★★★
もしも自分一人では到底解決できそうにない難題が目の前を塞いでいるとしたらどうする?
★★★

人の生首など、おそらく見る機会など滅多にないだろう。
初めこそは驚き声を上げそうになったが、落ち着いてみればなんのことはない。
音もしないし臭いもしない、血が噴き出すようなスプラッタな状況でもないのだ。
君は深く深呼吸をしてロベルタを見た。
硝子のような容器で、液体に浸かっている。
容器の下部はまた別の素材で出来ているようで、そこからチューブがが三つ伸びてる。
その一つは喉に、残りの二つは顎の付け根に突き刺さっているように見えた。

「ご心配なく、私は生きてます」

わっと君は今度は間違いなく驚いた。
マイルスが容器を持ち上げてみせる、すると容器の底に幾つか小さな穴が空いているのが見えた。

「致し方ない処置だということです。ご心配には及びません」

穴から声が聞こえた、ロベルタの声だ。
なるほど、液体に浸かっているために喉にチューブを差してこうして声を出すようにしているらしい。

「わんがはつめーしたんどー、いっぺーじょーとーやいびーん」

自信満々で胸を張るマイルス。
人の身体で最も重要なモノは何かと問うた場合、だれもが心臓か脳かと応えるだろう。
答えは脳だ、人の意識を初めとする全ての情報がその脳に蓄積されている。
感情、痛覚、様々なモノを認識する脳は、実は治療をする上で邪魔なモノなのだ。
腫瘍を切除する際に麻酔をかけるのは脳に痛みを感じさせない為に必要不可欠だからである。
生命活動に危険が迫っているときに起こる痛みは本来なら重要ではあるが、命を救おうとしている時にまで感じる必要はないのだ。
その究極系が、これである。
胴体から頭を切り離し、頭部のみの生命維持を確保した上で胴体を修復させる。
君たちの世界の人間が、未だに到達できない医術の頂きがそこにあった。



あらかた食事を終えると、食堂担当のメイド達が空いてる器などを下げ始めた。
男爵も、食堂の一際高い階段上の椅子へと腰掛けた。君が最初にこの食堂に来たときも座っていたその椅子だ。
どうやらそこが男爵の定位置らしい。
男爵はいつもの余裕溢れる微笑を浮かべたまま、グラスの中の血のように赤いワインを薫らせていた。

「この世界はいかがかな、君の世界に比べて」

男爵がワインを呷りながら聞いてきた。
君はメイド達を見た。メイドという仕事を担う上で体調管理を徹底され、知性、教養、美貌を備えた少女達。
料理の片付けられたテーブルをくっつけて、メイド達を集めてカードを並べるメルとセッティエーム
片付けを他のものに押しつけたまま卓に付いているツナとシュリンプ
大きな器ごと生野菜を確保してフォークでもしゃもしゃと食べているベルウッド
グラスに入った水を観葉植物に与えているローズマリー
君の後ろに控えているティシュー。ナースの三人に髪を弄られているベーグル
今日の食事のレシピを書き記しているインデックスリードマン
部屋の中央で、首から上だけのまま会話に耳を傾けているロベルタ。
その話し相手をしているヴァンデミール
シャワータイムセイントは皿洗いを押しつけられたようだ。
この様な豪華な館で過ごすことなど、きみには経験がないことを除けば、平穏でのどかな光景だった。
率直な感想を君が言うと、男爵は意味ありげな笑みを浮かべた。




男爵は自室に戻った、色々なアイテムが雑多に転がっていたあの部屋だ。
椅子に腰掛けて机の上に足を投げ出し、そこにおいてあった帽子を跳ね上げた。帽子はちょうど男爵の上へと飛んで、落ちてきたのを受け止める
部屋の隅に積まれていた本だけは無くなっていた。いつの間にか図書室へ戻したのだろう。
男爵に誘われるまま君もこの部屋に来ていた。

「興味がある物は自由に見て構わないよ、手にとって弄ってみても、叩いたり壊してみても構わない」

相変わらずモノへの扱いが酷い男爵のセリフだったが、壊してもあとで直せると言う実力に見合った発言だろう。
室内の光源は壁に掛けられていた蝋燭のみ、既に日は落ちているため外からの光がないので薄暗い。

「ちょっとそこの筒を取ってくれないか」

椅子に座ったまま男爵が指で示す。
筒? と思いつつ指す方向を見るとあった。白く細長い筒。あったのだがコレは……。
君はそれに近づいて引っこ抜く、結構長い。引き出してみて確信した、コレは自分の世界のモノだと。
男爵にそれを言うと、特に驚きはしないようだった。

「やはりか、これも天山大剣の通り道に落ちていたモノでね」

男爵が手を差し出すと、君はその手にその筒を渡した。
途端、その筒が白く発光し始めた。とても強く明るい光だ、蝋燭の光を跳ね返すほどの強さを持つ。
蛍光灯だ、と君はそれを見てすぐわかった。その数全部で4本、全て引き抜いて男爵に渡す。
男爵がそれら全てに手を触れると、一つ残らず白く発光を開始した。
そしてゆっくりと天井に向かって行き、かつんと音を立てて止まった。
室内はまるで昼間のように明るい。

「ケイコートーと呼ぶのか。魔力を込めると白く発光する代物だと認識していてね。この部屋に四本、他の部屋にも幾つかあるが総数は百ちょっとといったところか」

だが君はこう言う。この道具は、蛍光灯は電気をエネルギーとして光る代物だと。

「そうそこだ。この明るさはなかなか重宝するのだが、これも蝋燭と同じように魔力を注ぎ続けなければ光らない性質がある」

男爵の言葉に君は驚愕する。魔力で光るなどとそんなはずはない、さっきも言ったように蛍光灯は電気をエネルギーに発光する代物だ。
男爵が蛍光灯に視線を向けるとふっと消えた。だがすぐに点いた。

「蝋燭は……『生命の蝋燭』は誰もが灯すことができるが、蛍光灯(コレ)は結構繊細な魔力コントロールを必要とする。素人には扱えないのだからね」

館のメイドの中で安定して発光させられるものは誰がいたかな、などと男爵は考えつつ帽子を机の上に戻した。
そして今度は引き出しから小さな箱を取り出す。箱を開けると補足長い金色の糸を取りだした、蛍光灯の光の下でとても綺麗に輝いている。

「ベーグルの髪だよ」

そんな物を一体何に使うのか、そう思った君の前で男爵は黄金の髪の掌に持った。
そしてその手をぐっと握り、開いたときには髪は既にその形をしていなかった。
細く軽く、まるでそよ風にすら舞い上がる金の髪は、男爵の手のひらの中でその姿をぐにゃりと変え、繊細な形のブローチへと転じていた。

「ふむ、まぁいいか」

何か納得した様子で男爵はできた金のブローチを帽子の側面にアクセントとして取り付けた。
そこでようやく君は男爵が持っていた帽子が気になった。
男爵はさっきからずっとこの帽子を弄っていた、今もベーグルの髪で作ったブローチを飾りとして取り付けたが、なんなのだろうこれは。

「ほほう、ようやく気付いてくれたか」

君が尋ねると男爵はずいぶん嬉しそうに笑った。まるで自身の発明を自慢げに紹介する子供のようだ。

「ロベルタが落雷に耐えられなかっただろう?その反省点をふまえて頭上からの攻撃を防御するための魔道具を作ったのだ」

それがこの麦わら帽子と言うことだろう。シンプルなデザインだったが、赤いリボンに金のブローチがとても綺麗に輝いている。

「完成だ」

そう言って男爵は指をパチンと鳴らした。



一瞬のうちに君は館の屋上に来ていた。

「簡略化した魔術式によって指を鳴らすだけで空間転移が可能だ。島内限定だがね」

正面に立っているのは男爵で、その手には未だに帽子を持っている。

「色々考えてみたのだがね」

と言う前置きから男爵は語り始めた。男爵のその言葉に君は少し意外そうな顔をした。
すると男爵は愉快そうに笑った。

「なかなか失礼なことを考えるな。私が何も考えずに漫然と暮らしている人間だと思っていたのかね?」

男爵は君に近づいてその帽子をかぶせた。男爵は確かロベルタ用の魔道具だと言っていたからか、君にとっては少しきつかった。

「結局君が何故この世界に飛んできた理由はわからずじまいだ。君だけではない、これまで来た旅人全ても不明だ」

原因はあちらの世界のマナの飽和にあるが、それでなぜ君が飛ばされてきたのかはわからない。
男爵は君から離れ、屋上の噴水の縁に腰掛けた。あのスイカが浮かんできたあの噴水だ。

「君をはじめとする『旅人』諸君は、その身体能力には大差がない。むしろティシューのほうが強いくらいだ」

天山大剣が旅人を運ぶのならば、天山大剣は旅人に何をさせたいというのか。
男爵は手を掲げ、指を一本立ててくるくると回した。

「まぁ、その辺はおいおい調査は続行するよ」

そのとき、君の視界の空がぱっと光ったのが見えた。また雷かな?と君は思った。
また光った、だが雷鳴は轟かない。君は視線を動かしたが稲妻は見あたらない。
また天山大剣だろうかなどと思っていると男爵はさらりと「私だ」と言った。
きょとんとする君の前で男爵は屋上から庭の木を一本指すと、次の瞬間天から凄まじ勢いで落雷した。
直後視界を閉ざす眩い雷光、大気を振るわす雷鳴、館全体が衝撃に震え、直撃を喰らった木は雷による熱で体内の水分が一瞬にして蒸発し、真っ二つに裂けた。
鼓膜が破れるほどの轟音に耳鳴りが止まらない、視界もが真っ白になって何も見えない。

「ローズマリーが出て来たな」

言われて庭の木を見るが、薄ぼんやりとした輪郭しか君にはわからず、個人識別はできなかった。男爵が言うならそうなんだろうと思った。
ローズマリーは裂けた木を見て愕然となっているようだ。きょろきょろと空を見まわすと、屋上の男爵に気付いたようだ。
男爵が片手を上げて応じると、どうやらローズマリーは全てを察したようで、まるで子供のように頬をぷくっとふくらませて不満を露わにした。
そしてそのままぷいっとそっぽを向いて館の中へと入っていった。
ようやく君の目と耳が回復する。男爵は立ち上がり君に近寄ると帽子を取った。

「まぁまぁの及第点と言ったところか」

いったい何をしたんですか、と君は聞いた。
いや聞くまでもない、君はすでにわかっているはずだ。
男爵が魔法で雷を落としたと。

「魔法ではないよ」

男爵が君の考えを少しだけ訂正した。
魔法ではない、魔術だと男爵は訂正する。
神々の力である魔法は詠唱を不要としないが、人の編み出した技術である魔術は詠唱や魔術式などを必要とするのが常である。
だが雷を落とす魔術にしろ、君との会話の最中に詠唱などしている様子はなかったはずだ。

「ふふふ、詠唱がなかったって?」

すると男爵は指を立ててくるくると回した。君はあっとなった。
何気ない男爵の仕草自体が魔法の詠唱の変わりになっているなんて!

「だから魔法ではない、魔術だと」

魔術とか魔法とか、見た目の違いがわからない君たちにとっては些細なことだが、男爵にとっては明確に分けて考えるべき事柄のようだ。

「君たちの世界で言う科学、我々の世界で言う魔術。媒介とする力は違えどきっとそれらは同じところを向いているのかも知れないね」

愉快そうな男爵の笑顔を見ながらきみは思い出していた、過ぎた科学は魔法と区別が付かないという有名な言葉を。
たとえば君が今住んでいる世界でどこにでも売っているようなライター。
それをもし君たちの世界の平安時代や戦国時代に持ち込むことができたとしたら、その時代の人の目にはどう映るだろうか。
きっと君は妖術を使ったと思われるに違いないだろう。
君はなんとなしに呟いた、自分たちの世界でもあなたのような力を発揮できるのだろうか、と。
君のその問いに男爵は「さあ」と肯定も否定もしなかった。

「だがこれだけは言える、魔術とは意志の力だ。世界中に満ちる魔力が、それを使用し制御する者の様々な意志によって多様な力を発揮する」

魔力の方向性をコントロールすることこそ、魔術が魔術である由縁だと男爵は言った。それは君たちの世界の科学と何ら変わらない人の世界の技術の理論だ。
そしてその手に持っていた麦わら帽子をぴんっと指先で弾くような動作をしたかと思うと、くるくるとまるで円盤のように宙を舞いながらぱさりと君の頭の上に被さった。

「君たちの世界のことが私にわかるはずもあるまい。だが先ほども言ったが魔術を要らぬモノとして切り捨てたのはおそらく君たち自身だ」

必要ないのだろうか。

「天山大剣も言っていただろう、使えるモノが居ないわけではないと。きっとおそらく存在するのだろう、だが必要でないからその存在に気付かないのだろう」

されど、君がその力に開眼するかどうかの確信も保証もどこにもない。
これまでこの世界に来たという旅人は残らず全て爆死したという。
それはこの世界と君たちの世界という環境の違いか、はたまた同じ姿をした異なる進化を遂げた人という種の違いか。
それはたとえ世界最強の魔術士である男爵であっても、未知のモノを見通す力はない、人の限界だった。

「それは君に進呈しよう。ティシュー」
「はい」

男爵が呼ぶと、鈴のような返事と共にティシューが屋上へと姿を現した。その手には君の荷物が抱えられている。
荷物を君に渡すと、ティシューは五歩下がってそのまま待機の姿勢になった。

「さて、ここで君には二つの選択肢がある」

選択肢?それは一体何だろう。

「それは、元の世界に戻るか。それともこの世界で過ごしてみるか」

帰ることができるのですか? と君は大声を上げた。
そして男爵は笑みを浮かべて頷き、人差し指を立てて天を指す。

「できる。来ることができたのだから帰ることもできるのは当然の真理だろう。なぁ」




「天山大剣?」




最終更新:2017年03月01日 00:04