第1話―2 術師の失墜

 「買い物はどうだった?」
 入口をくぐった瞬間声をかけられるミケル。尋ねたレオは背中を向けたままだからミケルは鏡でもあるのかと部屋を見回す。
 「楽しかったけど……ここがラザロ先生の研究室?」
 「うん」
 「散らかってるね。悪いけど」
 塔の中ほどにある工学部の一室の広い部屋。雑然という言葉がこの上なく似合う程、雑多な資料や作りかけの魔術工具が棚や机や床に散乱している。
 「査問会の先生たちがひっくり返して行ったからだよ。元からあんまり整頓とかはしない方だったけどさ」
 「そうなんだ……どう、気分は落ち着いた?お土産に三日月バーガー買って来たけど。揚げ芋も」
 三日月屋は塔の傍に存在する軽食屋だ。安く早く夜遅くまで営業していて持ち帰りも出来る手軽な食事。チープだが塔の住人にとっては誰しも慣れ親しんだ味だ。
 「ありがとう。心配かけたね」
 礼を言って受け取るレオはまだ目が赤かった。
 「ところで、さっき部屋に入った時見てたの?背中越しに僕だってわかった?」
 「後で入って来るのを見たような気がしたから」
 「…………なんだか時制がおかしい気がするけど」
 「気にしないで。いつも言われるから」
 「…よくいわれるのか」
 学院には不思議な生徒が数多く存在する。そういうことなんだろうとミケルは納得することにした。
 「じゃあ僕は行くよ。あんまり遅くならない方がいいよ」
 「ありがとう。あ、割れ物は買わなかったんだね?」
 ミケルの持っている荷物を見て笑顔を浮かべるレオ。
 「うん。いい魚うさぎの陶器の置物があって、凄く欲しくなったんだけど。なんか忠告無視するのも悪いからさ。今度行った時またあったらその時買うよ。じゃ」
 手を振ってミケルがラザロ研究室を出ていく。同じく手を振って見送るレオ。
 「そうだよ。それがいい。買ったその日に割っちゃったりしたら凄く悲しかっただろうからね」
 つぶやくレオ。一つの些細な悲劇を避けられたことを喜びながら、またラザロの残した工具を選別する。これからやって来る客人への贈り物を選ばないといけない。比べ物にならない大きな悲劇、大破壊を回避するために。未だ燃えている塔を救うために。
 「これにしよう」
 削り出したばかりの鋼材のような禍々しい重厚さを持つ器具を一つ選ぶ。人間の腕ほどの長い箱に、固定するバンドと取っ手がついたような武骨なデザインの魔術工具。試作品だから塗装もされていない剥き出しの黒鋼色だが、その代わり実用品では設定されるリミッターも無い。
 「これならちょうどいいかな」
 特殊鋼ゆえに見かけよりもずっと軽い。
 「キミも恩人を手にかけなければいけないなんて、悲しいね」
 箱を撫でながら魔術具に語りかけるレオ。血を噴き出して倒れる魔術具の作り手の姿がありありと“見え”、またじわっと涙が浮かぶ。


 弟子が勝手な同情をしていたちょうどその頃、ラザロは後頭部にオーク材の一撃をくらって倒れたところだった。蜜月通りの裏の裏、めったに人も来ないような路地裏のことである。
 「ざまぁねぇな。手が四本あって目から光線出すって聞いてたからどんな化物かと思ってたのによ」
若い男が笑いながら、倒れた導師を汚れたブーツで踏む。身につけている物には金がかかっているが、荒んだ生活がうかがえる軽薄な表情。人を傷つけることをなんとも思わなくなった人間の錆びた笑いだ。
「ぐっ……貴様」
「あーるわけねぇだろぉ、こんなとこによぉ。何が魔力回復の奇跡の手記だ。はっ、『一応見せてくれ』っておっさん食いつき良すぎだぜ」
 「………」
 殺意を込めた目付きで胸に下げた銅の星に手を伸ばすラザロ。「おっと」その手を棒材で一撃する。骨がきしんで呻くラザロを冷たい目付きで見下ろす。
 「あんな塔から見下ろして来たんだろ、けったクソ悪い。何が虹の塔だ。手の届かない虹なんか鬱陶しいだけだっつぅーの。あ?どうだおっさん、見下ろして来た屑みたいな闇市は?感想言ってみろよ」
 「………思った通りのゴミ溜めだ」
 「けっ」
 つまらなそうに舌打ちして、追剥はもう一発躊躇なく頭に棒材をくれてやる。死ぬなら死ねよ、という投げやりな一撃。今度こそ昏倒するラザロ。
 追剥は意識を失った元導師からマジックアイテムっぽい物を全て奪い取ると、足早にその場を立ち去る。身ぐるみ剥いでやりたいところだが、自警団が最近は見回りしてやがる。
 後には額から血を流す元導師だけが残された。

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最終更新:2011年06月13日 17:50
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