです。こんな人に出会えて、私ったら本当に幸せ者だと思います。
私はそうして、知りました。
お酒のにおいと、また別の、とっても卑しいにおいに包まれながら、知りました。
悪いことって、気持ちいいんです。
「――あはっ♪」
それはそれはもう、死んでしまいたいくらいに。
【A-2/娯楽施設一階・男子トイレ】
【勇気凛々/女子中学生】
【状態】夢見心地
【装備】なし
【持ち物】化粧用の手鏡、ボウガン
【ルール能力】勇気を出すとりんりんソードを具現化できる
【スタンス】ヒーロー(反転)
【酒々楽々/わるいおじさん】
【状態】らっきーらっきー、役得役得
【装備】なし
【持ち物】酒瓶×7、空の酒瓶×3
【ルール能力】不明
【スタンス】適当
用語解説
【役得役得】
役得とは、その役目についていることによって得られる特別の利得や特権のこと。
これを強調したいときは役得、役得!と二回重ねたりする。
【男子トイレ】
最近は男親も増えたので、おむつ替え台はあるところもあるかもしれない。
最終更新:2012年01月03日 20:00