02「日常茶飯事 後編」

※ コラボがうれしかったので、ほんのちらっとですがキュルクィリィさんお借りしました。苦情はつけつけます!>晋さん

※ 一番最後はフィロのごほうびタイムというかなんというか。


「安心しろ。峰打ちだ」

 容赦なく骨を叩き折りはしたが──殺しては、いない。一応、手加減している。

《さっきのは冗談よ 戯れよ 殺しはしないわ? しないわ? 私たちが 怒られてしまうわ それはそれは 悲しいわ》

《賊、皇子の慈悲と 誰も殺めていなかった己の幸運に感謝するのだな》

 "黒帳"の言うとおりだ。この者らはまだしも幸運だったのだ。この賊どもと交戦した2番隊からは、幸い死者は出ていない。
 もしもこやつらが、『特区』の民を一人でも殺していたならば、そっ首叩き切って墓前に供えるか、四肢を断って死者の家族の応報の助けとするか。
 いずれにしろ生きてこの地から返すつもりは無かったが、どれ程恥知らずの愚か者であろうと、過剰な防衛は復讐の輪廻を招く。それは出来るだけ避けるべきことだ。

「……もう聞こえてはおらぬか」

 三つ数える程度の時間で斃れる羽目になった男どもには、起きた出来事も、その後かけた私たちの声も現実として認識できなかったかも知れぬ。
 重量ある剣を手にしていると思えぬ異様な身軽さ。体重からは考えられぬ威力の蹴り。羽のように振るわれる剣からは信じられぬ重い一撃。
 これら全てが"黒帳"の特性に拠るもの。"黒帳"は重さと物や力の向きを自在に操作する魔剣なのだ。
 先刻射掛けられた矢を反射したのもこの特性。力の方向を操り、防いだ。力の及ぶ範囲を広げれば、向けられた攻撃を自在に曲げる結界をも構築できる。
 もっとも、他の動作と同時には防御を展開できぬという欠点はあるゆえ、万能という訳ではないが。

「さて、後は事後処理を済ますのみ……」

 まだ意識のある者もいるようだが、動くことが出来なければそれで構いはしない。することは変わらない。
 ご苦労、と心から労い──"黒帳"と"宝石姫"を鞘の中に戻してから、左目に意識を集中する。
 竜眼が虹色の輝きを放ち、左目から溢れだした人には不可視の魔力糸は、無作法者たちの頭部へと伸びていき、絡みつき、進入する。
 侵食、介入、支配。竜の持つ権能による精神掌握──特定の命令を刻み込み遵守させる、"制約(ギアス)"。
 魂に魔力の楔を打ち込むこの力は、命に逆らえば耐え難い苦痛を──それに抗い命を破ろうものなら自我を崩壊させる。
 そう理不尽なことを刻むつもりはない。

 "二度とこの場所に立ち入ること無かれ"

 それだけだ。この分では上でも何か無法を働くかも知れぬが、それは私の管轄ではない。まだ犯していない罪まで裁くような権限も無い。
 ついでに『特区』に関わる記憶の洗浄もしておく。何か得体の知れ無い恐ろしい魔物にでも襲われたと書き換えて、入り口に転がしておけば不都合は有るまい。
 大体の人間は、"制約"を刻まれる瞬間や、記憶を操作される苦痛と違和感、不快感に耐えられず気絶する。多分に漏れず、まだ意識があった弓使いと魔術師二人も此処で落ちた。
 滞りなく事後の処置も済むかに思えたが──私は、侵入者たちの記憶を洗う中途で妙なものを見た。

「何だ、これは……?」

 ──地上。私の知らぬ場所。恐らく何処かの酒場か賭場。薄暗いのと、闇色のフードに隠されて容姿明らかではない何者かが、囁く。
 良い儲け話がある、踏破区域内の、議会が隠す場所。臆病な弱い魔物しか居ない。珍しい動植物。宝の山──

 垣間見えた光景と会話に、思い出す。逃げようとした際の、大男の台詞。まるで『特区』のことを誰かから聞いたような口ぶりではなかったか?
 その後もほかに何か有益な情報は無いかと探ったが、最初に見つけた記憶以上に何かわかることはなかった。

 近頃、ここに入ってくるものが増えたように思ってはいたが──まさか、裏があるのか。
 糸を引くものの存在があると? 誰かが『特区』を狙っている? 仔細は何もわからない。ただ、何かが起きようとしている。
 酷く不吉で嫌な予感がした。そうして、こういう時の私の予感は当たることが多い。

 どうしよう。……こわい。物理的なものではない、形の無い権謀術数の類からも、私は、皆を守れるのだろうか? 
 考えると、怖くて震えがとまらなくなりそうだった。だが、駄目だ。周りには皆がいる。皆の前で、私が顔色を変えるところなど見せる訳にはいかない。
 恐怖を殺す。仕舞いこむ。今は、事後処理が先だ。皆を待たせてしまっている。
 そもそも昼行性の魔物はあまり多くない。寝入り端に叩き起こした挙句に超過労働を強いてしまっただろうことが、少し申し訳なかった。後で労わねば。
 私は手早く賊連中の記憶洗浄と書き換えを済ませる。"眼"を使った疲労が一気に圧し掛かり、そのまま眠り込んでしまいそうになったがどうにか踏み止まる。
 重い目蓋を必死に開いて、周囲を固めている者たちに指示を出した。

「終わった。──もう安全だ。誰ぞ、この者どもを『丁重』に外まで運んでやれ」

 私の声に答えて、包囲を勤めていた何人かの魔物たちが姿を現す。
 その中に、何かとよくしてくれる"殺人兎"の青年の姿を見つけると私は少し安堵を覚えた。

「若様、ご無事ですか?」

 かけられた声に、眠気と闘いながら頷く。

「大丈夫だ、少し眠くはあるが、何時ものことであるし。……キュルクィリィ。お前も来てくれていたのか。……ミステルが呼んだのか?」

「お顔の色がよろしくない。直ぐに御屋敷の方にお運びしましょう。慟哭の魔女は若様の事後の疲労を見越して私を呼んだのではないかと」

「なに、自力で歩ける。病人扱い、するでない」

「ことの片付きました後位、助けさせては頂けませんか? ……正直見ているだけというのは、少し歯痒くもありました。若様、差し出がましい口を聞きますことお許しあれ。次の機会など無い方が良いのですが、同じような事があれば私の力もお使い下さい」

 複雑そうな目をしたキュルクィリィの言葉と同時、他の魔物たちも同じ意思だと伝えるかのように頷いていた。
 勘違いや自惚れでなければ、魔剣だけでなく自分たちのことも頼って欲しいと、そう言われているようで──申し訳なくて、うれしかった。
 嗚呼、ミステルの言うことは間違いではなかった。誰かが、手を伸ばしてくれる、力を借りることが出来る、というのはとても幸せなことなのだ。
 少し弱っている時だからこそ、素直に皆の言葉を受けられる。
 『ひとりより、ふたりなのよ』──ならば、それよりもっとたくさんなら、どんなに頼もしく心強くなることだろう。
 ここにはいないミステルにも、感謝したい気持ちでいっぱいだった。
 皆が傷つくのは絶対に嫌だけれど、知恵を貸して貰うことは問題ないはずだ。寧ろ皆の意見を積極的に貰うべき、手を貸してもらうべきだろう。
 父さまに、今日知ったことを報告してから、皆にも相談しよう。ロゼを初め、世長けた者らなら良い助言をくれる筈だし、私ひとりの胸のうちに秘めておくのでは、手遅れになるかもしれぬから。

 先程の私の言葉の真意を汲んでくれた魔物たちによって、手やら足やらを引っ張られてずるずると──とても『丁寧』に、賊どもが運び出されていく中。
 『特区』に迫りつつある"何か"への不安と恐怖は消えねど、それでもひとりではないことを、皆が居てくれることを噛み締めて。

「すまぬ──否、ありがとう」

 ──皆へと、心からの感謝の言葉を口にして微笑んだ所で、ふつりと緊張の糸が途切れ。
 迷惑をかけてしまう、倒れてはいけないと自分を叱咤する暇もなく──私の意識は闇に溶けていった。



 キュルクィリィは私が気絶する前にかけてくれた言葉を忠実に守ってくれたようで、次に意識が戻った時、私は父さまの巣──説明しそびれていたが二階建ての洋館である──にある、自室の寝台の上に居た。
 しかし、まだ半覚醒のような状態だ。意識は半固形のゼリーのように頼りなく、ゆらゆらと浮き沈みを繰り返している。
 それにしても"眼"の奥が痛い。"蝕"の時期の痛みとは比べるべくもない弱さだが、それでもじわじわと消えずに苛んでくる。
 普段あまり長時間することの無い記憶の覗き見と、六人同時の制約・記憶改竄は思ったよりも負担であったらしい。
 "竜蝕期"が近いというのもある。この時期の前はどうしても父さまの"眼"の力を使うことでの消耗が激しくなってしまう。
 しかし、それは言い訳だ。屋敷に帰るまで耐えられなかった自分が情けない。
 今はまだ身体がだるくて重くて仕方ないが、元気になったら一番に、キュルクィリィに礼を言いにいこう。
 その次はミステルだ。ロゼの元で静養している筈の、2番隊の見舞いにも行かなくては。
 あれもこれもとしなければいけないことばかり浮かんでくる。身体が思うように動いてくれないのがもどかしい。

 ぼうっとしながらも眼をあけようとしては失敗して閉じる。意識が落ちかけるのに眼が痛くて眠りきれない。
 ──そんなことを繰り返していた私の頭に何かやさしいものが触れた。
 労わり、慈しんでくれる、頭を撫でる手を、私はよく知っている。泣き出したくなるくらいに愛しい、この感触。

「……吾子、いとしいフィロ。……あなたは、少し頑張りすぎですね」

 かかる声もやさしい。あたたかい。深みのあるきれいな声が、自分だけに向けられていることがうれしかった。。
 大好きな、おれのとうさま。うれしい。うれしい。どうしよう。
 大いなる竜の姿ではこの部屋に入れないから、わざわざ人の姿を取って会いに来てくれたのだ。
 竜は一度眠ると一週間起きなかったりすることもざらなのだけれど、騒動の所為でどうやら起こしてしまったらしい。
 ……ああ、とうさまの眠りの邪魔だけはしたくなかったのに。

 夢うつつに、ごめんなさいと呟いたら、

「謝ることは何もありません。吾子はよくやってくれています。……だから、そんなに、頑張らなくていいんですよ」 

 甘やかすことを言われてしまって、なきたくなった。ふんわりと暖かいものに包み込まれる。とうさまの腕のなか。
 世界で一番安全で、どこよりも安らげる場所。とうさまに触れていると、"眼"の痛みも遠のいていく。
 そうすると、本格的な眠気がきざしてきた。もう少しこうして、やわらかなしあわせに浸っていたいのに、叶わない。

「……おやすみなさい、フィロスタイン。良い夢を」

 さらさらと長く煌く遊色の髪が顔に降りかかる。額に触れる唇は、悪夢払いのおまじない。
 もたもたとすがりついたおれの腕を、とうさまは許してくれた。

 ──明日からも、これでがんばれる。

 頑張らなくていいといってもらえた。それだけで報われる。
 おれは頑張らないといけないのだ。ただの人間に過ぎない弱いおれが、みんなに必要とされる「若様」でいるためには。

 ねえ、とうさま。おれはこうやってあなたが甘やかしてくれる度、たくさん、たくさん力を貰っているんです。
 ここにいることを許して、おれのこと、気にかけてくれる。あなたが、みんなが、だいすきで、いとしくて。
 ありがとうより、もっともっと多く、感謝を伝えるにはどうしたらいいんですか。
 どうしたら、みんなに、あなたに、お返しができるのですか。

 おれは神さまを知らないけれど、おおきなおおいなるものに、世界に、いのる。
 まもれますように。
 しあわせでありますように。

 こどもみたいな蕩けた思考のまま、願いながら眠りに落ちて──目覚めた時にはすっかり元気になっていて。
 それでも父上がまだ傍に居てくれたから、私がうれしくて少しだけ泣いてしまったのは、他の皆には絶対いえない。私と父上だけの、秘密だ。

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最終更新:2011年07月06日 22:49
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