第一放送(四字熟語ロワ)

14◆第一放送



 ぴーんぽーんぱーんぽーん。
 気の抜けた炭酸飲料と見まごうほどのベルの音が、娯楽施設全体に響きわたる。
 ルールに乗っ取ったイベント――「店内放送」の始まりだ。

 もしここが本当にただのショッピングセンターであったなら。
 ベルの音で始まるこの「店内放送」は、迷子の子供の名前やタイムセールの情報を提供してくれるような、
 平和的な要素に満ちたものだったはずだろう。
 しかし、まことに残念なことに。
 今この娯楽施設に満ちているのは、平和の二文字からは無縁の単語ばかり。

『――殺戮。死体。血液。騙し合い。
 ああ、そんな単語だらけのこの施設、わたしたちはずいぶん娯楽として楽しむことができました』

 そう、ここは――殺し合いのための、施設。
 だから聞こえてくる放送は、血にまみれたおぞましいものでなければ意味が無い。
 とある場所。
 娯楽施設の中なのか外なのかも分からないその場所で。
 マイクに向かって声を出した白衣の女の心中は、きっとどす黒く歪んでいるように思われた。

『はい……みなさん、私の声が聞こえたことで察しがついたと思われますが。
 ついさっき、この場における四人目の死者が出ました。
 よって! 店内放送を、始めさせていただきます。
 ちなみに進行役は……私の声を聴きたくなかった人も多いでしょう、どうもお久しぶり、奇々怪々でございます』

 お辞儀を一つ。
 誰も見ていないのにそれをする礼儀正しい狂気の研究者は、奇々怪々。
 ”文字紙の招待状”を発行して四字熟語たちを集め、この倫理無き実験を開始した幻想言語学者のひとりにして、
 この実験の進行役であった。

『――いやはや全く、みなさん開始からずいぶん飛ばしていくこと突風のごとしですねぇ!
 開始から約5時間。
 4時間52分と43秒での第一放送となったのは、私たちの予測を大きく上回っています。
 ”もうこの実験も、かなりの回数を重ねてきましたが”――こんなに早く死んでいくのは初めてかもしれませんね。
 データも非常によく取れていますし、このままどんどんやっちゃってくれて構いません。
 むしろ歓迎します。
 ルール能力を確かめて、駆使して、裏をかいて――いろんな貴方がたの姿を見せてください。
 殺人に手を染めて生きることを選んだ者……うっかり殺してしまった者。
 未だにスタンスを決めかねてる哀れなお方は、うーん? さすがにもう居ないかな?
 まあ、いろいろ居るとは思われますが、最後にこの地に立つのは一人です。
 お忘れなきようにお願いしますよ。
 ”この地に最後に立っていられるのは、たった一人だけですからね”。
 ……さて、前置きはこのくらいにして。
 今からわたくしが提供いたしますのは。死んだ四字熟語と、禁止エリアの発表でございまーす。
 はい拍手。ぱちぱちぱちぱち! テンション上げていきましょう!』

 開始時に集められた広間でのルール説明のときに比べ、奇々怪々の声は心なしか弾んでいる。
 大会会場で中間報告をする司会進行役のあのテンションだ。
 そのテンションのまま……まず読み上げられたのは、四つの四字熟語だった。

『では、発表します。この第一放送までに実験から退場したのは……、

 猪突猛進
 東奔西走
 心機一転
 一望千里

 の四名です! あらら、ただでさえ少ない女性の参加者がもう二人も死んでしまいました。
 まあ、勝負は時の運。
 殺し合いは神様の気まぐれ、とはよく言ったもので、これはデータにも残す価値が無い偶然と処理しますが。
 残った三名の女性参加者にはがんばっていただきたいものですね』

 他人事らしいあっさりとした口調で、奇々怪々はマイクの向こうの参加者たちに語りかけて。
 さて、と話題を変える。――次は少し、説明を加えながら読み上げる。

『では、禁止エリアについて。
 これから一時間ののち、以下の二つのエリアを禁止エリアとします。

 A-1
 B-3

 以下の二か所に一時間後に入ってしまうと、少しの待機時間ののちに首輪が爆発。
 焼肉定食さんのようになってしまうのでお気をつけて下さい。……焼肉定食さんのこと覚えてる人いますかね?
 まあ、あの人はホントに見せしめのためだけに連れてきた人なんで別にいいんですが。……っと、口が過ぎましたか』

 こほん、一つ咳をする。

『はい、……もう伝えることもないし、邪魔しちゃわるいので終わりにしますか。
 最後にひとつ。ルールブックの隅に書いてありますが、この文面を繰り返して締めといたしましょう。
 ”死んだ四字熟語は――放送の後。この場から消えてしまいます”。
 ……察しのいい人は、この言葉の意味に気が付いていたかもしれませんね。ではまた、残り七人の時に。アデュー♪』


 ぼーんぱーんぱーんぽーん。
 気の抜けた炭酸飲料と見まごうほどのベルの音が再び、娯楽施設全体に響きわたって。
 娯楽施設を支配する「店内放送」は、その第一回目の役割を終えた。

 さあ、残りは十二人。しかして、実験は終らない。
 この地に最後に立っていられるのは……たった一人だけなのだから。



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用語解説

【店内放送】
ぴーんぽーんぱーんぽーん。
――当店へお越しのお客様、本日は当店をご利用いただきまして誠にありがとうございます。
で始まる店内放送は、セールやフェアなどの案内、また迷子のお知らせなどを放送するのが一般的。
四字熟語ロワではバトロワの放送と同じ意味を持つ。

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最終更新:2015年03月02日 01:15
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