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王平 子均

【元ネタ】三国志 三国志演義
【CLASS】アーチャー
【マスター】
【真名】王平 子均
【性別】男性
【身長・体重】170cm・65kg
【属性】秩序・中庸
【ステータス】筋力C 耐久A 敏捷E 魔力C 幸運B 宝具D
【クラス別スキル】
対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

単独行動:C
 マスターからの魔力供給を断っても自立できる能力。
 ランクCならば、マスターを失っても一日間現界可能。

【固有スキル】
戦闘続行:A
 戦闘から離脱する能力。
 また、敗戦において自軍領地まで生きて辿り着く能力。

墨守:C
 自身が配置されている陣地や施設へのダメージを、ランクに応じて削減する。
 また、同じ陣地ないし同じ施設に配置されている味方へのダメージも削減できる。
 拠点の防衛や籠城戦に効果を発揮するスキル。

【宝具】
『蓄音戦鼓』
ランク:D 種別:対軍宝具 レンジ:0~50 最大捕捉:300人
 様々な音を録音し、その再生音をレンジ内の任意の位置に発生させる戦太鼓。
 音量をある程度、上下させる機能もある。
 直接的な攻撃力はないが、
 何もない場所に足音を立てる、敵の聴覚を妨害する、敵軍を偽報で撹乱する、などの使い方で戦闘を補助できる。
 張郃を伏兵の疑いから撤退させ、魏延の軍を大喝で離散させた中華ガジェット。

【Weapon】
『元戎』
 諸葛亮が設計した連弩。
 矢の装填はカートリッジ式で、次々に矢を放つ連射形態と、十本の矢を纏めて放つ散弾形態に可変する。
 言わば、アサルトライフルとショットガンをひとつに纏めた中華ガジェット。
 しかし、本来は数を揃えて運用する兵器のため、単独での戦闘では真価を発揮し得ない。

『板楯』
 板楯蛮と呼ばれる異民族が用いた丸盾。
 板楯蛮は武勇に優れていることで知られ、羌族からは神兵と恐れられていた。
 王平はこの板楯蛮の出身だとされる。

【解説】
 三国時代、蜀漢の武将。字は子均。
 馬忠、鄧芝と並び評された蜀の名将の一人。

 曹操が漢中を陥落させた際に曹操に帰順したが、
 劉備と曹操の漢中攻防戦において、劉備陣営に降伏した。
(三国志演義では、徐晃との不仲が原因となっている)

 劉備の死後、諸葛亮が第一次北伐を実施すると、愛弟子の馬謖の軍勢に王平を加えさせた。
 しかし、馬謖は王平の諫言を聞き入れずに山頂に布陣し、敵将の張郃に水路を断たれて大敗する。
 この窮地を王平は自らの兵を率いて陣太鼓を打ち鳴らして威圧し、
 張郃が伏兵を疑い兵を退いたのを確認すると、敗残兵を収容して撤退した。

 北伐が敗北に終わった後、馬謖軍に参加した王平以外の諸将は処罰されたが、
 王平のみは功績を評価されて昇進し、諸葛亮にも目をかけられるようになる。

 第四次北伐では張郃の軍勢を撃退し、諸葛亮が司馬懿を打ち破るのを支援したが、
 長雨により食料が尽きたために撤退した。

 第五次北伐のさなかに諸葛亮が病没すると、
 その遺言に従って撤退しようとする諸将と、戦争続行を望む魏延が対立する。

 諸将の撤退を妨害しながら先回りし、味方と一戦交えようとする魏延に対し、
 王平が「公(諸葛亮)が亡くなり、その身もまだ冷たくならない内に、お前たちはなぜこんな事をしようとするのか」と一喝。
 魏延の軍勢は主の非を知っていたために離散し、魏延は難なく討ち取られた。

 この功績により漢中の副将に昇進。後年には漢中の大将にまで昇進し、漢中府の軍政を任された。
 晩年も魏の曹爽が漢中に攻め込んできた際、自ら出撃して費禕の援軍が来るまでの時間を稼ぐという戦功を挙げた。

 王平は十文字程度の字しか知らず、職務の際には口述筆記を多用したが、その内容は全て筋道が通っていたという。
 法律や規則を順守し、一日中正座して冗談も口にしない一方で、偏狭で疑り深い性格だったという。
(偏狭で疑り深いというのは誤訳であり、自分が人から軽んじられていると思っていたという訳が正しいという説もある)

【コメント】
 音を飛ばすからアーチャー。異論は認める。
最終更新:2016年10月05日 23:07