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星界の使い魔03 - (2007/09/04 (火) 22:46:50) のソース
[[星界の使い魔]]03 トリステイン魔法学院のとある廊下―― 一匹のハツカネズミがその小さな体から、とてもと思えないほどの速さで移動していた。 しかも、その洗練された動きはまさに隠密のそれであった。 学院の誰一人として、彼の移動を目にすることは不可能であった。 ちゅうちゅちゅう、ちゅう。 (俺の名前は『モートソグニル』コード・ネームは<静かなる溜息>だ。) ちゅ、ちゅうちゅちゅちゅちゅう。 (雇い主『オスマン<マスター>』に雇われているしがない専属傭兵だ。 俺は雇われてから今日まで、数多の彼からの依頼<ミッション>をこなして来た。) <静かなる溜息>は有り得ないほどの脚力で窓へと飛び込み、回転しながら外へ飛び出す。 ピタ。華麗なる着地、そのままの勢いで移動を続ける。目的の場所へ―― ちゅ、ちゅちゅちゅうちゅ。 (もちろん、雇い主のミッションをクリア<達成>してゆく内にお互いに得難い信頼と友情は芽生えた。 一時期は、彼の為なら命をも惜しまないとさえ思っていたほどだ。だが―― ) 「<静かなる溜息>、聞こえるか?こちらオスマンだ」 「ちゅちゅちゅう(どうした、雇い主<マスター>)」 「任務だ、<静かなる溜息>。昼食後に一年生の競技が始まる。直ちに更衣室へと潜伏せよ」 「ちゅう(了解)」 <静かなる溜息>ことモートソグニルは長い間耐えて来た。己の雇い主の変貌に。 学院長の席に着く前の雇い主―― 若かりし日々のオスマンはまさにメイジの中のメイジであった。 しかし、運命とは残酷かな、この魔法学院に身を落ち着かせるとオスマンは豹変した―― いや、これが元々の性格だったのかもしれない。 そう、オスマンは着任そうそうこともあろうに、使い魔の能力を、無垢で純粋な生徒たちを汚すことに使い始めたのだ。 さらに、こともあろうか本来ならその英知を以って人類に更なる発展をもたらせるはずの豊富な知識を 己が渦巻く卑猥な欲望へと費やし、とうとう『究極の魔法』をも完成させていた。 <静かなる溜息>は耐えた。耐えてきた。このおびただしいほど長い卑猥な時間を。 なぜなら、任務達成<ミッションクリア>の暁には雇い主からの報酬があったからである。 生命の果実『アンブローシア』それはアルビオンのとある神聖な山に数十本ほどしかない神木から成る実であった。 これをミッション成功の暁に、<静かなる溜息>は報酬としてもらうのである。 アンブローシアの味は、それはそれは『神々の食べる物』とまで言われるほどに美味なのである。 それだけの為に<静かなる溜息>はがんばってきた。 あるときは、肥溜めの穴に人が来るまで張り付き、その様を一部始終監視をする。 また、あるときは眠っている生徒の下着にしのびこんだりもする。 他にも幾多の行為をしてきたが、そべてはアンブローシアのため、『神々の食べる物』のためだった。 そのためなら文字通り、汚いものをすべて引き受けた。 しかし、とうとう<静かなる溜息>はその長きに渡って耐えてきたモノを耐えに耐え切れなくなった。 なぜなら、ここ数日オスマンが報酬を出し惜しんできたのだ。 かれこれ、任務19回分の報酬をすっぽかされている。 なんでも、アルビオン一帯に騒動が起こっていて入手が困難とのこと。 しかし、そんなことは関係ない。彼は知っていたのだ。オスマンの部屋の棚の3段目の引き出し。 そこは、オスマンが自らロックをかけている引き出し。その中にはたくさんのアンブローシアが水魔法によって 最適温によって保存されていることを。 そう、何も<静かなる溜息>だけがアンブローシアの味覚に魅了されているというわけではなかった。 オールド・オスマン、彼もまた神々の果実に魅了された一人なのだ。 夜な夜なオスマンがアンブローシアを一人で貪っていることは知っていた。 さらに、理由はもう一つあった。オスマンの態度である。 親しき仲にも礼儀あり―― それがオスマンには欠けていた。さも当然のような言い草で、任務を終えた<静かなる溜息>をたしらう。しかも報酬抜きで。 今朝方のミッションもそうだった。肥溜めに張り付き、そして、飛びかかってくるいわゆる汚物をも耐え抜き帰還した 彼にオールド・オスマンは私信に一言。 「ミス・ヴァリエールのはちと見飽きたのぅ、その使い魔のラフィールたんのならいざしらず」 チュチュチュゥッ・・・!! (この糞ジジィ・・・!!) 使い魔の秘めたる思いにも気づかず、尚もオールド・オスマンは言う。懐かしい思いでを語るかの様に。 「ミス・ヴァリエールか、彼女の姉君たちもさぞかし美しかったのぅ、そして母君も・・・うへへ」 下品にニヤつくこの偉大なるメイジ、オールド・オスマンは鬼畜だった。 ヴァリエール家の淑女たちを代々汚していたのである。もっとも、学園中ほとんどの貴族たちも同様なのだが。 今朝のことを思い出すだけで、苛立ちがこみ上げてくる。 彼は決心した。やつを、雇い主<マスター>を止められるのは俺だけだ―― 「ちゅちゅ・・・(待っていろよ、雇い主<マスター>・・・)」 そう呟くと<静かなる溜息>は、オスマンが示す目的地の正反対の方角へと駆けていった―――― 学院長室―― 使い魔の謀反をも知らずに、もうすぐ麗しい一年生たちの華麗なる姿を見れる、 と上機嫌なオールド・オスマンはその喜びを秘書の『ミス・ロングビル』のお尻を撫で回す形で現していた。 その熟練された動きに、一瞬たじろうも、キッ!とオールド・オスマンを睨み付けて言う。 「これ以上やったら、王室に報告しますからね!!」 「カーーッ!王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかーーっ!!」 まさに、本音の中の本音を叫ぶオールド・オスマン。 その気迫に押されるも、ミス・ロングビルは尚も睨み続ける。 それに耐えかねて、オールド・オスマンは呆けた。 「オッパイノベラベラそ~すぅ、そして性欲を持て余す」 最後のセリフをやけに渋い顔で言い放つと、再びお尻をなで始めた。もう、最低である。 ミス・ロングビルは無言でオスマンを蹴りまわした。 そこへコルベールが飛び込んできた。 「オールド・オスマン!!たた、大変です!」 ミス・ロングビルは何事もなかったように机に座っていた。 「大変なことなど、あるものか。すべては小事じゃ」 腕を後ろに組みながら、重々しく闖入者に答えた。二人の見事な連携である。 「これを見てください!!」 コルベールは書物を手渡した。 「これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。まーたこのような古臭い文献など漁りおって。 そんな暇があるなら、学費を徴収するうまい手をもっと考えるんじゃよ。『ミスタ・カマベール』」 「コルベールです!カマではありません!!」 「カマでもいいでわないの。カマベールでもカマわん、なんちてっ★」―― 「で、でだ、コルベール君。この書物がどうしたのかね?」 気を取り直して、オールド・スマンは言う。 「これも見てください」 コルベールはラフィールの手に現れたルーンのスケッチを手渡した。 その瞬間、オスマン氏の表情が変わった。その目は若かりし日の威厳にあふれる鋭いものになっていた。 <静かなる溜息>ことモートソグニルがこの場に居合わせたら、どんなに喜んだことか。 しかし、彼は今居ない。 「ミス・ロングビル。席を外しなさい」 オスマン氏が言うや否や、ミス・ロングビルは退室していった。 「さて、詳しく説明するんじゃ、ミスタ・コルベール」―― 時を少しさかのぼる―― ルイズ、ラフィール、キュルケご一行は、途中フレイムを預け食堂に向かっていた。 三人が食堂に入ると、遠くの方で学生の人だかりができていた。 キュルケは近くに座っていた一年生に何があったのか尋ねる。 どうやらクラスメイトのギーシュが落とした香水を『平民』のメイドが拾って、 それをギーシュに渡そうとしたときにギーシュの二股がばれたらしい。 案の定、ギーシュの頬には大きなパーが赤くそびえたっていた。さらに、服も濡れていた。この3人には見えないのだが。 「なあに?単なるやつあたりじゃない」 「ほんと、みっともない」 ルイズとキュルケが揃ってあきれ果てた。 状況を把握すると二人をよそに、ラフィールはその集団に近づいていった。 どうも、一年生からやたらと強調されて言い放たれた『平民』に違和感を感じたからである。 「ああいう、中身の無い男っていやよねぇ~」 「まったくよ!」 ルイズとキュルケはラフィールが集団の方に言ったことに気づかずに今だギーシュを罵っている。 「まぁいいわ、さっさとお昼食たべましょ。ラフィール行くわよ?」 返事が無い。周囲を見回す。 「ルイズ、ラフィールあっちあっち!」 ルイズがみやると、ラフィールはその集団の中心へと割り込んでいった。 「も、もう!かってなんだから!」―― ラフィールはその集団に近づくにつれ、怒りで心を積もらせていた。 どうもこの世界の貴族と言うのは腐っているらしい、ラフィールはそう判断した。 近づくにつれ謝罪の言葉をめいいっぱい言いながら謝るシエスタと、 やれ、平民の分際で二人のレディの心を傷つけた―― やれ、お前が男だったら八つ裂きにしている―― やれ、やさしい自分に感謝しろ―― 金髪の貴族の少年の言葉に怒りを積もらせるラフィール。 しかし、ラフィールの怒りは他にもあった。 周りにいる他の貴族たちである。 皆、面白おかしくその状況を見ているだけであった。 誰一人として、シエスタに肩を持つものが居ない。 家臣や領民を守ることこそ、貴族としての義務であり誇りであるとラフィール心得ている。 この場合、シエスタは学院直属の使用人、すなわち学生たちの家臣も当然の身である。 その家臣に非はまったくもって無く、対するこのさっきから五月蝿い金髪貴族に非があるのは明白なはずなのに 誰もシエスタを庇う者が居ないことにラフィールは心底苛立った。 この星の貴族というのは、弱きものを挫き、己が強さを誇るのか? 家臣を、領民をたんなる面白い玩具とでも思っているのであろか? ふと思う。ルイズとキュルケもそうなのであろか―― ? 「ふむ、ならあと100回土下座しながら謝罪の言葉を言えば許してあげてもいいよ?」 ギーシュは髪を掻き揚げると、薔薇の造花を口元に寄せ、かるく口付けをする。続けざまに言い放つ。 「平民といえど仮にも君はレディだ。僕はレディに手荒な真似はしたくない。 それに、薔薇は身分に関係なくその美しさを振舞うものなのさ」 しかし、その目はシエスタを、まるで塵でも見るかの様に見下している。 一方のシエスタは、体罰も何も無く、ただ土下座して謝罪するだけで許してくれるギーシュに ある種の感謝の念を抱いていた。もし、この人じゃなかったら八つ裂きにされていたかもしれないのだから―― シエスタが膝を地面に付き、頭を下げようとした。 「うは、この平民ほんとにするのかよ?」 「汚らわしい!」 「ギーシュ、お前も罪な男だな!」 など喝采が飛び交う中、一人の少女の叫びが響いた。 「貴様ら、それぐらいにするがよいぞ!!!」 ラフィールであった。 「エ、エ、エルフ・・・・ッ!!」 誰かが呟き、一斉に人だかりはチリジリに離れていく。その様子を見てラフィールは、フンと鼻を鳴らした。 残ったのはギーシュとラフィール、そして地面に座るシエスタであった。 「シエスタ、許すがよい。私がもうすこし早く食堂にきていれば・・・」 「ラフィールさん・・・!!」 シエスタは驚いていた。まさか自分を庇ってくれる人がいることに。 「我ら『アーヴ』貴族は、家臣を、領民を見捨てたりはせぬ。ましてや『同胞』を―― 」 そう言うとラフィールはそっとシエスタを立たせた。 「き、き、君はたしか『ゼロ』のルイズのつ、使い魔だよね?」 ギーシュはまさに挙動不審のように尋ねる。その言葉にラフィールは先ほどの授業を思い出す。 ルイズが愛おしい微笑みを浮かべながら、ミス・シュヴルーズの元へ歩いていくさなか、 「『ゼロ』のルイズや、やめろ・・・・」 「おまえは魔法の成功確立0なんだ、やめてくれ・・・」 ところどころ聞こえてきた囁きを思い出した。 ラフィールに怒りが込み上がる。この男、シエスタに飽き足らずルイズまで侮辱するのか? 現にルイズは私を召喚している。成功率0ではない。それにルイズの爆発は魔法であろ――? 「貴様、そ―― 」 「だーれが『ゼロ』のルイズだってぇぇ!?」 ラフィールが言いかけた時、ルイズが飛び込んできた。続いてキュルケも。 「だいたいギーシュ、あんたがいけないんじゃない。二股がばれたのはシエスタの所為じゃないわ! あんたの自業自得でしょ!!自滅するなら一人でしなさい!!」 「そうよそうよ、一人で自滅なさいな。ほら、シエスタちゃんだっけ?早くあっちへ行くわよ」 キュルケが呆気にとられているシエスタを誘導する。 「キュ、キュルケ!その『平民』を置いていけ!!」 突然の出来事に、ギーシュは怒鳴る。 呆れたルイズが何か言おうとしたとき―― 「貴様、それ以上その口で『平民』と言うでない、言ったら許さぬぞ?」 「どどど、どう許さないというんだ!!え、え、エエルフふがなぜ、たかがへい、こ、こ小娘を庇う?」 エルフに許さないと言われ、気が動転するギーシュ。 「何をさっきから恐れている、ギーシュとやら。まさか、私が『エルフ』だからとでも言うまい?」 ラフィールの怒りに満ちた顔が綻んでいく。 「ええ、えエ、エエルフを恐れて、なな、何が悪い!!」 その瞬間、周囲の生徒たちが頷いた。その言葉を糧にラフィールの口元はさらに綻ぶ。 「ギーシュとやら、一つ言っておく。そなたは貴族の風上にも置いてはおけぬ屑で小物な貴族だな」 「な、なな、なんだと・・・・!!」 ギーシュは困惑していた。エルフの少女にいきなり屑貴族呼ばわりされたことに。 その時、ルイズは悟った。次にラフィールが何を言うのかを。 「私は『エルフ』などでは無い、『アーヴ』だ!!『先住魔法』とやらも『魔法』も使えぬ貴様らが言う『平民』だ!!」 「「「なんだって!!??」」」 ルイズを除く周りにいたほぼすべての人間が同時に叫んだ。 同時にじゃあその耳はどう説明するんだ、とか誰かが叫び皆が同意する。 しかし、不幸にもギーシュは悟ってしまった。ラフィールが事実を告げていることに。 仮にも世の女性は自分の物と自称しているギーシュ、伊達ではなかった。 ラフィールの表情と言動から事実であると確信してしまったのである。 そうと分かれば、ギーシュにとって後は楽だった。笑いが止まらない。 「あは、あははははははは!!『平民』であるこの使用人を庇ったのは、自分と同じ『平民』だからなのかな?」 ギーシュはお腹を抱えながら言い放つ。ラフィールはギーシュを見つめながら、フと軽笑した。 「だから貴様は屑貴族なのだ。それに言ったであろ、その口で『平民』と言ったら許さぬと」 「何?君ぃ、自ら『平民』と名乗った度胸は認めよう。だが屑貴族呼ばわりされるのはいただけないな」 ラフィールは、ふぅと溜息をつくとさらに顔を綻ばせた。その顔は咲き誇る毒花にも似る、 軽蔑と挑戦が綯い合わさった親愛の表現とは見誤りようもない破顔であった。 『アーヴ』の敵たちはこう呼ぶ。<アーヴの微笑み>と。 「ならばそなたの胃袋が詰った屑入れ並みの頭でも理解できるように教えてやろう。 貴様は私を恐れていた、私が『エルフ』であるかもしれないからだ。しかし、実際に私が『エルフ』では無い、自分の脅威 では無いと知るや否や態度は一変。強き存在に怯えひれ伏せ、弱き存在を貶し貶める、まさに屑貴族以外の何者でもない!!」 「ななななんだと!!!!貴様、『平民』の分際でなんということを!!!!」 「もう一度だけ言う、二度とその口で『平民』と言うな・・・」 「『平民』を『平民』と言って何が悪い!!この国では『平民』は『貴族』さまの下僕なのだ、奴隷なのだよ! 『平民』はこき使われて同然!!『平民』に神などいない―― !!」 「貴様、許さぬぞ!!」 もはやラフィールの口元には<アーヴの微笑み>すらなかった。 そこにはるのは、逆鱗で魂を鎧う<猛きアヴリアル>の怒りだけであった。 ラフィールが太ももに吊るしてある『物』に手を着けるのを見てルイズは止めに入った。 「ラ、ラフィール落ち着いて!!」 ルイズがラフィールに近づき、触れようとした。 「触るでない、[[ルイズ!]]!」 「ラ、ラフィール・・・?」 ラフィールに叫ばれ、ルイズは心底戸惑った。なんで?と尋ねようとした―― 「ルイズ、そなたもであろ!?そなたも『平民』を軽んじているのであろ!?キュルケ、そなたもだ!」 「え?」 急に問われたキュルケは困惑した。それをよそにラフィールは言い続ける。シエスタ、もう何がなんだか分からない状態だ。 「だから、最初『平民』が絡まれていると知った時に助けに行こうとしなかった!?ちがうのか!? ルイズ、キュルケ、答えるがよい!この国の貴族とはこういうものなのか!?領民や家臣をなんとも思わないのか!?」 ルイズはその言葉を聴いては否や、力なくその場にへたれこんだ。 そして、答えられない自分を悔やんだ。たしかにこの国の民衆差別は異常であると感じていた。自分も『ゼロ』と呼ばれて虐げられてきた。 しかし、今までやってこれたのは、ルイズ自身今気づいた事だが、自分より下―― つまり『平民』よりマシという 思いがあってこそだったのだ。ルイズの鳶色の瞳から涙が溢れた。皆の前だというのに泣き始めてしまった。 今まで、『ゼロ』と言われ虐げられてきた時でさえも見せなかった泣きじゃくる姿を。 「私は、私の国はちがう!!」 キュルケは叫んだ。ラフィールを含むすべての人間がキュルケを注目した。 「私の国、ゲルマニアは『平民』なんて関係ない!!有能な人材なら誰でも貴族に成れるの!この国みたいに魔法が使えない からって『平民』呼ばわりされない!!」 キュルケは言い切った。ラフィールはキュルケに、許すがよい、と言いルイズに軽い軽蔑の眼差しを送る。そして言い放つ。 「この国は、貴族たちは腐っているな」 ルイズはビクっとする。ラフィールのその言葉に。 シエスタはもはや何も考えられないでいた。まさか自分の所為でこんな重大な事に発展してしまったから―― 「決闘だ!!!!使い魔の『平民』!!」 とうとうギーシュの堪忍袋が切れた。 「ほう?」 ラフィールの口元に<アーヴの微笑み>が戻った。 「貴様に、『平民』に貴族さまを侮辱し、逆らった恐ろしさを教えてやる!!」 「それは、命のやり取りと解釈していいのだな?」 ラフィールの顔は、さっきの怒り狂う顔以上に恐ろしい微笑みえと変わっていた。 「そ、そ、そうだ!!命のやり取りをだ!!ヴェストリの広場で行う!!」 ラフィールの質問を同意の意と認めたのか、なるべくラフィールの顔を見ずにギーシュは叫んだ。 「この腐った貴族たちの浄化第一号にしてやろう」 ラフィールは思った。この者は殺す。ぜったいに殺す―― 「君たち、ちょっと待ちたまえ!」 静まり返った食堂に響き渡るその一声に誰もが見やる。 「ヴィント様だ―― 」 誰かが呟いた。 この青年の名は『ヴィント・シルフェム・ド・カエルム』 トリステイン魔法学院が誇るメイジのなかでも随一といわれるほどの実力の持ち主だ。 学年は三年生、階級はトライアングル。二つ名は『颶風』である。 尚もなき続けるルイズだが、嫌な予感がした。 灰色の髪を肩まで伸ばし、薄い緑がかかった灰色の瞳の彼をルイズは知っていた。 カエルム家はヴァリエール家と親しい間柄であった。もちろん彼の実力というのは嫌でも知っている。 特にヴィントはルイズの母『カリーヌ』のお気に入りであった。彼の話はこれでもかと言われるほど聞かされた。 時より送られてくる母からの手紙にも、ヴィントの活躍の事が綴られていることは良くあることだ。さらに、伝言も頼まれる。 「最初は、ヴァリエール嬢の使い魔ということで事勿れと見守ってきたが、ここまで我が祖国トリステインを 腐れ呼ばわりされては、見過ごすわけにはいかないな」 そう言うと、ラフィールとギーシュの中に割り入った。 その間にキュルケは泣き続けるルイズを抱きかかえ、シエスタの手を引き、いつのまにか戻っていた周囲の輪の中に入っていった。 「すまぬな、許すがよい」 「そんなもので祖国を、トリステインを貶された思いは晴れない!」 「ほう、なら何を望む?」 「僕も決闘に参加させてもらいたい!」 「待ってください、先輩!!こんな『平民』、この僕で十分です、先輩が手を煩わせなくても―― 」 しかし、ギーシュが言い終わる前にヴィントは言い放つ。 「君の自信、君は我々に対抗しうる『何か』を隠し持っているね?でないと普通の人間がここまで自信を持つはずが無い」 ほう、とラフィールは関心する。この者はできるな、と。 もっとも、その『何か』をもっていなかったとしてもラフィールは同じ行動を取っていたのだが―― 「ああ、私は対抗しうる『何か』を持っているぞ。えぇい、面倒だ! この際他に決闘に加わりたい者は加わるがよい!!私がまとめて潰してくれる!」 さっさと決闘を始めさせたい為か、大胆な行動に出た。 ラフィールはさっさとギーシュを倒したいだけだった。 この言葉を聞いてルイズは慌てた。ラフィールの自信の源である『物』について知っていたが、 ヴィントまで出てきて、さらに人が増すとさすがのラフィールでもやばいのではと思ったからである。 「誰もいないのか?そなたらの誇りとやらはそんなものなのか!」 半場呆れるラフィール。所詮はこのていどか、腰抜けどもめ!そう思っていた時だった。 「僕が参加する―― !!」 ラフィールが何かを隠し持っている事に、学生たちが恐れる中、 そこに現れたのは―― 皆がヴェストリの広場へ移動していく中、食堂でキュルケはルイズとシエスタが落ち着くのを待った。 「キュ、キュルケ。ぐす、ラ、ラフィールをと、止めないと、うぅ、ラフィールが、ラフィールが殺されちゃう・・!」 「私の所為だ・・・私の所為だ・・・私がギーシュ様の・・・・ブツブツ」 「シエスタ、しっかりなさい!なんとしても私たちで止めるわよ!!」 キュルケが叫ぶ。シエスタがハっと目を覚ます。ルイズが頷く。 三人は決心した。なんとしてもラフィールを、あの無茶なアーヴの少女を助けるのだと―― さてさて、こんな大騒動が起こっているのにも関わらず、教師が誰も止めに入らなかったのには訳があった。 舞台は再び学院長室に戻る。 カマベ―― いや、コルベールは泡を飛ばしながらオールド・オスマンに力説していた。 ルイズが召喚した『エルフ』は、否。オスマンは知っていた。その少女がラフィールと言うことと、 本人が『アーヴ』だと主張していることを。オスマンは知っていた、というより覗き見ていた。彼女たちの会話を。 ラフィールという麗しい少女を妄想しながらコルベールの唾をも飛ばす力説を垂れ流しながら聞いていた。 オスマンはとうの昔に、コルベールがルーンのスケッチを渡し、うんちくを話出す時に結論を出していた。 あの、麗しい黝髪の少女が『ガンダールヴ』であると。 そうと決まれば、あとは退屈であった。興奮しきったコルベールはオスマンの静止をも気にもせず、 己の考えあげたうんちくを長々と喋るのであった。唾を飛ばしながら。 ああ、早くお昼休み終わらないかな、そしたらコルベールも授業に戻り、お楽しみの一年生たちの麗しい姿が―― そう思っていた矢先であった。 ドアがノックされた。 「私です、オールド・オスマン」 「うむ、入ってくるのじゃ」 しめた、これでコルベールの拷問じみたうんちくは中断される。 ミス・ロングビルは学院長室に入るや否や報告する。 「食堂でゴタゴタがあり、このままでは決闘の可能性も出てくるとのことです」 「まったく。暇を持ち合わした貴族ほど性質が悪い生き物などおらんわい」 まさに、その通りである。オールド・オスマン。 「で、誰なんじゃ?」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモンです」 「あのグラモンとこのバカ息子か、親父に似て大の女好きじゃ。おおかた、女の子の取り合いじゃろ。相手は誰じゃ?」 「ミス・ヴァリエールの使い魔の少女です」 「なんじゃと!?これはいかん!早く止めるのじゃ!!あの少女に傷でもあったら―― 」 コルベールとロングビルの視線を感じて、落ち着き直すオールド・オスマン。 おっと、いかんいかん。麗しい少女が傷つくことに慌てて、あやうく本性を現すとこだった。 「アー、コホン。では状況把握が先じゃな?」 そう言いながら杖を振った。壁にかけられた大きな鏡に食堂が映る。 ジー・・・ジジー・・・ そこで彼の使い魔ことモートソグニル<静かなる溜息>から通信が入る。 二人に気づかれ無いような小言で話すオスマン。 「どうした、<静かなる溜息>。目的地の潜伏に成功したのか?」 ジジ・・ジジー・・・ 今度は視界も使い魔のそれへと切り替わる。 そこは、肥溜めであった。 「どうした<静かなる溜息>?なんで肥溜めにいるんだ?私は更衣室へ行けと命じたはずだが―― 」 そこへ鼻歌交じりの、中年男の声が聞こえてきた。 マルトーは便秘であった。それも二週間ほどずっと。 「ったくよ~。この魔法学院の食を司る俺様がよ~。てめぇーの健康管理もできねぇとは情けねぇ」 よっ、といいながら戸を開け、肥溜めの一室に入る。 「だがな、今日は出そうな気がするんだな、これが!」 ズボンを脱ぐマルトー。 それがオスマンの目に入る。 な、なんじゃこれは!? 「聞こえるか!?<静かなる溜息>!応答せよ!!」 「ちゅちゅちゅ・・(ああ、聞こえているとも雇い主<マスター>)」 「こ、これは、これはどういう事だ<静かなる溜息>!!」 視界にはマルトーのふんばる姿が映る。しかも真上で。 <静かなる溜息>はその名の通り、静かな溜息を吐き、そして言う。 「ちょううちゅちゅ(ほんとにわからないのか、雇い主<マスター>?」 「ま、まさか<静かなる溜息>お前!!??」 「ちゅちゅちゅちゅう(雇い主<マスター>、あんたは今までに数多くの女の子たちを その貪欲な欲望で貶めてきた。その報いを受ける時が来たんだ。)」 「おぉ、なんか出そう!なんか出そうだぞ!!ふんぬぅぅぅ~~!!」 その掛け声とともに、大きな屁が出た。 プゥゥゥ~~・・・ 「うぅわっ臭!!!」 思わずその臭さにオスマンは叫んだ。 「どうなさったんですか、オール・オスマン!?」 突然の出来事に、食堂の様子を鏡で伺っていたミス・ロングビルが心配そうに尋ねる。コルベールもこちらを見る。 「な、なんでもないのじゃ・・・」 真っ青な顔でオスマンは誤魔化した。 なぜ、オスマンにモートソグニル<静かなる溜息>が感じた臭いが伝わったのかと言うと、 オスマンはその豊富な英知と貪欲な野望をもって、完成させたのである。 使い魔と主人の究極の感覚の共有。嗅覚、感触をありのまま、そのまま共有する『ファミリア<使い魔>』魔法を―― その偉大なる究極魔法は、本来愛おしい学院の女の子たちに卑猥極まる形で使われるはずのそれは、発動していた。 普段において<静かなる溜息>は、嗅覚においてはかなり効果を抑えて、雇い主<マスター>に伝えていた。 もし、彼<静かなる溜息>が体感している臭いをそのままオスマンに伝えていたら、 いかなオスマンと言えども、麗しい女の子たちのあれな臭いには耐え切れず、倒れるであろう―― 「お、おぉぉ・・・今度こそ、今度こそ出るぞ!?」 マルトーは歓声をあげながら、己が二週間にも貯め込んだ結晶を出さんがばかりにふんばる。 「やめるんだ!<静かなる溜息>・・・やめてくれ!!」 「フンゥオオオーッ!!?」 「<静かなる溜息>!!やめてくれ!頼む!!!!」 「オォォォ~ッ?!!」 「ちゅちゅちゅ・・・(雇い主<マスター>こんど生まれ変って会ったときは、一緒に『アンブローシア』を食べよう・・)」 「アッーーーーーーー!?」 職人マルトーの快感の絶叫。 ちゅちゅちゅ、ちゅうちゅうちゅ・・・ちゅちゅ!!ちゅう!!ちゅー・・・!! (今まで、数多の卑猥な行いをしてきた。少女たちよ、許せとは言わない。だが、俺はただ謝りたい・・・己がしてきた行為を・・ 嗅覚伝達リミッター解除!!伝達レベル100倍!!さらばだ、雇い主<マスター>・・・!!) マルトーが『あれ』を放つ瞬間、張り付いていた壁を蹴り、仰向けで大文字を空中でつくり<静かなる溜息>は待ち構えた。 「「「「やめろぉぉぉぉぉぉおぉヲォォぉぉおおぉーーっっっ!!!!」」」」 ぶりぶりぶいぶりゅ~~~~ぶひっ!!!ぶりぶりぶりーーーーーーー!! 黒く、どことなく赤が混じったそれは、まさに濁流が如く押寄せる。 オスマンはそのあまりにも臭すぎる臭いに意識を失いつつも、 視界に移るその風景をスローモーションで見ているかのように見ていた。 それは、まるで天からふりそそぐものがすべてを滅ぼす――かのように、オスマンの汚れきった瞳に、そして心に焼きついた―― ちゃぽん。肥溜めの底に落ちたようだ。そこで、オスマンの意識は途絶えた―― 「「オールド・オスマン!!??」」 コルベールとミス・ロングビルは困惑した。 オスマン氏が突然叫びながら、白目を剥き、泡を大量に吐き出し倒れたのである。 「は、はやく他の先生方に!!私は保健室に運びます!!!!」 コルベールは慌てながらミス・ロングビルに指示をする。 「は、はい!!!!」 そして、食堂の騒動は忘れ去られたのである。 しかし、それが後で重大な事件になろうとは、誰も知る由がなかった――