P・T・バーナム

【元ネタ】史実
【CLASS】キャスター
【マスター】ジーン・ラム→シロウ・コトミネ
【真名】フィニアス・テイラー・バーナム(P・T・バーナム)
【性別】男性
【身長・体重】180cm・87kg
【属性】中立・善
【ステータス】筋力D 耐久E 敏捷E 魔力E+ 幸運B 宝具EX
【クラス別スキル】
陣地作成:EX(D相当)
 魔術師として自らに有利な陣地「工房」を作る能力。
 バーナムの場合は、伝説の興行師として、ショーを行う天幕を設営可能。
 天幕の中では、バーナムの全スキル使用時にボーナスが発生し、道具作成スキルも解禁される。

道具作成:EX(D相当)
 天幕設営後、その中でのみ使用可能なスキル。
 生前率いたサーカス団の曲芸師や歌手、蝋人形、フリークス、象などを影として再現・作成し、観客を魅了する。
 魔術師ならざるバーナムは、天幕の中でのみ魔術師として振る舞うことができるのだ。

【固有スキル】
プランニング(経営):B
 少数での戦術思考ではなく、大局的な経営思考。
 どうすればより多くの収益が見込めるか、どうすれば組織の長所をより発揮できるかを、戦略的に思案する。

願望看破:A
 人間観察を更に狭くした技術。
 対象となる人間が何を望む(見たい)か、どのような夢・志を抱くかを見抜く能力に優れる。
 そこから転じて、聖杯戦争に参加するサーヴァントやマスターの願望を看破することも可能だが、
 その為にはある程度会話や様子を見ることで、何がその人物を突き動かす要素なのかを理解する必要がある。

不変の個性:EX
 バーナムの言とされる、“we've got something for everyone”に因む、彼の死後の心理研究由来のスキル。
 誰にでも当てはまる性格構成要素を、自身だけに当てはまる性格構成要素であるように誤認させ、
 自身こそが特別な存在であるという多幸感と増長心を植え付ける。
 天幕の中でのバーナムの甘言は、英霊さえ俗物に堕ちる強力な洗脳と化す。

【宝具】
『今宵酔いしれよ、史上最大のショウ(グレイテスト・ショウマン・P・T・バーナム)』
ランク:A 種別:対陣宝具 レンジ:60 最大捕捉:不明
 聖杯戦争に参加するすべてのサーヴァントが、聖杯に託す望みをバーナムが識ることで初めて発動できる、
 天幕を防護する概念防御宝具。
 夢とは千差万別、誰が抱くどのような望みであろうと、その人だけのもの。
 聖杯に願望を抱くサーヴァントは、天幕を傷つけることに対し、「自らの願望を否定する」ことと同程度の抵抗を抱く。
 概念防御とあるが、一種の洗脳に近い宝具であり、たとえ狂化をしていても、願望を抱く限りはその影響下に置かれる。
 (もちろん令呪で強制させることはできるが、これによってサーヴァントとマスターの間に決定的な溝が生じる)。
 また、聖杯大戦などの特殊環境の場合は、敵陣営・味方陣営のみに限定させることも可能。

『観客の「観たい」はここにあり、坊ちゃん嬢ちゃん寄っといで(ゼア・イズ・ワンボーン・エヴリ・ミニッツ)』
ランク:EX 種別:対民宝具 レンジ:不明 最大捕捉:不明
 聖杯戦争に参加するすべてのサーヴァントのすべての宝具を、バーナムが視認することで初めて発動できる宝具。
 この宝具を除く宝具のランクを、観客の目に映える「派手さ」を基準に変動させる。
 軍勢召喚や対城・対国級の宝具ならば高ランクを保持、ないしさらに高い神秘を付与されるが、
 白兵戦武器の対人宝具や、個人の技量に依存した奥義・魔剣、武功由来の宝具などは、容赦なく神秘を削ぎ取られる。
 第一宝具同様、聖杯大戦などでは、敵陣営・味方陣営のみに限定させることも可能だが、
 ランク変動は不可逆のため、バーナムが消滅するまで戻ることはない。

【解説】
 アメリカ合衆国の伝説的な興行師。
 リングリング・ブラザーズ・アンド・バーナム・アンド・ベイリー・サーカス
 コネチカット州ベサルで宿屋兼仕立て屋の商人の家系に生まれ、自身も商人となるが富くじブームが原因で事業失敗。
 若き日には新聞を創刊したこともあったが、記事内容が名誉棄損案件に抵触したために収監も経験。
 その後はニューヨークに移住して、見世物興行の巡業を行う。
 この興行はのちにニューヨークでミュージアムを展開するほどの規模に拡大。
 小人やシャム双生児などの、いわゆるフリークスや、ネイティブアメリカンのダンサーなどが興行で活躍し、
 ヨーロッパ巡業の際にはヴィクトリア女王とも面会を果たした。
 また、スウェーデンの歌手ジェニー・リンドのアメリカツアーのプロデューサーとしても広く知られている。
 アメリカツアー後は一時引退するが、金回りの問題から興行主として復帰(なお、これがはじめての引退ではない)。
 復帰後はミュージアム焼失の憂き目に遭いつつ、興行をサーカスの興行列車に発展させることで乗り切り、その一座は世界中を巡業した。
 上流階級に限られていたエンターテイメントという概念を根付かせたショウビジネスの元祖とでも云うべき人物だが、
 当時は(人権的な問題ではなく、時代背景ゆえの根強い差別主義から)有色人種やフリークスを用いたショウにはアンチも多く、
 またカーディフの巨人などの明らかに眉唾で虚偽的な展示物等、バーナム個人の人格も当然清廉潔白とは言えない。
 晩年には政界にも進出を画策し、一時期ブリッジポート市の市長も共和党選出議員として務めたこともあった。
 1891年に脳出血で死去。19歳のころに結婚したチャリティ・ハレットとは彼女の死まで連れ添った。
 なお、バーナム効果の元となった言は、バーナム本人が言った言葉ではない可能性が高い。
最終更新:2020年03月22日 21:08