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臆さないものを、貴族と呼ぶのよ!!(前編) - (2007/08/26 (日) 20:28:49) のソース
『[[臆さないものを、貴族と呼ぶのよ!!]]』 「あんた誰?なにそれ?銃?あんた傭兵?」 朝目が覚めてみればそこは平原で、自分を起こしたのは少女の声であった。 疲れの抜け具合から考えるについさっき眠りについたばかりのはずの自分にはその朝日があまりにも眩しく、思わず目を覆う。 「ちょっと!!貴族が話しかけてんのに平民が無視してんじゃないわよ!!」 『貴族?!』 その一言に飛び起きる。 自分は貴族の問いかけを無視してしまっていたのだ。 大問題である。 痛む目を必死に開け、声の主を見やり、後ろに構える城を見て唖然とする。 「ここは…どこだ?」 貴族に話しかかられていた事実を忘れるほどの衝撃だった。 その城のバックには、二つの月があったのだから。 それからは実にあわただしい日々であった。 ドア・ノッカーを握り、ガンダールヴとして目覚めた伍長がワルキューレをさながらカーキ色の軍人のように打撃で粉砕したかと思えば、土くれのフーケが宝物庫に忍び込む前にワンショットで狙撃し捕獲、その活躍はまさに平民のあこがれとして尾ひれをつけて流布されていく。 気づけば彼は王宮付きの銃士隊で隊長を務めていた。 平民が部隊を編制し政治にわずかでもかかわることに反発する声も多くあった。 しかし、伍長がこの国に広めたリボルバーと呼ばれるものがその批判を銃声でかき消した。 弾丸の量産ができないために直接火薬と弾を詰め込む方式を採用したそれは、平民貴族を問わず脅威であった。 徹底した部隊編成による殲滅戦は傭兵崩れの犯罪者たちを圧倒し怯えさせた。 副長のアニエスに騎士としての甘さを叱咤されつつも確実に手柄をあげ続ける彼はこちらの世界での生活にいくらか馴染み始めていた。 最近では自分と一緒にこちらの世界に連れてきてしまい、今はミス・ヴァリエールの使い魔として暮らす十数匹の猫の身を案じる余裕も出てきた。 王女アンリエッタの後ろで護衛を務めながらぼんやりとこちらの世界に骨を埋めるのも悪くはないかも知れないと思い始めたころ、王女に内通者が存在する可能性とと同時に、自分を誘拐してほしいと頼まれるまでは、確かに和やかな日常だった。 一雨きそうな曇り空、中央広場の噴水の前で伍長はぼんやりと空を眺めていた。 しかし、気を抜いているわけではない。 今もなお敵地に身をさらしているであろうアンリエッタ王女の身を案じているのだ。 この密命を受けていない大多数の兵士達が町を無造作に駆け回るものだから、どの店も巻き込まれてはかなわないとそうそうに店を閉じたため広場は実に閑散としていた。 そのなかでの伍長はあまりにも目立った。 それと同じように伍長の隣に控えるアニエスもまた異質に目立っていた。 しとしとと雨が降り始めてしまったその時、アニエスは小さくも強い口調で伍長に話しかける。 「隊長殿、シャンとしてください。今のあなたはこの街全体の『行方不明のご令嬢捜索任務』指揮官です。」 その発言に我に帰った伍長はすっと姿勢をただし、アニエスを見たが、アニエスは背筋を伸ばしながらもぼんやりと何かを考え込んでいるようで伍長が自分を見ていることに気づいていない。 視線を前に移そうとしたところで後ろから若い男の声がかかった。 「隊長殿!!」 振り向けば伍長が着ている軍服を模した制服を身につけた兵が敬礼をしている。 伍長は敬礼を返し、尋ねる。 「報告は?」 「はっ!!今だ『令嬢は見つからず。しかし目撃者あり』であります」 その報告にはアニエスの方が反応した。 意味は、『リッシュモンがあやしい人物と接触。そして仲間の影はない』 その瞳の色が一瞬鋭いものになるが、それを見ていたものはいない。 伍長は少し悩む素振りを見せたのちに若い兵士にこう告げた。 「御苦労。『情報を過信せずベストを尽くせ』」 意味は、『現状維持』。 「はっ!!了解しました!!」 立ち去る兵士を見つめつつ、アニエスは尋ねる。 「隊長、なぜあのような指示を?確実に仕留めるためには包囲を劇場に集中させるべきでは?」 「普通は…そうかもしれませんが、今回は兵の数が多すぎますし、皆冷静ではありません。信頼に足る一部の指揮官のみが真実をしっている状態では、あまりに兵が密集す れば少なからず混乱が起きると思うんです」 その答えに、アニエスは納得して前を向く。 「そうでありましたか。確かにほとんどの兵が本当に王女が行方不明と考えていますからね。冷静な判断ができなくなっているかもしれませんな」 アニエスの言葉に伍長は落ち着かないもどかしさを感じてしまう。 この国ではそれなりの権力をもち、細分化された階級や規則で統制された「軍隊」というものが存在しない。 誇りや家名を念頭に戦うこの国では兵術が微妙に拙いのだ。 まるでメイジのワンマンチームが複数連合を組んでいるかのような集団。 その中で軍人としての根本的な意識の違い、策略における重点の違いがもどかしいのだ。 さらにいえば、アンリエッタ王女の決心の方向性も気になる。 今回のような仲間を疑い罠にかけるという効率的かつ非情な任務の遂行を部下に命じているにも関わらずその自覚がないように思える。 王女としても、貴族としてもその歪な決心には腑に落ちないものがあるが、軍人としてその名に逆らうわけにはいかない。 どこかこの国が間違った方向に進んでしまうのではないかと、気が気でならないのだ。 心にかかる霧を払うように上を見上げると、雨が一段と強くなり伍長の視界を奪う。 そろそろ自分たちが移動してもいいころかと、伍長はアニエスに向き直る。