13◆お仕舞い(後)
「僕は今までの人生で、ずっと負け組だった。
いっそ消してもらいたい記憶があるくらい、思い出したくないことだらけさ。
学生時代、部活の先輩にいちばん殴られたのは僕だった。受験があれば、一度は必ず失敗した。
家はもちろん裕福じゃなくて、家族の記憶は消されているけれど、かなり苦労したように思う。
社会に出てもそう。会社を二回クビになっていろんな人から疎まれて、結局は場末の酒場でショー芸人だ。
どうして生きているんだろうって悩んだことも、一度や二度じゃなかったよ」
軽妙洒脱はいわゆる、良い人すぎて損をするタイプだった。
片づけを率先して行うばかりに係を押し付けられたり。
貸した本が返ってこなくても、傷をつけられていても、怒ることが出来なかったり。
いろんな場面で、本来負うべきじゃないことまで自分のせいにして、やってしまうほどのお人よし。
結局はそれは――ほとんどの人に利用される役回りを買って出ることに他ならないのに。
それでもしてしまう。
人生を転がり落ちていくと知っていながらも、自分から転がってしまう。
知らない内に増えていた借金は膨れ上がり。最後にたどり着いたバーのショー芸人も、前座扱いの低賃金。
何度も自分で命を絶とうとして、でも弱い軽妙洒脱はその選択肢すら取れなかった。
そしていつしか、自分に降りかかることは全て自業自得だと思って、軽妙洒脱は諦めてきたのだという。
「人生で損をするのはね、自分がどんくさいからだって思うことにしたんだ。
あるいは、自分が損をすることで誰かが得をするのなら、それでいいやって思うことにしたんだよ。
そうやって頼まれない自己犠牲を続ける自分に、僕は酔いつぶれていた。
勝つことを、諦めた。負け組になることを、受け入れてしまった」
「そこだけは……諦めちゃ、いけなかったのに?」
「察しがいいね。そうだよ。本当なら、どんなに負け続けても、勝つことを諦めちゃダメなんだ。
やりたいことをやろうと努力する。こんな単純なことを諦めるだけで、人間は途端にダメになってしまう。
千里ちゃんの諦め方は……僕と筋は違うけど、同じだ。きみはクラスという社会の中で、人と関わることを諦めた。
でも、ホントは友達を作りたかったんだろう?
だったら、諦めちゃいけなかったんだ。諦めた結果は、悪い方にしかならない」
……でも。
と、一拍置いて。軽妙洒脱は最後の言葉を、言い放つ。
「でもね、千里ちゃん。君がその《一望千里の目》でこの会場を見回したとき――君はまだ、勝とうとしていたはずだ」
「……!」
「諦めてなかったはずだ。
だから、君のそれは自業自得なんかじゃないと僕は断じるよ。
もう一度言うけど……君は、僕と違って、まだやり直せる。勝ち組になれる。変われるんだよ。だから……」
「でも! ……わたしにはもう、目がないじゃないですか。
さっきだって、手を引いてもらわなきゃ満足に歩くこともできなかったのに。
殺し合いに勝つには……生き残るには、力が必要なのに。ルール能力も使えないわたしが、」
「ああ。だから。僕が君を守ろう」
「……え、」
「君が、この娯楽施設で満足にやりたいことができるように。僕が、君の目になろう。
僕はもう諦めてしまっている人間だ。だけど、君が諦めないかぎり――僕は君の力になることができる。
そのことに気付くのが、遅かった。
ショー芸人なんて、まさにそんな仕事だっていうのに、気づいていなかった。
結局僕は……誰かが喜んでくれるようなことがしたいだけだったんだよ。だから、僕は君を守りたい」
だから。君の力にならせてくれないか。
軽妙洒脱は一望千里に面と向かってそう言うと、一望千里の手を取って、祈るように彼女の手のひらを掴んだ。
最初から、軽妙洒脱はこれを言うタイミングを計っていた。
おにぎりを分け与えたのも、顔の傷の顛末を聞いたのも、
自分の存在が彼女にとって必要なものかどうかを計る意味を含んでいた。
……少しずる賢いやり方だ、と非難されることは覚悟の上だ。
守りたいだなんて申し出ることは、一望千里の弱みに付け込んでいるのと同じようなものだと、分かっていた。
それでも。
この道が、やりたかったことを叶える唯一の道だということを――軽妙洒脱だけでなく、二人とも、肌で感じていた。
だけど。一望千里は、それだけでは終わらせたくなかった。
「あ、あの……目をつむって、くれますか」
「?」
何でいきなり?
突然の要求に驚いた軽妙洒脱はあらためて一望千里を見るが、
包帯に包まれて長い前髪を垂らした少女の表情はまったく読めずに、困惑度が増すばかりだった。
「一体どういう――まあ、いいか。ほら、つむったよ」
「ほんとですか」
「ああ、というか、嘘をついてもメリットはないしなぁ……」
「本当に、ほんとです……よね?」
「もちろんだ」
目をつむる。
一望千里が何でこの要求をしたのか全く分からなかったが、軽妙洒脱はとにかく従っておいた。
何が起こるのか想像してみようとしてもできない。
視界が暗闇に包まれた不安感が、数秒続いた。
……例えば、彼女の顔に巻いた包帯を切るのに使った包丁は、まだデイパックから柄を出している。
もしかして、強くせまりすぎたとか。
やっぱり怪しいと思われて、包丁で刺されるのかもしれない。
不安感は嫌な推測を生んで、軽妙洒脱の動悸を少しずつ早くしていく。
一望千里は何も言わない――どうやら、こちらが本当に目をつむってるかどうか試しているらしい。
ぶんぶんと手が空を切る音がして、なぜだか怖いより先に、かわいいなと思った。
その瞬間だった。
「……えいっ」
ぺた。
と、一望千里の手のひらが、軽妙洒脱の肩を叩いたかと思ったら。
ぐいっと強い力がその肩にかかって、さらにもう片方の手が脇から入ってきて――抱きつかれた。
軽妙洒脱は、一望千里に、抱きつかれた。
「え?」
「あ、あの! 目は開けないで下さい……、は、恥ずかしいので」
「いや、あの……千里ちゃん?」
「だから、絶対に目を開けないでくださいよ?」
離さないと言わんばかりに強く抱きしめられたまま。次に何がくると思ったら、
軽妙洒脱の頬に、暖かい何かが触れた。
ちゅ、……と、音がしたような気がする。
何が起こっているのか理解できずに、軽妙洒脱の心臓だけが早鐘を打つ。
「え? おいおい、ちょ、ええ!?」
「あの……え、ええっと! お、お礼で! あの、うれ、嬉しくて。おにぎりおいしかったし、あの、その、ああもう!」
ぎゅう、と今度は、ふてくされたように軽妙洒脱の肩にあごを乗せて、でもさらに密着してくる。
女子高生に、抱きつかれていた。
いいや、それ以前に……人に抱きつかれたことなんて、
数十年単位でなかった(気がする)軽妙洒脱は、抱きつかれているという状況をいまだに認識できなかった。
抱き返すこともままならない――心臓がもはや、爆発しそうだ。
落ちつかせる、落ちつけ、別のことを考えろ。思春期の少年じみた心の葛藤が軽妙洒脱の中に流れこんできて、
「……いいこと、ありますよ」
「え?」
その一言で、我に返った。
「っ、あ、あの! わたしだけじゃなくて……ケイおじさんにも、まだいいこと、ありますよ。
わたしを守るだけじゃなくて。それだけで満足しなくても、他にも、できることってあるはずじゃないですか」
「千里ちゃん……」
「おじさんがわたしを守ってくれるなら、わたしも、おじさんを手伝います。
こんなわたしにだって、出来ることの一つや二つあるかもしれない……いいえ、あるって、信じたいから。
だから、その。……協力、しましょうよ! 二人でここから、どうにか脱出して。
わたしと、展望台とかで、広い景色を、一緒に見て……失敗話とか、しましょうよ」
そこまで言うと一望千里は、ぎゅっと抱きしめるのをやめて、軽く抱きつく感じに戻った。
言いたいことを言い終えて、気が抜けてしまったらしかった。
一望千里が……目がいきなり見えなくなってしまった少女の感じている恐怖は重いはずだ。
恐怖におびえながら、勇気を振り絞って言ってくれたのがさっきの言葉だと、軽妙洒脱は理解していた。
そっと。
軽妙洒脱は、静かにそのか細い体を抱き返す。
目を開けたら、涙がこぼれてしまいそうだったから。
だから目は、閉じたまま。抱き返すと、一望千里は少し嬉しそうに、ふふ、と笑った。
――軽妙洒脱は、一望千里を救ったとばかり思っていた。
それは間違いだった。……本当に救われていたのは、自分の方だったのだ。
「べつに寒くはなかったはずなのに。こうしてるとなんだか、温かいですね」
「ああ、そうだね」
「ずっとこうしている訳にはいかないけど……もう少しだけ、いいですか」
「いいよ」
「ありがとう、ございます。じゃあ……」
足音も聞こえない、静寂の中。
目を失った少女と負け組だった男は、お互いの弱さを埋めあうために、何も言わずただ抱き合った。
言葉も、行動も。相手の姿を見ることも、いまは必要なかった。
心がつながっていれば――目を開くことが出来なくても、どこまでだって理解できるのだ。
10秒。
20秒。
二人はただじっと、互いの暖かさを感じた。
「……」
「……」
1分。
1分と30秒。
抱きつきながら軽妙洒脱は、これから何をしようか考え始めた。
守り、守られる……救いながら救われる仲間が出来て。
ここから二人で、いやもっと沢山仲間を集めて、そう、脱出を図るのだと少女は言った。
「……」
「……」
2分。
3分……。
軽妙洒脱のルール能力は貧弱なものだったし、一望千里はもうルール能力を使えない。
だけど他の参加者の中には、使い方によっては、あるいは力を合わせれば、
ここから脱出できる可能性を持つルール能力もあるかもしれない。
望みは薄いが、それに賭けるしかないだろう。
方針は――決まった。
それでもやっぱり、まだほんの少し怖いから。軽妙洒脱はまた、一望千里をぎゅっと抱きしめる。
「……」
「……」
目をつむったまま、抱きしめた。
「……」
「……。ん?」
何かがおかしいことに気付いたのは、抱き合いはじめて3分半が経ったときだった。
「……」
「千里ちゃん?」
「……」
「まさか、寝てしまってる?」
3分40秒。
3分50秒。
抱きしめている一望千里から――反応は、ない。
眠り込んでしまったみたいに、身体をだらんと垂らして、軽妙洒脱に寄りかかっている。
「……?」
「……」
「いや、でも……寝息の音は、しないし……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「千里、ちゃん? なあ、いつまで、抱き合えば」
「あはっ」
「え?」
――別の声。
あまりにもそれは、突然に。
一望千里とは違う、別の声が軽妙洒脱の耳を貫いて……、
驚いた軽妙洒脱は、その目を開ける。
「……!!」
「それは、死ぬまで、でしたね♪」
4分を、数えて。
少女がそこに居た。
明るい栗色の髪を、鈴のような形の髪どめで留めて、おさげの形にし。
服は――白い生地に緑の襟をあしらえてある制服のボタンをなぜか乱して、胸元を大きく開けながら。
額や首、開けた胸元から見える肌を、玉のような汗で濡らして。
まるで近くで激しい運動をしてきたあとのように、ときどき息を切らせつつ。
少女、勇気凛々は――いつのまにかそこに立っていて。
がっくりとうなだれる一望千里にさっきからずっと、静かに突き刺していたそれを、
じゅぼ、と嫌な音をさせながら引き抜いた。
「ひっく。
ふふ……また一つ覚えました。人間の血って、こうやったらこのくらい垂れるんですね」
とたん一望千里の身体はびくんと跳ねて。
おそらく湧き出る泉のように流れてきた血液が、抱き合っている軽妙洒脱の腹部に垂れてくる。
生ぬるい赤い液体。
だらだらと、だらだらと。
……その光景を受け止められずに、思わずそらした視界の端で――また一つ、軽妙洒脱は見た。
一望千里が転がり落ちてしまった、中央階段。
屋上まで吹き抜けになっているそのフロアの2階部分から、面白そうな顔でこちらを見つめている男の姿を。
その手に握られた、少女の革靴を。
「ああ、そうですよ。私、勇気凛々は、2階からあなたたちに向かって飛び降りたんです。
だって――この殺し合いの場で、仲間を見つけて抱き合ってるなんて。
もうなんか、笑えるくらい守りたくなる光景で――《だから、殺したくなったんですよ》」
どこから持ってきたのか分からない大きな剣を、木の棒を振るうかのように振りかざし。
悪いことを覚えたばかりの高揚感が隠しきれない笑みを浮かべて、
妙に艶めいた声で襲撃者の少女は言った。
「いいですか? 教えてあげます。
なんだかおかしなことを考えてたらしいですが……この殺し合いからは――逃げられませんよ?」
だって、《善人はみいんな、私が逃がしませんから》。
もう息をしていない一望千里に向かって、《りんりんソード》を振り下ろしながら……、
勇気凛々はまるで罪悪感を感じてない純粋な子供そのままに、そう言ってはにかむのであった。
次の瞬間、一望千里の頭蓋は、真っ二つに割られた。
「……」
軽妙洒脱は、声も出せない。
【一望千里:死亡――残り十二名】
【B-1/娯楽施設・中央大通り一階から二階にかけて】
【軽妙洒脱/ショー芸人】
【状態】声も出ない驚き
【装備】なし
【持ち物】基本支給品、壊れたレーダー、包丁×2、二日分の食糧、
ショーに使えそうな楽器、金属バット、フライパン
【ルール能力】不明
【スタンス】―――――――。
【勇気凛々/女子中学生】
【状態】笑顔
【装備】なし
【持ち物】化粧用の手鏡、ボウガン
【ルール能力】勇気を出すとりんりんソードを具現化できる
【スタンス】
ヒーロー(反転)
【酒々楽々/わるいおじさん】
【状態】面白くなってきた
【装備】なし
【持ち物】酒瓶×7、空の酒瓶×3
【ルール能力】不明
【スタンス】適当
こうして四人目の死者が出て――ルール通り、これから10分ののち。
第一放送が、流れ出すことになる。
用語解説
【軽妙洒脱】
軽快で妙味があり、気がきいて味があること。というあっさりした解説ができる四字熟語。
筆者としてはかっこいい時の銀魂の銀さんみたいなイメージだろうか。
四字熟語ロワでは幸の薄い流され体質の元サラリーマン。幸だけでなく髪も薄い。
こういう大人にはなりたくない、とは思うが、忘れちゃいけない気持ちもあると思う。
最終更新:2015年03月02日 01:51