+ | 第一話 |
数百年前の大戦争によって、人類は滅亡した。否、しかけた。
戦争の果てに地上の覇者となった意思を持たない鋼鉄の殺人鬼「エルフ」が闊歩し、殺戮を繰り返す地上から逃げ延びた賢明な、あるいは他者よりも臆病だった者達は、再び地上に返り咲くために必要な物が何か、すぐに気が付いた。
それは兵器だ。か弱い人類が戦うための武器、身を守るための盾。
かくしてそれは産み出され、人類の守り手を称し、名付けられた。
――「防術機」と
矛であり盾であるそれを繰り、果て無き戦いの末、人類は暗く閉ざされたシェルターから地上への進出を果たした。
そうして、人が地上で再度暮らし始めて、実に百余年。
人類とエルフの戦いは、未だ終わりを見せていなかった。
* * *
ナナシノ工業大学。
エリアJP、旧名「日本」の中央部「トウキョウ」に第一キャンパスを持ち、そこから点々と広がるように研究施設や第二、第三の学び舎を持つ、このエリア随一の規模を持つ教育機関。 その専攻、学科は多岐に渡るが、どれもロボット工学に繋がり、そして《防術機》に関連する技術へと到達するようになっている。
旧世紀の大学に倣って作られた五十を超える研究室。学生と講師が中心になって活動する小規模の研究機関は、それぞれにありとあらゆる分野から防術機に関連する研究をしていた。
そんな中、一際異彩を放っている研究室があった。
第七研究室、通称は七研。他研究室からは「化石保護団体」とも呼ばれ、各研究室に与えられている研究棟群から外れた所にポツンと存在し、乱雑に積み上げられた粗大ゴミ(積み上げた本人ら曰くバリケードあるいは鉄のカーテン的な物)に隔たれた、まさに僻地と言える場所に、その研究室はあった。
その研究室に向かう人物が居た。頭に無地のバンダナを巻いて、そこから癖っ毛を覗かせる、作業着を着た女学生。
第七研究室に籍を置く学生の一人、島野 大恵だ。 ロボット工学科に属し、この研究室ではある防術機の開発、設計、そして“改造”を受け持っている。
彼女は両手に紙袋を抱えながら、活発そうな顔に上機嫌な表情を浮かべ、鼻歌交じりで研究室の扉を開いた。
「おっはよーみんな! 元気してたー?」
開口一言目にそう発した彼女だが、室内はそのテンションとは裏腹にどよんとした空気が漂って居た。
暗い室内は、元はそこそこ広かったようだが、今では所狭しと機材やら生徒たちの私物で埋まり、かなり狭苦しい空間になっている。
その隙間を埋めるように、ビニール布に包まった何か……定期的に表面を上下させる中身の詰まった寝袋が、大量に横たわって居た。どれもこれも、ワーカーホリックに取り憑かれたこの研究室の学生たちである。
ただ一人、その隙間を縫うようにして現れた少女だけが「おはようございます。島野先輩」と、挨拶に返事を返した。
黒く艶のある長髪に、整った小顔と色白の肌。その少女、鐘島 敦子の容姿は、この空間に全く似つかわしくない、一言で表すなら「清楚」と呼ぶべき容姿をしていた。
少し詩的に表現するならば、ゴミ捨て場に一輪だけ咲いた可憐な花だろうか。
先輩と呼ばれた島野は「やっほーあっちゃん、今日も朝から早いねー」と紙袋を適当な机の上に降ろす。
あっちゃんとは、この研究室内での彼女のあだ名である。
「ええ、後輩ですから、先輩より早く研究室に来ないといけないと思いまして」
言って、にこりと微笑む。この美少女の前では、周りで寝息を立てて寝ている変人どもは、力尽きた燃えるゴミね。島野は足元で毛布に包まって大口を開けて爆睡している学生の顔を毛布で覆った。見苦しい。
「島野先輩、その袋は?」
お茶を淹れようと、湯沸かし器からポットにお湯を注ぎながら鐘島が訪ねる。すると島野は「お土産ー」と紙袋をガサガサと漁って中身を取り出した。
きつね色に焼き上げられた鯛……の形をした焼き菓子。大学周辺の学園都市で販売されている鯛焼きだった。
「わあ……それ、どうしたんですか?」
「屋台のおっちゃんがコンロ壊れたって騒いでたから直してあげたらくれたの、太っ腹よねー」
島野はこの研究室にある防術機の整備担当である。業務用コンロの修理などお茶の子さいさいであった。
「ほらそこで力尽きてる馬鹿ども! 差し入れだぞー!」
大声をあげながら、中に焼きたての鯛焼きが詰まった紙袋を、寝袋から露出している寝顔達の前で開く。
すると、研究室のそこかしこから「飯の……匂い」「糖分……」「ふ、ふひぃ……」と声がして、繭から羽化した虫のように、ずるずると学生達が立ち上がり、あるいは這って島根の元へ殺到した。
「はいはい、一人二つずつあるからね。こっちが漉し餡こっちが粒餡、カスタード……ええい手を伸ばすな鬱陶しい! あっちゃん、こいつらにお茶やって!」
鐘島が「はーい!」とお盆に乗せた紙コップにお茶を入れて手早く配る。
お茶と鯛焼きを受け取った学生らは「うめっ、うめっ」「これが人口の甘味……染み渡る、脳に……」「ふがふがふがっ」と貪るように飲み食いを始めた。
彼らはここ数日、とある理由で不眠不休の研究を行なっていて、疲労困憊だった。その証拠に、一部の学生は横たわったまま口に鯛焼きを突っ込まれ、力無くもそもそと食していたりする。
「これでちょっとは作業も進むでしょ、ところであっちゃん、琥太郎は?」
「綺堂さんですか? トレーニングルームにいると思いますけど」
「あのバカもほっといたら飲まず食わずだからね、これ食べさせないと、お茶持ってきてくれる?」
言われ、鐘島は「はい、すぐに」と入れたお茶に冷蔵庫から取り出した氷を入れて冷まし始めた。気の利く後輩だなぁと島野は感心する。これでもう少し男を見る目があれば……。
学生やら機材を避けながら、研究室の最奥、鍛錬室と書かれたプレートがついた扉の前に来て、一応、二度ノックした。
すると中から「なんだ」と低い男の声が返ってきた。
「琥太郎、食べ物持ってきたよ、どうせ朝ごはんも食べてないでしょ」
「…………ああ」
短い肯定、島野は「入るわよー」と断りを入れてから中に入る。
中は様々な筋トレ用の器具やサンドバッグ、果てには素振り用の竹刀などが立て掛けられた。 道具は整頓されているが、研究室とはまた違った意味で狭苦しい空間だった。
その中心に佇んで居た筋肉質の男が「待て、すぐに片付ける」そう言って手に持って居たダンベルをテキパキと分解して棚に戻し、島野に向き直った。
このトレーニングルームの主人、綺堂 琥太郎。島野と同期にして、防術機のパイロットでもある。薄く日焼けした顔は不機嫌そうだが、彼はこれがデフォであることを、島野は良く知っていた。
「ほら鯛焼き、あんたの好きな漉し餡だよ」
さっさと食べな、と島野から最後の二つが入った紙袋ごと受け取ると、綺堂は中身を見て「ふむ」と少し頰が緩んだ。数ミリほど。
「すまんな島野、代金は後で渡そう」
「いいのよただ同然で手に入ったやつだから……というか汗臭いわよあんた、さっさと汗拭いて、というか食べたらシャワー浴びて来なさいよ」
「そうしよう」
綺堂は少し気にしたようにしてから鯛焼きを頬張り、その頰がまた数ミリ、幸せそうに歪む。
そこに、鐘島が「あ、あの綺堂さんこれ!」とタオルと冷たくなったお茶を差し出した。
「感謝する鐘島、良い後輩を持った」
「い、いえ!」
手渡されたタオルを首にかけてお茶を受け取った綺堂が褒めると、鐘島は「……えへへ」と幸せそうに微笑んだ。
全く、本当にこんな筋トレ馬鹿のどこがいいんだか、島野は首をかしげる。すると、別のことを思い出して「あっ」と声をあげた。
「そうだ、教授から言伝を預かってるんだった。Tkー7の部品のことなんだけど……」
言いながら、胸ポケットからメモを取り出す。研究室に来る前に立ち寄った教職棟で、この研究室の担当教授から受け取ったメモには『至急、調達されたし』と乱暴に書かれた文字の下に、ずらりと部品の型番や個数などが書き連ねられていた。
Tkー7とは、この研究室が所有する防術機の一つで、第七研究室が何代にも渡って先輩方から引き継いできた機体である。そして、ここが「化石保護団体」などと呼ばれる原因であった。
「お金は預かって来てるから、シャワー浴びて着替えたらちょっと付き合ってよ」
「……わかった、暫し待て」
お茶で口の中に残っていた鯛焼きを流し込んだ綺堂が承諾し、併設されたシャワールームに消える。
「さってと私も支度をするか……な?」
綺堂がいなくなったのを確認して研究室に戻ろうとした島野の前に、鐘島が進路を塞ぐようにして立ち塞がった。
その顔は真っ赤で「し、島野先輩、わ、私も……」とギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの声量で口から漏らして、俯いてしまった。 意図を察した島野はため息をついて、頰を掻く。
「……言っとくけど、別にデートとかじゃないのよ、あっちゃん」
「そ、そんなんじゃないです!」
羞恥に染まった顔を振り上げて鐘島さ叫んでから、あっと口を抑えてまた顔を下に向けてしまう。
島野はわざとらしく「あーそういえばー」と言って
「……手分けしないといけないと思ってたから、あっちゃんにも来て欲しいなぁ」
言って、ちらりと鐘島の様子を伺う。
見ると、彼女の表情は先ほどとは打って変わって、嬉しそうな満面の笑みで「はい、是非!」元気よく返事をした。
島野は「この子も、けっこー面倒な性格してるわね……」などと、思わず内心で呟いてしまった。
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+ | 第二話 |
鯛焼きを平らげて作業を再開した仲間達に一声かけて、綺堂と島野、鐘島の三人は研修室を後にした。
講義に出席するために学舎へと歩いて行く、多くの学生達、年齢層も性別もバラバラな人々の間を縫うように進みながら、島野が話し出す。
「それじゃあ役割分担ね。私はマーケットだと調達厳しそうなのを他の研究室に貰えるか交渉してくるから、琥太郎とあっちゃんはマーケットで仕入れお願いね」
「……全てマーケットで賄うのではないのか?」
「DLS関係の部品とか基板とかはそれでいいんだけどねぇ……少しマニアックな部品とか物理的に大きいのは裏で買うと高くついちゃうでしょ? 貰った予算もそんなにないし、節約よ節約」
「でも、そう簡単に貰える物なのでしょうか?」
鐘島が不安そうに言うと、島野はにっかりと笑みを浮かべて、
「大丈夫大丈夫、他の研究室じゃ大して使わないような部品ばっかりだし、私の交渉力があれば問題なしよ!」
そう自信満々に告げる彼女に、綺堂は眉をやや八の字に曲げ、鐘島は「あはは……」と曖昧な笑みを浮かべた。
彼女の言う交渉術とは、大体力技なのである。成功率は確かに高いが、何をしでかすかという一抹の不安があった。
「……あまり問題を起こすなよ、後始末が大変だからな」
「何よ何よ、私が問題を起こすみたいな言い草ねぇ?」
不満気に綺堂の脇腹を肘で突っつく島野と、それを甘んじて受ける綺堂のやり取りを見て、鐘島は「いいなぁ……」と呟いたが、二人の耳には入らなかった。
そうこうしている間に、研究室が立ち並ぶ研究棟の入り口まで来ていた。島野が綺堂を小突くのをやめ、建物の入り口の方に後ろ向きで歩きながら、手をひらひら振って、
「それじゃあ、買い物よろしくね二人とも。琥太郎、ちゃーんとあっちゃんをエスコートしてあげるのよ?」
「……わかった」
「それと、デートだからって手を出したら駄目だからね!」
「せ、先輩!」
「何のことかわからんが……わかった」
顔を真っ赤にして困惑する後輩と、よくわかっていなさそうだが一応肯定した幼馴染を見て、彼女はうんと満足気に頷くと、改めて研究棟の方を向いて、中へと入って行った。
残された二人はしばし立ち竦んだ後、綺堂が何事もなかったかのように「では行くか」と言って歩き始め、呆けていた鐘島が慌てて小走りでその後に続く。
二人の目的地は、ここから更に歩いて十数分の学園都市だった。
***
研究棟の中は、廊下にまで冷房が効いており、少し肌寒いくらいだった。
(こんな所に年がら年中いたら、体温調節が馬鹿になるわね)
そんな感想を抱きながら、島野は複数ある目的の場所の一つへと歩いていく。
階段を上がってすぐの所、開放厳禁と書かれた扉を開けて後ろ手に閉める。その部屋はだだっ広く、片隅には大量のディスプレイが並んだ机が、それに囲まれるように中央には大型のエンジンユニットが鎮座していた。そして、入ってすぐそこの椅子に、目的の人物が座っていた。
その人物は、部屋に入ってきた島野を見て、掛けていた眼鏡をくいっと上げると「なんだ、島野の嬢ちゃんか」と言って、席を立って、こちらを向いた。
その男性は、初老と言う年齢を軽く超えており、腰は僅かに曲がり、頭は白髪が生えていた。学生と呼ぶよりも教授か何かに見えるが、その胸には学生であることを証明する学生証がぶら下がっている。
「檜山さんこんちわ。他の人は?」
「他の連中なら、LFの調整しに総出で格納庫行っとる。儂は留守番じゃよ、力仕事は苦手なんでな」
LF――LittleFighterシリーズ。小型航空機の開発を主に行なっているここは、通称四研と呼ばれている。
そして、目の前にいるこの老人が、この研究室の学生を束ねる人物、檜山 幸三。御年六十歳を超えるが、これでも学生である。
一部の若手教師も頭が上がらない程の経験と知識量を持つにも関わらず、留年制度を利用して現役で学生を続け、設計開発にも携わっている、分野は違えど島野にとっては大先輩に当たる人物であった。
「して島野の嬢ちゃん。今回は何の用事かね。また機材の調達か?」
たっぷり蓄えた顎髭を撫でながら言われ、図星を突かれた島野は気まずそうに頬を掻いて、
「その通りで、ちょっと貰いたい機材があるんだ。余ってればでいいんだけど……」
大先輩を前にして流石に遠慮がちになる島野に、老人は片頬をつり上げてにやりと笑みを零す。
「言うだけならタダだ。言うてみ」
そう発言を促す檜山に、彼女は「それじゃあ」とそれでも遠慮がちに要件を告げる。
「二足歩行機用のジャイロ制御ユニットが入り用なの。型番は何でも良いんだけど、合わなくてもこっちで合うように改造するから……あるかな?」
「二足歩行機用のか、それなら確かに、他じゃ余らせてないだろうな。ここに来たのは正解じゃったな」
言いながら、側の机の引き出しを開けて、中から数枚の書類を取り出し、島野に手渡した。
それは島野が探していた機材の仕様書であった。
「これって……結構良いやつじゃない、貰っていいの?」
「なぁに、構わんよ」
仕様書を軽く読んで、それが七研の予算では早々手が出ないような代物であることを理解して驚いた風の島野に、檜山老人は何事でもないように答えた。
「こいつはな、少し前に設計していたLFの新型用のバランサーユニットとして使う予定だったんだが、新型開発自体が訳あって没になってな。余ったこれをさてどうするかとなって、捨てるのも勿体無いし、かと言って活用する宛も無い。売るにも高すぎて買い手が付かないと、正直手に余ってたんじゃよ。それに、使える所が持っていくのが筋が通るってもんだ」
「でも、こんな物ただじゃ貰えないよ……」
うちが出せる物なんてないし、と仕様書を檜山に返そうとして、その手をやんわりと押し留められた。
「それなら今度、まぁいつになるかわからんが、可変機を設計する時にでもうちの坊主どもに手を貸してやってくれ。坊主どもに無いものがお嬢さんにはあるからな。あいつらも勉強になるじゃろうて」
「本当にそんなことでいいの?」
「構わん構わん。いいから貰っとけ、若いもんがそんなに遠慮するもんじゃないて」
「老人の善意は黙って受け取るもんだ」と仕様書をしっかりと押し返すと、檜山老人は椅子に座り直して腕組みして島野を見据えた。もう断っても聞かないと意思表示しているようである。
「……ありがと、檜山さん。この御礼は必ずするからね」
「期待して待っとるよ。ジャイロユニットは明日にでもうちの坊主に運ばせておくからの」
最後にしっかりと頭を下げてから、島野は第四研究室を後にした。
扉を閉めて冷房が効きすぎている廊下に出てから、予想外の収穫に思わずその場で「やった!」と小躍りしてしまう。
「よし、この調子で部品集め頑張るぞ!」
一人で「おー!」と片腕を上げて気合を入れると、上機嫌で次の目的地へと歩き出したのだった。
***
その頃、綺堂と鐘島の二人は、大学近くの大通りにある露店街へと足を運んでいた。
大型トレーラーも通れる道路を挟んで雑居ビルが立ち並ぶ、どのビルも一階が商店となっており、ぎっしりとパーツ屋や専門店が並んでいる。歩行路にまで商品が飛び出たそれらは、さながら長屋のようになっている。
そこを二人は練り歩き、島野に渡されたメモに書いてある部品や基板を探し、見つけては買ってを繰り返し、そうしている内に荷物は一抱えにもなっていた。
「あの、綺堂先輩。少し持ちましょうか?」
ぱんぱんに膨らんで大きくなった買い物袋をなんてことないように片手で抱えている綺堂に、鐘島が心配そうに言うが、
「気にするな、この程度問題ない。それに、買物も残りいくつもない」
そう言って、後輩に荷物の一つも持たせようとしない。彼なりの気遣いのつもりだったが、頼って貰えないことに彼女は少し不満そうだった。だが、それに気付ける程、綺堂は機敏ではなかった。
「次はこの店か……店主、これとこれ、あとこれをくれ」
目的の店の前につくと、綺堂は空いている手で、表に並べられた値札も付いていない部品類を指さす。
店主、薄くなった頭髪に白いタンクトップに短パンというラフな格好をした中年の男が、指定された部品を手早くビニ袋に詰めて、手を差し出す。
「三つで一万五千バルタな、カードは使えないよ」
「……それは少し高すぎないか?」
「うちの適正価格さ、いらないなら他で探しな。他の店に置いてあると思うならな」
男は袋を見せつけるように揺らす。対して、綺堂は「うーむ……」と珍しく悩むように呻いた。
「先輩、それって高いんですか?」
「……相場の二倍近い値段だ」
「えっ、そんなにですか?!」
「こっちも商売でやってるんでな。相場がいくらだろうと、売り値は俺の自由さ」
初々しく驚く鐘島に、男は意地の悪そうな顔で「それで、買うのか、買わないのか」と聞いてくる。
綺堂は溜息を吐いて、懐に手を伸ばした。
「……予算オーバーだが、仕方ない。ここは俺が……」
「待ってください先輩」
自分の財布を取り出そうとした綺堂を遮って、鐘島が一歩前に出た。
そして袋を持った店主に、彼女は両手を合わせて、柳眉を悲し気に曲げ、目を潤ませ、詰め寄るように顔を近づける。
「私たち、どうしてもそれが必要なんです。もう少しだけお安くならないでしょうか? 相場以上でも買いますから……」
そして頭を下げてから、相手の目を真っすぐ見据えて懇願する。可憐な美少女のそれは効果覿面で、店主は「うっ」と思わず呻いて、顎に手をやって目を伏せてむむむと悩まし気な声を漏らし、それから大きな溜息を吐いた。
「わかった、わかったよ。全部で一万バルタ。これ以上はまけられねぇよ。だからそんな目で見てくれるなや」
「わぁ、ありがとうございます!」
根負けした店主にお礼を言って、先程までとは一転して喜びを顔全体で表したような笑みを見せる鐘島。それから振り向き、
「先輩、これで予算内ですね!」
と無邪気な笑顔を綺堂に向ける。そのやり取りを見ていて、彼は率直に思ったことを呟いた。
「……やはり、美人は得だな」
どんな時代になっても、それは変わらない真理である。
「? 何か言いました先輩?」
「いや、なんでもない。すまないな店主」
謝罪しつつも、ぴったり一万バルタを財布から取り出して店主に手渡す。金を受け取った店主が代わりに商品が入ったビニ袋を綺堂に渡す。
「まったく、次はないからな、今度来るときはもっと予算用意してこいよ」
嫌味たらしく店主が言っていると、そこへ、
「なーにやったんだいあんた、女の子にデレデレしちまって情けない」
店の中からはたきを持った恰幅の良いおばさんが出てきて、店主の頭をはたきで叩いた。
店主の「げぇ、お前……」という悲観な声から、この夫婦の主従関係は明らかだった。
「こんな馬鹿な価格設定してる内の旦那も悪いけど、学生とうちらは持ちつ持たれつだからね。多少の値上げは多めに見てほしいね。最近不景気だし」
「……善処します」
「それにしても、いい彼女さんを持ったねぇ。若い頃の私にそっくりだよ。どうせだから、中も見てお行きよ。掘り出し物には定評があるんだよ」
「えっ、ちょっとそれは……それに私まだ彼女じゃなくて……」
訂正している間に、おばさんが鐘島の手を取り、ずんずんと店の中へと引っ張って行ってしまった。
置いていかれた綺堂と店主は、口を揃えて、
「女は強し、か」
「女は強しだな」
と呟いて、彼女たちが出てくるまで、綺堂は荷物を抱えたまま待ち惚けたのだった。
***
「あーん? 弾薬と装甲材を恵んでほしいだぁ?」
火薬と鉄、それにオイルの臭いが薄っすらと漂う、少し異質な研究室。そこは通称二研。防術機の武装や防御用の装甲について研究している場所である。
今、島野が相対している相手。頭にねじり鉢巻きを巻き、恰幅の良い体を所々をオイルで汚した作業用のつなぎで包んだ男、火間 武は、彼女から見たらケチで横柄な嫌な奴、と評価されるような相手だった。
しかし、この青年は性格に難はあっても装甲材と重火器についての知識は教師顔負けである。この二つに関して頼み事をするなら、ここ以外有り得ないのだ。
そう、ここ以外、例えば第九研究室との交渉は上手く行った。以前ブラックマーケットで買っておいた、古の文化であるロボット特撮の映像が封入されているというSDチップを交換材料に、特機用にも使用されている小型動力炉の予備を貰うことができた。これも大成果であった。
後はここでTk-7用の装甲材と、火器用の弾薬を調達できれば、研究室巡りは終わるのだが……
「はんっ、なんでうちが骨董品屋に物を恵んでやらないといかねぇんだ」
と、島野のお願いを火間は鼻で笑って一蹴した。後ろにいた子分達も「そうだそうだ!」「大人しく化石でも磨いてろ!」と囃し立てる。
島野はこいつらいっぺんしばいたろうか、琥太郎に頼んで――と思いながらもなんとか笑みを崩さず、
「そこをなんとか、うちで出来ることならするから、ね?」
どうにかしてここで材料を恵んで貰わないと予算オーバー必至なので、彼女は「だからお願い!」と手をぱちんと合わせて頭を下げる。すると、火間は少し思案顔になってから、先程の檜山とは対照的な、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「それじゃあ一つやってもらおうじゃねぇか。それが出来たら、火薬でも装甲板でも必要なだけくれてやるよ」
「本当?」
「ああ、俺は嘘はつかねぇからな、なぁお前ら?」
火間が振り向いて子分に話を振ると、子分達は顔を見合わせて「どうだっけ?」「この前、賭けで負けたのすっぽかしてたような」「その前だって……」などとヒソヒソ話を始めた。
島野がじとっとした目線を向けるも、火間はそれら一切合切をスルーして話を続けた。
「でだ、やってもらいたいのは、うちで使ってるエンジンの調整だ。どうにも最近調子が悪くってよ。それを直せたら約束の物をくれてやる……ま、骨董品やなんぞに最新型のエンジンを弄れるとは思ってないがな!」
言って「はっはっはっ」と大柄な身体を揺らして大声で笑う彼を前に、島野は挑戦的な笑みを浮かべた。
「やってやろうじゃないの。その子どこ? あとエプロンと軍手貸して」
「お、おいおい随分自信たっぷりじゃねぇか。間違っても壊すなよ? 壊したら弁償だかんな」
「誰が壊す物ですか」
子分からエプロンと軍手を渡され、頭のバンダナをきつく締め直した島野は、これから玩具で遊ぶ子供のような、楽し気な表情で、
「あんた達が調整するよりうんと良くしてあげるからね」
そう宣言して、作業に取り掛かった。
火間が自分の発言に後悔するまでに、十分と掛からなかった。 |
+ | 第三話 |
買いたかった部品類が全て揃っていたことに驚きながらも、他の店に行く手間(と、店主妻の「今なら安くしとくよ」という言葉)を考えて、結局その店で必要な部品類を全て買ってしまった。予算ギリギリだったが、それでも予定より早く買い物が済んだ事の方が大きかった。
二つになった部品類が詰まった買い物袋を両手で抱える男と、その三歩後ろを歩く美少女の姿というのは、なんとも絵にならなかった。買い物に来た令嬢と荷物持ちの付き人のようである。
「本当に凄い品揃えでしたね。他のお店に行く手間が省けちゃいました」
「ああ、少し割高だが、今後も贔屓にしておこう」
「……ところで先輩、荷物、半分持ちましょうか? 前、見えてませんよね」
「いや、なんとか視界は確保できている。大丈夫だ」
顔まで塞がるような大荷物を抱えている彼を心配する鐘島だったが、両手いっぱいになったそれを持って歩く綺堂の足並みは、まったく乱れていない。鍛え方が違うのだろうか。
「……」
鐘島はむんっと片腕を曲げて力んで見たが、細くて白い腕には力瘤も浮かばなかった。筋トレでもした方が良いのかもしれない。
と、そこで、綺堂の服のポケットの中から電子音が鳴った。携帯端末の着信音だ。
大学の勢力圏内であれば、どこにいても通じる、学生や学園都市に住む住民にとっての必需品である。
「……むっ、島野か……すまん鐘島、少しの間これを持っていてくれ」
「は、はい! わかりました!」
ようやく頼られたのが嬉しいのか、声を弾ませて片方の荷物を受け取った彼女だったが、ずしっと重さが来て、思わず「うっ」と呻いてしまった。綺堂は軽々と持っていたが、金属類が積み重なったそれは相当な重量物である。
後ろで後輩がよたよたしている事には気付かず、ポケットから携帯端末を取り出して、通話ボタンを押す。通話に出た相手は予想通り、島野であった。
『もしもし琥太郎? そっち買い物終わった?』
「ああ、今済んだ所だ。そっちはどうだった」
『完璧に揃えたわよ。色々あったし、やったけど、二研は難航したけどね』
「というと、火間の所か、迷惑はかけてないだろうな」
『逆よ逆。むしろ感謝してほしいくらいよ。まぁ火間の奴、目ん玉丸くして、口をぽかーんと開けた馬鹿面しちゃってね? それが面白いったらもう』
島野は調整を任せられたエンジンを元通りにするだけでなく、出力比が従来の一.五倍になるように、あり合わせの材料で改良してしまったのだ。そんなことをされては、文字通り開いた口が塞がらないという物である。
そして、普段触れない物を弄り尽くせただけでなく、欲しかった材料まで手に入れて、彼女はかなり上機嫌なのだった。
「……話はわからんが、とりあえず火間には俺が後で謝っておこう」
『そういえばあんたら仲良かったわね、意外なことに……謝る必要なんてないから、しなくていいわよ。というか今度あったら言ってやってよ。うちは骨董品屋でも化石保護団体でもないって』
「それはわかった」
火間と綺堂は、別の研究室で接点も少ないように見えるが、学食で会えば共に食事をするくらいの仲ではあった。それには理由があるのだが、今回は割愛させていただく。
『そうそう、買い物終わったんならトレーラーで迎えに行ってあげるから、ちょっとそこら辺でもお茶でもしてきなさいよ』
「む、しかしそれは……」
『どうせ大荷物抱えてるんでしょ? 遠慮しなくていいから、それにあっちゃんきっと喜ぶわよ? あんたが一緒にお茶しようとか誘ったら』
「……そうなのか?」
いまいちよくわからない綺堂は頭に疑問符を浮かべる。電話口の向こうで島野は受話器を手で抑えて思わず「この鈍チン……」とぼやいた。
『そうなのよ。あ、ちょっとあっちゃんに替わってくれる?』
「? わかった」
相手の発言内容の理解がまだ及んでない様子だったが、軌道はとりあえず、後ろで荷物を両手で抱えてよろけていた鐘島から荷物を受け取り、「島野から何か話しがあるそうだ」と、代わりに携帯端末を渡した。
それを受け取った鐘島が「はい、鐘島です」と受け答えを始め、何事かやり取りをしている内に、その顔が羞恥で真っ赤に染まり初める。
そして声が万が一にも綺堂に聞こえないように口元を手で抑えて声を潜めながらも、先輩に抗議する。
「ちょ、ちょっと島野先輩! 流石にそんな大胆なことできません!」
『いいじゃないのー、あの鈍チン、それくらい責めないと気持ち伝わらないわよ?』
「そ、そうかもしれませんけど!」
『それじゃ、三、四十分くらいしたら迎えに行くから、短いけど二人でゆっくり楽しんでね。あ、破廉恥なのは駄目ね、許可しないから』
「ちょ、ちょっと先輩?!」
それ以上鐘島が何か言う前に、無情にも電話は切れてしまった。
携帯端末を握りしめ、俯いて顔を真っ赤にする彼女を怪訝そうに綺堂が見つめる。
頭から湯気でも出そうな顔をしていた彼女だったが、覚悟を決めたように顔を上げた。
「せ、先輩! 島野先輩が来るまでまだ時間が掛かるそうなので、荷物をロッカーに預けて、わ、私とカフェでお茶しませんか!」
早口になりながらも、勇気を振り絞って言ってのけた。
「それは構わないが……どうした、顔が真っ赤だぞ」
「だ、大丈夫です! そうと決まれば早速行きましょう!」
そう言って、先程までの非力さでは考えられない強引さで綺堂の荷物を奪うと、すぐ近くにあったコインロッカーに無理やりそれらを押し込んで施錠。一連の流れについて行けずぽかんとする彼の腕を引いて、近場のカフェに向かってずんずんと歩き始めたのだった。
鐘島 敦子。これまでの人生で最も大胆になった時であった。
***
「二人とも今頃アバンチュール中かしら、熱々よねぇ」
明日には大量の機材が運び込まれてくる倉庫を片付けながら、島野は今頃デート中の二人を思い浮かべて、ぷっと吹き出した。
どうせ、乙女の気持ちなど全く察せられない唐変木の幼馴染と、スイッチが入ると勢いだけは出る後輩で、空回りしたコミュニケーションを取っているのだろうなぁと思うと、自然と笑みが浮かんで来るのだ。
島野は、あの二人が上手く行くとは、これっぽっちも思っていない。
幼馴染として、彼が色恋沙汰に興味がないことはわかりきっていることである。可愛い後輩には悪いが、彼女の初恋はきっと、残念な結果になるだろう。
しかし、青春するのは当人達の自由である。それに、もしかしたら、万が一にでも、綺堂にも恋愛感情という物が芽生えるかもしれない。そうなったら素直にお祝いしてあげよう。
(ま、無いとは思うけどね)
そんなことを考えながらも、島野はやや大雑把な整頓作業を滞りなく進めて行く。
用途不明な部品や明らかなガラクタなどを、フォークリフトで端に押し込んだり、リフトに載せては外のゴミ集積場に放り込んだりしてを繰り返す。
そうして、作業を始めて僅か三十分程で、足の踏み場もなかった空間が、防術機が丸々二機は寝そべられる程の広さへと大変貌を遂げた。
代償として、倉庫の隅っこが色々な部品でごっちゃになって混沌としているが、片付けた本人は気にしていない。
「しっかし倉庫も片付けてみると案外スペースあるわねぇ、これまで無駄遣いしてたってことでしょうけど」
フォークリフトから降りて、余計な物をどかして広々となった倉庫に、島野は一先ず満足した。これだけのスペースがあれば、動力炉やら装甲板、ジャイロユニットなどを運び込んでも問題なく作業できるだろう。
「さて、私もお茶にしましょうかね」
流石に少しくたびれた島野は、適当なパイプ椅子と作業用の机を引っ張り出すと、持参してきた水筒の中身をコップに注ぐ。今では結構な高級品の、ちゃんとした茶葉から作った紅茶である。
香りを楽しみながら、それを美味しそうに啜り、片手でポケットラジオを取り出して、チャンネルを適当に合わせる。
するとちょうど、大学内の出来事を報道するニュース番組にチャンネルが合った。
普段であれば、どこどこで子猫が産まれただとか、野菜や魚介類の物価がどうだかとか、割とどうでもいいニュースを流している番組だったのだが、そこから流れて来たのは、緊迫したキャスターの声だった。
『ーー繰り返しお知らせします。現在、大型貨物らしき物を積んだトラック四台が、検問ゲートを強行突破し、三台は防術機格納庫へ、もう一台が学園都市方面へと逃走中です。目的は今なお解っていません。近隣の住民の方は外に出ず、建物内に避難してください。繰り返しますーー』
(学園都市の方向ですって……?)
大型貨物というワードに、島野の背筋に嫌な寒気が走った。
そいつらの目的が、自分の予想通りだとするならば、綺堂や鐘島達が危険かもしれない。 勿論、杞憂で終われば良いが、このご時世、そんな楽観主義では生きていけないのである。
「ゆっくりお茶してる場合じゃなくなったわね……!」
コップに残っていた紅茶を一気に飲み干すと、報道を流しっぱなしのポケットラジオを引っ掴んで倉庫の外へと駆け出す。
外には、全長九メートル程の大型トレーラーが停車していた。その荷台部分には、シートが被った”機体“が積まれている。明日からの作業に備えて、専用格納庫から移動させるために積んでいたのが、功を奏した。
トレーラーに積みっぱなしの”機体“を簡単にチェックしてから、運転席に素早く飛び乗ると、シートベルトを締めるのももどかしく、刺しっぱなしのキーを捻ってエンジンを始動。アクセルを思い切り踏み込んだ。
***
「あ、このパフェ美味しい」
「……そうか」
露店街から少し歩いた所にあった、大通りに面したオープンカフェに立ち寄った二人は、思い思いの商品を注文し、届いたそれを堪能しながら談笑していた。
と言っても、鐘島が一方的に話して、綺堂がそれに相槌を打っているだけなのだが。
「先輩も甘いもの好きでしたよね。コーヒーだけでいいんですか?」
「ああ……問題ない」
言って、コーヒーを一口啜る。その様子を観察していた鐘島は、彼の眉が若干、数ミリ歪んだのを確認した。普通なら気付かないような表情の変化だった。
「……先輩、お砂糖、要ります?」
「……貰おう」
角砂糖が入った小瓶をすすっと差し出され、綺堂は迷うことなく角砂糖を三つ程投入して、スプーンでかき混ぜた。
そして出来上がった甘ったるい液体を飲み、満足そうに頷いた。
「うむ、これくらいが良い。研究室では中々できんが、たまにはな」
「お砂糖、高いですもんね」
「人口生産の限界もある、仕方がない……今行なっているという領土開拓が進んで、生産地が増えれば、もう少し安くなるだろうがな」
「開拓、上手く行くといいんですが……」
「脅威はエルフだけではないからな、同じ人間同士で争うこともある。今回の計画は特にそうだろう……警備隊も大変だろうな」
そこまで話して、再びコーヒーに口をつける綺堂を見て、鐘島は笑みをこぼした。
「ふふ、先輩、こういうお話になると急にお喋りになりますね」
この先輩は、好きな話題か関心がある話題になると、急に口が軽くなるのだ。
時折、自分にとってはちんぷんかんぷんな話題でそうなることがあるのが困り物だが、それでも、彼の話を聞くのは、一つの楽しみでもあった。
「……そうか?」
「そうですよ」
その自覚が本人にない所が尚更おかしくて、鐘島は笑顔のままパフェをもう一口食べた。
確かに、今、彼女が食べているパフェや、綺堂が惜しみなく入れた角砂糖などの嗜好品が、他の地域に比べればずっと入手しやすいのが、この大学と主編の学園都市の美点の一つなのだが、それ故に弊害も多い。 物資がそれだけ豊富だということは、他所からの妬みや恨みを買いやすいということでもあるのだ。
「……私たちがこうして普段何気なく食べてる物も、他の地域だと手に入らないと聞きます。それによって暴力が横行しているとも」
半分ほど食べたパフェの脇にスプーンを置いて、鐘島は表情を暗くした。この話題の発端は、彼女が受けている講義で出た話の一つで、他の地域がどれだけ荒れていて、危険であるか、人々が苦しい中で生活しているかという内容であった。それをふと、思い出してしまったのだ。
彼女、鐘島は生まれも育ちも学園都市である。それ故に、他の地域の過酷さという物を、知識としては知っていても、実際に見たことも経験したこともなかった。そのために、想像だけでも、その地域の人間のことを考えると罪悪感を感じてしまうのだ。
それを察した綺堂は、コーヒーをソーサーに置き、諭すように話し始めた。
「いいか鐘島。厳しい言い方になるが、人は生まれも育ちも選ぶことはできない。その上で、自分よりも不幸な他者のことを考えて一喜一憂するというのは、一種の傲慢だ」
「傲慢……ですか」
「ああ、人とは、生まれた時に持たされた手札で勝負するしかない生き物だ。俺達はその手札が恵まれてる所に、偶然生まれた。そこに善も悪もない。ただの運命だ。だから、お前が手札を持てなかった者に対して罪悪感を抱くのは筋違いというものだ」
「……そう、なのでしょうか」
綺堂の言葉の意味は解る。それでも、納得できない部分があった。
綺堂はそれを見透かしたように、目線を真っ直ぐに合わせて、
「鐘島、お前は……いい娘だ。そうやって他人を思いやれる心をこの時代に持てるというのは、例え傲慢であっても、貴重な才覚だと思う。俺には、防術機で戦うことくらいしかできないからな。それが少し羨ましい。野蛮人みたいなものだからな」
「そんなことないです! 先輩はとても優しい方じゃないですか!」
思わず声を荒げて柳眉を逆だてる彼女の目を、綺堂は表情も変えずに見据える。
そうして見つめ合うこと数秒。「あっ」と鐘島が顔を赤くして目を逸らした。
「す、すいません。突然大声出して……」
「他に客もいないし、大丈夫だろう。それにしても島野の奴、遅いな……」
携帯端末を取り出して時間を確認しようとした所で、大通りが騒つくのに気がついた。
「なんだ……?」
二人が思わず席から腰を浮かせるとほぼ同時、それは来た。
大型のトレーラーが大通りを爆走し、そのカーゴブロックから巨大な、半人型の機体が飛び降りた。アスファルトに火花を散らして降り立ったそれは、防術機に多少詳しい綺堂にも、講義を受けている鐘島にも分かった。
「リロード……それも旧式のだと?」
「こんな物がどうして街中に……?」
二人が困惑して立ち尽くす前で、その機体、紫色の塗装が成された巨体が、こちらを向いて、胴体についた無機質な丸い一つ目で、綺堂と鐘島を見下ろした。
途端、嫌な予感がした綺堂が「鐘島!」と彼女の手を取って駆け出そうとする。が、それよりも相手の挙動の方が早かった。巨大な機械の腕が伸びてきたかと思うと、綺堂の手を取ろうとした鐘島の小柄な身体を掴み上げ、そのまま連れ去った。
「先輩!」
捕まった少女の悲痛な呼び声に、しかし綺堂はどうすることもできない。そんな彼のことなど眼中に無いように、紫色のリロードは大通りを歩き出した。
綺堂は咄嗟にそれを追おうと足を動かしかけ、止めた。相手は旧式のリロードと言えど防術機である。生身の、それも非武装の自分ではどうしようもない。
「くそっ……!」
悪態をついて拳を握りしめる綺堂の携帯端末が鳴った。
画面に表示されている名前は島野だった。
「……島野か」
『もしもし綺堂? そっちで騒ぎ起きてない?』
「起きているどころではない、所属不明のリロードに鐘島が連れ去られた……俺の失態だ。すまん」
『誰もあんたを責めないから謝らなくてよろしい。それよりすぐ南側に走って、合流するわよ』
「合流してどうする?」
『言ったでしょ、トレーラーで迎えに行ってあげるって、積荷もあるわ。だから早く来なさい』
その言葉の意味を理解した綺堂は、携帯の通話終了ボタンを押すのも忘れて、全力で南側、リロードが去って行った方とは逆方向に走り始めた。
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+ | 第四話 |
あちこちに違法な改造……というよりも、応急処置が施された紫色のリロードは、左腕のマニピュレータに人質を掴んだまま、大通りを北に向かっていた。
そのパイロットは、外と比べて綺麗に整った街並みを見て、嫌悪に近い感情を抱いていた。
(自分たちだけぬくぬくと過ごしやがって、反吐が出る)
外、整備区画もまともに行われていなかったり、劣悪な環境のまま放置されている、自分達の生まれ育った場所。
それに比べてどうだろうか、この街は、まるで無菌培養されたかのような潔癖さと純白さを持ち合わせているではないか。
これからその綺麗な街を、自分達が手中に収める。放棄された防術機格納庫とその中にあった無数のジャンクを掻き集めて稼動状態に持ってきたリロードが八機。小規模な軍事施設なら簡単に制圧できるだけの戦力を偶然にも手に入れた自分達は、一見すると無謀とも取れる作戦を立てたのだ。
その作戦のために、まずはこの街の中枢を抑える手段を手に入れる必要があった。そのための人質だ。ここの気質は、外で集めた情報で分かりきっている。どいつもこいつも平和ボケした、エルフとも戦ったことがない連中の集まりだ。人質の一人でもいれば、こちらに手出しできないだろう。
その証拠に、未だにこの街の防衛組織は自分の方へ来ていない。頭上の空を小煩い小型航空機が飛んでいるが、それも様子見をしているだけに見える。余程、人質という手段が効いているらしい。
その航空機に見せつけるように、人質を握った腕を掲げる。その人質は、身を竦めて、恐怖に震えている。なんとも愉快だった。
しかし殺してしまっては意味がない。マニピュレータの操作を自動ロックにして、一応は細心の注意を払いながら、北へ、この街の中枢がある場所へと向かう。
その時。南、自分の背後から何者かの接近を、機体の旧式レーダーが捉えた。
『ぶちかますわよ琥太郎! 準備はいい?!』
トレーラーの運転席でテンション高めになっている島野に、真っ暗な視界の中にいる綺堂は一抹の不安を覚えながらも答える。
「俺は構わんが、鐘島が……」
『旧式って言っても手指の自動制御くらい作動させてるでしょうよ! ほら行くわよ!』
「……了解した」
技術屋が言うのだ。きっと大丈夫だろう。そういうことにして無理やり納得した綺堂は、仰向けの姿勢、腹に乗せていた大型のヘッドギアを頭に嵌めて、電源を入れる。すると、暗闇の中に光が灯り、綺堂の目の前のモニターが瞬いて、乱れた、読み取れない文字列が表示される。
そして、ヘッドギアに電子音が鳴ったかと思うと、次の瞬間にはそれが人の言葉を作った。
《DirectLinkSystem Standby》
「起動」
《了解 テスト全省略 起動します》
電子音、機体に内蔵された高性能AIがそう告げると同時に、視界が一気に明るくなった。
外の景色が若干のノイズ混じりながらも全方に映し出され、座席に座っている綺堂がまるで宙に浮いているようになる。 綺堂から見て正面、仰向けの機体が眺める青空の雲が、次々と上へと流れて行く中、再び島野から通信が入った。
『そろそろ接触するわよ! 起動準備は?』
「すでに終わっている、いつでも行けるぞ」
『よーし、かますわよぉ!』
運転席の島野がアクセルを思い切り踏み込み、視界の流れる雲が加速した。
急激に接近してくるそれに、紫の機体はそちらを振り向いて、驚愕した。
大型の、自身の腰ほどの高さがあるトレーラーが、バックでこちらに突っ込んで来たのだ。
脚部に体当たりでもされては堪ったものではない。左右に避けるにしてもビル群が邪魔だ。そうなればもう受け止めるしかない。紫のリロードはクローアームになっている腕で、眼前に迫ったトレーラーを受け止めた。
衝撃。大質量を強引に受けた関節が軋み、踏ん張った足元が滑り火花を散らした。
その結果、トレーラーは確かに減速したが、それでも止まらない。勢いのまま、更にタイヤを回転させてリロードを押す。
『くそっ、なんだってんだ!』
リロードのパイロットの悪態が外部スピーカー越しに周囲に響く。片腕が塞がっているために、トレーラーを完全に押し止めることができない。思わず左手の人質にカメラが向いたその前で、トレーラーに動きがあった。布が被さっていた荷台が、こちらに倒れるようにせり上がったのだ。
否、それはこちらに倒れこむことはなく、垂直に立った状態で止まった。そして、被さっていた布が、その向こうに居た”機体“によって取り払われる。
布をまるでマントのように脱ぎ去って現れたのは、リロードより頭一つ分背が高い、細身の防術機だった。 しかし、二の腕や太腿などの装甲が無く、剥き出しの可動部が見えているそれは、紫のリロードよりも状態が酷く見えた。
その機体――第七研究室が代々受け継いで来た、骨董品にして動く化石、”Tkー7“が、双眼カメラと頭部のブレードアンテナを稼動させて、眼前の敵を睨みつけた。
「大事な後輩を返して貰おうか」
そのTkー7の中、綺堂が操縦桿を握りながら念じる。すると、機体は綺堂が思い描いた通りに動き出し、相手、右腕でトレーラーを抑えているリロードの左腕を掴むと、自分の方、トレーラーの上へと引っ張り込んだ。
そのまま、もう片方の腕でリロードの左手首を掴み、握り締める。関節の中でも特に脆い部分が外圧を受けてひしゃげ、遂には脱力し、中に捕らわれていた少女を解放した。島野の言った通り、リロードの腕には設定した状態を維持する自動制御装置が作動していたらしく、捕まっていた鐘島には怪我一つ無かった。
鐘島が、Tkー7を見上げて弱々しい、しかし安堵の表情を浮かべた。綺堂が操る機体はもう大丈夫だと言わんばかりに頷いて見せ、運転席から島野が大声で「あっちゃん、手摺りに掴まって!」と指示する。
彼女が言われた通りに手摺りに両手でしがみ付くと、それをサイドミラーで確認した島野が、ギアをバックから切り替えた。
瞬間、全力で後退していたトレーラーが急制動を掛けてから前進し、それを掴んでいたリロードがつんのめった。そこにTkー7が思い切り蹴りを入れた。前後に揺れてたたらを踏むリロードの前に、Tkー7が飛び降りる。
「島野先輩! 綺堂先輩が!」
手摺りを伝って運転席のすぐ後ろに来た鐘島が、トレーラーからどんどん離れて行く綺堂のTkー7を心配そうに見やるが、島野は全く心配してない様子で「大丈夫大丈夫!」と声を張り上げて言った。
「あいつの腕前は知ってるでしょ! 問題ないわよ!」
「それはわかってますけど、相手は武装グループか何かですよ! いくら先輩でもあのTkー7の状態じゃ……」
「いけるいける! 整備してた私たちの腕を信じなさーい! それよりもう少し離れたら止めるから、助手席乗って、危ないから!」
そう言われても不安な鐘島は、もう点のように見えるTkー7の方を見ていたが、トレーラーが曲がり角を曲がると、その姿は見えなくなってしまった。
(綺堂先輩……どうかご無事で……)
揺れる荷台にしがみついているのがやっとな少女には、もう祈ることしかできなかった。
トレーラーが走り去った大通りで、紫色のリロードとその目の前に降り立ったTkー7が対峙していた。
(出来れば、今の一撃で脳震盪でも起こしてくれていれば良いのだが……)
しかし、その願望はあっさりと裏切られた。少しよろけはしたが、紫色の機体は構えを取り、こちらに右腕のクローアームを振り上げて来ていた。
『おんぼろのスクラップが! よくも邪魔をしてくれたな!』
相手のパイロットの怒声、そして振り下ろされた一撃を、Tkー7はバックステップで避け……ようとして、一動作遅れてその一撃を胴体に受けた。衝撃にコクピットが揺さ振られる。
「……っ! 反応が鈍い……!」
言っている間に姿勢を崩したTkー7の左腕を、相手のクローアームががっちりと挟み込んだ。
リロードの中でパイロットが笑う。
『まずはその華奢な腕、引き千切ってくれる!』
そして巨大な爪が高熱を帯びて橙色に発光し、Tkー7の腕を捻り切ると思われた。が、
『な、なんだと?!』
リロードのパイロットが驚愕する。高熱で敵機の装甲を溶断するはずのクローが、僅か数センチめり込んだ所で止まっているのだ。通常ではあり得ない未知の現象に戸惑うリロードを、掴まれたままの腕で押して、綺堂が唸るように呟く。
「うちの整備士が調整した相転移装甲。そう易々と砕けると思うな……!」
相転移装甲。その名の通り、強大な電圧を装甲にかけることで分子構造を変化させ、異常なまでに強固にさせる特殊装甲のことである。
調整には膨大な知識と経験が必要だが、偶然か、それとも整備班の努力の賜物か、Tkー7の表面装甲は確かな防御力を発揮し、相手の攻撃を完全に無効化していた。
しかし、それでも完全無敵とは言えない。綺堂の視線の端、バッテリーの残量を表示するエネルギーゲインが、ゾッとする勢いで減少していく。
相転移装甲は負荷が掛かれば掛かるほど電力を貪る。必要な電力が確保できなくなれば、ただの薄っぺらい装甲板と成り果ててしまう。そうなる前に決着をつける必要があった。
「その薄汚い爪を離して貰おうっ!」
綺堂が吠え、Tkー7が鈍い反応の中でも、確かに搭乗者が念じた通りに動作して見せた。至近距離の相手に、右の拳、相転移して強固な鈍器と化した拳を叩きつけ、続けて同じく凶器となった膝蹴りを繰り出す。
紫のリロードは避けることも叶わず、もろにそれを喰らい、クローアームがTkー7の左腕から離れた。
更にバックステップで距離を取ったリロードは『くそが!』と罵声を吐きながら、手首を潰された左腕、そこに搭載された機関砲をTkー7に向ける。
《照準警報》
「わかっている!」
分かりきった事を言うな、とAIに返した途端、閃光が視界の中で瞬いた。リロードが機関砲を発砲したのだ。
対防術機用の大型砲弾が次々と命中し、Tkー7の装甲表面を叩くが、身を守るように姿勢を固めた機体にはダメージを与えられない。それでも、バッテリー残量は見る見るうちに減って行く。 このまま悠長に射撃を喰らい続けるわけにはいかない。反撃に出る。
「突っ込む!」
《了解 動作パターンC参照 近接格闘モーション 読み込み開始》
装甲に乾いた音を立てていたTkー7が、一歩、二歩と踏み出し、次の瞬間には駆け出していた。
砲弾の雨の中を、時速百キロを超える爆発的な速度に達した機体が、肩を前に出し、ショルダータックルの姿勢でリロード目掛けて突っ込む。
突っ込まれた方は堪った物ではない。金属と金属がぶつかり合い、ひしゃげる音が周囲に響き渡り、リロードは紫色の正面装甲を陥没させて後方に吹っ飛んだ。
《読み込み 最適化 完了》
「遅い!」
今頃作業を終えたAIに文句を言いながら、吹っ飛んだ敵機に向けて再び走り出す。ゆっくりとした動作で起き上がったリロードに向けて、今度は飛び蹴りを放った。これを胴体に受けた敵機が更に転がる。だが、敵機はその勢いで強引に起き上がると、左腕の機関砲をTkー7に向けた。
再び発砲。Tkー7は火線から逃れようと一瞬逡巡して、しかし防御の構えを取った。
両腕をクロスさせて弾幕を受けるTkー7に、じりじりと後退しながらリロードは射撃を続ける。
『そうだよなぁ、お前らはそうするしかないよなぁ? お人好しがぁ!』
外部スピーカーが破損したのか、ノイズ混じりで相手が嘲るように笑う。
そう、先程から綺堂は、周辺への被害を極力抑えるために、相手の射撃をあえて回避せずに防御していたのだ。そして、相手はこちらの装甲が一定の耐久値、限界があることを見抜いていた。
銃弾を受けて目減りしていくバッテリー残量に、綺堂は舌打ちしつつもう一度突進を掛けようとした。バッテリー残量的に、次に衝突したら、その負荷でバッテリー残量が無くなる可能性があったが、このまま削り殺されるよりはマシだと判断したのだ。そして足を進めようとした、その時。
『助太刀するわよ琥太郎!』
通信機から島野の声、それと同時に、リロードの後方百メートルにある十字路から、トレーラーが姿を表した。敵機に勘付かれないように、ビル群を迂回して後ろに回って来たのだ。
「ほ、本当にやるんですか先輩?」
ぐんぐん加速していくトレーラーの助手席、手摺りに掴まっている鐘島が泣きそうな顔で聞くと、運転席の島野が逆に楽しそうな笑みを浮かべて答える。
「琥太郎のピンチとなっちゃ、やるしかないでしょう!」
「そ、それもそうですね! 思いっきりやっちゃってください!」
琥太郎というワードに反応した鐘島が、覚悟を決めたように手摺りをギュッと握りしめる。その言葉を聞いた運転手はにぃぃっと口端を釣り上げて、アクセルを踏み抜く勢いで押し込んだ。
エンジン音を鳴り響かせ、加速したトレーラーに気付いた紫の敵機が振り向くが、もう遅い。
「どすこーい!!」
その足元の横に付いた瞬間、島野がハンドルを思い切り回し、荷台部分を相手の右足に叩きつけた。その無茶苦茶な体当たりによって、車体が軋み、衝撃でフロントガラスにヒビが入るが、大質量を脚に食らった防術機の方はそれ以上の損害を受けた。
装甲が割れ、関節がばきんと致命的な音を立てて膝が折れる。『ば、馬鹿なぁ?!』と悪役そのまんまの悲鳴を上げて、紫色のリロードが膝から崩れ落ちた。
『今よ琥太郎!』
「わかっている!」
片足を不随にされた敵機が体制を立て直す前に、Tkー7がアスファルトを蹴立てて駆け出し、跳躍した。そして半身を起こしたリロードの、二度の衝撃を受けて陥没している胴体装甲目掛けて、
「チェストォーッ!」
掛け声と共に、機体全体の縦回転からの踵落としを見舞った。
真上から猛烈な打撃を受け、横長の胴体をVの字に曲げた紫のリロードは、遂に活動を停止したのだった。
「終わったか?」
『終わりよ終わり、可愛そうなくらいボッコボコよこのリロード、コクピットは無事だから中身は生きてるでしょうけど。お疲れ様、琥太郎』
島野の通信を聞き、綺堂はふっと溜めていた息を吐き出した。
実機による模擬演習は何度か経験したことがあったが、実際の敵意ある相手との戦いはこれが初めてであった。緊張したし、正直、心の奥底に恐怖もあった。
それでもなんとかなったのは、この骨董品でガタが来ている機体をちゃんと稼働するように整備し、無茶をしてでも援護をしてくれた島野のお陰である。
彼女には本当に頭が上がらないな、と苦笑して、
「島野、お前の助けでなんとかなった。有難う」
綺堂が礼を言うと、彼女は照れた様子もなく『整備班とパイロットは一心同体、当然のことをしたまでよ』と当然のように言った。
『お礼は後で物理的に返しなさいな。さ、警備隊が来ると煩いから、さっさと撤収するわよ』
「了解した」
島野から催促され、綺堂がTkー7をトレーラーの荷台に載せようとした、その時。機体のレーダーが接近してくる機影を捉えた。
「なんだ……?」
そちらに頭部を巡らせると、一台の大型トレーラーが、こちらに目掛けて走行してきていた。それは、先程リロードを降ろしたトレーラーだった。何よりも目立つのが、荷台部分から胴体と右腕のライフルを持ち、それをこちらに指向している紫色のリロードであった。
「島野、鐘島!」
逃げろ、と言い切る前に銃撃が来た。辛うじてトレーラーの前に出たTkー7が弾丸を受け止めるが、先程の機関砲とは比べ物にならない大口径のそれに、機体が大きく揺れる。そしてAIが絶望的なワードを告げる。
《相転移装甲 電圧低下 バッテリーを交換してください》
「限界かっ……!」
一か八かで突っ込むか、しかしここで動いたら後ろのトレーラーが――綺堂が迷っている間に、相転移装甲に電力を使い切ったエネルギーゲインがゼロになる。もはやここまでか、と思ったその直後、目前まで迫って来ていたトレーラーとリロードが、どこからか飛来した銃弾を受けて爆発、炎上した。
「な……」
『何が起こったの……?』
その場にいた全員が呆気に取られていると、三人の頭上、上空から三機の鉄の巨人が降り立った。
全身を紺色に染め上げた装甲に、Tkー7並みに細いフォルム、二本のブレードアンテナが付いた頭部のツインカメラが、ブンっと光った。
「Tkfー3……警備隊か」
ナナシノ工業大学が持つ主戦力の警備隊が保有する防術機であるそれらの機体は、地面に着地すると、手にしていたプルバックライフルを周囲に油断無く構えてから、残敵がいない事と確認すると、その構えを解いた。
『こちら警備隊、第二管区守備隊である。そこの学生、生きてるか? 生きてたら所属研究室と氏名を言え』
「自分は第七研究室の綺堂 琥太郎です。危ない所を助けて頂き、有難うございます」
『綺堂……ああ、TDMGの武道家琥太郎か、それならリロードの一機くらい素手でなんとかなるか。いやさっきの蹴りは見事だったぞ』
『隊長、悠長に話している場合では……』
部下に言われ『おっと、そうだった』と隊長機らしい機体が左手で後頭部を掻く仕草をしてから、
『ちょっとばかしお話を伺わんといかんからな。悪いが、ご同行願おうか。そっちのトレーラーのお嬢さん達にもな……動けんなら手を貸すぞ?』
「……すいません。お願いします」
そうして、満身創痍のTkー7を、警備隊のTkfー3の手を借りてトレーラーに搭載した綺堂は、同期と後輩と共に警備隊基地まで連行され、その先で説教され、みっちりと絞られたのであった。
***
「それにしてもあの隊長さん気さくな人だったわね、謝礼金まで出してくれちゃって」
「うむ、学生にしては天晴れな戦いぶりだったと言われたが、プロにそう評されるとは、少しは誉れに思っても良いのだろうか」
「実際大金星なんだから、好きなだけ誇りなさいな」
「それでも、いっぱい怒られちゃいましたね……処分にまでならなくてよかったです」
「うちとしては、謝礼金でTkー7の改造が捗るし、貴重な可動データが取れたしで、万々歳だけどね。この成果のためなら、多少の説教もなんのそのよ!」
「あ、あはは……」
「懲りないな、島野は」
「そういうあんたこそ、全然懲りて無いでしょう、琥太郎」
「いや、実戦はもう懲り懲りだ。特に、大事な物を守りながら戦うというのはな」
「え、先輩、大事ってどういう……」
「あっちゃん、デレよデレ! こいつ遂にデレおったわ!」
「……好きに言え」
後日、Tkー7の修理費と謝礼金がトントンで改造が捗らずに島野が荒れたり、教師陣に改めてこっ酷く叱られる事になるのだが、それはまた、別の話である。
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