ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1958 はんぶんこのれいむ
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とあるブリーダーおにいさんのところに、一匹のれいむがいました。
れいむは、四匹姉妹の下から二番目の妹でした。おとうさんは希少種であるろりすで、おかあさんはれいむ。
どちらも三代遡ってもプラチナバッチ持ちの優秀餡統の持ち主で、れいむの姉妹は皆、ペットショップに並ぶことすらないほどの高級ペット用ゆっくりとして生まれてきました。
れいむの一番上の姉は、父と同じろりすでした。
二番目の姉は、立派なありすに育ち、プラチナバッチをもらいました。
そして、四匹姉妹の末っ子は、世にも珍しいアルビノれいむ…… 『はくれいむ』として生まれました。
そのせいで、三番目れいむのゆん生は、むちゃくちゃでした。
「これは…… 素晴らしい。胴付きれいむのアルビノですか?」
「はい。『はくれいむ』と私は呼んでいますけどね。ほら、見てください。アルビノですが、お飾りの色まで真っ白にはなっていない。しかも目はオッドアイです」
「いやぁ珍しい。オークションカタログに名前が載っていたのを見たことはありましたが、実物を見るのは初めてです」
「そうでしょう。ほら、はくれいむ。こっちに来なさい。お客様に挨拶をするんだ」
れいむ姉妹のおにいさんは、高級ゆっくりのブリーダーとして、それは名を知られた人でした。
元々、お金持ちの家に生まれたブリーダーお兄さんは、ゆっくりを育てるのに惜しみなく予算を注げるだけの財産と、必要なものと不必要なものを見分けることができる商才を持ち合わせていました。だからこそ、お兄さんは、数百万単位のお金が動く、ショークオリティのゆっくりブリーダーとして成功することができたのです。
おうちはまるでお城のようで、あちこちにゆっくり用のケージが設けられています。ときどきゆっくりの商談をしにくる人たちは、薔薇園の見える応接間に通され、メイドさんたちの淹れてくれた紅茶を飲んで話をしました。
人間さんたちにとっても、夢か物語にしか出てこないような『ゆっくり』とした暮らし。
そんなおにいさんにとっても、れいむとはくれいむは、何よりの自慢のコレクションでした。ですからこうして、尋ねてくる人がいるたびに、呼び出されるのです。メイドさんに抱っこされてつれてこられたはくれいむは、お客様の顔を見て、不思議そうに首を傾げます。
「ゆぅ?」
「ほう、これは……!」
お客さんはみんな、同じことをいいます。はくれいむを見ておどろき、そして、感激するのです。
「これが、『れいむ種』だなんて、信じられないでしょう。見てください、この毛の色、この容姿」
「いやあ、ほんとうに…… なるほど、トップクオリティともなれば、れいむ種でもここまでのモノになるのですな。これなら希少種にも劣りませんよ」
はくれいむは、しかめっつらをして、お客様をにらんでいました。それでも、はくれいむは、それはそれはきれいなゆっくりだったのです。
髪の毛は、雪のようにまっしろ。毎日メイドさんがていねいに梳かして、おリボンを結びなおしてくれるから、まるで花嫁さんのヴェールのよう。肌はすべすべとしていて、透明な寒天で出来た目は、片方が赤く、片方が薄い銀色をしていました。『はくれいむ』は普通、真っ赤な目をしているものだから、これは特別にめずらしいものだといえるでしょう。
「れいむちゃん、はじめまして。おじさんは、ゆっくりをあちこちのおにいさんやお姉さんに紹介するお仕事をしているんだよ」
「ゆ…… ゆー、ゆー」
はくれいむはもじもじしながら、腕の中に抱っこしていたゆっくりに抱きつきます。おじさんは、おや、という顔をしました。
「なんですか、あの薄汚い饅頭は」
「ああ、あれは……」
おじさんは、はくれいむに抱かれていたゆっくりが、世にもみすぼらしいゆっくりれいむだったのを見て、露骨に嫌そうに顔をしかめます。
その声を聞いてびっくりしたのか、はくれいむは「ゆー!」と悲鳴をあげて、そのまま後ろにあとずさりました。
「ゆん、ゆんやー! ゆ、ゆー!」
「あ、だめだよ、はくれいむ! そこにテーブルさんが……!」
腕の中のれいむが慌てて言っても、遅かったようです。おじさんから逃げようとよたよた駆け出したはくれいむは、そのまま近くのテーブルにぶつかって、ころんと地面に転んでしまいました。
とたん、はくれいむの色違いの目に、涙が溢れ出します。転んだときに、あたまをぶつけてしまったのです。
「……ゆやぁぁぁ! ゆわあぁぁぁぁぁん!」
「だめだよはくれいむ! おきゃくさんがゆっくりできないよ! なきやんでね! ゆっくり泣き止んでね!」
生まれたばかりの赤ゆっくりとしか思えないような声、キンキン頭に響くような大声で泣き喚き始めるはくれいむを、れいむは必死でなだめます。ほんとうはさっきはくれいむが転んだときにクッション代わりに押しつぶされて、餡子をはきそうなくらい押しつぶされてしまっていたのですが、でも、そんなことを気にしていたら、いつまでたってもはくれいむが泣き止んでくれないのです。
「おにいさん、ごめんなさい。はくれいむがうるさかったら、れいむが謝るよ! おにいさんをゆっくりさせられなくてごめんなさい!」
ゆんゆんなきわめくはくれいむの下敷きになったまま、みすぼらしいれいむは必死で謝ります。さすがにおじさんも、何かがヘンだと気付いたようで、困ったような顔で、ブリーダーお兄さんのほうを見ました。
「あぁ…… ああ? なんなんですか、これは?」
「ああ、こっちのれいむはですね、はくれいむの姉妹なんですよ。それでね」
お兄さんが何を言おうとしているのかわかって、れいむは思わず、体を硬くしました。
お兄さんは笑顔でこちらに歩いてくると、まだゆんゆん泣き続けているはくれいむを抱き上げます。そうしてはくれいむの服をまくりあげ、半分以上脱がしてしまうと、よく見えるようにおじさんのほうへと向けました。
「この二匹はね、生まれつき体がくっ付いてるんですよ」
おじさんは目を丸くします。れいむは目を伏せましたが、はくれいむは何が起こっているのか分からなくて、お兄さんに抱っこされ、きゃっきゃっと声を上げて笑い始めます。
「人間で言うと、シャム双生児というやつにあたります。……はくれいむとこっちのれいむは、中枢餡を一部共有していて、切り離すことができないんですよ」
天使のようなはくれいむは、生まれたときから、何一つとしてすることができないゆっくりでした。
きれいで珍しい色違いのおめめは、片方はものが見えません。もう片方も、ぼんやりとしか見えていないようで、歩くとすぐに転びました。胴付きになって動きが大きくなると、転んだり、高いところから落ちたりする数は、何倍にも増えました。
はくれいむは、いくつになっても「ゆっくり」の一言すらいえないゆっくりでした。うんうんやしーしーをする場所を覚えることもできず、垂れ流しなのでいつもおむつを付けさせられていました。
ものすごい偏食で、あまあまさん以外をあたえられると、泣き喚いてあちこちにごはんを投げ捨てます。でも、せっかくあまあまさんをもらっても、たべているうちに半分以上を口からぽろぽろこぼしてしまいます。これは仕方の無いことで、じつははくれいむは自分の食べたものを、上手に餡子にかえることができない体質だったのでした。
その全部を代わりにやっているのが、はくれいむの腰にくっついたままうまれた、姉のれいむでした。
「はくれいむ、そっちいったら階段さんがあるよ! 階段さんからおちたらおおけがするよ!」
目の見えにくいはくれいむが怪我をしそうになったら、必死で止めて、
「メイドのおねーさん、はくれいむがうんうんしたよ…… おむつさんを変えて欲しいんだよ……」
はくれいむのうんうんやしーしーのお世話に常に気を使い、
「ゆやぁ? ゆうううう! ゆんやぁぁぁ!!」
「ゆゆ! ごはんさん投げちゃだめだよ! ほら、あまあまさんあげるよ。はくれいむ、これを食べてもいいんだよ」
「ゆーうー? やーぅ、ゆやー!」
「……れいむは、はくれいむの分もごはんさんを食べるよ! むーしゃむーしゃむーしゃむーしゃむーしゃ……」
ご飯を食べられないはくれいむのために、れいむは吐きそうになるくらいたくさんのごはんさんを、必死で毎日食べました。
れいむは、プラチナ持ちの餡統を継いで、誰よりも賢く、ゆっくりとしたゆっくりでした。
妹たちを可愛がってくれていた姉のありすは、いつも、れいむに言ってくれました。
「れいむ、あなたははくれいむをまもってあげるために、こうやってうまれてきたんだとおもうわ。だってはくれいむは、ひとりじゃぜったいに、ゆっくりすることができない子だもの」
「ゆぅ…… でもおねえちゃん、はくれいむのせいで、れいむは、いつもゆっくりできないよ……」
「れいむはかしこいのに、ゆっくりしていないのかしら? はくれいむは、『天使さん』なのよ。その天使のゆっくりをまもってあげられるのは、れいむが、だれよりもゆっくりとしたゆっくりだからじゃないかしら?」
そういって、姉ありすは、れいむのほっぺたにすーりすーりしてくれました。
でもれいむは、素直に姉ありすに甘えて、ゆっくりすることは出来ませんでした。
『もしれいむが、ちゃんとはくれいむとバラバラに別れて生まれてきたら、普通のゆっくりれいむとして暮らせたのに』
胴付きで、体の大きいはくれいむに栄養を取られてしまうれいむは、どれだけ必死でごはんさんをむーしゃむーしゃしても、ぜんぜん大きくなることができませんでした。
生まれつきの栄養不足のせいか、髪はあちこちが抜け落ち、半分くらいはげかけています。肌は栄養不足でいつもカサカサ。自分の肌を掻いてばかりいるゆっくりは、人間さんにとってゆっくりできないとわかっているので我慢していましたが、たまに耐えられなくて掻き毟ると、ぼろぼろになった小麦粉の肌がどんどん体から剥がれ落ちました。
はくれいむが癇癪を起こしてひっぱるので、おかざりのリボンさんは、半分千切れてゆがんでいます。
くさりかけたみかんのようなれいむを見た人は皆、「かわいそうに」といいました。
はくれいむに向かって。
誰よりもかわいいはくれいむ。永遠に赤ゆっくりのままのはくれいむは、誰からも愛され、可愛がられました。
ブリーダーお兄さんは、展示会やオークションがあるときには必ず、出品するゆっくりたちと一緒に、はくれいむとれいむの二匹も連れて行きました。より希少なゆっくりを、より高級なゆっくりをブリーディングすることが夢であるブリーダーお兄さんにとっては、はくれいむは、ひとつの最高傑作だったからです。
ブリーダーお兄さんに向かって、はくれいむを手に入れるためなら、いくらでも金を積む、と言った人は、何人もいました。
お兄さんはそのたびに、「はくれいむは、色々と不具合が多いですからね」と答えました。
上手におめめの見えないはくれいむは、人が多いところを怖がりました。奇声をあげようとしたり、せっかくの髪の毛さんを掻き毟ったりしようとしました。れいむはそのたびに、必死ではくれいむをなだめました。
「大丈夫だよ、はくれいむ。お兄さんがついてるから、だれもはくれいむを虐めないよ!」
「うゆぁぁ――――!! ゆぎぃ――――!」
「さ、叫ばないでね! 叫ばないでね! れいむがお歌を歌ってあげるからね! だから泣き止んでね! ゆ~、ゆゆゆ~♪ ゆゆ~♪ おちびちゃんは~ おねえちゃんの~♪ あまあまさん~♪」
「ゆうううう…… ゆぎああああ! ゆぎゃああ!!」
「ゆゆゆ~♪ とってもゆっくり~ できるんだよ~♪ ゆ~ ゆゆ~♪」
はくれいむにもみ上げを力いっぱいひっぱられる激痛に耐えながら、れいむは、必死で笑って、おうたを歌いました。れいむのおうたは、おとうさんのありすから教えてもらったものでした。姉のろりすほどの美声はなくっても、歌はれいむのほうが上手だねと、ほめてもらえるくらいの歌でした。
「ゆあぁ……」
なきやんだはくれいむがにっこりすると、その笑顔は、れいむですら見蕩れてしまうくらい、かわいらしいものでした。左右で色の違うおめめ。真っ白な髪。ブリーダーお兄さんが自慢するとおり、はくれいむは、ショウクオリティのゆっくりとしても一流といえるほどの美ゆっくりだったのですから。
「うわぁ…… かなこさま! まっしろな胴付きのれいむがいますよ!」
「おや、ほんとうだ。めずらしいねえ、これは」
通りすがりの胴付きさなえとかなこが姉妹に気付いて、たちどまりました。歌を聴いていたのでしょうか。きげんのよくなったはくれいむは、二匹にむかって、「ゆ~♪」とあどけなくわらってみせます。さなえの顔がちょっと赤くなりました。
「ふむ、これはめずらしい。アルビノなだけじゃなくって、左右の目の色がちがうんだね」
「れいむさん、とっても歌がお上手なんですね!」
「うゆー…… あー……?」
さなえに話しかけられたはくれいむは、ぽかんと口を開けることしかできません。はくれいむは、中枢餡が足りないので、生まれたばかりの赤ゆっくりと同じか、それくらいの知能しかもっていなかったのでした。仕方なくれいむが答えました。
「……れいむとはくれいむは、ブリーダーお兄さんのところのゆっくりだよ。今日はお兄さんが即売会にゆっくりを卸しにきたから、れいむたちもいっしょに来たんだよ」
「え? なに、今の…… えっ! やだ、なに、この汚いの!」
しゃべっていたのが、腰の辺りにくっついていたれいむと気付いたさなえは、悲鳴をあげてあとずさりました。まるで気持ち悪い虫でも見つけたような顔だし、声でした。
「しろいれいむ…… このしなびたゆっくり、なんなんだい?」
かなこも、嫌悪感を隠し切れない表情で、でもゆっくりとした口調で、はくれいむに問いかけます。
「ゆあー?」
「……れいむは、はくれいむのおねえちゃんだよ。生まれつき腰のところがくっついてて、はなれることができないんだよ……」
「えっ…… きょうだい、なんですか? うそでしょう?」
「……。ほんとうだよ。ぜんぜん似てないけど、れいむは、はくれいむのおねえちゃんだよ」
髪はまだらに禿かけて、体はしわしわにしなび、おリボンももみ上げもボロボロになった、れいむ。
綿みたいに真っ白な髪に、羽二重餅のような肌。天使みたいな笑顔をもったはくれいむとは、とても姉妹とは思えない。れいむはそれを、ちゃんと、分かっていました。
「ふうむ。だからあんたたち、出展されなかったんだねえ」
「びっくりさせちゃって、ごめんなさい。でもはくれいむにもれいむにも、わるぎはなかったんだよ。だから、ゆっくりゆるしてくれると、すごくうれしいな」
れいむとかなこの喋ってることがぜんぜんわからないはくれいむは、色違いの目をぱちぱちさせて、「ゆー、ゆゆー」とれいむの歌をまねていました。かわいいかわいい声の、調子外れの、へたくそなお歌でした。
さなえは、しわくちゃにしなびたれいむが話すのを聞いて、あわててあやまってくれました。
「ごめんなさい。さっきは、『汚い』なんて、ゆっくりできないことをいってしまいました」
れいむは、笑って、こう答えました。
「……なれてるから、へいきだよ」
―――なれてるなんて、うそでした。
ブリーダーお兄さんといっしょにお屋敷に帰ると、世話係のメイドさんがはくれいむをお風呂にいれてくれます。
今日ももらしてしまったうんうんとしーしーに汚れたおしりをていねいにあらって、最高級の砂糖を粉にしたものをはたいてくれます。髪の毛をブラシで梳かします。そうするとはくれいむの肌は白玉みたいにすべすべになり、髪は、真っ白な砂糖で作った飴菓子みたいにつやつや光るようになるのです。
メイドのおねえさんは、れいむのことも、ちゃんとお世話をしてくれます。
何をしても乾いてぽろぽろ表面がはがれてしまう肌にオレンジジュースを刷毛で塗り、はくれいむにひっぱられてぐしゃぐしゃになってしまったリボンを結びなおしてくれます。
でも、はくれいむとれいむは、それだけのことをしてもらっても、やっぱり、比べようも無いくらい、違っていました。
ブリーダーお兄さんが、胴付きのために買ってくれるベビーベッドの中で、羽のお布団の上にねころがって。
はくれいむが寝てしまっても、れいむは眠れませんでした。明かりの消えた部屋の中で、だまって、妹の顔を、そして、同じ部屋で寝かされている胴付きゆっくりたちのことを、見つめていました。
胴付きの、まだ子どものらんがいました。
れいむにとっては従兄弟にあたる、胴付きまりさもいました。
ふらんがいました。ゆうかがいました。ちぇんもいました。
みんな、きれいに洗われてつやつやして、きちんとしつけられてお行儀もよく、普通のゆっくりが見たら天使と見間違えるんじゃないかと思うくらいの美ゆっくりばかりでした。
でも、その中でもいちばんの美ゆっくりは、やっぱりはくれいむでした。
そして、しなびかけ、髪もはんぶん禿かけて、腐ったみかんみたいにみすぼらしいのは、れいむ一匹だけでした。
れいむの目から、一滴の砂糖水が、ぽとんとおっこちました。
『……れいむはたぶん、いっしょう、はくれいむにくっついたままくらすんだね』
『すきなゆっくりといっしょになって、ちゅっちゅしたり、すーりすーりすることもできない』
『おちびちゃんをつくることもできない』
『みんながはくれいむのことをほめるのをきいて、れいむははくれいむのごはんさんやうんうんのお世話をして』
『しわしわのくさったまんじゅうさんのまま、ずっと、ずっと、はくれいむがみんなにかわいいって言われるのを、きいて生きるんだね』
れいむはたぶん、しあわせなゆっくりでした。
あったかいおふとん、おいしいあまあま、捕食種やゲスにいじめられることもない暮らし。
それにもかかわらず、れいむはいつも、ふしあわせでした。
「……これじゃ、ゆっくり、できないよ……」
れいむは、横でねむっているはくれいむを見ました。
そして思いました。
もしも、はくれいむを殺してしまえば、れいむもゆっくり出来るかもしれないのに、と。
そして春さんがすぎ、夏さんがすぎ、はくれいむもれいむも、すっかり大きくなりました。
はくれいむは、ますます美ゆっくりへと成長していきました。ゆっくりだけでなく、愛でお兄さんやHENTAIお兄さん、ただのゆっくりファンですら、夢に見るような胴付きれいむへと育っていきました。
そしてその一方で、れいむは、ますます小さく萎びてぼろぼろになり、みすぼらしくなっていきました。
飴さんをたべ、蜂蜜さんをなめるのがせいぜいのはくれいむに代わり、たくさんごはんをむーしゃむーしゃしようとしても、気持ち悪くなって途中で吐いてしまいます。髪の毛はひっぱられてもいないのにほとんど全部ぬけてしまい、しょぼしょぼと細い束がかろうじておリボンをのっけているだけです。
もみあげは途中で千切れてしまいました。
おめめがひとつ、かびて見えなくなりました。
れいむはもう、好きだったお歌をうたうこともできなくなりました。
ほとんど見えない眼でうろうろと歩き回るはくれいむのおなかの辺りで、れいむはもう、ただの腫れ物みたいに、だまってくっついているだけの存在へと成り果ててしまっていました。
そんなれいむたちに、ある日、ブリーダーお兄さんの連れてきたお医者様が、言いました。
「れいむ。はくれいむ。よく聞きなさい。君たちは、このままだとまもなく、死んでしまうだろう」
「……どういうことなの?」
はくれいむは、自分が話しかけられていることもわからないで、陰陽玉をぶきように投げて遊んでいました。
お医者様は『れいむ』のほうをみて、ゆっくりにも分かるよう、噛んで含めるように説明をしてくれました。
「はくれいむは、自分だとご飯を食べられないね? 眼も良く見えないし、ものも考えられないよね」
「……そのとおりだよ。代わりにれいむが、ごはんさんをたべて、いろいろかんがえたり、おめめのかわりになったりしてるんだよ」
「それは、はくれいむの中にある中枢餡…… いちばん大切な餡子さんが、お母さんの中でちゃんと作られなかったせいなんだ。
だから、はくれいむは君の中枢餡を機能を借りて、生きるための力を得ている。だが、君の体ははくれいむの分もフル回転しつづけて、もうぼろぼろだ」
「れいむたち、どうなるの」
「君はこのままでは、間もなく死ぬだろう。そうすれば、自分の力では生き延びられないはくれいむも間もなく死ぬ。
だが、君たちを切り離せば、れいむ、せめて君だけは助けることができるんだ」
「……ゆ……?」
れいむは干からびかけた眼を開けて、はくれいむを見ました。
陰陽玉を手の中で転がして、まるで、おちびちゃんのように無邪気にわらっている妹を。
「ばらばらに、なるの?」
「成功すれば、できる。とても難しい手術になるがね」
れいむは思いました。
ばらばらになれば、れいむは、死なないで済む。―――ふつうのゆっくりになれる。自分のためにごはんをたべられる。お歌をうたえる。自分のあんよで、歩くことができる。
でも、そうしたら、はくれいむは、死んでしまう……
「……れいむ、ふつうのゆっくりに、なれるの?」
お医者様は、ゆっくりと、頷きました。
ブリーダーお兄さんは、れいむとはくれいむの手術を決めました。
とても高いお金が必要でしたが、お兄さんはためらいませんでした。
だって二匹は、お兄さんの夢の結晶ともいえる、世にも希少なゆっくりだったのですから。
れいむは、長い長い眠りの間、こう思っていました。
誰よりもきれいな妹。永遠に、おちびちゃんのままの妹。
本当の意味でご飯を食べたこともなく、言葉を喋ったこともなく。
きれいで、誰からも愛されて、愛でられるだけのれいむの妹。
きっとはくれいむは、自分が永遠にゆっくりすることになっても、きっと気付きもしないでしょう。
だってはくれいむは、『ゆっくり』という言葉の意味すら、知らないのですから。
目を醒ますと、れいむは、ひとりでお布団さんの上にいました。
長い夢でも見ていたようでした。
「……ゆ……?」
体はほとんど動きませんでしたが、千切れてしまったはずのもみあげさんが元に戻っていました。おめめも両方みえました。周りを見回すと、体に小さなチューブが差し込まれ、オレンジジュースが一滴づつ注がれているのが分かりました。
しばらくするとメイドさんが部屋にはいってきて、れいむにスプーンでやわらかいゆっくりフードを食べさせてくれました。
うまれてはじめての、一人前のごはんでした。
れいむがやがて、自分でごはんを食べられるようになったころ、ブリーダーお兄さんが久しぶりに逢いに来てくれました。
お兄さんは口を開くなり、こういいました。
「はくれいむに会う気はないか?」
手術をしてからいっぺんもあっていない、れいむの妹。
「あいつ、もう危ないんだよ」
お兄さんは別に哀しそうでもなく、淡々とした口調で言いました。
れいむが連れて行かれた部屋には、おちびちゃん用の箱が置かれていました。傍にはもうれいむからはとっくに抜かれた、オレンジジュースを一滴ずつ垂らすチューブが置いてありました。
れいむが箱の中を覗くと、そこには、黒く干からびかけた、腐りかけのみかんのようなものが入っていました。
「ゆ゛……」
それが、はくれいむのはずでした。
誰よりもきれいな、天使のような、れいむの妹の、はずでした。
「……はくれいむ?」
「ゆ゛…ゆ゛……」
れいむが呼びかけると、腐りかけのみかんは、もぞもぞと少しだけ動きました。
ぽっかりとあいた口の中には、歯が一本もありませんでした。髪はすべて抜けていました。色違いだったきれいなおめめは、なくなっていました。
れいむは思いました。
いったい、これは何の冗談なんだろうと。
箱の中で死んでいこうとしているのは、まともにものを食べることも出来ず、みにくく干からびて、みすぼらしい姿のれいむ。
紛れもなく、いままで生まれてからずっと鏡で見続けてきていた、れいむ、自身でした。
お兄さんが箱の傍にしゃがみ、手を伸ばして撫でてやると、しなびたまんじゅうは、小さな声で鳴きました。お兄さんはずっと、箱の中のゆっくりを見つめていました。お兄さんが何を考えているのか、れいむには分かりませんでした。自分が何を考えているのかも、分かりませんでした。
次の日、はくれいむは、死にました。
れいむはその後、栄養のあるものをたくさん食べ、お医者の指導に従って運動もし、どんどん元気になりました。
やがて体が変化を迎え、れいむは胴付きれいむへと姿を変えていました。髪は真っ白で、眼の色は左右でちがっていました。はくれいむとれいむは、ひとつの餡子を分け合ったゆっくりでした。れいむもまた、ちゃんと栄養を得て成長すれば、妹と同じ姿になる素養を持っていたのです。
れいむは、バッジ習得のために、たくさん勉強をしました。
元から賢いれいむには、さほど苦になることではありませんでした。
そして、れいむが金バッチを取得し、さらにプラチナバッジを取得する目処がたったころ、ブリーダーお兄さんは始めて、れいむを展示会に出すことを決めました。
アルビノ胴付れいむのオッドアイ。
パンフレットには、そう書かれました。
お屋敷にとどいたパンフレットを見たれいむは、お兄さんにていねいに頼んで、一冊別けてもらいました。
その晩、れいむは眠ることもできず、一晩中パンフレットを見つめていました。
そこには、世にも美しい、一匹の希少種ゆっくりがうつっていました。
髪は砂糖の真っ白で、絹のようにつやつやと輝いています。
肌はもちもちとやわらかく、まるで羽二重餅のよう。
眼は、片方が赤で、もう片方は薄い銀色でした。実は銀色のほうの眼は、ものが見えないのです。
れいむが、とてもよく知っているゆっくりでした。
れいむはパンフレットを閉じ、壁にかけられた鏡を見ました。
生まれたときからひと時も離れず、憎み続け、疎み続け、誰よりも妬み、愛していた、妹のはくれいむが、そこにいました。
永遠にゆっくりしてしまった、あの干からびたゆっくりは、誰だったんだろう。
この鏡に映っているゆっくりは、いったい、誰なんだろう。
れいむは、ひとりで歌いました。おかあさんから教わった歌を。はくれいむに、毎日うたってやった歌を。
「ゆ~、ゆゆ~、ゆ~♪ おちびちゃんは~ おねえちゃんの~♪」
部屋の中はしいんとしていて、れいむの声だけがきこえてきます。
「あまあまさん~ とってもゆっくり~ できるんだ… よ…」
れいむは歌いました。誰も聞いていなかったけれど、ずっとずっと、歌いつづけました。
れいむは、歌いながら、泣きました。
れいむは、四匹姉妹の下から二番目の妹でした。おとうさんは希少種であるろりすで、おかあさんはれいむ。
どちらも三代遡ってもプラチナバッチ持ちの優秀餡統の持ち主で、れいむの姉妹は皆、ペットショップに並ぶことすらないほどの高級ペット用ゆっくりとして生まれてきました。
れいむの一番上の姉は、父と同じろりすでした。
二番目の姉は、立派なありすに育ち、プラチナバッチをもらいました。
そして、四匹姉妹の末っ子は、世にも珍しいアルビノれいむ…… 『はくれいむ』として生まれました。
そのせいで、三番目れいむのゆん生は、むちゃくちゃでした。
「これは…… 素晴らしい。胴付きれいむのアルビノですか?」
「はい。『はくれいむ』と私は呼んでいますけどね。ほら、見てください。アルビノですが、お飾りの色まで真っ白にはなっていない。しかも目はオッドアイです」
「いやぁ珍しい。オークションカタログに名前が載っていたのを見たことはありましたが、実物を見るのは初めてです」
「そうでしょう。ほら、はくれいむ。こっちに来なさい。お客様に挨拶をするんだ」
れいむ姉妹のおにいさんは、高級ゆっくりのブリーダーとして、それは名を知られた人でした。
元々、お金持ちの家に生まれたブリーダーお兄さんは、ゆっくりを育てるのに惜しみなく予算を注げるだけの財産と、必要なものと不必要なものを見分けることができる商才を持ち合わせていました。だからこそ、お兄さんは、数百万単位のお金が動く、ショークオリティのゆっくりブリーダーとして成功することができたのです。
おうちはまるでお城のようで、あちこちにゆっくり用のケージが設けられています。ときどきゆっくりの商談をしにくる人たちは、薔薇園の見える応接間に通され、メイドさんたちの淹れてくれた紅茶を飲んで話をしました。
人間さんたちにとっても、夢か物語にしか出てこないような『ゆっくり』とした暮らし。
そんなおにいさんにとっても、れいむとはくれいむは、何よりの自慢のコレクションでした。ですからこうして、尋ねてくる人がいるたびに、呼び出されるのです。メイドさんに抱っこされてつれてこられたはくれいむは、お客様の顔を見て、不思議そうに首を傾げます。
「ゆぅ?」
「ほう、これは……!」
お客さんはみんな、同じことをいいます。はくれいむを見ておどろき、そして、感激するのです。
「これが、『れいむ種』だなんて、信じられないでしょう。見てください、この毛の色、この容姿」
「いやあ、ほんとうに…… なるほど、トップクオリティともなれば、れいむ種でもここまでのモノになるのですな。これなら希少種にも劣りませんよ」
はくれいむは、しかめっつらをして、お客様をにらんでいました。それでも、はくれいむは、それはそれはきれいなゆっくりだったのです。
髪の毛は、雪のようにまっしろ。毎日メイドさんがていねいに梳かして、おリボンを結びなおしてくれるから、まるで花嫁さんのヴェールのよう。肌はすべすべとしていて、透明な寒天で出来た目は、片方が赤く、片方が薄い銀色をしていました。『はくれいむ』は普通、真っ赤な目をしているものだから、これは特別にめずらしいものだといえるでしょう。
「れいむちゃん、はじめまして。おじさんは、ゆっくりをあちこちのおにいさんやお姉さんに紹介するお仕事をしているんだよ」
「ゆ…… ゆー、ゆー」
はくれいむはもじもじしながら、腕の中に抱っこしていたゆっくりに抱きつきます。おじさんは、おや、という顔をしました。
「なんですか、あの薄汚い饅頭は」
「ああ、あれは……」
おじさんは、はくれいむに抱かれていたゆっくりが、世にもみすぼらしいゆっくりれいむだったのを見て、露骨に嫌そうに顔をしかめます。
その声を聞いてびっくりしたのか、はくれいむは「ゆー!」と悲鳴をあげて、そのまま後ろにあとずさりました。
「ゆん、ゆんやー! ゆ、ゆー!」
「あ、だめだよ、はくれいむ! そこにテーブルさんが……!」
腕の中のれいむが慌てて言っても、遅かったようです。おじさんから逃げようとよたよた駆け出したはくれいむは、そのまま近くのテーブルにぶつかって、ころんと地面に転んでしまいました。
とたん、はくれいむの色違いの目に、涙が溢れ出します。転んだときに、あたまをぶつけてしまったのです。
「……ゆやぁぁぁ! ゆわあぁぁぁぁぁん!」
「だめだよはくれいむ! おきゃくさんがゆっくりできないよ! なきやんでね! ゆっくり泣き止んでね!」
生まれたばかりの赤ゆっくりとしか思えないような声、キンキン頭に響くような大声で泣き喚き始めるはくれいむを、れいむは必死でなだめます。ほんとうはさっきはくれいむが転んだときにクッション代わりに押しつぶされて、餡子をはきそうなくらい押しつぶされてしまっていたのですが、でも、そんなことを気にしていたら、いつまでたってもはくれいむが泣き止んでくれないのです。
「おにいさん、ごめんなさい。はくれいむがうるさかったら、れいむが謝るよ! おにいさんをゆっくりさせられなくてごめんなさい!」
ゆんゆんなきわめくはくれいむの下敷きになったまま、みすぼらしいれいむは必死で謝ります。さすがにおじさんも、何かがヘンだと気付いたようで、困ったような顔で、ブリーダーお兄さんのほうを見ました。
「あぁ…… ああ? なんなんですか、これは?」
「ああ、こっちのれいむはですね、はくれいむの姉妹なんですよ。それでね」
お兄さんが何を言おうとしているのかわかって、れいむは思わず、体を硬くしました。
お兄さんは笑顔でこちらに歩いてくると、まだゆんゆん泣き続けているはくれいむを抱き上げます。そうしてはくれいむの服をまくりあげ、半分以上脱がしてしまうと、よく見えるようにおじさんのほうへと向けました。
「この二匹はね、生まれつき体がくっ付いてるんですよ」
おじさんは目を丸くします。れいむは目を伏せましたが、はくれいむは何が起こっているのか分からなくて、お兄さんに抱っこされ、きゃっきゃっと声を上げて笑い始めます。
「人間で言うと、シャム双生児というやつにあたります。……はくれいむとこっちのれいむは、中枢餡を一部共有していて、切り離すことができないんですよ」
天使のようなはくれいむは、生まれたときから、何一つとしてすることができないゆっくりでした。
きれいで珍しい色違いのおめめは、片方はものが見えません。もう片方も、ぼんやりとしか見えていないようで、歩くとすぐに転びました。胴付きになって動きが大きくなると、転んだり、高いところから落ちたりする数は、何倍にも増えました。
はくれいむは、いくつになっても「ゆっくり」の一言すらいえないゆっくりでした。うんうんやしーしーをする場所を覚えることもできず、垂れ流しなのでいつもおむつを付けさせられていました。
ものすごい偏食で、あまあまさん以外をあたえられると、泣き喚いてあちこちにごはんを投げ捨てます。でも、せっかくあまあまさんをもらっても、たべているうちに半分以上を口からぽろぽろこぼしてしまいます。これは仕方の無いことで、じつははくれいむは自分の食べたものを、上手に餡子にかえることができない体質だったのでした。
その全部を代わりにやっているのが、はくれいむの腰にくっついたままうまれた、姉のれいむでした。
「はくれいむ、そっちいったら階段さんがあるよ! 階段さんからおちたらおおけがするよ!」
目の見えにくいはくれいむが怪我をしそうになったら、必死で止めて、
「メイドのおねーさん、はくれいむがうんうんしたよ…… おむつさんを変えて欲しいんだよ……」
はくれいむのうんうんやしーしーのお世話に常に気を使い、
「ゆやぁ? ゆうううう! ゆんやぁぁぁ!!」
「ゆゆ! ごはんさん投げちゃだめだよ! ほら、あまあまさんあげるよ。はくれいむ、これを食べてもいいんだよ」
「ゆーうー? やーぅ、ゆやー!」
「……れいむは、はくれいむの分もごはんさんを食べるよ! むーしゃむーしゃむーしゃむーしゃむーしゃ……」
ご飯を食べられないはくれいむのために、れいむは吐きそうになるくらいたくさんのごはんさんを、必死で毎日食べました。
れいむは、プラチナ持ちの餡統を継いで、誰よりも賢く、ゆっくりとしたゆっくりでした。
妹たちを可愛がってくれていた姉のありすは、いつも、れいむに言ってくれました。
「れいむ、あなたははくれいむをまもってあげるために、こうやってうまれてきたんだとおもうわ。だってはくれいむは、ひとりじゃぜったいに、ゆっくりすることができない子だもの」
「ゆぅ…… でもおねえちゃん、はくれいむのせいで、れいむは、いつもゆっくりできないよ……」
「れいむはかしこいのに、ゆっくりしていないのかしら? はくれいむは、『天使さん』なのよ。その天使のゆっくりをまもってあげられるのは、れいむが、だれよりもゆっくりとしたゆっくりだからじゃないかしら?」
そういって、姉ありすは、れいむのほっぺたにすーりすーりしてくれました。
でもれいむは、素直に姉ありすに甘えて、ゆっくりすることは出来ませんでした。
『もしれいむが、ちゃんとはくれいむとバラバラに別れて生まれてきたら、普通のゆっくりれいむとして暮らせたのに』
胴付きで、体の大きいはくれいむに栄養を取られてしまうれいむは、どれだけ必死でごはんさんをむーしゃむーしゃしても、ぜんぜん大きくなることができませんでした。
生まれつきの栄養不足のせいか、髪はあちこちが抜け落ち、半分くらいはげかけています。肌は栄養不足でいつもカサカサ。自分の肌を掻いてばかりいるゆっくりは、人間さんにとってゆっくりできないとわかっているので我慢していましたが、たまに耐えられなくて掻き毟ると、ぼろぼろになった小麦粉の肌がどんどん体から剥がれ落ちました。
はくれいむが癇癪を起こしてひっぱるので、おかざりのリボンさんは、半分千切れてゆがんでいます。
くさりかけたみかんのようなれいむを見た人は皆、「かわいそうに」といいました。
はくれいむに向かって。
誰よりもかわいいはくれいむ。永遠に赤ゆっくりのままのはくれいむは、誰からも愛され、可愛がられました。
ブリーダーお兄さんは、展示会やオークションがあるときには必ず、出品するゆっくりたちと一緒に、はくれいむとれいむの二匹も連れて行きました。より希少なゆっくりを、より高級なゆっくりをブリーディングすることが夢であるブリーダーお兄さんにとっては、はくれいむは、ひとつの最高傑作だったからです。
ブリーダーお兄さんに向かって、はくれいむを手に入れるためなら、いくらでも金を積む、と言った人は、何人もいました。
お兄さんはそのたびに、「はくれいむは、色々と不具合が多いですからね」と答えました。
上手におめめの見えないはくれいむは、人が多いところを怖がりました。奇声をあげようとしたり、せっかくの髪の毛さんを掻き毟ったりしようとしました。れいむはそのたびに、必死ではくれいむをなだめました。
「大丈夫だよ、はくれいむ。お兄さんがついてるから、だれもはくれいむを虐めないよ!」
「うゆぁぁ――――!! ゆぎぃ――――!」
「さ、叫ばないでね! 叫ばないでね! れいむがお歌を歌ってあげるからね! だから泣き止んでね! ゆ~、ゆゆゆ~♪ ゆゆ~♪ おちびちゃんは~ おねえちゃんの~♪ あまあまさん~♪」
「ゆうううう…… ゆぎああああ! ゆぎゃああ!!」
「ゆゆゆ~♪ とってもゆっくり~ できるんだよ~♪ ゆ~ ゆゆ~♪」
はくれいむにもみ上げを力いっぱいひっぱられる激痛に耐えながら、れいむは、必死で笑って、おうたを歌いました。れいむのおうたは、おとうさんのありすから教えてもらったものでした。姉のろりすほどの美声はなくっても、歌はれいむのほうが上手だねと、ほめてもらえるくらいの歌でした。
「ゆあぁ……」
なきやんだはくれいむがにっこりすると、その笑顔は、れいむですら見蕩れてしまうくらい、かわいらしいものでした。左右で色の違うおめめ。真っ白な髪。ブリーダーお兄さんが自慢するとおり、はくれいむは、ショウクオリティのゆっくりとしても一流といえるほどの美ゆっくりだったのですから。
「うわぁ…… かなこさま! まっしろな胴付きのれいむがいますよ!」
「おや、ほんとうだ。めずらしいねえ、これは」
通りすがりの胴付きさなえとかなこが姉妹に気付いて、たちどまりました。歌を聴いていたのでしょうか。きげんのよくなったはくれいむは、二匹にむかって、「ゆ~♪」とあどけなくわらってみせます。さなえの顔がちょっと赤くなりました。
「ふむ、これはめずらしい。アルビノなだけじゃなくって、左右の目の色がちがうんだね」
「れいむさん、とっても歌がお上手なんですね!」
「うゆー…… あー……?」
さなえに話しかけられたはくれいむは、ぽかんと口を開けることしかできません。はくれいむは、中枢餡が足りないので、生まれたばかりの赤ゆっくりと同じか、それくらいの知能しかもっていなかったのでした。仕方なくれいむが答えました。
「……れいむとはくれいむは、ブリーダーお兄さんのところのゆっくりだよ。今日はお兄さんが即売会にゆっくりを卸しにきたから、れいむたちもいっしょに来たんだよ」
「え? なに、今の…… えっ! やだ、なに、この汚いの!」
しゃべっていたのが、腰の辺りにくっついていたれいむと気付いたさなえは、悲鳴をあげてあとずさりました。まるで気持ち悪い虫でも見つけたような顔だし、声でした。
「しろいれいむ…… このしなびたゆっくり、なんなんだい?」
かなこも、嫌悪感を隠し切れない表情で、でもゆっくりとした口調で、はくれいむに問いかけます。
「ゆあー?」
「……れいむは、はくれいむのおねえちゃんだよ。生まれつき腰のところがくっついてて、はなれることができないんだよ……」
「えっ…… きょうだい、なんですか? うそでしょう?」
「……。ほんとうだよ。ぜんぜん似てないけど、れいむは、はくれいむのおねえちゃんだよ」
髪はまだらに禿かけて、体はしわしわにしなび、おリボンももみ上げもボロボロになった、れいむ。
綿みたいに真っ白な髪に、羽二重餅のような肌。天使みたいな笑顔をもったはくれいむとは、とても姉妹とは思えない。れいむはそれを、ちゃんと、分かっていました。
「ふうむ。だからあんたたち、出展されなかったんだねえ」
「びっくりさせちゃって、ごめんなさい。でもはくれいむにもれいむにも、わるぎはなかったんだよ。だから、ゆっくりゆるしてくれると、すごくうれしいな」
れいむとかなこの喋ってることがぜんぜんわからないはくれいむは、色違いの目をぱちぱちさせて、「ゆー、ゆゆー」とれいむの歌をまねていました。かわいいかわいい声の、調子外れの、へたくそなお歌でした。
さなえは、しわくちゃにしなびたれいむが話すのを聞いて、あわててあやまってくれました。
「ごめんなさい。さっきは、『汚い』なんて、ゆっくりできないことをいってしまいました」
れいむは、笑って、こう答えました。
「……なれてるから、へいきだよ」
―――なれてるなんて、うそでした。
ブリーダーお兄さんといっしょにお屋敷に帰ると、世話係のメイドさんがはくれいむをお風呂にいれてくれます。
今日ももらしてしまったうんうんとしーしーに汚れたおしりをていねいにあらって、最高級の砂糖を粉にしたものをはたいてくれます。髪の毛をブラシで梳かします。そうするとはくれいむの肌は白玉みたいにすべすべになり、髪は、真っ白な砂糖で作った飴菓子みたいにつやつや光るようになるのです。
メイドのおねえさんは、れいむのことも、ちゃんとお世話をしてくれます。
何をしても乾いてぽろぽろ表面がはがれてしまう肌にオレンジジュースを刷毛で塗り、はくれいむにひっぱられてぐしゃぐしゃになってしまったリボンを結びなおしてくれます。
でも、はくれいむとれいむは、それだけのことをしてもらっても、やっぱり、比べようも無いくらい、違っていました。
ブリーダーお兄さんが、胴付きのために買ってくれるベビーベッドの中で、羽のお布団の上にねころがって。
はくれいむが寝てしまっても、れいむは眠れませんでした。明かりの消えた部屋の中で、だまって、妹の顔を、そして、同じ部屋で寝かされている胴付きゆっくりたちのことを、見つめていました。
胴付きの、まだ子どものらんがいました。
れいむにとっては従兄弟にあたる、胴付きまりさもいました。
ふらんがいました。ゆうかがいました。ちぇんもいました。
みんな、きれいに洗われてつやつやして、きちんとしつけられてお行儀もよく、普通のゆっくりが見たら天使と見間違えるんじゃないかと思うくらいの美ゆっくりばかりでした。
でも、その中でもいちばんの美ゆっくりは、やっぱりはくれいむでした。
そして、しなびかけ、髪もはんぶん禿かけて、腐ったみかんみたいにみすぼらしいのは、れいむ一匹だけでした。
れいむの目から、一滴の砂糖水が、ぽとんとおっこちました。
『……れいむはたぶん、いっしょう、はくれいむにくっついたままくらすんだね』
『すきなゆっくりといっしょになって、ちゅっちゅしたり、すーりすーりすることもできない』
『おちびちゃんをつくることもできない』
『みんながはくれいむのことをほめるのをきいて、れいむははくれいむのごはんさんやうんうんのお世話をして』
『しわしわのくさったまんじゅうさんのまま、ずっと、ずっと、はくれいむがみんなにかわいいって言われるのを、きいて生きるんだね』
れいむはたぶん、しあわせなゆっくりでした。
あったかいおふとん、おいしいあまあま、捕食種やゲスにいじめられることもない暮らし。
それにもかかわらず、れいむはいつも、ふしあわせでした。
「……これじゃ、ゆっくり、できないよ……」
れいむは、横でねむっているはくれいむを見ました。
そして思いました。
もしも、はくれいむを殺してしまえば、れいむもゆっくり出来るかもしれないのに、と。
そして春さんがすぎ、夏さんがすぎ、はくれいむもれいむも、すっかり大きくなりました。
はくれいむは、ますます美ゆっくりへと成長していきました。ゆっくりだけでなく、愛でお兄さんやHENTAIお兄さん、ただのゆっくりファンですら、夢に見るような胴付きれいむへと育っていきました。
そしてその一方で、れいむは、ますます小さく萎びてぼろぼろになり、みすぼらしくなっていきました。
飴さんをたべ、蜂蜜さんをなめるのがせいぜいのはくれいむに代わり、たくさんごはんをむーしゃむーしゃしようとしても、気持ち悪くなって途中で吐いてしまいます。髪の毛はひっぱられてもいないのにほとんど全部ぬけてしまい、しょぼしょぼと細い束がかろうじておリボンをのっけているだけです。
もみあげは途中で千切れてしまいました。
おめめがひとつ、かびて見えなくなりました。
れいむはもう、好きだったお歌をうたうこともできなくなりました。
ほとんど見えない眼でうろうろと歩き回るはくれいむのおなかの辺りで、れいむはもう、ただの腫れ物みたいに、だまってくっついているだけの存在へと成り果ててしまっていました。
そんなれいむたちに、ある日、ブリーダーお兄さんの連れてきたお医者様が、言いました。
「れいむ。はくれいむ。よく聞きなさい。君たちは、このままだとまもなく、死んでしまうだろう」
「……どういうことなの?」
はくれいむは、自分が話しかけられていることもわからないで、陰陽玉をぶきように投げて遊んでいました。
お医者様は『れいむ』のほうをみて、ゆっくりにも分かるよう、噛んで含めるように説明をしてくれました。
「はくれいむは、自分だとご飯を食べられないね? 眼も良く見えないし、ものも考えられないよね」
「……そのとおりだよ。代わりにれいむが、ごはんさんをたべて、いろいろかんがえたり、おめめのかわりになったりしてるんだよ」
「それは、はくれいむの中にある中枢餡…… いちばん大切な餡子さんが、お母さんの中でちゃんと作られなかったせいなんだ。
だから、はくれいむは君の中枢餡を機能を借りて、生きるための力を得ている。だが、君の体ははくれいむの分もフル回転しつづけて、もうぼろぼろだ」
「れいむたち、どうなるの」
「君はこのままでは、間もなく死ぬだろう。そうすれば、自分の力では生き延びられないはくれいむも間もなく死ぬ。
だが、君たちを切り離せば、れいむ、せめて君だけは助けることができるんだ」
「……ゆ……?」
れいむは干からびかけた眼を開けて、はくれいむを見ました。
陰陽玉を手の中で転がして、まるで、おちびちゃんのように無邪気にわらっている妹を。
「ばらばらに、なるの?」
「成功すれば、できる。とても難しい手術になるがね」
れいむは思いました。
ばらばらになれば、れいむは、死なないで済む。―――ふつうのゆっくりになれる。自分のためにごはんをたべられる。お歌をうたえる。自分のあんよで、歩くことができる。
でも、そうしたら、はくれいむは、死んでしまう……
「……れいむ、ふつうのゆっくりに、なれるの?」
お医者様は、ゆっくりと、頷きました。
ブリーダーお兄さんは、れいむとはくれいむの手術を決めました。
とても高いお金が必要でしたが、お兄さんはためらいませんでした。
だって二匹は、お兄さんの夢の結晶ともいえる、世にも希少なゆっくりだったのですから。
れいむは、長い長い眠りの間、こう思っていました。
誰よりもきれいな妹。永遠に、おちびちゃんのままの妹。
本当の意味でご飯を食べたこともなく、言葉を喋ったこともなく。
きれいで、誰からも愛されて、愛でられるだけのれいむの妹。
きっとはくれいむは、自分が永遠にゆっくりすることになっても、きっと気付きもしないでしょう。
だってはくれいむは、『ゆっくり』という言葉の意味すら、知らないのですから。
目を醒ますと、れいむは、ひとりでお布団さんの上にいました。
長い夢でも見ていたようでした。
「……ゆ……?」
体はほとんど動きませんでしたが、千切れてしまったはずのもみあげさんが元に戻っていました。おめめも両方みえました。周りを見回すと、体に小さなチューブが差し込まれ、オレンジジュースが一滴づつ注がれているのが分かりました。
しばらくするとメイドさんが部屋にはいってきて、れいむにスプーンでやわらかいゆっくりフードを食べさせてくれました。
うまれてはじめての、一人前のごはんでした。
れいむがやがて、自分でごはんを食べられるようになったころ、ブリーダーお兄さんが久しぶりに逢いに来てくれました。
お兄さんは口を開くなり、こういいました。
「はくれいむに会う気はないか?」
手術をしてからいっぺんもあっていない、れいむの妹。
「あいつ、もう危ないんだよ」
お兄さんは別に哀しそうでもなく、淡々とした口調で言いました。
れいむが連れて行かれた部屋には、おちびちゃん用の箱が置かれていました。傍にはもうれいむからはとっくに抜かれた、オレンジジュースを一滴ずつ垂らすチューブが置いてありました。
れいむが箱の中を覗くと、そこには、黒く干からびかけた、腐りかけのみかんのようなものが入っていました。
「ゆ゛……」
それが、はくれいむのはずでした。
誰よりもきれいな、天使のような、れいむの妹の、はずでした。
「……はくれいむ?」
「ゆ゛…ゆ゛……」
れいむが呼びかけると、腐りかけのみかんは、もぞもぞと少しだけ動きました。
ぽっかりとあいた口の中には、歯が一本もありませんでした。髪はすべて抜けていました。色違いだったきれいなおめめは、なくなっていました。
れいむは思いました。
いったい、これは何の冗談なんだろうと。
箱の中で死んでいこうとしているのは、まともにものを食べることも出来ず、みにくく干からびて、みすぼらしい姿のれいむ。
紛れもなく、いままで生まれてからずっと鏡で見続けてきていた、れいむ、自身でした。
お兄さんが箱の傍にしゃがみ、手を伸ばして撫でてやると、しなびたまんじゅうは、小さな声で鳴きました。お兄さんはずっと、箱の中のゆっくりを見つめていました。お兄さんが何を考えているのか、れいむには分かりませんでした。自分が何を考えているのかも、分かりませんでした。
次の日、はくれいむは、死にました。
れいむはその後、栄養のあるものをたくさん食べ、お医者の指導に従って運動もし、どんどん元気になりました。
やがて体が変化を迎え、れいむは胴付きれいむへと姿を変えていました。髪は真っ白で、眼の色は左右でちがっていました。はくれいむとれいむは、ひとつの餡子を分け合ったゆっくりでした。れいむもまた、ちゃんと栄養を得て成長すれば、妹と同じ姿になる素養を持っていたのです。
れいむは、バッジ習得のために、たくさん勉強をしました。
元から賢いれいむには、さほど苦になることではありませんでした。
そして、れいむが金バッチを取得し、さらにプラチナバッジを取得する目処がたったころ、ブリーダーお兄さんは始めて、れいむを展示会に出すことを決めました。
アルビノ胴付れいむのオッドアイ。
パンフレットには、そう書かれました。
お屋敷にとどいたパンフレットを見たれいむは、お兄さんにていねいに頼んで、一冊別けてもらいました。
その晩、れいむは眠ることもできず、一晩中パンフレットを見つめていました。
そこには、世にも美しい、一匹の希少種ゆっくりがうつっていました。
髪は砂糖の真っ白で、絹のようにつやつやと輝いています。
肌はもちもちとやわらかく、まるで羽二重餅のよう。
眼は、片方が赤で、もう片方は薄い銀色でした。実は銀色のほうの眼は、ものが見えないのです。
れいむが、とてもよく知っているゆっくりでした。
れいむはパンフレットを閉じ、壁にかけられた鏡を見ました。
生まれたときからひと時も離れず、憎み続け、疎み続け、誰よりも妬み、愛していた、妹のはくれいむが、そこにいました。
永遠にゆっくりしてしまった、あの干からびたゆっくりは、誰だったんだろう。
この鏡に映っているゆっくりは、いったい、誰なんだろう。
れいむは、ひとりで歌いました。おかあさんから教わった歌を。はくれいむに、毎日うたってやった歌を。
「ゆ~、ゆゆ~、ゆ~♪ おちびちゃんは~ おねえちゃんの~♪」
部屋の中はしいんとしていて、れいむの声だけがきこえてきます。
「あまあまさん~ とってもゆっくり~ できるんだ… よ…」
れいむは歌いました。誰も聞いていなかったけれど、ずっとずっと、歌いつづけました。
れいむは、歌いながら、泣きました。