思うに僕がそれに気がついた時よりずっとずっと前からそれは始まっていたのだと思う。僕が産まれ生を受け意識を持ったその日その瞬間よりも更に前からそれは始まっていたのだろう。
 僕がそれに気がついたのは丁度一週間前の事で、それまではそんなことが起きているだなんて予想もしていなかった。
 それは他の人も同様だろうし、仮に誰かが気がついていれば上に報告され直ちに対処されたんだろう。現に対処なんてされていなかったので知らなかったんだろう。
 わざと引き起こした…なんてことを考える必要はない。僕がそれを知る意味もないし興味も無い。それに今の上は仮の上であって本来の上ではない。
 僕、アナスタシア・ラコフが忠誠を誓うのは祖国だけだ。



 朝起きて身支度して出勤。
 いつもどおりの一日が始まる。その日は僕の誕生日…ということもなく本当に何もない日だった。
 僕が勤めるのはフィーラローディンカルテル、通称FLCと呼ばれる組織だ。昔は反企業連合なんて名前をしていたみたいだけど、その名の通りに目的であった企業達の協力が実質的に行うことができた第七世代時、カークスカンパニーと呼ばれる傭兵仲介会社を吸収したのをきっかけに改名した…と聞いている。正直興味が無いんで忘れかけてました。
 それに僕が本来勤めていると言うべき組織はFLCではありません。帝国です。ローティエ・トエリス帝国と呼ばれる唯一の国家。とはいえ他に国家が無いので実質自称ですけど。
 おっと話がずれました。まあ僕がFLCに現在は勤めているので、FLCの寮に住んでいます。寮自体は複数ありますが僕の寮は研究科の真隣の寮で、当たり前ですがその研究科に行く人が住む寮です。
 身支度をぱぱっと済ませて部屋を出て鍵をかける。四階にある部屋から一階まで降りて、受付の寮母さんに適当な挨拶を…。

 「ん?アナスタシア、あんた今日召集がかかってるわね」

 それを聞いても僕は特に思い当たる節は無かった。

 「……ぬ?僕何かしましたか…?昨日はいつも通りコンピュータの調整だけで時間は過ぎましたし…その調整にも特に問題は無かったと思うんですけど…」

 「…あんたおっちょこちょいだから問題は無かったと言う言葉をそのまま受け取るのは無理ね…」

 その言葉は非常に僕に突き刺さる。何しろ動けば転び、走れば交通事故、何かをなすたびその三倍の事故を起こしている…だとかなんとか耳に挟んだことがあります。勿論そんなことはなく(あったら部屋から出て階段を降りている最中に転んでぶっ倒れてますし、そんな四階の部屋なんて選びません)落ちついているつもりなのですが…。いや、私にも多少おっちょこちょいと言われる理由は分かっているのですが…うーん…それでとその言葉を受け入れるのは地味にダメージがあった。
 もちろん寮母さんは悪い人なんかじゃないし、僕に何らかの悪意があって言っているわけじゃない…事実を言われれば人は傷つくということもあるけどそういうことじゃない…単純に僕のメンタルが弱いのだ。
 おっちょこちょいとか別に悪口でもなんでもないのに…。

 「あはは…」

 結局僕はよく分からない笑いをしてその場を済ます事になった。というか意図せずそうなってしまった。ああ…。
 寮母さんの目は優しい目をしているだけに僕に突き刺さる…なんだかこんなことで時間を取っていることすら申し訳ない気持ちになってきた…。

 「召集がかかっているのなら急いでいってきますね…」

 「はいよ、晩飯の用意は?」

 「お願いします」


 研究棟の中に入り、すたこらさっさと廊下を先へ先へと進んでいく。この研究棟、何しろでかい。大きい。とてつもなくビッグなのです。大部屋、中部屋、小部屋とあるのですが、大部屋なんかは一つの部屋に複数の巨大な防術機が入っていたりするのですから…それが何部屋もあればそりゃ大きくなりますけど。それを作るFLCは正直ただの組織のグループとは思えない…何かが裏にあるのだろう。けど僕がそれに触れる必要もないし、皆不思議に思っていても触れないのだろう。幾ばくかはグループとしての利益も含まれているのだろう。それでもこのグループ、FLCの巨大な規模は不思議に思わざるをえなかった。

 F-52の部屋を過ぎて…F-53…を過ぎて…最初は走っていたけどすでにヘロヘロだった。研究棟は縦ではなく横に広い。面積が下手な工場の何倍もある。故に移動にはかなり手間取るのだ…人によっては電動バイクや自転車を使って移動している。廊下自体も道路と言って差し支えないぐらい広いので問題はないんだけど…動く歩道とか整備してくれればいいのに…。
 私の肉体が貧弱でヘロヘロになっているのではない。断じてない。私は色々な強化を体の各部に施されている。その強化をした理由はすごく私の特徴的なあるもののためなのだけど。それは尻尾…尻尾娘なのです。いや…うん、なんか色々使える肉のある尻尾。これの重量を支える為の強化なので勿論足にも。常人の何倍も…とは行かなくとも、アマチュアランナーぐらいの体力はあるんだ…。なのにそれを無意味とするようなこの研究棟の広さ…正直そろそろ電動バイクを買うのを検討している。目的地に居るドクターはいい運動じゃないか!と言うのだけど…そのドクターも最初は歩いていた。しかし現在は歩くのが面倒になったのか出勤が面倒になったのか住み込みになってしまった。正直ずるい。
 歩いて歩いて、ようやく目的地の部屋が見えてきた。G-2、大部屋。扉の前に立ち、備え付けられているパッドに指を押し付けてロックを解除する。ここの研究棟では他の部屋の除き見やらは部屋の主の許可がない限り禁止されている。それに部屋ごとに博士がいるのだけど、基本的に関係のない他者に見られることを酷く嫌う傾向が強い。ドクターもそうだ。なのでこういった指紋認証、カメラでの顔の認証が必須なのだ。なお実験で顔が変わったり整形したら入れない。その為開かずの扉がいくつかあるようで…管理長に頼めば開けてもらえるようだがその管理長に頭を下げるのがどうも嫌らしい。博士という人はやはり変わり者が多かったりひねくれてますね…。
 扉を開けると更にもう一つ扉がある。でないと入るときに通りがかりの人に内部を見られてしまうから。基本的にどの部屋も同じ構造のはず…というのも他の部屋を見たことがないのでなんとも言えない。まあそもそも除き見なんてしたら糾弾の対象となるので誰もしないんだけど。
 もう一つの扉を開け、『部屋』に入った。

 「やっと来たか…遅いぞアナスタシア君…」

 そこには防術機の整備用のものだったり、単純なスパコンの設備だとか測定機だとか様々な機械が山積みにされた部屋があった。いつも通りコードが床や壁とか機械そのものに大量に絡んでいて、非常に汚いことになっている。
 部屋の奥、何かの機械を椅子にしてその声の男…ドクターと僕が呼ぶ変人、白衣を着た黒髪黒目のマイク・タナカは座っていた。なぜだか眠そうだ。

 「どうしたんです?ドクター…どうやら疲れているように見えますが…」

 ドクターは眠そう…という以外にも疲れているということが簡単に推測できた。まず白衣。しわくちゃで洗濯せずに使っている…というか恐らく着てから脱いでないのだろう。そして顔。くまができているし、眉も目も垂れ下がりとてもげっそりとしていた。声に覇気もない。元々ドクターは覇気のある人間ではなくて、知人からもなよなよ人間とかもやしとか言われているのだけど、元々ない覇気が更に残念なことになってしまっているようだ。南無。






 「それでね…私は!どっかのバカ野郎の尻拭いを昨日の夜から徹夜でやらされたんだよ!ああもちろん君のことじゃないし君は決してバカでもないし野郎でもない…うん、君は女の子だしね。いやそんなことを言いたいんじゃないんだよ、私はあのクソみたいな問題を起こした奴に怒ってるんだ…基本研究者というか博士ってのはのんびりやるもんだろう…?え、違う?いやまあ私の考えではそうだし今まではそうやってきたわけなんだよ。
 「でだ!私は君がコンピュータの調整を終えて帰ったところから話をしようか。まず君が帰ったほんの数分後に私は上からの呼び出しを食らって研究棟から本棟へと足を運ぶことになった。迎えが来ていたから良かったけどね、もし仮に自力で来いなんて言われてたら蹴っていた自信がある。面倒くさいだろ?まず自分の家みたいなここから出ることすら億劫なのになぜそんな本棟まで行かないといけない?少し憤慨しながら私はヘリに乗ったんだ…。
 「で、ヘリに関しては特に問題ない。私が高所恐怖症でした!なんてことは無かったし今までもそんなことは確認されてなかったから。無事にヘリは本棟に着陸して…私はヘリを降りた。そのまま案内人に連れられて私は中央会議室に来たんだ。ここまで問題があると思うか?大アリだ!私はここまで何の情報も無しに連れてこられてるんだぞ!?しかも連れられて来たのはFLCのお偉いさんと頂点しかいない中央会議室ときた!もう私はその扉に立っただけでうんざりしたよ!だって考えても見ろ?君が仮に友人から遊ぼうぜと呼びつけられて友人の車に乗る。そして到着したのは銀行で、その友人は何を思ったか銃を持って銀行強盗をしようと言い出したようなもんだよ!なぜ先に到着地とその呼んだ目的を話さない?だから本棟の人間は嫌いなんだよ!
 「まあまあ、私はそこで叫び暴れだしたい気持ちをぐっと抑えて中央会議室に足を踏み入れたんだ。これは偉大な一歩であることは間違いないね。常人なら扉を蹴り破って入るだろう。そして中央会議室の中は…一人の銀髪の少女しかいなかったよ。これはイタズラで呼びつけられたんだなと憤慨しかけたその時、少女の後ろにも一人の車椅子に座った白髪の男がいるのに気がついた。
 「その男は私の記憶にはない男だったし、その前にいる少女も勿論見たことがない少女だ…いや、既視感をかすかに覚えた。だけど結局既視感の正体は分からなかったけどね。それに初対面であることは間違ってはいなかった。だってその少女ははじめまして、と言ったんだ。
 「はじめましてを言う相手は初対面である。それに間違いはまあないだろう。身分を隠している時に出会っていて、いざ本来の身分であるときには初対面のふりをしなければならない…というわけでもないし記憶が正しければそもそも少女は数えるほどしか最近は会っていないんだ…その中に彼女は姿はなかった。

 「そしてはじめまして、の言葉の次に言ったのは私はFLCの理事長です。という言葉だった。

 「嘘だと思ったさ。当たり前だよ、こんな小さな少女に出会って自分のボスだとか言われても全く信じることはできなかった。なぜなら、信じるということはつまり『一度も変わっていないとされるFLCを率いてきたトップが変わっていた』もしくは『異常な長寿の存在を認める』ということになるからだ。
 「私は異常な長寿を生み出すような技術は知らないし、そんなものが存在しているだなんて認知していない。それを研究しているという部屋が研究棟にあるという噂は聞いたことがあるし、その噂の元の人物とも一度話したことがあるんだけど彼も所詮空想の寝言だ、と言ったんだ。
 「だから私は前者、つまりはトップが変わったのだと今も思っている。いや、そう思いたい。実を言うとそんな技術があるということは考えたくないんだ…。それが今有る、とするのならば、今よりも技術力が高いノーマンズウォー以前の人類は…その技術を持っていたということになる。仮にその技術を使って今生き伸びているプロロカントがいて…そしてそいつは昔の技術を知って、識っている。それを使って世界を滅ぼそうだとか考えられてしまえば…おそらくはエリアJP、地球は今度こそ終わるかもしれない。一方的な虐殺が始まるんだ。……すまない、話が脱線してしまったね。
 「少女は理事長であることを告げて、次に私にこう言った。危機が迫っている可能性がある、と。




 「それはどういう事か、と私は彼女に訪ねた。私は危機を傍観できる人間ではないからね。仮に彼女が言ったことが戯言だとしても、ここでそう言わなければ話は進まない。するとさっき私を連れてきた案内人が資料と思われるファイルを私に差し出したんだ。こいつ資料を持っておきながら私に渡さなかったことが判明したんだ。もう怒りに怒りついには諦めたよ。どうあがいてもこいつらとは分かり合えないんだなってね。
 「しかしファイルを読み進めるとその考えは消えた。
 「ここに来るまでにこれを私に、もしくはここに呼ぶ人間に伝えなかったのは至極正しい判断だったんだ。
 「そのファイル…いや違法に仕入れたのであろう資料には不穏な調査報告書の内容が記されていた。



 「アナスタシア、君は液体の兵器を見たことがあるかい?」


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最終更新:2017年10月27日 00:44