エリアA-F降下作戦


エリアA-Fの地平に日が落ちるころ、ついに揚陸空中艦《リトルアークⅢ》の防術機格納庫は来る空挺降下作戦に向けにわかに騒がしくなっていた。例えば生体ケロシンを艦載機であるFEL-D-3《グラフィファイア》へ供給するパイプをつなげている整備員が跳躍ユニットを整備する部下に怒号を発す光景や、作業用に改造された《リロード壱型》がごつごつとした30mmガトリング・ガンを点検する光景、または例外なく華奢な姿のパイロットたちが並んで自らのヘルメットに備え付けの網膜投影型H-U-Dモジュールを点検している姿を私は格納庫壁面に架けられたキャット・ウォークの端に立って見ていた。
F-E-L兵器工廠が誇る超重輸送機であるアクアノート級重強襲揚陸原子力空中母艦、その5番艦である《リトルアークⅢ》はそのとき、F-E-L製第七世代防術機《グラフィファイア》と同じくF-E-L製の火力支援車輛《AD-4》をそれぞれ満載ギリギリの8機と4機まで搭載してエリアA-Fの目的空域を目指していたがそれは確かに、例の《AF生体兵器問題》へ由来するものに他ならなかった。

――――■■暦22XX年、エリアA-FにおいてR&Gと現地勢力との間に大規模紛争が勃発し、その途中にA-F東部地溝帯深部で休眠状態にあった大戦前の生体式環境制御システムが新たな破壊の兆候を受けて暴走した。
記録によればそれはまず、おぞましい肉でできた無数の蔦のような不定形に近い素体のかたち――その姿は原始的な腔腸動物に近かったが、DNAは当然どの生物のそれとも一致しなかった――で地上に現れA-F東部の大地を蹂躙した。R&G社は体制立て直しのためやむなく撤退したが、その間にそれはR&Gと現地勢力、その両陣営の多くの機体をその胎内へ呑み込んでいった。
その後、かの暴走システムは呑み込んだ機体---多くが第三世代機のRE系列機体であった---や恐ろしいことにそのパイロットさえ材料にして中型の生体兵器《A-F-アルファ》を胎内で作り出し、それを暴走したシステムによって生態系がすっかり様変わりしてしまったA-Fの大地に放っていた。
――――これがいわゆる《AF生体兵器問題》の現状であった。

この夕暮れの降下作戦が実施される三か月前ほどから、R&G社はエリアA-Fを「奪還」するために大規模な反攻作戦を計画していた。それはおおまかにエリアA-F北部のA-F/E-U境界線付近から企業連合軍主力部隊が生体兵器領域に突入、それに先立って各企業の保有する空中艦から大規模空爆を行いまず進路上の異常生態系を一掃し、そして更地になった領域を通って地溝帯に潜む制御システムの中枢を叩く、というものだった。
この作戦を実行に移すとして一番の問題となったのは、生体兵器領域における他の《スーサイドIF》の存在可能性であった。例えばクラスⅣ以上の《スーサイドIF》が生体兵器領域のジャングルに埋もれて人知れず休眠状態にあったなら、大規模空爆によってそれが休眠から目覚め、その制限されない力によって人類をひと息に滅ぼしてしまわないと確信をもって言えるだろうか?それゆえR&G社は今回の作戦において連合関係を築いた複数企業と連携して、まずは事前にエリアA-F生体兵器領域における他の《スーサイドIF》の存在を確認するための調査部隊を中隊単位で編成し、それを空挺によってエリアA-Fに複数部隊送り込むことにした。

私はその先鋒としてA-Fの大地に降り立つF-E-L社技術検証軍団の防術機部隊へ、意見役として送り込まれたR&Gの戦術参謀だ。ただ第四世代期に防術機市場におけるシェアの奪い合いが始まって以来、F-E-L社とR&G社の関係は改善されたためしがない。私自身F-E-L社に対しては人間の躰と精神をもてあそぶおぞましい集団だという認識を崩さずに持っていたし、《リトルアークⅢ》に乗船してから嫌がらせや冷やかしの類を幾度となく受けたものだから、当然ネガティブな感情は一層強くなっていた。
ただし、彼らや彼女らから見れば私は憎むべき怨敵に近い企業の人間なわけで、またここでやっと漕ぎつけた協力関係を崩してしまってはそもそもの作戦自体が成り立たなくなってしまうから、と考えて耐えてきた。向こうもある程度わきまえているようで、あからさまに目に見える実害というのはなかったので、R&G本社に帰ってからわざわざ報告すべき案件とも考えていなかった。

最終点検に入ったらしい機体準備から目を離してふと見ると、キャットウォークの向こうから小さい人影がこちらに近寄ってくるのが見えた。
それはN-E社や傭兵団のそれよりも少し古めかしいデザインのパイロット・スーツを着こんだ少女で、仲間からは73-eと呼ばれていたと思ったが、いかんせんF-E-L社のパイロットは全員顔が同じなので記憶があいまいだった。

彼女―――ただしF-E-L社の職員には特殊なクローニング技術で躰を取り替える手術が施されているらしく、本当の性別が見た目の通りとは限らなかった―――は私の隣で手摺にその華奢な躰をもたげ、大きな赤い瞳で覗き込むようにしてこちらを見てきた。私の腰くらいの高さで彼女の長い銀色の髪がきらきらと揺れ、大理石のような白い肌が息づいた。思わず高まった動悸を紛らわそうと彼女のヘルメットに装着されたH-U-Dモジュールの筐体に刻まれていた《g-p F-E-L 〇Ⅳ》という白文字を読み取り、それにいちばん間近のハンガーで最終点検が終わったらしい紺色の機体の左腿に刻まれたマーキングをふと比べてみると、彼女はその機体《グラフィファイア》四番機のパイロットであることがわかった。つまり彼女は自らの機体に乗り込む前にふと思いついて、すぐそばで無防備にも一人でいる憎き敵性企業の回し者である私にちょっとした嫌がらせをしに来た、といったところだろうか。そういった突拍子もない想像をしていたところだった。

「なぜこんなところで、ずっと格納庫なんか見ているのかしら?」

その声が隣でこちらに顔を傾けて挑戦的に笑っている73-eのものだということを理解するのに数秒の間が開いた。その声音と表情になにか乖離したものを感じたからかもしれなかったが、それには構わず私は質問に答えることにした。

「さあ、ここにある機体が好きだからかな」

73-eがあからさまに怪訝な顔をしたのが私には見ずともわかった。彼女は言わずにはおれないといった風で口を開いた。

「F-E-L社はR&G社の敵性企業でしょう?」

「だが、両社の技術体系はよく似ている」

思わず言い返していた。私は続けた

「個人的に、F-E-L社の機体にはとても興味があってね。こうやって生で拝める機会はそうそうないから、できるだけこの目で見ておきたいと思ったんだ。――まあ、おそらくR&G社としても、F-E-L社の機体群そのものが理解できない、というわけではないことは確かだよ。要するに両社を隔ているのはあくまで市場でのシェア争奪による摩擦であって、技術思想から何からすべて理解できない、といったわけでは決してないと思うんだ」

F-E-L社の《生体教義》に関しては触れないように心がけた。なぜだかは知らされていなかったけれど、それに関してF-E-L職員と面と向かって話してはいけないと上から徹底されていたからだ。少し熱の入った私の話を73-eは、ふんと鼻を鳴らして冷たく一蹴したきりで、そこから話が続くことはなかった。

どちらにせよ降下開始の時間は迫っていて、四つに分けられた分隊のうちの第一群――α分隊と呼ばれる《グラフィファイア》Ⅰ・Ⅱ番機と《AD-4》一号車の三機単位で構成される部隊――は降下用のユニットを既に装着してハッチの前で待機しているようだった。73-eは乗機である《グラフィファイア》Ⅳ番機のほうへ歩いていく。私はなにか未練のようなものを感じてその後ろを付いていった。

作戦開始の合図があった。ハッチ解放のランプが点灯し、酸素マスクを装着するように言われて備え付けられていたそれを被る。
ふいに彼女はこちらを振り向いた。くるりと向いたその顔はかすかに笑顔をしていて、こちらを見上げてくる大きな赤い瞳は起動したH-U-Dモジュールの光に照らされ、網膜投影システムに特有とされる緑色の点滅を反射していた。人形のように綺麗な銀色の髪も白い肌もそのとき確かに息づいていた。彼女はゆっくりと口を開いた。

「実は私も、R&Gの機体嫌いじゃない」

《地雨-タンク》が好き、と73-eはちいさく付け加えた。彼女のJ-P語の発音は少し下手で、そこだけあの乖離した違和感がない、と私は感じた。

ハッチが完全に解放され、既に格納庫内はごうごうと強風が吹き抜けていた。発進のアラートが鳴ると同時に最終安全ロックが解除され、備え付けのレールに沿って降下ユニットを背負ったβ分隊の支援車輛《AD-4》二号車が滑っていって、後部ハッチから勢いよく飛び出して《リトルアークⅢ》のはるか後方に過ぎていった。下方に向かってみるみる小さくなり、やがて雲海の向こうに見えなくなった二号車の後を追うように《グラフィファイア》Ⅲ番機がハッチの端から思い切りのいいジャンプをして降下していく。私は73-eの乗るⅣ番機が私に向けマニュピレータを器用に動かして、小さく親指を立てる動作をしたのを見つけた。私は小さく呟いた。

「グッドラック。戻ってきたらまた話そう」

Ⅳ番機が《リトルアークⅢ》のハッチから跳躍ユニットの光を放って飛び降り、β分隊の2機に続いて降下していくところを私は見届けた。

――結局その後、あの73-eに会うことは二度となかった。彼女のⅣ番機は異常に成長した《A-Fアルファ》との交戦で見るも無残に大破していて、G-炭素で出来た超硬質の爪で正面装甲を貫かれ、コックピット・ブロックと一緒に圧潰した彼女の遺体は直視できない状態になっていたらしい・・・

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2017年12月21日 18:53