かくして王女は武器を買いに街に出た。元王女というのが正確ではあろうが。
さて、武器。剣槍弓弩長槍棍短剣鎖投擲武器とおおよそあらゆる武器が
アルコ・イリスでは商われている。実用的なものもそうでないものも、高価で鋭利なものから安価で潰しが利くものまで。
だが、王女には当てがあった。散歩のついでに見つけた、奇妙な店。
二度三度と路地を曲がり、今はやや慣れ始めた
蜜月通りを進む。やがて悪趣味な金属製のギラギラした看板が見えて来る。「親和する金属」と描かれた店。萬魔具製作承ってやらんこともない。何か客商売にしては偉そうな文言の気がするが、おそらくここの言葉に不慣れなせいで勘違いだろう。
魔具。すばらしい。体格と戦闘経験で上回る男をぶちのめすには、武器でアドバンテージを得ないと。振り回す系では体格差を覆せない。
さて店内は重厚な机に金属塊が並ぶ。一度父王に見せられた文化大国の“げいじゅつ”とやらに見えたが、皆何かしら機能があるのだろう。
「いらっしゃいませ」
やや年上の少女が書き物をしていた手を止めてカウンターから声をかけてきた。見た瞬間灰色の髪が誰かに似ている気がして、アンヌマリは少しいらっとする。が、店員に八つ当たりするほど育ちは悪くない。
「武器を買いに来た」
「自分で使うのですか」
事務的に店員が問う。
「そうだ」
「どういったものを」
「それを選びに来た。使いやすい物を」
「武器を使った経験は?」
「フルーレを少し学んだが、あまり身につかなかった」
「では仕掛け武器の方がいいですね」
慣れた手つきで何かの帳簿をめくる店員少女。
「何と戦うのですか」
「成人男性。背は高い」
「その相手は訓練は受けていますか」
「一応、祖国では騎士だ」
「それはそれは。一撃で倒さないと厳しいですね。不意を打てますか?」
「出来ると思う」
殺伐とした商談を交わす少女二人。やがて店員がロッド状の短い棒を勧める。
「これは?」
「飛び出し式鞭です」
「鞭は習熟が必要ではないか?」
「いえ、これは振り回せばレスポンス良くだいたい大人の腕三本分くらい先を薙ぐのです。その威力は絶大で、鋼も立ち切りますよ。薄ければ」
「人間は」
「バラバラです」
「素晴らしい。いくらか」
店員は値段を言ったが、ただでさえ自分で金を扱った経験に乏しい姫君は価値がよくわからない。そもそも外国通貨だし。
「これと代えて貰えないか」
いくらか持ちだせていた髪飾りを見せる。薄い金と銀を合わせたフレームに、小振りながらも深い色の宝石がいくつか。
「うーん。現金取引が基本なんですが」
試すがえす眺める店員。「組織(ユニオン)に借りは作りたくないのだけどなあ」まあかなりの額にはなるでしょうし、と呟く店員。
商談成立、武器と幾ばくかのお釣りを受け取って店を出る姫。アンヌマリはなんだか強くなった気がした。
帰り道脳内で三十四通りの方法で自分の騎士をぶちのめし、とりあえず満足する姫。小さいながらも馴染んできた家に戻る。
「まあ泣いて謝れば許してあげましょう」
臣下には寛容と許しを持って当たるのが王道、と取らぬ騎士の首算用をしていると。
「アンヌマリ・ソンム・パッシェンデール様ですね」
母国の言葉。ふと気がつくと隣を旅装束の男が歩いている。全く気配を感じさせなかった、といっぱしの戦士気取りだった姫は驚く。もとより素人なので気配など感じられるわけなかったのだが、それはそうと男が気配を殺していたことも事実だ。
アンヌマリは男が外套の下で短剣を構え、自分の脇腹を狙っているのを気がついた。
「…………祖国の長い手、と言う訳か」
「騒がないのですね。さすが高貴な方、結構な覚悟で」
「叔父ももうろくしたか。わざわざアルコ・イリスに入国してから狙うなど」
「…………いえ」
薄い唇だな、と姫はどうでもいいところが気になる。緊張しているせいであろう。
「あなたはどうでもいい……そのまま、何気なくマクミラン・フォン=トマーシュ卿の所に案内してください」
「………………あ?」
「そっちが本線ですから」
むかり。言うに事欠いて、騎士の方が狙いで私はおまけだと?
騎士は独立領主、入り婿の当主なら狙われる理由もあるだろう……が。
何もかも我慢ならない。昨今の怒りが急速にこの暗殺者に収束していく。
鬱屈した怒りを抱えながら、家に帰り着く。スパイスの匂いがするから騎士はキッチンに立っているのだろう。鍋を扱っている時に帯剣しているはずもない。暗殺者にとってはさぞ仕事しやすいことだろう。むかり。
君主は臣下に責任を負う。我が騎士、なんとか助けてやる。
敵の敵は味方。激しい怒りを暗殺者に向けたアンヌマリは、騎士を奇妙な理屈で助けようと覚悟を固める。
まあ普通に暗殺者にとって狙いでなくとも目撃者を残しておく理由はないし。
「お帰りなさい我が君。買えましたか、ぶ――」
「ああ、調理器具なら買えた。ほら」
「は?」
振り向いて投げられたロッドを左手に掴む騎士。右手にお玉状の木匙、左手にロッド。誠に情けない姿。
「我が君、その方は?」
客人を匙で指すトマーシュに、姫の背に立った暗殺者は軽く会釈する。
「ああ、道に迷って送ってくれたのだ」
アンヌマリは無表情にあらかじめ言えと言われたセリフを言う。
「それはそれは、感謝いたします」
「礼には及びませんよ」
何気なく言いながら近づく暗殺者。礼儀として木匙を置いて右手を差し出す騎士。
突き飛ばされた、と気がついた時には柱に額からアンヌマリは激突している。非常に痛い。騎士の短い叫び。
「殺し屋だ!ロッドを使え――」
視界に光がまたたきながら、騎士に警告の叫びを上げる。涙がにじんでいるが、短い怒声が行きかっていることを考えると、騎士は即死してはいなかったようだ。さすが腐っても騎士。
トマーシュにしたら使い方も知らない金属棒なんて短剣を防ぐ役にしか立たない。暗殺者は当然屋内戦闘に長け、たちまち騎士を壁際に追い詰める。
「『制ッ』!」
トマーシュの声に、わずかに暗殺者がよろめく。騎士の舌打ち。
「防魔呪符か」
「塔の研修生崩れの魔法騎士、と聞いていたからな」
無駄口をたたき合う騎士と暗殺者。わずかに生まれた間合いを頼りに、ちらりと騎士は手元のロッドに目を落とす。ボタンが付いているのを見つけて、握っていた親指で操作し飛びかかって来た暗殺者に向ける。とっさに危険な気配を感じた暗殺者が身軽くその場にあった食卓を蹴って転がると、間一髪で食卓がいくつかのパーツに切断された。鞭、と店員は言っていたがひも状部分は見えない。ただわずかにごく細い何かが空中で光ったのをアンヌマリは見た気がする。
「思ったより物騒な武器だった」
「なんてもの買って来るんですか」
感想を述べる君主に突っ込む騎士。暗殺者は見慣れぬ武器に間合いを計りかね、短剣を構えてまだ額を押さえてうずくまっている姫ににじり寄る。
「一応言うが、騎士よ」
暗殺者が低い声を出す。
「何だ」
「武器を捨てろ。姫を殺すぞ」
「断る」
躊躇なく即答する騎士。捨てるな、と一応言うとした姫よりも全然早かった。
「まあそうだろうな。もう少し悩むと思ったが」
苦笑いする暗殺者。騎士の選択は必ずしも不忠ではない。トマーシュが戦闘能力を放棄したら、暗殺者はトマーシュも姫も殺すだろう。武器を持って対峙していればこそ暗殺者は当面脅威ではない姫を手にかけるような隙の大きなことはできない。
「決断はともかくその態度については後で話したい、我が騎士」
「後がありましたら、我が君。しかしこの武器、何か嫌な使い勝手だな。前嫌いだったやつの作ったやつによく似てる気がする」
呑気なのかアホなのか、わりと余裕の主従にいら立つ暗殺者。
「なら、コレはどうだ」
「ぐえ」
猫でも掴むように暗殺者はアンヌマリの首を片手でつかみ、自分の前に盾にする。
「姫君ごと真っ二つにしてみるか、騎士殿」
「………………しないと思うか」
「さすがに騎士がそこまでするはずはない」
「ぐええ」
いやするだろ、と正直アンヌマリは思ったが喉を絞め上げられて騎士の性格を警告してやることはできない。というかコレはコレで死ぬ、とじたばたする。幸い暗殺者は絞め殺すほど悠長な性格ではないようで、片手に少女を盾にしたまま飛びかかる。死んだ、と姫は確信した。父よ母よ、先立つ不孝な娘と忠誠心の欠片もないアホ馬鹿鬼畜騎士をお許しください……いや、騎士は許さなくていい。
自分で買った武器の斬撃はなかった。アンヌマリは床に放り出される。頬にぬるりと生温かい感触が流れる。
「顔に傷が」
「それは、私の血です」
隣からの突っ込み。
「我が騎士」
姫の騎士は血を流す左腕をかばっていた。放り出されたロッドを踏みつけ勝ち誇る暗殺者が、とどめに至ろうと短剣を逆手に握り直す。
「やはり二人とも死ぬとわかっても主をかばうか。泣かせるな、騎士殿」
せせら笑う暗殺者。馬鹿な、とかばわれた姫が思う。
「いやあ、操作ミスでね」
ぬけぬけと言う騎士。それ以上無駄口をたたく気はないのか、暗殺者は短剣を振り下ろす。
硬質な音。
純粋に不思議そうに。無邪気に見えるほどに。
暗殺者は砕かれた自らの短剣を見下ろす。
「はい、そこまで」
見覚えのあるような中年女性がおじゃましますよ、とか呟きながら入って来る。
「客人つれて戻って来たと思ったら、この騒ぎ。ご近所迷惑ですよ」
どこにでもいる主婦。騎士を世間話でかわいそうな人扱いした主婦。市民の普段着に、なぜかカタールを手にはめて。
「…………なんだこの婆」
暗殺者が顔をしかめる。
「同業者、かな。我が国の市民を狙う外国人にはちょっと居心地悪い思いをしてもらわないと」
「……あん?」
「今仲間が向かってきてる。ほら、任務はもう達成不能じゃない?」
諭すように言う主婦としばらく睨みあっていた暗殺者。やがて身をひるがえし裏口に向かっていく。
「ごめんねえ、殺すとかえって処理が鬱陶しいから。起こるべきでないことはなかったことにがモットーだし。大丈夫、もう市街にはちかよらないでしょ」
あっけらかんとした口調で笑う主婦を呆然と見上げる田舎者主従。ひと時もしないうちに、羽根飾りをざらざらに付けた鳥議員が駆け付けてきた。
「おお、市民たち。ご無事でしたか」
「何なんですか、あの人は」
半ば呆然としながらアンヌマリは立ち上がり、騎士に手を貸しながら鳥議員に問う。
「善良な市民ですよ」
御苦労、というように鷹揚に頷く議員。カタールを付けた主婦は一礼して去って行った。
「我らがアルコ・イリスは助けあいの街で、市民は市民を助ける美風を誇りにしていますから。特に、外国機関に勝手をさせるのはなんとも許し難い。我らの友誼ですよ」
「…………
蛇の爪“サーペントネイル”」
「いえいえ、あくまで市民同士の友誼というものです。そういう名の組織が存在する、という噂がささやかれているようですが。そういえば騎士殿は我が街出身でしたね」
シュガーマン議員はほたほたと甘い笑いを浮かべる。服中に飾られた羽根が笑いに合わせて揺れる。
施療院。騎士の傷は治癒魔法で治ったが、念のために一晩入院したのだ。どういう理屈かしらないが、ここは安全だと鳥議員は太鼓判を押す。
「我が騎士」
「それは止めていただきたい。看護の女性たちにアホと思われたくない」
「ならトマーシュ」
名前で呼ばれ意外そうに答える騎士。
「なんですか」我が君、と小声で呟く騎士。そんなに恥ずかしいか。
「なぜ、あの時鞭を使わなかった?」
「………………言ったでしょう。手が滑ってしまって」
「…………そうか。不忠者め」
がす、と肩を殴ってやる。まだ残っていた痛みにびりびりと震える騎士。いい気味だと鼻を鳴らして、小国の王女は回収したロッドを構えて見る。
それは、やっぱり力を与えてくれるような気がした。
最終更新:2011年07月05日 10:53