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アクマがこんにちわ-20 - (2012/01/27 (金) 08:42:43) のソース
#navi(アクマがこんにちわ) ルイズ達はアルビオン所属の軍艦『イーグル』号へ招かれた。 変装を解いたウェールズは、船長室の床に転がっていた魔法の杖を腰に下げる。 ルイズはその杖を見て、改めて眼前の人がウェールズ皇太子である確信を得た。 アンリエッタの杖とウェールズの杖は、細かい意匠こそ異なるが、魔力を蓄積する水晶だけは共通しているのだ。 ルイズがごく自然な動作で跪くと、それに習って人修羅もデルフリンガーを床に置いて、ルイズの斜め後ろで跪いた。 ワルドはルイズの傍らで、魔法衛士隊の帽子を脱いで胸に当て、直立している。 「大変、失礼をば致しました…」 空族の変装をしていたとしても、人修羅が皇太子殿下に剣を突きつけた事実は覆らない、ルイズは心底申し訳ない気持ちでウェールズに謝罪した。 対照的に、ウェールズは清々しさを感じる笑顔をルイズに向けた。 「ははは! なに、大使殿に害をなそうとした空族に剣を突きつけたのだ、むしろ彼は賞賛されるべきだろう。 彼は使い魔として召喚されたと言っていたが…」 「は、はい、人修羅は私が召喚した使い魔でございます」 「なるほど!彼のような使い魔を召喚するとは、大使殿は余程のメイジに違いない」 「もったいなきお言葉にございます」 ルイズは申し訳ないやら恥ずかしいやらで、思わず声が震えた。 ちらりと、ウェールズが人修羅の姿を見る。 背負っていた剣を置き、片膝を付いて跪き恭順の意を示しているが、彼がひとたび力を発揮すれば武器など無くともこの船を瞬く間に破壊し尽せるだろう。 (このような戦力が一人でも我が軍に居れば…) そう思いかけたところで、ウェールズは自分の考えを恥じた。 もはやアルビオン王党派の勢力は、貴族派の十分の一、いや百分の一以下しか無い。 王党派が負ければ、貴族派が次に狙いを付けるのはトリステインであることは間違いないはずだ。 その時、彼はその卓越した力を、どのような形であれ必要とされるだろう、滅び行く国の戦いに巻き込んではいけない。 ウェールズはルイズに視線を戻すと、穏やかな口調で話し始めた。 「言い訳になってしまうが、外国に我々の味方の貴族がいるなどとは、夢にも思わなかった。大使殿に混乱を与えたのは我々の落ち度だ、皇太子として謝罪したい。 君たちに落ち度がない事を明らかにするためにも、我々がどうして空賊風情に身をやつしているのかを話さねばならないだろう」 ルイズは、ほんの少し視線を上げた。 「金持ちの反乱軍には続々と補給物資が送り込まれている。敵の補給路を絶つのは戦の基本…だが、堂々と王軍の軍艦旗を掲げ補給路を断つべく船を動かしても、圧倒的な大群に囲まれてしまうだろう。 空賊を装うのも、いたしかたない。そう思ってくれぬか」 ウェールズは、イタズラっぽく笑って、そう言った。 「何事もなければ帰りの風石を与え解放するつもりだったがね」 話を聞いて、ようやく落ち着いたのか、ルイズは意を決して顔を上げた。 ワルドはルイズの動きに合わせて一歩前に進み、口を開いた。 「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました。私はトリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵」 改めてルイズたちを紹介するため、優雅に掌を見せてルイズ達へと視線を促す。 「こちらが、姫殿下より大使の大任を仰せつかった、ラ・ヴァリエール嬢。そしてその使い魔の少年にございます。殿下」 「なるほど。 君たちのように立派な貴族が、私の親衛隊にもう十人もいれば、王党派の惨めな今日を迎えることもなかったろうに」 ウェールズは感慨深そうに呟くと、ワルドからルイズへ視線を戻し声をかけた。 「して、その密書とやらは?」 慌てて、胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出すと、ルイズは恭しくウェールズへと近寄る。 ルイズは一礼して、手紙をウェールズに手渡した。 ウェールズは、その手紙にアンリエッタの花押があるのを確認すると、愛おしそうに花押に接吻して、慎重に封を開いた。 中から便せんを取り出すと、真剣な表情で手紙を読み始めた。 「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……、従妹は」 顔を上げたウエールズは、無言で頭を下げるワルドを見て、肯定の意を汲んだ。 再び手紙に視線を落とすと、最後の一行まで読み切り、手紙に微笑んだ。 読み切った手紙を封に仕舞うと、ウェールズはルイズ達を見て告げる。 「了解した。姫は件の手紙を返して欲しいとこの私に告げている。姫から貰った手紙は私の宝でもあるが、姫の望みは私の望みだ。」 その言葉を聞いて、ルイズは安堵だけでなく、自分が大役を果たしたという喜びを得、表情を輝かせた。 「…しかしながら、今、手元にはないのだ。今日のようなことがあっては申し訳が立たぬので、空賊船に手紙を連れてくるわけにはいかいのだ」 ウェールズは笑って言ったが、ルイズはほんの少し顔が引きつった。 「多少、面倒ではあるが、諸君にはニューカッスルまで足労願いたい」 ◇◇◇◇◇ ルイズ達を乗せた『イーグル』号は、浮遊大陸アルビオンの海岸線に添って航行していた。 海岸線と言っても、海に当たるのは海水ではなく、雲海である。視界の塞がれる雲の中を淀みなく進む技は、人修羅を感心させた。 もっとも、人修羅はボルテクス界で高いところから飛び降り死にかけた経験があるので、外は見ても下を見ようとしなかった。 三時間ばかり進むと、大陸から突きだすようにそびえる岬が見えた、その突端には高い城がそびえ立っている。 「ずいぶん城壁がやられてるな」 「…見えるのか?」 人修羅が何気なく呟くと、いつの間にか隣に立っていたウェールズが、不思議そうに声をかけてきた。 「ああ…じゃなくて、はい多少なら見えます」 「はは、無理に口調を正さなくてもいい、先ほど大使殿に聞いたが…君はハルケギニアから遥か離れた東方から召喚に応じたとか」 「そんなところです」 「東方には君のような兵がいるのか、エルフと戦いを繰り広げていると聞いたが、その強さなら納得がいく」 ウェールズは感心したように呟くが、人修羅はどうしたものかと苦笑いを浮かべた。 「ハルケギニアで語られている東方とは違うと思いますが…俺みたいなのは本当に特殊な例ですよ」 「ふむ…」 ウェールズは得心したのか、それ以上は聞いてこなかった。 「ところで、『マリー・ガラント』号の船室に女性が寝ているはずですが」 「ああ、報告はされているよ。意識が朦朧(もうろう)としていると聞いたが」 人修羅の質問に、気さくに答える。 「あの人は本来、ラ・ロシェールで我々を見送るまでが仕事でした。傭兵に追われ怪我をしたので、船に連れてきたのは不本意だったんですが…」 「ふむ…そのあたりの事情は考慮しよう」 「ありがとうございます」 人修羅が礼をすると、かまわないよと言ってウェールズが笑った。 その笑みに裏表は感じない、王子にしてこの人当たりの良さは、アルビオンの気風なのだろうか、それともこの皇太子殿下だけがそうなのか。 「名を伺ってもいいかな。改めて我が『イーグル』号を一人で制圧した君に敬意を示したい」 「…人修羅、ヒトシュラと名乗ってます」 「人修羅、君のような武人と出会えたこと、このウェールズ・テューダー、始祖に感謝しよう」 そう言って、ウェールズは握手を求めてきた。 人修羅は戸惑ったが…誠意を返すべく、その手を握った。 二人の手に、力がこもった。 ◇◇◇◇◇◇◇ その後しばらくして、甲板で見張りを続けていた人修羅の目に、不思議なものが見えた。 「ん…?」 雲の向こうに何かがある…そう睨んだ人修羅は、目を懲らして雲の向こうを視ると、そこには巨大な船が見える。 それを船員に伝えると、船の見張りに立っていた船員が何かを知らせ、船はアルビオンの大陸下に潜り込むような航路を取り始めた。 ウェールズは後甲板にいたルイズ達に近づくと、岬の突端にある城がニューカッスル城であることを説明した。 目的地が見えているのに、船が大陸の下へと潜り込むのを不思議に思ったルイズは「なぜ、下に潜るのですか?」と質問する、するとウェールズは城の遥か上空を指さした。 遠く離れた岬の突端、その更に上空から巨大な船が降下してくるのが見えた、軍務を経験しているワルドはその巨大さに驚きを隠せなかったが、ルイズは巨大さを確認することはできても実感が沸かないのか目を点にするばかりだった。 「今は叛徒どもの船、かつての本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だ。叛徒が手中に収めてからは『レキシントン』と名前を変えている」 人修羅は目を懲らして船を視る、なるほど旗艦とされるだけあって、その巨大さは目を見張るものがある。 側面に備えられた大砲の数を数えながら、ボルテクス界へと変容する前に見かけた『飛鳥』や、本で見た『クイーン・エリザベス』と比較してどの程度の大きさだろうかと、ついくだらないことを考えてしまう。 「レキシントンとは、やつらが初めて我々から勝利をもぎとった戦地の名だ。よほど名誉に感じているらしいな」 ルイズ達はその巨大さに、禍々しさを感じていた。 長さは、『イーグル』号の優に二倍はあるだろう、帆を何枚もはためかせ、ゆるゆると降下している。 そうかと思うと、ニューカッスルの城めがけて舷側に並んだ砲門を一斉に開いた、数秒送れて、どこどこどこどぉーん…と一斉射撃の振動が伝わってくる。 砲弾は城壁を砕き、煙を出させている。おそらく小さな火災が発生しているのだろう。 ウェールズは微笑を浮かべて言った。 「あの忌々しい艦は、ああやって嫌がらせのように城へと大砲を浴びせるのだ、空からニューカッスルを封鎖している以上、城へは近づくことも出来ない」 人修羅は視線を向けられたので、なるほどと意を込めて頷いた。 「備砲は両舷合わせ、百八門。竜騎兵を積むこともできる。あの艦の反乱から、すべてが始まったんだ……。因縁の艦さ。 さて、我々のフネはあんな化け物を相手にできるわけもないので、雲中を通り、大陸の下からニューカッスルに近づく。そこに我々しか知らない秘密の港があるのだ」 微笑のままそう説明するウェールズの横顔は、語り尽くせない哀愁を帯びている気がした。 ◇◇◇◇◇◇◇ 視界の塞がれる雲中を通り大陸の下へ移動すると、辺り一面は真っ暗となってしまう。 日が差さぬ上、雲によって視界が塞がれてしまうので、地上からの反射光も一切届かない。 マストに灯された魔法の明かりが唯一の光明で、それだけではとても周囲は見えない。それなのに凹凸のある大陸真下を航行するウェールズ達の技術は、相当なモノだと伺える。 「大陸が頭上にあり日が差さぬ、この通り魔法の明かりすら雲に遮られ、心許ない。頭上の大陸に座礁する危険が高いため、叛徒どもは大陸の下を使おうとはしない」 ウェールズがそう説明すると、人修羅は卓越した彼らの技に尊敬の念を抱いた。 「王立空軍の航海士にとっては、地形図を頼りに、測量と魔法の明かりで航海することなど造作もないことだ。だが…貴族派、あいつらは所詮、空を知らぬ無粋者だよ」 そう言ってウェールズが笑った。 しばらく航行が続くと、急に空間の広がりを感じた、頭上を見上げると、雲の深さが異なる箇所が見えていた。 黒々としたその空間は、まるで地底への穴が天井に空いたかのようである。 人修羅の目には、マストに灯した魔法の明かりが、直径三百メイルほどの巨穴をうっすらと照らしているのが解る。 「すごいな」 人修羅は思わず呟いていた。ルイズもまた、今までに見たことのない空間に、言いしれぬ畏怖を感じている。 「一時停止」 「一時停止、アイ・サー」 掌帆手がウェールズの命令を復唱すると、船員達が迅速に動く。『イーグル』号が裏帆を打ち、帆畳み、船が巨穴の真下で停船した。 「微速上昇」 「微速上昇、アイ・サ!」 『イーグル』号は、ゆっくりと穴に向かって上昇していく。曳航されている『マリー・ガラント』号にもウェールズの部下が乗り込み、船員達に指示を下しているようだ。 「まるで空賊ですな。殿下」 神出鬼没、それをよく顕した賞賛の言葉だった。 ワルドの呟きに、ウェールズも小さく頷いた。 「まさに空賊なのだよ。子爵」 穴に沿って上昇を続けると、頭上の雲が晴れて光が現れた、『イーグル』号に乗ったルイズは、自分ごと光に吸い込まれていくような錯覚を覚えた。 眩いばかりの光にさらされたかと思うと、艦は壁一面が淡く輝く不思議な空間に出た。 そこは、壁面が発光性のコケで覆われた鍾乳洞であり、ニューカッスル城へと続く秘密港であった。 『イーグル』号が鍾乳洞の岸壁に近づくと、待ち構えていた者達が艦にもやいの縄を飛ばし、水兵たちはその縄を受け取り艦にゆわえつけた。 艦が岸壁に引き寄せられると、木製のタラップが艦に取り付けられた、車輪とカウンターウェイトのついた木製のタラップは、いかにも重そうな音がしていた。 ルイズ達はウェールズに促され、タラップを降りる、するとそこに、雰囲気こそ違うが重ねた年月はオールド・オスマンにも引けを取らなそうな老メイジが近寄ってきた。 『イーグル』号に続き、鍾乳洞に姿を現した『マリー・ガラント』号を見て、ウェールズへと声をかける。 「ほほ、これはまた、大した戦果ですな。殿下」 その微笑みにウェールズが笑顔を返し、叫ぶような大声を上げた。 「喜べ、パリー。硫黄だ、硫黄!」 すると集まった兵達は、うおおーっと歓声をあげた。パリーと呼ばれた老メイジも同じ気持ちなのか、喜びの声を上げる。 「おお! なんと、硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も、守られるというものですな!」 老メイジは、笑顔のまま涙を流していた。 「殿下、先の陛下よりおつかえして六十年になりますが、こんな嬉しい日はありませぬぞ。反乱が起こってから苦渋を舐め続けておりましたが……」 「これだけの硫黄があれば、王家の誇りと名誉を、叛徒どもに示し、敗北することができるだろう」 ウェールズが笑顔を見せて言葉を続けた。 敗北、その言葉に誰もが笑顔を見せた。 「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ!」 ルイズは、膝から下の感覚を失ったような気がした、地面に足が付いているのかが解らなくなる程、彼らの言葉にショックを受けた。 ウェールズたちは、心底楽しそうに笑いあっているが、敗北とはつまり、死ぬということだ。 なぜ、彼らは笑っていられるのか。 なぜ彼らは怖くないのだろうか? 理解の出来ない言葉…しかし、船の上で『殺すなら殺せ』と言い放ったルイズにとって、それは決して遠い世界の言葉ではない。 ルイズの身体は、心は、父母の威厳と鉄の意志を知っている。死は身近ではなくてもいずれは意識せねばならない必然である。 その言葉を理解できるという気持ちと、理解できないという気持ちが、ルイズの中でせめぎ合った。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ルイズは、ウェールズによって『トリステインからの大使である』と紹介されたため、パリーをはじめとするメイジ達の礼を向けられた。 貴族としての振る舞いを意識しつつも、ルイズの心には戸惑いがあったが…精一杯、大使としての振る舞いをすることが彼らへの礼儀だと結論づけた。 ルイズ達は秘密港からニューカッスル城内へと案内され、ウェールズの居室へと通された。 人修羅は部屋の外に窓を見つけたので、そこで待つことにした。 万が一、空から砲撃があれば『破邪の光弾』で戦艦を打ち落とすつもりでいたからだ。 ウェールズの部屋は城の最上部、天守にあった。そこは執務と執心に必要な最低限のものしか無く、魔法学院の部屋よりも簡素に見えた。 木でできた粗末なベッドに、椅子とテーブルが一組。壁には戦の様子を描いたタペストリーが飾られているだけ。 ウェールズは椅子に腰掛けると、机の引き出しを開き、宝石の散りばめられた小箱を取り出した。 首からネックレスを外すと、その先にぶら下がる小さな鍵を小箱に差し込み、蓋を開ける。 開かれた箱の内側には、幼き日のアンリエッタの肖像画が描かれている。ウェールズがルイズ達の視線に気がつくと、はにかんで言った。 「宝箱でね」 箱の中には一通の手紙が入っていた、端がぼろぼろにほつれ、何度も読み返した後が伺える。 ウェールズは手紙を取り出すと、愛おしそうに口づけ、黙読して寂しそうな笑みを浮かべた。 読み終わって手紙を丁寧にたたみ、封筒に入れ、ルイズへと手渡した。 「これが姫からいただいた手紙だ。このとおり、確かに返却したぞ」 「ありがとうございます」 ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。 その様子を見て満足そうにウェールズが頷いた。 「叛徒どもは明日の正午に、攻城を開始するそうだ。君たちは明日の朝出航する『イーグル』号に乗って、トリステインに帰りなさい」 ルイズはウェールズの言葉を聞きながら、手紙をじっと見つめていたが、何かを決心して、に口を開いた。 「殿下…。あの、さきほど、栄光ある敗北とおっしゃいましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」 躊躇いつつも問うと、ウェールズは驚くほどあっさりと答えた。 「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。我々にできることは…勇敢な死に様を連中に見せることだけだ」 ルイズは俯く。だがそこで言葉を止めるわけにはいかなかった。 「殿下の…殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」 「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」 廊下で、二人のやりとりを聞いていた人修羅は、ウェールズの声に迷いがないと気づいた。 もう悩み迷う時期はとうの昔に過ぎ去っているのだろう、その覚悟に至るまでどれほどの苦しみがあった事か。 人修羅は自分も似た思いをして、何度もボルテクス界をさ迷い、何度もやりなおして繰り返して………しかし、彼のように王族として諸子の先頭に立つことなどあっただろうか。 いささかも取り乱したところがないウェールズの声は、むしろ清々しさすら感じてしまう。 だからこそ、死なせたくない。 そう思うのはルイズも人修羅も同じだった。 するとルイズが、はっきりした声で言上した。 「失礼をお許しください。殿下。恐れながら、申し上げたいことがございます」 「なんなりと、申してみよ」 「この任務を、わたくしに仰せつけられた際の姫さまは、尋常な様子ではございませんでした。胸を痛め、手紙をしたためる様、まるで恋人を案じるようでございました。 それに、先ほどの小箱の内蓋に、姫さまの肖像が描かれておりました。殿下が手紙に接吻なさった際の物憂げなお顔も、姫様と同じ物憂げな……もしや、姫さまと、ウェールズ皇太子殿下は……」 「きみは、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」 「そう想像いたしました。重ねてのご無礼をお許しください。でしたらこの手紙の内容…」 「恋文だよ。きみが想像しているとおりのものさ」 ウェールズの言葉は、廊下にいる人修羅にも聞こえていた。 アンリエッタは、ウェールズに当てた恋文の中で、始祖ブリミルの名に於いて永久の愛を誓っている。 始祖に誓う愛は、婚姻の際の誓いとして守られなければならない、例えそれが手紙であっても、それは変わらない。 ゲルマニアの皇帝と結婚しようとしても、この恋文が有る限り、アンリエッタは重婚の罪を犯すことになってしまう。 「ゲルマニアの皇帝は、重婚を犯した姫との婚約は取り消すかして、大きな貸しを作るか…同盟を反故にするに違いない。トリステインは一国にて、あの恐るべき貴族派に立ち向かわねばならなくなる」 「殿下、亡命なされませ! トリステインに亡命なされませ!」 「それはできない」 人修羅は、ルイズの声からこらえきれぬ悲壮を感じたが…じっと、話が終わるのを待っていた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 「ルイズさん、ずいぶん疲れていないか…?」 「私は…平気よ」 平気だと答えるも、誰が見ても平気だとは思えない。ルイズの表情は暗く沈んでいる。 人修羅はこれ以上の言葉が見つからず、ただじっとルイズの脇に立って、パーティが始まる様子を見ていた。 決戦前のパーティに参加して欲しいと告げられたルイズ達は、城のホールに集まって、その様子を見守っていた。 ホールには簡易の玉座が置かれ、玉座にはアルビオン国王ジェームズ一世が腰掛けている、年老いた王の表情は涼やかであった、集まった貴族や臣下を目を細めて見守っているが、どのような心中なのだろうか。明日で自分たちは滅びるというのに。 ニューカッスル城に残った王党派の貴族達は、園遊会のように着飾り、テーブルの上には様々なごちそうが並んでいる。 華やかなパーティを見つめるルイズの瞳は、どこか寂しそうだった。 「華やかだな」 人修羅が呟くと、すぐ側にいたワルドが頷いた。 「終わりだからこそ、ああも明るく振る舞っている。彼らの最も華やかな時間かもしれぬ」 と、そこにウェールズが現れ、貴婦人たちの間から、歓声が飛んだ。 若く凛々しい王子はどこに居ても人気者のようだ、ウェールズは玉座に近づいて、王に何かを耳打ちした。 するとジェームズ一世は、すっくと立ち上がろうとした、しかし高齢のためか、よろけて倒れそうになる。 それを見た貴族達から笑いが漏れた。 「陛下!お倒れになるのはまだ早いですぞ!」 「そうですとも!せめて明日までは、お立ちになってもらわねば我々が困る!」 屈託のないその言葉は、アルビオンという国の飄々とした気風を象徴していた、思わず人修羅の表情にも笑みが浮かんだからだ。 ジェームズ一世も、彼らの軽口に気分を害した風もなく、にかっと人懐こい笑みを浮かべていた。 「あいや各々方、座っていてちと、足が痺れただけじゃ」 そう言って、ジェームズ一世が立ち上がると、ウェールズが身体を支えた。 こほん、と軽く咳をすると、ホールに集まった全員が一斉に直立した、ルイズも、ワルドも同じである。 人修羅はそれに気がつき、皆より遅れて直立の姿勢を取った。 そうして始まったジェームズ一世の演説は、王国の最後を飾るのに相応しいと思えた。 明日、ニューカッスル城に、反乱軍の総攻撃が行われる。 『レコン・キスタ』と名乗る反乱軍は五万の兵力があるとされ、王軍に残された数百の貴族は為す術もなく蹂躙されるだろう。 だからこそ、ジェームズ一世は貴族達に暇を与え、アルビオンを離れるように言った。 だが、一人としてそれを受け入れる者は居なかった。 一瞬の静寂の後、一人の貴族が、大声で王に告げた。 「陛下! 我らはただ一つの命令をお待ちしております!『全軍前へ! 全軍前へ! 全軍前へ!』今宵、うまい酒のせいで、いささか耳が遠くなっております! はて、それ以外の命令が、耳に届きませぬ!」 死ぬ気だ。ルイズはそう思った。 声を上げた貴族の勇ましさに、集まった全員が頷いた。 「おやおや!今の陛下のお言葉は、なにやら異国の呟きに聞こえましたぞ!」 「陛下!耄碌するには早いですぞ!」 老いたるジェームズ一世は、目頭をぬぐい、ばかものどもめ……、と小さく呟いた。 「よかろう!しからば、この王に続くがよい!諸君!今宵はよき日である!重なりし月は、始祖からの祝福の調べである!よく、飲み、食べ、踊り、楽しもうではないか!」 ジェームズ一世が杖を掲げ叫ぶと、ワッと歓声が上がり、辺りは喧騒に包まれた。 ルイズ達は間もなく王党派の貴族達に囲まれた。ルイズ達は、王国最後の客である。かわるがわるルイズたちの元へ来ては、料理を勧め、酒を勧め、冗談を言ってきた。 「大使殿!アルビオンの高地産のワインですぞ!是非試されなされ!お国のものより上等と思いますぞ!」 「なに! いかん! そのようなものをお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの! このハチミツが塗られた鳥を食してごらんあれ!頬が落ちますぞ!」 悲嘆にくれたようなことは一切言わず、明るく接し、最後にはアルビオン万歳!と大声を上げて去っていくのであった。 ルイズは、耐えられなかった。 明日にも死んでしまう人たちが明るく振る舞っている、その意味を知っているはずなのに理解できない、この場の雰囲気に耐えきれず、そそくさと外に出て行ってしまった。 人修羅は後を追いかけようと思ったが、ワルドがルイズの後を追ったのを見て、余計なことは言わずにそっとしておこうと考え、足を止めた。 人修羅が、どうしたものか…と、思案たところで答えは出てこない。 ルイズが一言「反乱軍を殲滅しろ」と命令を下したら、従うべきだろうか。より良い方法で戦争を止める手段はないだろうか。自分に殺すこと以外の何が出来るだろうか……。 人修羅がじっと黙っているのを見て、ウェールズが近寄ってきた。 「楽しんでいてくれるかね」 ウェールズは笑顔でそう言った。 「楽しいと言うか、感動しますね」 「ほう」 「祖父の世代は、故郷が他国に蹂躙され、子孫が奴隷として潰されていくのを恐れ、何人もの兵士が爆弾を背負って敵の中に突っ込んだそうです。俺は話を聞いただけで、その覚悟を目の当たりにしたことはありませんでした」 「なるほど!君の故郷は、慈愛に満ちているのだな、君が微笑を浮かべているのもそのためか」 「びしょう?…あ、もしかして俺、笑っていましたか」 「ああ、慈しむようにも見えた。我々が君たちとの出会いを喜んでくれるようで何よりだ。僕としても、勇敢なる戦士に見送って貰えるのなら、光栄だ」 そう言うとウェールズは、にこりと笑った後、遠くを見るような目で語り始めた。 「……我々の敵である貴族派『レコン・キスタ』は、『聖地』を取り戻すという理想を掲げ、ハルケギニアを統一しようとしている。」 「聖地…確か、今はエルフが居るために、近づけないという、ブリミル教の聖地?」 「そうだ。その聖地奪還の理想を掲げるのはよい。しかし、あやつらはそのために流されるであろう民草の血のことを考えぬ。荒廃するであろう、国土のことを考えぬ」 人修羅は、ウェールズの瞳に怒りを見て取った。 「聖地の奪還は、それ程の命題なのか」 「…ああ、ブリミル教の悲願と言っても良い。だが、このハルケギニアは始祖の降臨により救われた土地だ、内乱で民の血が流されることがあってはならぬ。始祖が救いしハルケギニアの大地と民を疎かにして聖地奪還など…成せるものではない」 「この国が…いや、今までに会った人たちが、好きなんだな」 何気ない人修羅の呟きに、ウェールズが微笑みを浮かべた。 「もちろん!だからこそ、我らは勝てずとも、せめて勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家たちは弱敵ではないことを示さねばならない。 やつらがそれで、『統一』と『聖地の回復』などという野望を捨てるとも思えぬが、それでも我らは勇気を示さねばならぬ」 死ぬことにこだわる王子を見て、人修羅はある種の確信を得た。 この男は、皮肉にもアンリエッタ王女の手紙で、死ぬ決心が付いたのだろう。 聞き耳を立てるつもりは無いが、ルイズとウェールズの会話は人修羅にも聞こえていた。 手紙には、トリステインへの亡命を望む文面があったに違いない。 それはアンリエッタがまだ少女であることの証だった、ウェールズは、自分のせいでアンリエッタが甘えん坊のままでいることを望まない。 強くなって欲しいとの願いを込めて死んでいくのだろう。 「…そうだな。俺もそうだった。手遅れにならないと大事なものに気がつかない。痛い目に遭わないと危機感を感じなかった。…会うことが出来なくなって、ようやく恩返しをしたいと思えるようになったんだ」 「君に聞いて貰えて良かった。どうかトリステインの従姉妹が、悲しまぬように、今のことは誰にも言わないで欲しい」 「俺が言わなくても、きっと気がつく。綺麗な花が咲くには、たくましい根だって必要だろう、きっと立派に育つさ」 「ありがとう」 「貴方の諸子の先頭に立たんとする姿を見られたこと、光栄に思います」 人修羅とウェールズは、どちらともなく握手をした。 甲板の上での握手よりも、ウェールズの手は温かく、そして雄大に感じた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 一方その頃。 ガリアの宮殿 プチ・トロワ。 「ヒーホー、どこいったんだい」 湯浴みを終えたイザベラが自室に戻ると、ヒーホーの姿が見えない。 「ヒーホー、出てらっしゃーい」 探し回るがどこにも居ない。焦り始めたその時、天井から声がした。 「こっちだホー」 頭上からの声に気がついて、イザベラが天井を見ると、器用に氷のアーチが作られていた、ヒーホーはその上に寝転んでイザベラを見下ろしている。 「あ-、またそんな所に氷を張って…ほら下りてらっしゃい」 「イザベラちゃん、ここまで来るホー」 ヒーホーは登ってこいと言うので、仕方なく杖を取り出したが、ヒーホーは首を左右に振った。 「違うホー、スカアハから貰った杖を使うホー」 「ええ、こっちかい? ……ははあ、あんた私を試してるね?」 「ヒーホー」 誤魔化そうとするヒーホーを見て、イザベラが笑う。 「けっこう練習してるんだよ、ほらっ!」 イザベラが手を翳すと、ベッドの上に投げ出されていた杖が引き寄せられ、手の中に収まった。 田舎の衛兵の持つ棒のような、何の飾り気もない木の棒だが、イザベラは自分に新しい可能性をくれるこの杖をたいそう気に入っている。 「さあ、手伝っておくれよ」 そう呟くと、空間をねじるように杖を回転させた。瞬間、室内に風が舞い、イザベラの身体をふわりと浮かせる。 「ほーら捕まえ たっ たたたっ!?」 無駄に高い天井のせいで、イザベラの身体はヒーホーに届く前に落下してしまう。 慌てて杖を捻り空気をかき混ぜ、空気のクッションを作り出しゆっくりと着地した。 「…もう一度!」 「がんばるホー」 ◇◆◇ しばらくして、無事ヒーホーを捕まえたイザベラは、ベッドの上でヒーホーを抱き締めていた。 「今日はなんであんな高いところにいたんだい?」 「イザベラちゃんの回りに、エアロスの友達がいるんだホー」 「エアロス?」 「風のセイレイさんだホね!イザベラちゃんが友達になりたいって言ったから、答えてくれたホー」 「へえ…もしかして、それを確かめるためにあんな高いところに居たのかい。あたしには、ヒーホーが怪我しないで居てくれるのが嬉しいんだから、あんまり無茶しないでおくれよ」 「大丈夫だホー」 ヒーホーを撫でながら、イザベラは杖を見る。 「エアロスの友達…風の精霊か、今日はあんたが手伝ってくれたのか」 そう呟くと、柔らかい風が頬を撫でた。 「イザベラちゃんと友達になって、嬉しいって言ってるホ」 「ホントに?」 「イザベラちゃんにだって聞こえるホー」 イザベラは、風に撫でられた頬の感覚を思い出しながら、自分の身体で敏感な部分を見つけ、その感覚を研ぎ澄ましていった。髪の毛、頬、胸、腕、首、様々な箇所が空気を感じている。 それらの感覚を全てつなぎ合わせると…特定の風が舞っているのを理解できるのだった。 ふと、小さな風の渦が、ヒーホーの頭の上にいると気がついた。 「…おまえかい?あたしの友達になってくれるのは」 普段のイザベラしか知らない者には想像が出来ないほど優しい声で呟く。 すると、イザベラがヒーホーを撫でるように、風がイザベラの頬を撫で、身体を優しく包んだ。 「くすぐったい!はは、あははははっ」 閉じられていたイザベラの心に、春を告げるそよ風が優しく吹いていた。 #navi(アクマがこんにちわ)