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ゼロの仮面~ナイト・アフター~-03 - (2008/01/14 (月) 08:39:29) のソース
何が起きたのか。それを正確に理解出来た者は、一人も居合わせていなかった。 ミス・シュヴールズの授業だった。何を血迷ったのかミス・シュヴールズが、『錬金』をルイズにやらせたのだ。無論、反対するキュルケの奮闘もあった。 しかしそれも虚しくルイズは錬金を開始。他の生徒達は机や椅子の下に隠れたが、綾時や他の使い魔達の殆どは訳も分からず棒立ちのままだった。 綾時がようやく危険性に気付いたのは、ルイズが杖を振り上げた時。何が起こると分かった訳ではなかったが、勘が告げたのだ。危険、と。 ルイズが杖を振り下ろし、いつも通りの爆発の光が見えた所で、綾時が動いた。 爆風がルイズを襲うよりも早く、綾時がその場で大声を張り上げたのだ。 大半の生徒は爆風とほぼ同時に発せられたその言葉を聞き逃した。ただ彼が何事かを叫んだだけ、としか認識出来ていなかった。だが、タバサだけは、確りと語呂も聞き取れていた。 綾時が発した言葉。「テトラカーン」。魔法の様だが、そんな魔法は聞いた事が無い。 だが結果として、それは(恐らく)魔法だった。綾時の叫びと同時に硝子の様な壁が、綾時を含めた全員の前方に発生し、爆風や爆発で吹き飛んできた物を爆心地の教卓へと跳ね返したのだ。 幾つかの机や粉々になった木片がルイズの目の前に積まれ、全員の視線が綾時を捉える。 当の綾時はと言えば、あちゃーっと頭を掻きながら、何とも微妙な表情をしていた。 四人の間に会話は無い。黙々と、一応は一部に集められていた塵の山を少しずつ崩し、丁寧に片付けていく。 一人の表情には怒りが浮かんでいる。浮かんではいるが、それは右半面だけで、左半面の表情は緩んでいる。綾時はいつだかに見た阿修羅男爵を彷彿とさせていた。 一人の表情には特にいつもとの変わりは無い。ただその瞳は、興味深げにチラチラと綾時を見ていた。 一人の表情には疑問と嬉しさが混じっていた。親友がようやく異性に興味を持ったと。本当はまったくの勘違いだが、彼女はそう信じ、しかし何故この男なのか、と首を捻っていた。 一人の表情には焦りと苦笑が浮かんでいた。どうやって誤魔化そう。て言うかいっその事打ち明けた方が楽な気もするけど、オールド・オスマンやコルベールさんに止められてるしなぁ。 黒、桜、青、赤。全員が違う色の髪を揺らしながら、四人は掃除をしていた。 経緯は簡単だった。結局、誰もが今の出来事に疑問を浮かべたままだったが、ミス・シュヴールズが授業を切り上げ、ルイズに片付けを命じた。無論、綾時の手伝いを込みで。 ルイズは生徒が全員帰った所で、綾時にさっきの事を問い詰めようと考えていたが、どうも二人の同級生が残っている。 何だ? と不審に思った所で、片方は自分の大嫌いな人間である事に気付いた。 「ちょっとキュルケ、何? 私をわざわざ馬鹿にする為に残りでもしたの?」 がるる、と牙を向けるルイズに、キュルケは違う、と手を振る。 「タバサがあんたの使い魔に用があるんだって」 「リョージに?」「え、僕?」 またもルイズは露骨に眉間にシワを寄せる。綾時は驚いた様で嬉しそうな顔をしていた。 何だってこいつは、こうも……。 猛禽類を彷彿とさせる霊長類の視線等まるで物ともせず、タバサはお目当ての人物に接近した。 タバサは無表情で綾時を見詰め、綾時はにこにこと人懐っこい笑顔をタバサに向けた。 「あなた」 「うん、何?」 「さっきは、何? あなたは、何者?」 タバサの問いに、綾時の顔が困り顔に変わった。 「あー……うん。ちょっと僕だけの問題じゃないから……そうだね、掃除が終わったら教えられるかもしれない」 「手伝う」 え。とキュルケが声を上げる。 あのタバサが、人を自分から手伝う? もしかしてルイズの使い魔の事が、好き? しかし、他にも良い男はいっぱい居るだろう。ああ、でもでも彼女がそう思うなら……。 頭の中が情事しか詰っていないキュルケには、やはりそうとしか思えなかった。ルイズも実は似た様な事を考えていた。 唯一その言葉の真意を理解したのは、相手である綾時だけ。そもそも、昨日もミスタ・コルベールから同じ様に見られていたのだから、気付かない筈も無かった。 「お腹空いたなぁ」 綾時は、一人ごちた。そう言えば昨日から何も口にしていない。 現在片付けをしているのは、彼一人である。 ルイズは途中で空腹に耐えかねて食堂に行き、綾時を呼びに来たミスタ・コルベールに丁度良い、と綾時はタバサとキュルケについて事情を話して連れて行って貰った。 二人を一旦教室から出した後、コルベールが綾時について少々叱ったのは言うまでも無い。 それが大体十分前の出来事だった。 掃除は一応は四人で進めていたし、もう少しで終わりそうだった。 「あの、リョージさん?」 聞き覚えのある声に、綾時が首だけ振り向かせると、そこにはあのメイドさん、シエスタの姿があった。 「シエスタちゃん」 「もしかして、朝ご飯もお昼ご飯も、まだなんですか?」 「この通りだよ」 へらっと、綾時は両手を広げてみせる。 まあ、シエスタは口に手を当てた。 「けどもうすぐ終わりそうなんだ。……でも、終わっても、僕は何処でご飯を食べれば良いのかな」 「それなら私、手伝います。ご飯もご馳走出来ると思いますよ」 「ホント? じゃあ、お願いしようかな」 掃除は二人になり、表情は嬉しさが二つになった。 どんっ。と、ルイズは顔面をテーブルに強打した。自らである。 今、視界に移った物は何だ? 見知った顔だった気がする。 野郎、メイド服なんか着てデザート配ってる。女子に愛想振り撒いてる。既に虜の女子も居る。 ああ、何でこう。頭が痛くなる事ばっかりなのかしら、あいつ。 「リョージ……」 何やってんのよ。と、ルイズは呟いた。 食堂内の視線を集めながら、リョージはデザーを配って歩いている。しかもメイド服。つまり女装。 しかも何のギャグだろう。似合ってる。ルイズは頭を抱えてしまった。もうやだやだやだやだやだ。 しかもしかも。またルイズの神経を逆撫でする様な出来事が、今そこで起きた。 「どうしてくれるんだ! 君の所為で二人の女性が傷付いてしまったじゃないか!」 「も、申し訳ありません……」 ギーシュの野郎がメイドを虐めてる。あのメイドは今朝綾時に口説かれてた子だ。ほっとこうかしら。ああ、でもギーシュったら何かムカツクわ。だって今のって、どう考えてもあいつが悪いでしょ? 視線で綾時と捉えながらも、耳はギーシュ達のやり取りを聞いてた。器用なルイズである。 要するに、シエスタが落し物を拾ってその所為でギーシュの二股がバレてギーシュはメイドに八つ当たり。恥ずかしい奴だ。ルイズは色んな鬱憤を込めて一発ぶん殴ろうと席を立った瞬間、 「決闘だ!」 何か話が進んでいた。あれ? ギーシュが決闘決闘騒いでいる相手は、ウチの使い魔じゃあないか? 「――――あいつは、何でこう、ホント、に…………!」 「ル、[[ルイズ!]] 手から血が出てるぞ!?」 メイド服を脱ぎ捨ててギーシュの背に付いて行く綾時に、更にルイズが鬼の形相で付いて行った。 同刻、学院長室。 オールド・オスマンとミスタ・コルベールによって、所々を伏せて、綾時に関する説明がタバサとキュルケに行われていた。 ミスタ・コルベールは不本意であったが、オールド・オスマンが「タバサになら教えても問題ないし、勝手に調べられるよりは良いだろう」との事で、結局説明会が開かれていた。ちなみにキュルケもオマケとして参加した。 そんな時、勢いよく学院長室の扉が開かれた。 「大変です! オールド・オスマン!」 「どうしたね? ミス・ロングビル」 「ヴェストリ広場で決闘が……」 「決闘? まったく、暇を持て余した貴族ほど――」 「問題はそこではありません!」 常から考えられない程に息を荒げるミス・ロングビルに、さしものオールド・オスマン達も驚く。 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン。そして相手は、ミス・ヴァリエールの使い魔、あの少年です! 教師達は眠りの鐘の使用をと……」 ミス・ロングビルの言葉を聞き、オールド・オスマンの目が険しくなった。 「昨日の話の限りでは、信用の置ける人物じゃがの……、万が一もある。コルベール君、様子を見に行ってくれ。ミス・ロングビル、眠りの鐘、場合によっては使用の許可を。ほれ、君達も行きなさい」 『分かりました』 四人が声を揃え、学院長室から飛び出していく。 ふむ。と髭を弄りながら、オールド・オスマンは遠見の鏡に向けて杖を振った。 僕は、一体何をやっているんだろう。 石人形に、されるがままに殴られているんだ。 向こうでは、ギーシュとか言う子が高笑いをしている。 ああ、後ろの方ではルイズちゃんが何か叫んでる。 でもごめんよ。今、力を使ったら、きっと僕は……、 君達を殺してしまう。 ――綾時には確信があった。今、『戦おう』とすれば、間違い無く自分の理性は失われる。 『彼』のペルソナ、タナトスと同じ姿でも無く、恐らくは、ニュクス・アバターの様な姿でもない。確証は、無いが。 とにかく、彼が力を解放したその先。あの召喚の際に漏れ出した力の源。それが何を意味するのか、彼には分からない。 ミスタ・コルベールには「驚いただけ」と言ったが、あれは嘘だった。本当は、魔力が滾り、自分の身体が変貌しそうだったのを必死で止めたのだ。 今までに感じた事の無い程の邪悪。それに自分が変わりそうだった事を、彼は恐れた。 だから後先考えずにシエスタを庇ったものの、どうする事も出来ずに、ただ殴られている。 嫌なんだ。僕は。 誰も、殺したくなんか無いんだ。 『死の宣告者』なんて、まっぴらだったさ。 どうして僕は、僕なんだろう。 分からないよ。 ―なら、乗り越えなきゃ― 「――――」 頭の中に、『彼』の声が響いた。聞こえる筈の無い、『彼』の声が。 ―僕は乗り越えた。そして、辿り着いたよ。『答え』に― 瞼の裏に『彼』の姿が浮かぶ。人々のココロと向き合い、悠然と立ち向かう『彼』の姿が。 学校の屋上で、絆で結ばれた大事な人達に囲まれた、『彼』の最期の姿が。 そうか。辿り着けたんだね。 「――分かったよ。僕も、乗り越える」 決意の心が、新たな力を呼び覚ます。 「――――」 それはミスタ・コルベール達が広場に着いた瞬間に起きた。 ギーシュのゴーレムに無抵抗で殴られ続けていた綾時の身体が青白い光に覆われ、ゴーレムが吹き飛ばされた。 綾時を纏う光は天を突き、やがてその輝きを失っていく。 誰もが、目を疑った。光が消えた時、そこに立っているの綾時ではなかった。 かと言ってそれは、死を司る神や、ましてや、逃れられない死を運ぶ夜の化身でも無かった。 神々しさとも言える白さを持つ人型の異形。左手には唯一、名残を感じさせる幾つもの黒い棺桶を繋いだ鎖が握られていた。 これがペルソナ能力? いや違う。変身するとは、言っていなかった。ミスタ・コルベールは目を細める。 しかしてその正体は、綾時だったモノ自身の口から明かされた。 「僕はヒトの心の海よりい出し者。永劫の守護者――メサイア」 言葉と同時。腰から生えた一対の翼を持った腕が広がる。そこでようやく全貌が窺えた。 「天使様……」 誰かが、そう呟いた。 綾時は自分に満ち満ちて行く力を実感した。 懐かしく、暖かい。これが自分の本当の姿なのだろう。 自分の胸を撫で、拳を握り締める。 ――僕は、『君』の心になれたんだね。 「う、うわぁぁああああああ!!」 ギーシュの絶叫が響き、綾時はようやくその存在を思い出した。そうだ、決闘中だった。 何だか大人気ない気もするけど、決闘は決闘。それにシエスタちゃんの名誉の為、少し懲らしめてやらなきゃ。 先程吹き飛ばされたゴーレムが剣を持って疾走する。綾時はそれに向かって、右の人差し指を立てた。 「メギド」 瞬間、指先から光弾が発射され、ゴーレムが跡形も無く粉砕される。 辛うじて原型を止めていた剣が宙を舞い、ギーシュの目の前に突き刺さった。 「ひぃっ! う、わわ、わ……ゴ、ゴーレムッ!!」 悲鳴を上げながらギーシュが杖を振り、六体のゴーレムが地面が出現する。今度は最初から各々武器を持っていた。 それを見て、む。と綾時が今は能面の様な顔を顰めさせる。 一々破壊するのは面倒だ。かと言って大技を使えば、ギーシュも巻き添えになってしまうだろう。 テトラカーンも、流石に6体も相手では効果が無い。 色々と考えている内に、ゴーレム達が綾時の眼前まで迫っていた。そこで、綾時の頭の中に小さな閃きが起きる。 「よっと」 ぐんっと浮遊高度を上げ、両手を下に翳す。 これならば大丈夫だろう。 「メギドラオン」 先程とは非にならない程に大きな光弾が二つ撃ち出され、円を描きながら纏まって立ち尽くす6体のゴーレム目掛けて飛んでいく。 無論ギーシュが反応出来る筈も無く、ゴーレム達は光弾の直撃を受けた。 ドンッ。と爆発音が響き、その時発せられた光の余りの眩しさに、周りに人間が目を瞑る。 数秒して目を開けると、音の余韻が響く中、大きくへこんだ地面を背に、ギーシュの前に立つ綾時の姿があった。 「参った?」 「ま、まい、った」 綾時がいつもの笑みを浮かべ、ギーシュは白目を向いて気絶した。 ゼロの仮面~ナイト・アフター~ 三話・了