+ | 前編 |
「どうすれば良いんだ…」
夜のミサトの街の一角。そこは居酒屋やバーなど様々な店が、夜に歯向かうように賑やかに明るく街を照らしていた。
とはいえ全てを照らすことは出来ない。光も届かない場所は対比で更に闇が深くなる。
そんな暗闇の通りをとぼとぼ歩く、中年の男性がいた。スーツ姿だがその服はよれよれで、手入れがなされていないように思われた。彼の手には大きな封筒を抱えており、何やら思い悩んでいるようで、ブツブツ呟きながら不安そうに歩いていた。
「私達はこんなに困っているというのに…誰も…助けてくれない…」
そう言葉にした時、男性はドン、と何かにぶつかって倒れてしまった。悩んで歩いていた結果よく周りを見ていなかったようである。
「ぐわっ!」
「大丈夫ですか?」
自分を心配している綺麗な声が聞こえ、どうやら自分は人にぶつかってしまったらしい、とすぐに気がつき顔を上げる。そこには自らに手を差し伸べる中性的な美しい顔立ちの男性が立っていた。その体躯は『長い』という印象をつけるほど手足が長く、それでいて体付きはしっかりしていた。
何より、その顔は男であるのか疑わしくなるほど美しかった。声で男なのはわかるのであるが。
「すみません、周りをよく見ていなかったので…」
手を貸してもらい、男性は起き上がる。
「いえいえお気になさらず、私は別段何もありませんでしたし。それよりも…何かお悩みであられるようですが、お話だけでも聞きましょうか?」
悩みのことを言い当てられた。自分はよっぽど思いつめた顔をしていたのか…と男性は考えたが、しかしそれだけで話を聞く、というのは少しおかしな気もした。そんなお人好しがいるとは男性が今まで生きてきた中での経験では少々信じがたいことであった。
「そうそう、失礼いたしました。私はルルイエと申します」
だが、彼がその疑問を口にする前に、美男は男性へ向けて何かを差し出した。それは黒を基調に青で縁取られた名刺だった。
今時は電子端末で済ませることも多く、あまり見ない名刺なのだが、それでも使われることも稀にある。 その名刺には『六和相談社 カウンセラー・ルルイエ 』と書かれていた。聞き覚えのない会社名だったが、カウンセラーであるのなら心配して聞いてあげようと思うのもおかしくはない。
「私は六和相談社という会社にてカウンセラーを勤めております。
この会社は…まあ一種のお悩み解決屋とでも思ってください」
ガッチガチの商売であった。
心配してではなく客を見つけた、といった気持ちで話しかけたのか…と男性は考えたが、実は良心でルルイエは話しかけたのであるが、この人間はどうも仕事と私事が区別できない人間なのであった。
「解決屋…」
「相談だけでしたら初回ですしお金は頂きませんよ。もし『解決』することを望まれるのでしたら、解決後に料金をいただくことになりますが」
ほんの気まぐれで、男性は相談だけでもしてみようと思い、ルルイエについていくことになる。それは彼自身なぜついていこうと思ったのか説明できなかった。
しかし、彼がついていくことで彼の人生は大きく進路を変えることになる。それはここで男性もルルイエすら誰も想像もしていなかった事である。
「それが今回の相談者との出会いということでございますか?」
翌日の昼、ある町中で二人組が歩いていた。
一人は手長足長の長身で緑のスーツを身にまとった中性的な美しい男性で、その手には何やらスーツケースをぶら下げていた。 もう一人は男性の黒髪とは反対の銀髪の女性だが、同じく緑のスーツに同系統のスカートを身につけていた。その歩き方は独特で、どこかロボットダンスを思い起こさせる歩き方だった。 本人達は何も思っていないのだが、旗から見るとかなり変わった二人組であった。仮に本人がそれに気がついたとしても変える気はないのだろうけど。
「そうですよ?助手よ」
「そうですか。その後ルルイエさんが相談社へと連れこんだのは中に居た私が確認しましたが、相談室では一体何を話されたのですか?そして何を聞き、何を私たちはするのでしょうか?」
「まま、まずは一つづつ話を片付けるかい。」
手長足長…ルルイエはポケットに手を突っ込み何やらゴソゴソしたあと、乱雑にメモリーカードを取り出した。それを女性…助手に預けると、更にまたポケットから液晶端末を取り出した。
メモリーカードを受け取ってから何かないかと探していた女性からぱっと奪い、端末にカードをぶっ刺した。 助手は少しむっとした顔になったが、すぐに興味は液晶へと移った。
「これを見れば大体は分かるかな、聡明な助手よ。
ちなみに私はわからなかったよ」
「そうですか」
そっけなくルルイエのボケを受け流すと、液晶で何かの再生が始まった。
助手は睨むようにそれを眺めていたが、理解できないと言った感じで手を振りルルイエに助けを求める。
「やはり君でも分からないか、確かにこれは『情報量が多すぎる』からね。
ひょっとしたら君なら分かるかと思ったがまあそう上手くは事は運ばないね。」
「情報量が多すぎる…確かに多いですが、これは『家からの外の風景』ではないのですか?
勿論おかしな点はありますが」
助手が受け取った映像の内容はこうだ。
ある一軒家の窓のカーテンの隙間から撮影された、川とその向こうのこちらへ向かう道路の風景だ。 撮影は手持ちではなく固定されており、音声は記録されていない。 時間は昼、映る通りは人が慌ただしく蠢いていた。 だが、数分後一度砂嵐のようなノイズが入った後、画面は一切何も映さなくなっていた。
「あぁ、確かに風景だね。でも本題はそこじゃない。
この動画には偶然で片付けるには惜しい事が沢山あるな、助手」
「そうですね。私が見つけたおかしな点は…『通行人の半分くらいが一度こちらを見る』ことでしょうか」
「うむ、正解。こちらのカメラはカーテンに隠れて目立つはずもないのにこちら側を見ている」
「…。」
「これはおかしい。不可思議だ。なぜ一般人がそんな遠く離れた…家を見るんだい?
考えられるのは『見られるような何かがあった』か、『今そこに何かある』か」
「今そこに何かある…」
「まあそれを確認する為に私たちは真っ昼間からこんなところを歩いているわけだよ。
そういえば真夏にスーツなんてのは地獄だねぇ助手…いっそ水着で外に出ないかい?」
「唐突にそんなことを言われても困りますし、私はその案を却下させていただきます。
そもそも私は暑さはあなたと違って気になりませんし」
「なんだつれないなぁ…っと、着いたね」
二人がそこで立ち止まる。
そこは『カメラが撮影していた場所』である。
「ルルイエ、疑問を提示します。
なぜ先にここに来たのですか?家に向かうべきかと私は判断しましたが」
「いやぁ?単に気まぐれだよ気まぐれ。
…通行人が見ていた物を見る為でもあるんだけどね。 うーんと、そうだ。家はこっちの方角…」
ルルイエの言葉が止まる。
助手がスーツから偽装ハンドガンを取り出し、そちらへと向ける。
「適性存在と認識、攻撃許可を」
「まてまてまてまて、ストップだ助手よ。
傍から見たら本にしか見えないがそれは銃だろう? 真っ昼間からぶっ放したら目立ちすぎるよ。 …それあっちに届くの?」
「計算では届きます」
ルルイエが目にしたものは。
それは『半透明の機械』であり、遠く離れた家の周りを彷徨いていた。家を見定めるかの様に、ゆっくりと周りを旋回していた。
ここからは家との間には川があり、遠く離れている為しっかりと捉えるのは難しかった。
「ありゃ…かなり見づらいけど…なんか居る?」
「肯定。」
「んー、見えてきた。
ふむふむ…突っ込むことが多すぎるね。 なんで半透明の何かがあんな所にあるのか。 なぜ半透明なのか。 そしてそれが個人の宅をぐるぐる回ってるのか。」
「これでは視界に入ると何かを捉えたと思い見てしまうのも頷けますね。集中したぐらいでは完全に捉えるのは不可能でしょうけど…普通半透明の物体は認識することはありません」
さーて、悩みが見えてきたぞ、とルルイエは道脇へ行きスーツケースを道脇に置いた。スーツケースをおもむろに開き、中に入っていたコンピューターを操作し始める。
「助手、君は私の補佐を…そうだな、家に向かってくれるかい?中に相談者と家族がいるはずだから…頼むよ」
「了承」
助手は頷くと、全力で走っていった。
女性らしさが一切ないな、と見送りながら笑っていたが一度助手が振り向いてからはコンピューターの操作に専念した。
「やあ、ルルイエだよ。少しお願いがあるんだが…」
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