+ | 一話 |
あの日、俺は珍しくやる気を出して防術機に乗り込んで、そしてさらに珍しく大人しくアイギスからの依頼をこなしていたのだけれど、そんな事は俺があんな事に巻き込まれた事には一切関わりのないことだろうし、また、あの『気分屋の天邪鬼』に会い、生き延びたことにもなんの関係もない事だろうと思う。
俺は運が良かっただけだ。
《幸福のオペレーター》というものを聞いたことがあるだろうか。
俺は少なくとも今日この目の前にいる男、ジャンからたった今、聞かされたものなのだがそんなものの存在は全く知らなかった。 男は話を続ける。
「でよ?今日その《幸福のオペレーター》が来てるらしいんだ…そう、たった今この場所にだ!」
「で?ジャン、そいつは一体何だってんだよ。何が幸福なんだ?
そいつの相棒となる傭兵が必ず生き延びる、とかなら俺はさっさと適当な奴を見つけて出撃するぞ」
俺はそう言って本当に興味もなかったので、無視して受付に戻ろうとした。
大体こいつはいつもつまらないうわさ話を持ってきては俺を振り回してくれる迷惑な奴である。最近ようやくまともになっていたかと思っていたのにまた何かにたぶらかされた様であった。 ここは傭兵とオペレーター、そして様々な依頼の《仲介所》、カークスカンパニーという会社の受付近くの沢山の人が休憩したり連絡をとったり思い思いの行動をする待合室だった。 ジャンは手を顔の前で振り、慌てて俺を止めた。
「オイオイ待て待て!聞けって最後まで!
話を聞かない奴はモテないぞ!?嫌われるぞ!?」
「俺はお前からモテようとだなんて思ってないし、未だ童貞のお前から恋について話そうだなんてこれっぽっちも思っちゃいない」
「その言葉は俺に効くぜ、イカリさんよ!
まさか反撃を食らうとは思ってもいなかったがとりあえず聞けって!」
しぶしぶ俺はドリンクバーからコーヒーを受け取り、備え付けの椅子に座った。
「早く話せ」
「よくぞ聞いてくれました!
さあさ、まずはこの話から説明しないとな! …あー、イカリは未確認エリアって行ったことあるよな?うんうん、行ったな俺と! その未確認エリアにどういうわけかそいつは固執しているらしい。 だからそれを手がかりにそいつを探してみないか?面白そうじゃね!?」
「どの辺が幸福なんだ?」
「聞いたけど覚えてないわ」
「俺は行くぞ」
素早く席を立ちコーヒーを持って受付へと向かった。
うお!?待ってくれ!まだあるんだ!と、後ろから聞こえたが気にしない。今日のうわさ話は完全に無駄話で無駄としか言い様のない時間を過ごしてしまった。やはりあまりこいつと話すのは良くないようだ…防術機のパイロットとしてのセンスは決して悪くはないのだが、人間として少し欠陥がある奴であった。 そのうわさ話にすぐ流される性格と、身だしなみさえ整えれば長身のイケメンとしてすぐに彼女が出来るだろうに…アドバイスする気もないが。 最初に俺が居た受付へと戻り、カウンターの受付嬢の元に行った。 今日の受付嬢は銀髪慧眼の娘だった。 俺を見て、手慣れた様子でパイロットデータを取り出しているようだ。
「今日はアイギスからの依頼を受けたいんだが、何かないか?」
「危険で報酬が高い依頼、比較的安全で報酬が低めの依頼、どちらがお好みでしょうか?」
「できるだけ高いのが良い」
「了承しました、こちらの依頼などいかがでしょうか?潜入依頼ですので、危険ではありますね」
そう言って、受付嬢は俺に印刷された紙を数枚渡してきた。二枚は依頼に関してだが、残りは契約書であった。どれも『安全は保証できないので自己責任で』だとかの責任逃れのものばかりだった。それが必要だということはそれだけこの任務が危険であると推測できる。
内容は『違反SEITAの拠点の情報収集』であった。自分の防術機は旧式の『リロード壱型』を継ぎ接ぎで改造し、何とか現世代…第六にギリギリ届くか届かないかのスペックまで上げたいわば魔改造機なのだが、その改造で取り付けた機器がステルス性が高いもので揃えていたので、潜入はうってつけなのである。 とはいえ、相手は違反SEITA。仮に戦闘になれば万に一つの勝ち目もないだろう。できるのは逃げることだけだ。 それに、潜入なのだから生身で動かないといけないところも必然的に存在する。危険も危険かなり危険な依頼だった。 だが、それ以上に報酬が魅力的だったのが災いした。
「あぁ、それを頼む」
と、答えてしまった。
この瞬間金しか考えていなかった俺を激しく攻め、取り消しも考えたが後の祭り、受付嬢は既に操作を始めていた。
「了解しました…手続きを行いますので、しばらくお待ちください。
オペレーターですが…」
「そのオペレーター、俺にやらせてくれないか」
いきなり会話に入ってきた人物がいた。
そいつは老年の太った男で、本来なら引退していてもおかしくないであろう歳であるのは明白であった。 だが、その佇まいはどこか威圧感を感じさせるものがあった。
「…イカリ-アキラさん、どうなさいますか?
このオペレーターは信頼のおけるオペレーターであることは間違いないですが…」
「俺は別に構わないけど…何者だ?アンタ」
「別に名乗る程のものでも…って言う訳にはいかねえだろうな!俺はラット、ラットヤマザキっつーんだ、宜しくな」
そう言ってラットは手を差し伸べてきた。
俺はその手をとり、彼をオペレーターにする事に決めた。 特に何か考えていたわけではなかったのだが、彼なら信頼できる、そう心の何処かで考えていた節があった。 始めて会う相手なのに…そうは俺は思いもしなかった。 まあ言ってしまえばオペレーターがいなかったとしても、最悪自分だけでもどうにかできなくもないので、明らかにまずいオペレーターを雇って自滅行為をしなければいいだけの話なのであるが。 オペレーターを雇わない傭兵の数も少なくないのだし。 |
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