★★★
いただきます。
ごちそうさま
★★★



君が食堂に入ると、それまであった喧噪がぴたりとやんだ。
一斉に注がれる数多の視線、食堂には百人を超えるメイド達。

「やぁやぁ、ようこそ」

そんな中、普段と変わらぬ様子で歩み寄ってきた男爵。その右手にはワイングラスが添えられていて、血のように赤いワインがなみなみと湛えられていた。

「どうだね?今宵はビュッフェスタイルにしてみたのだが。こういう立ったままの食事に抵抗はないかな?」

たとえ何をするわけでもなくとも、時が経てば腹は減る。
自室で間食したとはいっても、腹を満たすにはいささか心許ない。
町の人にパンと果物を支給してから小一時間は経っているのだ。外はもう暗く、夕餉の時間だ。
清潔なテーブルクロスに、山盛りの料理の数々。
綺麗に盛りつけられた煮魚を、ローズマリーががまるで苗木の手入れをするかのように切り分けているのが見えた。
男爵がパンパンと二度手を叩いた。すると君を注視していたメイド達は一斉に視線を外し、同僚達との歓談を再開した。

「ねえ」

そう呼びかけながら、君のシャツの裾をくいくいと引っ張るものがあった。
服を引っ張るほうに向くと、2人の女の子がそばにいた。
どうやら君に用事があってドアのすぐそばで待っていたようだ。
桃色の髪に活発そうなきりっとした二重のつり目。
藍色の髪におとなしそうな垂れ下がったまんまるい目。
この2人組には心当たりがあった、たしか遊戯室にいた2人だ。

「メルです」
セッティエームです」
『2人はプリズナー!』

自己紹介とともに2人は見事な決めポーズをしたがちょっと間違っている。
2人は姿勢を戻した。

「あれ、あれ貸してください」

メルが可愛く「ちょーだい」のポーズで両手を差し出した。しかしあれとはなんだろうか。

「けーたいです」

セッティエームがそう言った。
携帯、というと君の持っているユニバーサル携帯のことだろうか。
君はポケットからユニバーサル携帯を取り出した。
忙しいから後で連絡すると返事をしたから、相手方からの着信その他諸々は今は落ち着いている。

「貸してください。お願いします」
「お願いします」

そう言って2人そろって深々と頭を下げた。腰の角度は90度、見事な礼である。
貸すことはなにも問題がなかったので、君はメルの手に携帯を置いた。

「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」

2人とも声を揃えて、もう一度礼をして、携帯を持ってささっと立ち去ってしまった。
携帯をどうしようというのだろうが。

「すまないね。どうやら君が寝ていたときに君の持ち物を勝手におもちゃにしていたようだ」

男爵の発言に君はびっくりして向き直った。男爵は苦笑しながらワイングラスを手に取った。

「メイドの教育が行き届かずすまないね、もし迷惑であれば言ってくれたまえ。厳罰を与えることにしよう」

こともなげに言う男爵に君は慌てて首を振った。メイドの扱いがひどい男爵のことだ、相手が幼女だろうと凄惨な罰を与えるだろう。

「ふふ、君は優しいな」

男爵は小さく笑って、グラスを空にした。
すかさずメイドが寄ってきてトレイを差し出した。
トレイの上にはグラスが2つ。真っ赤なドリンクが注がれている。
男爵は持っていたグラスとそれを交換した。
両手に1つずつグラスを持ち、1つ君に差し出した。

「どうかね?」

差し出されたグラスから漂う酒精の香りに君は思わず顔をしかめた。
匂いだけで酔ってしまいそうなほどの強い香りだった、君が断ると男爵は残念そうにしながらそれを一息に飲み干した。
空いたグラスをトレイに置くと、メイドは一礼して立ち去った。

「『龍殺し』と言う酒で私自慢の一品なのだよ。飲みたくなったらいつでも言ってくれ。ではこちらはどうだ?」

男爵はテーブルに置いてあった小皿を持ち上げる。さらには赤いソースのかかったカットされたお肉が盛られている。

「グルービー・ソースだかの仔牛のステーキだ」
「グレービー」

男爵の間違いを青い髪のシェフが近づいてきて訂正した。ツナだかシュリンプだか。

「うむそれだ。シュリンプ、料理の説明を」

どうやら彼女はシュリンプのようだ。

「生まれてから半年の仔牛の肉を調理し、その肉汁から作ったグレービーです。素材本来の保つ旨味が凝縮されているので、肉によく馴染み」
「うむ、なかなか美味だな。あぁもういいぞシュリンプ」

シュリンプの説明の途中で男爵がその肉を頬張った。
説明をさせておきながらの横暴ぶりだったが、いつものことのようでシュリンプはきびすを返してその場を立ち去った。
焼き加減はレアで肉汁が迸ったが、床の絨毯に落ちる寸前にぴたりと止まって音もなく消滅する。
「ほら、君も食べたまえ。それとも肉は嫌いかね? 魚料理ならあの辺りだが持ってこさせようか?」

べたべたになった男爵の口の周りを、ティシューが歩み出てハンカチをポケットから取り出して拭いた。
さも当然のように男爵はされるがままで、拭き取ったあとはティシューは軽く一礼、男爵は感謝を表さない。

「ティシュー、適当に何か見繕ってきたまえ」
「かしこまりました」

スカートをちょこんとつまんで優雅に一礼、取り皿を求めてその場を立ち去る。

「さて、何か言いたそうだね?」

君は言った、この大量の食事はなんなのかと。

「見ての通りの本日の夕食だが……ふむ……これだけの料理を何故町の人に提供しなかったのかということかね?」

君は無言で肯定する。男爵が渡したのはパンと果物だけだ。
君はてっきりあれだけしか食料は用意されていないものと思っていたのだが、実際はこれほど大量にあったことに驚いたのである。

「君がそう思うのは一理ある。だがこれらの食材は我々が我々のために用意したものだ、彼らに渡す義理はないよ」

そもそも、パンと果物は提供したのだから文句を言われる筋合いはない。

「別に私は領主というわけでもないのだからね、町の人間の面倒を見る義理はない。むやみに施しをする趣味もないのだよ」
「ただいま戻りました」

戻ってきたティシューが小皿を手渡してきた、君はそれを素直に受け取る。
君は男爵を見た、男爵はワイングラスを手の中で弄びワインをグルグルと回している、ティシューが帰ってきたことで途切れた会話を再開するつもりはなさそうだ。
君も、男爵の口ぶりに快いモノがなかったことを察してそれ以上追求することをやめた。君は単なる客人で何らかの決定権は持っていないのだから。
小さく切った果物に子羊のハムが巻かれた物、丁寧に骨が取り除かれた魚の切り身、ミルクと蟹のすり身を練り合わせたコロッケ等々。
思わず目の前にしたら生唾をごくりとしてしまいそうなご馳走ばかりである。
ティシューが胸ポケットからフォークを差し出した、まるで鏡のように顔が映りそうなほどピカピカとしている。
それを受け取り、君は仕方なくそれを食べることにした。




「やぁやぁ、おまたせー」

食堂の喧噪よりなおも大きな声を上げて入室してきたのは、保健室の主マイルスだった。
その頭の上になにやら布が被せられた物体を乗せたまま、すたすたと機敏な動作で君や男爵の元へと歩み寄る。
足取りは非常に軽いが頭上の物体は微動だにしない。
そのマイルスに従うように、ナースの三人が付いてくる。

「処置は終えたのか?」
「あぁ、とりあえず二人までは生活に支障がない範囲で完了さね。でもロベルタはやっぱり少し時間かかるよ」

マイルスの口ぶりから察するに、胸を開いて心臓マッサージを行ったシャワータイムや、片足が切り落とされたヴァンデミールはもういいらしい。
実際、マイルスの背後のナースに背負わされている二人が見えた。
そしてマイルスは手を伸ばし、頭上のその物体をテーブルに下ろした。
そこには仔牛の丸焼きがあった。表面がこんがりとアメ色に焼き付けられた何とも美味そうな料理だ。
ちなみに誰も手を付けてないマルのままの状態だった、首から上だけは置かれていない。頭部は角や頭蓋などで硬いために食すには適していないのだろう。
マイルスは荷物をその頭の位置にそっと押しやったかと思うと、白衣をずばっとはためかせた。
すると君が瞬きをしたその一瞬の隙にマイルスの利き手には白銀に輝くメスが握られていた。

「これバラしても?」
「かまわんよ」

男爵からの了承を受けると、マイルスはその医療技術を存分に発揮した。
一体何をしたのか判らないほどの鮮やかな手口で、マイルスはナイフ代わりのメス一本で仔牛の丸焼きを解体してしまった。
マイルスが仔牛の腹を切り開いた瞬間、その中から大小様々色とりどりの野菜や果物が転がり出て来たのだ。
ひゅぅ、とマイルスが口笛を吹いた、料理に対する賛辞だった。しかしその腕の動きは止まらない。
あれよあれよというまに、仔牛の丸焼きは美味しそうな焼き牛の肉へと解体されてしまった。
本来なら好きに切り分けて食べる為にナイフが肉の横に置かれてあったのだが、それも一瞬の間に不要なものになってしまった。

「牛をまともにバラしたのは初めてだけど人間とはずいぶん勝手が違うもんだねぇ」

そういいつつマイルスは塊にメスを這わせて切り取り、さくっと突き刺してそのまま頬張った。

「うん美味い。腕を上げたね。ツナンプ」
『混ぜないでよー』

マイルスの呼び方に両名は抗議の声を飛ばしたが、その声はそこはかとなく喜びが感じられた。褒めらたことが嬉しいのだろう。
そして切り分けられた肉を二人はせっせと小皿に分け始めた。

「あの……そろそろいいですか? 降ろしてください。自分で立てます」

ナースにおんぶされていたヴァンデミールが、会話が一段落ついたと見極めた上で発言した。
そのナースはナースというより踊り子と呼んだほうが相応しいだろう、アゲハチョウのようにひらひらとした舞踏服を着ていた。
腰まで届く黒い髪、ガラスのように透き通った瞳。
保健室に君が遊びに行ったときに、マイルスの手の中の鞭が変化したあの幼い少女だった。確か名前は『鞭』とか言っていたはず。
その少女が、自身より背の高いはずのヴァンデミールを苦もなくおんぶしていたのである。
鞭がヴァンデミールのお尻を掴んでいた両手を離すと、そのままヴァンデミールの脚が床の絨毯に届く。

「ありがとうございました。ウィップスター」

礼を述べるヴァンデミール、嬉しそうにえへへと笑う鞭。ちょうどヴァンデミールのおへその位置に鞭の頭がくるほどの身長差だ。
近寄ってきたシュリンプが鞭に取り皿を渡した。

「傷はもういいのかな? ヴァンデミール」
「は、え、あ、はい。おかげさまで仕事をするのに支障のない程度まで直していただきました」

鞭はお肉と野菜と果物を選んでひょいひょい皿にのせている。ぱくり。
ヴァンデミールの足はすでに元の状態に戻っている。足の切断などと、大手術が必要であろう怪我もマイルスにかかれば当日で治せるようだ。

「それはなにより。食事を十分取って英気を養い早急に現場に復帰することだな」
「はい!あーん」

そこへもぐもぐとしながら鞭がヴァンデミールにお肉を差し出した。
フォークにお肉と果物が刺さっている。
まるで子どもか病人扱いに、ヴァンデミールは困った表情を浮かべて丁寧に辞退しようとした。

「ありがとうございますウィップスター。ですが一人で食べられます」
「美味しいよ」

聞く気はないようだ。

「………」

フォークに刺して差し出されたお肉をヴァンデミールがぱくりと頬張った。
もぐもぐごくん。

「えぇ、美味しいですよ。2人ともまた腕を上げましたね」

わーいとツナとシュリンプはいっそう喜び、切り分けられたお肉をちゃちゃっと選別して鞭の持つお皿に乗せた。特に美味しい部位を選んだようだ、二人からの労いの気持ちらしい。

「まだあるよ!」
「持ってくるね!」

ツナとシュリンプはそう言ってぴゅーっとその場を立ち去った。そんな2人の様子にヴァンデミールはつい苦笑する。
まだあるよと言われても、テーブルに乗っている料理はメイドたち全員分を満たして余りある。
食べきれないし捨てるにはもったいない。まあ残った分はツナが保存をするのだろうが。

するとここで、君はヴァンデミールに話しかけた。ヴァンデミールの視線がまっすぐ君に向けられる。
質問はシンプルで、本当にもう大丈夫なの? と君は聞いてみた。
するとヴァンデミールはちらりと何かを確認するかのように視線を君から外した。だがすぐに君に向き直る。
そして、両手を下ろしてスカートをつかみ、ゆっくりとたくし上げる、真っ白なソックスが眩しい。
ヴァンデミールの行動に少しどきりとした君だったが、等のヴァンデミールは気にする様子はなかった。たくしあげたスカートを片手で保持する。

「ここですね」

ヴァンデミールは開いた片手でソックスを片方下ろした。するとそのふとももの部分にきらきらと艶めく金色の何かが見えた。
なんだろうと君は目を凝らし、腰を下ろして注視する。
きらきらと光る金色の模様、それは切断されたはずのヴァンデミールの脚を断面を繋ぐかのようにぐるりと一回りしていた。

ベーグルの髪です」

髪!? 君は大いに驚いた。

「あぁ、縫合糸には最適だからね。ずいぶん重宝させてもらってるよ」

驚く君に施術したマイルスがそう補足した。
金の恩恵を受けたベーグルの髪は紛れもない黄金なのだ。それに加え魔術に対しての拒絶反応もほとんどない。

「ふふっ」

突然ヴァンデミールが笑った、思わず君は頭を引いた。

「あぁすみません、ちょっと息がくすぐったかったので」

そういわれて君は少し顔を赤くした、ちょっとじっくり見すぎていたようだ。ヴァンデミールから離れる、

「ちなみにあたしはこうだよ」

不意に飛んできた声のほうを見ると、シャワータイムが患者服の前を開いて傷口を露わにしていた。
君はつい声を上げて驚いた、シャワータイムどっきり大成功とばかりにきゃっきゃと笑った。

「ほらほら見てみて、ここぱっくりと開いて心臓直接握ってマッサージしたんだよ。すごいよねー」

シャワータイムが近づいてきて君に胸を見せつけるが、傷痕よりもその左右にある膨らみに目がいってしまう。
無垢な表情で、なおも近づいてくるシャワータイム。
すると男爵が指を一つぱちんと鳴らすと、シャワータイムの服が元のメイド服に戻った。
シャワータイムの柔らかそうな横乳が覆われてほっと一安心。君は少し残念な気もした。

「これで全員か」
「いえ、森で拾った三名はまだ保健室で寝ています」
「ふむ。そうか」

3名とはマイルスが治療用機械鋸で手足をズタズタにして治したあの3名のことだ。しかし男爵はあまり興味がないらしい。
そこで君は、あれ?と思った。
男爵は全員と言った。もちろん君は館のメイドの全員を知っているわけではない。
百人を超えるメイド達は広い食堂で思い思いに談笑にふけっているが、何か足りない気がする、しかしその何かを理解するには交流が不足していた。
きみはふと隣を見た、ティシューと目があった。
何事かと首をかしげつつ微笑みを返すティシュー、君は前に向き直った。
少し離れたところでしゃがんでいる金の髪の少女は青い髪の少女に髪を撫でられている。
アレはベーグルと、確か青色の髪はツナかシュリンプだ。

「『誰か』を探してるのかな?」

なおもきょろきょろとメイド達を見回していると、男爵が訊いてきた。
そうだ、ロベルタがいないのだと君は理解した。
そうロベルタが居ない。襲撃によって重傷を負ったヴァンデミールやシャワータイムはマイルスの治療によって早くも復帰を果たした。
だが、部品のないロベルタは直すのに時間がかかるはずだった。
男爵は全員かと言ったが、ロベルタを覗いた全員と言うことだろうかなどと君は納得しようとした。

「居るではないか」

しかし君の納得を否定するかのように、男爵はさらりと言った。
君は、どこに?と思った。
そして男爵が指を示すそこ、テーブルの上、マイルスが手にかけるその荷物、布の被せられた謎の物体。
にんまりと笑顔を浮かべて、マイルスはその布を取っ払った。


それはまるで、理科室に並べられるようなホルマリン漬けの。


ロベルタの生首だった。


次の話へ
最終更新:2017年03月01日 00:02