江戸川乱歩の韓国での受容

2011年11月13日作成 (自著13、共著1)
  • 2011年11月18日 「日本文学翻訳60年書誌目録」を参照し、自著1点、収録書3点追加 (自著14、共著1、収録書3)
  • 2014年7月9日 2012年以降に出た書籍3冊を追加 (自著17、共著1、収録書3)

 2003年に『江戸川乱歩リファレンスブック3 江戸川乱歩著書目録』(監修:平井隆太郎、編集:中相作、発行:名張市立図書館)という書籍が刊行されている。2001年までに刊行された江戸川乱歩の著書の目録であり、翻訳されて海外で出版された書籍まで扱っているが、韓国語書籍は1点も扱われていない。

 このページは、いつの日か行われるであろうその改訂の際の一助となるべく作成した。もっとも、このページの乱歩の著書のデータは基本的に韓国国立中央図書館の蔵書データをオンライン検索して得たものであり、私自身は以下の書籍の実物を所持していない。とはいえ、実際に調査を進めていく際の道標ぐらいにはなるのではないかと思っている。

 なお、「江戸川乱歩著書目録」は編者の中相作氏がインターネット上で公開している。 名張人外境 > 江戸川乱歩著書目録

目次

1945年以前

(1)乱歩の探偵小説が受け入れられる下地

 19世紀末から20世紀初頭にかけて、黒岩涙香の翻案小説は日本で人気を博していただけではなく、中国語や韓国語に翻訳されて東アジア各地で読まれていた。
 韓国(朝鮮)では、1916年に黒岩涙香の『巌窟王』を再翻案したイ・サンヒョプ(李相協)『海王星』(韓国語作品)、1922年に黒岩涙香の『鉄仮面』を再翻案したミン・テウォン(閔泰瑗)『鉄仮面』(韓国語作品)が発表されている。
 1920年代半ばからは、韓国の作家が韓国語で書いた創作探偵小説も次第に増え始めた。(韓国の(韓国語の)最初の創作探偵小説は1908年~1909年に書かれている)


(2)1930年代の乱歩人気

 朝鮮では1930年代ごろから、『キング』や『少年倶楽部』が日本語のままで広く若者の間で読まれていた(日本語教育が徹底され、若者の日本語能力が格段に上がってきたのがこの時期)。つまり、乱歩の通俗長編や少年探偵団シリーズも当然読まれていたことになる。

 1952年に金来成(キム・ネソン)が江戸川乱歩に送った手紙で、韓国の当時の推理小説事情を知ることができる。おそらく、金来成が韓国(朝鮮)に帰った1930年代後半~1940年代初頭のころの状況を説明したものだと思われる。

江戸川乱歩(1952)「欧亜二題」
次に現代の朝鮮探偵小説については、金君は左のように書いている。
「結局一般読者が探偵小説を認識しはじめたのは、欧米からではなく、日本から輸入されたものにあったと思います。それには欧米のものの翻訳と創作とを含みますが、ポー、ルブラン、ドイル、ガボリオなどをはじめ、江戸川乱歩、森下雨村、水谷準、大下宇陀児、横溝正史、小酒井不木等の諸氏の作品が入って来ました。中にもルパン(ルブランではないのです)と、江戸川乱歩(明智小五郎ではないのです)と、ホームズ(ドイルではないのです)が大いに受けました。昔の黒岩涙香を知っていたのは私一人であったかも知れません」。

 この時期は、韓国の作家も小説は日本語で書くのが望ましいとされた時期であり、江戸川乱歩作品の韓国語への翻訳はなかったと思われる。(1920年代にはもしかしたらあったかもしれない)


(3)金来成(キム・ネソン)の活躍

 金来成(キム・ネソン)(1909-1957)は韓国推理小説の始祖とされる人物。21歳から26歳まで日本に留学。早稲田大学法学部独法科在学中の1935年、探偵雑誌『ぷろふいる』に掲載された「楕円形の鏡」でデビューした。乱歩に私淑しており、乱歩邸を訪れたことも二、三度あった。乱歩によれば、金来成は「非常な感激屋で、情熱家で、文学青年であった」(「内外近事一束」『宝石』1952年9・10月号)という。

 その後朝鮮に戻った金来成は、日本で発表した「探偵小説家の殺人」(1935)を翻訳改題した「仮想犯人」(1937)を皮切りに、ベストセラーとなった長編通俗探偵小説『魔人』(1939)や乱歩風の変格短編などを発表(朝鮮に戻って以降は、すべて作品は朝鮮語(韓国語)で発表している)。こうした作風の作品がすんなり受け入れられたのは、当時すでに乱歩が人気を博していたという下地があったからかもしれない。金来成が乱歩風の作品を韓国語で執筆し人気を得ていたというのは、韓国における乱歩の受容・波及の一種だと捉えることもできるだろう。

 金来成は、乱歩が『少年倶楽部』に少年探偵団シリーズを連載していたのと同時期に、少年向けの探偵小説『白仮面』(1937-1938)、『黄金窟』(1937)などを発表している。また同時期に、『赤毛のレドメイン家』の翻訳や、ホームズ物、ルパン物の翻案を行った。朝鮮半島に探偵小説を広めるため、まさに韓国の乱歩と言っていいほどの八面六臂の活躍をしたのである。翻訳作品として『赤毛のレドメイン家』を選んだというのも、乱歩の影響を伺わせるものである。


1945年~1960年代 (自著1、収録書2)

(1)当時の日本文学翻訳事情

 終戦直後は、ほとんどの知識人が日本語を読めたためそもそも翻訳の必要がなかったということと、また反日感情もあり、日本の小説が翻訳されることはなかった。ただし、日本の探偵小説が翻案されることはあったそうで、もしかしたら乱歩作品が翻案されて読まれるということもあったかもしれない。ただ、これは調査はかなり困難だろう。

 1952年、金来成(キム・ネソン)から乱歩の元に久々に手紙が届き、何度か書簡のやり取りをする。この時期、日本の本や雑誌は正規なルートでは入手できなかったが闇で入ってくることがあったそうで、金来成は戦後に創刊された推理雑誌『宝石』を韓国で読んでいたそうである。一部の人はやはりそのような手段で日本語のまま乱歩作品を読んでいたかもしれない。

 1950年代にも日本の小説の翻訳が数点あったことが確認されているが、本格的に日本の小説が韓国語に翻訳されるようになったのは1960年からである。たとえば、夏目漱石や芥川龍之介、谷崎潤一郎、三島由紀夫の作品が戦後初めて韓国語に翻訳されたのは1960年のことである。推理作家では、同年に山田風太郎、多岐川恭、新章文子、下村明の短編が『日本傑作短篇選集』(朴喜水訳、文興社、1960年)の1巻と2巻に収録されている(※収録された作品が推理小説かどうかは分からない)。
 1961年には松本清張の『点と線』と『ゼロの焦点』、仁木悦子の『猫は知っていた』が翻訳刊行されている。これらが韓国で出た最初の日本の推理小説の翻訳単行本である。
(「日本文学翻訳60年書誌目録」参照、ただし多岐川恭、新章文子、下村明の1960年の短編はリストから漏れている)。


(2)乱歩作品の最初の韓国語訳

 「日本文学翻訳60年書誌目録」によれば、(戦前に翻訳があったかは分からないが)戦後最初に韓国語になった乱歩作品は短編「堀越捜査一課長殿」(1956)だった。1966年に韓国で出版された『日本代表作家 百人集』(全5巻)の第2巻に収録されている。

  • 韓国語タイトル:「捜査第一課長 貴下」(権純萬 訳) 【2011年11月18日追加】
    • 『日本代表作家 百人集(일본대표작가 백인집)』第2巻、希望出版社(ソウル)、1966年

 『日本代表作家百人集』(全5巻)はそのタイトル通り、日本を代表する100人の作家の短編を収録したものである。韓国国立中央図書館(サイト)の蔵書検索で目次を見ることができるが、それによると、乱歩作品が収録されている第2巻にはほかに谷崎潤一郎「お艶殺し」や佐藤春夫「女人焚死」、宇野浩二「屋根裏の法学士」などが収録されている。また全5巻のラインナップを見てみると、松本清張「一年半待て」、土屋隆夫「情事の背景」や、南條範夫、水上勉、多岐川恭、黒岩重吾、梶山季之、佐野洋らの作品が収録されている。
 なお『日本代表作家百人集』(全5巻)とまったく同じ100短編を収録した『日本短篇文学全集』(全6巻)が1969年にソウルの新太陽社から出版されている。

  • 韓国語タイトル:「捜査第一課長 貴下」(権純萬 訳) 【2011年11月18日追加】
    • 『日本短篇文學全集(일본단편문학전집)』第2巻、新太陽出版社(ソウル)、1969年

(3)乱歩作品の最初の単行本

 「日本文学翻訳60年書誌目録」によれば、(戦前については分からないが)戦後最初に韓国で出版された乱歩の単行本は1968年の『괴도 스물이』である。直訳すると『怪盗 二十』となるので、おそらく『怪人二十面相』の翻訳だろう。少年探偵シリーズ(소년탐정시리이즈)1とされているが、2巻以降が刊行されたかについては分からない。

  • 江戸川乱歩『怪人二十面相』(少年探偵シリーズ1、翻訳:ソン・ミン(손민)、出版:チャンウサ(장우사)、1968年) 【2011年11月18日追加】
    • この書籍は韓国国立中央図書館のデータにない。

 ところで、『괴도 스물이』(怪盗 二十)でネット上を検索してみると、1970年代初頭に刊行されていた韓国の漫画雑誌『漫画王国』に同題の漫画が掲載されていることが分かった。「こちらの写真」の12枚目の右ページから14枚目の左ページである。画像だとよく見えないが、冒頭の説明によると名義(原作者と作画者?)はイ・ホン(이헌)とチョ・ハンニ(조항리)となっているようだ。

1970年代 (自著5、共著1)

 まず、1974年に以下の2冊が刊行されている。

  • モーリス・ルブラン / 江戸川乱歩『世界推理文学全集 5 「怪盗紳士ルパン」 / 「陰獣」ほか』(河西出版社、1974年)
    • 1974年に刊行された《世界推理文学全集》全10巻(ラインナップ紹介)のうちの1冊。乱歩作品は「陰獣」のほか、「心理試験」、「屋根裏の散歩者」、「二銭銅貨」を収録

  • 江戸川乱歩『心理試験』(李英朝訳、豊林出版社、1974年)
    • 「心理試験」
    • 「D坂の殺人事件」
    • 「二銭銅貨」
    • 「屋根裏の散歩者」
    • 「恐ろしき錯誤」
    • 「人間椅子」
    • (完全犯罪の名手)=「赤い部屋」か?
    • 「鏡地獄」

 河西出版社の《世界推理文学全集》は最初の刊行から3年後の1977年に全20巻の新版(ラインナップ紹介)が出版されている。その際には、乱歩は単独で1冊を占めるようになっている。

  • 江戸川乱歩『世界推理文学全集 7 「陰獣」 / 「孤島の鬼」』(河西出版社、1977年?)
    • この本は韓国国立中央図書館のデータになく、収録作品の詳細は分からない。書影こちらで見られる → リンク (写真はクリックで拡大可能)

 1977年から1978年にかけて、河西出版社からは軽装版のミステリ叢書《河西推理選書》(全36巻)(ラインナップ紹介)も刊行されている。こちらでは、全集に収録された『陰獣』と『孤島の鬼』がそれぞれ刊行されている。

  • 江戸川乱歩『孤島の鬼』(河西推理選書9、河西出版社、1977年)
  • 江戸川乱歩『陰獣』(河西推理選書18、河西出版社、1977年)

 1970年代末の韓国では翻訳ミステリ叢書の創刊ブームが訪れ、《河西推理選書》以外にも以下のような叢書が出版されている。

  • 《豊林名作推理小説シリーズ》 豊林出版社、1976年~1979年?、巻数不明(少なくとも23巻までは刊行されている)
  • 《東西推理文庫》 東西文化社、1977年~1980年頃?、全128巻
  • 《三中堂ミステリ名作》 三中堂、1978年~1981年、全40巻(ラインナップ紹介

 このうち、《豊林名作推理小説シリーズ》で江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』が刊行されているが、おそらく前述の短編集『心理試験』のタイトルを変えて叢書に組み込んだものだろう。収録作品は同じだが収録順が変更になり、表題作の「屋根裏の散歩者」が巻頭に来ている。

  • 江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』(豊林名作推理小説シリーズ14、李英朝訳、豊林出版社、1978年)
    • 「屋根裏の散歩者」
    • 「心理試験」
    • 「D坂の殺人事件」
    • 「二銭銅貨」
    • 「恐ろしき錯誤」
    • 「人間椅子」
    • (完全犯罪の名手)=「赤い部屋」か?
    • 「鏡地獄」

 韓国国立中央図書館のデータで確認できる限りで、1970年代に刊行された乱歩の韓国語訳本は以上の6冊である(正確に言えば、6冊のうち『世界推理文学全集 7 「陰獣」 / 「孤島の鬼」』は蔵書データにはないが、これはネット上の写真などで存在を確認した)。

作者 タイトル(の日本語訳) 訳者 出版社 出版年
モーリス・ルブラン / 江戸川乱歩 『世界推理文学全集 5 「怪盗紳士ルパン」 / 「陰獣」ほか』 (乱歩作品の訳者はカン・ヨンジュン(姜龍俊)) 河西出版社 1974年
江戸川乱歩 『心理試験』 イ・ヨンジョ(李英朝) 豊林出版社 1974年
江戸川乱歩 『世界推理文学全集 7 「陰獣」 / 「孤島の鬼」』 ペク・キルソン(白吉善) 河西出版社 1977年
江戸川乱歩 『孤島の鬼』(河西推理選書9) ペク・キルソン(白吉善) 河西出版社 1977年
江戸川乱歩 『陰獣』(河西推理選書18) ペク・キルソン(白吉善) 河西出版社 1977年
江戸川乱歩 『屋根裏の散歩者』(豊林名作推理小説シリーズ14) イ・ヨンジョ(李英朝) 豊林出版社 1978年

 1970年代末から1980年代にかけて、韓国で人気を博したのは日本の社会派推理小説だった。松本清張や森村誠一の作品は大量に翻訳されているが、乱歩のような作風は受けなかったのか、翻訳は1970年代に出た数冊だけで止まってしまう。乱歩の次の一般向け小説の翻訳本は2003年の『陰獣』であり、実に四半世紀もの間があくことになる。

(南富鎭(なん ぶじん)氏の調査によれば、松本清張の翻訳本は(単行本だけでなく短編が収録された本も1点と数えて)1960年代に11点、1970年代に23点、1980年代に33点、1990年代に11点、2000年以降で7点刊行されている)


1980年代~20世紀末 (自著3、収録書1)

 1980年代、韓国では少年少女向け推理小説叢書がいくつか出版されている。ここでは以下の2つに注目する。

  • ヘムン出版社《パンダ推理傑作シリーズ》(1983年に全25巻刊行、1986年~1988年にさらに25冊が追加され全50巻)
  • クマ出版《世界推理・探偵傑作シリーズ》(1985年~1987年、全25巻) ※「クマ」は「熊」という意味ではない

 実はこれは両方とも、1973年~1976年に日本で刊行されたあかね書房の《推理・探偵傑作シリーズ》(全25巻)の重訳であり、ラインナップが一致しているばかりかカバーデザインやイラストなども流用されていた。

 あかね書房の《推理・探偵傑作シリーズ》(全25巻)のラインナップは「古書あやかしや」のサイトで確認できる → リンク先の真ん中あたり

 もう少し正確に言うと、《パンダ推理傑作シリーズ》の方は最初に刊行された25冊があかね書房の叢書とラインナップが一致している(刊行順は異なる)。そしてクマ出版《世界推理・探偵傑作シリーズ》は、3冊だけあかね書房版とラインナップが異なる。ポオ『モルグ街の怪事件』、ダシール・ハメット『マルタの鷹』、レスリー・チャータリス『怪紳士暗黒街を行く』が除かれ、代わりに乱歩の少年探偵団シリーズが3冊入っているのである。

  • 江戸川乱歩『少年探偵団』(世界推理・探偵傑作シリーズ13、クマ出版、1986年)
  • 江戸川乱歩『透明怪人』(世界推理・探偵傑作シリーズ14、クマ出版、1986年)
  • 江戸川乱歩『妖怪博士』(世界推理・探偵傑作シリーズ17、クマ出版、1986年)

 韓国語タイトルを直訳すると順に『少年探偵団』『透明人間』『妖怪博士』になる。『透明人間』はおそらく『透明怪人』だろう。『少年探偵団』は同題の作品『少年探偵団』である可能性が高いと思うが、必ずしも断言はできない。乱歩の少年少女向け小説の韓国語への翻訳はこの3冊だけだと思われる。

 なお、韓国は1987年に万国著作権条約に加盟した。

 1999年、テドン出版社から日本の推理小説のアンソロジー『Jミステリ傑作選』(日本推理作家協会・韓国推理作家協会共編、チョン・テウォン訳、全3巻)が刊行されており、その第2巻に乱歩の「防空壕」が収録されている。

  • 「防空壕」(チョン・テウォン(鄭泰原)訳) 【2011年11月18日追加】
    • 『Jミステリ傑作選(J미스터리 걸작선)』第2巻、テドン出版社(ソウル)、1999年

21世紀(『江戸川乱歩著書目録』刊行以降) (自著5)

 21世紀に刊行された分については、以前に「韓国語に翻訳された日本の探偵作家の作品一覧 」でまとめたが、以下に転載しておく。

タイトル 漢字ハングル混じり表記 原題 訳者 出版社 出版日
음울한 짐승(短編集) 陰鬱한 짐승 陰獣 キム・ムヌン(김문운) 東西文化社(동서문화사) 2003-06-01
외딴섬 악마 외딴섬 悪魔 孤島の鬼 キム・ムヌン(김문운) 東西文化社(동서문화사) 2004-08-01
에도가와 란포 전단편집 1(短編集) 에도가와 란포 全短篇集 1 江戸川乱歩全短篇 1(ちくま文庫) キム・ソヨン(김소영) 図書出版 Do Dream(도서출판두드림) 2008-05-14
에도가와 란포 전단편집 2(短編集) 에도가와 란포 全短篇集 2 江戸川乱歩全短篇 2(ちくま文庫) キム・ウニ(김은희) 図書出版 Do Dream(도서출판두드림) 2009-07-17
에도가와 란포 전단편집 3(短編集) 에도가와 란포 全短篇集 3 江戸川乱歩全短篇 3(ちくま文庫) キム・ウニ(김은희) 図書出版 Do Dream(도서출판두드림) 2008-09-22

 2003年の短編集『陰獣』の収録作は、「陰獣」+新潮文庫『江戸川乱歩傑作選』に収録の9短編(bk1)。
 2008年~2009年に出た短編集の収録作は、ちくま文庫『江戸川乱歩全短篇』(全3巻)と同じ(bk1:第1巻第2巻第3巻)。

 『江戸川乱歩全短篇 2』の翻訳本は、日本ミステリの愛好者が集う韓国のWebサイトで2010年に行われたランキングで第15位になった。(2009年に韓国で刊行された日本の広義のミステリ約100冊が対象、以前にまとめたTogetter参照

 一応、乱歩作品を原作とする漫画の翻訳も挙げておく。山田貴敏『少年探偵団』(全3巻)の翻訳が2005年に刊行されている。

2012年以降 (自著3)

【この節、2014年7月9日に追加】

タイトル 漢字ハングル混じり表記 原題 訳者 出版社 出版日
에도가와 란포 1 : 스무 개의 얼굴을 가진 괴인 에도가와 란포 1 : 스무 個의 얼굴을 가진 怪人 怪人二十面相 クォン・ナミ(권남희) ピリョンソ(비룡소) 2012-10-05
괴도 20가면 2 : 괴도 20가면과 소년 탐정단 怪盗 20仮面 2 : 怪盗 20仮面과 少年 探偵団 少年探偵団 クォン・ナミ(권남희) ピリョンソ(비룡소) 2012-12-30
괴도 20가면 3 : 소년 탐정단과 히루타 박사 怪盗 20仮面 3 : 少年 探偵団과 히루타 博士 妖怪博士 クォン・ナミ(권남희) ピリョンソ(비룡소) 2013-06-10
※タイトルからのリンク先は韓国のネット書店「アラジン」。出版日はアラジンに記載されているものであり、奥付表示ではない。

 《オランウータンクラブ》(오랑우탄 클럽)(2008年9月~、2014年7月現在既刊24巻)という児童向けミステリ叢書の第21巻~第23巻として刊行。ちなみに1~6および11~18は、はやみねかおるの「名探偵夢水清志郎事件ノート」シリーズ、7~10はトレイシー・マック&マイケル・シトリンの「シャーロック・ホームズ&イレギュラーズ」シリーズ、19、20、24は米国の作家Gitty Daneshvariの「School of Fear」シリーズ(邦訳なし)。

 第1巻では「怪人二十面相」はそれをそのままハングル表記にして「괴인 20면상」となっているが、「怪人(괴인)」や「面相(면상)」が分かりづらいという指摘があったのだろう、第2巻以降では「怪盗二十仮面」(괴도 20가면)となっている。(手近な韓日辞書で調べたところ、「怪人(괴인)」と「面相(면상)」は載っていなかった。「怪盗(괴도)」と「仮面(가면)」は載っている)
 それぞれのタイトルは直訳すると、『江戸川乱歩 1 : 二十の顔を持つ怪人』、『怪盗二十仮面 2 : 怪盗二十仮面と少年探偵団』、『怪盗二十仮面 3 : 少年探偵団と蛭田博士』。第1巻では少なくとも表紙を見る限り、なぜか「江戸川乱歩」というのがタイトル扱いになっている(ネット書店でも「江戸川乱歩」がタイトルとして登録されている)。第2巻以降は「怪盗二十仮面」というのがタイトルになり、それに副題がつく形式になっている。

 それぞれ、ネット書店で一部が読めるようになっている。第3巻の裏表紙見返しでは、第4巻『秘密暗号』、第5巻『青銅仮面』、第6巻『怪盗二十仮面対地獄の魔術王』が近刊とされている。それぞれ、『大金塊』、『青銅の魔人』、『地底の魔術王』(虎の牙)に対応するものと思われる。

乱歩による韓国ミステリ関連文献

 江戸川乱歩が韓国(朝鮮)の探偵小説について言及したエッセイ等には以下ものがある。 ※ほかにあったら是非教えてください

  • 「内外近事一束」 (『宝石』1952年9・10月号、pp.304-309)
    • 金来成から久々に手紙が来たことに触れ、手紙の内容や、若き日の金来成についての思い出などを記している。
  • 「欧亜二題」 (『読切小説集』1952年11月号(未確認)/江戸川乱歩『子不語随筆』(講談社、1988年)に収録)
    • 金来成の近況などを伝える。また、金来成からの伝聞情報で朝鮮の古い裁判物語について紹介している。
  • 『探偵作家クラブ会報』第65号(1952年10月号)・第66号(1952年11月号)
    • 乱歩が「海外消息」「海外近事」で金来成の話題を出している。(第67号の無署名記事にも金来成の名前が出てくる)

参考にしたデータについて

韓国国立中央図書館の蔵書データ


 韓国での江戸川乱歩作品の刊行状況を知るために最初に利用したのは韓国国立中央図書館の蔵書データである。
 「江戸川乱歩」のハングル表記は現代では 에도가와 란포 (エドガワ ランポ)が普通だが、かつては 에도가와 란보 (エドガワ ランボ)が使われたこともあったようだ。また、韓国では以前は日本の人物名は漢字表記をしたうえで韓国語読みしていたので、「江戸川乱歩」に関してはその韓国語読みである 강호천란보 (カンホチョルランボ)、강호천난보 (カンホチョン ナンボ)などで検索する必要もある(漢字のままでは検索できない)。もしかしたらほかにも表記のバリエーションがあるかも知れず、見落としがあるかもしれない。

 当然ながら、あらゆる書籍が所蔵されているわけではない。上で示したもののうち、以下の2点は韓国国立中央図書館に所蔵されていない。

  • 江戸川乱歩『怪人二十面相』(少年探偵シリーズ1、翻訳:ソン・ミン(손민)、出版:チャンウサ(장우사)、1968年)
  • 江戸川乱歩『世界推理文学全集 7 「陰獣」 / 「孤島の鬼」』(河西出版社、1977年?)

「日本文学翻訳60年書誌目録」(2008年)

  • 윤상인 ほか『일본문학 번역 60년 : 현황과 분석 : 1945-2005』(소명출판、2008年、ISBN: 9788956263076) - 尹相仁ほか『日本文学翻訳60年 現況と分析』(召命出版、2008年)
    • 巻末に、韓国で翻訳出版された日本文学作品の一覧「일본문학 번역 60년 서지 목록(日本文学翻訳60年書誌目録)」が付されている。日本の国立国会図書館で利用できる。

 1945年から2005年までに韓国で出版された日本の小説の作者別の目録。ただし、雑誌に訳載されたものについては扱われていない。
 いわゆる純文学から推理小説、さらにはライトノベルまであらゆる小説作品を網羅した労作であり、日本文学の韓国での受容を研究する際にはその最初の手掛かりとすべき重要なものだと思うが、各作家に注目してよく見てみると遺漏もかなりある。乱歩に関しては、少なくとも以下の1冊が漏れている。

  • 江戸川乱歩『透明怪人』(世界推理・探偵傑作シリーズ14、クマ出版、1986年)

 ほかにもざっと見た限りで、《三中堂ミステリ名作》(1978-1981年、全40巻)の横溝正史『蝶々殺人事件』、坂口安吾『不連続殺人事件』、佐野洋『金色の喪章』などが漏れている(以上の3冊は韓国国立中央図書館にも所蔵されている)。もっとも、あらゆる作家に関して万全を期すことなどできないし、いずれにしろこの目録は素晴らしい研究成果だと重ねて記しておく。

 乱歩とは直接関係がないが、松本清張に関しては南富鎭(なん ぶじん)氏が「松本清張韓国語翻訳・翻案作品目録」を作成している。南富鎭氏が「日本文学翻訳60年書誌目録」を参考にし、それに多くを補って作成したものである。南富鎭『翻訳の文学 東アジアにおける文化の領域』(世界思想社、2011年6月)に収録されている。
(南富鎭氏作成のリストにも漏れがある。たとえば《三中堂ミステリ名作》の第37巻『世界推理傑作選』(三中堂、1980年)に松本清張の短編「顔」が収録されているが、これはリストから漏れている)



最終更新:2011年11月18日 15:36