ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1589 空へ続く風の階 01
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ankoss
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『空へ続く風の階』
目次
prologue~
chapter:1 「暴君」
chapter:2 「別れ」
chapter:3 「森の賢者」
chapter:4 「裏切り」
chapter:5 「永遠の墓標」
chapter:6 「まりさ」
~epilogue
【 prologue~ 】
そよ風が木々の間を抜ける。
枝葉を、草花をゆらゆらと揺らしながら。
地平線に接するように広がる青空のキャンパスに小さな黒い帽子が舞った。
「ゆんやぁぁ! まっちぇにぇっ! まっちぇにぇっ!! まりしゃのだいじにゃおぼうししゃんがぁぁぁ!!!」
それを追いかけているのはまだ赤ちゃん言葉が抜けきっていないゴムボール程の大きさの子まりさである。
子まりさをあざ笑うかのように風で運ばれる大事なお帽子。
風に攫われてしまったのだろう。
小さな体を一生懸命に動かし、草原の上をたむたむと跳ね続ける。
しかし、子まりさの帽子はなかなか地面に落ちてこない。
糸の切れた凧のように空を縦横無尽に泳ぎ続けていた。
疲れ切った子まりさが涙目になって上空の帽子を見上げる。
「ゆ……、ゆんやぁぁぁぁ!!!!」
「ちびちゃん。 どうしたの?」
叫び声を上げるのと同時に子まりさの後ろから声をかける者があった。
振り返るとそこにはサッカーボールほどの大きさにまで成長した成体ゆっくりのまりさ種が佇んでいる。
自慢の金髪とお下げを風になびかせ、見下ろすように子まりさを見つめていた。
「おきゃあしゃああああん!!!」
ぴょんぴょんとあんよで草を蹴り、その大きなまりさの元へと跳ね寄る子まりさ。
二匹は親子なのである。
親まりさは泣きじゃくる子まりさの頬をぺーろぺーろしながら優しく尋ねた。
「ちびちゃん。 なにがあったのか、まりさおかあさんにゆっくりとはなしてね……?」
「ゆぐっ、ひっく……まりしゃのおぼうししゃんが……いじわりゅしゃれて……ゆぇぇぇぇぇぇぇん!!!!」
親まりさが視線を上に向けた。
あの高さまで飛ばされてしまった帽子を取り戻すのは、子まりさはおろか親まりさにも不可能だ。
子まりさが大泣きするのも無理はない。
ゆっくりにとって、リボンや帽子、カチューシャ、ナイトキャップは命の次に大事なものであるとされており、それらを失った
ゆっくりは“ゆっくりできないゆっくり”として、生涯迫害され続けることとなる。
親まりさは子まりさの頬に優しくすーりすーりをすると、にっこりと笑って言葉を紡いだ。
「だいじょうぶだよ、ちびちゃん」
「ゆぇ……?」
「いつか、かならずおりてくるよ。 ふきやまない“かぜ”さんなんてないから。 ちびちゃんがそんなのじゃ、おぼうしさん
がゆっくりおりてきたときに、つかまえられるものもつかまえられなくなくなっちゃうかもしれないよ?」
子まりさにその言葉の意味を理解するのは難しかったのか、首をかしげるような仕草をして困った表情を浮かべる。
親まりさは穏やかな笑みを浮かべると、
「ゆっくりしていれば、おぼうしさんもおりてくるよ。 ずっとあんなたかいところにいるのはつかれるからね」
囁くように呟いた。
やがて。
空を流れる風の道から外れた帽子がまりさ親子の元にふよふよと降りてくる。
子まりさは必死になってその帽子が落ちた先に向かって跳ね続けた。
ぴょんぴょん、ぴょんぴょん。
やっとの思いで目指す場所にたどり着いた子まりさが小さな帽子をさらに小さな口ではむっと咥え、器用にそれを頭に乗せる。
子まりさが上目遣いで自分の元に帰ってきた帽子をチラリと見上げた。
帽子のツバに刺繍された真っ白なフリルが自分に微笑みかけてくれているような気がする。
「……ゆ、ゆっくち~~~!!」
子まりさの上げた嬉しそうな声に親まりさはにっこりと笑った。
戻ってきた子まりさの頬にすーりすーりをする親まりさ。
子まりさの方は泣いたカラスがどこへやら。
嬉しそうに親まりさの頬ずりに身を任せ、うっとりした表情を浮かべている。
一陣の風。
子まりさの頭から再び帽子が逃げ出そうとする。
親まりさがその帽子をそっと押さえた。
帽子が飛ばされてしまいそうになっていた事にも気づいていない子まりさは、嬉しそうに小さなあんよで一生懸命に地面を這っ
ている。
親まりさの視線の先。
風に運ばれてどこまでもどこまでも飛んでいく緑色の葉っぱ。
親まりさはその葉っぱに向けて羨望の眼差しを送っていた。
「まりさたちは……おそらをとべないもんね」
呟く。
子まりさが親まりさの前でぴょんぴょん跳ねながら叫んだ。
「ゆゆっ?! まりしゃ、おしょらさんをとべりゅよっ!! おきゃーしゃん!! “たきゃいたきゃい”をしてにぇ!!」
はしゃぐ子まりさの笑顔を見ていると、願いを叶えてあげずにはいられなかった。
頭を下に向けて、子まりさを帽子のツバの上に乗るように促す親まりさ。
子まりさが定位置に着いたことを確認すると、親まりさは小刻みに頭を上下に揺らした。
帽子のツバがトランポリンの役割を果たし、跳ね上げられる子まりさ。
「ゆっゆーん!! まりしゃ、おしょらをとんでりゅみちゃいっ!!!」
親まりさが上下運動を終えると、子まりさが帽子のツバから原っぱに飛び降りた。
「ゆゆ……? もう、おわりにゃの……?」
「ゆぅ……ごめんね? ちびちゃんもおおきくなってきたから、ずっとおそらをとばせてあげるのはむずかしくなってきたよ」
「ゆゆっ!? じゃあ、まりしゃがもっちょもっちょ、おおきくなっちゃら、おきゃあしゃんを“たきゃいたきゃい”してあげ
りゅにぇっ!!!」
「それはたのしみだね。 ゆっくりまっているよ」
「ゆゆーん!! ゆっくちりきゃいしちゃよっ!!!」
キリッとした表情になった後、勇んで親まりさの前を力強く跳ね続ける子まりさの後ろ姿。
親まりさはゆっくりと理解している。
大きくなればなるほど、空を飛ぶことが難しくなってしまうということを。
草原の遥か上空を数羽の鳥が横切る。
ゆっくりに空を飛ぶことなどできない。
それでも、親まりさは願う。
あの空へ羽ばたくための翼が欲しい……と。
【 chapter:1 「暴君」 】
森の中央に“お城”が佇んでいた。
その“お城”には一騎当千の力とそこそこの小賢しさを持ち合わせた一匹のゆっくりが住んでいた。
“お城”の主の名は“れいむ”。
ドスのように体が大きいわけでもなければ、他のゆっくりのように強い個性を持っているわけでもない一匹のれいむ種が、群れ
単位の数を誇るゆっくりたちを支配していた。
“れいむ”は人間の住んでいた街から逃げてきたらしい。
都会という荒波に揉まれ、それを乗り越えて森に帰還した“れいむ”にとって、野生で暮らすゆっくりたちは平和ボケした馬鹿
饅頭にしか見えなかった。
そんな“れいむ”にとって力で群れを支配するのは、いともたやすい事である。
平和的に群れを治めていたリーダーは“れいむ”によって倒されてしまった。
圧倒的な力による暴力の前に、森の中でのんびりと暮していたゆっくりたちの生活は激変してしまったのである。
“れいむ”に逆らったゆっくりたちは一匹残らず殺された。
自らを“最高にゆっくりしているゆっくり”と称し、森のゆっくりたちに自分に相応しいおうちを作らせた。
それなりに頭の良いぱちゅりー種に基本構造を練らせ、まりさ種、ちぇん種、みょん種が肉体労働。
ありす種が“れいむ”の趣味の悪い要望に無理矢理応えさせられて、“こーでぃねいと”を施した。
そうして完成したのが、岩山の空洞を利用した天然の要塞。
“れいむ”が誇らしげに言うところの“お城”である。
“お城”を作り上げるのには膨大な時間と労力を要した。
その作業の中で永遠にゆっくりしてしまったゆっくりの数は百や二百ではない。
逆に言えばそれだけの数のゆっくりを“れいむ”は力だけで支配していたのである。
「むきゅ……“れいむ”におこられないかしんぱいだわ……」
「なにをいってるのぜ……これいじょう、“れいむ”にごはんさんをむーしゃむーしゃされたら、まりさたちがゆっくりできな
くなっちゃうのぜ……」
「しっ……。 “へいたい”にきこえちゃうわ……」
丁寧に編みあげられた草の籠に溢れんばかりの食料を入れて、ぱちゅりーとまりさが“お城”に向かっていた。
二匹は夫婦である。
“れいむ”は狩りをしない。
森のゆっくりたちに狩りを行わせて食料を得るのだ。
だからと言って“れいむ”は森に生息している大部分のれいむ種のように狩りが苦手というわけではない。
むしろ、森に住むどのゆっくりよりもその手の労働に長けていると言えるだろう。
「“れいむ”さまにごはんさんをもってきたみょん?」
“お城”の入り口で睨みを利かせているのは“兵隊”と呼ばれている“れいむ”の傘下に入っているみょん種だ。
みょんはじろじろとぱちゅりーとまりさを隅々まで眺めた。
“れいむ”は警戒心の強いゆっくりである。
それは都会で生き抜くために得た知恵であった。
“れいむ”は“お城”の“兵隊”たちに、少しでも怪しい素振りを見せたゆっくりはすぐに殺すように指示を出していたのだ。
そして、“れいむ”に対して無礼を働いたゆっくりを“お城”の中に入れた“兵隊”は、そのゆっくり同様に処刑される。
“兵隊”たちも必死なのだろう。
「“れいむ”さまと、ちびさまたちがおなかをすかせているからさっさともっていくみょん」
ぱちゅりーとまりさが、ずりずりとあんよを這わせて“お城”の中に入っていく。
“お城”の中は薄暗く注意をして移動しないとすぐに地面から隆起した岩に顔をぶつけてしまう。
凛とした冷たい空気が二匹を包み込んだ。
前へ進むたびに冷や汗が頬を伝う。
二匹が目指す場所はそこだけスポットライトが当てられているかのように照らされていた。
岩壁の裂け目から太陽の光が入り込んでいるのだ。
「ゆっくち……。 ゆっくち……」
どこからともなく赤ゆの声が聞こえてくる。
二匹を囲むようにその声の重なりが大きくなっていった。
カチカチと歯を鳴らして震えるありす。
「ごはんさんをもってきたの?」
ゆっくり特有の言葉が冷厳な口調で放たれた。
その瞬間、びくっと体を震わせてあんよを止める二匹。
そこには森の支配者である“れいむ”が悠然と佇んでいた。
顔中に小さな傷の跡が残されている。
それは“れいむ”が幾度となく修羅場を乗り切ってきた証なのだ。
“れいむ”はずりずりとあんよを這わせて二匹の元へとやってきた。
「ゆっくり……ごはんさんをもって、きたよ……」
まりさが咥えていた草のかごを地面に下ろす。
ぱちゅりーもそれに続いた。
“れいむ”は無表情のまま、かごに入った食料に視線を落とす。
「これだけなの?」
「ゆゆっ?!」
「これだけなの、ってきいてるんだよ? ばかなの? ……しぬの?」
お決まりのセリフも“れいむ”が口にするとその意味は大きく変化する。
「ご……ごめんなさいっ! みんな、おなかがぺーこぺーこで、ゆっくりできなくて、それで……」
“れいむ”が顔を勢いよく横に振って揉み上げをまりさの左頬に叩きつけた。
「ゆ゛ぎぃ゛ッ?!」
まりさの左頬が真っ赤に腫れ上がる。
そこから、じわりと痛みが広がっていく。
まりさは涙目にながら必死に「ごめんなさい」を繰り返した。
“れいむ”が溜め息をつく。
「みんなのおなかがぺーこぺーことか、れいむにはどうだっていいよ。 ごはんさんはこれだけしかないのってきいてるんだけ
ど……りかいできる……?」
「できます!! りかいできまずぅぅ!!! これだけしかないでずぅぅぅ!!! ごべんな゛ざい゛ぃ゛ぃ゛!!!!」
「……ゆっくりりかいしたよ。 かわいいかわいいれいむのちびちゃんたち、ゆっくりしないで、でてきてね」
「ゆっくち~~~~♪」×108
「ゆ……ゆああああああああ!!!!」
叫び声を上げるぱちゅりーとまりさの周囲に集まったのは百八匹もの赤れいむの大群である。
どの赤れいむもかごの中の食料を凝視して、ぼたぼたと涎を地面に垂らしていた。
「さぁ、ちびちゃん。 ゆっくりごはんさんをむーしゃむーしゃしてね」
「ゆっくちりきゃいしちゃよっ!!」×108
円を描くように待機していた赤れいむたちが一斉に一点を目指し収束する。
赤れいむの波に呑まれた二匹は成体ゆっくりであるにも関わらず押しのけられてしまう。
百八もの赤れいむがかごの中に我先と頭を突っ込み餌を奪い合うその様は醜悪な光景だった。
「むーちゃ、むーちゃ、しあわちぇぇぇ!!!」
「うっめ! これめっちゃうっめ! ぱねぇ!!!」
ぐちゃぐちゃと不快な音を立てながらかごの中の食料を食い漁る赤れいむたちを“れいむ”が微笑みながら眺めている。
それも束の間。
鋭い視線をぱちゅりーとまりさに突き刺した。
「なにみてるの? れいむはまだごはんさん、むーしゃむーしゃしてないよ?」
「そ……それは……」
「れいむは、おんこうなゆっくりだから、おひさまさんがさよーならするまえに、ごはんさんをもってくればゆるしてあげるよ」
「で、でも……」
「ゆっくりしないでさっさとごはんさんもってきてね!!! ぷっくうぅぅぅぅ!!!!!」
「「ゆひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」」
“れいむ”のぷくーは、森のゆっくりたちにとって恐怖の象徴とも言える。
あまりの恐ろしさにしーしーを漏らしながら“お城”の外へと一目散に飛び出す二匹。
“れいむ”はそんな二匹の間抜けな後姿を見ながらゲラゲラ笑っていた。
「さぁ、ちびちゃんたち。 ごはんさんをむーしゃむーしゃしたら、ゆっくりすーやすーやしようね」
「しゅーやしゅーやすりゅよ……っ」
“れいむ”の声に一斉に寝息を立て始める赤れいむたち。
耳障りな寝息の音に混じってどこからかすすり泣く声が聞こえてきた。
暗闇の中、岩壁に頬を押し付けて涙を流す別の赤ゆたちがいる。
種類は実に様々で、まりさ種、ありす種、ぱちゅりー種、ちぇん種、みょん種、と勢ぞろいだ。
「まりしゃたちも……むーちゃ、むーちゃ……したいのじぇ……」
「わきゃらにゃい……わきゃらにゃいよぉぉ……」
“れいむ”はとりあえず赤れいむに餌を与えてから、残り物をその他の赤ゆたちに食べさせる。
当然、その量は赤ゆたちが満足できるようなものではない。
“お城”の中にいる赤ゆたちは驚くべきことに全て“れいむ”の子供である。
“れいむ”は群れのゆっくりたちの大半を“れいぽぅ”して自分の子供を作らせた。
子供を宿したゆっくりは“お城”の中に監禁し、子供を生み終えた後、即座に叩きだすのだ。
そして、れいむ種は“れいむ”の寵愛を受け、それ以外の種は凄惨な迫害を受ける。
“お城”の中で僅かながら共に過ごした母体のゆっくりは自分の子供が気が気ではない。
“れいむ”にとって赤ゆは、群れ全体の人質でしかなかった。
仮に人質が死んでしまったとしても、また別のゆっくりに子供を生ませれば良いだけの話である。
“れいむ”は自らの圧倒的な戦闘能力と群れ中のゆっくりの子供を盾にすることで強力な支配体制を確立させていた。
一度、成体ゆっくりたちが十数匹で徒党を組み、“れいむ”に戦いを挑んだが返り討ちにあっている。
その後、反乱を起こしたゆっくりの子供は例外なく皆殺しにされた。
つがいのゆっくりも死ぬまで“れいぽぅ”されて辱めを受けながらその命の灯を消す。
誰も“れいむ”に逆らえるゆっくりはいなかったのだ。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
巣穴の中にうっすらと光が差し込む。
小鳥のさえずりが外から聞こえてきた。
目覚めの朝である。
「ゆっくりしていってね!!!」
一番最初に目覚めた親まりさが元気に第一声を上げた。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇ!!!」
それに呼応するかのように目を開けたばかりの親ありすと子まりさが返事を返す。
ゆっくりの一日はこのやり取りから始まる。
もぞもぞと巣穴を這って朝食の準備を始めるのは親ありすだ。
巣穴の奥に敷いてある葉っぱの上に僅かながら備蓄された食糧を咥えて運んでいく。
一家は同様にしょんぼりとした表情を浮かべた。
皿代わりの葉っぱに盛られた食料は、育ち盛りの子まりさを含めた一家にとって十分な量はまかなわれていない。
親まりさと親ありすに促され、申し訳なさそうに木の実や雑草を口に含んで口をもぐもぐと動かす子まりさ。
「むーちゃ、むーちゃ、それなりー……」
芋虫などのご馳走は“れいむ”に献上しなければならない。
お世辞にも美味しいとは言えない食料を口にして、幸せな声を上げることはできなかった。
両親も後に続き同じ言葉を漏らす。
ゆっくりは基本的には雑食なのだが他の野生生物と比べて味覚が強く、無駄に味にうるさい。
口の中に入れてしまえばどうせ餡子に変換されるだけなのだが、それに気づいている者などいるはずもなく。
味にさえこだわらなければ何を食べても生きていけるのにも関わらず、それを頑なに拒むため短い寿命をさらに縮めてしまうこ
とが多々ある。
ただでさえ脆弱な存在が自らの首を絞めるような真似をするので、ゆっくりたちは“動く死亡フラグ”などといった二つ名を与
えられてしまうのだ。
「ゆゆっ! ごはんさんをむーしゃむーしゃしたら、まりさはかりにいってくるよ」
「おきゃあしゃん。 まりしゃもがんばりゅにぇっ!」
この子まりさは風で飛ばされた帽子を追いかけて泣いていた子ゆっくりである。
子まりさには姉妹がいたが、みんな様々な理由で永遠にゆっくりしてしまった。
姉妹の思い出は少ない。
一緒に過ごした時間はあまりにも短すぎた。
「おちびちゃんはだめだよ。 ありすおかあさんといっしょにゆっくりおるすばんをしててね」
「どおしちぇぇ?! まりしゃだって、もうごはんしゃんをあちゅめられりゅよっ! ぷんぷん!!」
「ちがうよ。 まりさおかあさんがかりにいっているあいだ、ありすおかあさんをまもってあげてね」
ふくれっ面の子まりさに親まりさが穏やかな口調で言葉を返した。
それでも子まりさは納得がいかないらしい。
まりさ種が一人前として認められるのは狩りの腕次第なのだ。
生後二カ月弱の子まりさにとっては大事なことなのである。
そんなまだまだ幼さの抜けきらない子まりさに親ありすがそっと頬を寄せた。
「ちびちゃん。 ありすおかあさんをまもってくれないかしら……? とってもつよくて、とってもゆっくりしているちびちゃ
んにまもってもらえたら、ありすおかあさん……すごくうれしいんだけどな……?」
「ゆ……ゆゆー……。 そ、それじゃ、しかたにゃいにぇ……。 ありしゅおきゃあしゃんのことは、まりしゃがまもっちぇあ
げりゅよっ!!」
得意気な顔で体全体を“むんっ”といからせる子まりさ。
その様子を見て親まりさと親ありすは互いに目配せをしたのち、一呼吸置いて小さくクスリと笑った。
親まりさがぴょんぴょんと飛び跳ねて巣穴の入り口へと向かう。
子まりさは親ありすにぴったりと寄り添いその後ろ姿を見つめていた。
「ちびちゃん! ありすおかあさんのことをよろしくね!」
「ゆっくちりきゃいしちゃよ!!!」
振り返りざまの親まりさの言葉に元気よく返事を返す子まりさ。
親まりさは自信に満ち溢れた覇気のある声を聞き遂げた後、森へ向けて力強くあんよを蹴った。
「ゆぅ……ゆっくりおそくなっちゃったよ……」
親まりさが出かけた目的は狩りではなかった。
今日は群れの一部のゆっくりたちと“れいむ”に対する会議を行う日だったのだ。
群れの疲労は日を追うごとに大きくなっていく。
自然の恩恵にも限界があるのだ。
それを“れいむ”が際限なく貪るため、その他のゆっくりへの被害は甚大なものである。
そこで、何度か“れいむ”を倒す話し合いを秘密裏に行ってきた。
正攻法でぶつかって“れいむ”を倒すのは不可能だ。
群れのゆっくりが総出でかかればこれを撃破することも可能だったか知れないが、“お城”は内部も入り口も狭く、一度に襲い
かかることは難しい。
これに加えて“お城”の周辺には“兵隊”たちがいる。
怪しい動きを見せれば即座に捕えられ、“れいむ”によって処刑されてしまうだろう。
「ゆぅぅ……れいむは、もう、げんっかいっ!だよ……」
集まったゆっくりたちのうち、一匹のれいむが会議の第一声を上げた。
そのれいむ種はボサボサの髪に傷だらけの顔、大事なリボンもところどころ破れているという惨めな姿をしている。
“れいむ”とそっくりというだけで群れのゆっくりたちから迫害を受けていたのだ。
おかげでまだ若いゆっくりであるにも関わらず、友達を作ることも恋をすることもできずに一匹寂しく巣穴の奥で日々を過ごす。
暴君“れいむ”はあらゆる意味で群れにとっての癌そのものだった。
「むきゅっ……きょうはみんなにこれをみてほしいの……」
そう言ってぱちゅりーが取り出したのは赤トウガラシである。
初めて見る赤トウガラシに、集まったゆっくりたちは一斉に注目した。
しかし、見た感じではただの植物でしかない。
これを使ってあの“れいむ”をどうやって倒そうと言うのか皆目見当がつかなかった。
「いったい、これでどうするの……?」
「こんなものじゃあ“れいむ”はやっつけられないよ……」
「……とかいはじゃないわ……」
「わからないよー……」
それぞれが顔を傾けながら困惑の表情を浮かべ、赤トウガラシをつついたりしている。
「これを……」
「なにをやっているのぜッ?!」
説明をしようとしたぱちゅりーの声を遮るように“兵隊”まりさが集まったゆっくりに向けて怒鳴り声を上げた。
途端に顔面蒼白になり、震えだすゆっくりたち。
そこへ悠然と“兵隊”まりさがやってきた。
“兵隊”まりさはゆっくりたちの中央にポツンと置かれた赤トウガラシを見ながら、
「これはなんなのぜ?」
問いかける。
「……よければ、まりさもいかがかしら……? おしごとさんは、たいへんでしょう?」
ぱちゅりーが務めて冷静に言葉を返す。
“兵隊”まりさが「ゆふん」とわざとらしく息を上げ、偉そうに赤トウガラシの元へとやってくる。
そして赤トウガラシを口に咥え、可能な限り低い声で宣告をした。
「“れいむ”さまにかくれてごはんさんをむーしゃむーしゃするようなゲスは、“れいむ”さまにせいっさいっ!してもらうこ
とにするのぜ!! げらげらげらげら!!!!」
笑い声を上げる“兵隊”まりさをよそに、俯き涙目でその場を一歩も動けないでいるのは集まったゆっくりたちである。
“兵隊”まりさが赤トウガラシを歯で噛み砕く。
口をもごもご動かしながら、
「むーしゃ、むーしゃ……ゆ゛ぶべばっはぁ゛あ゛あ゛ぇ゛ぉ゛ぁ゛あ゛ぁあ゛ッ???!!!!!!」
次の瞬間、飛び出さんばかりに目を見開き顔を文字通り真っ赤にしながら中身の餡子を大量に吐き出す“兵隊”まりさの姿があ
った。
滝のように涙を流し、狂ったように草の上を転げまわる“兵隊”まりさはなおも餡子を吐き続けている。
やがて中身を失った“兵隊”が永遠にゆっくりしてしまった。
開いた口が塞がらないゆっくりたち。
「ど……どういうことなの……?」
「むきゅ……これには、ものすごい“どく”がはいっているのよ」
「……“どく”……ッ?!」
口を揃えて身を寄せ合いながら、赤トウガラシを改めて注視する。
「まだ、ぱちゅがあかちゃんだったころ……ぱちゅのいもうとがこれをむーしゃむーしゃして、えいえんにゆっくりしてしまっ
たわ……。 これを“れいむ”にむーしゃむーしゃさせれば、“れいむ”をえいえんにゆっくりさせられるはずよ」
「と……とかいはだわっ! ぱちゅりー!! あなたはさいこうにとかいはなゆっくりだわ!!」
「わかるよー!! すごいんだねー!!」
「でも、ひとつだけもんだいがあるわ……」
表情を輝かせているゆっくりたちは裏腹にぱちゅりーの表情は暗い。
浮かれた声を出すのをやめて真剣な眼差しをぱちゅりーに送る。
「“れいむ”がこれのことをしっていたら……これをたべさせようとしたゆっくりが……“れいむ”にえいえんにゆっくりさせ
られてしまうはずよ……」
ぱちゅりーの言葉に絶句する一同。
“お城”を築き、“兵隊”に守らせ群れを支配している“れいむ”のことだ。
赤トウガラシの存在を既に知っている可能性のほうが高い。
チラチラと互いの顔を見合わせる。
この危険な任務を自ら進んで請け負うような勇敢な者はいないだろう。
集まったゆっくりのどれもがそう思っていた。
「まりさがやるよ」
「――――ッ!?」
名乗りを上げたのは、子まりさに留守を任せ会議に遅れてやってきた親まりさである。
赤トウガラシに向けられていた視線が一斉に親まりさへと向きを変えた。
「まりさ……あなた……」
「だれかがやらないといけないんだよね? だったらまりさがやるよ。 ゆっくりまかせてね」
「……ま、まって。 そんなにかんたんにひきうけてもいいの?」
「まりさにはちびちゃんがいるんだねー……。 まりさになにかあったら、ちびちゃんがかなしむよー……?」
「………………」
「そんなにあわてるひつようはないのよ……? もっとよくしらべてからでもおそくはないわ」
「……でも、そのあいだにも“れいむ”は、むれのゆっくりたちにめいわくをかけるよ」
「まりさ……」
親まりさの決意は固い。
群れの疲労は限界が近かった。
手を打つのなら早い方がいい。
“れいむ”に群れを支配されてからの生活で、親まりさの子供は二匹も死んでしまった。
一匹は空腹に耐えることができず。
もう一匹は“兵隊”とぶつかったという理由だけで潰された。
親まりさはこの生活に終止符を打ちたかったのだ。
そして、それは群れの悲願でもある。
心配そうに見つめるゆっくりたちに親まりさは笑みを浮かべた。
「だいじょうぶだよ!」
「ま、まりさ……かんがえなおしたほうがいいわ……あなたには……」
「ちびちゃんのことならだいじょうぶだよ。 ちびちゃんは、もうりっぱな“おとな”だから」
ぱちゅりーから赤トウガラシを受け取る親まりさ。
親まりさはそれを器用に帽子の中に入れるとぴょんぴょんと跳ねて戻っていった。
残されたゆっくりたちが親まりさの後姿を見送る。
「……まりさは、やっぱりせきにんをかんじているのかしら……?」
「むきゅぅ……」
「あれはしかたのないことなんだねー……」
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
「ゆっくりただいま!!
「ゆっくりおかえりなさい!!」
「おきゃえりなしゃい!!」
巣穴の中に戻ってきた親まりさを迎えるのは親ありすと子まりさ。
親まりさの顔についた汚れを舌で綺麗に舐め取る親ありす。
「まりしゃおきゃあしゃん!! ごはんしゃんはたくしゃんとれたにょ?」
親まりさはバツが悪そうに顔を横に振った。
子まりさがふくれっ面になって親まりさに文句を言いだす。
「ゆゆぅ! だかりゃ、まりしゃもいっちょにいくっちぇいったにょにぃ……!」
「ごめんね、ちびちゃん。 でもおみやげがあるんだよ」
「ゆゆっ?!」
子まりさの前に芋虫が置かれた。
まだ動いており鮮度は抜群である。
子まりさは久しぶりに見た御馳走を前にして思わず涎を垂らした。
芋虫と親まりさの顔を交互に見る。
「た……たべちょも、いいにょ……?」
「あたりまえだよ。 それはちびちゃんのごはんさんなんだよ!」
「ありしゅおきゃーしゃ……」
「よかったわね。 ちびちゃん。 ちゃんとまりさおかあさんに“ありがとう”してからたべるのよ?」
「ゆ……ゆわああ!! まりしゃおきゃあしゃん!! ゆっくち、ありがちょう!!!」
親まりさと親ありすが微笑む。
子まりさは芋虫を少しだけかじった。
弾力のある食感が歯と舌を通じて子まりさをゆっくりさせていく。
「むーちゃ、むーちゃ……しあわちぇぇぇぇ!!!」
涙目で叫ぶ子まりさ。
久しぶりにゆっくりたちの大好物である芋虫を食べさせてもらえて感無量のようだ。
与えられた芋虫を食べ終わった子まりさは、しばらく巣穴の中ではしゃいでいたが疲れてしまったのだろう。
いつのまにか、すーやすーやと寝息を立てていた。
親ありすは子まりさにそっと葉っぱをかぶせると、親まりさの方に向きを変える。
「それで……どうだったのかしら……?」
「ゆゆ……ゆっくりはなすよ」
親まりさは会議の内容をかいつまんで親ありすに伝えた。
まりさ一家同様に群れ全体の疲労がそろそろ限界に来つつあること。
赤トウガラシを使って“れいむ”を倒す計画。
そして、その計画の実行者が親まりさであること。
話の内容を聞いて、親ありすは静かに目を閉じ頷いた。
「……とかいはだわ。 ありすのだいすきなまりさなら、きっと“れいむ”をやっつけられるとおもうの」
「ありす……」
「はんたいするとおもったの? とかいはなありすは、まりさのことならなんでもおみとおしだわ」
「ごめんなさい……」
「……とかいはじゃないわ。 そんなにあやまられたら……なに、も……もんく……いえなぃ…………っ!!!」
気丈な親ありすがぽろぽろと涙をこぼし始めた。
親まりさが何も言わなかったのは、いや、言えなかったのは親ありすの瞳が滲んでいくのに気付いていたからだ。
“れいむ”を倒すための危険な賭け。
賭けに負ければ親まりさは間違いなく命を落とすだろう。
そして親ありすもまた、ただではすまないはずだ。
二匹の大切な最後の子まりさも。
「ありす。 それでも、まりさは……やるよ」
親ありすが泣きながら頷く。
親まりさと“れいむ”の間には因縁があった。
“れいむ”が初めてこの群れにやってきたときのリーダーは、親まりさの母親だったのだ。
“れいむ”はたった一匹でリーダー率いるゆっくりたちを叩きのめし、残るリーダーに戦いを挑んだ。
その力はほとんど五分と五分。
“れいむ”のほうがスタミナが勝っていた分、長期戦にもつれ込むにつれてリーダーの動きが鈍くなっていく。
このときの親まりさは、ちょうど今の子まりさぐらいの大きさだった。
リーダーの子供として様々なことを母親から教わっていたが、初めて目の当たりにした命のやり取りを前に、当時の親まりさは
一歩たりともあんよを動かすことができなかった。
もしも、自分がリーダーの加勢に入り、二対一で戦っていたら……“れいむ”を倒せていたのかも知れない。
そんな事を考えて毎日毎日巣穴の奥で泣いて過ごした。
群れ中のゆっくりたちが、「ちびちゃんのせいじゃない」と言ってくれてもその時の親まりさは聞き入れなかったのだ。
程なくして“れいむ”による恐怖政治が始まる。
“れいむ”は、あの日戦ったリーダーに子供がいたことは知らなかった。
だからこそ、親まりさは今日まで生きている。
暗い巣穴の中から、親ありすが外に引っ張り出してくれなかったら、一匹寂しく巣穴の中で生涯を終えていたことだろう。
「……わかってるから……。 だから、もぅ……なに、も……いわ……ないで……っ!!!」
泣き止まない親ありすの頬に自分の頬をすり寄せる親まりさ。
あの頃の、弱虫で泣き虫だった自分に手を差し伸べてくれた親ありす。
掴んだその手を今度は自ら離すのだ。
過去の自分と決別するために。
最愛の親ありす。
かけがえのない子まりさ。
二匹の永遠の幸せを願って。
【 chapter:2 「別れ」 】
あの会議の日から一週間が経過した。
“お城”に向かってずりずりとあんよを這わせるのは、親まりさと親ありすの二匹である。
“れいむ”は午前中と午後の二回、必ず食料を届けるように命令をしていた。
一日のうちに二家族が餌集めに奔走することになる。
子まりさは他のゆっくりたちと一緒に別件で狩りに出かけていた。
「…………」
二匹とも無言であんよを進める。
やがて、独立した岩山とその麓にぽっかりと口を開ける洞窟が視界に入った。
仇敵“れいむ”が誇る牙城である。
親まりさは誰にも気づかれないように唇を噛み締めた。
「まつんだねー!!」
“兵隊”のちぇんが二匹を呼びとめた。
親まりさと親ありすの周りをくるくると回り出す。
「とおっていいんだねー! わかるよー!!」
“兵隊”ちぇんが“お城”の入り口を顎で指して中に入るよう指示をする。
「そろそろくるかとおもっていたよ。 れいむをまたせるとかゆっくりしてないね」
思わず呆気に取られてしまった。
“れいむ”自らが“お城”の中から現れたのである。
“兵隊”ちぇんは突然キリッとした表情になり動かなくなった。
……敬礼のつもりなのだろうか。
「ゆゆっ? そこのありすは、なかなかの“びゆっくり”だね。 れいむがすっきりー!してあげてもいいよ!!」
そう言って素早く親ありすの横に移動し頬に舌を這わせる。
「や……やめて……とかいはじゃないわっ!!」
あまりのおぞましさに思わず声を上げる親ありす。
“れいむ”は親ありすの嫌がる表情を見て陰鬱な笑みを浮かべた。
「ゆふふ……。 れいむはね。 むれの“りーだー”なんだよ。 “りーだー”はつかれるんだよ? だから、むれのみんなは
れいむにやさしくしないといけないんだよ? れいむは“いやし”がほしいんだよ? りかいできる……?」
冷たく低い声。
親ありすを見て一瞬だけはしゃいでいた時の声と表情が嘘のようだ。
いや、こちらが“れいむ”の素顔である。
涙目になって“れいむ”から視線を外そうとする親ありすをますます気に入ったのか高らかに宣言した。
「ゆっ! ありす。 いまきめたよ。 きょうはありすとすっきりー!するよ」
「そ、そんな……っ!!」
「そんなにらんぼうなことはしないよ……。 じっとしていればすぐおわるよ……。 ……ゆふふ」
親ありすが涙を流す。
そこに親まりさが割って入った。
“れいむ”が訝しげな表情で親まりさを睨みつける。
(……れいむにむかってこんな、なまいきなたいどをとるゆっくりがまだいたんだね……)
親まりさが口を開く。
「“れいむ”さま。 おそくなってごめんなさい。 きょうのぶんのごはんさんをもってきたよ。 ゆっくりうけとってね」
「……ゆっくり、りかいしたよ」
“れいむ”の前に草で編んだかごを降ろす。
親ありすかごを降ろそうとしたとき、“れいむ”がその頬に自分の頬をすり寄せた。
「い、いや……っ!!」
「ありすは、“びんっかんっ!”なゆっくりだね……。 ……こんなかわいいゆっくりをひとりじめしている、まりさには“せ
いっさいっ!”がひつようだね……」
「おかしなことをいわないでっ!」
「いちいちはんのうしないでいいよ。 ちょっとまりさがうらやましいな、っておもっただけだから。 ……えいえんにゆっく
りさせてやりたいくらいに……」
冗談めかして冷え切った台詞を連発する“れいむ”に親ありすは生きた心地がしていなかった。
それでなくとも、今夜は“お城”の中で“れいむ”に“れいぽぅ”されてしまうのである。
気が狂いそうだった。
“れいむ”がかごの中の食料をチェックしていく。
やれ、「いもむしがすくない」だの、「きのみはかたくてゆっくりできない」だのと言いながら。
「……ゆっ?」
“れいむ”があんよを止めた。
口で咥えて引きずり出したのは例の赤トウガラシである。
親まりさと親ありすが表情を強張らせて“れいむ”の動きを注視した。
“れいむ”はそれを見つめながら、まるで匂いを嗅ぐような仕草をしたり舌の先をちょん、と当てたりしている。
親まりさの頬を冷汗が伝う。
「これはなんなの? はじめてみるたべものだよ」
「それはおいしいごはんさんだよ。 めずらしくてなかなかてにはいらないから、“れいむ”さまにもってきたよ」
「……ふーん……」
考え事をしている時の表情は他のゆっくりと対して変わらない。
“れいむ”はしばらく「ゆんゆん」唸っていた。
そして。
「ゆゆっ! そんなにおいしいものなら、ありすにたべさせてあげるよ! きょうはありすといっしょにすっきりー!するから
いっぱいたべてげんきになってね!」
二匹の表情が凍りつく。
“れいむ”はそれを見逃さなかった。
ずりずりとあんよを這わせて親まりさの眼前へと詰め寄る。
「……どうしたの? ゆっくりできない……? おいしいごはんさんをありすがむーしゃむーしゃできるんだよ? よろこばな
いの?」
「そ……それは……」
親まりさがしどろもどろになって俯く。
“れいむ”は赤トウガラシをそっと口に咥えた。
そのまま親ありすへと向き直る。
親ありすの表情が見る見る青ざめて行った。
“れいむ”が口元を緩める。
「さぁ、ありす。 たくさんむーしゃむーしゃしていいよ!!」
親ありすの口に無理矢理赤トウガラシをねじこもうとする“れいむ”。
親ありすはそれを必死になって拒んでいた。
それでも“れいむ”の力に抗うことができない。
同じくらいのサイズとは思えないほどの力だった。
歯に押し付けられた赤トウガラシが徐々にそれをこじ開けて行く。
「……んぅっ!! …………ゆ゛ぅ゛ぅっ!!!」
一瞬。
親ありすが目を丸くした。
「ゆ゛ぐぅっ??!!!」
“れいむ”の体が草むらの上を転がる。
親まりさは鬼のような形相で“れいむ”を見下ろしていた。
「ま……まりさっ!!!」
「ありす……ごめんね」
「どおしてこんなことするの? れいむ、すっごくいーらいーらしてきたよ。 まりさみたいなよわいゆっくりがれいむにはむ
かうとかばかなの? しぬの? ……ゆっくりできない、まりさは……ゆっくりしんでね」
両者が互いの体をぶつけ合う。
勢いよく弾き飛ばされたのは当然親まりさのほうだ。
親まりさの攻撃は体当たりだが、“れいむ”の攻撃はぶちかましとでも言えばいいだろうか。
とにかく力の差が歴然だった。
一度不意打ちを食らっているはずの“れいむ”が一方的に親まりさを攻撃し始める。
「まりさがいけないんだよっ!! ……れいむにっ、ひどいことっ!! するからっ!!!」
感情的になりながら親まりさの顔に体当たりや踏みつけを繰り返す“れいむ”。
次第に親まりさの顔が変形していく。
それでも、歯を食いしばりながらワンサイドゲームの攻撃に耐えていた。
“お城”の中から“兵隊”たちが飛び出してくる。
あっという間に二匹は囲まれてしまった。
「ゆ……ゆあああああああ!!!」
親ありすが一直線に体を“れいむ”にぶつける。
「あ……ありすっ!!! やめてねっ!!!」
「いやよっ!!!」
ぽろぽろと涙をこぼしながら親ありすが“れいむ”を睨みつけた。
騒ぎを聞きつけた他のゆっくりたちも集まってくる。
“お城”の前が騒然となっていく。
ボロボロになった親まりさの姿を見たゆっくりたちが一様に“れいむ”を睨みつけた。
かつて自分たちのリーダーを理不尽に奪った暴君に、その忘れ形見まで奪われてなるものか。
「みんなっ!!! ゆっくりたたかうよっ!!!!」
群れ中のゆっくりたちが“れいむ”と“兵隊”たちに向かって突撃を開始する。
すぐに両陣営の先頭が激しくぶつかり合った。
その様子を見ながら“れいむ”が舌打ちをする。
親まりさは瀕死の状態で“れいむ”に笑顔を見せた。
「……ゆっくり、しんでね」
その笑顔に応えるかのように“れいむ”が穏やかな笑みを浮かべた。
親まりさがあまりにも自然なその笑顔に表情を凍りつかせる。
“れいむ”はぴょんぴょんと“お城”の中に入ると口に数匹の赤ゆを咥えて戻ってきた。
そのまま大声を張り上げる。
「みんな!!! じぶんたちがなにをやっているかわかってるの? ばかなの?!」
群れのゆっくりたちと“兵隊”がその場で動きを止め、“れいむ”へと視線を移す。
「おきゃああしゃああああああん!!!」
「たしゅけちぇぇぇぇぇ!!!」
「ゆんやあああああ!!!!」
「ちびちゃああああああんッ!!!!」
赤ゆたちの悲痛な叫び声に一匹のゆっくりが悲鳴を上げた。
人質に取られた赤ゆの親なのだろう。
泣き叫ぶ赤ゆたちを見て金縛りにあったように動きを止めるゆっくりたち。
“れいむ”が不敵な笑みを浮かべた。
“兵隊”たちによって一方的に暴行を受けるゆっくりたちに抗う術などない。
赤ゆたちを盾に“れいむ”たちによる反乱の鎮圧が始まる。
その主たるメンバーは親まりさと共に会議を行っていたゆっくりたちが中心だ。
みんな、親まりさが心配でこっそりと後をつけてきていたのだろう。
リーダーの子である意識がそうさせるのか、泣きながら必死に仲間の命を助けるように懇願する親まりさを“れいむ”は嘲笑し
ていた。
「ゆるすとおもったの? れいむをゆっくりできなくさせようとする、ゲスなゆっくりは……せいっさいっ!してやるよ!!
げらげらげらげら!!!!」
「やべでぇぇぇぇぇ!!!」
そこに更に遅れて騒ぎを聞きつけたゆっくりたちが集まってくる。
その中には子まりさもいた。
親まりさの表情が青ざめていく。
子まりさはボロ雑巾のようになった母の姿を見てぷるぷると震えていた。
恐怖で声を発することができないのだろう。
それでいい、と親まりさはにっこりと子まりさに笑顔を向けた。
その顔が癇に障ったのか“ れいむ”が親まりさを潰さないよう注意しながら踏みつける。
苦痛に表情を歪めながらも決して子まりさから視線を外そうとはしない。
数匹の“兵隊”に押さえつけられた親ありすも子まりさをずっと見つめていた。
(ちびちゃん……。 ちびちゃんは……まりさのちびちゃんだから……そこからあんよをうごかせないはずだよ……。 でも、
それでいいよ……。 まりさやありすのことはいいから……せめてちびちゃんだけでもゆっくりして――――)
「おきゃあしゃんを……いじめりゅにゃああああッ!!!!」
懇親の叫び。
“兵隊”たちの怒号とゆっくりたちの悲鳴しか聞こえないその中において、突如上がった子まりさの絶叫は皮肉にも全てのゆっ
くりの動きを止めてしまった。
“れいむ”が子まりさを睨みつける。
子まりさも“れいむ”を睨みつけていた。
両者の視線が空中でぶつかる。
親まりさと親ありすが思わず目を見開く。
全身を震わせてはいるものの凛と鋭い視線をぶつける子まりさの瞳に涙は滲んでいない。
目の前で繰り広げられる仲間たちの凄惨な最期。
見るに耐えない状態にまで痛めつけられている両親の姿。
それを目の当たりにしながら、子まりさは自分よりも倍以上のサイズを誇る“れいむ”を睨み続けていたのだ。
「……そこのちびちゃん」
ついに“れいむ”が口を開く。
親まりさと親ありすは子まりさの無事を願い顔面蒼白になり歯をカチカチと鳴らしている。
「……まりしゃは、まりしゃだよっ!!! ちびちゃんにゃんかじゃにゃいよっ!!!」
抜けきらない舌足らずな口調で子まりさが啖呵をを切った。
見下ろす“れいむ”。
見上げる子まりさ。
まるで吸い寄せられるように子まりさの元へと移動していた事に気づいた“れいむ”が思わず目を丸くする。
もしも、子まりさが成体ゆっくりであればこの一瞬の隙を突いて先手を打つこともできたかも知れない。
“れいむ”もそれに気がつき眉をしかめた。
バスケットボールほどものサイズの成体ゆっくりがソフトボール程度の大きさしかない子まりさに対して一瞬でも呑まれてしま
った。
「おでがいじばずぅぅぅ!! ちびちゃんにびどいごどじないでぇぇぇぇ!!!」
動かしかけたあんよを止める“れいむ”。
戦いが始まっていれば子まりさは即死していただろう。
「おきゃあしゃん!! じぇったいにまりしゃがたしゅけちぇあげりゅよっ!!!」
悲痛な親まりさの声に応えるかのように子まりさが雄々しい声を発した。
それを取り巻く“兵隊”たちもゆっくりたちも、その親子の様子を無言で見つめていることしかできない。
群れのゆっくりたちが今にも泣き出しそうな表情で佇む。
諦めの念が見て取れる。
かつてのリーダーを殺され、その子供である親まりさも瀕死の重傷を負わされ、更に子まりさまでも殺されてしまうのか。
この、突然森に現れた残虐なる支配者。
暴君“れいむ”によって。
これから起こるであろう凄惨な結末を予測し、もはや己を奮い立たせるほどの心は持ち合わせていない。
「ちびちゃん……。 れいむはやさしいゆっくりだから、ちびちゃんにひどいことはしないよ」
「……ゆっ?」
「でも、れいむになまいきなたいどをとったゆっくりには、せいっさいっ!がひつようだよ。 りかいできる?」
「りきゃいできにゃいよっ!! せいっしゃいっ!されりゅのはれーみゅのほうじゃよっ! ゆっくちりきゃいしちぇにぇっ!
!!!」
“れいむ”の揉み上げが勢いよく子まりさの頬を叩いた。
瞬間、「ゆぴっ」と短い悲鳴を上げる子まりさ。
ころころと草の上を転がりようやく止まった時には、既に起き上がり“れいむ”を睨みつけている。
打たれた左の頬を真っ赤に腫らして。
“れいむ”はそれ以上、子まりさに危害を加えるつもりはなかった。
子まりさを潰してしまえば、“お城”の中に監禁してある赤ゆたちも同様に潰されてしまっているということを周知する形にな
ってしまうからだ。
“れいむ”の支配体制は赤ゆという盾があって初めて成立する。
盾が失われれば群れ中のゆっくりが玉砕覚悟で“お城”に攻め入ってくるだろう。
いくら“れいむ”でも一匹でその相手をするには手に余る。
狭い“お城”の中であれば戦いで負けることはないだろうが、体力的な問題で全てのゆっくりを返り討ちにするのは難しい。
「ゆんやああっ! はなしちぇにぇっ!! はなしちぇにぇっ!!!」
“れいむ”によって口に咥えられた子まりさが必死になってあんよを振る。
身動きの取れない両親がその様子を怯えながら見つめていた。
子まりさを“兵隊”のうちの一匹に預け、ゆっくりたちへ高らかに宣言する“れいむ”。
「みんな!! ゆっくりきいてね!! いまかられいむをゆっくりできなくさせようとした、ゲスなまりさをせいっさいっ!す
るよ!!!!」
ざわつく群れのゆっくりたち。
会議に参加していたゆっくりたちは悔しさのあまりに唇を噛み締めた。
赤ゆたちさえ人質に取られていなければ。
暴君の言いなりになる必要もないというのに。
「ゆぐ……ゆっくり、はなして……っ!!」
二匹の“兵隊”によって親まりさが“お城”の近くに突き出た平たい岩の上に乗せられ、動きを封じられる。
“れいむ”は自分に対して無礼を働いたゆっくりをこの岩の上で処刑するのが好きだった。
より多くのゆっくりたちに制裁対象が潰される様を見せつけることができるからだ。
「いやああぁぁぁぁっ!!!」
親ありすが叫ぶ。
処刑台の上の親まりさはご丁寧に目の前に連れてこられた子まりさをじっと見つめていた。
「ちび……ちゃん……」
「おきゃあしゃん……っ!! おきゃあしゃん……っ!!」
風に舞う木の葉。
草木の揺れる音。
静まり返る群れ。
“れいむ”が親まりさの顔を何度も何度も踏みつける。
「ゆ゛ぶっ!! ぎゅべっ!! ゆ゛ぎぃッ?! ゆ゛ぼぉッ??!!!」
「ゆんやあああああああああああ!!!!!!」
「ちびちゃ……ゆ゛げぇ゛っ??!!!」
「まりさああああぁぁぁあぁぁ!!!!」
「ゲスはゆっくりしないでしね!!!!」
親まりさの顔が潰れ中身の餡子が飛び散った。
ぼさぼさになってしまった金髪が頭皮ごと地面にぱさりと落ちる。
飛び出した目玉がころころと転がり、子まりさの前でその動きを止めた。
“れいむ”のあんよにはべったりと餡子が付着している。
風に乗って辺りに死臭が漂い出す。
そのゆっくりできない臭いが、群れのゆっくりたちにかつてリーダーを失ったときの焦燥感をフラッシュバックさせていく。
子まりさは変わり果てた親まりさの姿を呆然と眺めていた。
穏やかな笑顔を見せてくれた母親の面影はそこにない。
ぐしゃぐしゃに潰された餡子まみれの皮が岩の上に張り付いているだけだ。
「うわああああ!!! ごろ゛じでや゛る゛ッ!!! じね゛ッ!!! でいぶぅぅぅ!!!! じね゛ぇ゛ぇ゛ッ!!!!」
親ありすが表情を破壊させながら“れいむ”に罵声を浴びせる。
“れいむ”は贈られる呪詛さえも心地よいと言わんばかりに口元を緩め、絶望に染まった子まりさの表情を眺めていた。
子まりさが一歩も動く事ができないのを確認すると“兵隊”に指示を出し、“お城”の中に運び込ませる。
“兵隊”の口に咥えられぷらぷらと揺れながら、子まりさは無言でぽろぽろと涙をこぼしていた。
その姿が親ありすの目に入る。
「はなしてえぇぇぇっ!!!」
一瞬の隙をついて“兵隊”の拘束から逃れる親ありす。
“れいむ”が振り返る。
親ありすは赤トウガラシを咥えていた。
子まりさを運ぶ“兵隊”もあんよを止めて視線をそちらに向ける。
「れいむ!! あなたなんかにすっきりー!させられるぐらいなら、えいえんにゆっくりしたほうがましよ!!!!」
「ありしゅ……おきゃ……」
「ちびちゃん。 ――――ゆっくりしていってね!!!」
親ありすが赤トウガラシを噛み潰し咀嚼する。
「むーしゃ、むー……ゆ゛があ゛あ゛ぁ゛あ゛ッ???!!!!」
顔を真っ赤にした親ありすの顔中に嫌な汗がぽつぽつと浮かぶ。
舌から全身に広がっていく熱と痛みが親ありすを蹂躙していく。
その痛みに耐えきれず、四方八方に転げ回り、何度も額を地面に打ち付ける。
半分飛び出しかけた目玉。
垂れ流される涙、涎、汗、しーしー、うんうん。
強く食いしばった歯が負荷に耐えきれず砕けて地面に落ちた。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛!!! い゛だい゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」
ゆっくりのものとは到底思えない禍々しい絶叫が響き渡る。
「お゛ぎゃあ゛じゃあ゛あ゛ぁ゛ん゛!!!! ゆ゛ん゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
小さなお尻をぷりんぷりんと振って抵抗をしながら叫ぶ子まりさ。
恐ろしい形相で子まりさを凝視するその姿に、大好きな親ありすの面影は微塵も残されていない。
狂ったように歪み切った顔。
親ありすは最後の最後まで愛おしそうに子まりさを見つめていた。
しかし、見つめられた子まりさは恐ろしさのあまりにしーしーを大量に漏らしてしまう。
視界が暗くなっていく。
子まりさは親ありすが最後に呟いた唇の動きを見ることもなく、気を失ってしまった。
――――だ い す き よ 。 ま り さ と あ り す の … … ち び ち ゃ ん 。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
闇に閉ざされた空間の中に子まりさがうずくまるような姿勢で転がっていた。
泣き疲れて眠ってしまっていたのだろう。
与えられた苦痛は肉体的にも精神的にも子まりさの心の限界を超えるものだ。
目尻から頬にかけて残る涙の痕が痛々しい。
その子まりさの後頭部付近に水滴が一粒、二粒。
「……ゆ……」
もぞもぞとあんよを動かしながら体を起こす。
なかなか開こうとしない目を懸命に開いた。
それでもその瞳に光は差し込まない。
子まりさは自分がどこにいるのかわからなかった。
その場で顔をひねりきょろきょろと周囲を見回す。
一面に広がる闇。
枯れ果てたかに思えた涙が自然に溢れてくる。
そのとき子まりさの頬に何かが触れた。
「ゆぴっ!」
短く悲鳴を上げる子まりさを制するように言葉をかけられる。
「まりしゃ……あんしんしちぇにぇ……」
「ゆぇ……?」
「まだおめめがみえにゃいんだにぇ……そのうち、みえりゅようになりゅよ」
子まりさが目をこらす。
まだ暗闇に慣れていない子まりさの目に声の主は一向に視界に映し出されなかった。
目の前にいたのは子まりさよりも少し小さいくらいのサイズのありす種のゆっくり。
その後ろに隠れるような形で赤ぱちゅりーが覗き込んでいた。
「むきゅ……まりしゃはあたらしくつれちぇこられちゃのかしら……?」
「ゆ……? ゆっくちまりしゃにおしえちぇにぇ……。 ここはどきゃにゃの?」
ようやく暗闇に目が慣れてきた子まりさが再び辺りに視線を泳がせる。
突き出した岩の壁。
ごつごつした岩の隙間に隠れるように何匹か別の赤ゆの姿が見える。
声をあげないようにすすり泣いているもの。
壁に顔を向けたまま無言で震えているもの。
その様子は様々であったが、一匹たりともゆっくりできていないことだけは理解できる。
子まりさが不安そうな表情を浮かべた。
赤ぱちゅりーがずりずりとあんよを這わせ子まりさの元にやってくると、
「まりしゃのおきゃあしゃんも……“れいむ”に“れいぽぅ”されちぇしまっちゃにょ……?」
瞬間。
餡子に刻まれた記憶がよみがえる。
“れいむ”によってぐしゃぐしゃに踏み潰されていく親まりさ。
赤トウガラシを自ら口に含みその命を絶った親ありす。
そして、それを目の前に何もすることができなかった自分自身。
子まりさがカタカタと震え始めた。
ゼンマイの切れかけたオモチャのように力なく震える子まりさを見て、二匹が頬をすり寄せて慰めようとする。
質問をした赤ぱちゅりーは涙目で謝罪をしながら、
「むきゅぅ……ごめんなしゃい、ごめんなしゃい。 ぱちゅ、しょんなつもりじゃにゃかったにょ……」
泣きながら謝る赤ぱちゅりーを見て申し訳なく思ったのか、子まりさが震えを止めて二匹に向き直った。
「まりしゃも……ごめんにぇ……。 ぱちゅりー、きにしにゃいでにぇ……?」
一呼吸置いて、子まりさが二匹に質問を始める。
「ここは……どこにゃの?」
「ここは“れいむ”の“おしろ”よ……みんにゃ、つかまっちぇいりゅの……」
「“れいむ”……!!」
「むきゅ……もしかしちぇ、“れいむ”をやっちゅけようとしたちびちゃん、って……まりしゃのこちょにゃのかしら……?」
「……まりしゃは、なんにもできにゃかっちゃよ……」
赤ありすと赤ぱちゅりーが互いの顔を見合わせた後、強い意志の宿った瞳で子まりさに視線を向けた。
「ありしゅやぱちゅのおきゃあしゃんたちが、“れいむ”にまけちゃうのは、ありしゅたちがここでちゅかまっちぇいりゅから
にゃの……」
悲しみに暮れようとしていた子まりさが思い出していく。
あの時、確かに群れのゆっくりたちは両親に助け船を出そうとしていた。
それを見た“れいむ”は“お城”の中から赤ゆを咥えてきている。
すると攻撃を仕掛けようとしていたゆっくりたちはピタリとあんよを止めてしまった。
二匹の言うことは正しいのだろう。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、両親が殺されてしまった原因の一つが捕らわれの赤ゆたちだと気づき憎しみの感情がわいた。
しかしそれを責めることなどできない。
好きでこんなところにいるわけでもないだろうし、何より自分も今捕まってしまった。
苦しめ続けられている群れのゆっくりたちにとっての足かせになってしまったのだ。
「だかりゃ、にぇ?」
赤ありすと赤ぱちゅりーが顔をずいっ、と寄せて子まりさに告げた。
「ありしゅたちが……“れいむ”をやっちゅければいいのよ……」
表情は興奮している様子だったが大声を出せば“れいむ”に気づかれてしまう。
必死に声を抑えながら、それだけを子まりさに囁く。
「むきゅぅ……ぱちゅたちとかわらにゃいくらいのちびちゃんが、“れいむ”にむきゃっていったときいちぇ……きめちゃのよ
……」
「それはできにゃいよ」
ばっさりと斬り捨てる子まりさの一言に二匹が顔をしかめた。
「“れいむ”にはまりしゃたちみちゃいな、ちいしゃいゆっくりだけじゃ、じぇったいにかちぇにゃいよ」
「ゆぅ……」
赤ありすがしょぼくれる。
赤ぱちゅりーも諦めたように表情を曇らせた。
「だかりゃ……まりしゃたちをたしゅけちぇくれりゅ、みかたをつくらにゃいといけにゃいよ」
「「みかた……?」」
子まりさの言葉に二匹が口を揃えて問い返す。
「ときゃいはじゃにゃいわ……みんにゃ、“れいむ”にはさきゃらえにゃいわよ……」
「だから……“れいむ”のこちょをしらにゃい、ゆっくりにたしゅけちぇもらえばいいんだよっ」
キリッとした表情で子まりさが自分の意見を述べる。
「むきゅぅ……にゃにをいいだしゅのかちょおもえば……」
「まりしゃ? この“おしろ”からはでられにゃいのよ……。 もしでられちゃとしちぇも……おそとには“へいたい”しゃん
がいるわ……」
反論する二匹の表情が暗闇の中でぼんやりと浮かぶ。
「さっきからうるさいよ。 ばかなの? しぬの?」
少し離れた位置から声が聞こえてきた。
空気がピンと張り詰めていくのが理屈でなく直感でわかる。
“れいむ”の声だ。
怯えて声の主へと顔を向けることができない赤ありすと赤ぱちゅりーをよそに、子まりさはじっと一点を睨みつけていた。
その視線の先には大好きな両親を死に追いやり、群れのゆっくりをゆっくりできなくさせているすべての元凶。
視線を外そうとしない子まりさの顔を見ながら二匹はなおも震えている。
こんな態度を取っていれば只では済まされない。
それを理解しているからこそ沸き上がる感情だった。
「ちびちゃん」
子まりさが一歩あんよを踏み出す。
「れいむがきらい?」
予想だにしない質問に思わず歯を食いしばる子まりさ。
それを見た“れいむ”が下卑た笑みを浮かべる。
「ちびちゃんのやさしいおかあさんを、えいえんにゆっくりさせてごめんねっ?!」
ゲラゲラと笑いながらそれだけ告げた。
「ゆがあああっ!!!」
雄叫びを上げて“れいむ”に飛びかかる。
子まりさの体当たりが“れいむ”の頬に当たるも当然びくともしない。
まるでまとわりつくハエを払うかのように子まりさを咥えて地面に投げる。
「ゆぴゃっ!」
子まりさの悲鳴に二匹がしーしーを漏らし始めた。
「ゆぐぅうぅ・・・っ」
「ゆっくちしんじぇにぇっ!!」
起き上がろうとした子まりさの周囲で蠢いている何かがそう叫んだ。
その正体は数匹の赤れいむたちである。
赤れいむたちは次々に子まりさに体当たりを仕掛けた。
からみつくように四方から攻撃される子まりさは身動きが取れない。
「ちびちゃん。 れいむのかわいいかわいいちびちゃんたちを、ひとりでもえいえんにゆっくりさせたら・・・こっちのちびち
ゃんたちをえいえんにゆっくりさせるからね・・・?」
そう言った“れいむ”の傍らには赤ありすと赤ぱちゅりーがいた。
泣きながら子まりさを見つめている。
子まりさは歯を食いしばり赤れいむたちの攻撃を受け始めた。
子ゆと赤ゆでは大きさにそれほどの差はない。
その上、数匹がかりで飛びかかってこられては子まりさの受けるダメージも予想以上に大きく、ぶつかられた箇所がうっすらと
腫れていく。
自分よりも遙かに体の小さな赤ゆに痛めつけられる子まりさ。
「ゆっゆーん! れーみゅはちゅよいんだよっ!!」
「れーみゅたちよりも、おっきいまりしゃなんきゃにもまけにゃいよっ」
「れーみゅたちがきょわくて、まりしゃはにゃんにもできないんだにぇっ!!!」
嬉々として子まりさに襲いかかる赤れいむたちが口々に勝手なことを繰り返す。
子まりさがちょっとジャンプして踏みつければ即座に潰れて死んでしまう程度の存在が、まるで自らを最強の種族と言わんばか
りに高笑いをする。
子まりさへの蹂躙は、赤れいむたちが疲れて寝息を立て始めるまで続いた。
薄汚れた赤れいむたちのあんよで顔を泥だらけにされた子まりさが俯いている。
「げしゅな……まりしゃを……やっちゅけ……むーにゃ、むーにゃ……」
夢の中ででも悪の子まりさを制裁する自分に酔っているらしい。
涎を垂らしながらヘラヘラと笑う赤れいむたちの顔はその筋の人間が一目見れば、たちまちこの場を地獄絵図に変えてしまうほ
ど醜悪なものだった。
「ゆふふ……ちびちゃんたちとあそんでくれて、ゆっくりありがとう」
“れいむ”が赤ありすと赤ぱちゅりーを解放して子まりさの元へとあんよを向ける。
「……あしたも、よろしくね」
ギリギリと歯を食いしばる子まりさ。
そして。
「……やっと、ありしゅとぱちゅりーをはなしちぇくれちゃにぇ……」
「……ゆ?」
「ゆっくちしにぇっ!!!」
叫んで飛び上がる。
“れいむ”が目を丸くした。
それは子ありすと子ぱちゅりーも同じである。
「ゆぴー……ゆぴぶりゅぇ゛ッ??!!!」
ひと思いに。
あんよを踏み抜く。
赤れいむの餡子がどろりと地面に飛び出る。
水たまりのように広がる餡子の上に、子まりさがいた。
「ま……まりしゃ……」
がたがた震えながら赤ありすが子まりさを見上げる。
そのとき、“お城”の中がうっすらと明るくなった。
雲に隠れていた月が顔を出し、その光が岩の裂け目から入ってきたのだ。
子まりさはその一点を見つめている。
「この……くそちびがぁぁぁっ!!!!!」
気が狂ったように絶叫する“れいむ”。
それに呼応するかのように“お城”の外を見張っていた“兵隊”ゆっくりが六匹ほど入ってくる。
捕らわれの赤ゆっくりたちも一様に飛び起きた。
両者の視界に飛び込んだのはあまりにも意外な光景である。
般若のような表情の“れいむ”。
原型を失いひしゃげて動かなくなった赤れいむ。
その上で暴君を睨み上げる子まりさ。
差し込む光の角度はまるで三者の姿をその場にいた者に見せつけるかのように伸びていた。
「みんにゃっ!!! ゆっくちきいちぇにぇっ!!!!」
子まりさが高らかに声を上げた。
まどろみの赤れいむたち。
飛び起きた数多の赤ゆっくり。
呆然と立ち尽くす六匹の“兵隊”ゆっくりたち。
凄まじい形相で子まりさを睨みつける“れいむ”。
子まりさの言葉は捕らえられていた赤ゆっくりたちに向けられたものだ。
「まりしゃが・・・まりしゃが、じぇったいにみんにゃをたしゅけちぇあげりゅよっ!!!」
刹那。
“お城”の中に突風が舞い込んだ。
入り口から吹き込んだ強烈な風は子ゆっくりたちや赤れいむをころころと転ばせた。
子まりさが起き上がった瞬間、声が響く。
「まりしゃぁっ!! そこのあなしゃんからおしょとにでれりゅかもしれにゃいわっ!!!」
“兵隊”たちも“お城”の中だ。
赤ありすの言葉に子まりさが意を決する。
月の光が差し込む岩の裂け目に向かって、傷ついたあんよを蹴る。
「ぴょんぴょんしゅりゅよっ!!!」
「ゆゆっ!! みんな!! あのくそなまいきなちびをつかまえてね!! すぐでいいよっ!!!!」
“れいむ”の指示に“兵隊”たちが一斉に動き出す。
しかし。
「は・・・はなすのぜっ!!! なんなのぜっ??!!!」
「はなすんだみょぉぉぉん!!!!」
“兵隊”たちの髪の毛や皮に噛みついて動きを制しているのは赤ゆっくりたちだ。
“れいむ”が歯ぎしりをする。
「ゆっくちがんばりゅよっ!!!」
「まりしゃっ!! ちぇんたちのぶんまじぇ、がんばりゅんだにぇーー!!!」
赤ゆっくりたちが懸命に“兵隊”たちを抑えつけ、“れいむ”に対して威嚇を行う。
“れいむ”は激怒した。
しかし、目の前にいるのは群れを支配する為の盾だ。
易々と潰すことはできない。
“お城”の中に捕らわれている赤ゆっくりたちを大量に潰されてしまったとあれば、親ゆっくりたちは死なばもろとも最後の抵
抗を見せるだろう。
「ゆ゛んぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ッ!!!!」
岩の裂け目に到達した子まりさが“お城”の内部を見下ろす。
「ゆっゆっおー!」
「えいえいゆー!!」
どの赤ゆっくりたちも必死に戦っていた。
“兵隊”の一匹も倒すことはできないが、子まりさを“お城”の外に逃がすという目的だけで。
そして、赤ゆっくりたちはその戦いに勝利した。
子まりさは月の光に照らされている。
「みんな……ッ!!!」
“お城”の中のゆっくりたちが一斉に子まりさを見上げた。
「ゆっくち……ありがとうっ!!!!」
そう言い残して裂け目から出て行く子まりさ。
脇目もふらずに岩肌を駆け降りる。
固い岩を蹴ってあんよが痛みを訴えていたが気にしない。
自分を逃がすために命を賭してくれた仲間のためにも、弱音を吐くわけにはいかなかった。
月夜の森が子まりさを妖しく迎え入れる。
振り返ることもせず。
ただひたすらに。
「ゆっくりまつのぜ!!!」
「にがさないんだねー!!!」
「つかまえるみょんっ!!!」
追っ手が差し向けられたらしい。
まりさ種、ちぇん種、みょん種。
いずれもゆっくりたちの中では攻撃・移動に特化したメンバーだ。
子ゆっくりと成体ゆっくりというハンデを抜きにしても、この難を乗り切ることは厳しい。
それでも、子まりさはあんよを蹴り続ける。
目の前に川が飛び込んできた。
(そんにゃ……っ!!!)
「ゆっくりしねぇっ!!!」
“兵隊”まりさによって体当たりを受ける子まりさ。
宙に投げ出され草むらの上をごろごろと転がる。
ぶつかられた拍子に脱げてしまった帽子が川の端に着水した。
逆さになって水に浮かぶ帽子を見た子まりさが、反射的にその上に飛び乗った。
「ゆゆゆゆぅぅぅぅぅぅッ??!!!」
野生の水上まりさはなかなかお目にかけることはできない。
三匹の“兵隊”たちは水に浮かぶ帽子の上に乗るまりさ種を初めて見た。
ちぇんやみょんが、恐る恐るあんよを水につけるがとてもじゃないが無事でいられるようには思えない。
下流に向かって流されていく子まりさ。
ここに来るまでの疲労。
先ほど受けたまりさの体当たりなどにより満身創痍の子まりさは眠るようにその瞳を閉じた。
水の流れる音が心地よい。
どんどん小さくなっていく水上の子まりさを見つめながら呆然となる“兵隊”たち。
「ど……どうするのぜ?」
「わかるよー……あのちびちゃんは、かわにおちてえいえんにゆっくりしたことにするんだねー」
「さすが、ちぇんだみょん!!」
夜の冷たい風が子まりさの頬をそっと撫でる。
まるで、今はもういなくなってしまった親まりさと親ありすにすーりすーりをしてもらっているかのような感触に、子まりさは
思わず口元を緩めた。
【 chapter:3 「森の賢者」 】
「むきゅー……。 おかあさん。 このちびちゃんはだいじょうぶかしら……?」
「けがをしているようだけれど、えいえんにゆっくりしてしまうようなことはないわ……。 ちびちゃんがそばにいてあげてね」
「むきゅ……。 おかあさん。 ぱちゅ、もう、ちびちゃんじゃないよ……」
「むきゅきゅ。 それじゃあ、よろしくね。 ちびちゃん」
淀み、濁った意識の中に聞いたことのない声が届く。
子まりさは葉っぱで作られた布団の上に寝かせられていた。
重い瞼を開けることはできなかったが、自分の周りをずーりずーりと這う何者かの存在を感じる。
その正体は一匹のぱちゅりーだ。
まだ成体ゆっくりになったばかりのぱちゅりー。
子まりさよりも少し早く生まれたのだろう。
時折、子まりさの頬をぺーろぺーろしたり、顔色を窺ったりしている。
「ゆ……」
微かに子まりさのお下げが揺れた。
その反応を見たぱちゅりーが懸命に声をかける。
「むきゅっ! まりさ! まりさ! ゆっくりおきてね!」
今度ははっきりと声が届く。
子まりさがゆっくりと目を開いた。
それを見たぱちゅりーが嬉しそうに微笑む。
そんなぱちゅりーをようやく視界に入れた子まりさは安心したのか思わず。
「ゆ……まりしゃは……おなかがすいちゃよ……」
「わかったわ。 ちびちゃん、すこしだけまっていてね。 いまからぱちゅがおかあさんをよんでくるから」
「ゆぁ……」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるぱちゅりー。
病弱で有名なぱちゅりー種にしては比較的元気な個体のようである。
それよりも、子まりさは“お母さん”という単語に反応し、小さな体をぷるぷると震わせていた。
目の前で非業の死を遂げた最愛の両親。
“お城”の中で自分を助けてくれた子ゆっくりたち。
全ての元凶である“れいむ”。
キリッとした表情のまま子まりさの頬を涙が伝う。
無言で涙を流す子まりさの元にぱちゅりー親子がやってきた。
子まりさの様子を見たぱちゅりーがぴょんぴょんと飛び跳ねて頬をすり寄せる。
「むきゅぅ……だいじょうぶかしら……? どこかいたい……?」
子まりさは何も答えない。
ぱちゅりーは悲しそうな顔で子まりさを見つめていた。
ずりずりとあんよを這わせ、少し皮の張りが衰えたもう一匹のぱちゅりー種が寄ってくる。
老ぱちゅりーは、子まりさの目の前に移動するとにっこりと微笑んだ。
「ちびちゃん。 なにもしんぱいしなくてもいいわよ。 ここにはちびちゃんをゆっくりできなくさせるような、わるいゆっく
りはいないわ……」
「……まりしゃは……」
「「?」」
「まりしゃは……おかあさんたちを……えいえんにゆっくりさせられちぇ……。 ゆぐっ……ひっく……」
自分のこれまでを振り返るように呟く子まりさに、ぱちゅりーと老ぱちゅりーが思わず互いの顔を見合わせる。
「まりしゃを……“おしろ”からにがそうとしちぇ……みんにゃががんばってくれちぇ……」
流れ続ける涙。
「みんにゃ……すごく……ゆっくりしているゆっくりなのに……“れいむ”みたいな、わるいゆっくりのせいで……」
「ちびちゃん……。 よければ、ぱちゅりーにくわしいおはなしをきかせてもらえないかしら……?」
老ぱちゅりーが諭すように囁く。
子まりさはしばらく嗚咽を繰り返した後、顔を小さく縦に振った。
“れいむ”によって支配された群れ。
捕らわれの子ゆっくり。
目の前で殺された親まりさ。
自ら赤トウガラシを口に含みその命を絶った親ありす。
赤れいむたちによる集団リンチ。
“お城”からの脱出。
そして、何よりも強い想い。
「まりしゃは……“れいむ”をやっつけて、あのもりでみんなといっしょにずっとゆっくりしていきたいよ……っ!!!」
話を聞いていたぱちゅりーは目に涙を浮かべていた。
老ぱちゅりーも居た堪れない表情をしている。
泣きながら言葉を紡ぐ子まりさの意思は強いのだろう。
しかし、たった一匹で群れを支配するような“れいむ”に体の小さな子まりさが太刀打ちできるはずがないのだ。
大袈裟な言い方をすれば、蟻が象に戦いを挑むようなものである。
「ちびちゃん……?」
「まりしゃはまりしゃだよっ!! ちびちゃんじゃないよ!!!」
泣きながら叫ぶ。
自分とまったく同じことを言っている子まりさに思わず顔を赤らめて老ぱちゅりーの表情を窺うぱちゅりー。
老ぱちゅりーはクスリと笑った。
「むきゅきゅ……。 ごめんなさいね、まりさ。 たしかにあなたはちびちゃんじゃないわ」
「むきゅぅぅぅ?! どおしてぇ? ぱちゅだって、もうちびちゃんじゃないわよぉぉぉ!?」
本当に元気なぱちゅりーだ。
群れの中のぱちゅりーはみんな暗い表情をしていたように思う。
今にして思えばあれは“れいむ”によって支配されていたからだったのだろうか。
子まりさは百面相のように表情を次々に変える年上のぱちゅりーを見て思わず笑みを浮かべてしまった。
ぱちゅりーが目ざとくそれに気付く。
「むっきゅーー!! ちびちゃん!! いま、ぱちゅをわらったでしょ?! ぷんぷん!!!」
「ゆっくり……ごめんなしゃい」
「まだ、ちびちゃんことばもぬけてないのにぃぃぃ」
「……ゆふふ」
子まりさの笑顔を見て老ぱちゅりーが安心したような表情に変わる。
ぱちゅりー親子のおうちは穴を掘って作られたシンプルな巣穴だ。
巣穴の外は、子まりさが“お城”を脱出した時から丸一日が経過しているのか薄暗くなってきている。
三匹は少し早目の晩御飯を食べた。
夕食に出された芋虫を咀嚼しながら、お土産と称して親まりさが食べさせてくれた芋虫を思い出してまた泣きそうになったが、
ぱちゅりー親子に心配をかけるまいと堪えた。
「むーしゃ、むーしゃ……しあわせぇぇぇ!!!」
食事中、涙目になっての幸せ宣言。
嬉し涙を装い、子まりさは与えられた食事を次々に口の中に入れていった。
悲しみの涙を誰にも悟られるようなことがないように。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
「せっせ! せっせ!」
サッカーボールほどの大きさにまで成長したまりさが森を駆け抜ける。
帽子の中には大量のキノコや芋虫が入っていた。
“お城”を脱出してから既に一月ほどが経過している。
ぴょんぴょんと力強く飛び跳ねながらぱちゅりー親子の巣穴へと向かう。
まりさはそこに居候をしていたのだ。
本当ならすぐにでも群れに引き返して“れいむ”を倒したいところだが、老ぱちゅりーによって制されていた。
“あなたのおかあさんたちが、いのちをかけてまもった、あなたじしんを……たいせつにしなさい”
それを言われると言葉を返すことができなかった。
しかし、いつまでもこの巣穴で暮らしているわけにはいかない。
だから決意した。
“まりしゃが、もっとおおきくなっちゃら……じぇったいに“れいむ”をやっちゅけにいくよ!!!”
老ぱちゅりーは呆れたような顔をして何も言葉をかけてはくれなかった。
その日以来、まりさと老ぱちゅりーの会話が少なくなる。
板ばさみにされたぱちゅりーは戸惑うばかりだ。
まりさは毎日森に出かけて狩りをするようになった。
たくさん食べて早く大きくなること。
少しでも体を鍛えて“れいむ”に対抗するだけの力を身につけること。
無言で自分をおうちに置いてくれているぱちゅりー親子に美味しいものを食べさせてあげること。
理由はいくつかあれど、やはり最大の目的は“れいむ”打倒の下準備なのである。
あれから月日も流れ、体のサイズだけは“れいむ”と同じくらいにまで成長した。
毎日強く地面を蹴っているあんよの皮もちょっとやそっとでは傷つかない。
少なくとも小石を踏んだくらいで転げまわるようなヤワなゆっくりのあんよとは違う。
それでも、まりさはまだ“れいむ”を倒せるとは思っていない。
“れいむ”の顔には無数の傷がついていた。
多くの修羅場をくぐりぬけてきた証だろう。
それに比べて自分の顔のなんと綺麗なことか。
狩りは、食料に対しての一方的な暴力でしかない。
まりさには実戦経験が明らかに不足している。
百戦錬磨の“れいむ”を相手に満足のいく戦いができるはずがないのだ。
だからと言って、ぱちゅりーを相手に喧嘩の練習をするわけにはいかない。
元々ぱちゅりー種は大人しいゆっくりだ。
巣穴の中のぱちゅりーも、まりさが採ってきたキノコをもそもそと食べては老ぱちゅりーとお喋りをし、一日を終える。
「ゆっくりただいま!!」
「むきゅ。 ゆっくりおかえりなさい」
「きょうはたくっさんっ、きのこさんがとれたよ!!」
「おいしそうなきのこさんね。 まりさ、いつもありがとう……」
「ゆゆっ! まりさはぱちゅりーたちにおせわになっているんだから、とうぜんだよっ!!」
「むきゅぅ……ぱちゅのことは、ぱちゅとよんでちょうだい」
「ゆっくりりかいしたよ、ぱちゅりー」
「むっきゅぅぅぅぅぅ!!!」
ぱちゅりーは他のぱちゅりー種に比べれば活発なほうだった。
お姉さんぶって失敗することのほうが多く、まりさにもこうしてよくからかわれている。
老ぱちゅりーは頭の良いゆっくりのようだったが、子供のぱちゅりーにはあまり受け継がれてはいないようだ。
とは言ってもまりさよりは多くの知識を身につけている。
まりさはぱちゅりーとの会話の中で多くのことを学んだ。
その際に何度かぱちゅりーに“れいむ”を倒す方法について聞いてみたが答えは返ってこなかった。
「ぱちゅりー……。 ぱちゅおばさんはゆっくりできてる……?」
夕食の準備をしながらまりさがぱちゅりーに問いかける。
ぱちゅりーは黙って顔を横に振った。
老ぱちゅりーは天寿を全うしようとしていたのである。
短命な上にあらゆる死亡フラグを立て続けるゆっくりが、寿命で永遠にゆっくりしてしまうということは自然界では珍しい。
奇跡と言っても過言ではないだろう。
老ぱちゅりーはいつの頃からか眠っている時間が長くなった。
朝、目覚めの挨拶をしてもなかなか返事をしてくれない。
誰も何も言わなかったが、それぞれがどういうことかを理解していた。
老ぱちゅりーは自分の死期が近いことを。
ぱちゅりーは母親との別れが近いことを。
まりさは老ぱちゅりーがそう遠くないうちに永遠にゆっくりしてしまうのだろうということを。
「まりさ、がんばってごはんさんをたくさんとってくるよ。 だから、ぱちゅりーもげんきだして……ね?」
「むきゅ……ありがとう」
ぱちゅりーがわざと明るく振舞っていることにまりさは気づいている。
それが痛々しくて見ているのが辛い。
まりさはぱちゅりーから顔を背けながら葉っぱの上に芋虫やキノコを乗せていった。
「げほっ、げほっ……」
巣穴の隅で壁によりかかるような姿勢で眠っている老ぱちゅりーが時々咳き込む。
元から決して良いとは言えない顔色も心なしか悪くなってきている。
ぱちゅりーはまりさには絶対に悟られないように涙を浮かべていた。
「…………」
まりさはそんなぱちゅりーの後姿を見つめている。
理解していた。
ぱちゅりーが泣きたくて仕方がないのをずっと我慢していることを。
共に過ごした時間は短いが、まりさにはぱちゅりーの気持ちが分かる。
大好きな親を失う悲しみ。
心の中に風穴が開くかのような感覚は大切な何かを失った者にしか分からない。
それでもまりさはぱちゅりーに対して声をかけなかった。
本当なら優しい言葉の一つでもかけてあげるのが普通なのかも知れない。
しかし。
その悲しみを理解するまりさだからこそ、かける言葉が思いつかなかったとも言える。
まりさの言葉はぱちゅりーの心の奥深くにまでは届かないだろう。
「ぱちゅりー。 いっしょにごはんさんをむーしゃむーしゃしようね」
「ゆっくりりかいしたわ」
まりさにできることはあくまでぱちゅりーと自然に接することだけだ。
「むきゅ……。 まりさのとってくるごはんさんがどんどんふえていくわね」
「ぱちゅりーのおかげだよ。 ぱちゅりーがまりさにいろんなことをおしえてくれるからだよ」
「まりさ。 たまには……ぱちゅがきいてみてもいいかしら……?」
「ゆん? なに……?」
「……おかあさんが、えいえんにゆっくりしてしまったときは……かなしかった……?」
「…………!」
ぱちゅりーは真っ直ぐにまりさを見つめたまま動かない。
まりさもぱちゅりーの真剣な表情から冗談でこんなことを聞いているわけではないということに気付く。
いろんなことを知っていても、分からないのだろう。
当然だ。
かけがえのない存在を失うということの悲しみは経験して初めてわかるものだ。
それは知識として得るものではない。
どれだけ勉強をしても、決してわからないことがたくさん世の中にはある。
「ゆげぇっ!!! えれえれえれ……ッ!!!!」
老ぱちゅりーが辛そうに咳き込んだ後、その仲間を吐き始めてしまった。
まりさとぱちゅりーが互いの顔を見合わせる。
すぐに老ぱちゅりーの元へと駆け寄った。
まりさが俯く。
両親のことを思い出しているのだろう。
唇を噛み締めたまま、まりさはぱちゅりーの後ろをついていった。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
「ぱちゅりー……」
「むっきゅうぅぅぅ!! おかあさん!! おかあさん!!!」
弱々しくぱちゅりーを見つめる老ぱちゅりーの瞳。
老いのせいか少しだけ濁っているように見えるが、凜としたその眼差しはぱちゅりーを捕らえてしっかりと離さない。
ぱちゅりーは泣きながら老ぱちゅりーの頬にすーりすーりしたり、ぺーろぺーろしたりしている。
その様子を見てまりさが静かに目を閉じた。
不謹慎にも、“ぱちゅりーは幸せだな”などと思ってしまう。
まりさにはできなかったのだ。
親まりさにも親ありすにも、永遠の別れを嘆いて頬をすり寄せることや最期の言葉を交わすことが。
老ぱちゅりーはまりさに視線を移した。
瞬間、その瞳に吸い込まれるような錯覚を覚え、老ぱちゅりーから視線を外せなくなる。
森の賢者の瞳に、世界はどのように映し出されていたのだろうか。
最愛のぱちゅりーと共に二匹だけで過ごす決して長くはない時間。
「まりさ……ぱちゅのこえが……きこえるかしら……?」
静かに語りかけてくる。
「“れいむ”をやっつけようとするのは、やめなさい」
「?!」
まりさもそうだが、ぱちゅりーも目を丸くして老ぱちゅりーを見つめていた。
まりさがぴょんぴょんと老ぱちゅりーの元に駆け寄る。
今にも消え入りそうな命がつぶやくように言葉を繋いだ。
「“れいむ”にはかてないわ……あなたの、おかあさんの、おかあさん……。 ぱちゅのしっているかぎりで、もっともつよく
てやさしい……あのむれのリーダーだったまりさ……」
「なにを……いっているの……?」
「あのまりさですら……“れいむ”にはかてなかったのだから……」
訝しげな視線を向けるまりさに淡々と昔話を語って聞かせる老ぱちゅりー。
「ぱちゅは……あなたとおなじむれでくらしていたのよ……」
「……?!」
「リーダーだったまりさと、およめさんのちぇん。 ふたりがまとめていたむれは、ぱちゅたちにとって、じまんの“ゆっくり
ぷれいす”だったわ」
「まりさのおかあさんの、おかあさんが……むれの……リーダー……?」
「むきゅ……そうよ」
「まりさおかあさんも、ありすおかあさんも……そんなこと……いってないよ……?」
在りし日の両親の姿が瞼の裏から蘇る。
そういうことだったのだろうか。
群れのどのゆっくりも手を出せない状況の中で、それでも“れいむ”に挑み倒そうとしたの両親の行動は。
「……あなたのおかあさんがまだちびちゃんだったころ、おうちのなかでまいにちないていたわ」
「……どうして……?」
「リーダーのまりさが、“れいむ”とたたかっているとき、じぶんはこわくてなにもできなかった、って。 いっしょにたたか
っていれば、“れいむ”をやっつけることができたかもしれないのに、って……」
「…………ゆぁ…………」
同じだった。
まりさも、目の前で親まりさがいたぶられている時、何もできない無力な自分を呪っていた。
「まりさも……おかあさんとおなじだよ……」
「……それはみんなおなじなのよ……。 “れいむ”におびえてリーダーといっしょにたたかうことができなかった。 ……こ
ろされるのは、ほんとうにこわいことだから」
まりさとぱちゅりーが息を呑む。
老ぱちゅりーの言葉は二匹の心の奥深くを抉るに十分な迫力を持っていた。
まりさは考えていなかったのだ。
“れいむ”を倒すということ以外を。
“れいむ”に負けてしまった場合のことなど考えていなかった。
戦いに負ければ、自分は惨たらしく殺されるだろう。
まりさの体が一瞬だけ、ぶるっと震えた。
老ぱちゅりーはそれを見てにっこりと笑う。
「こわいでしょう……?」
「…………」
無言のまま、まりさが頷く。
「……それでいいのよ。 しんでしまうのはだれだってこわいわ。 ……ぱちゅだって、いま、こわくてたまらないのよ……?」
「……おかあさんっ!」
ぱちゅりーが叫ぶように老ぱちゅりーに呼びかける。
「まりさ。 こわがることは、すこしもはずかしいことじゃないのよ……?」
「……でも、……でもっ!」
「……こわがったうえで、“れいむ”にたたかいをいどみなさい」
まりさとぱちゅりーの動きが止まった。
老ぱちゅりーはまりさが無策で“れいむ”に戦いを挑もうとしていることを憂いていたのだ。
無謀と勇気は違う。
“れいむを倒す”ために戦うのではなく、“生き残る”ために戦うのだ。
その二つは似ているようで決定的に違う事だった。
まりさがしょぼくれた表情に変わる。
それを見た老ぱちゅりーは「むきゅきゅ」と笑いながら、なおも消え入るような声で言葉を紡いだ。
「がんばって。 ……“こわい”とおもいながらたたかうことができれば、きっとむちゃなことはしないはずよ。 それができ
なければ、“れいむ”にかつことはできない……」
「……“れいむ”は、“こわい”なんておもってないのかな……? もし、そうなら……」
「いいえ。 “れいむ”はこわがりよ」
「?」
「こわがりだからこそ、“れいむ”はとてもつよいのよ……。 なにかおもいあたることはないかしら?」
まりさが思考を巡らせる。
群れのゆっくりたちに作らせた“お城”。
それを守る“兵隊”。
人質として捕まえた子ゆっくり。
まりさが悟ったように小さく頷いた。
それを見た老ぱちゅりーが満足気な笑みを返す。
「む゛ぎゅっ!!! げほっ!! げほっ!!!」
「お……おかあさん!!!!」
勢いよく咳き込む老ぱちゅりーに頬をすり寄せながらぱちゅりーが叫ぶ。
「むきゅ……きゅ。 ぱちゅは、しあわせなゆっくりだったわ……」
「むきゅうぅぅぅぅん!!! “だった”ってどういうことなのっ? ずっと、ずっと、しあわせなおかあさんでいてよぉぉ!!」
「ぱちゅりー……。 あなたも、……しあわせに。 ……ゆっくりしていってね……?」
「おかあさあああああん!!!!!」
「……まりさ」
ゆんゆんと大声で泣き続けるぱちゅりーをなだめながら、まりさに向けて唇を動かす。
「ぱちゅりーのことを、よろしくね」
「……ゆっくりりかいしたよ」
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
まりさとぱちゅりーは老ぱちゅりーの墓を作ってあげた。
二匹で一生懸命に小さな穴を掘って、その中に老ぱちゅりーの亡骸を収めた。
土をかぶせた後も、その場を凍りついたように動こうとしないぱちゅりー。
地面に頬をすり寄せては大粒の涙をこぼす。
寂しくて、寂しくて、堪らないのだろう。
まりさが声をかけてもぱちゅりーはそこを動こうとしない。
ぱちゅりーの気持ちが分かるからこそ、まりさは無言のまま巣穴へとあんよを向けた。
巣穴の中に集めていた食料を葉っぱでくるんだものをいくつか用意して、帽子の中に器用に入れて行く。
まりさは“れいむ”を倒すべく、あの森に帰ることを決意したのだ。
自分用に残していた芋虫を口の中に入れる。
それを飲み込んだ後、お決まりのセリフも言わずに巣穴の入り口へと這って進む。
「どこにいくの……?」
巣穴を出た瞬間、ぱちゅりーに声をかけられる。
泣き腫らした目でまりさを凝視するぱちゅりー。
「……まりさは、まりさたちのくらしていたもりに、かえるよ」
「……ぱちゅは?」
「ゆ?」
「むきゅぅ……。 ぱちゅのおかあさんにいわれなかったかしら……? ぱちゅのことを、よろしく、って」
「……“れいむ”はつよいよ。 ぱちゅりーをきけんなめにあわせたくないから、いっしょにいくことはできないよ……」
「まりさ」
ぱちゅりーは真剣な眼差しをまりさに向けていた。
まりさも、目を離したりはしない。
ぱちゅりーは老ぱちゅりーの墓を振り返ると、
「……まりさたちのむれでは……みんな、ぱちゅみたいにかなしいおもいをしているんでしょう……?」
「……そうだよ」
「それじゃあ、ゆっくりできないわね」
「……そうだよ」
ぱちゅりーがまりさへと向き直る。
「ぱちゅもいっしょにいくわ」
譲るつもりはないらしい。
「おかあさんがいっていたこと……」
かつてのリーダーを助けてあげられなかったこと。
老ぱちゅりーはずっと後悔し続けていた。
群れから、“れいむ”から、たった一匹逃げ出したことを。
ぱちゅりーはまりさの群れとは何の関係もないはずだ。
それでも、まりさと共に行こうとするのは母の遺志を継ぐためだろう。
老ぱちゅりーは、まりさに“れいむ”と戦うように言った。
まりさなら、それができると。
それがどういうことか。
老ぱちゅりーにとっても、“れいむ”打倒は悲願だったのだ。
「おかあさんがかなえられなかったねがいを……ぱちゅがかなえてあげたいわ」
過去、“れいむ”に挑んだゆっくりたちは例外なく戦いに敗れ、永遠にゆっくりさせられてしまった。
かつてのリーダーまりさも。
親まりさも。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
親子三代にわたる因縁のゆっくりである“れいむ”を討つべく、まりさは群れが暮らす森へとあんよを向ける。
その後ろをぱちゅりーがずりずりとついていく。
程なくしてまりさが流されてきた川へとたどり着いた。
目指すべき場所はこの川の向こうだ。
ぱちゅりーはまりさに川の上流へと向かうように伝えた。
ぱちゅりー曰く、上流に水深の浅い場所があり水面から顔を出した石の上を飛んで渡ることができる場所があるらしい。
二匹は並んで川沿いにあんよを進めた。
普通のぱちゅりー種であればこれほどの距離を進んできた時点で体力を使い果たしていてもおかしくないはずだが、意外なこと
に平気そうな顔をしている。
水の流れる音を聞きながら真っ直ぐに進む。
出発してからそれほど時間は経過していないが、二匹はお互いに一言も口を利いていなかった。
ぱちゅりーの前を行くまりさは無言のままひたすら前へ、前へと進んで行く。
「…………」
特有のジトッとした目つきでその後ろ姿を見つめるぱちゅりー。
その表情は少しずつ訝しげなものに変わっていく。
ずりずりとあんよを這わせ続けるまりさ。
仮に今、ぱちゅりーがあんよを止めたとしてそれに気付くだろうか。
まりさは明らかに余裕を失っていた。
ただ一点を見つめて離さない。
ぱちゅりーはまりさの後ろで小さく溜め息をついた。
意を決して声をかける。
「まりさ」
呼ばれたまりさが一瞬だけビクッ、と体を震わせて振り返る。
少し強張った表情。
額にうっすらと浮かぶ汗。
定まらない視点。
「……どうしたの?」
努めて冷静に答えたつもりなのだろうが、その声は上ずっている。
まりさは不思議そうにぱちゅりーの顔を覗きこんでいた。
「むきゅ。 ちょっとだけきゅうけいしましょう?」
一瞬だけ間を置いた後、ぱちゅりーの申し出を承諾するまりさ。
休憩すらも聞き入れないような状態だったとしたらどうしようかと考えていたぱちゅりーが少しだけ表情を緩める。
「ぱちゅりー。 おうちからごはんさんをもってきたよ。 ゆっくりむーしゃむーしゃしようね」
「むきゅきゅ。 ゆっくりりかいしたわ」
声をかけられれば冷静になれるのだろう。
それならば少しはマシというものである。
しかし、やはりナーバスになっているのかキノコを口の中でもぐもぐさせていても、まりさの表情は固まったままだ。
ぱちゅりーが心配そうにそれを見つめる。
それに気付いたまりさが口を開いた。
「どうしたの……?」
「……むきゅう。 まりさ? おちついてきいてちょうだいね?」
「ゆっくりわかったよ」
「まりさ……すこしだけ、あわてていないかしら?」
「……まりさが?」
「むきゅん」
まりさは少し考え込むような仕草を取った。
これで思い当たる節がないと言うなら少し落ち着かせなければならない。
そんな事を考えているぱちゅりーに向けて、まりさは照れ笑いをしてみせた。
「ゆふふ。 そうだね。 もう、かわのむこうがわにわたることしかかんがえていなかったよ」
それからペロリと舌を出す。
思わず口元を緩めるぱちゅりー。
ぱちゅりーにとっては、まりさは年下だ。
種の違いもあって、物事を冷静になって考える力もぱちゅりーよりは遥かに劣って然るべきである。
しかし、このまりさはどうか。
指摘された事を素直に認め、自身を振り返ることができる。
まりさは改めてぱちゅりーに問いかけた。
「ぱちゅりー。 かわのむこうがわについたら、まずは“おしろ”とむれのみんながよくみえるばしょをさがすよ」
「そうね。 ぱちゅはまだ“おしろ”をみたことがないから……。 “れいむ”もそのなかにいるんでしょう?」
「よるはまちがいなく“おしろ”のなかにいるとおもうよ」
「むきゅぅ……」
「ゆ? どうしたの?」
「ぱちゅのかんがえをきいてもらってもいいかしら?」
「もちろんだよ! ゆっくりきかせてね!!」
まりさは嬉しそうにぱちゅりーへ向けて微笑んだ。
強い意志を内に宿していても、無邪気な表情はまだまだあどけない。
それもそうだろう。
成体ゆっくりになってまだ一カ月弱しか経っていないのだ。
それを思えば、二匹がこれから挑もうとしている“れいむ”は圧倒的に長く生きている。
生きている、と言うよりも生き残るだけの力を持っている、という言い方のほうが正しいだろうか。
ぱちゅりーの考えはこうだ。
“れいむ”、“お城”、“兵隊”を一度に相手にしては勝てる見込みがない。
まずはこの三つを分断する必要がある。
現段階で戦力はまりさと、ぱちゅりーの二匹。
“れいむ”はもちろん、“兵隊”を倒すことも難しいだろう。
となれば、まずはなんとしてでも“お城”を制圧する必要がある。
その中に人質として捕らわれている子ゆっくりたちがいるというのなら、なおさらだ。
“れいむ”が作り上げた盾を奪い去ることで、群れのゆっくりたちが反撃できる状況を生み出す。
群れ中のゆっくりたちが総攻撃を仕掛ければ、“兵隊”を倒すことができるだろう。
しかし、“れいむ”は別だ。
これまでの話を総合すると、“れいむ”の戦闘能力は桁外れに高い。
“兵隊”との戦いで疲弊しきった群れのゆっくりたちでは、数で勝っていても“れいむ”を倒すのは難しくなる。
この流れで戦いを挑むとすれば、やはり“れいむ”を直接倒すのはまりさとぱちゅりーの二匹になるだろう。
しかし、確実に“れいむ”を仕留めるための知恵が浮かばない。
まりさはここまでのぱちゅりーの案を聞いて、思わず呆けてしまった。
端的に言えば、まりさはぱちゅりーと二匹でどうやって“れいむ”を倒すかしか考えていなかったのだ。
“れいむ”を取り巻く環境から潰していくことなど、思いつきもしなかった。
ぱちゅりーはゆっくりであり、人間ではない。
人間であれば当たり前のように思いつく作戦ではあっても、ゆっくりがそれを思いつくというのは次元の異なる話だ。
そもそも、まりさが“お城”で捕まっていたとき、子ぱちゅりーと子ありすに何と言っていたか。
“まずは味方を作る”ようなことを言ってはいなかっただろうか。
まりさはそれすらも忘れていた。
無論、その後にまりさを襲った幾多の困難を思えば記憶から消えてしまっていても仕方がないのかも知れなかったのだが。
ぱちゅりーはやはり、森の賢者と称えられた老ぱちゅりーに育てられただけのことはある。
「できれば、かわさんをわたるまえに……“おしろ”をみておきたいのだけれど……それはむずかしそうね……」
「このあたりは、もりにかこまれてるから……“おしろ”はなかなかみえないとおもうよ……」
「むきゅ……こそーりこそーりすすむしかなさそうね……」
「ゆぅ……。 ぱちゅりーにはむずかしそうだね……」
「ど……どぉしてそんなこというのぉぉぉぉ??!!!」
まりさの一言に“むっきゅーー”とふくれっ面になって声を上げるぱちゅりー。
ぱちゅりーは冷静だが不意を突かれると感情が大袈裟に溢れだす。
ある意味、ゆっくりらしいと言えばゆっくりらしいのだが。
この辺りが老ぱちゅりーとぱちゅりーの決定的な違いなのかも知れない。
散々大きな声を出したあと恥ずかしそうに俯くぱちゅりー。
まりさがそれを見て小さく笑った。
小休止を終えた二匹が川の浅瀬にたどり着く。
ぱちゅりーが言うようにここからなら石の上を飛んで向こう岸に渡ることができそうだ。
既に空は薄暗くなりつつある。
一日で移動できる距離はこのくらいが限界だろう。
川の向こうは“れいむ”のテリトリーである。
疲労を溜めた状態でその中に飛び込むのは危険極まりない。
“れいむ”を倒すための決定的な策も見つかっていない状態ではここを越えることはできないのだ。
しかし、故郷の森は近い。
いつまでもこの周辺に留まっていては見回りに来た“兵隊”や捕食種に見つかってしまう可能性もある。
急ごうとすればするほど、目の前に深い霧が立ち込めていくような焦燥感。
それは、まりさもぱちゅりーも同じだった。
迂闊に敵の懐に飛び込むことはできない。
「……むれのゆっくりのふりをして……まぎれこむのはむずかしいわよね……?」
「ゆぅ……。 “れいむ”も“へいたい”もよく、ゆっくりのおうちをあらしにくるよ」
「まりさは……“れいむ”におかおをおぼえられているでしょうしね……」
木の根元を掘って作った即席の巣穴に身をうずめて話し合いを続ける。
二匹がやっと入れる程度の窪みでしかないが、野ざらしで夜を明かすよりは幾分かマシだろう。
明確な解決策を見いだせないまま、二匹は頭上に広がる星空を見上げていた。
ぱちゅりーが呟く。
「まりさ。 しっているかしら? おつきさまはおおきくなったり、ちいさくなったりするのよ」
「どういうこと……?」
「む、むきゅ……ぱちゅもよくはしらないのだけれど……。 ちいさくなったおつきさまは、ぱちゅたちからはみえなくなって
しまうのよ」
「ふぅん……。 そういえば、きょうのおつきさまはちいさくて、くらいね。 まんまるなおつきさまのときはすごくあかるく
てきれいなのに」
「おつきさまも、まいにち、げんきなわけじゃないのよね……」
「…………」
「むきゅ。 あしたはどうしようかしら……? いつまでもここにいるわけには……」
「ぱちゅりー」
不意にまりさが真剣な顔でぱちゅりーに向き直り呟く。
頬を染めるぱちゅりー。
しどろもどろで言葉を発する。
「な、なにかしら?」
「まりさが“おしろ”からにげだしたとき、“おしろ”のかべのすきまからおつきさまのひかりがはいってきてたんだよ」
「それがどうしたのかしら?」
「ぱちゅりーがいってたみたいに、おつきさまがみえなくなったときなら、“おしろ”のなかはまっくらになるはずだよ!!」
「…………」
「そのときに“おしろ”にしのびこめば……」
「だめよ」
「ゆゆ?」
「しのびこんでどうするの? “れいむ”もねむっているかもしれないけれど、まっくらのなかではたたかうこともできないわ。
もともと、“おしろ”は“れいむ”のおうちなのよ? “おしろ”のなかのことは“れいむ”のほうがくわしいから、こっちが
まけてしまうかのうせいのほうがたかいはずよ」
「ゆぅ……」
「……まりさ」
ぱちゅりーが静かな口調で囁くように呟いた。
困ったような表情のまま、まりさが顔をかしげる。
「むれのゆっくりたちと、おはなしができないかしら?」
「ゆ?」
目次
prologue~
chapter:1 「暴君」
chapter:2 「別れ」
chapter:3 「森の賢者」
chapter:4 「裏切り」
chapter:5 「永遠の墓標」
chapter:6 「まりさ」
~epilogue
【 prologue~ 】
そよ風が木々の間を抜ける。
枝葉を、草花をゆらゆらと揺らしながら。
地平線に接するように広がる青空のキャンパスに小さな黒い帽子が舞った。
「ゆんやぁぁ! まっちぇにぇっ! まっちぇにぇっ!! まりしゃのだいじにゃおぼうししゃんがぁぁぁ!!!」
それを追いかけているのはまだ赤ちゃん言葉が抜けきっていないゴムボール程の大きさの子まりさである。
子まりさをあざ笑うかのように風で運ばれる大事なお帽子。
風に攫われてしまったのだろう。
小さな体を一生懸命に動かし、草原の上をたむたむと跳ね続ける。
しかし、子まりさの帽子はなかなか地面に落ちてこない。
糸の切れた凧のように空を縦横無尽に泳ぎ続けていた。
疲れ切った子まりさが涙目になって上空の帽子を見上げる。
「ゆ……、ゆんやぁぁぁぁ!!!!」
「ちびちゃん。 どうしたの?」
叫び声を上げるのと同時に子まりさの後ろから声をかける者があった。
振り返るとそこにはサッカーボールほどの大きさにまで成長した成体ゆっくりのまりさ種が佇んでいる。
自慢の金髪とお下げを風になびかせ、見下ろすように子まりさを見つめていた。
「おきゃあしゃああああん!!!」
ぴょんぴょんとあんよで草を蹴り、その大きなまりさの元へと跳ね寄る子まりさ。
二匹は親子なのである。
親まりさは泣きじゃくる子まりさの頬をぺーろぺーろしながら優しく尋ねた。
「ちびちゃん。 なにがあったのか、まりさおかあさんにゆっくりとはなしてね……?」
「ゆぐっ、ひっく……まりしゃのおぼうししゃんが……いじわりゅしゃれて……ゆぇぇぇぇぇぇぇん!!!!」
親まりさが視線を上に向けた。
あの高さまで飛ばされてしまった帽子を取り戻すのは、子まりさはおろか親まりさにも不可能だ。
子まりさが大泣きするのも無理はない。
ゆっくりにとって、リボンや帽子、カチューシャ、ナイトキャップは命の次に大事なものであるとされており、それらを失った
ゆっくりは“ゆっくりできないゆっくり”として、生涯迫害され続けることとなる。
親まりさは子まりさの頬に優しくすーりすーりをすると、にっこりと笑って言葉を紡いだ。
「だいじょうぶだよ、ちびちゃん」
「ゆぇ……?」
「いつか、かならずおりてくるよ。 ふきやまない“かぜ”さんなんてないから。 ちびちゃんがそんなのじゃ、おぼうしさん
がゆっくりおりてきたときに、つかまえられるものもつかまえられなくなくなっちゃうかもしれないよ?」
子まりさにその言葉の意味を理解するのは難しかったのか、首をかしげるような仕草をして困った表情を浮かべる。
親まりさは穏やかな笑みを浮かべると、
「ゆっくりしていれば、おぼうしさんもおりてくるよ。 ずっとあんなたかいところにいるのはつかれるからね」
囁くように呟いた。
やがて。
空を流れる風の道から外れた帽子がまりさ親子の元にふよふよと降りてくる。
子まりさは必死になってその帽子が落ちた先に向かって跳ね続けた。
ぴょんぴょん、ぴょんぴょん。
やっとの思いで目指す場所にたどり着いた子まりさが小さな帽子をさらに小さな口ではむっと咥え、器用にそれを頭に乗せる。
子まりさが上目遣いで自分の元に帰ってきた帽子をチラリと見上げた。
帽子のツバに刺繍された真っ白なフリルが自分に微笑みかけてくれているような気がする。
「……ゆ、ゆっくち~~~!!」
子まりさの上げた嬉しそうな声に親まりさはにっこりと笑った。
戻ってきた子まりさの頬にすーりすーりをする親まりさ。
子まりさの方は泣いたカラスがどこへやら。
嬉しそうに親まりさの頬ずりに身を任せ、うっとりした表情を浮かべている。
一陣の風。
子まりさの頭から再び帽子が逃げ出そうとする。
親まりさがその帽子をそっと押さえた。
帽子が飛ばされてしまいそうになっていた事にも気づいていない子まりさは、嬉しそうに小さなあんよで一生懸命に地面を這っ
ている。
親まりさの視線の先。
風に運ばれてどこまでもどこまでも飛んでいく緑色の葉っぱ。
親まりさはその葉っぱに向けて羨望の眼差しを送っていた。
「まりさたちは……おそらをとべないもんね」
呟く。
子まりさが親まりさの前でぴょんぴょん跳ねながら叫んだ。
「ゆゆっ?! まりしゃ、おしょらさんをとべりゅよっ!! おきゃーしゃん!! “たきゃいたきゃい”をしてにぇ!!」
はしゃぐ子まりさの笑顔を見ていると、願いを叶えてあげずにはいられなかった。
頭を下に向けて、子まりさを帽子のツバの上に乗るように促す親まりさ。
子まりさが定位置に着いたことを確認すると、親まりさは小刻みに頭を上下に揺らした。
帽子のツバがトランポリンの役割を果たし、跳ね上げられる子まりさ。
「ゆっゆーん!! まりしゃ、おしょらをとんでりゅみちゃいっ!!!」
親まりさが上下運動を終えると、子まりさが帽子のツバから原っぱに飛び降りた。
「ゆゆ……? もう、おわりにゃの……?」
「ゆぅ……ごめんね? ちびちゃんもおおきくなってきたから、ずっとおそらをとばせてあげるのはむずかしくなってきたよ」
「ゆゆっ!? じゃあ、まりしゃがもっちょもっちょ、おおきくなっちゃら、おきゃあしゃんを“たきゃいたきゃい”してあげ
りゅにぇっ!!!」
「それはたのしみだね。 ゆっくりまっているよ」
「ゆゆーん!! ゆっくちりきゃいしちゃよっ!!!」
キリッとした表情になった後、勇んで親まりさの前を力強く跳ね続ける子まりさの後ろ姿。
親まりさはゆっくりと理解している。
大きくなればなるほど、空を飛ぶことが難しくなってしまうということを。
草原の遥か上空を数羽の鳥が横切る。
ゆっくりに空を飛ぶことなどできない。
それでも、親まりさは願う。
あの空へ羽ばたくための翼が欲しい……と。
【 chapter:1 「暴君」 】
森の中央に“お城”が佇んでいた。
その“お城”には一騎当千の力とそこそこの小賢しさを持ち合わせた一匹のゆっくりが住んでいた。
“お城”の主の名は“れいむ”。
ドスのように体が大きいわけでもなければ、他のゆっくりのように強い個性を持っているわけでもない一匹のれいむ種が、群れ
単位の数を誇るゆっくりたちを支配していた。
“れいむ”は人間の住んでいた街から逃げてきたらしい。
都会という荒波に揉まれ、それを乗り越えて森に帰還した“れいむ”にとって、野生で暮らすゆっくりたちは平和ボケした馬鹿
饅頭にしか見えなかった。
そんな“れいむ”にとって力で群れを支配するのは、いともたやすい事である。
平和的に群れを治めていたリーダーは“れいむ”によって倒されてしまった。
圧倒的な力による暴力の前に、森の中でのんびりと暮していたゆっくりたちの生活は激変してしまったのである。
“れいむ”に逆らったゆっくりたちは一匹残らず殺された。
自らを“最高にゆっくりしているゆっくり”と称し、森のゆっくりたちに自分に相応しいおうちを作らせた。
それなりに頭の良いぱちゅりー種に基本構造を練らせ、まりさ種、ちぇん種、みょん種が肉体労働。
ありす種が“れいむ”の趣味の悪い要望に無理矢理応えさせられて、“こーでぃねいと”を施した。
そうして完成したのが、岩山の空洞を利用した天然の要塞。
“れいむ”が誇らしげに言うところの“お城”である。
“お城”を作り上げるのには膨大な時間と労力を要した。
その作業の中で永遠にゆっくりしてしまったゆっくりの数は百や二百ではない。
逆に言えばそれだけの数のゆっくりを“れいむ”は力だけで支配していたのである。
「むきゅ……“れいむ”におこられないかしんぱいだわ……」
「なにをいってるのぜ……これいじょう、“れいむ”にごはんさんをむーしゃむーしゃされたら、まりさたちがゆっくりできな
くなっちゃうのぜ……」
「しっ……。 “へいたい”にきこえちゃうわ……」
丁寧に編みあげられた草の籠に溢れんばかりの食料を入れて、ぱちゅりーとまりさが“お城”に向かっていた。
二匹は夫婦である。
“れいむ”は狩りをしない。
森のゆっくりたちに狩りを行わせて食料を得るのだ。
だからと言って“れいむ”は森に生息している大部分のれいむ種のように狩りが苦手というわけではない。
むしろ、森に住むどのゆっくりよりもその手の労働に長けていると言えるだろう。
「“れいむ”さまにごはんさんをもってきたみょん?」
“お城”の入り口で睨みを利かせているのは“兵隊”と呼ばれている“れいむ”の傘下に入っているみょん種だ。
みょんはじろじろとぱちゅりーとまりさを隅々まで眺めた。
“れいむ”は警戒心の強いゆっくりである。
それは都会で生き抜くために得た知恵であった。
“れいむ”は“お城”の“兵隊”たちに、少しでも怪しい素振りを見せたゆっくりはすぐに殺すように指示を出していたのだ。
そして、“れいむ”に対して無礼を働いたゆっくりを“お城”の中に入れた“兵隊”は、そのゆっくり同様に処刑される。
“兵隊”たちも必死なのだろう。
「“れいむ”さまと、ちびさまたちがおなかをすかせているからさっさともっていくみょん」
ぱちゅりーとまりさが、ずりずりとあんよを這わせて“お城”の中に入っていく。
“お城”の中は薄暗く注意をして移動しないとすぐに地面から隆起した岩に顔をぶつけてしまう。
凛とした冷たい空気が二匹を包み込んだ。
前へ進むたびに冷や汗が頬を伝う。
二匹が目指す場所はそこだけスポットライトが当てられているかのように照らされていた。
岩壁の裂け目から太陽の光が入り込んでいるのだ。
「ゆっくち……。 ゆっくち……」
どこからともなく赤ゆの声が聞こえてくる。
二匹を囲むようにその声の重なりが大きくなっていった。
カチカチと歯を鳴らして震えるありす。
「ごはんさんをもってきたの?」
ゆっくり特有の言葉が冷厳な口調で放たれた。
その瞬間、びくっと体を震わせてあんよを止める二匹。
そこには森の支配者である“れいむ”が悠然と佇んでいた。
顔中に小さな傷の跡が残されている。
それは“れいむ”が幾度となく修羅場を乗り切ってきた証なのだ。
“れいむ”はずりずりとあんよを這わせて二匹の元へとやってきた。
「ゆっくり……ごはんさんをもって、きたよ……」
まりさが咥えていた草のかごを地面に下ろす。
ぱちゅりーもそれに続いた。
“れいむ”は無表情のまま、かごに入った食料に視線を落とす。
「これだけなの?」
「ゆゆっ?!」
「これだけなの、ってきいてるんだよ? ばかなの? ……しぬの?」
お決まりのセリフも“れいむ”が口にするとその意味は大きく変化する。
「ご……ごめんなさいっ! みんな、おなかがぺーこぺーこで、ゆっくりできなくて、それで……」
“れいむ”が顔を勢いよく横に振って揉み上げをまりさの左頬に叩きつけた。
「ゆ゛ぎぃ゛ッ?!」
まりさの左頬が真っ赤に腫れ上がる。
そこから、じわりと痛みが広がっていく。
まりさは涙目にながら必死に「ごめんなさい」を繰り返した。
“れいむ”が溜め息をつく。
「みんなのおなかがぺーこぺーことか、れいむにはどうだっていいよ。 ごはんさんはこれだけしかないのってきいてるんだけ
ど……りかいできる……?」
「できます!! りかいできまずぅぅ!!! これだけしかないでずぅぅぅ!!! ごべんな゛ざい゛ぃ゛ぃ゛!!!!」
「……ゆっくりりかいしたよ。 かわいいかわいいれいむのちびちゃんたち、ゆっくりしないで、でてきてね」
「ゆっくち~~~~♪」×108
「ゆ……ゆああああああああ!!!!」
叫び声を上げるぱちゅりーとまりさの周囲に集まったのは百八匹もの赤れいむの大群である。
どの赤れいむもかごの中の食料を凝視して、ぼたぼたと涎を地面に垂らしていた。
「さぁ、ちびちゃん。 ゆっくりごはんさんをむーしゃむーしゃしてね」
「ゆっくちりきゃいしちゃよっ!!」×108
円を描くように待機していた赤れいむたちが一斉に一点を目指し収束する。
赤れいむの波に呑まれた二匹は成体ゆっくりであるにも関わらず押しのけられてしまう。
百八もの赤れいむがかごの中に我先と頭を突っ込み餌を奪い合うその様は醜悪な光景だった。
「むーちゃ、むーちゃ、しあわちぇぇぇ!!!」
「うっめ! これめっちゃうっめ! ぱねぇ!!!」
ぐちゃぐちゃと不快な音を立てながらかごの中の食料を食い漁る赤れいむたちを“れいむ”が微笑みながら眺めている。
それも束の間。
鋭い視線をぱちゅりーとまりさに突き刺した。
「なにみてるの? れいむはまだごはんさん、むーしゃむーしゃしてないよ?」
「そ……それは……」
「れいむは、おんこうなゆっくりだから、おひさまさんがさよーならするまえに、ごはんさんをもってくればゆるしてあげるよ」
「で、でも……」
「ゆっくりしないでさっさとごはんさんもってきてね!!! ぷっくうぅぅぅぅ!!!!!」
「「ゆひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」」
“れいむ”のぷくーは、森のゆっくりたちにとって恐怖の象徴とも言える。
あまりの恐ろしさにしーしーを漏らしながら“お城”の外へと一目散に飛び出す二匹。
“れいむ”はそんな二匹の間抜けな後姿を見ながらゲラゲラ笑っていた。
「さぁ、ちびちゃんたち。 ごはんさんをむーしゃむーしゃしたら、ゆっくりすーやすーやしようね」
「しゅーやしゅーやすりゅよ……っ」
“れいむ”の声に一斉に寝息を立て始める赤れいむたち。
耳障りな寝息の音に混じってどこからかすすり泣く声が聞こえてきた。
暗闇の中、岩壁に頬を押し付けて涙を流す別の赤ゆたちがいる。
種類は実に様々で、まりさ種、ありす種、ぱちゅりー種、ちぇん種、みょん種、と勢ぞろいだ。
「まりしゃたちも……むーちゃ、むーちゃ……したいのじぇ……」
「わきゃらにゃい……わきゃらにゃいよぉぉ……」
“れいむ”はとりあえず赤れいむに餌を与えてから、残り物をその他の赤ゆたちに食べさせる。
当然、その量は赤ゆたちが満足できるようなものではない。
“お城”の中にいる赤ゆたちは驚くべきことに全て“れいむ”の子供である。
“れいむ”は群れのゆっくりたちの大半を“れいぽぅ”して自分の子供を作らせた。
子供を宿したゆっくりは“お城”の中に監禁し、子供を生み終えた後、即座に叩きだすのだ。
そして、れいむ種は“れいむ”の寵愛を受け、それ以外の種は凄惨な迫害を受ける。
“お城”の中で僅かながら共に過ごした母体のゆっくりは自分の子供が気が気ではない。
“れいむ”にとって赤ゆは、群れ全体の人質でしかなかった。
仮に人質が死んでしまったとしても、また別のゆっくりに子供を生ませれば良いだけの話である。
“れいむ”は自らの圧倒的な戦闘能力と群れ中のゆっくりの子供を盾にすることで強力な支配体制を確立させていた。
一度、成体ゆっくりたちが十数匹で徒党を組み、“れいむ”に戦いを挑んだが返り討ちにあっている。
その後、反乱を起こしたゆっくりの子供は例外なく皆殺しにされた。
つがいのゆっくりも死ぬまで“れいぽぅ”されて辱めを受けながらその命の灯を消す。
誰も“れいむ”に逆らえるゆっくりはいなかったのだ。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
巣穴の中にうっすらと光が差し込む。
小鳥のさえずりが外から聞こえてきた。
目覚めの朝である。
「ゆっくりしていってね!!!」
一番最初に目覚めた親まりさが元気に第一声を上げた。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇ!!!」
それに呼応するかのように目を開けたばかりの親ありすと子まりさが返事を返す。
ゆっくりの一日はこのやり取りから始まる。
もぞもぞと巣穴を這って朝食の準備を始めるのは親ありすだ。
巣穴の奥に敷いてある葉っぱの上に僅かながら備蓄された食糧を咥えて運んでいく。
一家は同様にしょんぼりとした表情を浮かべた。
皿代わりの葉っぱに盛られた食料は、育ち盛りの子まりさを含めた一家にとって十分な量はまかなわれていない。
親まりさと親ありすに促され、申し訳なさそうに木の実や雑草を口に含んで口をもぐもぐと動かす子まりさ。
「むーちゃ、むーちゃ、それなりー……」
芋虫などのご馳走は“れいむ”に献上しなければならない。
お世辞にも美味しいとは言えない食料を口にして、幸せな声を上げることはできなかった。
両親も後に続き同じ言葉を漏らす。
ゆっくりは基本的には雑食なのだが他の野生生物と比べて味覚が強く、無駄に味にうるさい。
口の中に入れてしまえばどうせ餡子に変換されるだけなのだが、それに気づいている者などいるはずもなく。
味にさえこだわらなければ何を食べても生きていけるのにも関わらず、それを頑なに拒むため短い寿命をさらに縮めてしまうこ
とが多々ある。
ただでさえ脆弱な存在が自らの首を絞めるような真似をするので、ゆっくりたちは“動く死亡フラグ”などといった二つ名を与
えられてしまうのだ。
「ゆゆっ! ごはんさんをむーしゃむーしゃしたら、まりさはかりにいってくるよ」
「おきゃあしゃん。 まりしゃもがんばりゅにぇっ!」
この子まりさは風で飛ばされた帽子を追いかけて泣いていた子ゆっくりである。
子まりさには姉妹がいたが、みんな様々な理由で永遠にゆっくりしてしまった。
姉妹の思い出は少ない。
一緒に過ごした時間はあまりにも短すぎた。
「おちびちゃんはだめだよ。 ありすおかあさんといっしょにゆっくりおるすばんをしててね」
「どおしちぇぇ?! まりしゃだって、もうごはんしゃんをあちゅめられりゅよっ! ぷんぷん!!」
「ちがうよ。 まりさおかあさんがかりにいっているあいだ、ありすおかあさんをまもってあげてね」
ふくれっ面の子まりさに親まりさが穏やかな口調で言葉を返した。
それでも子まりさは納得がいかないらしい。
まりさ種が一人前として認められるのは狩りの腕次第なのだ。
生後二カ月弱の子まりさにとっては大事なことなのである。
そんなまだまだ幼さの抜けきらない子まりさに親ありすがそっと頬を寄せた。
「ちびちゃん。 ありすおかあさんをまもってくれないかしら……? とってもつよくて、とってもゆっくりしているちびちゃ
んにまもってもらえたら、ありすおかあさん……すごくうれしいんだけどな……?」
「ゆ……ゆゆー……。 そ、それじゃ、しかたにゃいにぇ……。 ありしゅおきゃあしゃんのことは、まりしゃがまもっちぇあ
げりゅよっ!!」
得意気な顔で体全体を“むんっ”といからせる子まりさ。
その様子を見て親まりさと親ありすは互いに目配せをしたのち、一呼吸置いて小さくクスリと笑った。
親まりさがぴょんぴょんと飛び跳ねて巣穴の入り口へと向かう。
子まりさは親ありすにぴったりと寄り添いその後ろ姿を見つめていた。
「ちびちゃん! ありすおかあさんのことをよろしくね!」
「ゆっくちりきゃいしちゃよ!!!」
振り返りざまの親まりさの言葉に元気よく返事を返す子まりさ。
親まりさは自信に満ち溢れた覇気のある声を聞き遂げた後、森へ向けて力強くあんよを蹴った。
「ゆぅ……ゆっくりおそくなっちゃったよ……」
親まりさが出かけた目的は狩りではなかった。
今日は群れの一部のゆっくりたちと“れいむ”に対する会議を行う日だったのだ。
群れの疲労は日を追うごとに大きくなっていく。
自然の恩恵にも限界があるのだ。
それを“れいむ”が際限なく貪るため、その他のゆっくりへの被害は甚大なものである。
そこで、何度か“れいむ”を倒す話し合いを秘密裏に行ってきた。
正攻法でぶつかって“れいむ”を倒すのは不可能だ。
群れのゆっくりが総出でかかればこれを撃破することも可能だったか知れないが、“お城”は内部も入り口も狭く、一度に襲い
かかることは難しい。
これに加えて“お城”の周辺には“兵隊”たちがいる。
怪しい動きを見せれば即座に捕えられ、“れいむ”によって処刑されてしまうだろう。
「ゆぅぅ……れいむは、もう、げんっかいっ!だよ……」
集まったゆっくりたちのうち、一匹のれいむが会議の第一声を上げた。
そのれいむ種はボサボサの髪に傷だらけの顔、大事なリボンもところどころ破れているという惨めな姿をしている。
“れいむ”とそっくりというだけで群れのゆっくりたちから迫害を受けていたのだ。
おかげでまだ若いゆっくりであるにも関わらず、友達を作ることも恋をすることもできずに一匹寂しく巣穴の奥で日々を過ごす。
暴君“れいむ”はあらゆる意味で群れにとっての癌そのものだった。
「むきゅっ……きょうはみんなにこれをみてほしいの……」
そう言ってぱちゅりーが取り出したのは赤トウガラシである。
初めて見る赤トウガラシに、集まったゆっくりたちは一斉に注目した。
しかし、見た感じではただの植物でしかない。
これを使ってあの“れいむ”をどうやって倒そうと言うのか皆目見当がつかなかった。
「いったい、これでどうするの……?」
「こんなものじゃあ“れいむ”はやっつけられないよ……」
「……とかいはじゃないわ……」
「わからないよー……」
それぞれが顔を傾けながら困惑の表情を浮かべ、赤トウガラシをつついたりしている。
「これを……」
「なにをやっているのぜッ?!」
説明をしようとしたぱちゅりーの声を遮るように“兵隊”まりさが集まったゆっくりに向けて怒鳴り声を上げた。
途端に顔面蒼白になり、震えだすゆっくりたち。
そこへ悠然と“兵隊”まりさがやってきた。
“兵隊”まりさはゆっくりたちの中央にポツンと置かれた赤トウガラシを見ながら、
「これはなんなのぜ?」
問いかける。
「……よければ、まりさもいかがかしら……? おしごとさんは、たいへんでしょう?」
ぱちゅりーが務めて冷静に言葉を返す。
“兵隊”まりさが「ゆふん」とわざとらしく息を上げ、偉そうに赤トウガラシの元へとやってくる。
そして赤トウガラシを口に咥え、可能な限り低い声で宣告をした。
「“れいむ”さまにかくれてごはんさんをむーしゃむーしゃするようなゲスは、“れいむ”さまにせいっさいっ!してもらうこ
とにするのぜ!! げらげらげらげら!!!!」
笑い声を上げる“兵隊”まりさをよそに、俯き涙目でその場を一歩も動けないでいるのは集まったゆっくりたちである。
“兵隊”まりさが赤トウガラシを歯で噛み砕く。
口をもごもご動かしながら、
「むーしゃ、むーしゃ……ゆ゛ぶべばっはぁ゛あ゛あ゛ぇ゛ぉ゛ぁ゛あ゛ぁあ゛ッ???!!!!!!」
次の瞬間、飛び出さんばかりに目を見開き顔を文字通り真っ赤にしながら中身の餡子を大量に吐き出す“兵隊”まりさの姿があ
った。
滝のように涙を流し、狂ったように草の上を転げまわる“兵隊”まりさはなおも餡子を吐き続けている。
やがて中身を失った“兵隊”が永遠にゆっくりしてしまった。
開いた口が塞がらないゆっくりたち。
「ど……どういうことなの……?」
「むきゅ……これには、ものすごい“どく”がはいっているのよ」
「……“どく”……ッ?!」
口を揃えて身を寄せ合いながら、赤トウガラシを改めて注視する。
「まだ、ぱちゅがあかちゃんだったころ……ぱちゅのいもうとがこれをむーしゃむーしゃして、えいえんにゆっくりしてしまっ
たわ……。 これを“れいむ”にむーしゃむーしゃさせれば、“れいむ”をえいえんにゆっくりさせられるはずよ」
「と……とかいはだわっ! ぱちゅりー!! あなたはさいこうにとかいはなゆっくりだわ!!」
「わかるよー!! すごいんだねー!!」
「でも、ひとつだけもんだいがあるわ……」
表情を輝かせているゆっくりたちは裏腹にぱちゅりーの表情は暗い。
浮かれた声を出すのをやめて真剣な眼差しをぱちゅりーに送る。
「“れいむ”がこれのことをしっていたら……これをたべさせようとしたゆっくりが……“れいむ”にえいえんにゆっくりさせ
られてしまうはずよ……」
ぱちゅりーの言葉に絶句する一同。
“お城”を築き、“兵隊”に守らせ群れを支配している“れいむ”のことだ。
赤トウガラシの存在を既に知っている可能性のほうが高い。
チラチラと互いの顔を見合わせる。
この危険な任務を自ら進んで請け負うような勇敢な者はいないだろう。
集まったゆっくりのどれもがそう思っていた。
「まりさがやるよ」
「――――ッ!?」
名乗りを上げたのは、子まりさに留守を任せ会議に遅れてやってきた親まりさである。
赤トウガラシに向けられていた視線が一斉に親まりさへと向きを変えた。
「まりさ……あなた……」
「だれかがやらないといけないんだよね? だったらまりさがやるよ。 ゆっくりまかせてね」
「……ま、まって。 そんなにかんたんにひきうけてもいいの?」
「まりさにはちびちゃんがいるんだねー……。 まりさになにかあったら、ちびちゃんがかなしむよー……?」
「………………」
「そんなにあわてるひつようはないのよ……? もっとよくしらべてからでもおそくはないわ」
「……でも、そのあいだにも“れいむ”は、むれのゆっくりたちにめいわくをかけるよ」
「まりさ……」
親まりさの決意は固い。
群れの疲労は限界が近かった。
手を打つのなら早い方がいい。
“れいむ”に群れを支配されてからの生活で、親まりさの子供は二匹も死んでしまった。
一匹は空腹に耐えることができず。
もう一匹は“兵隊”とぶつかったという理由だけで潰された。
親まりさはこの生活に終止符を打ちたかったのだ。
そして、それは群れの悲願でもある。
心配そうに見つめるゆっくりたちに親まりさは笑みを浮かべた。
「だいじょうぶだよ!」
「ま、まりさ……かんがえなおしたほうがいいわ……あなたには……」
「ちびちゃんのことならだいじょうぶだよ。 ちびちゃんは、もうりっぱな“おとな”だから」
ぱちゅりーから赤トウガラシを受け取る親まりさ。
親まりさはそれを器用に帽子の中に入れるとぴょんぴょんと跳ねて戻っていった。
残されたゆっくりたちが親まりさの後姿を見送る。
「……まりさは、やっぱりせきにんをかんじているのかしら……?」
「むきゅぅ……」
「あれはしかたのないことなんだねー……」
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
「ゆっくりただいま!!
「ゆっくりおかえりなさい!!」
「おきゃえりなしゃい!!」
巣穴の中に戻ってきた親まりさを迎えるのは親ありすと子まりさ。
親まりさの顔についた汚れを舌で綺麗に舐め取る親ありす。
「まりしゃおきゃあしゃん!! ごはんしゃんはたくしゃんとれたにょ?」
親まりさはバツが悪そうに顔を横に振った。
子まりさがふくれっ面になって親まりさに文句を言いだす。
「ゆゆぅ! だかりゃ、まりしゃもいっちょにいくっちぇいったにょにぃ……!」
「ごめんね、ちびちゃん。 でもおみやげがあるんだよ」
「ゆゆっ?!」
子まりさの前に芋虫が置かれた。
まだ動いており鮮度は抜群である。
子まりさは久しぶりに見た御馳走を前にして思わず涎を垂らした。
芋虫と親まりさの顔を交互に見る。
「た……たべちょも、いいにょ……?」
「あたりまえだよ。 それはちびちゃんのごはんさんなんだよ!」
「ありしゅおきゃーしゃ……」
「よかったわね。 ちびちゃん。 ちゃんとまりさおかあさんに“ありがとう”してからたべるのよ?」
「ゆ……ゆわああ!! まりしゃおきゃあしゃん!! ゆっくち、ありがちょう!!!」
親まりさと親ありすが微笑む。
子まりさは芋虫を少しだけかじった。
弾力のある食感が歯と舌を通じて子まりさをゆっくりさせていく。
「むーちゃ、むーちゃ……しあわちぇぇぇぇ!!!」
涙目で叫ぶ子まりさ。
久しぶりにゆっくりたちの大好物である芋虫を食べさせてもらえて感無量のようだ。
与えられた芋虫を食べ終わった子まりさは、しばらく巣穴の中ではしゃいでいたが疲れてしまったのだろう。
いつのまにか、すーやすーやと寝息を立てていた。
親ありすは子まりさにそっと葉っぱをかぶせると、親まりさの方に向きを変える。
「それで……どうだったのかしら……?」
「ゆゆ……ゆっくりはなすよ」
親まりさは会議の内容をかいつまんで親ありすに伝えた。
まりさ一家同様に群れ全体の疲労がそろそろ限界に来つつあること。
赤トウガラシを使って“れいむ”を倒す計画。
そして、その計画の実行者が親まりさであること。
話の内容を聞いて、親ありすは静かに目を閉じ頷いた。
「……とかいはだわ。 ありすのだいすきなまりさなら、きっと“れいむ”をやっつけられるとおもうの」
「ありす……」
「はんたいするとおもったの? とかいはなありすは、まりさのことならなんでもおみとおしだわ」
「ごめんなさい……」
「……とかいはじゃないわ。 そんなにあやまられたら……なに、も……もんく……いえなぃ…………っ!!!」
気丈な親ありすがぽろぽろと涙をこぼし始めた。
親まりさが何も言わなかったのは、いや、言えなかったのは親ありすの瞳が滲んでいくのに気付いていたからだ。
“れいむ”を倒すための危険な賭け。
賭けに負ければ親まりさは間違いなく命を落とすだろう。
そして親ありすもまた、ただではすまないはずだ。
二匹の大切な最後の子まりさも。
「ありす。 それでも、まりさは……やるよ」
親ありすが泣きながら頷く。
親まりさと“れいむ”の間には因縁があった。
“れいむ”が初めてこの群れにやってきたときのリーダーは、親まりさの母親だったのだ。
“れいむ”はたった一匹でリーダー率いるゆっくりたちを叩きのめし、残るリーダーに戦いを挑んだ。
その力はほとんど五分と五分。
“れいむ”のほうがスタミナが勝っていた分、長期戦にもつれ込むにつれてリーダーの動きが鈍くなっていく。
このときの親まりさは、ちょうど今の子まりさぐらいの大きさだった。
リーダーの子供として様々なことを母親から教わっていたが、初めて目の当たりにした命のやり取りを前に、当時の親まりさは
一歩たりともあんよを動かすことができなかった。
もしも、自分がリーダーの加勢に入り、二対一で戦っていたら……“れいむ”を倒せていたのかも知れない。
そんな事を考えて毎日毎日巣穴の奥で泣いて過ごした。
群れ中のゆっくりたちが、「ちびちゃんのせいじゃない」と言ってくれてもその時の親まりさは聞き入れなかったのだ。
程なくして“れいむ”による恐怖政治が始まる。
“れいむ”は、あの日戦ったリーダーに子供がいたことは知らなかった。
だからこそ、親まりさは今日まで生きている。
暗い巣穴の中から、親ありすが外に引っ張り出してくれなかったら、一匹寂しく巣穴の中で生涯を終えていたことだろう。
「……わかってるから……。 だから、もぅ……なに、も……いわ……ないで……っ!!!」
泣き止まない親ありすの頬に自分の頬をすり寄せる親まりさ。
あの頃の、弱虫で泣き虫だった自分に手を差し伸べてくれた親ありす。
掴んだその手を今度は自ら離すのだ。
過去の自分と決別するために。
最愛の親ありす。
かけがえのない子まりさ。
二匹の永遠の幸せを願って。
【 chapter:2 「別れ」 】
あの会議の日から一週間が経過した。
“お城”に向かってずりずりとあんよを這わせるのは、親まりさと親ありすの二匹である。
“れいむ”は午前中と午後の二回、必ず食料を届けるように命令をしていた。
一日のうちに二家族が餌集めに奔走することになる。
子まりさは他のゆっくりたちと一緒に別件で狩りに出かけていた。
「…………」
二匹とも無言であんよを進める。
やがて、独立した岩山とその麓にぽっかりと口を開ける洞窟が視界に入った。
仇敵“れいむ”が誇る牙城である。
親まりさは誰にも気づかれないように唇を噛み締めた。
「まつんだねー!!」
“兵隊”のちぇんが二匹を呼びとめた。
親まりさと親ありすの周りをくるくると回り出す。
「とおっていいんだねー! わかるよー!!」
“兵隊”ちぇんが“お城”の入り口を顎で指して中に入るよう指示をする。
「そろそろくるかとおもっていたよ。 れいむをまたせるとかゆっくりしてないね」
思わず呆気に取られてしまった。
“れいむ”自らが“お城”の中から現れたのである。
“兵隊”ちぇんは突然キリッとした表情になり動かなくなった。
……敬礼のつもりなのだろうか。
「ゆゆっ? そこのありすは、なかなかの“びゆっくり”だね。 れいむがすっきりー!してあげてもいいよ!!」
そう言って素早く親ありすの横に移動し頬に舌を這わせる。
「や……やめて……とかいはじゃないわっ!!」
あまりのおぞましさに思わず声を上げる親ありす。
“れいむ”は親ありすの嫌がる表情を見て陰鬱な笑みを浮かべた。
「ゆふふ……。 れいむはね。 むれの“りーだー”なんだよ。 “りーだー”はつかれるんだよ? だから、むれのみんなは
れいむにやさしくしないといけないんだよ? れいむは“いやし”がほしいんだよ? りかいできる……?」
冷たく低い声。
親ありすを見て一瞬だけはしゃいでいた時の声と表情が嘘のようだ。
いや、こちらが“れいむ”の素顔である。
涙目になって“れいむ”から視線を外そうとする親ありすをますます気に入ったのか高らかに宣言した。
「ゆっ! ありす。 いまきめたよ。 きょうはありすとすっきりー!するよ」
「そ、そんな……っ!!」
「そんなにらんぼうなことはしないよ……。 じっとしていればすぐおわるよ……。 ……ゆふふ」
親ありすが涙を流す。
そこに親まりさが割って入った。
“れいむ”が訝しげな表情で親まりさを睨みつける。
(……れいむにむかってこんな、なまいきなたいどをとるゆっくりがまだいたんだね……)
親まりさが口を開く。
「“れいむ”さま。 おそくなってごめんなさい。 きょうのぶんのごはんさんをもってきたよ。 ゆっくりうけとってね」
「……ゆっくり、りかいしたよ」
“れいむ”の前に草で編んだかごを降ろす。
親ありすかごを降ろそうとしたとき、“れいむ”がその頬に自分の頬をすり寄せた。
「い、いや……っ!!」
「ありすは、“びんっかんっ!”なゆっくりだね……。 ……こんなかわいいゆっくりをひとりじめしている、まりさには“せ
いっさいっ!”がひつようだね……」
「おかしなことをいわないでっ!」
「いちいちはんのうしないでいいよ。 ちょっとまりさがうらやましいな、っておもっただけだから。 ……えいえんにゆっく
りさせてやりたいくらいに……」
冗談めかして冷え切った台詞を連発する“れいむ”に親ありすは生きた心地がしていなかった。
それでなくとも、今夜は“お城”の中で“れいむ”に“れいぽぅ”されてしまうのである。
気が狂いそうだった。
“れいむ”がかごの中の食料をチェックしていく。
やれ、「いもむしがすくない」だの、「きのみはかたくてゆっくりできない」だのと言いながら。
「……ゆっ?」
“れいむ”があんよを止めた。
口で咥えて引きずり出したのは例の赤トウガラシである。
親まりさと親ありすが表情を強張らせて“れいむ”の動きを注視した。
“れいむ”はそれを見つめながら、まるで匂いを嗅ぐような仕草をしたり舌の先をちょん、と当てたりしている。
親まりさの頬を冷汗が伝う。
「これはなんなの? はじめてみるたべものだよ」
「それはおいしいごはんさんだよ。 めずらしくてなかなかてにはいらないから、“れいむ”さまにもってきたよ」
「……ふーん……」
考え事をしている時の表情は他のゆっくりと対して変わらない。
“れいむ”はしばらく「ゆんゆん」唸っていた。
そして。
「ゆゆっ! そんなにおいしいものなら、ありすにたべさせてあげるよ! きょうはありすといっしょにすっきりー!するから
いっぱいたべてげんきになってね!」
二匹の表情が凍りつく。
“れいむ”はそれを見逃さなかった。
ずりずりとあんよを這わせて親まりさの眼前へと詰め寄る。
「……どうしたの? ゆっくりできない……? おいしいごはんさんをありすがむーしゃむーしゃできるんだよ? よろこばな
いの?」
「そ……それは……」
親まりさがしどろもどろになって俯く。
“れいむ”は赤トウガラシをそっと口に咥えた。
そのまま親ありすへと向き直る。
親ありすの表情が見る見る青ざめて行った。
“れいむ”が口元を緩める。
「さぁ、ありす。 たくさんむーしゃむーしゃしていいよ!!」
親ありすの口に無理矢理赤トウガラシをねじこもうとする“れいむ”。
親ありすはそれを必死になって拒んでいた。
それでも“れいむ”の力に抗うことができない。
同じくらいのサイズとは思えないほどの力だった。
歯に押し付けられた赤トウガラシが徐々にそれをこじ開けて行く。
「……んぅっ!! …………ゆ゛ぅ゛ぅっ!!!」
一瞬。
親ありすが目を丸くした。
「ゆ゛ぐぅっ??!!!」
“れいむ”の体が草むらの上を転がる。
親まりさは鬼のような形相で“れいむ”を見下ろしていた。
「ま……まりさっ!!!」
「ありす……ごめんね」
「どおしてこんなことするの? れいむ、すっごくいーらいーらしてきたよ。 まりさみたいなよわいゆっくりがれいむにはむ
かうとかばかなの? しぬの? ……ゆっくりできない、まりさは……ゆっくりしんでね」
両者が互いの体をぶつけ合う。
勢いよく弾き飛ばされたのは当然親まりさのほうだ。
親まりさの攻撃は体当たりだが、“れいむ”の攻撃はぶちかましとでも言えばいいだろうか。
とにかく力の差が歴然だった。
一度不意打ちを食らっているはずの“れいむ”が一方的に親まりさを攻撃し始める。
「まりさがいけないんだよっ!! ……れいむにっ、ひどいことっ!! するからっ!!!」
感情的になりながら親まりさの顔に体当たりや踏みつけを繰り返す“れいむ”。
次第に親まりさの顔が変形していく。
それでも、歯を食いしばりながらワンサイドゲームの攻撃に耐えていた。
“お城”の中から“兵隊”たちが飛び出してくる。
あっという間に二匹は囲まれてしまった。
「ゆ……ゆあああああああ!!!」
親ありすが一直線に体を“れいむ”にぶつける。
「あ……ありすっ!!! やめてねっ!!!」
「いやよっ!!!」
ぽろぽろと涙をこぼしながら親ありすが“れいむ”を睨みつけた。
騒ぎを聞きつけた他のゆっくりたちも集まってくる。
“お城”の前が騒然となっていく。
ボロボロになった親まりさの姿を見たゆっくりたちが一様に“れいむ”を睨みつけた。
かつて自分たちのリーダーを理不尽に奪った暴君に、その忘れ形見まで奪われてなるものか。
「みんなっ!!! ゆっくりたたかうよっ!!!!」
群れ中のゆっくりたちが“れいむ”と“兵隊”たちに向かって突撃を開始する。
すぐに両陣営の先頭が激しくぶつかり合った。
その様子を見ながら“れいむ”が舌打ちをする。
親まりさは瀕死の状態で“れいむ”に笑顔を見せた。
「……ゆっくり、しんでね」
その笑顔に応えるかのように“れいむ”が穏やかな笑みを浮かべた。
親まりさがあまりにも自然なその笑顔に表情を凍りつかせる。
“れいむ”はぴょんぴょんと“お城”の中に入ると口に数匹の赤ゆを咥えて戻ってきた。
そのまま大声を張り上げる。
「みんな!!! じぶんたちがなにをやっているかわかってるの? ばかなの?!」
群れのゆっくりたちと“兵隊”がその場で動きを止め、“れいむ”へと視線を移す。
「おきゃああしゃああああああん!!!」
「たしゅけちぇぇぇぇぇ!!!」
「ゆんやあああああ!!!!」
「ちびちゃああああああんッ!!!!」
赤ゆたちの悲痛な叫び声に一匹のゆっくりが悲鳴を上げた。
人質に取られた赤ゆの親なのだろう。
泣き叫ぶ赤ゆたちを見て金縛りにあったように動きを止めるゆっくりたち。
“れいむ”が不敵な笑みを浮かべた。
“兵隊”たちによって一方的に暴行を受けるゆっくりたちに抗う術などない。
赤ゆたちを盾に“れいむ”たちによる反乱の鎮圧が始まる。
その主たるメンバーは親まりさと共に会議を行っていたゆっくりたちが中心だ。
みんな、親まりさが心配でこっそりと後をつけてきていたのだろう。
リーダーの子である意識がそうさせるのか、泣きながら必死に仲間の命を助けるように懇願する親まりさを“れいむ”は嘲笑し
ていた。
「ゆるすとおもったの? れいむをゆっくりできなくさせようとする、ゲスなゆっくりは……せいっさいっ!してやるよ!!
げらげらげらげら!!!!」
「やべでぇぇぇぇぇ!!!」
そこに更に遅れて騒ぎを聞きつけたゆっくりたちが集まってくる。
その中には子まりさもいた。
親まりさの表情が青ざめていく。
子まりさはボロ雑巾のようになった母の姿を見てぷるぷると震えていた。
恐怖で声を発することができないのだろう。
それでいい、と親まりさはにっこりと子まりさに笑顔を向けた。
その顔が癇に障ったのか“ れいむ”が親まりさを潰さないよう注意しながら踏みつける。
苦痛に表情を歪めながらも決して子まりさから視線を外そうとはしない。
数匹の“兵隊”に押さえつけられた親ありすも子まりさをずっと見つめていた。
(ちびちゃん……。 ちびちゃんは……まりさのちびちゃんだから……そこからあんよをうごかせないはずだよ……。 でも、
それでいいよ……。 まりさやありすのことはいいから……せめてちびちゃんだけでもゆっくりして――――)
「おきゃあしゃんを……いじめりゅにゃああああッ!!!!」
懇親の叫び。
“兵隊”たちの怒号とゆっくりたちの悲鳴しか聞こえないその中において、突如上がった子まりさの絶叫は皮肉にも全てのゆっ
くりの動きを止めてしまった。
“れいむ”が子まりさを睨みつける。
子まりさも“れいむ”を睨みつけていた。
両者の視線が空中でぶつかる。
親まりさと親ありすが思わず目を見開く。
全身を震わせてはいるものの凛と鋭い視線をぶつける子まりさの瞳に涙は滲んでいない。
目の前で繰り広げられる仲間たちの凄惨な最期。
見るに耐えない状態にまで痛めつけられている両親の姿。
それを目の当たりにしながら、子まりさは自分よりも倍以上のサイズを誇る“れいむ”を睨み続けていたのだ。
「……そこのちびちゃん」
ついに“れいむ”が口を開く。
親まりさと親ありすは子まりさの無事を願い顔面蒼白になり歯をカチカチと鳴らしている。
「……まりしゃは、まりしゃだよっ!!! ちびちゃんにゃんかじゃにゃいよっ!!!」
抜けきらない舌足らずな口調で子まりさが啖呵をを切った。
見下ろす“れいむ”。
見上げる子まりさ。
まるで吸い寄せられるように子まりさの元へと移動していた事に気づいた“れいむ”が思わず目を丸くする。
もしも、子まりさが成体ゆっくりであればこの一瞬の隙を突いて先手を打つこともできたかも知れない。
“れいむ”もそれに気がつき眉をしかめた。
バスケットボールほどものサイズの成体ゆっくりがソフトボール程度の大きさしかない子まりさに対して一瞬でも呑まれてしま
った。
「おでがいじばずぅぅぅ!! ちびちゃんにびどいごどじないでぇぇぇぇ!!!」
動かしかけたあんよを止める“れいむ”。
戦いが始まっていれば子まりさは即死していただろう。
「おきゃあしゃん!! じぇったいにまりしゃがたしゅけちぇあげりゅよっ!!!」
悲痛な親まりさの声に応えるかのように子まりさが雄々しい声を発した。
それを取り巻く“兵隊”たちもゆっくりたちも、その親子の様子を無言で見つめていることしかできない。
群れのゆっくりたちが今にも泣き出しそうな表情で佇む。
諦めの念が見て取れる。
かつてのリーダーを殺され、その子供である親まりさも瀕死の重傷を負わされ、更に子まりさまでも殺されてしまうのか。
この、突然森に現れた残虐なる支配者。
暴君“れいむ”によって。
これから起こるであろう凄惨な結末を予測し、もはや己を奮い立たせるほどの心は持ち合わせていない。
「ちびちゃん……。 れいむはやさしいゆっくりだから、ちびちゃんにひどいことはしないよ」
「……ゆっ?」
「でも、れいむになまいきなたいどをとったゆっくりには、せいっさいっ!がひつようだよ。 りかいできる?」
「りきゃいできにゃいよっ!! せいっしゃいっ!されりゅのはれーみゅのほうじゃよっ! ゆっくちりきゃいしちぇにぇっ!
!!!」
“れいむ”の揉み上げが勢いよく子まりさの頬を叩いた。
瞬間、「ゆぴっ」と短い悲鳴を上げる子まりさ。
ころころと草の上を転がりようやく止まった時には、既に起き上がり“れいむ”を睨みつけている。
打たれた左の頬を真っ赤に腫らして。
“れいむ”はそれ以上、子まりさに危害を加えるつもりはなかった。
子まりさを潰してしまえば、“お城”の中に監禁してある赤ゆたちも同様に潰されてしまっているということを周知する形にな
ってしまうからだ。
“れいむ”の支配体制は赤ゆという盾があって初めて成立する。
盾が失われれば群れ中のゆっくりが玉砕覚悟で“お城”に攻め入ってくるだろう。
いくら“れいむ”でも一匹でその相手をするには手に余る。
狭い“お城”の中であれば戦いで負けることはないだろうが、体力的な問題で全てのゆっくりを返り討ちにするのは難しい。
「ゆんやああっ! はなしちぇにぇっ!! はなしちぇにぇっ!!!」
“れいむ”によって口に咥えられた子まりさが必死になってあんよを振る。
身動きの取れない両親がその様子を怯えながら見つめていた。
子まりさを“兵隊”のうちの一匹に預け、ゆっくりたちへ高らかに宣言する“れいむ”。
「みんな!! ゆっくりきいてね!! いまかられいむをゆっくりできなくさせようとした、ゲスなまりさをせいっさいっ!す
るよ!!!!」
ざわつく群れのゆっくりたち。
会議に参加していたゆっくりたちは悔しさのあまりに唇を噛み締めた。
赤ゆたちさえ人質に取られていなければ。
暴君の言いなりになる必要もないというのに。
「ゆぐ……ゆっくり、はなして……っ!!」
二匹の“兵隊”によって親まりさが“お城”の近くに突き出た平たい岩の上に乗せられ、動きを封じられる。
“れいむ”は自分に対して無礼を働いたゆっくりをこの岩の上で処刑するのが好きだった。
より多くのゆっくりたちに制裁対象が潰される様を見せつけることができるからだ。
「いやああぁぁぁぁっ!!!」
親ありすが叫ぶ。
処刑台の上の親まりさはご丁寧に目の前に連れてこられた子まりさをじっと見つめていた。
「ちび……ちゃん……」
「おきゃあしゃん……っ!! おきゃあしゃん……っ!!」
風に舞う木の葉。
草木の揺れる音。
静まり返る群れ。
“れいむ”が親まりさの顔を何度も何度も踏みつける。
「ゆ゛ぶっ!! ぎゅべっ!! ゆ゛ぎぃッ?! ゆ゛ぼぉッ??!!!」
「ゆんやあああああああああああ!!!!!!」
「ちびちゃ……ゆ゛げぇ゛っ??!!!」
「まりさああああぁぁぁあぁぁ!!!!」
「ゲスはゆっくりしないでしね!!!!」
親まりさの顔が潰れ中身の餡子が飛び散った。
ぼさぼさになってしまった金髪が頭皮ごと地面にぱさりと落ちる。
飛び出した目玉がころころと転がり、子まりさの前でその動きを止めた。
“れいむ”のあんよにはべったりと餡子が付着している。
風に乗って辺りに死臭が漂い出す。
そのゆっくりできない臭いが、群れのゆっくりたちにかつてリーダーを失ったときの焦燥感をフラッシュバックさせていく。
子まりさは変わり果てた親まりさの姿を呆然と眺めていた。
穏やかな笑顔を見せてくれた母親の面影はそこにない。
ぐしゃぐしゃに潰された餡子まみれの皮が岩の上に張り付いているだけだ。
「うわああああ!!! ごろ゛じでや゛る゛ッ!!! じね゛ッ!!! でいぶぅぅぅ!!!! じね゛ぇ゛ぇ゛ッ!!!!」
親ありすが表情を破壊させながら“れいむ”に罵声を浴びせる。
“れいむ”は贈られる呪詛さえも心地よいと言わんばかりに口元を緩め、絶望に染まった子まりさの表情を眺めていた。
子まりさが一歩も動く事ができないのを確認すると“兵隊”に指示を出し、“お城”の中に運び込ませる。
“兵隊”の口に咥えられぷらぷらと揺れながら、子まりさは無言でぽろぽろと涙をこぼしていた。
その姿が親ありすの目に入る。
「はなしてえぇぇぇっ!!!」
一瞬の隙をついて“兵隊”の拘束から逃れる親ありす。
“れいむ”が振り返る。
親ありすは赤トウガラシを咥えていた。
子まりさを運ぶ“兵隊”もあんよを止めて視線をそちらに向ける。
「れいむ!! あなたなんかにすっきりー!させられるぐらいなら、えいえんにゆっくりしたほうがましよ!!!!」
「ありしゅ……おきゃ……」
「ちびちゃん。 ――――ゆっくりしていってね!!!」
親ありすが赤トウガラシを噛み潰し咀嚼する。
「むーしゃ、むー……ゆ゛があ゛あ゛ぁ゛あ゛ッ???!!!!」
顔を真っ赤にした親ありすの顔中に嫌な汗がぽつぽつと浮かぶ。
舌から全身に広がっていく熱と痛みが親ありすを蹂躙していく。
その痛みに耐えきれず、四方八方に転げ回り、何度も額を地面に打ち付ける。
半分飛び出しかけた目玉。
垂れ流される涙、涎、汗、しーしー、うんうん。
強く食いしばった歯が負荷に耐えきれず砕けて地面に落ちた。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛!!! い゛だい゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」
ゆっくりのものとは到底思えない禍々しい絶叫が響き渡る。
「お゛ぎゃあ゛じゃあ゛あ゛ぁ゛ん゛!!!! ゆ゛ん゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
小さなお尻をぷりんぷりんと振って抵抗をしながら叫ぶ子まりさ。
恐ろしい形相で子まりさを凝視するその姿に、大好きな親ありすの面影は微塵も残されていない。
狂ったように歪み切った顔。
親ありすは最後の最後まで愛おしそうに子まりさを見つめていた。
しかし、見つめられた子まりさは恐ろしさのあまりにしーしーを大量に漏らしてしまう。
視界が暗くなっていく。
子まりさは親ありすが最後に呟いた唇の動きを見ることもなく、気を失ってしまった。
――――だ い す き よ 。 ま り さ と あ り す の … … ち び ち ゃ ん 。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
闇に閉ざされた空間の中に子まりさがうずくまるような姿勢で転がっていた。
泣き疲れて眠ってしまっていたのだろう。
与えられた苦痛は肉体的にも精神的にも子まりさの心の限界を超えるものだ。
目尻から頬にかけて残る涙の痕が痛々しい。
その子まりさの後頭部付近に水滴が一粒、二粒。
「……ゆ……」
もぞもぞとあんよを動かしながら体を起こす。
なかなか開こうとしない目を懸命に開いた。
それでもその瞳に光は差し込まない。
子まりさは自分がどこにいるのかわからなかった。
その場で顔をひねりきょろきょろと周囲を見回す。
一面に広がる闇。
枯れ果てたかに思えた涙が自然に溢れてくる。
そのとき子まりさの頬に何かが触れた。
「ゆぴっ!」
短く悲鳴を上げる子まりさを制するように言葉をかけられる。
「まりしゃ……あんしんしちぇにぇ……」
「ゆぇ……?」
「まだおめめがみえにゃいんだにぇ……そのうち、みえりゅようになりゅよ」
子まりさが目をこらす。
まだ暗闇に慣れていない子まりさの目に声の主は一向に視界に映し出されなかった。
目の前にいたのは子まりさよりも少し小さいくらいのサイズのありす種のゆっくり。
その後ろに隠れるような形で赤ぱちゅりーが覗き込んでいた。
「むきゅ……まりしゃはあたらしくつれちぇこられちゃのかしら……?」
「ゆ……? ゆっくちまりしゃにおしえちぇにぇ……。 ここはどきゃにゃの?」
ようやく暗闇に目が慣れてきた子まりさが再び辺りに視線を泳がせる。
突き出した岩の壁。
ごつごつした岩の隙間に隠れるように何匹か別の赤ゆの姿が見える。
声をあげないようにすすり泣いているもの。
壁に顔を向けたまま無言で震えているもの。
その様子は様々であったが、一匹たりともゆっくりできていないことだけは理解できる。
子まりさが不安そうな表情を浮かべた。
赤ぱちゅりーがずりずりとあんよを這わせ子まりさの元にやってくると、
「まりしゃのおきゃあしゃんも……“れいむ”に“れいぽぅ”されちぇしまっちゃにょ……?」
瞬間。
餡子に刻まれた記憶がよみがえる。
“れいむ”によってぐしゃぐしゃに踏み潰されていく親まりさ。
赤トウガラシを自ら口に含みその命を絶った親ありす。
そして、それを目の前に何もすることができなかった自分自身。
子まりさがカタカタと震え始めた。
ゼンマイの切れかけたオモチャのように力なく震える子まりさを見て、二匹が頬をすり寄せて慰めようとする。
質問をした赤ぱちゅりーは涙目で謝罪をしながら、
「むきゅぅ……ごめんなしゃい、ごめんなしゃい。 ぱちゅ、しょんなつもりじゃにゃかったにょ……」
泣きながら謝る赤ぱちゅりーを見て申し訳なく思ったのか、子まりさが震えを止めて二匹に向き直った。
「まりしゃも……ごめんにぇ……。 ぱちゅりー、きにしにゃいでにぇ……?」
一呼吸置いて、子まりさが二匹に質問を始める。
「ここは……どこにゃの?」
「ここは“れいむ”の“おしろ”よ……みんにゃ、つかまっちぇいりゅの……」
「“れいむ”……!!」
「むきゅ……もしかしちぇ、“れいむ”をやっちゅけようとしたちびちゃん、って……まりしゃのこちょにゃのかしら……?」
「……まりしゃは、なんにもできにゃかっちゃよ……」
赤ありすと赤ぱちゅりーが互いの顔を見合わせた後、強い意志の宿った瞳で子まりさに視線を向けた。
「ありしゅやぱちゅのおきゃあしゃんたちが、“れいむ”にまけちゃうのは、ありしゅたちがここでちゅかまっちぇいりゅから
にゃの……」
悲しみに暮れようとしていた子まりさが思い出していく。
あの時、確かに群れのゆっくりたちは両親に助け船を出そうとしていた。
それを見た“れいむ”は“お城”の中から赤ゆを咥えてきている。
すると攻撃を仕掛けようとしていたゆっくりたちはピタリとあんよを止めてしまった。
二匹の言うことは正しいのだろう。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、両親が殺されてしまった原因の一つが捕らわれの赤ゆたちだと気づき憎しみの感情がわいた。
しかしそれを責めることなどできない。
好きでこんなところにいるわけでもないだろうし、何より自分も今捕まってしまった。
苦しめ続けられている群れのゆっくりたちにとっての足かせになってしまったのだ。
「だかりゃ、にぇ?」
赤ありすと赤ぱちゅりーが顔をずいっ、と寄せて子まりさに告げた。
「ありしゅたちが……“れいむ”をやっちゅければいいのよ……」
表情は興奮している様子だったが大声を出せば“れいむ”に気づかれてしまう。
必死に声を抑えながら、それだけを子まりさに囁く。
「むきゅぅ……ぱちゅたちとかわらにゃいくらいのちびちゃんが、“れいむ”にむきゃっていったときいちぇ……きめちゃのよ
……」
「それはできにゃいよ」
ばっさりと斬り捨てる子まりさの一言に二匹が顔をしかめた。
「“れいむ”にはまりしゃたちみちゃいな、ちいしゃいゆっくりだけじゃ、じぇったいにかちぇにゃいよ」
「ゆぅ……」
赤ありすがしょぼくれる。
赤ぱちゅりーも諦めたように表情を曇らせた。
「だかりゃ……まりしゃたちをたしゅけちぇくれりゅ、みかたをつくらにゃいといけにゃいよ」
「「みかた……?」」
子まりさの言葉に二匹が口を揃えて問い返す。
「ときゃいはじゃにゃいわ……みんにゃ、“れいむ”にはさきゃらえにゃいわよ……」
「だから……“れいむ”のこちょをしらにゃい、ゆっくりにたしゅけちぇもらえばいいんだよっ」
キリッとした表情で子まりさが自分の意見を述べる。
「むきゅぅ……にゃにをいいだしゅのかちょおもえば……」
「まりしゃ? この“おしろ”からはでられにゃいのよ……。 もしでられちゃとしちぇも……おそとには“へいたい”しゃん
がいるわ……」
反論する二匹の表情が暗闇の中でぼんやりと浮かぶ。
「さっきからうるさいよ。 ばかなの? しぬの?」
少し離れた位置から声が聞こえてきた。
空気がピンと張り詰めていくのが理屈でなく直感でわかる。
“れいむ”の声だ。
怯えて声の主へと顔を向けることができない赤ありすと赤ぱちゅりーをよそに、子まりさはじっと一点を睨みつけていた。
その視線の先には大好きな両親を死に追いやり、群れのゆっくりをゆっくりできなくさせているすべての元凶。
視線を外そうとしない子まりさの顔を見ながら二匹はなおも震えている。
こんな態度を取っていれば只では済まされない。
それを理解しているからこそ沸き上がる感情だった。
「ちびちゃん」
子まりさが一歩あんよを踏み出す。
「れいむがきらい?」
予想だにしない質問に思わず歯を食いしばる子まりさ。
それを見た“れいむ”が下卑た笑みを浮かべる。
「ちびちゃんのやさしいおかあさんを、えいえんにゆっくりさせてごめんねっ?!」
ゲラゲラと笑いながらそれだけ告げた。
「ゆがあああっ!!!」
雄叫びを上げて“れいむ”に飛びかかる。
子まりさの体当たりが“れいむ”の頬に当たるも当然びくともしない。
まるでまとわりつくハエを払うかのように子まりさを咥えて地面に投げる。
「ゆぴゃっ!」
子まりさの悲鳴に二匹がしーしーを漏らし始めた。
「ゆぐぅうぅ・・・っ」
「ゆっくちしんじぇにぇっ!!」
起き上がろうとした子まりさの周囲で蠢いている何かがそう叫んだ。
その正体は数匹の赤れいむたちである。
赤れいむたちは次々に子まりさに体当たりを仕掛けた。
からみつくように四方から攻撃される子まりさは身動きが取れない。
「ちびちゃん。 れいむのかわいいかわいいちびちゃんたちを、ひとりでもえいえんにゆっくりさせたら・・・こっちのちびち
ゃんたちをえいえんにゆっくりさせるからね・・・?」
そう言った“れいむ”の傍らには赤ありすと赤ぱちゅりーがいた。
泣きながら子まりさを見つめている。
子まりさは歯を食いしばり赤れいむたちの攻撃を受け始めた。
子ゆと赤ゆでは大きさにそれほどの差はない。
その上、数匹がかりで飛びかかってこられては子まりさの受けるダメージも予想以上に大きく、ぶつかられた箇所がうっすらと
腫れていく。
自分よりも遙かに体の小さな赤ゆに痛めつけられる子まりさ。
「ゆっゆーん! れーみゅはちゅよいんだよっ!!」
「れーみゅたちよりも、おっきいまりしゃなんきゃにもまけにゃいよっ」
「れーみゅたちがきょわくて、まりしゃはにゃんにもできないんだにぇっ!!!」
嬉々として子まりさに襲いかかる赤れいむたちが口々に勝手なことを繰り返す。
子まりさがちょっとジャンプして踏みつければ即座に潰れて死んでしまう程度の存在が、まるで自らを最強の種族と言わんばか
りに高笑いをする。
子まりさへの蹂躙は、赤れいむたちが疲れて寝息を立て始めるまで続いた。
薄汚れた赤れいむたちのあんよで顔を泥だらけにされた子まりさが俯いている。
「げしゅな……まりしゃを……やっちゅけ……むーにゃ、むーにゃ……」
夢の中ででも悪の子まりさを制裁する自分に酔っているらしい。
涎を垂らしながらヘラヘラと笑う赤れいむたちの顔はその筋の人間が一目見れば、たちまちこの場を地獄絵図に変えてしまうほ
ど醜悪なものだった。
「ゆふふ……ちびちゃんたちとあそんでくれて、ゆっくりありがとう」
“れいむ”が赤ありすと赤ぱちゅりーを解放して子まりさの元へとあんよを向ける。
「……あしたも、よろしくね」
ギリギリと歯を食いしばる子まりさ。
そして。
「……やっと、ありしゅとぱちゅりーをはなしちぇくれちゃにぇ……」
「……ゆ?」
「ゆっくちしにぇっ!!!」
叫んで飛び上がる。
“れいむ”が目を丸くした。
それは子ありすと子ぱちゅりーも同じである。
「ゆぴー……ゆぴぶりゅぇ゛ッ??!!!」
ひと思いに。
あんよを踏み抜く。
赤れいむの餡子がどろりと地面に飛び出る。
水たまりのように広がる餡子の上に、子まりさがいた。
「ま……まりしゃ……」
がたがた震えながら赤ありすが子まりさを見上げる。
そのとき、“お城”の中がうっすらと明るくなった。
雲に隠れていた月が顔を出し、その光が岩の裂け目から入ってきたのだ。
子まりさはその一点を見つめている。
「この……くそちびがぁぁぁっ!!!!!」
気が狂ったように絶叫する“れいむ”。
それに呼応するかのように“お城”の外を見張っていた“兵隊”ゆっくりが六匹ほど入ってくる。
捕らわれの赤ゆっくりたちも一様に飛び起きた。
両者の視界に飛び込んだのはあまりにも意外な光景である。
般若のような表情の“れいむ”。
原型を失いひしゃげて動かなくなった赤れいむ。
その上で暴君を睨み上げる子まりさ。
差し込む光の角度はまるで三者の姿をその場にいた者に見せつけるかのように伸びていた。
「みんにゃっ!!! ゆっくちきいちぇにぇっ!!!!」
子まりさが高らかに声を上げた。
まどろみの赤れいむたち。
飛び起きた数多の赤ゆっくり。
呆然と立ち尽くす六匹の“兵隊”ゆっくりたち。
凄まじい形相で子まりさを睨みつける“れいむ”。
子まりさの言葉は捕らえられていた赤ゆっくりたちに向けられたものだ。
「まりしゃが・・・まりしゃが、じぇったいにみんにゃをたしゅけちぇあげりゅよっ!!!」
刹那。
“お城”の中に突風が舞い込んだ。
入り口から吹き込んだ強烈な風は子ゆっくりたちや赤れいむをころころと転ばせた。
子まりさが起き上がった瞬間、声が響く。
「まりしゃぁっ!! そこのあなしゃんからおしょとにでれりゅかもしれにゃいわっ!!!」
“兵隊”たちも“お城”の中だ。
赤ありすの言葉に子まりさが意を決する。
月の光が差し込む岩の裂け目に向かって、傷ついたあんよを蹴る。
「ぴょんぴょんしゅりゅよっ!!!」
「ゆゆっ!! みんな!! あのくそなまいきなちびをつかまえてね!! すぐでいいよっ!!!!」
“れいむ”の指示に“兵隊”たちが一斉に動き出す。
しかし。
「は・・・はなすのぜっ!!! なんなのぜっ??!!!」
「はなすんだみょぉぉぉん!!!!」
“兵隊”たちの髪の毛や皮に噛みついて動きを制しているのは赤ゆっくりたちだ。
“れいむ”が歯ぎしりをする。
「ゆっくちがんばりゅよっ!!!」
「まりしゃっ!! ちぇんたちのぶんまじぇ、がんばりゅんだにぇーー!!!」
赤ゆっくりたちが懸命に“兵隊”たちを抑えつけ、“れいむ”に対して威嚇を行う。
“れいむ”は激怒した。
しかし、目の前にいるのは群れを支配する為の盾だ。
易々と潰すことはできない。
“お城”の中に捕らわれている赤ゆっくりたちを大量に潰されてしまったとあれば、親ゆっくりたちは死なばもろとも最後の抵
抗を見せるだろう。
「ゆ゛んぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ッ!!!!」
岩の裂け目に到達した子まりさが“お城”の内部を見下ろす。
「ゆっゆっおー!」
「えいえいゆー!!」
どの赤ゆっくりたちも必死に戦っていた。
“兵隊”の一匹も倒すことはできないが、子まりさを“お城”の外に逃がすという目的だけで。
そして、赤ゆっくりたちはその戦いに勝利した。
子まりさは月の光に照らされている。
「みんな……ッ!!!」
“お城”の中のゆっくりたちが一斉に子まりさを見上げた。
「ゆっくち……ありがとうっ!!!!」
そう言い残して裂け目から出て行く子まりさ。
脇目もふらずに岩肌を駆け降りる。
固い岩を蹴ってあんよが痛みを訴えていたが気にしない。
自分を逃がすために命を賭してくれた仲間のためにも、弱音を吐くわけにはいかなかった。
月夜の森が子まりさを妖しく迎え入れる。
振り返ることもせず。
ただひたすらに。
「ゆっくりまつのぜ!!!」
「にがさないんだねー!!!」
「つかまえるみょんっ!!!」
追っ手が差し向けられたらしい。
まりさ種、ちぇん種、みょん種。
いずれもゆっくりたちの中では攻撃・移動に特化したメンバーだ。
子ゆっくりと成体ゆっくりというハンデを抜きにしても、この難を乗り切ることは厳しい。
それでも、子まりさはあんよを蹴り続ける。
目の前に川が飛び込んできた。
(そんにゃ……っ!!!)
「ゆっくりしねぇっ!!!」
“兵隊”まりさによって体当たりを受ける子まりさ。
宙に投げ出され草むらの上をごろごろと転がる。
ぶつかられた拍子に脱げてしまった帽子が川の端に着水した。
逆さになって水に浮かぶ帽子を見た子まりさが、反射的にその上に飛び乗った。
「ゆゆゆゆぅぅぅぅぅぅッ??!!!」
野生の水上まりさはなかなかお目にかけることはできない。
三匹の“兵隊”たちは水に浮かぶ帽子の上に乗るまりさ種を初めて見た。
ちぇんやみょんが、恐る恐るあんよを水につけるがとてもじゃないが無事でいられるようには思えない。
下流に向かって流されていく子まりさ。
ここに来るまでの疲労。
先ほど受けたまりさの体当たりなどにより満身創痍の子まりさは眠るようにその瞳を閉じた。
水の流れる音が心地よい。
どんどん小さくなっていく水上の子まりさを見つめながら呆然となる“兵隊”たち。
「ど……どうするのぜ?」
「わかるよー……あのちびちゃんは、かわにおちてえいえんにゆっくりしたことにするんだねー」
「さすが、ちぇんだみょん!!」
夜の冷たい風が子まりさの頬をそっと撫でる。
まるで、今はもういなくなってしまった親まりさと親ありすにすーりすーりをしてもらっているかのような感触に、子まりさは
思わず口元を緩めた。
【 chapter:3 「森の賢者」 】
「むきゅー……。 おかあさん。 このちびちゃんはだいじょうぶかしら……?」
「けがをしているようだけれど、えいえんにゆっくりしてしまうようなことはないわ……。 ちびちゃんがそばにいてあげてね」
「むきゅ……。 おかあさん。 ぱちゅ、もう、ちびちゃんじゃないよ……」
「むきゅきゅ。 それじゃあ、よろしくね。 ちびちゃん」
淀み、濁った意識の中に聞いたことのない声が届く。
子まりさは葉っぱで作られた布団の上に寝かせられていた。
重い瞼を開けることはできなかったが、自分の周りをずーりずーりと這う何者かの存在を感じる。
その正体は一匹のぱちゅりーだ。
まだ成体ゆっくりになったばかりのぱちゅりー。
子まりさよりも少し早く生まれたのだろう。
時折、子まりさの頬をぺーろぺーろしたり、顔色を窺ったりしている。
「ゆ……」
微かに子まりさのお下げが揺れた。
その反応を見たぱちゅりーが懸命に声をかける。
「むきゅっ! まりさ! まりさ! ゆっくりおきてね!」
今度ははっきりと声が届く。
子まりさがゆっくりと目を開いた。
それを見たぱちゅりーが嬉しそうに微笑む。
そんなぱちゅりーをようやく視界に入れた子まりさは安心したのか思わず。
「ゆ……まりしゃは……おなかがすいちゃよ……」
「わかったわ。 ちびちゃん、すこしだけまっていてね。 いまからぱちゅがおかあさんをよんでくるから」
「ゆぁ……」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるぱちゅりー。
病弱で有名なぱちゅりー種にしては比較的元気な個体のようである。
それよりも、子まりさは“お母さん”という単語に反応し、小さな体をぷるぷると震わせていた。
目の前で非業の死を遂げた最愛の両親。
“お城”の中で自分を助けてくれた子ゆっくりたち。
全ての元凶である“れいむ”。
キリッとした表情のまま子まりさの頬を涙が伝う。
無言で涙を流す子まりさの元にぱちゅりー親子がやってきた。
子まりさの様子を見たぱちゅりーがぴょんぴょんと飛び跳ねて頬をすり寄せる。
「むきゅぅ……だいじょうぶかしら……? どこかいたい……?」
子まりさは何も答えない。
ぱちゅりーは悲しそうな顔で子まりさを見つめていた。
ずりずりとあんよを這わせ、少し皮の張りが衰えたもう一匹のぱちゅりー種が寄ってくる。
老ぱちゅりーは、子まりさの目の前に移動するとにっこりと微笑んだ。
「ちびちゃん。 なにもしんぱいしなくてもいいわよ。 ここにはちびちゃんをゆっくりできなくさせるような、わるいゆっく
りはいないわ……」
「……まりしゃは……」
「「?」」
「まりしゃは……おかあさんたちを……えいえんにゆっくりさせられちぇ……。 ゆぐっ……ひっく……」
自分のこれまでを振り返るように呟く子まりさに、ぱちゅりーと老ぱちゅりーが思わず互いの顔を見合わせる。
「まりしゃを……“おしろ”からにがそうとしちぇ……みんにゃががんばってくれちぇ……」
流れ続ける涙。
「みんにゃ……すごく……ゆっくりしているゆっくりなのに……“れいむ”みたいな、わるいゆっくりのせいで……」
「ちびちゃん……。 よければ、ぱちゅりーにくわしいおはなしをきかせてもらえないかしら……?」
老ぱちゅりーが諭すように囁く。
子まりさはしばらく嗚咽を繰り返した後、顔を小さく縦に振った。
“れいむ”によって支配された群れ。
捕らわれの子ゆっくり。
目の前で殺された親まりさ。
自ら赤トウガラシを口に含みその命を絶った親ありす。
赤れいむたちによる集団リンチ。
“お城”からの脱出。
そして、何よりも強い想い。
「まりしゃは……“れいむ”をやっつけて、あのもりでみんなといっしょにずっとゆっくりしていきたいよ……っ!!!」
話を聞いていたぱちゅりーは目に涙を浮かべていた。
老ぱちゅりーも居た堪れない表情をしている。
泣きながら言葉を紡ぐ子まりさの意思は強いのだろう。
しかし、たった一匹で群れを支配するような“れいむ”に体の小さな子まりさが太刀打ちできるはずがないのだ。
大袈裟な言い方をすれば、蟻が象に戦いを挑むようなものである。
「ちびちゃん……?」
「まりしゃはまりしゃだよっ!! ちびちゃんじゃないよ!!!」
泣きながら叫ぶ。
自分とまったく同じことを言っている子まりさに思わず顔を赤らめて老ぱちゅりーの表情を窺うぱちゅりー。
老ぱちゅりーはクスリと笑った。
「むきゅきゅ……。 ごめんなさいね、まりさ。 たしかにあなたはちびちゃんじゃないわ」
「むきゅぅぅぅ?! どおしてぇ? ぱちゅだって、もうちびちゃんじゃないわよぉぉぉ!?」
本当に元気なぱちゅりーだ。
群れの中のぱちゅりーはみんな暗い表情をしていたように思う。
今にして思えばあれは“れいむ”によって支配されていたからだったのだろうか。
子まりさは百面相のように表情を次々に変える年上のぱちゅりーを見て思わず笑みを浮かべてしまった。
ぱちゅりーが目ざとくそれに気付く。
「むっきゅーー!! ちびちゃん!! いま、ぱちゅをわらったでしょ?! ぷんぷん!!!」
「ゆっくり……ごめんなしゃい」
「まだ、ちびちゃんことばもぬけてないのにぃぃぃ」
「……ゆふふ」
子まりさの笑顔を見て老ぱちゅりーが安心したような表情に変わる。
ぱちゅりー親子のおうちは穴を掘って作られたシンプルな巣穴だ。
巣穴の外は、子まりさが“お城”を脱出した時から丸一日が経過しているのか薄暗くなってきている。
三匹は少し早目の晩御飯を食べた。
夕食に出された芋虫を咀嚼しながら、お土産と称して親まりさが食べさせてくれた芋虫を思い出してまた泣きそうになったが、
ぱちゅりー親子に心配をかけるまいと堪えた。
「むーしゃ、むーしゃ……しあわせぇぇぇ!!!」
食事中、涙目になっての幸せ宣言。
嬉し涙を装い、子まりさは与えられた食事を次々に口の中に入れていった。
悲しみの涙を誰にも悟られるようなことがないように。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
「せっせ! せっせ!」
サッカーボールほどの大きさにまで成長したまりさが森を駆け抜ける。
帽子の中には大量のキノコや芋虫が入っていた。
“お城”を脱出してから既に一月ほどが経過している。
ぴょんぴょんと力強く飛び跳ねながらぱちゅりー親子の巣穴へと向かう。
まりさはそこに居候をしていたのだ。
本当ならすぐにでも群れに引き返して“れいむ”を倒したいところだが、老ぱちゅりーによって制されていた。
“あなたのおかあさんたちが、いのちをかけてまもった、あなたじしんを……たいせつにしなさい”
それを言われると言葉を返すことができなかった。
しかし、いつまでもこの巣穴で暮らしているわけにはいかない。
だから決意した。
“まりしゃが、もっとおおきくなっちゃら……じぇったいに“れいむ”をやっちゅけにいくよ!!!”
老ぱちゅりーは呆れたような顔をして何も言葉をかけてはくれなかった。
その日以来、まりさと老ぱちゅりーの会話が少なくなる。
板ばさみにされたぱちゅりーは戸惑うばかりだ。
まりさは毎日森に出かけて狩りをするようになった。
たくさん食べて早く大きくなること。
少しでも体を鍛えて“れいむ”に対抗するだけの力を身につけること。
無言で自分をおうちに置いてくれているぱちゅりー親子に美味しいものを食べさせてあげること。
理由はいくつかあれど、やはり最大の目的は“れいむ”打倒の下準備なのである。
あれから月日も流れ、体のサイズだけは“れいむ”と同じくらいにまで成長した。
毎日強く地面を蹴っているあんよの皮もちょっとやそっとでは傷つかない。
少なくとも小石を踏んだくらいで転げまわるようなヤワなゆっくりのあんよとは違う。
それでも、まりさはまだ“れいむ”を倒せるとは思っていない。
“れいむ”の顔には無数の傷がついていた。
多くの修羅場をくぐりぬけてきた証だろう。
それに比べて自分の顔のなんと綺麗なことか。
狩りは、食料に対しての一方的な暴力でしかない。
まりさには実戦経験が明らかに不足している。
百戦錬磨の“れいむ”を相手に満足のいく戦いができるはずがないのだ。
だからと言って、ぱちゅりーを相手に喧嘩の練習をするわけにはいかない。
元々ぱちゅりー種は大人しいゆっくりだ。
巣穴の中のぱちゅりーも、まりさが採ってきたキノコをもそもそと食べては老ぱちゅりーとお喋りをし、一日を終える。
「ゆっくりただいま!!」
「むきゅ。 ゆっくりおかえりなさい」
「きょうはたくっさんっ、きのこさんがとれたよ!!」
「おいしそうなきのこさんね。 まりさ、いつもありがとう……」
「ゆゆっ! まりさはぱちゅりーたちにおせわになっているんだから、とうぜんだよっ!!」
「むきゅぅ……ぱちゅのことは、ぱちゅとよんでちょうだい」
「ゆっくりりかいしたよ、ぱちゅりー」
「むっきゅぅぅぅぅぅ!!!」
ぱちゅりーは他のぱちゅりー種に比べれば活発なほうだった。
お姉さんぶって失敗することのほうが多く、まりさにもこうしてよくからかわれている。
老ぱちゅりーは頭の良いゆっくりのようだったが、子供のぱちゅりーにはあまり受け継がれてはいないようだ。
とは言ってもまりさよりは多くの知識を身につけている。
まりさはぱちゅりーとの会話の中で多くのことを学んだ。
その際に何度かぱちゅりーに“れいむ”を倒す方法について聞いてみたが答えは返ってこなかった。
「ぱちゅりー……。 ぱちゅおばさんはゆっくりできてる……?」
夕食の準備をしながらまりさがぱちゅりーに問いかける。
ぱちゅりーは黙って顔を横に振った。
老ぱちゅりーは天寿を全うしようとしていたのである。
短命な上にあらゆる死亡フラグを立て続けるゆっくりが、寿命で永遠にゆっくりしてしまうということは自然界では珍しい。
奇跡と言っても過言ではないだろう。
老ぱちゅりーはいつの頃からか眠っている時間が長くなった。
朝、目覚めの挨拶をしてもなかなか返事をしてくれない。
誰も何も言わなかったが、それぞれがどういうことかを理解していた。
老ぱちゅりーは自分の死期が近いことを。
ぱちゅりーは母親との別れが近いことを。
まりさは老ぱちゅりーがそう遠くないうちに永遠にゆっくりしてしまうのだろうということを。
「まりさ、がんばってごはんさんをたくさんとってくるよ。 だから、ぱちゅりーもげんきだして……ね?」
「むきゅ……ありがとう」
ぱちゅりーがわざと明るく振舞っていることにまりさは気づいている。
それが痛々しくて見ているのが辛い。
まりさはぱちゅりーから顔を背けながら葉っぱの上に芋虫やキノコを乗せていった。
「げほっ、げほっ……」
巣穴の隅で壁によりかかるような姿勢で眠っている老ぱちゅりーが時々咳き込む。
元から決して良いとは言えない顔色も心なしか悪くなってきている。
ぱちゅりーはまりさには絶対に悟られないように涙を浮かべていた。
「…………」
まりさはそんなぱちゅりーの後姿を見つめている。
理解していた。
ぱちゅりーが泣きたくて仕方がないのをずっと我慢していることを。
共に過ごした時間は短いが、まりさにはぱちゅりーの気持ちが分かる。
大好きな親を失う悲しみ。
心の中に風穴が開くかのような感覚は大切な何かを失った者にしか分からない。
それでもまりさはぱちゅりーに対して声をかけなかった。
本当なら優しい言葉の一つでもかけてあげるのが普通なのかも知れない。
しかし。
その悲しみを理解するまりさだからこそ、かける言葉が思いつかなかったとも言える。
まりさの言葉はぱちゅりーの心の奥深くにまでは届かないだろう。
「ぱちゅりー。 いっしょにごはんさんをむーしゃむーしゃしようね」
「ゆっくりりかいしたわ」
まりさにできることはあくまでぱちゅりーと自然に接することだけだ。
「むきゅ……。 まりさのとってくるごはんさんがどんどんふえていくわね」
「ぱちゅりーのおかげだよ。 ぱちゅりーがまりさにいろんなことをおしえてくれるからだよ」
「まりさ。 たまには……ぱちゅがきいてみてもいいかしら……?」
「ゆん? なに……?」
「……おかあさんが、えいえんにゆっくりしてしまったときは……かなしかった……?」
「…………!」
ぱちゅりーは真っ直ぐにまりさを見つめたまま動かない。
まりさもぱちゅりーの真剣な表情から冗談でこんなことを聞いているわけではないということに気付く。
いろんなことを知っていても、分からないのだろう。
当然だ。
かけがえのない存在を失うということの悲しみは経験して初めてわかるものだ。
それは知識として得るものではない。
どれだけ勉強をしても、決してわからないことがたくさん世の中にはある。
「ゆげぇっ!!! えれえれえれ……ッ!!!!」
老ぱちゅりーが辛そうに咳き込んだ後、その仲間を吐き始めてしまった。
まりさとぱちゅりーが互いの顔を見合わせる。
すぐに老ぱちゅりーの元へと駆け寄った。
まりさが俯く。
両親のことを思い出しているのだろう。
唇を噛み締めたまま、まりさはぱちゅりーの後ろをついていった。
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「ぱちゅりー……」
「むっきゅうぅぅぅ!! おかあさん!! おかあさん!!!」
弱々しくぱちゅりーを見つめる老ぱちゅりーの瞳。
老いのせいか少しだけ濁っているように見えるが、凜としたその眼差しはぱちゅりーを捕らえてしっかりと離さない。
ぱちゅりーは泣きながら老ぱちゅりーの頬にすーりすーりしたり、ぺーろぺーろしたりしている。
その様子を見てまりさが静かに目を閉じた。
不謹慎にも、“ぱちゅりーは幸せだな”などと思ってしまう。
まりさにはできなかったのだ。
親まりさにも親ありすにも、永遠の別れを嘆いて頬をすり寄せることや最期の言葉を交わすことが。
老ぱちゅりーはまりさに視線を移した。
瞬間、その瞳に吸い込まれるような錯覚を覚え、老ぱちゅりーから視線を外せなくなる。
森の賢者の瞳に、世界はどのように映し出されていたのだろうか。
最愛のぱちゅりーと共に二匹だけで過ごす決して長くはない時間。
「まりさ……ぱちゅのこえが……きこえるかしら……?」
静かに語りかけてくる。
「“れいむ”をやっつけようとするのは、やめなさい」
「?!」
まりさもそうだが、ぱちゅりーも目を丸くして老ぱちゅりーを見つめていた。
まりさがぴょんぴょんと老ぱちゅりーの元に駆け寄る。
今にも消え入りそうな命がつぶやくように言葉を繋いだ。
「“れいむ”にはかてないわ……あなたの、おかあさんの、おかあさん……。 ぱちゅのしっているかぎりで、もっともつよく
てやさしい……あのむれのリーダーだったまりさ……」
「なにを……いっているの……?」
「あのまりさですら……“れいむ”にはかてなかったのだから……」
訝しげな視線を向けるまりさに淡々と昔話を語って聞かせる老ぱちゅりー。
「ぱちゅは……あなたとおなじむれでくらしていたのよ……」
「……?!」
「リーダーだったまりさと、およめさんのちぇん。 ふたりがまとめていたむれは、ぱちゅたちにとって、じまんの“ゆっくり
ぷれいす”だったわ」
「まりさのおかあさんの、おかあさんが……むれの……リーダー……?」
「むきゅ……そうよ」
「まりさおかあさんも、ありすおかあさんも……そんなこと……いってないよ……?」
在りし日の両親の姿が瞼の裏から蘇る。
そういうことだったのだろうか。
群れのどのゆっくりも手を出せない状況の中で、それでも“れいむ”に挑み倒そうとしたの両親の行動は。
「……あなたのおかあさんがまだちびちゃんだったころ、おうちのなかでまいにちないていたわ」
「……どうして……?」
「リーダーのまりさが、“れいむ”とたたかっているとき、じぶんはこわくてなにもできなかった、って。 いっしょにたたか
っていれば、“れいむ”をやっつけることができたかもしれないのに、って……」
「…………ゆぁ…………」
同じだった。
まりさも、目の前で親まりさがいたぶられている時、何もできない無力な自分を呪っていた。
「まりさも……おかあさんとおなじだよ……」
「……それはみんなおなじなのよ……。 “れいむ”におびえてリーダーといっしょにたたかうことができなかった。 ……こ
ろされるのは、ほんとうにこわいことだから」
まりさとぱちゅりーが息を呑む。
老ぱちゅりーの言葉は二匹の心の奥深くを抉るに十分な迫力を持っていた。
まりさは考えていなかったのだ。
“れいむ”を倒すということ以外を。
“れいむ”に負けてしまった場合のことなど考えていなかった。
戦いに負ければ、自分は惨たらしく殺されるだろう。
まりさの体が一瞬だけ、ぶるっと震えた。
老ぱちゅりーはそれを見てにっこりと笑う。
「こわいでしょう……?」
「…………」
無言のまま、まりさが頷く。
「……それでいいのよ。 しんでしまうのはだれだってこわいわ。 ……ぱちゅだって、いま、こわくてたまらないのよ……?」
「……おかあさんっ!」
ぱちゅりーが叫ぶように老ぱちゅりーに呼びかける。
「まりさ。 こわがることは、すこしもはずかしいことじゃないのよ……?」
「……でも、……でもっ!」
「……こわがったうえで、“れいむ”にたたかいをいどみなさい」
まりさとぱちゅりーの動きが止まった。
老ぱちゅりーはまりさが無策で“れいむ”に戦いを挑もうとしていることを憂いていたのだ。
無謀と勇気は違う。
“れいむを倒す”ために戦うのではなく、“生き残る”ために戦うのだ。
その二つは似ているようで決定的に違う事だった。
まりさがしょぼくれた表情に変わる。
それを見た老ぱちゅりーは「むきゅきゅ」と笑いながら、なおも消え入るような声で言葉を紡いだ。
「がんばって。 ……“こわい”とおもいながらたたかうことができれば、きっとむちゃなことはしないはずよ。 それができ
なければ、“れいむ”にかつことはできない……」
「……“れいむ”は、“こわい”なんておもってないのかな……? もし、そうなら……」
「いいえ。 “れいむ”はこわがりよ」
「?」
「こわがりだからこそ、“れいむ”はとてもつよいのよ……。 なにかおもいあたることはないかしら?」
まりさが思考を巡らせる。
群れのゆっくりたちに作らせた“お城”。
それを守る“兵隊”。
人質として捕まえた子ゆっくり。
まりさが悟ったように小さく頷いた。
それを見た老ぱちゅりーが満足気な笑みを返す。
「む゛ぎゅっ!!! げほっ!! げほっ!!!」
「お……おかあさん!!!!」
勢いよく咳き込む老ぱちゅりーに頬をすり寄せながらぱちゅりーが叫ぶ。
「むきゅ……きゅ。 ぱちゅは、しあわせなゆっくりだったわ……」
「むきゅうぅぅぅぅん!!! “だった”ってどういうことなのっ? ずっと、ずっと、しあわせなおかあさんでいてよぉぉ!!」
「ぱちゅりー……。 あなたも、……しあわせに。 ……ゆっくりしていってね……?」
「おかあさあああああん!!!!!」
「……まりさ」
ゆんゆんと大声で泣き続けるぱちゅりーをなだめながら、まりさに向けて唇を動かす。
「ぱちゅりーのことを、よろしくね」
「……ゆっくりりかいしたよ」
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まりさとぱちゅりーは老ぱちゅりーの墓を作ってあげた。
二匹で一生懸命に小さな穴を掘って、その中に老ぱちゅりーの亡骸を収めた。
土をかぶせた後も、その場を凍りついたように動こうとしないぱちゅりー。
地面に頬をすり寄せては大粒の涙をこぼす。
寂しくて、寂しくて、堪らないのだろう。
まりさが声をかけてもぱちゅりーはそこを動こうとしない。
ぱちゅりーの気持ちが分かるからこそ、まりさは無言のまま巣穴へとあんよを向けた。
巣穴の中に集めていた食料を葉っぱでくるんだものをいくつか用意して、帽子の中に器用に入れて行く。
まりさは“れいむ”を倒すべく、あの森に帰ることを決意したのだ。
自分用に残していた芋虫を口の中に入れる。
それを飲み込んだ後、お決まりのセリフも言わずに巣穴の入り口へと這って進む。
「どこにいくの……?」
巣穴を出た瞬間、ぱちゅりーに声をかけられる。
泣き腫らした目でまりさを凝視するぱちゅりー。
「……まりさは、まりさたちのくらしていたもりに、かえるよ」
「……ぱちゅは?」
「ゆ?」
「むきゅぅ……。 ぱちゅのおかあさんにいわれなかったかしら……? ぱちゅのことを、よろしく、って」
「……“れいむ”はつよいよ。 ぱちゅりーをきけんなめにあわせたくないから、いっしょにいくことはできないよ……」
「まりさ」
ぱちゅりーは真剣な眼差しをまりさに向けていた。
まりさも、目を離したりはしない。
ぱちゅりーは老ぱちゅりーの墓を振り返ると、
「……まりさたちのむれでは……みんな、ぱちゅみたいにかなしいおもいをしているんでしょう……?」
「……そうだよ」
「それじゃあ、ゆっくりできないわね」
「……そうだよ」
ぱちゅりーがまりさへと向き直る。
「ぱちゅもいっしょにいくわ」
譲るつもりはないらしい。
「おかあさんがいっていたこと……」
かつてのリーダーを助けてあげられなかったこと。
老ぱちゅりーはずっと後悔し続けていた。
群れから、“れいむ”から、たった一匹逃げ出したことを。
ぱちゅりーはまりさの群れとは何の関係もないはずだ。
それでも、まりさと共に行こうとするのは母の遺志を継ぐためだろう。
老ぱちゅりーは、まりさに“れいむ”と戦うように言った。
まりさなら、それができると。
それがどういうことか。
老ぱちゅりーにとっても、“れいむ”打倒は悲願だったのだ。
「おかあさんがかなえられなかったねがいを……ぱちゅがかなえてあげたいわ」
過去、“れいむ”に挑んだゆっくりたちは例外なく戦いに敗れ、永遠にゆっくりさせられてしまった。
かつてのリーダーまりさも。
親まりさも。
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親子三代にわたる因縁のゆっくりである“れいむ”を討つべく、まりさは群れが暮らす森へとあんよを向ける。
その後ろをぱちゅりーがずりずりとついていく。
程なくしてまりさが流されてきた川へとたどり着いた。
目指すべき場所はこの川の向こうだ。
ぱちゅりーはまりさに川の上流へと向かうように伝えた。
ぱちゅりー曰く、上流に水深の浅い場所があり水面から顔を出した石の上を飛んで渡ることができる場所があるらしい。
二匹は並んで川沿いにあんよを進めた。
普通のぱちゅりー種であればこれほどの距離を進んできた時点で体力を使い果たしていてもおかしくないはずだが、意外なこと
に平気そうな顔をしている。
水の流れる音を聞きながら真っ直ぐに進む。
出発してからそれほど時間は経過していないが、二匹はお互いに一言も口を利いていなかった。
ぱちゅりーの前を行くまりさは無言のままひたすら前へ、前へと進んで行く。
「…………」
特有のジトッとした目つきでその後ろ姿を見つめるぱちゅりー。
その表情は少しずつ訝しげなものに変わっていく。
ずりずりとあんよを這わせ続けるまりさ。
仮に今、ぱちゅりーがあんよを止めたとしてそれに気付くだろうか。
まりさは明らかに余裕を失っていた。
ただ一点を見つめて離さない。
ぱちゅりーはまりさの後ろで小さく溜め息をついた。
意を決して声をかける。
「まりさ」
呼ばれたまりさが一瞬だけビクッ、と体を震わせて振り返る。
少し強張った表情。
額にうっすらと浮かぶ汗。
定まらない視点。
「……どうしたの?」
努めて冷静に答えたつもりなのだろうが、その声は上ずっている。
まりさは不思議そうにぱちゅりーの顔を覗きこんでいた。
「むきゅ。 ちょっとだけきゅうけいしましょう?」
一瞬だけ間を置いた後、ぱちゅりーの申し出を承諾するまりさ。
休憩すらも聞き入れないような状態だったとしたらどうしようかと考えていたぱちゅりーが少しだけ表情を緩める。
「ぱちゅりー。 おうちからごはんさんをもってきたよ。 ゆっくりむーしゃむーしゃしようね」
「むきゅきゅ。 ゆっくりりかいしたわ」
声をかけられれば冷静になれるのだろう。
それならば少しはマシというものである。
しかし、やはりナーバスになっているのかキノコを口の中でもぐもぐさせていても、まりさの表情は固まったままだ。
ぱちゅりーが心配そうにそれを見つめる。
それに気付いたまりさが口を開いた。
「どうしたの……?」
「……むきゅう。 まりさ? おちついてきいてちょうだいね?」
「ゆっくりわかったよ」
「まりさ……すこしだけ、あわてていないかしら?」
「……まりさが?」
「むきゅん」
まりさは少し考え込むような仕草を取った。
これで思い当たる節がないと言うなら少し落ち着かせなければならない。
そんな事を考えているぱちゅりーに向けて、まりさは照れ笑いをしてみせた。
「ゆふふ。 そうだね。 もう、かわのむこうがわにわたることしかかんがえていなかったよ」
それからペロリと舌を出す。
思わず口元を緩めるぱちゅりー。
ぱちゅりーにとっては、まりさは年下だ。
種の違いもあって、物事を冷静になって考える力もぱちゅりーよりは遥かに劣って然るべきである。
しかし、このまりさはどうか。
指摘された事を素直に認め、自身を振り返ることができる。
まりさは改めてぱちゅりーに問いかけた。
「ぱちゅりー。 かわのむこうがわについたら、まずは“おしろ”とむれのみんながよくみえるばしょをさがすよ」
「そうね。 ぱちゅはまだ“おしろ”をみたことがないから……。 “れいむ”もそのなかにいるんでしょう?」
「よるはまちがいなく“おしろ”のなかにいるとおもうよ」
「むきゅぅ……」
「ゆ? どうしたの?」
「ぱちゅのかんがえをきいてもらってもいいかしら?」
「もちろんだよ! ゆっくりきかせてね!!」
まりさは嬉しそうにぱちゅりーへ向けて微笑んだ。
強い意志を内に宿していても、無邪気な表情はまだまだあどけない。
それもそうだろう。
成体ゆっくりになってまだ一カ月弱しか経っていないのだ。
それを思えば、二匹がこれから挑もうとしている“れいむ”は圧倒的に長く生きている。
生きている、と言うよりも生き残るだけの力を持っている、という言い方のほうが正しいだろうか。
ぱちゅりーの考えはこうだ。
“れいむ”、“お城”、“兵隊”を一度に相手にしては勝てる見込みがない。
まずはこの三つを分断する必要がある。
現段階で戦力はまりさと、ぱちゅりーの二匹。
“れいむ”はもちろん、“兵隊”を倒すことも難しいだろう。
となれば、まずはなんとしてでも“お城”を制圧する必要がある。
その中に人質として捕らわれている子ゆっくりたちがいるというのなら、なおさらだ。
“れいむ”が作り上げた盾を奪い去ることで、群れのゆっくりたちが反撃できる状況を生み出す。
群れ中のゆっくりたちが総攻撃を仕掛ければ、“兵隊”を倒すことができるだろう。
しかし、“れいむ”は別だ。
これまでの話を総合すると、“れいむ”の戦闘能力は桁外れに高い。
“兵隊”との戦いで疲弊しきった群れのゆっくりたちでは、数で勝っていても“れいむ”を倒すのは難しくなる。
この流れで戦いを挑むとすれば、やはり“れいむ”を直接倒すのはまりさとぱちゅりーの二匹になるだろう。
しかし、確実に“れいむ”を仕留めるための知恵が浮かばない。
まりさはここまでのぱちゅりーの案を聞いて、思わず呆けてしまった。
端的に言えば、まりさはぱちゅりーと二匹でどうやって“れいむ”を倒すかしか考えていなかったのだ。
“れいむ”を取り巻く環境から潰していくことなど、思いつきもしなかった。
ぱちゅりーはゆっくりであり、人間ではない。
人間であれば当たり前のように思いつく作戦ではあっても、ゆっくりがそれを思いつくというのは次元の異なる話だ。
そもそも、まりさが“お城”で捕まっていたとき、子ぱちゅりーと子ありすに何と言っていたか。
“まずは味方を作る”ようなことを言ってはいなかっただろうか。
まりさはそれすらも忘れていた。
無論、その後にまりさを襲った幾多の困難を思えば記憶から消えてしまっていても仕方がないのかも知れなかったのだが。
ぱちゅりーはやはり、森の賢者と称えられた老ぱちゅりーに育てられただけのことはある。
「できれば、かわさんをわたるまえに……“おしろ”をみておきたいのだけれど……それはむずかしそうね……」
「このあたりは、もりにかこまれてるから……“おしろ”はなかなかみえないとおもうよ……」
「むきゅ……こそーりこそーりすすむしかなさそうね……」
「ゆぅ……。 ぱちゅりーにはむずかしそうだね……」
「ど……どぉしてそんなこというのぉぉぉぉ??!!!」
まりさの一言に“むっきゅーー”とふくれっ面になって声を上げるぱちゅりー。
ぱちゅりーは冷静だが不意を突かれると感情が大袈裟に溢れだす。
ある意味、ゆっくりらしいと言えばゆっくりらしいのだが。
この辺りが老ぱちゅりーとぱちゅりーの決定的な違いなのかも知れない。
散々大きな声を出したあと恥ずかしそうに俯くぱちゅりー。
まりさがそれを見て小さく笑った。
小休止を終えた二匹が川の浅瀬にたどり着く。
ぱちゅりーが言うようにここからなら石の上を飛んで向こう岸に渡ることができそうだ。
既に空は薄暗くなりつつある。
一日で移動できる距離はこのくらいが限界だろう。
川の向こうは“れいむ”のテリトリーである。
疲労を溜めた状態でその中に飛び込むのは危険極まりない。
“れいむ”を倒すための決定的な策も見つかっていない状態ではここを越えることはできないのだ。
しかし、故郷の森は近い。
いつまでもこの周辺に留まっていては見回りに来た“兵隊”や捕食種に見つかってしまう可能性もある。
急ごうとすればするほど、目の前に深い霧が立ち込めていくような焦燥感。
それは、まりさもぱちゅりーも同じだった。
迂闊に敵の懐に飛び込むことはできない。
「……むれのゆっくりのふりをして……まぎれこむのはむずかしいわよね……?」
「ゆぅ……。 “れいむ”も“へいたい”もよく、ゆっくりのおうちをあらしにくるよ」
「まりさは……“れいむ”におかおをおぼえられているでしょうしね……」
木の根元を掘って作った即席の巣穴に身をうずめて話し合いを続ける。
二匹がやっと入れる程度の窪みでしかないが、野ざらしで夜を明かすよりは幾分かマシだろう。
明確な解決策を見いだせないまま、二匹は頭上に広がる星空を見上げていた。
ぱちゅりーが呟く。
「まりさ。 しっているかしら? おつきさまはおおきくなったり、ちいさくなったりするのよ」
「どういうこと……?」
「む、むきゅ……ぱちゅもよくはしらないのだけれど……。 ちいさくなったおつきさまは、ぱちゅたちからはみえなくなって
しまうのよ」
「ふぅん……。 そういえば、きょうのおつきさまはちいさくて、くらいね。 まんまるなおつきさまのときはすごくあかるく
てきれいなのに」
「おつきさまも、まいにち、げんきなわけじゃないのよね……」
「…………」
「むきゅ。 あしたはどうしようかしら……? いつまでもここにいるわけには……」
「ぱちゅりー」
不意にまりさが真剣な顔でぱちゅりーに向き直り呟く。
頬を染めるぱちゅりー。
しどろもどろで言葉を発する。
「な、なにかしら?」
「まりさが“おしろ”からにげだしたとき、“おしろ”のかべのすきまからおつきさまのひかりがはいってきてたんだよ」
「それがどうしたのかしら?」
「ぱちゅりーがいってたみたいに、おつきさまがみえなくなったときなら、“おしろ”のなかはまっくらになるはずだよ!!」
「…………」
「そのときに“おしろ”にしのびこめば……」
「だめよ」
「ゆゆ?」
「しのびこんでどうするの? “れいむ”もねむっているかもしれないけれど、まっくらのなかではたたかうこともできないわ。
もともと、“おしろ”は“れいむ”のおうちなのよ? “おしろ”のなかのことは“れいむ”のほうがくわしいから、こっちが
まけてしまうかのうせいのほうがたかいはずよ」
「ゆぅ……」
「……まりさ」
ぱちゅりーが静かな口調で囁くように呟いた。
困ったような表情のまま、まりさが顔をかしげる。
「むれのゆっくりたちと、おはなしができないかしら?」
「ゆ?」