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will we die just a little
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「ご要望にお応えしましてこんばんは、天山大剣です」

などと言って天山大剣が再度姿を現した。今度は男爵の館の真上に。
漆黒の闇夜に黒い胴体、その姿は夜に溶けて伺い知れない。街の人々は星が見えないなぁなんて暢気なことを思っているかもしれない。

「やはり居たな。貴様のような性格の悪そうな輩なら姿を消して覗き見ていると思ったよ」

「けらけらけらけらけらけらけらけら、天山大剣の性能を甘く見てもらっては困る。
地方の片田舎の情報から、中央大陸の大都市の情報まで瞬時に把握できる機能を持っているのさ。
たまたま男爵の動向をウォッチしていただけで、呼ばれたから出て来たまでさ。だけど今回で最後。今後は気ままに飛び回る事にするけどいいよね?」

「ふん、いずれ私は私自身の力だけで貴様の中に乗り込んでやる」

男爵の発言に天山大剣は愉快そうに笑った。

「さて、話は把握しているよ、旅人の帰還だね。
結論から言うと可能だよ。そもそも天山大剣によって連れてきたモノを同様に帰すことも可能と見るのがまぁ妥当だよね。
でも男爵、君はそれでいいのかな?君は旅人に興味津々だったじゃないか。それを帰してもいいのかい?」

「構わん」

男爵は即答した。

「仕方ないなぁわかったよ」

すると旅人の足下に魔法陣が現れる。書いてある模様や文字の意味は旅人には理解できなかった。
当然男爵にもわからない。当たり前だ、この魔方陣に意味などないのだから。
そして旅人の身体は音もなくふわりと浮かび上がった。

「さて、要望通りこれより旅人を君の世界に送還するけど、本当にいいんだね?」

「なんだ?そんなに旅人を帰したくない理由でもあるのか?」

天山大剣は少し沈黙。

「………無いけどさ」

嘘ではない、天山大剣に取って旅人がここにいようと元の世界にいようとどちらでもかまわないのだ。
こうしている間にも旅人の身体はどんどん光に包まれてゆく。もはや旅人は自身の体も見えない。
旅人は男爵の声を聞いた。

「今回は君に多大なる感謝を述べよう。君のおかげでこの数日私はとても有意義だった。
今回の出来事が、君の帰る元の世界での糧となることを心から願っているよ」

男爵の声がどんどん遠くなる。仲良くなったメイド達が視界の端に映った。旅人を見送ってくれるつもりらしい。
そして旅人は光となって消えた。屋上には男爵と見送りに来たメイド達。

「ふむ……実に興味深い」

男爵は相変わらず笑みを浮かべていた。




君が瞳を開けると、そこは妙な場所だった。
白一面の無機質な空間、右を見ても左を見ても、どこまでも延々と続くかのような無限回廊。
君は、どこだろうここはと思いつつ立ちあがる。
着ている衣服は最初に着ていたモノと同じデザインの服。ティシューが仕立ててくれた普段着、何着目かはもう覚えていない。
傍らに落ちていた荷物を持ち上げる、ずっしりと重い。
君は、どうしたらいいんだろうと思いながら、とりあえず左の方へと一歩踏み出したその時、ぷしゅっと気の抜けたような音を立てて背後の扉が開いた。
君は、びっくりして振り返った、さっきまで扉なんて無かったはずだ。
円形のドアがあったであろうくりぬかれたような壁面、だが本来ドアならあるべき扉がない。
君は、じっと目を凝らしていると、君の目の前でぷしゅっと気の抜けた音がして扉が閉まった。
目の当たりにするとよくわかった、たとえるならば古いカメラのシャッターだった、それのように開いたり閉じたりしていた。
君は、おそるおそる手をのばすと、ぷしゅっと開いた。
君は、足を進めて部屋の中に入る、数歩行ったところで背後の扉が閉じた。
部屋の中は狭く、すぐ正面に壁があった。近づいてみる。
しかし近づくと壁ではないことに気付くた。巨大な柱が部屋の中にどでんと鎮座しているたのだ。
君は、何でこんなデザインの部屋なのだろうと思いながらも、その柱に手を触れてみた。
すると部屋の灯りがふっと消えた。そしてその代わりに君の目の前の柱がみるみるうちにガラスのような透明になっていった。
手で触れてみると冷たく、押してみると硬い。
そして君の目の前に映ったのは、真の闇の中に浮かぶ幾つかの点。
それらの点は、その中の大きな点の周りをゆっくりと動いているようで、君はその動きに何故か心を惹かれた。
君は、思わず身体を前に乗り出したとき、さっきまでガラスのような質感だった壁が、ぐにゃりと波打ったかと思うと、君の体を飲み込んでしまった。
君の意識はそこでまた途切れた。



「……い……おい……おいっ!」

君は、はっとして目を覚まして上体を起こすと、君の顔をのぞき込んでいた友人に頭突きをしてしまった。
がつんととてもいい音がした、友人は額を抑えてうずくまってしまった。

「いっつ~……なにすんだよ……せっかく迎えに来てやったってのに」

君は、きょろきょろと周囲を見渡す、ここは一体どこなんだろう。

「どこって、太平洋のど真ん中の無人島だぜ?なぁ、何でお前こんなところに居るんだよ」

君は、ぽかんとして気の抜けた声を上げた、どういう状況なのかと友人たずねた。
友人も、詳しい状況は知らないようだった。
どうやら君の友人は君を迎えに来たようだ、いざ周囲を見渡すと家族の姿や見知らぬ大人たちの姿も見える。
携帯のGPS機能で、己が太平洋の真ん中に居ることになっていることは把握していたものの、実際にその場所にいるのはどういう事だろうか。
傍らの荷物を引き寄せる、あの数日間は夢だったのだろうか。ティシューやメイドとの団欒、ナパームの襲撃、男爵からの尋問。

「ほら」

友人が君に帽子を被せてくれた。あっとなって帽子を脱いでマジマジと見る。

「な、なんだよ、嫌だったのか?お前のだろ?」

君は、友人を無視して、帽子に付いてる金細工のブローチを見た。
それは、紛れもなく男爵がロベルタのために作ったと言っていたあのブローチだ、アレは夢ではなかった。
帽子をかぶり直してカバンの中をごそごそと漁る。
いつの間に入っていたのか、卵のように白くてつるつるとした大きな石を放り投げ、君は携帯を手に取った。
倍率数万人の勝ち抜いて手に入れたユニバーサル携帯がそこにあった。メイドに貸してあったが、忘れずに返してくれたようだ。
携帯は石の下敷きになっていたが、画面の強化ガラスには傷一つ無い。
写真をいくつか撮ったはずだと思いながら、電源ボタンを押して起動させる。アルバムリストを開くと大量の画像ファイルが残っていた。
雨の中炎を吐くナパーム。黒く変色した保健室の壁。完成した巨大パズル。美味しそうな魚料理。
キメポーズをするメルとセッティエーム。本を読むインデックス。塗り絵をするリードマン
たき火を見ているツナ。氷を食べているシュリンプ。三つ編みをしているベーグルと、短くなったベーグルの髪を整えるティシュー。
剪定を行うローズマリー。草むしりをしているベルウッド。シャワーを浴びてるシャワータイム。着替えをしているセイント
小指腕立て伏せをしているロベルタ。蝋燭を入れているヴァンデミール
直接貸したあのとき以外にも、誰かがいつの間にか持ち出して勝手に写真を撮っていたようだ、君には身に覚えのない画像がいっぱいある。
しかし、その誰もが生き生きとした表情を浮かべているのがよくわかった。
魔法や魔術のある世界と、それらを排除し、科学による発展を選択した君達の世界。
どちらが優れているか、それは君にはわからなかった。
けれど彼女たちは魔獣の脅威に晒されながらも一生懸命生きている、それに比べて君たちの世界はどうだ。
発展した科学によって、あちらの世界に比べて生活水準は圧倒的に高いにもかかわらず生きる術に迷う人がでる。
そんなことじゃぁ行けないな。と君は思った。
ゲームやマンガにありがちな世界、剣や魔法のある世界でも、彼女たちは彼女たちの生活に一生懸命なのだ。
冒険、探索、財宝、それは心湧き肉躍るとても魅力的なモノだろう。
しかしそれらに魅了され旅をする者達は常に死と隣り合わせ、ベッドの上で死ねるモノなどごく僅かだろう。
そんな生活に憧れるのも、世界が豊かだからこその思いなのだと君はしみじみと思った。
君は携帯を閉じて立ちあがった、友人も立ちあがった。
この度は大変お騒がせして申し訳ありませんでした。この様なところにまで迎えに来ていただいて誠に恐縮です。
君は深々と頭を下げて礼を述べた。
人に、そして社会に感謝の念で君の胸はいっぱいだった。


君のこのニュースは、当然のことながら世界中で取り上げられることになる。
何故日本にいたはずの君が突然数千キロも離れた太平洋の真ん中で、無人島で横たわっていたのか。
しかし、そんなニュースは一週間もするころには、アイドルのスキャンダルのニュースにかき消されてしまった。
いくつかのマスメディアから取材の打診があったのだが、それら全て2日と立たずに先方からキャンセルという形になった。
所詮世の中の人々は、自分の知らない一般人が無人島で発見されたことよりも、テレビの向こうのトップアイドルのユニットメンバー追加のニュースに興味があるのだ。
だが君はそういうモノだと思い、割り切ることにした。
君の体験した現実を信じることができるのは、体験した本人以外にはいないのだから。
科学崇拝の現代社会では、君の体験に芯の通った理屈を見つけるよりも、君の妄想だとして片付けるほうが簡単だからである。
しかし君の友人は言った。
「私は信じるよ!君ばっかずるい!私も男爵に会ってみたい!メイド可愛い!」
今日もこの世界は平和である。

最終更新:2017年03月01日 00:07