+ | プロローグ 月の翼 |
「あー!もしもし!?テステス……聞こえてるかな?」
少女の可憐な声が響き渡る。
俺達がいる建物へ、雑音を伴いながらスピーカーを通して。
「ここまでみんな良くついてきてくれました!!
あたしの感謝の気持ちは溢れて止まらないよ! さて」
彼女の声が一時止まる。
その声が再び聞こえてくるまで、俺達は待った。 一瞬だったが、それは長く待ち続けた声だ。 あるものは目に涙を。 あるものは嗚咽を。 あるものは笑顔を。 皆、それぞれの思いを胸に秘め、待った。
そして声は再度響く。
「時は満ちた。
私は、否。私達は進む。 今まで私達を支えてくれた戦友の誇りを胸に。 忘れるな、目を背けるな。 彼らを感謝し、崇め、そして悼め。
さあ、哀悼を示そう。
愚かにも我々に楯突き、命を無駄に散らせる『ワカラズヤ』共に、凄惨たる光景を見せよう」
僕は。
僕は。 昔から君のそういう所が 大好きで 大嫌いだ。
ある組織の兵士は嘲笑う。
「俺は、あいつらのそれを待っていたんだ」
ある殺人狂の青年は笑わない。
「今更かね、だがその時は今で正しい」
ある国の影の王は微笑う。
「果たして、正義なんてあるのでしょうか?」
ある会社の社長は嗤う。
「俗物共に何ができるんだ」
ある仮面の少女は笑う。
「有りか無しかでいえば正直無しなんだが…。
だが、あれは有りだと俺は期待する」
少女は声の音を紡ぐ。
「さあ、始めよう。
私が君達を信じる。 私が君達に許可する。
『CodeName-00 Requiem』
開始する」
鈴の音が戦場に響き渡る。
心を癒やす光に包まれる。
そんな幻想を、求めていた。
ただ、今私を守るのは、彼らを護るのは
月の翼だ。
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+ | 1話 始まりの呼び出し |
「っ…たく、こんな時間にいきなり呼びつけるなんて…
珍しいことをするなあいつも…」
夜は過ぎ、既に朝へ向けて空が明るみ始めたそんな時間に、一人の男が安全圏ミサトの町外れの通りにてそう呟いた。
彼自身は呟いたつもりなのだが、この通り、人もいなければ車も稀にしか通らない。 深夜より通らないのではないか…早朝は皆仕事を始めるために就寝している人も多い。 ちょうど深夜営業の終わりとと午前営業の始まり、そんな境目には動く人も少ないのであった。 そんな静かな場所で呟いた言葉は予想よりも大きく聞こえたが、本人…ナイアー・フラウスキーは気にしない。 そもそも人がいないから静かなのだ。 別に気にする事はない…安眠や休息を邪魔するような大声で話したわけでもない。 ナイアー・フラウスキーの風貌は至って普通のサラリーマンであり、目は青く黒髪、身長は平均に近い170前後である。 しかし彼はサラリーマン等では無い。 いや、この時点ではまだサラリーマンであると彼は思っているだろうけども。 ちなみに元々はサラリーマンを目指したのではなく、傭兵…つまりは戦闘で金を稼ぐ職種に就くつもりであった。 それは先ほど彼が述べた『あいつ』に止められてしまったのだが。
話を戻そう。
彼は現在目的地へと歩いている。 その足取りは重くはないが意気揚々としているわけでもなかった。 彼はある人物にここに来い!とだけ言われ、座標を貰っただけなのである。 そこへ向かうナイアーの思考回路は至って単純、断った方が楽だけど嫌われても面倒なのでさっさと行って済ましてしまおう、といったものだ。 果たしてさっさと済ます事なんて出来るのだろうか。
結果的に言えば彼の一生の半分以上をそこで使うことになるのだが。
F通りの曲がり角、電灯の下。
そこへ行けとのことだったのだが。 ナイアーがそこにたどり着いた…いや、その目的地の少し離れたところで、ナイアーは電灯の下に人影を確認する。 その人影は明らかにこちらを向いて、しかし動くことなく佇んでいる。
「…俺を呼びつけた奴の関係者か何かか?」
ナイアーはその人影に対して声をかける。
その声ははっきりとしており、彼の心の強さを表す。 そして、その人影は答えた。
「私はナイアー様をお送りする為の者です。
どうぞ、警戒なさらず。 こちらにお乗りください」
人影を注視していた為、気がつけなかったのだが、その人影の後ろにはありきたりなシルバーのスポーツセダンが一台止まっていた。
ここで警戒して帰ったりしたら呼び出されてここへ来た意味がなくなってしまう。
「あぁ…分かった」
ナイアーは言われ、そして誘われるがままにセダンの後方座席へと乗せられた。
乗るときにはドアはこの人影…老紳士が開いたためその重さは分からなかったが、明らかに窓ガラスは分厚かった。おそらくは防弾ガラスであろう。防爆も兼ねているかもしれない。 普通のスポーツセダンでは断じてない、様々な所に防御機構が施された…いわばトーチカの様なものだった。 もちろん移動するのでトーチカとはあまり繋がらないのだが。
車が自動運転で移動を開始した。
「私、白崎様の専属執事、松田餅千賀と申します。
今回は貴方様に白崎様はご報告と頼みがある様でございます。」
その言葉を聞いて、ナイアーは硬直する。
『なぜだ?』という疑問が彼の頭の中を支配する。 あいつは名前は信用に足る人物、その中でも極わずかにしか伝えないはず、であった。 しかしナイアーは例外、ではあるのだが。
彼は『この目の前の松田餅千賀とやらが、信用できる人物であるという事を示す為、あいつが名前を告げた』という結論に至った。
「お気づきになられたかと思われます。
私は白崎様からある程度の信用を頂いております。 私めにはおこがましいものであるとは承知でございますが、貴方様に信用して頂くにはこれを口に出せば良いと白崎様から伝えられましたので」
執事は運転席に座りながら、私を向く事はなく前方の景色を眺めながらそう言った。
「あー…なるほどな。
お前が…松田さんがどんな人かは俺はわからない。 だがそれだけ聞けりゃ十分だ。 そしてこれから何があるのか教えてくれ」
ナイアーは今一番気になっていたことを聞いた。
ここまでで一切の情報が入っていないので、それは至極当たり前の聞くべきな質問であった。 だが。
「ナイアー様、申し訳ありませんがそれは白崎様から口止めされておりますので、ぜひご自分の目でご確認ください」
松田から教えてくれることはなかった。
どうやら『あいつ』は何か企んでいる様である。 秘密を作るのが好きな『あいつ』の事だ、きっと何か良からぬ事を考えているのだろう…と結論付けた。
「あぁ…良いよ、分かった。
この車が向かってるところも秘密なんだろうな…」
「そうでございます」
老紳士はニッコリと笑ってこちらを見る。
『あいつ』はいつの間にこんな有能そうな紳士を雇ったのだろうか。 その佇まいから只者ではない雰囲気はあるのだが、どこか周りのものを落ち着かせる空気もある。 そして執事服に隠れてはいるが、ナイアーはその服の下に強靭な肉体があるのであろう事も予想できた。
「ところでよ…話は変わるんだが構わないか?」
「はい、何なりと」
「最近は『あいつ』の調子はどうなんだ?
専属だって言うならそれぐらいは分かるだろうし教えてほしいな」
「白崎様はこの頃はある事に熱心に取り組んでおられますね。
勿論無理はさせないよう私も精一杯補助させて頂いておりますが…白崎様の技術が高く、私には本当に補助が出来ているのか不安でございますね。 てすが白崎様が苦手とするような事は私が全面的にやらせて頂いております」
「それも今日呼び寄せたことに関係してるのか?」
「そうでございますね。
関係しております」
「そうか…お前から見て『あいつ』はどうだ?
活発的な少女か? …それとも冷静沈着な明晰な女か?」
「そうですね…私からしますと色々なものを楽しむ少女、と印象がございますね。
…いかがなさいました?」
「いや…それならいいんだ」
ナイアーと『あいつ』は昔からの付き合いだが、いつだったか急に家から居なくなり、それでもちょくちょくと連絡はくれた、そんな仲であった。
だがここ最近その連絡も絶えていた為少し不安になり始めた時に、メールで呼びつけられたのだ。 安堵はしたのだが…別の意味で不安になってきたのであった。 何しろ『あいつ』は…
『到着いたしました。自動運転を終了します。SYSTEMOFFLINE…』
車が停止し、ナイアーの右のドアが開いた。
松田はさっさと降りてドアを開けたらしい。 本当に良く出来た執事だった。
「ここでございます」
そのドアの先は…
巨大なビルがそびえ立っていた。
そのビルは圧倒的な威圧感を放つ、そんな存在。 その高さで、威圧感を放っている…というわけでは無かった。 何しろ塗装は完全に漆黒、光の反射を拒んでいるかのように。 そして一切の窓が存在しない。 所々に僅かな穴が見受けられたが、よく見るとそれは小型カメラの様なものがしこまれている様であった。
「なんつー…悪趣味なビルだよ」
「実は私もその様に思いますが…安全性は確か、いえかなりのものでございますよ。
……すぐにお分かりいただけるかと」
松田がそう答えた時、止められたスポーツセダンの反対車線に1台の車が停止した。
その車は自動操縦で誰も載っていない。 それはおかしい。 車ともあろうものが、何も乗せずに移動している意味はあるのか? 答えはNO、である。 ナイアーはその車の屋根に、あってはいけないものを確認する。 自動機銃だった。 それはこちらに狙いを定めて…
「は!?」
「いえ、ナイアー様。
一応申し上げますが訓練、テスト用の車でございますのでご安心を。 射撃されましたら普通に殺されるかと思いますが」
「えぇ…そう…」
拍子抜けだ。
しかし銃口がこちらを向いているのも事実。 その穴はまるで獲物を狙うかのようにナイアーを見定める。 しかし その機銃は途端に向きを変え、あろうことか自らの車体に銃口を向け、射撃し始めた。
「……どういうことなの」
「このビル付近ではAIによる攻撃動作は自動ハッキングされ、コチラ側に全ての情報が漏らされます。
そしてこのビルに内蔵されたコンピューターにより自動演算され、最適な処理を行うことになります」
それを説明する松田は微笑していたが、なんとも恐ろしいシステムである。
「では、中に入りましょうか」
「あぁ…」
スポーツセダンと弾痕だらけになった車を置いて、二人の男はビルの中に入っていった。
その様子はある人物によって監視されていたのだが。
「んふふ、久しぶりだなぁ…ナイアーちゃん」
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+ | 2話 会合 |
二人が自動ドアを抜け、カウンターへと向かう。
ビルの壁や床は上手く装飾されているが、所々に隔壁と思われる無骨な材質がちらほら見え隠れしていた。 外部からはもちろん、内部から見てもその堅牢さ、そして何かを守っているということは誰の目からしても明白に受け取ることができただろう。 無論、ナイアーもそれを認識していた。
「開け放たれてはいるが…そこら中に隔壁があるな。
こんなの一体何から身を守るために作ったんだよ…」
「何から、というよりも『何からでも』守る為のものでございますね。
この世にある兵器全てから身を守ることを目標に建てられておりますが…残念ながらバンカーバスターなどの兵器に対しては耐性はございますが連続的に攻撃されたならばいずれ壊れるでしょう。 仮に昔戦艦と呼ばれたものが現代にもあったのならばそれでも破壊可能でしょう。」
「…バンカーバスターはともかく戦艦なんてものを持ち出さないと破壊できないってのはどういうことだよ…
それにバンカーバスターって言っても最近の高熱粒子を補助に撃ち抜いていく型ぐらいじゃないとぶち抜けないんじゃ…」
「いえ、白崎様は撃ち抜く事が可能である時点でそれは防御不足、という認識であられる様子です。
それにどうやら一瞬で破壊できる兵器……巷ではスーサイドifと呼ばれる兵器ですが、それの種類によっては破壊されるであろうと…」
その言葉を聞き、ナイアーの顔は陰る。
彼は何かを思い出し…
「スーサイドifッ………!」
ナイアーは部屋に立つ。
目の前には真っ黒な髪に蒼の目を持つ少女。
サングラスと白衣(だが白くなく黒)を身につけており、それはどちらも漆黒で、彼女の目を更に目立たせていた。 その顔は『目』以外の認識を阻害されているかの様に、認識することは出来ない。 深層であり深淵である、青く蒼い静かな目だけがナイアーを見つめていた。
「スーサイドif…それをお前は知っているのか…?
いや、知ってはいるはずだ、だが…『今』スーサイドifなんてものが存在するというのか… 教えてくれ、凛。」
ナイアーはそう問いかける。
目の前の少女…涼宮凛は『笑った』。
「僕にそう問いかける…のは珍しいのかな。
まあいいさ、答えてあげるよ。 僕が知り君が知らない事は、問われれば教えてあげる、そう約束したもんね」
ここは彼の記憶ではなく、彼の思考。
だが少女は彼ではない。 彼の思考とも違い、記憶も知識も彼のものではない。 …彼の思考に、彼女がいるのはまた別のお話。 いつか、それを語る日が来る。
「確かにスーサイドifはある筈だ。
私が探索し、情報は断片的に見つけている。 例えばどこかの企業の…これは細菌型だね。 着弾した地点に細菌をばら撒いて、その地域を殺す、つまりは爆弾自体がスーサイドifって事だよ。 まースーサイドifなんてものは認定とかはありゃしないんだし、誰かがスーサイドifと言えばスーサイドifだよ…くすくす」
彼女はそう言って、笑う。
いつも通り何かを見下す様に嘲笑う。
ナイアーには何を笑っているのかはわからないが、それは誰かに向けられたものでもない事を知っている。
彼女は人は恨まない。 自分を殺した人でさえ、讃える事のできる人物。 そして、その自らを殺した人物の脳に居座り、知識を授ける。
なんとも不思議で不可解で不明で不安な人物である。
「まあ、いいさ。
彼女…つまりは君の白崎ちゃんはスーサイドifの何かに恐怖してるのか…それとも過去に見た何かに恐怖してるのか…それは定かではないけれど。 このビルは確かに一瞬で壊せるね。」
気がつくと涼宮凛はナイアーの背中合わせになっていた。
視線を逸らしたわけでもなく、そこに居た。 それが真理。彼女にとって。
「ではナイアー君、無知な君に優しく聡明な僕から今回の締めの言葉とアドバイスを。
白崎ちゃんは君にナニカをさせたがっているようだ、それ自体はなんてことは無いが…彼女に気をつけろ」
気がつくとナイアーはエレベーターの中にいた。
もちろん、松田と共に。 彼が『思考』している間にも時間は進む。 思考しながら、現実もこなさなければならない。
「エレベーターのこのボタンをご覧いただければお分かりになられると思いますが、5階ごとに丸々1階を使用した隔壁で分けられております。
なので2,6,11…といった階は使用不可能でございます。 このビルは上は32階、下は地下20階までございますが、この隔壁の区切りは31階まで続いております」
「なんとも凄い隔壁の数だな…横も縦もしっかり守ってるんだな」
ナイアーが答えている時、松田は地下8階のボタンを押した。
ドアは既に閉められているので、エレベーターが動き始める。
「というかそもそもこのビルは一体何なんだ?
明らかに都会にあるようなビルの体をなしてないぞ」
「ここはSB、SearchBird社の本社となっております。
ここで働いているものからは愛称でBugBird、欠陥鳥だなんて呼ばれることもありますが。」
「欠陥鳥…バグね、虫鳥みてーな言葉遊びもあるのかね」
「最初に呼んだ者が何を考えていたのかは定かではありませんが…
この会社、SB社の業務内容ですがそれは単純に情報会社です。 あらゆる組織や企業にスパイを送り、情報を盗み出し『必要とする人』へ売り渡す。 もしくは、その情報を利用して利益を得る。 そんなところでございます」
「なんとまあ悪趣味な会社だこって…
……俺にはスパイは出来ないからな? そんなことができる運動能力も判断力も必要なものは何一つ持ってないからな」
「いえ、白崎様は恐らくですがそのような事をさせることはないと思われます」
そう松田は答えたがナイアーの耳には、判断力…知恵はあると思いますが…と松田が呟いたのを聞くことはできなかった。
『地下8階でございます』
エレベーターのドアが開き、そこには全面鏡の様に光り輝く金属で出来た長い廊下が広がっていた。
上下左右にはそこを通る者を見定めるように定期的に穴…恐らくは銃口が覗いていた。 隙間なく並べられている為、銃口のリングを通らないことは不可能であろうとナイアーには思われた。
「この穴は許可が無い者が通ると銃弾が出る仕組みとなっております。
または緊急時にはそもそも通る者が誰であろうと撃ち抜く設定に変更され、ここへの立ち入りは隔壁も含めて生身では不可能です。 他にも色々仕組みはございますが…今は先に進みましょう」
そう言った松田はつかつかと先へ進み、一番奥にただ1つだけあるドアの前へと進んだ。
ナイアーも遅れないように進み、ドアの前に立つ。
「私はここでお待ちしますので、ごゆっくりと」
「お、おう」
そしてナイアーはそのドアノブを握り、ゆっくりとドアを開けて中へ入っていった。
背中の方からドアの閉まる音がした。
部屋は真っ暗でそれ以外は何も見えない。
それはコンピューターの画面であり、光り輝いていた。 その画面には…
急に電気がついた。
ナイアーの視界が光に対応できずに一瞬奪われる。
「やっほー!ナイアーちゃん、久しぶり!」
光を受けて目を覆っていた手をどけて、前を見るとそこには、また少女が立っていた。
目は赤く、髪は黒髪…だがその末端は白く染まっている。
服装は大きな襟だけが黒く真っ白なコートに同じく白いスカート。 そしてどういうわけかなんてことない普通のスリッパを履いていた。
「あぁ…久しぶり、フィーリア。」
「元気だったー!?と言っても家での生活は時々覗き見てたから知ってるけどね!くはは!
たまに落ち込んでたりしてた時は心配したけど、やつれてたりとかはなさそうだね!安心したよ!」
にっこり笑いナイアーに抱きつく少女、白崎・フィーリア。
彼女は天才だ。それもほとんどの分野で。 センスが必要でないのなら、本人が望めば簡単に極めることができる理解力。 それは彼女が凡人ではないことを示し、また彼女は常人でもなかった。
言動から分かるように、この彼女はかなり幼い思考力だ。
自分勝手、わがまま。 子供のようである…年齢は子供ではないのであるけども。
そして、彼女はナイアーをここに呼びつけた張本人であった。
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+ | 3話 二人対二人 |
「私は私」「あたしはあたし」
「私は彼の役に立つ」「あたしは彼の支えになる」 「それなら」「そうなら」 『自分こそ消えるべき?』
「いや…まぁ、いいんだけどさ」
ナイアーに少女…白崎・フィーリアが抱きついている。
その力は少女の体躯から想像できるよりも力強かった。 ナイアーには簡単に振りほどけたが、彼には別に振りほどく必要も別段特に感じなかったので、そのままなされるがままに抱きつかれていた。
「くふふー!久しぶりなのだよー!」
「ああ、久しぶりだな、フィーリア。
さっきサラッと覗き見云々言ってたがあれはどういうことだ…」
「ふに?なになに…そんなことは単純なことさ!
そこら中にある監視カメラだとかをハッキングして覗き見してたんだよ! いやー、ナイアーちゃんをすとーか…見守る為とはいえ公共機関をハッキングするのは心が痛むねー」
「…良い笑顔でそう言ってるけどお前に罪悪感なんて存在しないだろ。
そもそもなんだ、お前ストーカーって言いかけてるだろ。 ストーカーまがいでもなんでもなくれっきとしたストーカーだと思うけどな」
「ストーカー…?なにそれ…?おいしいの?
それにカメラから見守ってただけで別に付け回してた訳じゃないんだし…。 …よく考えたらいつも様子見てたし久しぶりではないなー! 会って会話したのはまさに久しぶりだけどね!」
「俺からしたら見るのも久しぶりなんだけどな…。
何だこの複雑な気分は…というかいつも覗き見られてたとかゾッとするわ…。 今度から禁止な。」
「禁止ィ!?ななな、なんてことを言うんだナイアーちゃん!
あたしの唯一の楽しみを奪う気かー! この無慈悲な朴念仁のモアイ野郎!」
「他人の覗き見が唯一の楽しみとか確実にストーカーじゃないか…これは通報ものだねフィーリアちゃん。
大人しく自首することを俺からはオススメするよ…。
…そんなことよりもだな…いやそんなことと形容したくはないが…今日はなんで俺をここに呼びつけたんだ?
それにこの諜報会社は一体全体どういうことなんだ?」
ころころ笑顔や驚愕や様々な顔に変えていたフィーリアが、嫌らしい笑みを浮かべた顔に変わった。
それはナイアーにとって嫌な予感が訪れる顔だった。 彼が心配した事は見事に的中する。
「この企業を作ったのは至極単純な理由さ。
私が必要だったから作った、それだけ。 …今は知りたい事も、沢山あるしね」
フィーリアの顔、態度、振る舞いは先程のおちゃらけた雰囲気は一切残していなかった。
人が見れば『真面目な態度』になったんだな、と思うかもしれないが、彼女は違う。
「……やっぱり残ってやがったか、『私』。
最後にお前に会った時はその『人格』も残ってたが…消えているわけがないわな。」
「おうおう、少し傷ついたよナイアーちゃん。
しょぼーんだよ。悲しいよー。 私が私であることは当たり前であるように、私があたしでもあるのは必然的、だ。 それなのに君は私を嫌っているようだね…見たところ嫌い9好き4と言ったところかな…」
「俺がお前を嫌わねぇ理由がないだろうが、白崎。
見た感じは真面目でまともなのに中身はドス黒いんだしな。 ……『あの事』は許す気もない、それだけは伝える」
白崎フィーリア。二重人格。
一方は幼く見える人格。 一方は大人びた人格。 どちらも根幹は同じだが、目指す目標へ向かうルートが違いすぎる。 一方は『無邪気に』、一方は『無慈悲に』。 どちらも迷惑極まりないのだが、悪質である点において大人びた人格は危険であると断言できる。
どちらの人格も、仲間以外を軽視する傾向は変わらないのだが。
そして、その人格の一つがナイアーを、その友人を嫉妬で死に追いやろうとした過去があるが…それが別のお話、『彼女』の過去。
『僕も君が大嫌いだねー、心配した通り残ってたね。
集めたデータから見えた白崎の痕跡は『あたし』とも『私』とも取れる行動ばかりで少し消えていることを期待はしたんだけどさ…まあ残念』
ナイアーが…否、ナイアーの身体を借りて彼女…涼宮凛が敵意を示す。
そして思考世界でため息をつく。
「私も君が…滅ぼしてやりたいほど嫌いだね。
ナイアーちゃんに危険がないのであればすぐに君をナイアーちゃんから消し去りたい気持ちだよ。 いや、気持ちじゃないね…実際に消し去ってやるつもりさ、いつか」
白崎が明らかに苛々した顔で睨みつけてくる。
先程までの、フィーリアの笑顔からは想像できない顔で。
「………ここでいがみ合っても話が進まないな。
因縁はここで一旦置いておいて話を先に進めよう。」
だがあっさりと、白崎は敵意を引っ込めた。
苛々は隠しきれていないが、それでも話しやすい雰囲気にしてあった。
「あぁ…俺もお前云々よりそっちの方が気になるしな…話してくれ、白崎」
「はあ、いいよ。
ナイアーちゃん、私が君をここに呼びつけたのは君にやって欲しくてたまらないことがあるんだよ。 いや、君にしか頼めない、かな」
「…もったいぶらないで早く言ってくれ」
「じゃあ、端的に。
ナイアーちゃん、君は『反企業連合副理事長』になってくれないか?」
反企業連。それはナイアーにとっては聞いたことのない名であった。
そのような組織は少なくとも小耳に挟んだことすらなかった。
「なんだ…その、反企業連合ってのは」
「反企業連合…ACEC。
私が設立した連合で…企業、個人の為の組織だよ。 沢山の企業がこの連合に属していて、皆1つの目標に向けて頑張ってるのさ。 もちろんここ、SB社もそこに含まれているさ」
「…それは一体何を目指している?
まずい事に足を踏み入れてないだろうな」
「まさか…やってる事はとても善良的だと思うよ。
反企業連の目標…いや、生まれた理由は『みんなで協力して、防術機を作成すればより良い物が作れて多様化開発による無駄な資金の流失もないだろう、だから手を取り合って協力しよう』と言ったものだよ」
「表向きはそうだろうとしても、裏で何やってんのかわかったもんじゃねえ…」
ナイアーは疑いの目を向け続けるが、対する白崎は不敵な笑みを浮かべるだけで、その問には答えない。
「なんにせよ、この反企業連は私だけでなく…いやそもそも作ろうと言ったのはあたしだからね!」
フィーリアの先程までのにこやかな笑顔が戻る。
こうもコロコロ人格が変わられると調子が狂うのであるが。
「ナイアーちゃんには副理事長を任せたいの!
理由はいろいろあるけど…あたしの自己満足も含まれてるし言わなくていいかなー」
「俺はいつもお前と会うと、お前の自己満足に振り回されてる気がするがな…」
その時、部屋の入り口のドアの開閉音が聞こえた。
外で待っていた松田が入ってきたようだ。
「失礼します、例の試作品の準備が完了したとの連絡が来たことをお伝えします」
「ほんと?ならナイアーちゃん、説明ついでもあるし見てもらいたくもあるからついてきてー」
そういうとフィーリアは二人を置いてさっさとドアから出てしまった。
結局は先のエレベーターで合流するのであるのだが。 ナイアーは副理事長の事も含め、悩んでいた。 白崎フィーリア、彼女が何を考え、自分の見ていない時に何を行動していたのか。 そして、彼女の目標は何か。
大切な人ではあるのだが、完全に信用できないのが彼の本音であった。
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+ | 4話 地球の皆に警告です |
エレベーターが到着を告げる音を鳴らす。
「ここは地下の19階に位置します。
薄暗いので、お足元にお気をつけてください」
松田の言うとおり、エレベーターの扉の先は廊下であり、そこは足元の誘導灯以外には明かりは存在せず、かなり暗かった。
フィーリアは少し戸惑ったナイアーを尻目にさっさと先に進んでいった。 それに松田、ナイアーと続いて進んでいく。 廊下は三人の他には人気がなく、響く足音以外には音は存在しなかった。 そして三人は一つの頑強そうな扉の前まで辿り着いた。
「じゃあ、ナイアーちゃん。
この扉の先に君に見せたいものがあるから、とくとご覧あれー!」
フィーリアがそう言って扉に触れると、扉は左右に重い音を響かせながらゆっくりと開いていった。
その瞬間、扉の向こうから光が射し込んでくる。 ナイアーは思わず目を瞑ったが、暫くして目を開け、慣れさせる。 そして、彼の目にはその扉の先の…格納庫、そして格納庫に収納された巨大なロボットが目に入った。
それはかつて自分が見たものと似ても似つかないフレームをしている、防術機だった。
「…防術機…?どうしてここに…」
驚き戸惑うナイアーに、フィーリアがくふふ、と自慢げに笑う。
「どうしてもこうしても、ここで防術機を作ってるんだよ!
さっき反企業連の説明をしたでしょ? その協力をして作っている防術機がこれだよ! といっても施策の試作、まだまだ販売には至らない未完成品なんだけどねー」
「で、お前は俺にこれを見せてなにをしようってんだ…」
待ってましたとばかりに、フィーリアはにっこり溌剌とした笑顔で魅せる。
「君にこれのテストパイロットも任せたいんだよ」
「テスト…パイロット…」
「そう、テストパイロット。
反企業連の副理事長になってほしいってのもお願いだけど、このテストパイロットもお願いしたいんだ。 なんだってナイアーちゃん、操縦上手いじゃん」
「上手いのはそら練習してたから…つってもお前が乗らないように俺を説得してからもう乗ったことはないぞ?
そんなのがテストパイロットなんてしていいのか? 反企業連の連合の組織…には出来る奴ぐらいいるんじゃないか?」
「いるねー、少なくとも傭兵企業の人達なんかは操縦に関しては問題ないと思う。
だけどナイアーちゃん、それじゃダメなんだよ。 彼らはナイアーちゃんと違って本当にただの企業の中の一人でしかない。 そんな人を皆が信用できるかはちょっと疑問かな。 だけど仮にナイアーちゃんが副理事長になった上で、テストパイロットも兼任するのなら話は変わるさ。 お偉いさんがしっかり仕事してるのも分かるし、信用だって得られると思う! だから頼みたいんだよー」
「……ちょっとこの防術機を見せてくれ」
「んに、いいよ」
許可を取ると、ナイアーは恐る恐る防術機に近づいていく。
防術機の周りには、何やら小型のユニットが浮いており、備え付けられたマニピュレータやらの装備を見た感じ、メンテナンスなどをこのユニットが行うことが想像できた。 だがナイアーはそちらには関心は無い、関心が向いているのは防術機自体だった。
「……なんだこのフレーム、第三世代では…ないな。
第四世代に少し似ている箇所はあるが…別物だ。 だがフレームを覆う装甲はフレイヤに似ているな、一部はそのままだ。 だが、こんな翼はフレイヤには無かったはずだ」
彼が言う翼は、背中のバックパックに垂直に2本突き刺さる形で備え付けられていた。
後部から見ると、細かい穴が前後左右に付いているのが分かった。 この部品だけは、他の部品と違い異物感が凄まじかった。
「噴出口…?なんの噴出口だ?
こんな装備は見たことがないな…。 コアは…赤色か、色はおかしくないが妙に輝いているような」
「さあさあナイアーちゃん、どう思うよ?
この反企業連試作機一号、警鐘ちゃんの感想は?」
「警鐘…」
「うん、警鐘。
企業同士で対立して開発進められない無能へのあたしからの警鐘」
珍しくフィーリアが毒舌を吐いた。
彼女には昔から思う所があったようで、前にも嫌いな物に対して暴言を吐いていた思い出がある。 こういうのが幼く見えさせる原因にもなるのだろうか…とナイアーは一人悩んでいるが別段ナイアー以外は誰も困っていないのだが。
「警鐘ね、なるほど。
聞きたいことはいくつもあるがまず一番気になることだ…このフレームはなんだ?」
このフレームは全く見たことがない、と付け加える。
その防術機のフレームは赤黒く、にぶく光り輝いていたが、そういった金属を使った防術機も、そもそものこんな構造をしたフレームも見たことがなかった。
「フレームは完全なオリジナル!
開発名称は『Sun Ray』、硬く軽く、それでいて安価を目指したフレームだよー」
「はぁ…で、後ろの翼は?」
後ろの翼も翼で異彩を放っていた。
本来ないはずのものを無理矢理取り付けたかのような異物感がその翼にはあったのだ。 見るものを畏怖させる、翼。
「翼は粒子制御兼機動装置だよー。
言ってなかったけどこの防術機、従来とは全く違う動力で動くんだー」
「粒子ねぇ…全く想像がつかん」
それはナイアーの嘘偽りのない本音であった。
今まで聞いてきた中で粒子動力の防術機なんて聞いたこともなかったからである。 人は自らが知らないものに遭遇した時、簡単にそれを事実であると受け入れることは、それこそ人がそれを予測する以上に難しいものなのである。
「…んー、ナイアーちゃん、せっかくだから乗ってみたら?」
「乗っていいのか?」
「お試しみたいな」
「…お試しなんて言わず、言っちまうが…副理事長の話は受けてやってもいいぞ」
「本当に!?」
「だが条件がある。まずはお前のもう一つの人格に切り替えてくれるか?」
ナイアーにそう言われると、フィーリアはすぐに目を瞑り、目を開ける。
そして先程までとは似ても似つかない白崎に変わる。
「なんだい?私に用でもあるのかい?」
「用でもっつーかお前に条件だよ、お前は絶対に悪い方向にもっていくんじゃない、以上」
それを聞くと、白崎は拍子抜けしたかのような顔をする。
「随分とまあよくわからない条件だね…いや、悪い方向に持っていくなと言われればOKするけどさ…なんでこんな条件なんだ?」
「お前が何が更にこの組織自体を何らかの企みに利用することもあり得ただろう。
用心しておくに越したことはない」
「うえー…ひどいなひどいな、私がそこまで酷いやつだと思われているだなんて。
それに、私はちゃんと反省してるんだよ、ごめんなさいって言ったよぉ…むぐぅ…ふちひゃらはにゃせー」
話している最中にナイアーから手で口を塞がれる。
「さて、さっさと乗り込んでみるか…お前も一緒にな」
「むぐぅ!?わらひはもんひいしれいらいのー」
「なんて言ってんのか分からんが一応信用しあう為に、何か防術機に仕込んでいても共倒れになってもらうぞ」
「むにー」
「可愛いもがき声出しても無駄だ」
そしてナイアーは白崎を抱えたままちゃっちゃと乗る為のワイヤーらしきものを握り、うまく利用してコックピットまで登っていった。
「それ引っ張れば巻き上げてくれるのに…筋肉バカ…」
「さっさとそれを言え」
「どこかの誰かさんに私は口をふさがれて言えませんでした!」
そう怒って文句を言ってはいるのだが、頬が赤らんでいることにナイアーは気が付かなかった。
乗りこんだ防術機のコックピットは全面液晶で、乗り込む座席は固定されてはいるものの、…まるで自分が部屋に吊り下げられた電球であるかのような状態だった。 ふいに白崎が座席の横の液晶の上に座り込んだ。 座席は一つしかないとはいえ、そんな所に座って良いのだろうか。 それでも液晶は何らかの透明な素材で保護されているようで、特に異常はなさそうだ。
「まつだー」
「仰せのままに」
「今名前しか言ってなかったよな」
それでも松田はやることが分かっているように、一直線でどこかへ移動していった。
しはらくして、ん、と白崎が操作盤を小さな手で指差す。
わけがわからずに呆然としていると、「ボケてるの?」とでも言いたげな目でこちらを見ながら操作盤をポチポチと操作し始めた。 静かに何かが動くのを感じる。 それと同時に液晶が灯り、操作盤も電気が点いて見やすくなった。 どうやら単純に動力をオンにしたらしい。 ナイアーはまさか格納庫に入ったまま起動するとは考えていなかった…というのは建前で、完全に動力を起動するのを忘れていた。 操縦を練習していたとはいえ、それは昔の話。それもその後触ることはなかったのだから忘れていても仕方がない。はずだ。
液晶に赤のウィンドウが表示される。
『オペレーションシステム、Sys-OSを起動します』
『粒子動力炉、正常
各部モニター、正常 マニピュレータ、正常 関節、正常 バランサー、正常 粒子放出、正常 武器、異常 未搭載と判断 その他各部機能、正常
CEC-01、Bell 起動』
「警鐘の初めての演奏会の始まり始まりー」
|
+ | 5話 ぎっこんばたん |
「さてと、あっちがやっている間に僕もやる事を済ませないとね」
何もないとしか形容のしようのない寂しく虚しく悲しい部屋、たった一人しかいない真っ白な空間で、唯一の人間が行動を始める。
その人間は黒い白衣ならぬ黒衣に身を包み、自身の身の丈の半分程の長さの髪をもつ、赤きサングラスをかけ、それよりもさらに赤い瞳の少女であった。特異であり奇異である服装だが、この空間にはそれを咎める人間はいやしない。 もっとも、人間であれば少し前に一人だけ来たのだが。その青年はナイアーであり、この少女は『涼宮凛』である。
「んー…久しぶりすぎてちゃんと機能するか怪しいけど。いやいや僕を見くびってはならない、私が作ったものに不信を抱いたらそれは僕を不信に思うのと全く同じだ。
…不信を抱いてないわけじゃないんだけどさー。くすくす」
それがさも面白いことであったかのように、彼女は笑う。だが彼女の目は笑うことなく何かを見つめ、見据えていたが。
そして凛はおもむろに空に向かって手を突き出し、スライドする。その手に付き従うように、無からウィンドウが現れる。 そのウィンドウは周りと違い黒く淀んでいて、禍々しさか或いは不快さを滲み出していた。それはそのウィンドウ自体を正しく表し、彼女を正しく写していた。 その現れたウィンドウに向かい、凛は腕を組みしばし考える。 きっかり三分経った時だった。
「あーあー、聞こえるなら応答せよ。
こちら涼宮凛、僕だよ。久しぶり」
『こちら05、通信を受信。現在【自動人形】状態であり、命令は受け付けません』
『こちら10、通信を受信。現在【自動人形】状態であり、命令は受け付けません』
「うわめんどくさ」
即座に二つの返信が帰ってきたが、その返答は凛にとっては好ましくないものであるようだ。
露骨に顔に嫌悪感を滲ませながら、新たにキーボードが描かれたウィンドウを表示し、何かを打ち込み始めた。 せめてどこかの誰かさんがかけたロックを外せればやれることは沢山あるのに、どうして僕はこうも運のない可哀想な少女なのだろう…と思考しつつ、そもそもどこかの誰かさんは一体誰なのか、ロックをかける方法は私以外は知らなかった筈なのに、とか別の思考が脳内を循環する。 涼宮凛、彼女にはこの状況、この状態になっていることは今初めて知ったことであり、知り得ることは不可能であるのだが。 もし彼女の頭の上に不快度ゲージを表示できたのなら、刻一刻とそのゲージは増え続けていることだろう。 知識は僕にあらねばならない。それ以外は断じて許さないし許せない。 それが彼女であり、彼女が『深夜写本』と呼ばれる所以の一つであるのだが。 しかし彼女を今そう呼ぶ者は誰一人としていないし、呼んでいた者は彼女がいた事をふとした時に思い出すぐらいで基本的に忘れているだろう。 地味であり、それでいて影は薄く、だが有名。 相反するものが凛として共存するのが彼女。
「馬鹿馬鹿しいことありゃしない…本当に馬鹿にしてくれる…僕を馬鹿にする…巫山戯んな…。
…あ、駄目だこりゃ。ロック解けないや。 ……解けないことを知れた!ぽじてぃぶ!」
その声はどこか震えていて目には涙、額にはシワが現れていた。
無理矢理新しい事を知った、ということで諦める…彼女としては諦めたとは認めたくないだろうが…。 とにかく知りたい。なんでも知りたい。手の内に入れたい。逃さない。掴む。捕まえる。抱き込む。食らいつく。噛みつく。 そんな思いが彼女を支配している今、割と凛は自分を押さえつけるので精一杯だった。 なんとか彼女が自分の脳内で色々こじつけて、どうするか思考しようとした矢先にそれは来た。 襲来したとも言える。
『こちら09、元気だよーボケカス。凛、お前はどこにいる?場合によっては殺すので返信を早く私に寄越すように。以上』
「はああああああああああ!?」
ななな、何が起きている!?
涼宮凛が少女らしくぱたぱたと慌てふためくことになった。 09は本来凛にとって返事が来ることを一切想定していなかったのだ。どこかで野垂れ死んでるか、はたまた無視してくるか。そういう予想だったのだが盛大に裏切られることとなったのだ。
「とととととと…とりっとりあえず通信回路を…つなっ…繋がなきゃ…」
普段は知的に見せようとクールにキャラを作っているのだが、予想外のことが起きるとすぐにボロを出してしまうのであった。
まあここには誰もいないので、そんな姿を誰かに見られるということもないのだが。
「あのー………聞こえ………」
打って変わってこちらは二人が乗った防術機・警鐘。
先程の格納庫からは既に出て、同じく地下の七階で機動テストを行っていた。七階に限らずこの建物はどこも頑丈に作られているためテストはどこでも良いのだが、この七階は防術機の試験の為に作られた階層なので、ここでテストを行っている。
「ああああ…揺れる…私の視界がぐらぐらする…。
やだ…何この巨大なたわし…きもい…うええ」
「それは俺の頭だ馬鹿」
「ふえー…ぐええ…神経接続でもない機体は苦手だ…しかもサスペンション硬過ぎてがっくがく…本当に…気持ち悪いよぉ…」
「おっと待った絶対に中で吐くんじゃないぞ。
吐くぐらいならコックピットから叩き落とすぞ」
「そんな殺生なぁ!ナイアーちゃんのこの冷血!鬼!悪魔!個人情報をネットにばら撒いてやろうか!」
「元気じゃねえか!」
「元気なのと吐き気は別だ!全く…うっ」
ぎっこんがっこんと警鐘が歩行していくが、その足取りはぎこちない。インストールされているOSの最適化がなされていないのであろう。
初作成の試験機体とはいえここまで酷いのか…とナイアーは内心でそう愚痴っていたが、無理もない話なのである。 警鐘は中小企業、末端は個人の技術者による様々な備品を組み合わせて作られた所謂継ぎ接ぎ人形状態なのだ。 どの企業もこのような事には慣れていない…防術機の部品を作っていた企業も勿論あるのだが、そのノウハウを活かしても初めて作成する企業のパーツとの相性は未調整では埋めきれないのであった。 今はこの継ぎ接ぎ人形を試験し、改良に努めていく段階なのである。しかし、それでも良質なものはあった。
「じゃあ粒子ホバー移動…っと
なんだ?さっきまでと違って随分安定してるじゃないか」
警鐘の翼や脚部等に取り付けられた噴出口から粒子が噴出され、警鐘は僅かに宙に浮いて移動している形になる。
前へ機体を移動させても揺れは少なく非常に安定していた。
「うう…そりゃ私が担当してる所だから…ここは完璧…のはず…」
「お前が開発に関わってるとなると…昔の兵器の技術かなんかか?」
「そだねー…いや、粒子に関しては既に発見されてるし、それを制御する技術さえあれば誰にでも使えるようなものだから…トンデモ兵器ではないかな」
使い方を変えれば凄くなるんだけど、と白崎が小声で呟いたのをナイアーは聞き取ることができなかった。
しかしこのホバー移動、既存の防術機と同じ操作性…出力を上げればこれ以上の速度も出せることを考えると、かなり有用であるように思えた。 だがそう上手く行かないのが現実であった。
「ん…?あっ」
「どうした白さ……うおっ!?」
途端に警鐘は操り人形の糸が全て切れたかのようにへたり込んでしまったのだ。
ナイアーが何度もレバーをガチャガチャ動かすが、動きはない。操作盤も機能を停止しているようだ。
「…白崎?」
「はひ」
「どういうことか予想を立てて説明しろ」
「コアの不安定化による強制安定化の起動により、出力が一切回されなくなってこうなったかと」
「なんつー欠陥だよ…」
「粒子ホバー移動で粒子を使いすぎちゃったからかなー多分。というか確実に。
そーなるなら…別のタンクをつけるか、粒子生産量をあげるか…システム以外に使うための粒子を生み出すパーツを別につけるか…」
「一応全部載せたらいいんじゃないか…もうこれ戦場でなったら致命的すぎないか?」
「致命的っていうか死ぬね。そーだねー…全部載せて試してみるかい」
こんな感じで二人はその後もテストを続け、粒子の不足、マニピュレータ誤作動、サスペンションの不具合、操作伝達速度の遅延などの問題を次々に見つけ、直面することになった。
そのすべての対応策が思いつき終わったのは翌日のことだった。 |
+ | 6話 しにたいけどしにません |
私は罰されるべきだ。
私は罰されるべきだ。 私は罰されるべきだ。 私は罰されるべきだ。
何故彼は死んだのか。
それは弾丸が彼を貫いたから。 クレフィの装備した銃の弾が、彼を貫いたから。 自 分 の 乗 る ク レ フ ィ が 、 彼 を 撃 ち 抜 い た か ら 。
それが原因。
それが結果。 それが必然。
そこに何の疑問もない。
そこに疑うべき余地はない。
明らかに
あからさまに
自分が、彼を殺した。
それはもう、揺るぎない事実。
記憶が、物語っている。
彼女は自分を止める。
彼女こそ恨みたいはずなのに、それでも生を望んでくれる。
だけど、それでも。
自分が、自分を許せない。
だから、さようなら。
どうか、後追いはしないで。
……しの…いちばん…
時間は進む。
「さあて…今日も元気にいくよナイアーちゃん!」
「もう振り絞る元気もねえよ…なんでフィーリアはそんなに元気なんだよ…」
「元気の秘訣…笑顔だね!」
そうにこやかに笑うフィーリアを肩車しながら、ナイアーはいつもの警鐘が整備されている格納庫へ向かって歩いていた。
上に乗るフィーリアは元気はつらつ疲労なし、止めるものなしといった様子だが、肩車しているナイアーの方はというと、かなりゲッソリしていてあからさまに疲労が溜まっていた。 それもそのはず、あの日以降毎日ここに来ては操縦、レポート、問題点修正、操縦…といったように操縦とレポートを延々と続けてきたのである。 最初のうちは楽しそうに操縦していたのだが、十日も過ぎると顔から笑顔は消え、二十日もすれば声から覇気は消えた。
「ブラック企業ってこんなんだったのか…」
「なにか言った?ナイアーちゃん?」
「いえ何も」
ただのつぶやきが漏れてしまい、慌てて誤魔化すが彼の本心であったことは言うまでもない。
「まー…今日は出撃だしさー、元気出していこうよー」
「おう…だいぶ操縦性は向上したし期待できるな…」
そう、今日は出撃をする日なのであり、前々から決めていたことだ。
そこで一つ問題がある。出撃にはアイギスによる防術機としての審査を受けなければならないが、審査に出せば必然的に他企業に存在が露呈してしまうのである。しかし、それは想定済みであった。その為に、フレームを覆う装甲をフレイヤを模擬した形にしたのである。ぱっと見はフレイヤにしか見えないので、目立つ心配もない。
ナイアーとフィーリアは慣れた手つきでコックピットに乗り込み、警鐘を起動する。
それと同時に、コックピットの各部から水が噴出していく。それはみるみるコックピットを埋めていき、たちまちコックピットは水槽のようになる。
中に居る二人はというと、コックピットに備え付けられた酸素マスクを既に取り付けている。この機構を取り付けるにあたり新たに取り付けられたものだ。
これがどういうものかというと、攻撃を受けた際のショックを操縦者に伝えない為の特別な液体である。緩衝材を作る企業が流動体研究所と共に開発したものである。勿論どちらも反企業連に属している。
「さて、初めての地上での活動か…」
「ついにこの時が来たー!」
フィーリアはいつも通りはしゃいでいるが、水に阻まれ心なしかいつもより動きが鈍い。
ナイアーは落ち着いてはいるが心の高揚が漏れ出ていた。 機体はエレベーターで運ばれ、地上へ移動する。 たたん、たたん、とエレベーターが機体を揺らす。
「とはいえー…こんな誤魔化してどうにかなるかなー…」
「バレたらバレたでいいんじゃないか?」
「それを逆手に利用するのは考えてるけど…バレないことに越したことはないよ」
「あぁ…っと着いたな」
エレベーターの動きが止まり、目の前の扉が徐々に開いていく。
所々に警告灯があるだけの薄暗いエレベーターに光が差し込み、警鐘を照らしていく。 光は道を作る。外への、地上への。
「いくよぉ!」
「進め…!」
一歩、また一歩進んでいく。
足を踏みしめて、自らの存在を訴えていく。 サスペンションの駆動音や、機械の軋みやらが重なり合い、ハーモニーを生み出す。
「立った…」
ビルのすぐ横、搬出口から警鐘は出てきた。
銀色の装甲がまばゆく瞬く。
『オペレーションシステム、Sys-OSを起動します』
「なんつーか…こう…手早く運ぶためのものとかないのか?」
「ない」
「そら面倒なこった…輸送手段が必要とか思わなかった…というか考えなかったのか?」
「私が乗る予定はなかったし一切考えてなかった」
「お前なー…で、実際どうするんだ?」
「どうするもこうするも地道に審査場まで向かう以外にないだろう」
白崎はナイアーの方を向きお手上げのポーズをするが、ナイアーから手刀を食らう。
「…いつの間に人格入れ替えてるんだよ…」
「いつ入れ替えても私の勝手だろう…酷いよ…痛い…水の中でここまでの水遁を…」
「…」
「なんだ?このネタを知らないのかナイアーちゃんは?昔のマンガではあるが、なかなか国民的なマンガでな…ニンジャというエキサイトな超人によるストーリーだ、読まないほかはない。まだまだナイアーちゃんはマンガ読破数は足りないようだグハァ」
腹部に強烈なパンチを打ち込まれしばらく白崎が話すことはなかった。
「やあ、ナイアーちゃん、元気してるかい?私は君の腹パンで瀕死だよ」
しばらくするとダメージはあるようだが気さくにナイアー話しかけた。
「軟弱すぎるんだよお前は…」
「むぅ…君は私の《事情》は知ってるだろう…?ほいほいと外に出る訳にはいかないんだよ」
「その割に、今審査場へ向かって移動する防術機の中にいるのはなんでだろうな?」
「我慢だ」
「我慢して会社から出てくるなよ」
「何を我慢するも選択するのも私の自由だ、自らのことを自分で決めて何が悪い…それが自ら以外が反発するであろう選択でも、私はその選択を選ぶぞ」
「……」
「それに今だって実は薬を供給しているぞ」
「どうやって…」
「乙女の秘密なのです」
「黙れロリババア」
ナイアーはロリババア、と罵倒しているが実際ほぼ似たようなものである。白崎・フィーリアはそう呼ばれる理由が存在する。
彼女は…端的に言えば長寿である。その体躯から想像もできないほどに、長い時を過ごしている。それはナイアーが生まれる前、その親が生まれる前、更に前に遡り……………あの厄災、ノーマンズウォーと呼ばれた悪夢が起きた頃にまで彼女の生まれは遡る。 200年は確実に過ごしたらしいが、彼女自身の記憶が曖昧で正しい時はわからないようである。
だけど、私は死ぬよ。
不老不死じゃないもの。 生きていれば、みんな死ぬ。 それは避けられない。 逃れることはできない。 それが理。それが真理。 私は蛾のように揺れ動く。 だけど周りの仲間と思っていた蛾は私より早く、全て死んでしまった。 ならば、私は蛾ではない別の虫であるのかもしれない。 寿命がほかより長かっただけ。 いつか、死ぬ。 それに…私が生きているのは破滅を望んだ罰みたいなものだから。
だからナイアーちゃん、私は私だよ。
人間じゃなくなってるかもしれないけど、それでも私を…
「どうした?」
ぼうっとしていた白崎に声がかかる。
ナイアーが白崎を覗き込んでいた。
そうか、今のは夢か
「今は何処に…?」
「もう目的地だ」
「そっか…」
私の目的地はどうやら先のようだけれど。
そう彼女は呟いた。 |
+ | 7話 きかいっぱつ |
「あぁ…暇だな」
「うー…」
アイギスの審査場に警鐘を置いて昼下がり、近くのコーヒーショップにて二人の男女は休憩する。
機体の審査が終わるまで、時間を潰そうという考えで寄ったようだが。
「ナイアーちゃん…コーヒーってどれ頼?なんとかマウンテンとかなんとかブルーとか…あたしの頭はぱっぱらぱーですよ…」
「俺がわかると思うか…?普段俺はお茶しか飲まない人間だからな、コーヒーはともかくその専門店なんざ行ったことがない」
「使えない二人組ー…あっ店員さん、ココアください」
「コーヒー頼む気なかったんじゃ…あ、俺はもうこの安いのブラックで…」
「ブラックとは渋いねーかっくいー」
「棒読みすぎて嬉しくもなんともないな…」
「……そもそも、あたし達なんでコーヒーショップにいるんだっけ?」
「そら暇つぶしだろ」
「暇つぶしならその辺のコンビニにでも行って欲しいもの買ったりとかー、そういう選択しない?
なんであたし達は来たこともないコーヒーショップ選んだんだっけ?」
「お前が『かっこよくコーヒー飲んでイカス人になりたい』とか急に言い出したからだろ…」
「そんなこと言ったっけ…言ったね。
いや…待てよ…?『普段行かない店に行こうぜ』とかなんとかナイアーちゃんも言ってた!」
「言ったけどよ、コーヒーショップに繋がるとは思ってもみなかったぞ」
「あたしもそう思うよー」
そう二人がだべっている時、店員が二人の飲み物を並べていった。業務的な会釈をした後、店員は元の配置に戻っていく。
「こういう所もいずれは機械になるのかねぇー」
「既になってる所もあるだろうな、果たしてそれが歓迎されるかどうかは別として、だけどな」
「ん、ナイアーちゃんはこういうのは反対する人かな?機械化っていいと思うんだけどなー、人間は機械に任せるだけで良くなる、良い世界じゃんかー」
そういいつつ、フィーリアは大げさに手を広げ、パタパタと振り回す。身振り手振りで自らの思いを表現するかのように。
(こういう所は子供っぽいというか…バカというか…) ナイアーはそう考えたがフィーリアの笑顔を見て考えるのをやめた。
「機械に任せるのが悪いってわけじゃないんだが、危険な仕事やらは機械がやってもいいかもしれない。だが、それで職を奪われる人が発生するんだ。こんな日常的な事まで機械にやらせる必要はないんじゃないか?」
「ふむ、ナイアーちゃんはそう考えるのかー。
職を奪われる、か。それは別にいいんじゃないかなーって思うんだよあたしはー。だってさー、今までに消えていった職業だって沢山あるんだから、機械に奪われて消えたとしても無問題じゃない? どうしても続けたい!てならやればいいしー…刀鍛冶とか今だっているしー」
「そういう問題かね…」
「そういう問題だよ」
ココアをふーふーしながら、そう答える。
口に運ぶが、あちっ!という小さい声を出してすぐにテーブルに戻す。
「…まーさー、よく言うじゃん?人間にしかできない、とか手作りのぬくもり、とかとか。
ああいうのを好む人が一定数いる限りは職が失われることはないと思うよー」
「どうだかね…」
「いずれは機械ですら人と同等の心を持ち、同じ温もりを持つようになるだろうけどねー。そうなったら人間はお役御免かもかもだけど」
「案外その未来はすぐそこにあったりしてな」
「かもね」
「でも…俺が言うのも何だが、それでも人間は人の温もりを求めると思う。」
「どしてー?」
「今ですら実際には効果のないものに振り回されたりしてる人間だぞ?たとえ優れてなくても《人間の手作り》だから選ぶ、という人は居続ける。逆に《機械が作ったもの》に対して拒否し続ける人もいるかもな。こっちに関しては麻痺していくんだろうけど…な」
「へー………。あっ、警鐘は職人の手作りだから!」
「職人でないと作れないパーツでもあるのか?」
「あるけど。まあ機械でも作れるようにしてるんだけどねぇ!ふっふっふー」
「反企業連の職人に対してのフレンドリーファイアじゃねえか」
「その機械を職人が作ればいいのです。まあそこも機械でやらせるようにするけど」
「ダメじゃねえか」
「職人にはまた別のことをやってもらえばいいのだー」
「強く生きてくれ…」
(とはいえ、機械が機械を作るってのは、いかがなものかと思うんだけどね)
それは、ナイアーにとっては馴染みの深いものではないが、フィーリアにとっては深く関わりのあるものである。 (機械のみのオートメーション、エルフか) (機械で全てまかなえたらニンゲンはイラナイ) (そうしない為にも、わざと《手を抜く》必要があるってことかな)
ナイアーがコーヒーを飲み終えた頃、丁度審査終了の知らせが届いた。
未だちまちま飲んでいたフィーリアは慌ててすべて飲み干して、会計を済ませるナイアーに続く。
「審査が終わったー」
「さっさと受け取りに行こうぜ、したいこともあるんだろ?」
「うん」
フィーリアはいつもの定位置(肩車)をナイアーにむりやり飛び乗って達成する。
「そういや、警鐘のテストが終わったら次はどうするんだ?」
「フレーム流用して単純な性能向上バージョンを作るのだ」
「ほーん」
「ちなみにデザインは出来ていたりする」
「はあ、どんなのだ?」
「かつて…世界を滅ぼした力…」
「なんつー物騒なデザイン使おうとしてるんだお前は…」
「冗談だよ、ただの悪面のイケメンちゃんだよ」
「そりゃ悪役感のあるのになりそうだな…」
肩車のまま進み、赤信号に引っかかり信号待ち。
「アニメで敵のロボの方がかっこいいとかあるじゃあん…あれを参考にしたわけだよ」
「それって俺らが何かしらの敵になっちまうじゃねえか…」
「反企業連の目的からして敵は大きな組織だね!こわっ!」
「出来れば平和でいてくれないかね…」
信号が青に変わる。進む。
「少なくともSEITAの事を考えたら平和とは言い難いよねー」
「それもそうか」
今回は審査はアイギスが行ったのだが、それは本来はSEITAと呼ばれる企業がやるべきであった仕事である。
SEITAが審査し、防術機を認証する。 その理はSEITAが不安定になると共に不明瞭になっていった。 幸いアイギスがその業務を引き継いでくれたおかげで混乱は防げたようではあるが。
「怖いねー…SEITAは何をやらかしたのかなー」
「お前もしかして知らないのか?」
ナイアーは驚きつつ上を見上げるが、フィーリアはのんびり景色を眺めるばかりであった。
どうやら独り言だったらしいが… つついてもう一度同じことを言ってみると、眠そうにナイアーを見下ろしながら答えた。
「知らないよ?ニュースとかで見ないじゃん」
「いや…そうじゃなくて、調べたりとかしなかったのか?お前なら何でもわかるだろ」
「興味ないし…」
「そっか…」
フィーリアが興味がない、というと本当に興味がないのだ。たとえ少し気になっていたとしても翌日には気になっていたことをすぐに忘れている。
気まぐれであるが、それ以上に気分屋でもあるのだが。 |
+ | 8話 つづつづつづく |
あなたも私も の思い通り。
「警鐘、無事に審査を通ったよ」
その透明な声の持ち主の少女、白崎フィーリア。彼女は欠陥鳥社の隠しに隠された部屋で、誰もいないはずの部屋でそう発した。
確かにそこには誰もいないのだが、その声を聞く者達は確実に、存在した。
彼女が居る部屋は、闇だった。
全てが黒く塗りつぶされていた。 彼女の目の前に長く伸びるテーブルがあり、そしてそれは長く長く部屋の奥まで続いている。テーブルの横には定期的に光り輝く球体が浮かんでいた。
一つの球体が、その光を点滅させる。
それをフィーリアが認識すると、彼女はいつもの笑顔から、不敵な笑みへと…人格を変える。
「メンバー-6、発言を認める」
白崎が点滅した球体に向かってそう言うと、その球体は光を強めていく。
そして、一人のおぼろげな男性─30代ぐらいだろうか─を映し出した。 やがてその姿がはっきり認識できるようになると、その男性…メンバー-6は一礼をし、話し出した。
『警鐘が審査を通過した件、誠に嬉しく思います。
我々が報われる日が近づいていると、頭の硬いうちのメンバーなどにも実感できたのてはないでしょうか。 そこで、私には一つ質問があるのですが、警鐘のフレーム流用機…はいつ頃から開発をスタートするのでしょうか』
男性はそう言い終えるとその姿は消え、元の球体がその場に浮かぶ。
白崎はその問に答える。
「開発のスタートはもう直ぐ…少なくとも今月には始めるよ。
だって警鐘はあくまでも実証機。審査を通過できるか否かの確認の意味合いを込めての作成でもあったからね。 武装だって他の既存機の流用だ…デザインは故意にフレイヤに似せている。これをまさか発売するわけにはいかないし…改良できる点だって沢山あるんだから。 警鐘はこれからもテストを続けていく…実戦を通じてデータも増えていく…それを活かすも殺すも、君たち次第。 私は出来る限り活かしていこうと思うんだけどねー」
白崎が言い終えると、先ほど光った球体が青の光に変わる。肯定、了解の意を表す。
今度はまた別の球体が点滅する。
同じように白崎が許可を出し、姿を表していく。 その姿は幼い少年だった。 本来なら似つかわしくない…と言うべきなのだろうが、白崎が少女の姿をしてはいる以上、案外自然にも見えた。
『えー、僕からも警鐘の審査通過の喜びの声を上げさせていただきます。
それで質問なのですが、前回の《円卓会議》で報告されたテストパイロットについて、経過報告を聞きたく思います…聞いた限りでは彼は確かに優秀であるようですが、貴女から直接見た感想をお聞きしたいです。 彼が…信用に値し、そして警鐘を、次世代機を託すことのできる人物であるかを、聞きたく思います』
その言葉を聞くと、白崎は明らかにむすっとした顔になったが、すぐにいつもの笑みに戻った。
「ふむ、報告するよ。
私自身が彼を観察し、監視した結果彼は信用に値する人物であることが確認がとれたよ。 元々昔から《解っていた》人ではあったけど、そういうことを抜きにして…最悪、誰かの駒に成り下がっていることも予想して《見た》けど問題はなかったよ。 彼は…ナイアー・フラウスキーは反企業連合の…全てを託しても、問題はないだろう…これていいかな?」
また球体が青く光り、肯定を示す。
白崎がそれを確認すると、白崎は両腕を広げ、そしてパンッ、と顔の前で打ちつけた。
「他にも質問があるかもしれないけど、今日はここでお開きにさせてもらう。
また次回よろしくね。
さてと、最後にお知らせをー…
次世代機、警鐘の後継機の名称を伝えるね。
その防術機の名前は───
────月食」
「ふん、アナタにこれが扱いきれるのかしらネ?」
「扱えるようにしなきゃならねーんだけど…そこどいて…くれ…いやどいてください…」
ナイアーは格納庫で女子と格闘していた。ただしそれは自称であり体は明らかにマッチョな男…つまりはオネエである。多分。
格闘…とは言うものの、ナイアーはあろうことか完全にオネエに力負けしていた。勿論彼自身のメンタルはそれで傷つけられていたが、それ以上にオネエを相手していることに傷ついていた。
オネエは組み合っていたナイアーを突き飛ばし、構えをとりなおす。
「アタシの『激烈!メンテナンス!』が終わるまでここは通すわけにはいかないわね…そういうわけだから大人しくボウヤは下がってくれないかしら」
「俺からするとお前が整備士だってことすら怪しんでいるんだが…」
「この類稀なる筋肉を見ても理解できないのかしらっ!あらやだ…だけど仕事は見せたくないから証明できないわね…困ったわ」
「もうやだこいつ…不法侵入者なんじゃ」
「あっ社員証があったわ、ほらこれ」
そのオネエが差し出した
社員証には、確かにオネエの顔写真と、整備士と書かれた文字があった。 そして、それは欠陥鳥社の社員証で間違いなかった。
「マジか…」
(組み合いの意味は何だったんだよ…)
「組み合いなんてただアタシがあなたをイジメたかった、ただそれだけよボウヤ…」
(心を読んだ…だと…)
本気でナイアーは動揺する。
「ただの読心術よかわいいボウヤ…じゃあとっとと引き返して白崎チャンの所にでも行ってあげたらどうかしら…?」
「あーあー、そうさせていただきますよ…」
むかしむかし、あるところにひとりのかわいそうなおんなのこがいました。
そのおんなのこは、かぞくはいませんでした。
いえも、ありませんでした。
なにも、なにも、ありませんでした。
おんなのこはひとりぼっちでした。
おんなのこは、なにもわるいことはしていませんでした。
ただ、そのこのまわりのひとがいうのです。
忌み子、呪われた子、厄災と。
<<<<<<<<<<
それでも、おんなのこはがまんしました。
おんなのこのおかあさんとさいごにしたやくそくをまもるために。
ぜったいに、あきらめないで
きっと、あなたには
ぱーとなーが、できるから
すくってくれるひとが、いるから
だから、あきらめないで
やくそく、ゆびきり
|
+ | 01話 追々追われて |
さて、ここから第二部だ。
語り部として話す私だけれど…ようやく本番かと気が引き締まる思いだ。
さあ、始めよう。
終わりのない戦争を。 追われ続ける闘争を。 逆らい続ける紛争を。
命ある限り、同志を守る為に戦い続ける。
命を落とせば、皆で弔い復讐を行う。 それが反企業連、だったかな。 人はそれを、滑稽な復讐劇とそう呼んだ。
時間は午後、昼下がり。日は少しだけ傾き日の終わりを僅かに感じさせる、そんな空。
ただそれだけであるのなら、なんてことは無い、ただの自然の風景であるのだが、それでは物語にはならない。 いや、なることにはなるのだろうけどそういった小説ではないのでご愛嬌。
そこは弾の飛び交うのどかな荒野だった。
つまるところ戦場だ。
そこで一機の黒い防術機が苦戦を強いられていた。否、強いらさせられていた。
その防術機は現在…フレイヤと思しき防術機3機に襲われていた。黒い防術機は反撃することなく一方的であった。 荒野の地形を利用しつつ黒いのは逃げに徹していた。闘争は無く逃走である。 その反撃をすることがない。それは普通に考えて不思議なことではある。 反撃してしまえば相手も防御を意識せざるをえず、攻撃を減らすことができ、逃げるのも幾分かは楽になるだろうに。 それには理由がある、がそもそもこんな状況に陥ったのにも理由があった。
黒いのこと、防術機LunarEclipse…月食と呼ばれるそれに乗っているのは、かつてテストパイロットを担い、反企業連に属し副理事長となった男。ナイアー・フラウスキーであった。
既にあの日から20年以上…正確には23年経っていた。顔にはしわが刻みこまれ、彫りも深くなりダンディーな雰囲気を醸し出していた。 もっとも、性格はそう変わっていないのだが。 人はそうそう変わらない、それは当たり前である。変わりたいと思ってすぐ変われるのならこの世の悩みはぽんぽんと消えていくだろう。 それはこのナイアーにも例外ではなく、見た目以外に変わったところはなかった。 性格だが正確には少し知識が増えたことを考慮すればあの日のナイアーとは少しだけ違ってはいるだろう。
「はー、はー、……クソッ!面倒くせえ!
おい……この状況、嵌められたと思うか?」
ナイアーはそう疑問を提出した。
勿論コックピットには……ナイアー以外乗っていない。 戦闘するにあたってシートも無しにコックピットにいるのは自殺行為である。だが、月食ならコックピットが特殊な水で満たされている以上、他のノーマルなコックピットと比べたらいくらかはマシではあろうけども。 では疑問を投げかけた相手は誰であろうか?自分か?それとも通信相手か?いや、通信は戦闘地域…つまりはジャマー汚染地域では役に立たないので通信相手は存在しない。 では彼の思考世界に巣食う知識の権化、涼宮だろうか? 答えはそれらではなかった。
『完全に策の術中、と言えるでしょう。マスター』
答えたのは防術機月食、でなくその搭載されたOS…Sys-OS-2による疑似人格、ラムダである。そのモデルには反企業連に属する会社のセラピーアプリが使われており、それを元にオペレーターとしての機能を昇華させたと言える。
そういった様々な分野のスペシャリストが集まっているという点においては、反企業連はトップクラスと言えるだろう。 しかしこの疑似人格……学習型であり、パイロットに合った形へ進化していくのだが、ナイアーの疑似人格は少し変わった進化をしたようだ。 それに関しては、他のOSを見ればよく分かるのだろうが…現在月食の量産機として位置づけられるEclipse、日食はまだ開発段階であり、見比べることも出来ないのであるが。
「あー、やはりそうなるか。
ではラムダ、この状況をどうすべきか分かるか?」
『疑問を提示。それには先程答えたとおり…逃げ回るのが最善かと思われます。
勘違いでの戦闘だった場合…一機しか存在しないこちら側に対し、確実に複数居る相手側の証言がこちらを陥れるものとなった場合、必然的に不利になります。 罠とは思いますが…それを証明するのが先決かと』
「クソッ!本当に…何が起きてやがる!…そうだ、月食のエネルギーはほぼ無尽蔵な筈だ…なら相手側のエネルギー切れを待てばいいんじゃないか?」
月食の駆動力の源は警鐘と同じく粒子によるエネルギー駆動となっている。それは粒子を生み出す結晶自体が壊れない限りエネルギーを生み出し続ける。そして粒子はいくつかの温度でエネルギーを搬出するのだが、その中でも不安定だが高効率の高温の赤の粒子を月食は使用していた。
よって、この戦闘…はたまたこの機体が必要になる時代にはエネルギーの供給に関する心配は必要がない……ただし、長く使い続けすぎると、不安定な粒子がさらに不活性化しやすくなり、結晶も活動が不定期的になってしまうので、結晶の取り換えなどを行う補給は行うべきではあるのだが。
『マスターの体力が持たないかと。あちらのうちの一機はかなり熟練した腕を持っているようです。エネルギーを無駄に使わずに追跡を行うだけの腕を持っている相手ならば、体力を使わずに追いかける技術も持ち合わせている可能性が高いです。
それに、それ程の腕があるのならかなり手練のパイロットであるはず…長時間の操縦も慣れているでしょう』
「あぁ……分かったよ、逃げるしかないが原因を突き止められなければ死ぬだけ、か」
『そういうことになります、マスター』
(反企業連は秘匿された組織だ…)
(そしてそれに属する月食も秘匿されているのは同じだ) (だが、奴らは俺らを嵌めて攻撃を行ってきている) ナイアーは考える、が、答えは導かれない。
(それに…反撃できない理由はそれだけじゃ、ない)
(反撃できない…いや、しない理由を知っているわけではないといいんだが…)
この状況を理解する為に、少し時間を巻き戻す。
「ねえねぇ、ナイアーちゃん」
フィーリアの陽気な声が彼女の部屋に響く。
声をかけられた相手、ナイアーは床でのんびり一服していた。
「そのー、さー、なんていうかー」
部屋の奥に据えられた椅子から降り、ぴょんぴょん跳ねながらナイアーへと近づく。
そして、的確に正確に無慈悲に遠慮なくかかと落としをみぞおちに命中させた。
「がああ!」
「あたしの部屋でタバコ吸うのやめてくんない」
さらに追撃の構えを見せるが、それからナイアーは逃げるようにみぞおちを押さえながら立ち上がった。
「オーケーオーケーストップだフィーリアちゃん」
手を上げて降参を示す。
だがフィーリアはそれにも構わず近づき顔面に対して膝蹴りを繰り出す。 ナイアーはそれを軽々とかわす…こともできずタバコを避難させるのが精一杯で、顔面に見事に命中してしまった。
「……いつからタバコ吸うようになったんだよ!」
「昨日」
「なんでさ!」
「お前がもうすっかりおじさんになったねー!とか言ってきたからダンディーなかっこよさを身につけようと思ってな」
「タバコ吸う人、嫌い」
「う゛っ」
その言葉を聞くとナイアーはすぐ様手でタバコをもみ消した。我慢するが当然熱いので顔に火傷の痛さが滲み出ている。
「なにやってんの…バカなの?」
「いや?俺は特になにも…それにしてもフィーリアは変わらんな」
そう、フィーリアはあの日からずっと変わっていない。ナイアーと初めてであった日も、副理事長に任命した日も。
違っているのは、髪の色だけだった。 髪の毛の先の部分だけだけだった白い色は、徐々に根本に近づいていて、三分の一を既に白く染めていた。
「まー……罰みたいなものだし、変わっちゃいけないよね」
「俺にはロリコンの素質はないようだから成長してくれると嬉しいけどなー」
「無茶言わんでくださいよー」
おちゃらけた調子でフィーリアは答えた。
ふざけてるフィーリアは実はレアだったりする。
「あっ…そうだ!ナイアーちゃんナイアーちゃん」
腕をぱたぱたさせながら元の席へ戻っていく。
そして一つのウィンドウを空中に表示させ、不敵に笑う。
「なんだ…?」
「月食の、最終テストをお願いするよー」
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