★★★
【グオオオオオオ……オ…ン……】
断末魔の咆哮を上げて倒れ込んだドラゴンは、それでもなお起き上がろうとしたが叶わず、完全に力尽きた。
とどめを刺した『剣士』は、全身をドラゴンの血や自身の血で染めながら、剣を杖に立っていた。
「や……たぁ」
勝利の喜びに打ち震えながら、天を仰ぎ倒れ込む。
そこへすかさず駆け寄ってきた仲間の『法士』が回復術をかけた。
「さんきゅ」
礼を言う『剣士』に対し、『法士』は術をかけながらも「気にしないで」と言いたげに首を振った。
「何人……残った?」
「お前を入れて5人、辛くも勝利ってところか、いてて」
『術士』に肩を貸してもらいながら仲間の『拳士』がそばへとやってきた。
「お前も手ひどくやられたな、ナックル」
ナックルと呼ばれた『拳士』は苦笑しつつ『剣士』の横にどっかりと座り込んだ。
『拳士』の負傷は『剣士』よりかなり多い。
それは『拳士』という職業は『剣士』よりも軽装で、攻撃を回避し攻撃する特性があるためである。
回避できずに攻撃を喰らいはしたものの、死なずに済んだのはさすがと言えるだろう。
腕がちぎれ、吹き飛んだ片足や抉れた脇腹はかろうじて治したものの、全快とはほど遠い。
ドラゴンの攻撃がいかに苛烈だったかがよくわかるというものである。
「ありがとうプリスト、こっちはいいから、みんなを治してやってくれ。おーいレン!出てこいよ」
『剣士』が『法士』に礼を言ってそう呼びかけると、物陰からこそこそと出てくるものがいた。
彼が呼ばれた人物、名をレンと言い、職業は『練士』である。
「ご苦労さん。ソード」
そういってレンは『剣士』にねぎらいの言葉をかける。
「ああ、レンのほうもありがとな、助かった」
そう言いながらソードと呼ばれた『剣士』が手を差し出すと、レンはその手に二枚の銀貨をそっと乗せた。
「マジク、頼む」
ソードが『術士』にそう呼びかけると、マジクと呼ばれた彼はソードの手のひらの銀貨に呪文をかけた。
するとその銀貨が光に包まれ、2つの人間が中から現れた。
2人ともその体つきから女であることはわかるが、見るも無惨な状態で、2つとも一目で死亡していることがわかる有様だった。
プリストと呼ばれた『法士』は死亡している2人へ身体再生術をかけて肉体を治す。
続いて蘇生術をかけると時間にして十分程度で両者とも息を吹き返した。

そこでとりあえず一安心と言いたいところだったが、彼らがいるこの場所は大陸でも随一と呼ばれる難攻不落の迷宮の最深部。
この領域のボスであろうドラゴンは倒したものの、警戒は怠れなかった。
「大丈夫、今のところ周囲にモンスターの気配はないよ」
疲労困憊のソードやナックルに代わり、比較的無事なレンが周囲を警戒している。
死亡していた2人も、呼吸は戻ったものの意識が戻らない、プリストによる回復術は継続してかける必要がある。
「そんなに警戒しなくてもあいつがこの迷宮の主だよ。レベル200を超えるモンスターがそうそういて……」
「おいバカやめろレンそれ以上言うな」
たまるか、と言おうとしたレンの発言を途中で遮ったのは、さっきまで死んでいた女だった。
「気付いたかランス」
「ああ、お花畑が見えたけどなんとか戻ってこれたよソード。ありがとうプリスト」
「まだ横になってて、ランス」
上体を起こそうとしたところをプリストが制する。
ランスと呼ばれた女は体を起こそうとしたがまだ体が思うように動かないことを確認し、大きな息を吐いて体を沈めた。
「ね……プリスト。ちょっと私の頭のほうに来て」
「?はい」
ランスの要望に、プリストは回復術をかけたままそのとおり移動する。
「そんでそこ座って、できれば正座で」
「はい」
リクエスト通りにぺたりと床に座り込む。もちろん術は2人にかけ続けている。
「あー……よっこいせ」
「ひゃ……」
ランスが器用に、あおむけで這ってプリストに近づき、その太ももに赤銅のような髪を広げた。
『法士』であるプリストは丈の長いスカートを身につけていたが、ランスはその上からぷにぷにと太ももの感触を味わっているようだった。
ランスが言う。
「しかし、さすがソードって言うべきか、あのドラゴンを倒してしまうとはね。私も今回はダメだと思ったよ」
「ああ、俺ももうダメだと思ったが、みんなの思いが奇跡を呼んだようだな」
「謙遜のつもりかいソード。冒険に運や奇跡なんてものは干渉しない、すべてはあるべくして起こるものなのさ」
「起きたかユーミール」
死亡していたもう1人の女、ソードがユーミールと呼ぶ者が目を開けた。
プリストによる回復術をかけられてから小一時間、ようやく一安心と言える。
「運や奇跡を願って射っても矢は当たらないのさ。ソードやナックルが生き残れて僕が死んだのは、ただ僕の実力が及ばなかったからに過ぎない、そもそも……」
「はいはいわかったから、プリストが困ってるから2人ともおとなしくしてなよ」
マジクがユーミールの発言を遮った。ユーミールはまだ何か言いたそうにしていたが、観念したように口を閉ざした。
しばらくの沈黙の後、もう一度ユーミールがぽつりとつぶやいた。
「よく勝てたね」
「まあな」
ソードは短く肯定した。
「やったな」
「ああ」

その短いやりとりがきっかけで、みんなの心にじわじわと成し遂げたんだという思いがわき上がってきた。
冒険者として活動をし、さまざまな冒険の果てにつながった最良の7人の仲間たち。
レベル100を超えるモンスターがごろごろしているこのダンジョンは難攻不落と名高く、数多くの冒険者たちを飲み込んできた。
しかしそれも今や昔の話、この7人でダンジョンに潜入しどれほどの月日が経ったか、とうとう深奥で強大なドラゴンを討伐したのだ。
奥に行けば行くほどモンスターは強さを増し、ソードが倒したこのドラゴンはなんと202という前代未聞の強さを持っていたのだ。
最初にステータスを見たときは誰もが愕然となった。
戦いは苛烈を極めた。一歩間違えば全滅の危険をはらむ中、ソードが剣を振るい、ナックルがその拳で打ち据え、ランスの槍が甲殻を貫き、ユーミールの射る矢が鱗を貫く。
しかし、怒り狂ったドラゴンの猛攻でユーミールが死に、ランスが死んだ。
戦闘中に蘇生できる余裕はなく、死体はレンが蘇生可能な状態で回収した。
残ったソードとナックルをマジクとプリストが全力で補助、かろうじてドラゴンを討伐することに成功したのだ。
「おいらは隠れてただけで心苦しい限りだけどねぇ」
そういうレンに、ナックルが否定する。
「お前が2人を回収したからオレ達は気にせず戦えたんだ。感謝しかないよ」
レンは『練士』だ。
前衛職と定義がされているものの、索敵や探索、素早さや回避が得意な職業で、近接戦闘は向いていない。
そのため、ランスが死んだ時点でレンは万が一に備えこの場から逃げられるように控えていたのだ。
「もういいよプリスト。レン薬をくれないか」
ユーミールがそう言って上体を起こした。そしてレンに声かけすると、レンはユーミールに薬を投げ渡す。
「私にもちょうだい」
名残惜しそうにプリストの太ももから頭を上げて、ランスも薬を受け取る。
2人とも少し前まで死亡していたとは思えないほどの回復ぷりで、レンの投げた回復薬を落とすことなくキャッチできた。
2人はそれを一息に飲み干して、立ち上がった。
「やっぱり死ぬって嫌な感覚だね」
「こればかりは慣れたくはないね」
ランスとユーミールが立ち上がったのを機に、ソードもナックルも腰を上げる。
そしてプリストも立ち上がり、
「じゃあ、いこうか」
そして視線を向けるのは、この広い地下大空洞のさらに向こう。
ドラゴンが守っていた最深部。
一行は警戒は怠らずに、奥へと進む。
★★★

★★★
『練士』による『索敵』のアビリティで、この最奥には危険がないことがわかるが、それでもなお警戒する。
「奥に1つ呼吸音がある。ドラゴンとか魔獣の類いではないみたいだけど……」
そういうレンも、この呼吸音がなんなのかわからないでいた。
断続的に、吸って吐いての繰り返しの音は、まるで熟睡する人間の子どものような穏やかさだったからだ。
しかし、つい小一時間ほど前までこの上でドンパチをやらかしていたのに、そんな状況で眠りこけているやつがいるなど想像もつかない。
最奥はそれほど広い空間ではなかった。
広さ的には、中程度の城の広間程度、その中に呼吸音が1つと、あと彫像らしき物体が乱立していることが現時点で把握できた。
敵はいない、入り口は自分たちが入ってきたところのみ。
「マジク、いいぞ」
「うん」
ソードが指示し、マジクが『光源』の魔術を行使する。
とたん、室内の闇が引きはがされ、昼間のような明るさに包まれる。
「ひっ……」
プリストが驚いた声を上げた、目の前に斧を振りかぶった彫像が立っていたからだ。
「なんだただの像か」
プリストの声に、一行は一瞬にして武器に手をかけ戦闘態勢に入っていたが、それが杞憂だとわかると張り詰めた空気は多少弛緩した。
「にしても、なんだこりゃ」
ナックルが、プリストが驚いた彫像に近づいてコンコンと叩いた。
それはとても見事な彫像で、振りかぶった斧は古びているようでいてとても手入れされていて、それが有力な戦士をかたどったものだとわかる。
「すげぇ、マジかよ」
叩いたナックルが驚いた声を上げた。
彼らは一流の冒険者だ、ギルドに所属する中でも随一と言ってもよい。
ナックルは叩いた瞬間、その音と感覚でわかったのだ。目の前の金色の彫像、てっきりメッキの銅像かと思ったら、芯まで金であることに。
「ソード、ちょっと適当に腕斬ってみてもらえるか」
「お前の?」
「ちげぇよ、この像のだよ」
ソードの冗談に一行の緊張感がさらに緩和され、ソードは要望のままにその剣を振った。
丹念に鍛え上げ、強化されたソードの剣が、いともたやすく彫像の腕を切り落とした。
ズシン、と鈍重な音を立てて腕が地面に落下した、そのときだ。
「ん……」
瞬間、全員に緊張が走り、一瞬にして戦闘態勢に入る。
目の前の黄金の彫像に気を取られすぎた、ナックルが無言で謝るような仕草をする。
そして、全員一致で、この空間にいるたった1つの存在がなにものなのかを先に確認することにした。
マジクが入り口に術をかける。何のことはない、外から侵入するものを防ぐためのものだ。
一つ一つ、慎重に黄金像の隙間を通り抜ける。
ソードを先頭にナックルとランスが続き、レンが周囲を警戒しつつ後方に続く。
そんな前衛たちを補佐するため、ユーミールが弓に矢をつがえ、マジクとプリストが術を発動させる。
こういう像が乱立するところというのは、なんらかのきっかけで動き出すのが定番なのはみんなもわかっている。
マジクが魔力を探知し、ユーミールが遠くから像を見張るが、動き出す様子は一切ない。
「破損してる像もけっこうあるな、斬る必要はなかったか」
「ナックルしぃっ」
ナックルのつぶやきをランスが窘めた、そんなナックルも愛用の槍が像に引っかからないように歩くのに苦労している。
しかしナックルの言うとおりでもある。改めて周囲の像を見ると、足が折れて横倒しになっている像や、腰の部分で真っ二つになっている像などもあった。
手に持っている武器が地面に落ちているものや、はたまた壊れた状態で地面に落ちているものもある。
「それにしても確かにすごいねこりゃ」
「いったいどんな奴の趣味か少し興味が湧いてきたな」
その数200は下らないだろう黄金像を、だれがなんのためにこんなところにおいたのか、ランスやソードも興味が湧いたようだった。
総重量にして数トンは下るまい、これを持ち帰って売りさばいたら王国の金の価値が暴落しかねない、それほどの量だ。
「ナックル、気になるのはわかるが集中しろ」
ちらちらと目移りしているナックルを、ソードが改めて注意を促す。
ダンジョンの深奥のこの部屋のさらに最奥、そこには大きめの寝台が鎮座していた。
おそらくそこに、ものすごく神経の図太いやつが、ぐーすか眠っているのだろう。
「それにしてもいったい何ものなんだろうね、ぼくの『魔力探知』では一切感じ取れないんだよ」
『ささやき』のアビリティによって、マジクの言葉が静謐なこの空間には響かずに仲間にだけ届く。
それは、眠っているものがか細くか弱い存在なのか、ドラゴンはそれを守っていたのか。
はたまた、マジクの『魔力探知』に探知されないほどの隠蔽能力を行使しているかだ。
一歩一歩神経をすり減らしながら寝台に近づく。
もし後者なら、気付かれていないはずはないだろう。いまにも体を起こして攻撃をしてこないとも限らないのだ。
しかし、そんな警戒も拍子抜けするくらい簡単に、彼らは黄金の彫像の林を抜けて寝台の傍らへと到達した。

「……」
「……」
「……」
まずソード、ナックル、ランスの近接3人がそれをのぞき込んだ。
「ねえ、どう思う?」
「わからん」
ナックルの言葉にソードは回答を保留した。
彼らの目の前にいるもの、それはどう見てもただの子どもだった。
金色の長い髪を広げ気持ちよさそうによだれと鼻ちょうちんをぷくっとさせた可愛い女の子だった。
武器を持つ彼らの手から力が抜ける。
自分たちはこんなものにあれほど警戒していたのかと。
「ん……」
つんつんとナックルがほっぺたをつついた、ぷにぷにとした感触がナックルの指に伝わる。
「本物だね。生身の女の子だよこれ、しかもめちゃくちゃ可愛い」
それは3人共通の感想だった。
「マジク、もう一度『魔力探知』を頼めるか。今度は念入りに」
彫像の林を抜けてきたマジクに、ソードは改めてたのんだ。
マジクは『魔力探知』を実行、『じっくり』と『念入り』に。
そして改めて首を振った。
「わからない、ホントに何も感じないよ。この子からはなにか特筆すべき強力な魔力とかそういった力の類いは一切関知できない」
マジクのその報告に、ようやく全員警戒を解いた。
ここまでして何もないということは、本当の意味で何もないということなのだ、マジクの『魔力探知』はそれほど信頼がおけるのだ。
「ああ、鼻水が。可愛い顔が台無しじゃないか」
ぷくっと鼻ちょうちんが膨らんだのを見て、ナックルがポケットからちりがみを取り出してふいてやった。
「意外だね、ナックルは子ども好きだったのか」
「意外とは失礼だな、子は宝だぞランス」
「それにしても本当に可愛いですね、その子」
プリストが近くまでやってきた。
『法士』である彼女は、離れた位置で前衛を補助する役目があるため、最優先で攻撃から保護されなければならない。
回復要員は絶対に死んではならないのだ。
その役目は誰もが理解しているので、念入りに危険がないことが確認できないと、プリストは目標に近寄ることができない。
「見てよこの金色の髪、まるで金を太陽で溶かしてオーロラで鍛えたような髪だよ」
「いやまて、なんだその例えは」
女の子の髪をたたえるナックルの発言にソードが突っ込みを入れた。
ナックルは完全に警戒を解いて寝台に腰掛け、女の子の髪の毛に触れている。
「こらナックル、女子の髪をそんな雑に触るな」
見かねたランスが、ナックルの手をぺちりと叩いた。
「いやあごめんごめん、こんなきれいな髪見たのって初めてでさ、つい」
そう言いながら、ナックルは無遠慮に髪の毛を掴んでいる。
「なあ、起こそうか?」
ナックルの提案、しばしみんなは考える。
正直なところ、こんなに気持ちよさそうに寝ている子を起こすのは、だれもがかわいそうだと思った。
それほどまでにこの子は可愛く、穏やかに眠っていたからだ。
しかし、難攻不落と言われたこのダンジョンの深奥のさらに最奥になぜこの子は眠っているのか、それは確かめる必要があるだろう。
その決断を、リーダーであるソードが下す。
「ああ。プリスト、覚醒術を…!?」
プリストに目覚めの術をかけるよう言おうとしたところで、ナックルはソードの「ああ」の時点で、その手に持った髪の毛先で女の子の鼻をこちょこちょとしたのだ。
「バカ、なにを…」
「イキシッ」

ズドンッ。

彼らの目の前からナックルの姿が消えた。
★★★

★★★
誰もが一瞬何が起こったのかわからなかった。
「なんかむずむずする……」
ただ、目の前で女の子がそうつぶやきながら体を起こそうとしていることだけがわかった。
しかしそれでも彼らは一流の冒険者、一瞬にして警戒、戦闘態勢に入る。
「マジク!」
「やってるよ!でもなにもない!ホントになにもないんだ!その子からは何らかの術を行使したとかそういう魔力の痕跡は一切ないんだ!」
狼狽するマジクの声、しかしマジクにだって自負がある。『術士』としての力量はギルドでも随一だと自覚している。
それでもなお、目の前の女の子がいったい何をしたのかわからなかった。一切の魔力の行使を探知できなかった。
「ユーミール!」
「ナックルはこっち!瀕死だけど生きてる!プリスト速く!」
少し離れて見ていたユーミールだけが、ナックルの動きを追えていた。
驚くべきことに、ナックルは一瞬にして寝台のそばから部屋の外壁へと叩きつけられていたのだ。
プリストはナックルに駆け寄りながら詠唱、回復の効果がナックルへと降り注がれる。
前衛のソード、ランス、そしてレンが女の子の一挙一動に注目する。
上体を起こし、ぺたりと寝台の上に座るその姿は子どもの寝間着。
両手の平でまぶたをごしごしとこする仕草は、どこからどう見てもいたいけだった。
そして、彼らは女の子の首にあるものに目を疑った。
『『冒険者の証』!?なんでこんな子がこんなところでこんなものを!?』
持っているんだ、その言葉は声にならなかった。
幼いその子の、その双眸がゆっくりと開いた。くりっとした女の子の可愛い瞳が。
冒険者同士ならステータスが開示できるはず、誰もがそう思いその子のステータスを確認を試みた。

できなかった。

冒険者同士は、お互いのステータスを特に不都合がない限り閲覧できる。
ただしそれは、レベルにして倍上回っている相手を除く。
ソードのレベルは『剣士』197。

名前:グータラ・ゴロゴロ
種族:プリティードラゴン
称号:魔王
性別:なし
生年月日:不明
年齢:不明
生まれ星座:不明
血液型:不明
職業:庭士
冒険者レベル:???

その意味を一瞬のうちに彼らは悟った。
判断を誤れば、自分たちはきょうここで死ぬ。
★★★

★★★
どれほどの時間を女の子と見つめ合っていただろうか。
上でズタボロになりながら倒したドラゴンですら、レベルにして200を少し超えたモンスターだったのだ。
今の自分たちではレベルすら確認できない相手が目の前にいる、その力量たるや想像もできない。
その外見は普通の女の子、幼女と言って差し支えないそのいたいけな佇まいだが油断はできない。
ナックルの長身をあろうことかくしゃみ1つで壁に叩きつけるほどの実力を持っているのは確実なのだから。
誰もが一言も発さない緊張感の中、幼女の唇がわずかに動き、ソードが武器に手をかけた、そのときだ。
「待て……ソード、ランス……何もするな……ふぅ、ふぅ」
プリストに回復術をかけてもらいながら、ナックルがその身に鞭打って戻ってきた。
「ナックル、無事か」
「ああ無事だ、俺には何も起こっていない、武器に手をかけるのをやめるんだ2人とも、何もしちゃいけない、その子はなにもしていない」
ナックルの幼女をかばうような発言にソードもランスも怪訝な顔を浮かべたが、ナックル本人に自分たちと幼女との間に立ちふさがられては言うとおりにするしかなかった。
「みんなありがとう」
そしてナックルは幼女に向き直って言った。
「おはようございます。俺の名前は『ナックル』。冒険者をやっている。職業は『拳士』で冒険者レベルは186だ」
すると幼女は、あきらかにほっとした様子で表情をほころばせた。
「おはようございます。ボクの名前は『ゴロゴロ』です。『庭士』やってます、冒険者レベルは627です」
幼女の告白に絶句する。
600オーバーの冒険者レベルなんて聞いたことがない。
というより、ギルドに所属する冒険者たちでも歴代最高で300を超えたのがせいぜいではなかったか。
「その冒険者レベルを証明することはできるか」
ソードがそう質問すると、ゴロゴロはちょっと待ってねと言った。
「はい、いいよ」
『冒険者の証』は通常、レベルが倍上回る相手のレベルは閲覧できないが、本人が特に情報を公開すれば問題なく見せることができる。
秘匿はできるが改竄はできない。それが『冒険者の証』の示す信頼性であり、彼らがゴロゴロを警戒した理由でもある。
一行は改めてゴロゴロのステータスを確認すると、隠れていた情報が開示されていて、そこには確かにレベルが627だと示されていた。
この時点で情報を照らし合わせてわかることが1つある。
目の前のゴロゴロ、彼女は見た目は幼い女の子だが、その年齢はおそらく100を下らない。
『冒険者の証』による冒険者レベルは生物としての強さを示すものではなく、あくまで冒険者として職業を取得した後でのレベルだ。
例え人間だろうとプリティードラゴンだろうと、みんなスタートはレベル1なのだ。





『術士』が映像記録魔術を作成し、迷宮内で手に入れた高純度魔結晶に組み込んだ。
「この結晶、魔術の触媒として垂涎もので今度いつお目にかかれるかわからないのに。黄金や宝石なんかよりずっと価値があるのに…」
などとぶつぶつ文句を言ってるが黙殺した、今はここから無事に出ることが先決である。
しかし『術士』の言い分はもっともで、こんな設備も何もないところで新しい魔術を構築し、それを使える魔道具として加工するなど、
『術士』の力量もさることながら、結晶の補助的効果も非常に大きい。

準備オーケー、幼女をベッドに座らせて録画を開始する。
「えっと、お名前は?」
「はい!ゴロゴロです!」
「年齢は?」
「わかりません!」
「えっ、わからないの?」
「はい!えへへ」
嬉しそうに無邪気に笑うゴロゴロだったが、撮影を行っているクルーはなんだかいけないことをしている気分だった。

冒険者の証に表示された事柄について質問を行う
Q:プリティードラゴンって?
「ボクのことかな。そっちだって人間って書いてるでしょ?」
「プリティードラゴンってどういう生き物?」
「うーん…どうと言われてもなんて言ったらわかんないなあ」
「確かに、逆に人間ってどういう生き物?って質問されてもこういう生き物だとしか言えないな、次の質問をしよう」

Q:魔王って?
「それもよくわからない。気づいたらそう表示されてたよ?」

Q:性別について
「そういえばゴロゴロって男の子?女の子」
「どっちでもないよ!この姿は適当につくったものだし!」
「姿は自由に変えられるってこと?」
「うん、ほら」(ソードの姿に変身)
「ああわかった、元に戻してくれ」
「はーい」(幼女に戻る)

Q:生年月日について
「いつごろ生まれたの?」
「わかんない、気づいたらみんなといたよ。離れてからだいぶなるけど」

Q:年齢、生まれ星座、血液型
パス。

Q:職業について
「庭士ってあるけど、この職業なに?聞いたことない職業なんだけど」
「そうなの?ボクほかの職業知らないんだよね、どんな職業があるの?」
「そうだな、例えばソードは『剣士』だが、これは剣を使って戦う職業だ」(黄金の彫像を輪切りにしてみせる)
「わっ、すごいすごい」(ぱちぱち)「ほかにはどんな職業があるの?」
「ほかにはユーミールの『弓士』とかが、弓を使う職業だな。それは置いといて、庭士についてだ」
「あ、うん。そうだね、『庭士』は、お庭をつくる仕事だよ」
「庭?」
「うん、お庭。そうだね、まず最初は適当な洞窟を見つけるんだけど」
「うんうん」
「そしたらヒカリゴケを繁殖させるの」
「ちょっとまって、繁殖?」
「うん、そうじゃないと暗いから。この部屋も天井はヒカリゴケびっしりだよ」
みんな一斉に天井を見る。ヒカリゴケは魔力を光に変換する単純な生物だ。ある程度の洞窟には自然繁殖していたりもする。冒険者ギルドが洞窟探索のために人工的に植えたりもする。
まさかと思いマジクが『光源』の魔術を解除したが、室内は明るいままだった。ゴロゴロの言うとおり、天井に生えたヒカリゴケが『光源』の魔術によって放たれた魔力を変換して発光している
「マジだ…」
「ね?寝るときはこう」
(ふっ)
「やって魔力遮断すればいい。起きたときはこう」
(ぱっ)
「やって魔力供給すればいいんだよ。便利だよね、ふふふ」
ソードがマジクをみる、マジクは首を振る、魔力の動きが一切関知できない。
「ねえゴロゴロちゃん。ちゃんって呼んでいいかな?」
「ん?なんでもいいよ。なーに?マジク」
「今ゴロゴロちゃん。ヒカリゴケに魔力供給したんだよね?」
「そうだよ?」
「魔力の動きが見えなかったんだけどどうやったの?」
「魔力の動きって何?」
「うーんと、ちょっとまってね」
(自身の魔力だけを周囲に動かして見せる)
「こんな感じに魔力って動かせるんだけど見える?感じるかな?」
「うん、わかるよ」
「それがゴロゴロちゃんがヒカリゴケに魔力供給したとき見えなかったんだよね。どうやったの」
「・・・・・・あぁ!わかった、こうだね」(ゴウッ)
「!!?」
凄まじい量の魔力が室内を動いた。そのあまりの強大さに思わず尻餅をつくマジクとプリスト。驚愕する一行。
単純な話だ、この空間全てをゴロゴロの魔力が満たしていた。その魔力はあまりにも空間に馴染み過ぎてマジクに違和感を覚えさせない程だった。ただそれだけのことだ。
「あ、うん、わかった、そういうことだったんだね」
冷や汗を垂らしながらマジクは理解した。今ゴロゴロによって動いた室内の魔力だが、この魔力はこのダンジョンに入った時から受けていたものだ。穏やかすぎて気づかなかった。
これはゴロゴロの持つ気性ゆえか、これがもし人間に対して敵意や悪意を持っていたら、向けられた人間は恐らく半時と保たずに発狂するだろう。
実際、室内の魔力はすでに凪の海のような穏やかな状態に戻っている。
(魔力垂れ流しかよ。しかもこの部屋だけじゃなくてダンジョン全域を覆う程の魔力って洒落にならんぞ)
「それで、なんの話だっけ?」
「……庭士の話だな。ヒカリゴケを繁殖させるんだったな」
ソードが話を戻した。
「そうそう、適当に明るくしたら、洞窟を適当に拡張させるの」
「拡張?その方法は?」
「えっと、適当に力をいれてぐわっと」
(力業かよ……)
だがゴロゴロの魔力ならできるだろう。そう納得がいく魔力量だ。
「それでいろいろ通路とかお部屋とかつくって終わりかな」
「お庭ってそれだけ?」
「うん、そういうものじゃないの?」
一行は顔を見合わせる。一般的に人が持つ庭のイメージとは、いわゆるガーデンのようなものだ。
ゴロゴロの説明した内容ではただのダンジョン作成でしかない。
(いや、むしろダンジョン自体がゴロゴロの庭なのか)
「ゴロゴロ、ちょっと聞いていいか」
「うんいいよ。なーに?」
「これまでこうやって洞窟を広げたことはあるか?あるなら何回くらいだ」
「うん。あるよ。何回かってのは回数を気にしたことはないなぁ、んーと」
ゴロゴロが指折り数えてはじめる
「ひー、ふー、みー、よー……じゅーいち、じゅーに……」
指の曲げ伸ばしが往復した。少なく見積もっても20以上。
「あとはちょっと思い出せないなあ。しばらく行ってないし、どうなってるか今わからないや」
「ダンジョン、あー、庭の中の生き物に関しては把握してる?」
「してない。いつの間にか住み着いてたりするけど。悪さはしないから追い出したりはしないよ。あ」
(あ、ってなんだ)
「ここの上にいた子はやたらボクにつっかかってきたからお仕置きしたことがあるけど。それくらいかな」
上にいた子とはあのドラゴンのことか。7人で何時間も戦いようやく倒した相手をお仕置きできる力量。
絶対敵対したくないと一行は思った。
最終更新:2017年08月23日 00:28