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ゼロと魔砲使い-10 - (2008/04/09 (水) 04:52:27) のソース
#navi(ゼロと魔砲使い) &setpagename(第9話 休日) 虚無の曜日、早朝。 普段は寝起きの悪いルイズも、今日は無事早めに目を覚ました。 なのははすでに着替えて控えている。今の服装は昨日ミス・ロングビルから借りてきた服だ。平民の服にしては上等だが、貴族好みのきらびやかさはない。どちらかというと裕福な平民、豪商などが着ているものに近い。 その辺の華美ではない上質さが、不思議となのはに似合っていた。 「おはよう、なのは。今日の日課はもうすんでるの?」 「はい、早めに切り上げてきましたから」 日課、というのはなのは曰く毎日の練習とのこと。召喚三日目に、ルイズはこの件についての許可を求められた。 早朝、自分の世界の魔法の練習に行っても良いかと。 もちろんルイズに異存はない。それでも一応もったいを付けて言った。 「いつもの仕事に影響しないならかまわないわよ」 現になのはは毎日、寝起きの悪いルイズをきちんと定時に起こしてくれている。 今度その練習を見てみたいな、とは思っているものの、どうも早起きする自信がないルイズだったりする。 朝食の後、ルイズとなのはは厩舎に向かった。が、意外なことにここでなのはが引いた。 ルイズは彼女に怖いものなどあるはずはないと思っていたのだが。 「う、馬に乗っていくんですか?」 何故か彼女は引き気味であった。 別になのはは馬が怖いわけではない。乗馬そのものにはむしろ興味があるといってもいいかもしれない。 なのはが引いたのは、これが『実用』であることだった。 乗馬などしたことないなのはは、牧場での体験乗馬ならともかく、実用として長時間馬の背に揺られて無事でいる自信はまるで無かった。 街までの距離を考えるなら、たぶん自力で飛んでいった方が早い。 たださすがにルイズを担いで長距離を飛ぶのは無理だと思っていた。 出来ないわけではない。怪我人を担いで数時間飛行した経験もある。 ただおそらくご主人様が持たないだろう、というのがなのはの見立てであった。 そしてルイズは、なのはが馬に尻込みしているのを見て。 「別段取って食われる訳じゃないわよ」 ささやかな優越感を感じていた。いい機会だから乗馬を教えるのもいいかな、などと思う。 ところがそのもくろみは、意外なルートから粉砕された。 「あら、あなたたちもお出かけ?」 「キュルケ、タバサ。あなたたちも?」 そこにやってきたのはキュルケとタバサのコンビ。 二人はルイズ達が厩舎にいるのに気がつくと、少し加速気味にやってきた。 「もう馬借りちゃったの?」 「ううん、まだよ。なのは、乗馬はしたこと無いみたいで」 「ああ、やっぱり」 珍しく口論にならずに会話が進む。 そしてここで、たとえ宿命のライバルからでも拒否しづらいような提案がルイズに成された。 「私たちも街に出ようと思ってたの。一緒に行かない? シルフィードが載せてくれるから馬の十倍速いわよ」 「う……い、いいわ、お願い」 もしシルフィードがキュルケの使い魔だったら意地を張り通したかも知れない。だがシルフィードはタバサの使い魔であって、ルイズから見ればタバサに敵対する理由は、「ツェルプストーと親しい人物」というものしかない。 ましてやここのところ、夜一緒にいろいろと練習をしている身である。ただでさえキュルケに対する嫌悪感すら薄れている位なのにいわんやタバサはである。 そして十分後、四人は機上ならぬ竜上の人になっていた。 「お話ししながら飛べるのね~」 「わたしでよければ」 代価はシルフィードのおしゃべり攻撃であった。受けていたのはいろいろ聞きたいなのはだけだったが。 他の人にはうるさいシルフィードのおしゃべりも、なのはにとっては貴重な情報の宝庫だった。特に先住魔法についてわずかながらも聞き出せたのが後々大きく関わることになる。 もっともなのは自身もこの時点ではそうは思っていなかったが。 馬に比べるとほとんどあっという間にトリスタニアの街に一行は到着した。 「ふぇ~っ、初めて乗せてもらったけど、竜って速いのね~」 「まああれであるのは別としても、風竜は竜の中でも特に足が速いものね」 「ちょっと、なんでキュルケが自慢するのよ」 「別に自慢じゃないわ。事実を述べただけ」 などという一幕はあったものの、四人は市内へと入っていく。 「案外小さいんですね」 なのはの第一声に、ルイズが彼女をにらみつける。 「何よ、トリステインが田舎だって言いたいの?」 「いえ。でもここ、一国の首都なんですよね」 「首都? 王都のこと? ならそうよ」 「う~ん、やっぱりちょっとせせこましい感じが……」 なのはの感覚ではそうならざるを得ない。何しろ大通りが五メイル幅程度、普通の対面通行可能な道が四~六メートルであることを考えると、どうしても地元の商店街のイメージがする。 「まったく、あなたの地元ってどんだけ大きいのよ。トリステインをせせこましいだなんて」 ルイズは当然の疑問を口にしたが、返ってきた答えは想像以上だった。 「そうですね。道幅だけでもこの三倍以上ありますし、街全体の規模は百倍くらいでしょうか」 ルイズだけでなく、キュルケとタバサもあっけにとられてしまった。 なんだ、その馬鹿でかい街は。 三人の心は、今ひとつになっていた。 「まあたぶん人口そのものが桁違いだと思いますし。あまり比較しても意味はないかも知れませんね。ガリアで千五百万でしたっけ?」 「そうよ。トリステインは正確な統計発表していないけどだいたい二百万弱だっていわれてるわ」 「私の生まれ故郷の国はだいたい一億二千万いましたし、今すんでいるところは全部合わせたら一千億くらい行くと思いますね」 「……な、なによそれ」 本気で桁が違っていた。 「でも、そう簡単に行き来できる訳じゃないですから、意味ないですし」 「それもそうよね」 その口調にどこかほっとしたものがあるのはとがめられまい。 「それより行きましょ。タバサのおかげでだいぶ時間は節約できたけど、それでもやることは多いわ」 「そういえばルイズ、あなたたちはどこに行くつもりなの?」 キュルケがルイズに聞いてくる。 「なのはの服をそろえるのが第一目的よ。身一つで召喚しちゃったから、いろいろそろえてあげないと。今着てるのだって、ミス・ロングビルからの借り物よ」 「ああ、確かにそうね。じゃあ、しばらくは別行動ね。私たちもいろいろ行くところがあるから、お昼に待ち合わせましょう」 「それがいい」 待ち合わせ場所を決めた後、ルイズとなのははキュルケ達と分かれた。 「じゃ、行きましょ、なのは」 そういってルイズが案内したのは、特にディスプレイもない、表通りから少し入ったところにある看板だけ出ている店であった。 中に入るとそこはブティックというより工房というイメージの強い場所であった。 特に目立つ形で服が展示してあるわけではなく、中では何人ものお針子が仕事にいそしんでいる。 「あ、これはこれはお嬢様。今日はいかようで」 ルイズをよく知るらしい、店長と思われる中年の女性が奥から出てきて挨拶をした。 「久しぶりね。今日は彼女の服を見立ててもらいに来たわ。下着も含めてね」 「はいはい。こちらのお嬢様ですね。まあ美人でスタイルもよろしいこと。腕の振るいがいがありそうですわね。ささ、みんな、仕事だよ」 「きゃあっ」 わらわらと出てきたお針子達にあちこちサイズを測られるなのは。あちこちさわられて、ちょっと危ない声が出たりもしたが、測定そのものはすぐに終わった。それを見た店長はてきぱきと指示を出し、当座の分ということでなのはのサイズにあった服と下着が出される。 「とりあえずはこのあたりですね。きちんとサイズにあったのは後ほどということで」 その辺の細かいことはなのははルイズ任せにし、ルイズも店長任せであった。もっともこの店はヴァリエール家と継続的な取引のある店舗であるため、いい加減な仕事をされる心配は皆無であった。 ついでにある『お願い』をするなのは。 「あの~、これと同じものを作ってほしいんですけど。材質とかは違ってもかまいませんから。後、必要なら分解してもいいですよ」 なのはの手には、召喚時に着用していたブラがあった。 珍しい下着に、目がキュピーンという音を立てて光っていそうな店長。 「これは?」 「故郷ではありふれた下着で、こうやって……」 店内は女性だけということもあり、実際に着用してみせるなのは。それを見た店長はしきりに感心していた。 「こりゃまた……おもしろいこと考える職人もいたもんだねぇ。わかった、やってみるよ」 この店の職人は期待に違わぬ腕の持ち主であり、なのはは予備のブラを確保することに成功する。もっとも思った以上の値段になり、ルイズの目が丸くなることになるのだが、それは後の話である。 「さて、待ち合わせまでには時間があるし、どうする?」 「なら、あちこち見て回りたいです」 服飾店を出たルイズとなのはは、街のあちこちを見学することにした。 ちょっと高級な店から怪しげな店まで。なのははルイズが意外にちょっと危ない界隈まで足を伸ばしているのを知って少し驚いた。 「なんか危なそうですけど、こんなところに来る理由があるんですか?」 「普通ないし、私も滅多に来ないんだけど、秘薬の材料とかを売っている店がこの近くなのよ。水の秘薬ぐらいしか買ったこと無いけど」 なのはもそれには納得がいった。 「ここがその秘薬屋。見学してく?」 そういってルイズが足を止めたとき、なのはは何故かその隣のほうを注視していた。 「? 武器屋に何か用事あるの?」 その時なのはは、異質な魔力の流れを感知していた。はっきりとわかる、見覚えのない、しかし強大な魔力の発露。 それはかつて『ジュエルシード』や『レリック』から感じ取った力。 なのはは思わず、ルイズの存在も忘れてその店へと足を踏み入れていた。 「こらなのは、ちょっと待ちなさい!」 背後からルイズに文句を言われて、なのはははたと正気に返った。 「あ……申し訳ありませんでした」 自分が何をやったかに気がついて、頭を下げるなのは。 「ちょっと放っておけない『力』を感じまして……」 頭を下げついでに、そう小声でささやく。 「力?」 「はい。申し訳ないですけど、ちょっとよろしいですか?」 神妙にそういうなのはの頼みを、ルイズは断れなかった。 「ん? 貴族様が何の用ですか?」 二人が店内に入ると、厳つい風貌をした、五十くらいの店主が顔を出した。 「客よ」 短くルイズが言い切る。店主は意外そうに思いながらも、 「貴族様が武器とは、こりゃまたどういう風の吹き回しで。あれですかい? 盗賊への対抗とか」 だがルイズは店主の口上を無視してなのはに聞いた。 「で、どれ?」 「あれです」 間髪入れずに答えるなのは。その視線は、先ほどから一点に集中していた。 そこにあったのは雑多に積み上げられた剣の山であった。 戦場から拾ってきたような、長さも種類もばらばらの剣が、ろくに手入れもされていない状態で積み上がっている。その山をなのはは注目していた。 と、それに答えるかのような声が、どう聞いてもその山の中からした。 「ん? 誰だ、俺のこと見てる奴は」 「こっち、見えるの?」 なのはの答えがまた一本ずれていた。彼女は剣の山を少し崩して整理すると、中から一振りの剣を取りだして山の前に置いた。 「あなたね、しゃべっていたのは」 「おう、なんだ、良く見りゃ『使い手』じゃねーか。さすがと言うべきか、こりゃ」 「ちょっと、インテリジェンスソードじゃないの。そんなものがなんであんなところに?」 ルイズはいぶかしげに店主の方を見る。その、『目利きできないんじゃないの?』と言いたげな疑惑の視線に、店主は慌てて首を振りながら答える。 「いえ、ありゃ確かにそうですが、見たとおり錆だらけだわしゃべるといっても口が悪いわ、客に喧嘩までふっかけるんで、ああやって」 「でもなんか仲よさげね」 「ありゃ?」 店主も少し意外そうであった。なのはと剣は、なんというか仲良さそうに会話を続けていた。 「使い手って?」 「あ、気がついてねえのか。もっとも俺にもあんたが使い手だって言うのはわかるんだが、肝心の使い手がなんだったかがどうも思い出せねーんだな、これが」 「思い出せないって、それじゃあ、ひょっとして言い方悪いけど、年期はいってるの?」 「おお、かれこれ六千年くらい経ってんじゃねーか? 良く覚えてねえし、なんでわかるのかも俺にすらわからんけど」 「すごいじゃない。ひょっとして始祖の時代の剣なの?」 「始祖? ああ、ブリミルの嬢ちゃんか。別嬪だったなあ、ありゃ」 「なるほど。なんかちょっと危なそうな力を感じてきたんだけど、あなただったのね」 なんかいつの間にかずいぶん気安い仲になっていた。 と、なのはがルイズの視線に気がつき、慌てて居住まいを正した。 「ご主人様、出来ればこの剣を……」 「いくら」 いいにくそうななのはに対し、ルイズは即座に店主に対して値段を聞くことで答えた。 「新金貨で百ですかね」 「高くないの?」 「馬鹿いっちゃいけませんぜ。あの大きさの大剣なら相場で最低二百でさ。ただあいつは見たとおりで置いとくだけで商売の邪魔になりやすんでね。中古の値段でいいでさあ」 「買ったわ」 ルイズは財布を取り出すと、新金貨を百枚、店主の前に積み上げた。 さびた剣を手に、なのははずいぶんうれしそうにしているようにルイズには見えた。 「そんなに気に入ったの?」 そう聞くルイズに、なのはは力強く頷いた。 「はい。おそらくこの剣、始祖の時代に作られたものですよ」 「自称でしょ?」 端から信じていないルイズ。だがなのははそれを訂正するように言った。 「この剣、見た目はこれですけど、ものすごい魔力を持っていますよ。それに……」 剣を左手でもつなのは。そのとたん、刻まれたルーンが、はっきりと光を放つ。 「なんて言うか、ものすごく、手になじむんです。私、剣なんて使ったこと無いのに」 「そりゃ当然だ。おまえさん、使い手だからな」 「使い手?」 ルイズがその言葉に反応する。それに答えたのは、ちょっと意外な相手だった。 (“おそらくマスターに刻まれたそのルーン『ガンダールヴ』の事だと思われます”) 念話で割り込んできた相手、レイジングハートの言葉に、ルイズだけでなく、なのはも少し驚いた。 「誰だい今のは。なんか音じゃねえ声がしたが」 “念話も通じるのですね、あなたには” 今度は実際に声を最低に落として話すレイジングハート。 「おわっ、俺以外にもしゃべる器物ってあったのか」 “声を落としてください” 忠告するレイジングハート。 “あなたはともかく、私は注目を受けるのはまずいんです” 「わりい、さすがに俺もおでれーたんでな」 「どちらにしても往来でこういうことしているのは目立ちすぎるわ」 “確かに” 「そりゃそうかも」 ルイズの忠告に、首もないのに頷く二人。 ルイズとなのはは、待ち合わせの場所へと急いだ。 「おっと、名乗ってなかったな。俺はデルフリンガー。あんたは?」 “レイジングハートと申します” 「お待たせ……あら何その錆びた剣」 ルイズ達が待ち合わせ場所に着いてすぐ、キュルケとタバサもやってきた。 で、見ればなのはがなにやら錆の浮いた大剣を手にしている。興味もわこうというものだ。 その答えは意外な相手から返ってくることになった。 「ん、友達かい?」 「そうよ、ご主人様のお友達。キュルケとタバサよ」 「お友達? せめてライバルと言いなさい」 なのはの言葉にルイズからはツッコミが入ったが、キュルケからは反応がない。 「インテリジェンスソード……」 むしろ反応したのはタバサだ。 当のキュルケは、一度ゴクリとつばを飲み込んでやっと意識が戻ってきたらしい。反動でか怒濤の如く言葉があふれ出した。 「な、なんでそんなものをルイズが持ってるのよ。確かものすごい値打ちものでしょ!」 「新金貨で百だったけど。錆びてる上にろくでもないことしか言わないっていうんでやっかい払いされたみたいよ」 「はあ。要するに口の悪い駄剣ってわけ」 キュルケが納得したように肩をすくめる。だが、何故かなのははそんな様子を見てもにこにこしたままだった。 「……? なのは、何かあるの?」 「はい。推測ですけど」 そう答えるなのはの目には、何かを確信しているか輝きがあった。 そして手の中のデルフリンガーに語りかける。 「ね、デルフリンガー、あなたが錆びてるのって、たぶんあなたがやってる偽装でしょ?」 しばし、その場に沈黙が訪れた。妖精が通り過ぎた後、最初に口を開いたのは当のデルフリンガーだった。 「……そういえばそうだったような気が。おでれーたな。俺自身もすっかりそんなこと忘れてたっていうのに、なんでわかった」 「「忘れてたんかい!」」 期せずしてルイズとキュルケから同時にツッコミが入る。見事なまでのシンクロぶりに、タバサが思わず吹き出すくらいだった。 ルイズとキュルケは、タバサが吹き出したのに一瞬見入り……次の瞬間互いに目をそらした。 「で、なんでわかったの?」 そう聞くルイズになのはは、 「これってたぶん、私があんまりこっちの魔法に先入観持ってないからだと思うんですけど」 そう答えた後、デルフリンガーを改めて握りしめた。 同時にルーンが光る。 そこから流れてくる何かを感じながら、なのはは言葉を続けた。 「ちょっと考えてください。魔法の剣に『固定化』が掛かってないことなんてあります?」 「普通無いわね」 キュルケが答える。 「ではクイズです。固定化の掛かっている鉄が錆びるには何年かかりますか?」 「「「あ」」」 ルイズ、キュルケ、タバサ、三人の声がまた見事にハモる。 「いわれてみればそうよね」 キュルケが頷く。 「固定化の掛かっている鉄は錆びない」 タバサも改めてデルフリンガーを見る。 「ということは……あの武器屋の親父さん、それを知らなかった?」 「かと」 なのはも首を縦に振る。 「仮にも人語を解する魔剣に固定化をかけ忘れるなんていうことがあるとは思えません。だとすればこの錆はむしろデルフリンガー自身にそういう力があると考える方が理に適っています」 「でもなんで錆を浮かす力なんかが?」 そう問うルイズに、なのはは答える。 「一つは偽装でしょう。こういう剣ともなればたぶん名が知られてもおかしくないですから、偽装する力も必要かと。でも私は副産物だと思いますよ」 「副産物?」 「はい。これをみれば判るかと」 そういうとなのはは、傍らに置かれていた鞘を手に取った。店主曰く、鞘に収めればしゃべらなくなるとのことだった。 「ちょっとごめんね」 そうデルフリンガーに語りつつ、鞘に収めるなのは。その様子に、キュルケとタバサは少し違和感を覚えた。 「なのは、ずいぶん手慣れてるわね」 「剣を鞘にきちんと収めるのは意外に難しい」 二人の疑問に、なのはは左手の甲を見せた。 「これのせいだと思いますよ。レイジングハートがいうには、『ガンダールヴ』っていうルーンで、武器の取り扱いを上達させる力があるらしいです」 「ガンダールヴ? そういう名前なんだ、そのルーン。でもなんでレイジングハートが知ってたの?」 ルイズが頭をひねりつつ聞く。なのはの答えは、 「この間の決闘の時、レイジングハートと何か魔法的に共鳴したらしいです。ほら、あのとき私は『武器』としてレイジングハートを持っていましたから」 であった。それを聞いて納得する三人。 「つまり今のなのはは、別に剣に限らず、あらゆる武器の達人っていうわけ?」 ルイズが何か期待を込めた目でなのはを見る。それに対して少々困惑しながらもなのははそれを肯定した。 「た、達人とまでは行かないでしょうけど……」 「すごいわ! つまり今のなのはって、めちゃ強いメイジであると同時に、達人の剣士なのね!」 「自画自賛」 浮かれるルイズに、タバサからちょっと冷たいツッコミが入った。 いわれてルイズも少し顔が赤くなっていた。うれしいのは確かだが、こういう使い魔自慢は確かにいわれたとおりの側面も持つことになる。 「……わ、悪い?」 「自重」 それでも意地を張って返した言葉は、あっさり撃墜された。 「はいはい、二人ともそこまで。さっきから話がずれてるわよ」 流れを元に戻したのは、さすが年長者と言うべきか、キュルケであった。 「で、なのは。なんで鞘に収めることとデルフリンガーの偽装能力が関係あるの?」 それに対してなのははタバサにデルフリンガーを差し出した。そして一言。 「抜いてみて」 タバサはやや重そうにしながらもデルフリンガーを鞘から抜こうとする……が。 「抜けない」 タバサの手の長さでは、デルフほど長い剣を鞘から抜けなかった。 続いてなのははキュルケに渡して同じように抜いてみるようにいう。長身のキュルケでも、デルフリンガーを鞘から抜くのには手間取った。 「お判りですか? デルフリンガーくらいの大きい剣となると、抜くのが大変なんです。腰に差してたらまず抜けません」 「そうよねえ」 ルイズも納得する。 「ですからこういう剣はこうやって」 再びデルフリンガーを鞘に収め、刃を上にして右肩に担ぐ体勢を取るなのは。ちなみになのはは左利きなので右肩に背負っている。右手で抜く場合は左肩になる。 「抜くんですけど、デルフリンガーの場合、形の問題でこの体勢でも抜ききれないんです」 ちなみに今のは野太刀のような、反りのある大振りの日本刀を抜くときの体勢である。反りのため抜くためのラインが円弧状になり、長物でも抜ききれる。ただ直刀ではこれでも抜けない。 デルフリンガーは原作の挿絵等を見る限り反ってはいるがごつすぎてこれでも抜けないと思われる。 そしてなのはは、鞘に収めるとまともに抜けないということを皆に示した上で、改めてデルフリンガーを鞘から取り出し、左手で握って言った。 「デルフリンガー……デル君って縮めていいかな、言いにくいから」 「いいぜ、使い手の姉さんがそういうなら」 「ありがとう。で、デル君。出来るかな。錆を出せるんなら、鞘も出せない?」 ルイズ達があっと言う驚きを浮かべる。 「うーん、出来た気がするんだが……錆の落とし方を含めて、どうにも思い出せねーんだな、これが」 あまりにも間抜けな答えに、今度は体勢を崩すルイズ達。 ヘルプを入れたのはレイジングハートだった。 “マスター、試しにデルフリンガーに、魔力を通してみてください” 「魔力を?」 “はい。彼に関して、少々思うところがありまして” 「わかった。やってみるね」 疑問に思いながらも、デルフリンガーに対して、なのはは魔力を流し込んでみる。 驚いたことに、効果は抜群であった。 「うお、これは……姉さん、ずいぶん手慣れてやがるな! 普通これは、使い手といえどもよほど心を震わせないと出来ねえこったぜ!」 「心を、震わせる?」 疑問に思ったが、それに対するデルフリンガーの答えはない。だがこの一言は、この世界の謎を解く大きな意味を持っていた。 それはさておき。 魔力を通されたデルフリンガーは、その刺激でか、だいぶいろいろなことを思い出したらしかった。 刀身に張り付いていた錆が、淡雪の如く消えていく。寸刻の後現れたのは、研ぎ立てのように磨き上げられた、見るも眩しい、まさに名刀としか言いようのない見事な大剣であった。 「すごい……」 「見事」 「嘘みたい」 キュルケも、タバサも、ルイズも、ろくに言葉が出てこない。 なのはは、少し考えて、口語で言ってみる。 「納剣」 それで通じたのか、次の瞬間、デルフリンガーは見事なこしらえの鞘に収まっていた。しかもよく見ると、先端の方がやや大きいデサインのデルフリンガーにぴったりしすぎているため、どう考えてもそのまま抜けるわけがなかったりする。 「おでれーた。そういえば俺、こういうことできたっけ」 「あんたねえ、ぼけ過ぎよ。なんかまだ隠し球もってそうね」 ルイズが思わず突っ込んでいた。 「そういえば今のあなた、鞘に収まっててもしゃべれるのね」 「ああ、可動部分の邪魔にもならないし、本当に鞘に入っている訳じゃねえからな」 かちかちと金具を動かしつつしゃべるデルフリンガー。 「つまり本当に黙らせたいときは、そこを紐で縛ればいいってわけね」 「それだけは勘弁してください姉さん」 なのはの指摘に、慌てたように答えるデルフリンガー。 その時、なのはは何とも居心地の悪い視線を感じた。 ふと周りを見渡すと、自分を含めた全員が、まわり中の注目を集めていた。 思わず視線を合わせる四人+一本。 そこからの逃げっぷりは、後々までトリスタニアの噂となったという。 結局、予定していた昼食その他をすべてブッチしてルイズ達は早々に魔法学院へ逃げ帰ることになった。 「うかつだったわ……人前だって言うの忘れてた」 「しばらく顔出せないわね」 「同感」 しかも学園に帰ったら帰ったで、今日はマルトーさんも休みで、あらかじめ申請のあった分しか昼食の準備は出来てないという。 そのせいでルイズ達三人は、なのはが作った料理を食べるという珍しい体験をすることになった。 「ここの料理からすると庶民的で、賄いっぽいのは勘弁してね」 「ていうかあなた、料理も出来たのね。味はまあ並っぽいけど」 「でも意外といけるわね。マルトーさんには及ばないけど」 「……」 タバサは黙っておかわりの皿を差し出す。それを受け取りながら、なのははしみじみと言った。 「でも驚いたわ。まさか味噌と醤油が置いてあるなんて想像もしてなかった。これがなかったらとうていここまでの物は出来なかったと思う」 実際なのはにとっても意外だった。ここに来て賄い食とかは毎日食べていたが、味噌も醤油も使われていたためしがない。 「あ、それ、私の村でちょっとだけ使っている物なんです」 その疑問に答えたのはシエスタだった。食堂は虚無の曜日で休みであっても、メイド達の賄いは彼女たちが自分で作っている。なのは達はそこにお邪魔していたのであった。 実際、四人がここに押しかけたときメイド達は自分達ので良かったら、といってくれたのだったが、さすがにルイズ達もメイドの食事を取り上げるのは貴族として恥ずかしいと思ったのだ。 「うちの村の名物料理……ヨシェナヴェっていうシチューを作るときとか、ほかいくつかのお料理の時にだけ使うんです」 「寄せ鍋?」 思わずそう聞き返すなのは。知らず知らずのうちに、目つきが鋭くなっている。 そんななのはの眼光に押されたのか、少し声を震わせながら答えた。 「はい……あ、なんかおじいちゃんの発音に似てます、その言い方。うちの村……タルブの名物料理で、一番がヨシェナヴェなんです」 「ほかにあるの?」 さらに圧力の強まる声に、シエスタはなかば泣きながら答える。 「は、はい、ショーウとか使うのであまり外には出てませんけど、それを使って作った甘いソースを掛けるチキンソテーのテリ・ヤキとか……」 「味噌汁って知ってる?」 「ミソ・シル? あ、そういえばそういうのをひいおじいちゃんが飲んでたって……」 「なのは! どうしたのよ、いったい!」 さすがにルイズが見るに見かねて止めに入った。 「どうしたのいったい。あなたがメイドに脅しを掛けるなんて」 「あ……ごめんなさい」 言われて自分が何をしたのかに気がついて謝るなのは。 「いえ、いいですけど……どうしたんですか? ずいぶんうちの村のお料理が気に掛かっていたみたいですけど」 「それ、私の故郷の料理なの、全部」 「ええっ!」 さすがにルイズも驚いた。シエスタもだ。 「あなたの故郷って……よね」 別の世界、という部分を抜いて問い掛けるルイズ。なのはは頷いて肯定の意を示す。 「ね、シエスタ」 改めてシエスタの方に向き直るなのは。 「あなたのその黒髪黒目、この辺じゃ見かけないけど、誰に似てるの?」 先ほどまでの圧力が抜けたせいか、シエスタは気軽に答えた。 「ひいおじいちゃんです。うちの村では有名人ですよ。ヨシェナヴェとかも、ひいおじいちゃんが持ち込んだものですし」 「味噌と醤油もでしょ?」 「あ、はい。その通りです。ソイ豆から作るんですけど。もっとも村でもワイン作りの合間に少し作っているだけです」 「お願い、譲って。そんなにたくさんじゃなくていいから」 「なのは、また顔が怖くなってる」 二度目の指摘に、なのはの顔が赤くなった。 「……ごめんなさい」 頭を下げるなのはに、シエスタは笑いをこらえるのに必死になってしまった。 「よっぽど気になるんですね。なら次の休み当たりにうちの村に来ますか? ラ・ロシェールの少し向こうの、何もないところですけど」 なのはの目がタバサに向いていた。タバサは少し困った顔をして上を向き……問い掛けるように言った。 「ほかにもこういう珍しい料理知ってる?」 「もちろん! 醤油と味噌があるなら、レパートリーがぐんと広がるもの。伊達に一児の母はしていません」 その瞬間、ルイズをはじめとしてメイド一同に至るまでひっくり返った。 「ちょ、ちょっと待ったあ~~~~~っ!」 「どうかしました?」 しれっとしているなのはに、ルイズは限界まで声を震わせながら言った。 「あんた子持ちだったの!」 そういう顔は蒼白だ。いくらルイズが傍若無人な性格であっても、彼女に子供がいるというのがどういうことを意味するか位は想像が付く。 なのはの歳を考えれば、自分は幼子から母親を奪い去ったと言うことになるのだ。 だがなのはは意外に淡泊そうに答えた。 「ええ、一応。いい子ですよ、ヴィヴィオは」 「あ、あ、あ、あんたねえっ!」 なのははそんなルイズの慌てっぷりを、不自然そうに眺めている。 「子供のこと心配じゃないの!」 「ああ、そういうことですか」 なのはも納得したように返事をする。 「もちろん心配ですよ。でも、放っておけない事態だったら、こうやってのんびりご主人様の使い魔をやっていると思いますか?」 「……そうよね」 ルイズも少し落ち着いて頷く。 「ちなみに子供と言っても養子で、今年7歳。それにちょうど相方がいるときだから、当座の世話は彼女が何とかしてくれると思いますし」 乳飲み子でないと知って、いくらかルイズ達もほっとした。いくら何でもその年だったらシャレにならないどころではない。 「相方?」 キュルケはそこに突っ込んでくる。 「うん、私の親友。同居人でもあるわ。お互い忙しい身だったから、どうしても長期間家を空けることも多かったの。ヴィヴィオを引き取ってからは出来るだけ家にいることにしてたんだけどね。そうも行かないことも多かったから」 「そうなの」 「だからご主人様」 そういうとなのははルイズに向き直った。 「あの子のこともあるので、いずれ私はここを去ると思います……向こうも突然召喚された私の行方を追っていると思いますし。ですがその時が来るまでは、私はあなたの使い魔ですから」 「判ったわ……その時まで改めてよろしくね」 さしものルイズも、引き留めることは出来なかった。 ミッドチルダ、時空管理局。 「一人部隊」とも言われる八神はやては、己の持ちうるすべてのコネを動員して親友である高町なのはの行方を追っていた。 そんな彼女の努力は、ある一つの可能性にたどり着いていた。 「六次次元障壁?」 「ああ。まさかこんなところに繋がるとはな」 答えるのはクロノ・ハラオウン提督。 「はやては[[平行世界]]が何故「平行世界」と言われているのかは知っているかい? 並行世界とも言われるけどね」 その言い方に引っかかりを覚えるはやて。今クロノは、「平行」の部分を言葉だけではなく、ミッドチルダ語でもなく、あえて97管理外世界の漢字、つまりはやての母言語で、しかもわざわざ筆記して指摘した。 つまりはこの部分に重要な意味があるということだ。 「『平行』に重要な意味があるのは判ったけど、どないな意味があるん?」 「ああ。時空管理局が管理している多数の次元世界における、ある原則に関わってくる」 クロノはそこで言葉を切ると、平行線がいっぱい引かれた図を示した。 「この次元世界の特徴……それは『時間の同期』だ」 そういって平行線の一つを指さす。 「つまり、こちらで一日を過ごし、その後97管理外世界で一日を過ごし、またこちらに帰ってくるとする。その時、こちらの時間はちゃんと一日経っている。どの平行世界に行っても、時間がずれることはない」 「そやな」 はやてはその説明に頷く。 「この事実により、各次元世界は五次的障壁で区切られている、というのが基本的な学説だ」 そういってクロノは再び先ほどの平行線の図を示す。 「各世界を零次の点で表し、時間の経過を取ると、世界はこういう線で表される」 首を縦に振るはやて。 「この『世界線』は決して交わらない。これは絶対の定理だ。そして各線を移動しても時間がずれないことが、この世界障壁が五次的なものであることの証明となっていた」 「そういうっていうことは、そうでない場合があるっちゅうことやな」 「説明が早くて助かる。その通りだ」 クロノは姿勢を正すと、言葉を続けた。 「世界線が見たとおりの『平行』であるのは、絶対に交わらない世界線をより上位の視点から見た際、これ以外に置きようがないからだ。但し、これは世界線を仕切る次元が時間を含めた四次元の一次上……五次元であるときに限られる」 そういうとクロノは、空間投影で平行線の書かれた紙の少し上に直線を引いた。 「もしそれよりも高い、六次の障壁が存在するなら、このように各世界に対して『ねじれ』の位置を取る世界線を引ける可能性がある。この場合でも、この線を利用して過去に戻るような真似は出来ないけど、時間の流れを圧縮伸張することは可能になる」 そういうとクロノは、指で各線をなぞる。 「こちらをここから出発し、こちらで一年を過ごして、再びこちらの一日後に帰ってくることは理論上可能だ。逆もね。問題も多いが利益もあるんで、もし存在したとしたら管理局としても最大限の注意を払う事象になる」 「それが今回の件にひっかかったんやな」 さすがにはやてにもそれを察することが出来た。 「先ほど事件現場の遺物に対する調査が終わって、ロストロギア指定が解けたんで情報が上がってきたんだけど、そこになのはが召喚されたときの次元航跡が記録されていた。だがそれは……」 「今までの常識からはあり得ない、六次方向に向かっていた、ちゅう訳か」 「正解だ」 クロノは大きくため息をつく。 「元々六次障壁は、時間が同期している限り、存在しても他の五次障壁と区別することが不可能だったんだ」 先ほどの図の上に、図のラインと平行する形で線を引いてみせる。 「これをみて判るように、縦と横の違いはあっても、それは位置の差でしかない。こちらから見ればそれは同じ壁に過ぎず、五次と六次の差は感知できない」 「同じ壁にしか見えんっちゅうわけなんやな」 「そうだ。けど今回の事件において初めて『証明可能な六次障壁』の存在が確認されたんだ」 「そりゃ大事になりそうやなあ」 ため息をつくはやて。なのはの行方も気になるが、それ以上にその救出に赴くのが難しくなりそうなのが痛かった。 「今のままだと、それなりに時間が掛かる。当然対策チームが組まれるから、あと一ヶ月はかかるな」 「はあ。難儀やなあ」 「一歩間違えば次元遭難することになるからね。旗艦に使う船も優秀で且つ万一に惜しくない物をということになる」 そしてそこでクロノは何故かにやりと笑った。 「さてはやて。僕はそのためのプロジェクトに対して責任者に任命されることになった。旗艦はなんと懐かしき『アースラ』だ。来るかい?」 「なにをいまさらや! 密航してでもついてくで!」 「そういうと思ったよ。それにはやて、今回の航行は時間が同期していない。逆に言えば、なのはがあちらに召喚された直後に追いつくことが可能だと言うことだ。データの都合上先回りは不可能だけどね」 「つまり、慌てる必要はない、と」 「ヴィヴィオの面倒を代わりに見ているフェイトのこととかもあるから、そう時間は掛けられないが、少なくとも僕らの知るなのはに会えないということはないはずだ」 この発見により、本来は付かなかったはずの予算も付いたという部分は秘密にするクロノ。 いくら何でもそれは無粋だ。 「データ解析に時間が掛かるから、まだまだ出発には時間が掛かる。だけど向こうの世界には出来るだけなのはの召喚直後を狙うぞ。召喚形式からして、向こうに知性体が存在している可能性はかなり高い」 「なのは、大丈夫やろか」 「生活環境が合わないと言うこともないと思うが、鏡像異性体問題みたいな事が無いとも限らないからな」 「要はこちらで少し遅れても、あちらの時間を合わせることが肝心なんやな」 「その通りだ」 ミッドチルダからのなのは救援部隊は、アースラを旗艦として未知の世界へと向かうことになる。 だが、彼らがなのはと再会するのは、もう少し先のこととなる。 天文学的現象の誤差という物は馬鹿に出来ない量になるからだ。 #navi(ゼロと魔砲使い)