02「日常茶飯事 前編」

※ 予想に違わずミケルのがPCじゃね?というご意見を頂いたので今回はフィロ視点です。設定段階で解かり切っていた事ですが、テラ厨二病です。

※ またNPCが増えてんのかって感じですが、ミケルともども可愛がって遣ってください。


早朝──地上であれば、七彩に輝く"虹蛇の導き(ユルング・ライン)"が朝靄に消え往かんとする頃合。
夜行性の者が主である『特区』住民の感覚に照らし合わせるならば宵の口。
早寝を信条とする者は夕餉を終え、そろそろ寝床を暖め始めるかという寛ぎの時間に、その襲撃は起きた。
命知らずの冒険者、無作法な侵入者どもが我らの庭を荒らしに来たのだ。

起き抜けに──私ことフィロスタインは基本的に昼行性であるからして夜に眠り朝起きる──使い魔から来襲の報を聞きつけ、私は直ぐさま住処である父上の巣を飛び出した。
古竜たる我が父・エラバガルスが座すは『特区』の最奥。こういう時ばかりは立地の悪さが恨めしくもなるが、四の五の言っている暇は無い。
マントの襟を飾る鷹眼石に手を翳し念じれば、足元まで長く落ちかかる黒外套は姿を変え、私を運ぶ強靭な翼と成る。具合を確かめるように一度羽ばたかせた後、地を蹴って飛翔。
朋たる風霊らに呼びかけ助力を受け、一気に最高速まで加速する。勢いを殺さぬまま、広がる"影森"の上空を抜け『特区』と外との境界に最も近い『1番詰め所』に急いだ。

単眼巨人(サイクロプス)の胴体程も太さがある大樹の洞を利用した詰め所では、私に連絡を寄越した魔女のミステルと2番隊の魔物たち何体かが待っていた。雰囲気は張り詰めて物々しい。
詰め所前に降り立った時には、ミステルは既に私の来訪を察していたようで、重ねられたフリルとレースが繊細な陰影を形作る、黒を基調とした華美な衣服を翻し、編み上げブーツの踵を鳴らして直ぐに駆け寄ってきた。

「若さま、遅いのよ!」

ミステルの花弁のような唇から零れたのは、不平と安堵が同じ位に混ざる声。
継ぎ接ぎだらけの黒兎のぬいぐるみを抱え、服と同色のドレスハットが目を引く薔薇色髪の魔女は、長い睫毛に飾られた翠火の猫目を潤ませ、今にも泣き出しそうだった。
否、私が来るまでは泣いていたのかもしれない。病的に白い肌のなかにあって目尻だけが赤く腫れぼったく色づいている。
私よりも頭ひとつ高い背丈や肉が薄いながらも優美な曲線を描く体躯は、確かに貴婦人の輪郭を持つというのに、ミステルの振る舞いや表情は比べてひどく幼い。

ミステルは、"慟哭"の魔術号を持つ由緒正しき魔女一族の末裔(すえ)──異端であると人に追われ『特区』に逃げ込んできた者の一人だ。
此処に安住するまでの長く続いた排斥と迫害の旅はミステルの精神を大きく磨耗させ、年端もいかぬ童女のままに心の時を止めた。
ミステルの有り様を責めるものは『特区』には誰も居ない。無垢な子供のままでいることが、彼女が辛い世界で己を守る為に必要なことだったと解かっているからだ。

それに彼女は飛びぬけて優秀だった。『特区』の住人も舌を巻く彼女の魔女術は、血統由来の禽獣魅了能力と精神同調、能力強化。
ありあらゆる動物はミステルの目となり、手足となる──そればかりか魔女の寵を受けた獣らは飛び切り優秀な騎士にも斥候にもなるのだ。
『特区』の其処彼処にはミステルと契約した鳥獣が暮らし、昼夜問わず警戒の目を光らせている。
鳴子などのわかりやすい警戒装置はこれに比べれば子供の玩具、児戯でしかない。
ミステルは、外敵探知の不可視の魔法陣や父上らの千里眼と並ぶ、『特区』警備の要。いざという時の連絡網の統括者でもある。

「すまぬ──状況は?」

謝罪もそこそこに詳しい現状を尋ねると、ミステルはごしごしと目元を擦りながらも答えをくれた。

「しんにゅーしゃはいま、"影森"浅部を北上ちゅーなのよ。人数は確認できた限りで六人。武器使うのが3人と、弓がひとり、魔法使いがふたり。いかにも悪そな、てんけーてき冒険者くずれってやつなのよ。入り口まわりをけーびしてた2番隊がやられたのよ。昨日からツアクさまもリンさまも非番だったのよ。ゴブリンとかコボルトの若いしゅーばっかりだったから止められなかったのよ」

報告を聞いた瞬間心臓が冷えた。2番隊の隊長ネッツアクと副長ケイトリンは仲の良い恋人同士。先日式を挙げたばかりの新婚夫婦でもある。
兼ねてから旅行の為の休暇申請が出ており、この程受理されたのは知っていたが、何ともタイミングの悪い。
2番隊は数は多いが全体の錬度がそう高くないのを、トップふたりの実力で補っている所があったが、その短所が見事に浮き彫りになってしまった。
他から人員を補充しておくべきだったと、人員再配置の算段を脳内で練りつつ──それ以上に気になることをミステルに聞いた。

「……。……2番隊の者は? 無事、か?」

冒険者という奴は、魔物に対して概ね容赦ない。嫌な予感ばかりが胸を苦く埋めた。
私の不安を見透かしたように、ミステルは安心しろとばかりに胸をたたいてみせる。

「安心するのよ。死んじゃう子が出る前に、ミステルが近くにいたヨハンにかいしゅーさせたのよ。怪我した子も若さまをお呼びする前にリリアさまの屋敷にお運びしたのよ」

ミステルの口から出た内容と、任せた相手の名前に、私は内心胸を撫で下ろした。
薔薇の魔女が言う『リリア様』──リリアローゼは父上の親友で最古参の『特区』住民。そして、私にとっては乳母に当たる魔物でもある。
リリアローゼは生命操作の術に長けた優秀な魔法使いであり医師だ。事実の確認はしていないが、死人を生き返らせた、などという話も聞く。
それくらいに秀でた治療の心得を持つロゼの館に搬送されたなら、命の保障を得たのと同義だ。ミステルの口振りからしてもひとまず大丈夫なのだろう。

「そうか。予断は許されんが、不幸中の幸いだな。──私が出る。皆は周囲を固めてくれ。万一にも討ち漏らしがあってはいかん」

一番気になっていた安否を確かめられれば、もうあまり聞くことは無い。私がするべきことはひとつ。
一刻も早く侵入者を退け、皆を安心させることだ。議会の取り決めを破ってこの地に押し入り、我らの朋を傷つけた愚か者どもに、相応の報いをくれて遣らねば。
ミステルに背を向け、直ぐにでも現場に向かおうとした私だったが、予想外に引っ張る力を受けてつんのめりそうになった。
振り返れば私の服の裾を、ミステルの細い手がきゅっと握り引き止めていた。すん、と小さく鼻を鳴らしながら、ミステルは言った。

「……若さまひとりじゃ危ないのよ。まだ敵はシアばばさまの眩術を抜けられてないのよ。他の方たちも呼ぶから、来るまで待ってていいのよ」

"影森"に住まう植妖の束ね、エクレシア刀自はまぼろしの迷路作りが趣味で──よく『特区』の子供たちを迷わせ脅かしているそれは、侵入者に対しては有効な足止めとなる。
ミステルは刀自の迷路が稼ぐ時間で、他の隊長格を呼ぶつもりのようだが、其処までしてもらう訳にはいかない。

「駄目だ。他の者らにもそれぞれ勤めがある。早々呼ぶわけには行かん」

ミステルの提案に私は首を横に振り、きっぱりと固辞を示した。

「なら! ミステルも一緒に行くのよ。ひとりよりふたり、なのよ!」

「それこそ認められん。他の誰より、代わりが居ないのはミステルなのだからな」

万が一があった時、代替が効かぬのは私よりもこの幼い心をした魔女の方だ。
私の切り替えしに対し、ミステルは唇を悔しそうに噛み締めている。涙粒が零れ落ちそうな翠の眸がこちらを睨んでいた。
本当はミステルだってわかっている。自分が下手に安全な場所から動けないことも、私ひとりで行かせるのが一番効率がいいことも。
それでも──ミステルは私のことを心配する。仲間だから。友人だから。だからこそ、役目を思い出させることを敢えて口にした。
2番隊の者らが傷つけられたことで余計に過敏になっているのだろう彼女の、自分より高い位置にある頭に手を伸ばし、宥めるように頭を撫でると細い肩がぴくりと跳ねるのが解かった。

「気持ちだけありがたく受け取っておく。それに私は一人ではないよ。『彼ら』が居る」

「──っ!! 若さまなんてばかさまなのよ! いじわるなのよ!」

憤懣やるかたなしという様子を隠しもせずに現しながら、それでもミステルは漸く掴んでいた私の衣服を開放してくれた。

「ばかさまは無いだろう、泣き虫ミステル。──すぐに戻る。援護は任せた」

強がりなくせに臆病で、心配性なミステル。同胞思いのやさしい魔女。
彼女を泣かせてしまう前に、私は周囲の魔物らに包囲の指示を出し──今度こそ現場へと急ぎ飛んだ。

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最終更新:2011年07月06日 22:48
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