+ 第一話
「サトル・ウェブ伍長、突撃を敢行します!」
それが、あの時俺が最後に放った言葉だった。
あの時の俺は、本当にバカ野郎だったな――

-Burning foX- ep.1

「お目覚めのようだね、サトル伍長」
目を開けた途端、誰かの声が聞こえる。
ここは……救護室か。そうか、俺はやられて、それでも生き延びたのか。
「……ドクター、小隊のみんなは?」
「おかげさまで、全員生還しました。しかし」
「しかし?」
「あなたの機体、イヌガミK1は大破しました。脱出機構と幸運のおかげで、貴方は軽傷で済んでいますがね」
「そうですか……」
俺は配備されたばかりの防術機を、ものの見事に壊してきたというわけだ。
まあ、生きているだけまだマシなんだろうが。
「それから、目覚めたばかりで申し訳ありませんが、貴方に話があるという方が来ています」
話……どうせ、機体をどうしてくれるんだ、みたいなお叱りだろう。
「技術大尉、どうぞこちらへ」
大尉?そんなお偉いさんがどうして?
と、一人の女性が部屋に入ってくる。
「はじめまして、サトル伍長。私は、第2技術班衛隊所属の凛・バリアントといいます」
「ああ、はじめまして。で、何です?話って」
「そうね……まず、貴方が先日行った戦闘の記録を見させてもらったわ」
やっぱりあの機体のことか。
「イヌガミのことは謝ります。無謀な戦闘で破壊して……」
「いえ、そうではなくて。あの時の貴方の戦闘技術に、少し興味があってね」
戦闘技術?何のことだ?
「最後の突撃以外には、特に何もしてないですが……」
「あら?もしかして、覚えていないのかしら。貴方は、その突撃で15機のエルフを連続で撃破しているのよ」
「15機も……?」
「ええ、確かに記録されていたわ。脱出のショックで、記憶障害が発生しているのかもね」
驚いたな。俺がそんな戦果を挙げていたなんて。
「でも、それが何か関係あるんですか?」
「それは……後で話すわ。ここでは言いづらいから、後で3番ドックに来てちょうだい」
そんなに重要なことなのか?
「わかりました、検査が終わったら顔出します」
「ありがとう、ではまた後でね」
凛大尉は部屋を後にし、俺は簡単な検査を始めた。

検査の結果、俺はほぼ無傷だったようだ。本当に幸運だったとしか言いようがない。
そして指示された通り3番ドックへ向かうと、そこには凛大尉と、頭部の大きなヒンナガミ型防術機がいた。
「大尉、これは……?」
「試作中の新型機体よ。開発コードはZB。ヒンナガミZB型と呼ばれているわ」
そして大尉は振り向き俺の目を見ると、次に言い放つ。
「あなた、この機体のテストパイロットをしてみる気はない?」
試作機、新しい機体のテストパイロットに、俺が?
「……俺に、もう一度チャンスを与えてくれるんですか?」
大尉は、強く返してくる。
「そうよ。貴方の力があればこの機体を"加速"させることができる。そう、私は考えているわ」
俺はすぐに決断する。
「やります。俺にやらせてください」
「ありがとう。では、貴方は明日から、第2技術班衛隊のテストパイロットとなります」
「了解しました、大尉」
共に敬礼をする。そして大尉はドックを立ち去った。
こんな大仕事を即決しちまうなんて、俺は本当にバカ野郎だな。

+ 第二話
「サトル・ウェブ伍長、ただいま到着いたしました」
俺は3番ドックにたどり着くと、そう言って敬礼する。
今日から、俺は試作機のテストパイロットになるわけだ。

-Burning foX- ep.2

「では、このヒンナガミZB型の概要を説明するわね」
凛大尉は俺に説明を始めた。
「まず、この機体のベースとなっているのはZ1型。K1型と比べて、内部拡張性が高い機体ね。
今は武装がないけど、標準装備もZ1型やK1型と変わらない設計になっているわ」
なるほど、大まかな仕様は量産型と一緒ってことか。
「じゃあ、そういう標準型のヒンナガミと何が違うんです?」
「そうね……なら、この機体が開発された経緯から説明しようかしら。サトル伍長も、ヒンナガミの機動性が高くないことはご存知でしょう?」
「はい、重装備が原因で機動力が低下しているんですよね」
そういえば、俺が乗っていたイヌガミよりかなり遅かった記憶がある。
「でもヒンナガミは生産数が多くて火力もある。班衛団の防術機運用に欠かせない存在というわけね。
そこで機動力とのジレンマを解消すべく始まったのが、今私たちが行っている燐火計画よ」
燐火計画……それがこのプロジェクトの名前か。
「ということは、ZB型は機動力が高いということですか?」
「いえ、基本的な機動力は変わらないわ。ただし、"バーナー・システム"使用時を除いてね」
つまり、機動力を変えるシステムということか?一体どんな代物なんだ。
「このシステムは、OSの腕部・脚部制御システムを一時的にオーバーライドすることで、一定時間だけ運動性を向上させて、高速での移動と行動を可能にするものよ。具体的には、頭部のコンピュータシステムをメインシステムにバイパスして……」
なんか難しい話を始めた。
「あの、もうちょっとわかりやすく説明して欲しいんですが……」
「あら、ごめんなさい。つい熱くなってしまったわ。わかりやすく言えば、短時間機体を"加速"するシステム、と考えてもらえればいいわ」
加速、か……。昨日もそんなことを言っていたな。
「じゃあ、俺はその加速ってやつを成功させればいいんですね」
「そういうことよ。調整が終わり次第、貴方にはシステムの起動テストを行ってもらうわ」
「了解です、凛大尉」
もうすぐ、俺のテストパイロットとしての初仕事が始まる。俺は各種詳細データの確認を始めた。

そして、テストは始まった。
「調整完了を確認したわ。伍長、搭乗をお願い」
「わかりました」
俺はZBのコクピットに乗り込み、ハッチを閉める。
「メインシステム稼働確認よ。準備はいい?」
「はい。全システム正常です」
「オーケー。では、標準出力から開始してちょうだい」
操縦ペダルを踏み込む。吊り下げられるよう固定されたZB型は、歩行するように脚を動作させる。
「問題なしね。では、バーナーを出力10%で起動するわ」
「了解!」
脚の動きが少し速くなる。同時に、制御もしづらくなる。
「伍長、大丈夫かしら?」
「やや制御が難しいですが、問題ありません」
「では、25%まで出力を上昇させるわね」
さらに動作速度が激しくなる。かなり制御が難しくなっている。
「サトル伍長、本当に大丈夫?」
「いけます。やらせてください」
「……了解よ。では、出力50%を起動するわ」
直後、高速で脚が動き始める。制御が追い付かないか……!
「伍長!サトル伍長!まずいわね、緊急停止を……」
と、ZBの脚から悲鳴のような重い音が鳴る。フレームが……折れた。
「遅かったみたいね……」
機体は停止した。というより、壊れたというのが正しいか。
「はぁ、はぁ……すみません、大尉」
「いえ、あなたが無事でよかったわ」
テストは失敗に終わった。出力に耐えきれず、ZB型の脚は折れ曲がってしまった。
強がって、無茶をしすぎた。俺は……本当にバカ野郎だ。

+ 第三話
「サトル・ウェブ伍長、ただいま戻りました」
メディカルチェックを終え、3番ドックに戻り、そう言って敬礼する。
ZB型は、大規模な修復作業に入っていた。

-Burning foX- ep.3

「おはよう、サトル伍長。どこか問題はなかった?」
「はい、体に異常はありませんでした。それより、機体が……」
「心配はいらないわ、故障部分は替えが効く部品だもの。それよりも、これからどうするか、ね」
昨日のシステム稼働テストでは、50%の出力で制御が効かなくなり、機体が損壊する事態になった。
「データを確認したのだけれど、システム側の制御能力が不足していたのは間違いないわ。でも、伍長の操縦にもいくつか気になる点があったの」
機体ではなく俺の問題……か。
「いったい、どこがまずかったんですか?」
「落ち着いて、サトル伍長。まずはこれを見て」
そう言って凛大尉は端末を差し出した。
そこには、俺の操縦の経過データが映し出されていた。
「見て欲しいのは、この歩行制御ペダルの入力データね。これを見ると、一気に踏み込んで離していることが分かるわ」
確かに、グラフは急な上下を繰り返している。
「急激な制御をしすぎている、という事ですか」
「そうね。通常の機体であれば耐えられる制御だけれど、システムによって動作が大きくなっていたために、一気に機体に負荷がかかって損壊してしまった形になるわね」
つまり、いつもなら負担の少ない急制御も、ZB型では大きな負担になってしまったわけだ。
「それじゃあ、俺はどうすれば……」
「私にひとつ考えがあるわ。ついて来てちょうだい」
俺は大尉に連れ出され、屋外へと歩き出した。

連れてこられたのは、広い演習場だった。
そして、そこに居たのは……
「ヒンナガミTR型、訓練機ですね?」
「そうよ。あなたには、この機体で制御を訓練してもらうわ」
TR型……俺も訓練兵時代は、この機体を使っていた。
こんな形で、再び乗ることになるとはな。
「武装は外してあるけれど、操縦の訓練には十分よ。さあ、さっそくだけど搭乗してちょうだい」
「了解です、大尉」
TR型のコクピットに乗り込み、機体を立ち上げる。
「では、訓練を開始するわね。まずは、今まで通りに走ってみて」
俺はペダルを踏み込んで歩行を開始させる。機体は前進し、地面から衝撃が伝わる。
「やはり急制御になっているわね。伍長、ペダルをもう少しゆっくり踏んでみて」
言われた通り、ペダルをゆっくり制御する。すると、さっきまで感じていた衝撃が和らぐ。
「なるほど、こういうことか!」
「いいわよ、伍長。そのまま歩行速度を上げていくのよ」
操縦に気を遣いながら、歩行のペースを上げる。機体は、スムーズに前進していく。
「よし、感覚がつかめてきました」
「よかったわ、その調子なら本番もやっていけそうね」
「ありがとうございます、大尉」
しかし、この走る感覚、どこかで感じた覚えがある。
あれは確か――。

「訓練おつかれさま。ゆっくり休んで、明日に備えてちょうだい」
「了解しました、大尉」
明日には、ついにコンペティションの本番だ。もう一機の試験機と、模擬演習で競うらしい。
ギリギリで制御を習得するなんて、俺も本当にバカ野郎だ。

+ 第四話
「バロウ・システム……起動!」
その言葉と同時に、機体は急加速する。
そう、この感覚だ。あの時の感覚は――。

-Burning foX- ep.4

一時間前。
コンペティションの当日、俺は試験演習の準備をしていた。
そこへ現れたのは。
「やあ、君がサトル君だね」
「はい、俺がサトル・ウェブです」
「そうか、君が。私は、今回ヒンナガミZ1XBのテストパイロットを務める、キーン・カガリ中尉だ」
キーン……あのエースパイロット、衛団の三猿の一人か。
「本日はよろしく頼む。ZBの力、見させてもらうよ」
「は、はい、よろしくお願いします」
「そう緊張しなくてもいい。まあ、こちらも手加減はしないがね。では、また試験場で会おう」
そう言って彼は去っていった。Z1XB、コンペティションの競合相手か。
「みんな、ブリーフィングを行うわ。集まってちょうだい」
「わかりました、凛大尉」
そうして、今回の演習の説明が始まった。

「では、今回の作戦を説明するわね。まずは目標からね」
演習場のマップが大型モニターに映し出される。
「今回の目標は、現在地から10km先に配置された、AI型防術機、ヒンナガミK1AP型5機の停止よ」
「停止?」
「標的をペイント弾で10発撃てば停止させられるわ。こちらも10発食らったらおしまいよ。次は、こちらの戦力についてね」
モニターに2機の図面が映される。
「まずはヒンナガミZB型。私たちの機体ね。改修された"バロウ・システム"を搭載して、敵陣で高機動戦闘を行うわ。次に、ヒンナガミZ1型XB装備。競合相手ね。外部ブースター"狐火"を装備して、先行して攻撃に当たるそうよ」
ブースター、それがZ1XB型の"加速"か。
「最後に、このコンペティションでは戦果だけでなく、機体のあらゆる有用性が評価されるわ。そのことを念頭に置いて、存分に戦ってきなさい」
「了解です。では、サトル・ウェブ伍長、出撃準備に移行します」
そして、ついにコンペティションは始まった。

ヒンナガミZB型に搭乗し、Z1XB型と並び立つ。そして、号令を待つ。
「改めて、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします、キーン中尉」
挨拶の後、その時が来る。
「作戦、開始!」
号令に合わせ、2機は発進する。
「先に行かせてもらう。またな」
Z1XB型は背部のブースターを点火させ、加速していく。
一方で、俺はZB型を一歩づつ確実に進めていく。
「接敵予測まであと180秒よ。安心して、私たちがついてるわ」
「ありがとうございます、凛大尉。通信サポートは任せます」
そんな中、Z1XB型は戦闘に入ろうとしていた。

「確認した。Z1XB、戦闘状況に入る」
機体はブースターを解除し、火器をAI機に向ける。
「発射!」
放たれた弾丸は、AI機を瞬く間に塗っていく。しかし。
「まずい、相手の火力が高すぎる」
射撃しつつの後退。その攻撃で、1機のAI機が停止する。
「1機停止を確認。だが被弾5発、これ以上は危険だ」
と、その時。
「ZB、目標地点に到着。交戦開始します」
遅れてきたZBが、ついに加速する。

いくぞ、ZB。俺達の力を見せるんだ……!
「バロウ・システム……起動!」
その言葉と同時に、機体は急加速する。
そう、この感覚だ。あの時の感覚は。エルフを撃破した突撃の感覚。
「1機目」
高速で前進しつつ、弾丸を撃ち込む。瞬く間に、1機のAI機が停止する。
「2機目」
こちらへ向いた攻撃を後退でかわし、かわりに射撃で停止させる。
「3機目」
後退するAIの射撃をシールドでいなし、追い詰めて撃つ。
「停止確認」
連続しての3機撃破。しかし、非情にも限界が訪れる。
「バロウ・システム停止……オーバーヒート、か」
ZB型はその動きを止める。残る1体の銃がこちらを狙う。だが。
「大丈夫か、サトル伍長」
Z1XB型の射撃が、AI機に降り注ぐ。そして、音は止む。
「そこまで!作戦終了!」
号令が響き、終了を告げる。
「助けられてしまったな、伍長。礼を言わせてもらう」
「こちらこそ、最後は助かりました」
こうして、演習は終了した。
ここまでの戦果を挙げるなんて、俺も本当にバカ野郎だな。

+ 第五話 エピローグ
-Burning foX- ep.5

「サトル・ウェブ伍長、ただいま到着しました」
「おはよう、サトル伍長。今日は、いくつかお知らせがあるの」
「コンペティションの結果、ですね」
「そうよ。まずは悪い知らせから。コンペティションの勝者はヒンナガミZ1XB型よ」
「俺達の負け、ですか」
「ええ。もともと評価されていたZ1XBのコストや生産性に対して、ZB型は汎用性が低い、と判断されたそうよ」
ZB型は、一般パイロットが使うにはピーキーすぎたのか。
となると、量産されるのはZ1XB型のブースター、狐火という事か。
「じゃあ、ZB型は……」
「いえ、安心して。ZB型はその高性能が評価されて、輸出向けに少数の量産が決定されたそうよ。これがいい知らせね」
「よかった、俺達の努力は無駄じゃなかったんですね」
「そうね。私たちの作ったZB型が、やっと実を結ぶというわけね。それから、私たちに新たな任務が届いたわ」
「任務?」
「私たちはこれから、ヒンナガミZB型を用いて実戦に参加し、様々なデータ収集を行います」
「これからは、戦場でZB型の力を試すんですね」
「そういうことよ。さあ、伍長も準備を手伝ってちょうだい」
「分かりました。サトル・ウェブ伍長、任務を開始します!」
こうして、俺達のひとつの戦いが終わった。
だが、これからまた新しい戦いが待っている。
まだまだ戦い続けるなんて、俺は本当にバカ野郎だな。

-Burning foX- end.

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最終更新:2020年08月23日 11:47