+ | プロローグ |
Noblefir Electronics社。
エリアAU所属のコロニーに本社を置く、新興の防術機製造企業である。 人類の生存圏を脅かすエルフに対抗するため、新型防術機の開発を進めるNE社。 しかし、乏しい予算と未熟な技術力に悩まされ、プロジェクトは難航していた。 そんな中、NE社の存続を脅かす一大事件が発生する― |
+ | 第一話 屈辱 |
深い紫に塗装された鋼の巨人の傍らで、一人の少女が立ち尽くしている。
雲に覆われた空は薄暗く、まるで嘲笑うかのように彼女を見下ろしていた。
「最悪…」
まだ幼さを残した少女の目には涙が浮かび、くっと歯を食いしばる。ぽつり、ぽつりと雨が降り出し、少女のパイロットスーツに黒い斑点を刻む。
「あらあら、予報通り降ってきちゃったわね。貴女も早く機体に戻らないと風邪を引いてしまうわよ?」
漆黒の鋼の巨人―SEITA社製第三世代防術機「エンキドゥ」のスピーカーから、艶やかな女性の声が響く。
「余計な…お世話よ」
少女は拳を握りしめ、憤怒の眼差しをエンキドゥに向ける。
「それじゃあ、お先に失礼するわ。次はもっと楽しませて頂戴ね、ヴィオラ・アイリス少尉」
エンキドゥは踵を返し、雨の中に消えていった。
Noblefir Electronics R&Dセンター 休憩室
「いやぁ~、今回はイケると思ったんだけどなあ」
「やはりフレーム構造に無理があったんですよ、主任。第二世代と第三世代じゃ、歩行機構の効率性が全然違いますから」
主任と呼ばれた禿頭の初老の男性と、その部下とおぼしき黒縁の丸眼鏡をかけた青年がテーブルを挟んで腰掛けている。主任と呼ばれた男は、傍らの合成コーヒーを一口飲むと、再び口を開いた。
「でもさあ、上は複雑すぎて大変だからって第三世代の開発に消極的だし…第二世代のヴィクテスをベースにしてヴィオレットを設計するのは決定事項だろ?」
「コスパ勝負がウチの基本戦略ですからねえ」 「技術者としては面白くないんだよなぁ、既製品の改修なんてのは。やるならせめてドーンと大胆にやりたいんだけど、コレがねぇ」
主任は指で輪を作る。
「新型レールキャノンの開発とか五月雨の生産設備拡大とか、別のプロジェクトに予算吸われちゃってますもんね。今はなんとかアイリス少尉に頑張ってもらって、上の注目を集めないと…」
「ああ…だがな…」
主任の表情が暗くなる。眼鏡の青年がそれを察し、ばつの悪い表情をする。
「すみません、テストパイロットの技量に頼るなんて技術者として失格ですね」
「いや、俺たちにそれしか方法が無いのは事実だ。けどな、昨日の模擬戦の後、あの子に呼び出されたんだ。それでもってこっぴどく怒られたよ。あんなポンコツじゃ使い物にならないって」 「そんなことが…」 「俺だって悔しいさ。だが、今の状況で打てる手は限られている。とにかく、頭を使って手を動かして、各々のメンバーが出来る範囲で最善を尽くすしかない。悪いな、精神論なんか語っちまって」 「いえ…自分は自分に求められている役割を果たすまでです」 「さて、そろそろ仕事の時間だ。それじゃ、またな」
主任は残りのコーヒーを一気に飲み干すと、休憩室を後にした。
「だ、大事件だぁ!!これを見ろ、ウェイン!」
開発室に戻った眼鏡の青年-ウェイン・カットポリスを迎えたのは、騒々しい同僚の素っ頓狂な声だった。
「なんだよクレオ、いちいち大げさだな、お前は」
ウェインは呆れ顔で、クレオのパソコン画面を覗き込む。
「どれどれ…な、なんだこれはッ!!!」
画面に映し出されたUUW社のWebニュースは、普段冷静なウェインすら動転させた。
≪SEITA社、第四世代防術機のプロトタイプを公開≫
見出しの下には、青空の下に堂々と起立する白い防術機の写真が掲載されていた。
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+ | 第二話 新たな機体 |
Noblefir Electronics本社 会議室
「第四世代防術機、フレイヤ。新型リアクターにより向上した出力を機動性の強化に充て、模擬戦では3機の五月雨を無傷で撃破」
「化け物だな」
翌日の幹部会議は例のニュースの話題でもちきりだった。ただでさえ先を越されているSEITA社に、さらに水をあけられたのだ。このままでは、自分たちは競争から取り残されてしまう。そんな危機感と絶望感が経営陣を満たしていた。
「どうするんです、社長。今進めている五月雨の生産設備拡大プロジェクト、このままじゃ大赤字ですよ」
経理部長が社長を詰問する。 「わかっている。あれは早々に打ち切る…SEITAめ、やけに気前の良い値段で設備を売ってくると思ったが、こういうことだったか」 「私だって悔しい気持ちは一緒です。ですが、このままでは…我が社の株価は暴落し、いずれは経営に深刻な影響が出るかと」 「わかっている、現状を打開するためには、新型機開発プロジェクトを進めている開発3課に予算と人員を集中させるしかない。例の試作機、ヴィオレットに第四世代機相当の性能を持たせ、わが社の力を世に知らしめる必要がある。フレンデル主任、やってくれるか」 「それは…」
禿頭の開発主任は、突然の要請に面食らった様子だった。まさか自分の担当するプロジェクトに社運が賭かってしまうなど、昨日までは思いもよらなかったことである。確かに予算不足は解消されるだろう。優秀な人材が集まれば、技術面の問題も改善するはずだ。それに、一昨日のヴィオラの無念を晴らすチャンスが与えられるかもしれない。答えは一つだった。
「引き受けさせていただきます、社長」
「感謝する。明日の午後、3課のメンバー全員と顔を合わせて詳細な状況を聞きたい。準備を頼む」 「わかりました」
Noblefir Electronics R&Dセンター 格納庫
「最近、製造設備の使用申請通りやすくなりましたよね、主任」 「ああ。注文した部品もすぐ届くようになったし、今までの扱いが嘘みたいだぜ」
社長との面談から一週間、ウェインら開発3課はヴィオレットを大幅に再設計した新型防術機、ヴィオレットⅡの開発を進めていた。経営陣が予算と人員を追加したことで開発は順調に進み、模擬戦闘試験に向けた試作一号機の最終調整が進められていた。
「さて、脚部の油圧チェックは問題なしだな。そっちはどうだ、ウェイン」
「マニュピュレータの反応は良好です。パワーも増えてるんで、重めのスナイパーライフルとかも余裕で扱えますよ」 「嬢ちゃん、そっちの具合はどうだ」 「OSの動作は正常。射撃管制システムとのリンクも問題ないわ」
スピーカー越しにヴィオラの声が響く。女性にしては低めの落ち着いた声色だ。
「それじゃ、ちょっとその辺歩き回ってみるか」
「わかった」 「ロック、解除します」
ウェインが端末を操作し、肩と脚を固定していたアームを解除する。
「ヴィオレットⅡ、発進するわ」
ズシン、と鈍い金属音がこだまする。全高10mの鋼の巨人が、ゆっくりと前方に歩みを進めていく。
「格納庫の扉開けます」
格納庫の隅のボタンを押し、自動ドアを開放する。人工太陽の日差しが室内を明るく照らす。その光を反射して、紫の機体は眩しい輝きを放っていた。
「綺麗だ…」
無意識にそう呟いていた。完成したばかりの新型試作機の立ち姿に、ウェインは心を奪われていた。
「各種機動のテストをするわ。ウェイン、聞いてる?」
「ああ、すみませんアイリス少尉!ついカッコよくて見惚れちゃいました」 「自分が作った機体が動くのってそんなに嬉しい?こっちとしては使い物にならなきゃ意味無いんだけど」 「そりゃ、技術者冥利に尽きますよ。あ、データ取り始めますね」
端末に戻り、命令を入力する。新しい玩具を手に入れた子供のように、ウェインは鼓動の高まりを抑えきれないでいた。
「走行テスト、開始してください」
「了解」
ヴィオレットⅡが最大速度で格納庫前のトラックを駆け抜ける。関節の負担、機体の振動、共に問題なし。足回りの基本的なフレームは第二世代の流用だが、高品質なパーツを多用することで高い信頼性と基本性能を両立することに成功していた。
「アイリス少尉、十分です。飛行テストに移ってください」
「わかったわ。最大出力で行くわね」
両肩に取り付けられたメインブースターが、轟音と共に蒼い炎を吐き出す。機体は素早く上昇し、上空を旋回し始める。
「ブースター出力も安定してますね。どうですか、乗り心地は」
「悪くないわ。上出来よ」
感情に乏しい彼女には珍しい、上機嫌な通信が入る。パイロットの高評価は、設計者のウェインにとって僥倖だった。
「次は反応速度のテストに移りましょうか」
「ええ、そうしましょう」
この機体なら、そして彼らなら、窮地に陥ったこの会社を立て直すことが出来るかもしれない―二人のやり取りを眺めながら、主任のフレンデルは微笑みを浮かべていた。
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+ | 第三話 リベンジ・マッチ |
Noblefir Electronic R&Dセンター 野戦演習場
「機体制御システム、正常に稼働中。リアクター出力、問題なし」
「外部との通信も問題ないですね。準備は良いですか、アイリス少尉」 「ええ。これまでの成果、見せつけてやりましょう」
ついに訪れたヴィオレットⅡの模擬戦闘試験当日。急ピッチで進めてきた作業の疲れを身に感じながらも、ウェインの心は期待に踊っていた。小高い丘の上に設営されたテントからは、蒼く澄み切った空と起伏のある緑の草原を見渡すことができる。遠方には、距離を置いて立つ2機の防術機の姿があった。
通信端末の声からは、緊張を隠し切れないヴィオラの声が伝わってくる。ノートPCの画面越しには、ドールのように華奢なポニーテールの少女の姿があった。パイロットスーツに身を包んだ彼女の表情は、緊張で少し引きつっている。ウェインは少女のバイタルデータをチェックする。
「少し緊張されているようですね。心拍数と脳波に若干の乱れがあります」
「うっ…やっぱりか…」
少女が顔を赤らめる。無理もない、相手は先日辛酸を舐めさせられた宿敵なのだ。
「安定化処置、実行しますね。終了の時間まで通信は切断しておきます」
「うん、お願い」
ウェインはキーボードに所定のコマンドを打ち込む。
精神安定化処置―専用のパイロットスーツとヘッドセットから脳と身体に微弱な刺激を与え、精神的な緊張を解きほぐす処置。実行中に外部からの刺激が与えられると処置に悪影響を与えてしまうため、毎回通信を切断する決まりになっている。
「さて、今のうちに計測機器のチェックでもやっておくか…主任、そちらの準備はどうですか」
「おう、バッチリだ。記録の方はこっちでしっかりやっとくから、お前はお姫様のサポートに専念しな。その方がお姫様も心強いだろうしな」 「あはは、気を利かせてもらってありがとうございます。クレオ、そっちはどう?」 「ああ、問題ないぞ。クリスティー中尉は今日も絶好調だ」
隣に座るクレオのノートPCには、パイロットスーツに身を包んだ金髪の女性の上半身が映し出されている。ローゼ・クリスティー中尉、NE社所属の防術機乗りの中でも屈指の実力を誇るエースパイロットである。ヴィオラとは対照的に、勝利の確信に満ちた余裕の表情を浮かべている。
「ふふ、またわたしが勝っちゃったらごめんなさいね、ウェイン君」
「今度のヴィオレットは自信作です。そう簡単にやられはしませんよ」 「あらぁ、どれほど持つか楽しみだわ」
言葉からも仕草からも、溢れんばかりの自信が伝わってくる。確かに、彼女は優秀なパイロットだ。だが、そんな彼女に一泡吹かせてやれたらどれほど愉快だろうか。絶対に勝ってやる―そんな思いを胸に、ウェインは返答した。
「それじゃ、正々堂々と戦いましょう」
「アイリス少尉、準備はよろしいですね」
「ええ、問題ないわ。とっとと決着をつけてやりましょう」
数分後、画面上に映し出された少女の雰囲気は幾らか落ち着きを取り戻していた。
「主任、いけます」
「よし、模擬戦闘試験、開始!」 「ヴィオラ・アイリス、ヴィオレットⅡ、行きます!」 「ローゼ・クリスティー、エンキドゥ、やるわよぉ」
ここに宿命の対決の火蓋が切って落とされた。
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