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毒の爪の使い魔-48 - (2009/08/03 (月) 18:49:25) のソース
#navi(毒の爪の使い魔) 「おい、起きろ!」 身体を強く揺すられ、アンリエッタはまどろみから覚めた。 辺りはすっかり暗くなっており、頭上には満天の星空が広がっている。 目の前にはジャンガ。その左手の上にはあの伝言ロボとやらが乗っている。 「返事が来たのですか?」 ジャンガはンガポコを見る。 「オイ、もう一度伝言再生しろ」 『ンガ。『三十分後に最終便が出る。陛下を連れてロサイスまで来てくれ。…陛下を頼むぞ』以上です、ンガ』 ジャンガはため息を吐く。 「三十分…、これまた中途半端な時間だゼ」 対してアンリエッタは微笑んでいた。今の声がアニエスの物だという事が解ったからだ。 「アニエス…、ありがとう」 「おら、泣いてる暇があったらよ、とっとと背に乗れってんだ」 「はい」 ジャンガの背におぶさり、首に手を回してしっかり掴まる。 「じゃ、行くゼ」 「お願いします、ジャンガさん」 立ち上がり、ジャンガは勢い良く駆け出した。 夜空を見上げるガーレンの元へ、ンガポコが飛んでくる。 『ジャンガとアンリエッタ女王が移動を開始しました。ンガ』 ガーレンは含み笑いをする。 「前回は同士討ちなど行ったが、今度はない。調整は済んでいるからな」 手にした杖をクルクルと回す。 「アルビオンの歴史上、最高にして最悪の宴を開こう。主賓はアンリエッタ女王、貴様だ」 クルクルと弄んでいた杖を構え、先端を地面に突き立てた。 虫の音一つ聞こえないほど静まり返ったシティオブサウスゴータの街。 ブゥゥゥーーーン! 静寂を破って響き渡る機械音。 あちらこちらの暗闇に黄色い輝きが次々に点る。 崩れ落ちていた人形が、繰り手を見つけたかのように、幾つもの巨大な影が立ち上がる。 街のあちこちに居るマジックマギが同時に杖を振った。 規則正しく聞こえていた唸り声とも取れそうな鼾が次々に途切れる。 地獄から響いてくるかのような、おぞましい呻き声が聞こえ出した。 森を駆け抜け、草原を走り、五分も経たないうちにシティオブサウスゴータの街が見えてきた。 その街を見て、ジャンガは全身の怪我ざわつく感覚に襲われる。 嫌な感じだ…、昼間とはまるで別の場所の様だ。 それはなにも夜だからと言う、視覚的な感覚なものではない。 虫の知らせとも言うべき”第六感”が知らせてくるのだ。 速度を落とし、話が出来るギリギリのスピードにする。 「おい…」 「…何ですか?」 「少しばかり揺れるからよ、シッカリ掴まってな」 「は、はい」 言われてアンリエッタはジャンガにシッカリと抱きつく。 ジャンガは再度速度を上げ、シティオブサウスゴータの街に入った。 街に入った瞬間、四方八方から黄色の閃光と超高温のブレスが飛ぶ。 それらは互いにぶつかり合い、大爆発を巻き起こす。 炎に照らされながら、ボックスメアンが、キメラドラゴンが闇から次々と這い出してくる。 ズババン! ボックスメアンの頭部が、キメラドラゴンの首が、立て続けに切り裂かれる。 その背後にジャンガは着地した。 レーザーとブレスの着弾より一瞬早く、ジャンガは大きく跳躍。 そのまま二発の特大のカッターを放ち、ボックスメアンとキメラドラゴンを切り裂いたのだ。 ジャンガは崩れ落ちるボックスメアンや、悲鳴を上げるキメラドラゴンには一瞥もせず、そのまま走り出す。 瓦礫を乗り越え、切り裂き、更に駆ける。 キメラドラゴンが二匹、上空から飛び掛ってきた。 無数の首が伸び、牙を剥き出しにして食いついてくる。 ジャンガは大きく跳躍する。目標を見失った首は地面を噛み砕く。 そのまま伸びた首を飛び石を渡るように上り、瞬く間に上空の身体の所へと辿り着く。 飛び上がり、大きく一回転。そのまま強烈な踵落としの二連発を食らわせる。 踵落としの勢いそのままに、二匹の身体が大地に叩きつけられた。 ジャンガは、やはり一瞥もしない。 今度は建物の影からボックスメアンが両腕を伸ばしてきた。 しかし、ジャンガは止まらない。宙を舞い落ちる木の葉のようにかわす。 鉤爪が空を切り、クロスボウが何も居ない空中に空しく矢を飛ばす。 それらの腕のコードは、丁寧に毒の爪で微塵切りにされた。 それでも逃がさないとばかりに、ボックスメアンはレーザーを発射しようとした。 が、ジャンガが撃ったハンドライフルの弾丸に頭部を吹き飛ばされた。 そんな刹那の攻防を繰り返しながら、ジャンガは駆けた。 そして十分後…、遂にシティオブサウスゴータを抜けたのだった。 シティオブサウスゴータからキメラドラゴンの咆哮がし、周囲に木霊する。 それはまるで獲物に逃げられた事に対する無念の叫びのように聞こえた。 ジャンガはそれを鼻で笑う。 (これで後は真っ直ぐ進むだけだな…、案外簡単だったゼ) 更に速度を上げつつジャンガは駆け続けた。 これでゲームセット。この下らない戦争ともお別れだ。ジャンガは勝利を確信する。 (そう旨くは行かないのが世の常だ…) 「何ッッ!?」 ジャンガは目の前の地面が突然隆起したのを見て、ジャンガは慌てて立ち止まり、後ろへ大きく飛び退く。 「きゃあ!?」 突然の衝撃にアンリエッタが悲鳴を上げる。 距離を取り、ジャンガは眼前を見据えた。 隆起した地面が吹き飛び、まず巨大な二つのドリルが現れる。 続いて巨大な生物の眼球のようなパーツ、黒光りするドーム状のボディが姿を見せた。 それは、全長二十メイルに達しそうな巨体を誇る物体だった。 アンリエッタは見た事も無いその謎の物体に目を見開く。 「何ですか…これは?」 「チィッ! バグポッドDかよ!?」 ジャンガは歯噛みした。 『バグポッドD・クロウラーモード』――ガーレン製造の巨大虫型メカ。 頑丈そうな見た目どおりの分厚い装甲を持ち、並大抵の攻撃は軽く弾いてしまう。 ボディ前面に取り付けられている二つのドリルは破壊力抜群。 一つ目の様なパーツは強力なレーザー光線『ガーレンビーム』の発射口となっている。 また、内部には多数のガレンヴェスパ、ガレンビートルが格納されており、いつでも射出が可能。 ガレンビートルに目標を捕獲させ、ガーレンビームの発射口の前に連れてくるなどその使い方は極悪。 変形機能を持ち、スパイダーモードと言う別形態に変形可能。 「ガーレン! テメェが自分から出てくるとはよ…驚きだゼ!」 ジャンガはバグポッドDのボディの上部に存在するコックピットに向かって叫ぶ。 ドーム状の青い強化ガラスの向こう、ガーレンが笑いながら操縦桿を握っている。 「グハハハ、ご苦労だったなジャンガ。キメラドラゴンとボックスメアン、 二つの脅威に晒されながら実に見事な生還だ、素直に賞賛しよう」 「テメェに褒められても嬉しかネェ。…ってか、テメェはウゼェ」 「ほぅ? ”向こう”ではお互い協力し合い”ナハトの闇”を目覚めさせようとしたと言うのに…連れないものだ」 ジャンガは唾を吐き捨てる。 「ケッ、向こうの事はもう終わりだってんだよ。だいたいよォ…あんな連中に邪魔されておいて、 よくもまぁノコノコ出てこれるよな、あ? 俺の苦労無駄にしまくりやがってよ!!? 悔しくネェのか!?」 「フン、我輩は一つの敗北に拘ったりなどしない。一つの敗北と失敗は更なる勝利と成功で塗り潰せばよいのだ。 そして…ここでそれらは得られる。ナハトの闇は蘇るのだ!」 (ナハトの…闇?) ガーレンの口から出た名前。それにどのような意味があるかはアンリエッタには解らない。 だが、何故だかその言葉に不吉な感じを彼女は覚えたのだ。 「おいおい、ここは俺達が居たとことは全くの別世界だゼ? ナハトの闇なんか蘇らせるわけが無いだろうが…」 ジャンガの言葉にガーレンは笑う。 「ククク、それが出来るとすれば…どうかね?」 「ンだと?」 「残念ながら出来るのだよ…、ナハトの闇…その復活。その為に果てしなき時間をかけてきたのだ。 そして、ナハトの闇の復活の為には他者の怒りや苦しみ、恨みや悲しみ、妬みなどの負の感情――悪夢が必要なのだ。 多量の悪夢が集まれば…ナハトの闇はより一層の力を持ってこの世に復活する。 このアルビオンとトリステインの戦争もまた、その目標の為のプロセスの一つに過ぎん」 「あ、あなたは…そんな理由で戦争を起こしたのですか!?」 アンリエッタの言葉にガーレンは頷いた。 「その通りだ、アンリエッタ女王。我輩は己の目的の為ならば、全てを犠牲にする事が出来る。 それ故に我輩はナハトの闇の所有者に、世界の支配者にふさわしいのだ」 昂然と言い放つガーレンの姿を見て、アンリエッタは戦慄する。 ――この男は本気だ。自分の目的の為には手段を選ばず、必要とあれば赤子でさえ犠牲に出来る。 このような考えが出来る者が居るなど…アンリエッタは知らなかった。 感じた事の無い狂気を覚え、アンリエッタはごく自然に身体を震わせた。 震えるアンリエッタを見据えながらガーレンは言い放つ。 「そして、支配者は一人で良い! 他の者はいらぬ!」 ガーレンは操縦桿を倒す。バグポッドDのドリルが伸びる。 ジャンガは反射的に飛び退く。一瞬後、ドリルが地面を抉った。 地面を滑走しながらジャンガはバグポッドD――ガーレンを睨み付ける。 「やる気かよ?」 「我輩は貴様を殺すわけではない。貴様の背中の小娘を殺すのだ。無能の分際で有能の真似事をするなど滑稽の一言。 そんな支配者たる器でない者は死するべきだ。そして有能な人間にその役目を譲り渡すべきなのだ」 「ウェールズとかもそうだってのか?」 「旧アルビオン王家の皇太子か…。貴様が回収などしなければ、アンドバリの指輪で生ける屍にして使っていたのだがな。 死を選んだ分際で、無能を励ますなど…無駄な行為をしてくれる。まぁ、本人が救いようの無い無能だからだろうがな」 「――ッッッ!!?」 アンリエッタは頭に血が上るのを感じた。 だが、アンリエッタが怒鳴る前にジャンガが口を開く。 「アンドバリの指輪…? テメェなのか、水の精霊の指輪を奪ってったクロムウェルってのは?」 「クロムウェルはレコン・キスタの総司令官の名だ。…前回のタルブの戦で戦死したがな」 本当は彼が止めを刺したのだが、そこは言ったりはしない。 「指輪はこちらで管理していたが…いつの間にか偽者と摩り替っていてな。現在、その所在は不明だ」 「ずさんな管理だな…」 「まったくだ。そこは同意してくれて構わぬ」 ガーレンはわざとらしい動きで肩を落とす仕草をした。 「まぁ、指輪の事は今はいい」 「俺はあんまり……いや、やっぱりいいか」 頭を掻きながら、アッサリと指輪の事の追求を止めた。 面倒だと言う事もあるが、そんな事をわざわざ話す相手ではない、と解っているからだ。 ガーレンはジャンガを見据える。 「ジャンガ、そろそろ偽善も終わりにしないか?」 「あン?」 ジャンガは怪訝な表情をする。 「貴様らしくないではないか…、今行っているような偽善に身を投じて貴様に何の利益がある? 力ずくで奪い、恐怖を与えるのが貴様ではなかったのか? 今の貴様は我輩からすれば非常に滑稽だ」 「滑稽ね…。ジョーカーも似たような事を言ってたゼ。…悪いが、俺は正義の味方になったつもりはネェ。 偽善を振りまいてるつもりもネェ。俺は俺の好きな事をやってるだけだ。 それがただ、こいつらにとっての正義の味方みたいに見えるだけさ。キキキ、正義なんざ下らねェしよ」 「ほぅ…、その割には貴様は随分と熱心になっている感じはするが?」 「そりゃ、お気に入りの玩具取られりゃムカつくゼ。…正直、俺はテメェに心底腹が立ってるんだ」 「ふむ…」 ガーレンは顎に手を沿え、暫し考え込む。 そして、再度顔を上げると操縦桿を握り、押し倒した。 ドリルが唸りを上げ、ジャンガの居る場所へと叩き込まれる。 それを飛び退いて避けるジャンガ。 アンリエッタは振り落とされないように、シッカリとジャンガに掴まる。 ジャンガは鋭い視線をガーレンに向けた。 「これがテメェの答えか?」 「邪魔をするなら貴様と言えど排除する。言ったはずだ…、我輩は己の目的の為に全てを犠牲に出来るのだ」 ガーレンは狂気の混じった笑みを浮かべる。 その顔を見てジャンガは心底嬉しそうに笑い出した。 「いいゼェ~? 掛かってきな…。俺もテメェには玩具奪われた借りと扱き使ってくれた借りがある。 正直、テメェの姿を見た時から…その首刎ねたくって、ウズウズしてたんだよッッッ!!!」 両目をあらん限り見開き、怒りと笑みが混じった複雑な表情でジャンガは叫ぶ。 ガーレンもまた、笑いながら叫ぶ。 「グハハハハハハ! いいだろう、昔の仲間の好だ! 楽に死なせてやろう、ジャンガ!」 コンソールにある、ボタンの一つを押す。 バグポッドDの一つ目を模った砲身が輝き、強力なレーザー光線『ガーレンビーム』が放たれた。 ジャンガはそれを反射的に飛び退いて避ける。 美しいエメラルドグリーンに輝く破壊の閃光は、射線軸上に在った全ての物を消滅させる。 そして遥か彼方にあった一つの山の形を変えてしまった。 その凄まじい威力にアンリエッタは呆然となる。 「な、何てこと…」 「チィ…、やっぱり強化済みか。まともに受けたら毛の一本も残らねェな…こいつはよ。オラッ!!!」 ジャンガはバグポッドDに飛び掛る。 カッターを放つが、それは回転するドリルに掻き消される。 分身し、四方からカッターを放ち毒の爪で切りつける。 だが、頑強な装甲はビクともしない。 ならば…と、コックピットを狙うが、強化ガラス製ゆえ引っ掻き傷がつくのがやっとだ。 ガーレンは別のボタンを押す。 後部ハッチが開き、無数の虫型メカが飛び出した。 ガレンヴェスパとガレンビートルだ。 ハチ型のガレンヴェスパはジャンガ目掛け、高速で体当たりを仕掛けてくる。 それらをジャンガは毒の爪で切り裂き、蹴り飛ばしながら応戦する。 だが、数が数だ。分身してもまるで効率が上がらない。 次第に焦りが見え始めたジャンガにガレンビートルが取り付く。 「チィッ!」 「きゃあっ!?」 ガレンヴェスパの体当たりで敵を翻弄し、相手の動きが鈍った隙にガレンビートルで捕獲するコンビネーションだ。 ジャンガは振り払おうともがくが、ガッチリと掴んだアームは外れそうにない。 アンリエッタも杖を握った腕を押さえられている。 ガレンビートルはバグポッドDの砲身の前に突き出された。 ガーレンビームはその威力ゆえにエネルギーの消耗が激しく、連射が効かないのが欠点である。 それ故にガーレンは捕獲機体のガレンビートルを開発し、その欠点を補ったのだった。 動く的は動かなくすればいい…、単純な発想であるが故に実用性は高い。 本格的にやばくなった事を悟り、ジャンガは焦る。 しかし、どんなに暴れてもアームは外れる気配を見せない。 砲身に輝きが集まり始めた。 見る者をウットリとさせる美しい輝き…。だが、それは全ての者を無に帰す破壊の光だ。 ジャンガは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。 「クソが!!!?」 「さらばだ、ジャンガ! そして、アンリエッタ!!」 ガーレンが叫ぶ。 輝きは頂点に達しようとしていた。 「嫌ぁぁぁーーーー!!!」 アンリエッタは悲鳴を上げながら目を閉じる。 その瞬間、地響きのような音が聞こえたが、アンリエッタは気にする暇も無かった。 目を閉じた事で視界には何も映らなくなり、ただ暗闇だけが広がる。 自分はまだ生きてるのだろうか? それとも既に死んでしまっているのだろうか? 解らない…、痛みも衝撃も何も来ないのだ。 先程の光が放たれた時に鳴り響いた轟音は聞こえたから、あの光は放たれたのだろう。 衝撃も痛みも無いからと生きているとは限らない。…それらを感じる暇も無いうちに死んだのかもしれないのだから。 生きているのか…、死んでいるのか…、考えても解らない。 目を開けるのが一番簡単ではある。だが…アンリエッタは目を開けるのが怖かった。 自分が死んでいたら…と、胸の内が不安でいっぱいなのだ。 それでもアンリエッタは意を決し、大きく深呼吸をして目を見開いた。 そして、アンリエッタは目の前の光景に驚く。 身の丈三十メイルはあろうかという巨大な土ゴーレムが、自分達の目の前に姿を現していたのだ。 ――少し時間を遡る…、最初のガーレンビームが発射された直後のロサイス。 「な、何よ、今の音!?」 未だに姿を現さないアンリエッタ(とジャンガ)の事を心配していたルイズは、突然響き渡った轟音に驚く。 砲撃の音とも違う。しかし、爆発音のようにも聞こえた。 ふと、モンモランシーが呆けた様な表情になっているのに気が付いた。 「どうしたのよ、モンモランシー?」 「モンモランシー、しっかりするんだ!?」 ルイズやギーシュが声をかける。 モンモランシーは自分の目線の先を指し示す。 釣られて示された方向へ顔を向けるや、ルイズもキュルケもギーシュも唖然となった。 ――遥か彼方に在る山の頂上が不自然な形に抉れていた。 まるで砂の山をスコップで抉ったような感じだ。 「な、何の冗談だ…あれは?」 ギーシュも呆然と呟く。 先程の轟音があの抉られた山と関係があるならば、どういった物があんな事を可能にするのだろうか? 魔法でも大砲でも、山の形を変えられるほどの威力が得られるなど、常識では考えられない。 その時、二度目の轟音が轟いた。突然の事に全員が身をすくめる。 「もう、何が起こってるのよ!?」 「わたしに任せて」 タバサはそう言うと、口笛でシルフィードを呼ぶ。そして、その背に乗るとロサイスの上空へと飛び上がる。 目を凝らすと遥か遠方に何か巨大な物がいる。 ズバ抜けた視力を持つシルフィードはそれが何か気が付いたらしく、きゅいきゅい、と喚く。 タバサは『遠見』の呪文を使おうとし、止めた。シルフィードと感覚の共有を行う方が、精神力を無駄にしないですむからだ。 目を閉じ、意識を集中させるとシルフィードの視界が見えた。 そしてタバサは驚愕した。驚きのあまり、視界の共有を思わず解いてしまう。 何故此処に? と思わず考えてしまう。 だが、驚いている暇は無い。事態は一刻を争う。 タバサは逡巡し、シルフィードに指示する。 シルフィードは全速力でその場を飛び去った。 「こんな所で逢うたァな…、借りを返しにでも来たのかよ?」 ジャンガは自分の目の前に立つ、巨大なゴーレムの肩に乗った人影に向かって言う。 人影は振り替えるや、薄く笑った。 「まぁ…ここらで暴れられると困るってのが本音さ。助けたのはついでだよ。 あんな『破壊の箱』なんかよりも物騒な物を、あっちこっち撃たれたらたまらないからね」 その人物の顔を見て、アンリエッタは驚いた。 ゴーレムの肩に乗った人物…、それは以前トリステイン中を騒がせた怪盗『土くれ』のフーケその人だった。 「あなたは…フーケ。どうしてここに?」 「あんたとも久しぶりだね、アンリエッタ姫殿下。いや、今は女王陛下だったね?」 言いながらフーケは手にしたタクトの様な杖を振る。 その途端、ジャンガとアンリエッタに纏わり付いていた、ガレンビートルが残らず土くれに変わる。 自由の身になったジャンガは地面に着地する。 それを見据えながら、フーケは口を開く。 「これで貸し借り無しさ」 「キ、いいだろ。ま、いい所にやって来たのは褒めてやるゼ」 そう言って、ジャンガはバグポッドDに向き直った。 コックピットの中でガーレンは顎に手を沿え、フーケを見つめている。 「フム、このような所に…いや、このような所――サウスゴータだからこそ、現れても不思議ではないか」 言いながらガーレンは笑う。 「故郷に帰って来た気分は如何かな? マチルダ・オブ・サウスゴータ」 嘗ての名を呼ばれ、フーケの表情が僅かに険しくなる。 ジャンガはそのガーレンの言葉を聞き、疑問を感じた。 「オイ、ちょっと待て? 今のはそのコソドロの名前か? サウスゴータってのは確か…あの街を中心とした一帯を指すんだろう。…って事は、フーケは貴族だってのか?」 「ククク…、”元”貴族だ。彼女はアルビオン王家に使えていたのだがな…とある事情で貴族の位を取り上げられたのだ」 フーケは驚き、大きく目を見開く。 「なんで、お前がそんな事を知っているのさ!?」 「我輩に知らぬ事など無い。…貴様が貴族から没落したのが、王家の命令に背いたという事もな」 「命令に背いただ?」 怪訝な表情のジャンガにガーレンは頷く。 「そうだ、とあるものを『差し出せ』と言われた。だが、彼女の父は反対し、結果アルビオン王家に全てを奪われたのだ」 ガーレンの話にフーケは苦虫を噛み潰したような表情になる。 「それが『土くれ』のフーケを名乗る原因の一つとなったのだ」 「…復讐か?」 「そのとおりだ。まぁ…実際はもっと細かい理由は在るだろうが、大まかなところはな。 宝を奪われ、名誉や誇りを傷つけられ、右往左往する貴族の者達を見て嘲笑う…、実にバカらしい事だ。 我輩からすれば、そんなものは子供の悪戯と何ら変わり無い。到底、人の苦しみや悲しみを生み出す事は出来ない」 フーケはガーレンを睨みつけながら叫ぶ。 「黙りな! 私のやっている事にケチをつけたいんなら、私と同じ苦しみを経験してから言うんだね!」 フーケは怒鳴るが、ガーレンはまるで動じていない。 「そうだな、そうだとも。他人の事を理解するにはその者と同じ立場に立たねばならない…。 故に貴様の苦しみを理解する者はこの世には居ない。全て死した後だからな」 「あんた…」 「そんな貴様にも良心という物は有るのだな。唯一残った家族とも言うべき者に、金を送っているのだからな。 盗んだ金品から得た物で」 「仕送りね…、盗賊やってた理由のもう一つはそれか」 「そうだ。もっとも、最早彼女は盗賊はできぬだろうがな」 フン、と鼻を鳴らし、ジャンガはフーケを見る。 ラ・ロシェールで見た彼女の寂しげな表情から感じた物…、それは間違いではなかったようだ。 『破壊の箱』を盗んだ時は、ガキ連中を一人残さず殺そうとした奴にも”大切な物”と言うのは在るらしい。 と、バグポッドDが動き出した。 「マチルダ――否、フーケよ…邪魔をするならば貴様にも死んでもらう」 「お生憎だね。まだ死ぬには私は若すぎるさ」 「ふざけた事を…」 ドリルが唸りを上げて回転し、ゴーレムへと叩き込まれる。 「ゴーレム!」 フーケの指示に従い、ゴーレムは両腕で二本のドリルを掴む。 「グハハハハハ! 土のゴーレム如きで、我輩のバグポッドDが止められるものか!?」 ドリルの回転速度が上昇する。 掴んでいる両手が削られ、土くれとなってボロボロと零れ落ちていく。 フーケは苦々しい表情でバグポッドDを睨み付ける。 ジャンガはバグポッドDの側面目掛けて蹴りを叩き込もうと、跳躍するべく両足に力を込めた。 次の瞬間、猛スピードで突っ込んできたシルフィードが、バグポッドDに猛烈な体当たりを食らわした。 「なっ!?」 「何だと!?」 呆気に取られるジャンガ。珍しく驚いたガーレンの声が響く。 バグポッドDはバランスを崩す。 その決定的な隙を見逃すフーケではない。 ゴーレムはドリルを握った両腕を力の限り振り回し、力一杯放り投げた。 数十メイルの距離を投げられ、バグポッドDは地響きと共に地面に落下した。 それを一瞥し、ジャンガはシルフィードの方に顔を向ける。 その背の上には案の定、タバサが乗っていた。 シルフィードは体当たりで多少ふらついているみたいだが、何とか大丈夫のようだ。 ゆっくりとした羽ばたきで地面に降り立った。 「よォ、こんな所までご苦労さん」 ジャンガはシルフィードから下りてきたタバサに向かってそう言った。 「他の奴等はどうした?」 「慌ててたから、連れて来れなかった」 「ほゥ? ま、それでいいさ。今の姫嬢ちゃんを見たら、また色々とぐちぐち言いそうだしよ」 そう言って、背中のアンリエッタを見る。 マジックアローが刺さった肩口からは血が流れ、ガレンヴェスパの体当たりを受け、 ガレンビートルのアームに強く掴まれたドレスはボロボロだ。 ルイズが見れば憤慨したのは間違いないだろう。 その時、土埃の向こうからバグポッドDが姿を見せた。 「グハハハハ! どうやら、また邪魔者が現れたようだな…。誰だ? シャルロット”元”王女か?」 ガーレンの言葉にタバサは表情を険しくする。 ガーレンの笑い声は止まらない。 「グハハハハ! いいだろう、貴様の悪夢もナハトの闇に取り込んでやろう。そして、悪夢の中で家族と再会するがいい!」 二つのドリルを唸らせながら、バグポッドDが突進する。 ジャンガは背中のアンリエッタを下ろし、シルフィードの上に乗せる。 シルフィードは慌てて空へとを飛びたつ。 それを見届け、ガーレンを迎え撃つべく、構えようとするジャンガの袖をタバサが引いた。 「なんだ?」 「フーケは?」 ジャンガはチラリとフーケを見上げる。フーケと一瞬目が合うが、フーケは直ぐにバグポッドDへと視線を戻した。 それを見届け、ジャンガは笑う。 「ま、とりあえず敵じゃねェ。敵なら、俺はとっとと切り裂いてるゼ」 「…解った」 納得したタバサは杖を構え、バグポッドDを迎え撃つ準備を整えた。 「あんまり時間は掛けられネェ…、例の化物や主力に来られると面倒だ。即効で片付けるゼ!」 #navi(毒の爪の使い魔)