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冒険者ギルド大原則十カ条(抜粋)
その三 冒険者ギルドは、冒険者たる同士について、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別を行ってはならない。
その六 冒険者ギルドは、冒険者たる同士の意思と理念と技能と裁量において支部を設置することを認めなければならない。
その八 冒険者ギルドは、ギルドの円滑な運営を行うために、冒険者たる同士に過重な負担を求めてはならない。
その十 冒険者ギルドは、頑張るあなたを応援します。
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「話を変えよう、天山大剣」
「かまわないよ」

Q:『旅人』はなぜ来るのか。

「男爵ならこれまでの話で予想はついているんじゃないの?」
「まあな、マナ密度の差だろう」

男爵はずばりと原因を当てた。

「正解、よく気付いたね」
「旅人を何人も観察すればわかることだ。それにさきに話したように、あちらの世界の住人がマナを使わない選択をしたのならば当然の事態だろう」

マナとは、世界に満ちる大いなる力のことだ。
あらゆる生物は、生きとし生けるうえで、このマナを常に取り込み続けている。

「それはあちらの世界の人間も同じことだろう?」
「そうだよ、人間もマナを持ってるよ」
「しかし消費しないのなら蓄積する一方だろう」
「個体差があるね。取り込みやすい人と取り込みにくい人とではその体内魔力の量は10倍から100倍は違う」
「ちなみに私の内在マナを超える人間はあちらに何人くらいいる?」
「3466人、いや7人だね、今生まれた」
「それには貴様も」
「入ってないよ」
「なるほど、だいぶ多いな」
「でも男爵の場合は膨大な内在マナよりも、外部の遍在マナを効率よく取り込み使用するテクニックが驚異だよ。ツァーリ・ボンバーくらいなら」
「興味がないし貴様に褒められても嬉しくないな。それより旅人が来る原因についてだ」
「自分から言い出したくせに……。マナを消費しないと世界にマナが満ちる。そしてエネルギーは高いところから低いほうへ流れる、常識だよね」
「まあ当然だな」
「そんで正直、あちらの世界のマナ密度が飽和状態になってて、ちょっとしたことであちらとこちらの世界がつながってしまう事態が起きている」
「ちょっとしたこととは、たとえば?」a,

「トラックに轢かれたりとか」
「ニュアンス的には事故死か。その程度で飛んでくるのか? それならもっとあちこちにいるはずだが」
「大抵転移時に死んでるから。それに全部この……いや。とにかく、あちらの世界のマナ密度が濃いから、何かしらでつながるとぽろっとこっち側に落ちてくるんだよ」

天山大剣がそう言うと、男爵は納得がいったように大きくうなずいた。

「それで最初の話に戻るわけか、こちらとあちらの世界のマナの均衡だったか」
「そう、それに落とすなら生物、特に人間のほうが後々考えるとメリットも大きいしね。ギルドもあるし」

すると男爵はものすごい嫌そうな顔をして眉間にしわを寄せた。

「貴様、まさか『冒険者ギルド』に……」
「こっそり協力してるよ。彼らの活動はぼくにとってもメリットあるし。もちろん『冒険者の証』についてもちょっと手伝ったよ」
「私の知らない『職業』がちらほらと出現するのはそれが理由か……」

男爵は頭に手を置いて重苦しいため息をついた。
そこへ君が冒険者ギルドってなんですかと質問した。妙に琴線に響く言葉だった。

「貴様が余計なことを口にするから旅人の興味を引いてしまったではないか」
「いいじゃん、それくらい教えてあげても。世界各地に点在する『冒険者ギルド』と、その基本となる『冒険者の証』とその基本となる8つの『職業』に関してはこの男爵が定義づけてつくったモノなんだよ」

ひゅーひゅー、やんややんやと天山大剣がふざけてはやし立てる。
それがどれほど凄いことなのか君にはわからなかったが、実はこの瞬間、館の関係者を除くこの諸島内に全ての冒険者ギルドに縁のある人物は驚愕に口をあんぐりと開けていた。
この世界で最大の組織と言ったら『大陸協会』であるが、『冒険者ギルド』はその直属でありながら独立自治権を持つ組織だ。
その活動範囲は幅広く、冒険者ギルド十カ条を掲げ、冒険者たる同士に協力は惜しまない決まりになっている。

「なんだかんだ言って男爵、普通の人たちにかなり貢献してると思うよ。『冒険者の証』なんてその最たるもんじゃん」
「うるさい、それ以上言うな」

と男爵は抗議の声を上げるが、その声は諦め混じりだった。

「冒険者ギルドが発行するアイテムとして『冒険者の証』というものがある。
これは所持しているだけで自身のステータスと、冒険者同士のステータスを閲覧できるようになるものだ。
名前や種族や性別や称号や職業や身長や体重、こころ・わざ・ちからという肉体的強度や身体的強度を示す数値(目安)も見れるし、取得可能なアビリティも閲覧できる。
マニュアルつけたのはぼくだけど」
「それもお前か……」

男爵はあきれた様子で息を吐いた。

「従来冒険者は、モンスターを倒し経験を積むことで身体能力を向上させていたんだけど、『冒険者の証』の登場で、このプロセスが逆転した。
獲得した『職業』の補正が身体能力に付与されるようになって、モンスターを倒した経験点が『冒険者の証』に集約され、経験点を溜めることでレベルアップ、ステータスの上昇を図れるようになった。
従来:ステータスが上がればレベルが上がる。
現在:レベルを上げればステータスが上がる。
経験点の蓄積が必要なのは同じだが、そのプロセスを『冒険者の証』が集約し簡略化、認識が容易になった。
これをつくった功績が認められて、男爵はこの世界どこに行っても『男爵』という称号を獲得した」

「ああ、ずっと不思議に思ってたんだけど、『男爵』って男爵自ら望んで獲得した称号なんだね」

マイルスがそう言いながら、長年の疑問が解けたような納得した様子で大きくうなずいた。
男爵は魔術士だ、しかも端的に言って世界一である。
そんな男爵が、爵位としては最下位である『男爵』を名乗っていることは、彼と多少関わりを持った人間なら誰もが疑問に思うことである。
男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵という爵位はこの世界の貴族界でも割と一般的に使用される分類だ。
国の脅威となる人食い魔獣を討伐したり、広大な土地を開拓したりすれば、国にとって大きな貢献となる。
すると国はその功績に対して報いる義務がある、そしてその爵位には様々な特典があったりするのだが。

「金や地位などに私は興味がない。知ってるかね?」
『可愛いは正義』
「だよね」
「と言うのだよ」

天山大剣と男爵の声が重なった。男爵は少し満足げだ。




閑話休題。

「ところでいつまでこの話を続けるつもりだ。『冒険者の証』や私のことなんて別にどうでもいいだろう」

照れてるようだ。

「照れてなどいない」
「まあ待ってよ、世界の均衡に関してこの世界の組織と『男爵』の存在ってのは切り離せない関係なんだからさ」

A:奇人とは。

「『世界三奇人』が有名だよね、『放浪者』と『絵画人』と『男爵』と」
「同列に語られるのははなはだ不本意だが、まあ私自身もそれなりに有名だと認識している」
「ちなみに『三奇人』って名前を浸透させたのも」
「また貴様か……いい加減にしろ……」

天山大剣からの暴露に、さすがの男爵も辟易した様子だ。
そもそもこの『三奇人』は名前は割と知られているが行動範囲はあまり知られていない。
なにしろ男爵に限らず『奇人』と呼ばれる三者の行動は極めて自己中心的だからだ。
存在そのものが災害である『放浪者(ほうろうしゃ)』の趣味は観光であるし、『絵画人(かいじん)』は引きこもりだ。
他者からの評価にとらわれず、自身が持つ力を思うままに振るう、まさに『|触れるな危険《アンタッチャブル》』な存在だ。
一応既知な間柄ではあるそうだが、それも男爵自身が三奇人と呼ばれていることを知って他の2名を捜索し遭遇したいきさつがある。
集団があって呼び名が生まれたのではなく、呼び名があって集団と見なされるというややこしいパターンだ。

「それで、『奇人』の存在がどうしたって? 簡潔に言え」
「いや、『奇人』は関係ないよ、重要なのは『男爵』だけ。男爵について語る上で奇人について話しておこうと思って。

Q:冒険者とは。

冒険者は、いわゆる開拓者だ。
危険を冒す者と書くように、その役割は広大な人ならざる領域から資源や、領域そのものを獲得する役割を持っている。
かつては一握りの能力を持つ人間だけがその役割を担っていたのだが、男爵がつくった『冒険者の証』によってその門戸は格段に広がった。

「孤児だろうが貴族だろうが、冒険者としてのスタートは同じ位置だからね。画期的だよ」
「未完成品のことで評価されてもあまり嬉しくないがな」
「未完成品? なんでさ」
「旅人には使えないからな。試そうにもリスクが高すぎる」

そこで男爵は君を見た。

「死ぬかもしれないが、使ってみるかね? 『冒険者の証』」

君は大きく首を振って拒否した。

「あと少しで完成するよ!きっとできる!フレーッ、フレーッ、男☆爵♪ がんばれがんばれメ☆ノ☆ウ☆」イラッ。





「さて、話を戻そう」
「ちょっと待て、なんだ今のはなはだしく不快な煽りと不自然な話題転換は」
「何でもないよ、何でもない。うん、何も起きてない、うん。『冒険者の証』はもう少しで旅人にも使えるようになるからそれで完成って言っていいと思うよ、うん」

天山大剣のその態度は、男爵にとって看過できるものではなかったが、しかし追求したからといって天山大剣がまともにとりあうとも男爵は思わなかった。
この一連の対話の中で、男爵は天山大剣の性格を大体把握していた。
人をおちょくるのが好きなタイプだ、これまでの話もどれほど信用できるのかわかったものではない。
男爵の分析はおおむね正しい、ただ信じられないかもしれないが天山大剣(こいつ)はこれでも嘘だけはつかないようにしているらしい。
言動と行動からあまり理解されないが、天山大剣(こいつ)にもそれなりの矜恃がある。
そもそも、男爵の呼びかけなど無視してしまってよかったのだ。応じた時点でその気にはなっている。お遊びが過ぎるのが玉に瑕だが。

Q:こちらの世界とあちらの世界について

「あちらの世界はここでは考えられないほどのマナで満ちている。それに常に浸っている人間の内在マナは驚異的だ。
 例えて言うならあっちは気温30度、こっちは15度って感じかな」
「お前の例えはわかりにくいな。要するに使われないから溜まる一方で、それに使ってるから体がそれに慣れてるってことだろう?」
「お前呼びいいね、なんか友達っぽい」
「貴様の例えはわかりにくいなぁ」
「ぶーぶー。何も言い直すことないじゃん」

何らかのきっかけで世界を超える現象が実はここ数十年で往々にして発生している。
そのきっかけは当人の死亡であったり、あるいは転移先の存在による誘致、召喚、拉致であったり様々だが、明確な原因はあちらの世界のマナの飽和だ。
例えるなら、人間はマナの大気の中に浮かぶ泡のようなものだ。
その泡は大小はあれど、中を満たすものは世界そのもののマナであることには変わらないわけだ。
そして、その泡はマナ密度の低い異世界へと流される。
その際、泡の内側にあるものは元の世界の高密度のマナ。しかし泡そのものは内外のマナを効率的に行使する術を持たない。

「なるほど、生命の蝋燭を使用すると内在マナを消費する。こちらの世界の人間なら内在マナも遍在マナも同じ密度だから事故は起こりにくい。
 しかし旅人はそのギャップに対応できない。無理矢理マナを行使しようとするとギャップに対応できずにそれで爆死するわけか」
「そういうこと、長年の疑問が解けてよかったね」
「しかしそうなると慣れ次第ってどうにかなるってことか。時間をかけてこちらの環境に慣らせば……」
「男爵ってワイン好き?」
「?突然何を……ああそうか、なら無理か」

天山大剣の脈絡のない声かけに男爵は疑問に思ったが、その天山大剣の回りくどい説明を察したようだ。
君は気になって質問する、自分はそのような能力を使うことはできないのかと。

「無理だ。君の、いや君たち向こうの世界の住人はワインのように体ができあがっている。対する我々は言うなれば水か」
「水っていうには密度高すぎでしょ男爵は。ウォッカにしときなよ」
「茶々を入れるな。たとえ話だ」

マナを使用しない選択をして進化を続けて数百年。その積み重ねはそう易々と超えられるものではない。
ワインのボトルを未開封のままおいてたからといって、その中身がそうそう変化することはない。
旅人を長年この世界で保護し続けたからどうにかなるものでもないのだ。

「ではあちらの世界であちらの住人に蝋燭は使えるのか」
「使えるよ。使ったら全身のマナを一気に消費してたぶん死ぬけど、そのかわりたぶんどんな魔法でも使えるよ。でもそれって意味あるの、男爵的に」
「興味はあるが私から観測ができないから無意味か。質問だ、天山大剣」
「なんだい男爵」
「旅人が赤子だとしても変わらないのだな?」
「うん、あっちで生まれた時点であっちの環境に適応しているから転移しても変わらない。転生ならわんちゃんかな」
「|それ《転生者とやら》を確認する術がないな、じゃあ妊婦を転移させてこっちで出産したら」
「転移時点で母体がたぶん死ぬよ。ていうかひどいこと考えるね。さすが『世界三奇人』」
「うるさい。やはり無理か、となると現状手詰まりだな」
「もう諦めるの?」
「無理なものにリソース裂くよりも、すっぱり諦めて別の方向からアプローチしたほうが結果的によかったりするのだよ。経験上はな」

そう言って男爵はびしっと天山大剣を指さした。

「たとえばそう、空を行く大剣に乗り込むこととかな」
「がんばってね」

男爵による明確な宣戦布告を、天山大剣は涼しい口調で受け流した。






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最終更新:2016年01月31日 19:55