深い深い暗闇から徐々に意識として表層に浮上する・・
そんな感覚であったと彼は語った。
目が覚める。
正確には意識が戻った彼はまぶたを上げるのが億劫なほど長い間眠っていたのだ。
少しずつ目を開ける。 眩しい なんだか懐かしいような刺激だ。
ぼんやりとした意識ではあったが、周囲を見渡した。
ピントが合わない。まるで初めて生まれたばかりの赤子のようだ。
ここは病院なのかな。どこなのだろうか。
白い壁と、おそらく機械であろう灰色の物が見える。
誰かが寄ってくる気配を感じた。誰だろう。・・・敵か? 看護師か?それとも・・。
身構えるために彼は身体に力を入れる。が、上手くいかない。痺れているわけでは無かったが、
使ったことのないような感覚だった。
「目が覚めましたか。■■■さん。今博士を呼んできますね。」
何かを言われた。誰かを呼んでくるそうだ。
・・・それよりも今状況を判断し、朦朧とした意識をハッキリとさせなければ。
記憶、記憶。そうだ。思い出してきたぞ。
俺は確か■■さんを追って その後・・なんだっけ。
もたもたと記憶を巡っていたら、3人ほど部屋に入ってきた。
「よう ■■■。 やっと目覚めたか。 ・・・・よかった。」
言葉に激しさは無かったが、強い感情が伝わってきた。
ぼやけて誰なのか見えないが、声でわかる。■■博士だ・・・。
幼く高音の声だが、冷静さと余裕がわかる声。
「・・・っぁ・・・ぅ・・ぅ・・・」
返事がしたい 返事がしたいが 声が出ない。
「スー ハー」と呼吸の音とかすかに喉を震わせただけの音。
まるで自分の体じゃないようだ。
「・・・・ 身体は移させてもらった。 慣れないだろうが、我慢してくれ。」
どこか悲しげな返事が帰ってきた。 返事というよりかはこちらの喋れない状況を察してくれたようだ。
身体を移した。つまりクローンか・・・。技術が確立してから日が浅く、不明なところが多い技術だ。
■■博士のことは全幅の信頼をおいているが、この技術だけは好きにはなれない。
ヒトのクローン技術。 急速な成長を促進する薬品等で成長を早め、元の人間の情報を追体験させて
同じ人間を作る技術。完全な同一個体を作るのは高い技術と専用の設備が必要。
安価に済ませるなら何種類かのヒトクローンを作っておき、後からデータを書き込む方法などがある。
■■博士は生物学に大変秀でている。難しいクローン技術ですら一定の成功を収めている。
幼いように見える彼女も、クローン体である。
彼女の説明によると、私の身体は今は保管されていて、修復しているそうだ。
ほとんどのことはクローン体で済むが、長距離移動など設備がない場所へ長期間滞在する場合は本体の、
つまり生まれた時からお世話になった私へと戻らざる負えない。
まだクローン体の生存期間が短いためだ。
身体とは 脳みそだけでは生きていけないのだ。脳みそだけでは考えられないのだ。
すべての部位があってこそネットワークが成立し、生命体となりうる。
そりゃあ、一部の器官を取り替えても問題はない。しかし
その他■■■■や、■■■■■■などが生成されないばかりか、バランスも乱れてしまう。
クローン体とは、その身体を取り替えたものだ。
意識だけを移すのだ。脳や肉体に当人の記憶を追体験させてな。
ここまではっきりと言えるのは、目覚めたその後、徹底的にリハビリに努め、なんとか手と口が動かせるようになり、勉強に勤しむことが出来たのだ。
まあ、まだ誰かの助けなしには出歩くことさえかなわないが。
「おい、■■■、今日はこれを調べてみろ。」
といって渡されたのはなにやら人類の歴史本だった。
「え、と はい。わかりました・・・?」
戸惑いながら受け取ると、彼女はそそくさと部屋から出て行った。
全くわからない。なんで人類の歴史を?
まったくこれがなにに役立つかわからなかったが、彼女は「後々に必ず必要になる。覚えておけ」
とつっぱねるばかり、俺に何を学ばせようというのだ。
ふむふむなになに、200万年前にアフリカから旅立ち、そして20万年前に我らが祖先のホモ・サピエンスが生まれた・・・と、へぇ、かなり昔から生きていたんだな人間って。
とりあえず記憶しておくだけにしよう。
待ってくれ!! 行かないでくれ・・・。
急激な痛み。 引きつる顔。 流れ出る生命の液体。
しかしそれでも動く。 まって、まってくれと 追い続ける。
肉の焼ける音。熱気。
待ってくれ!!
痛みなど無くなった しかし代わりに苦しみが今を蝕む。
行かないでくれ・・・。
「っ・・・! はあ・・・はぁ・・・。・・・。またか。」
またかと、嫌な夢を度々見る。
破壊される街、困惑する人々の声。むむ、もう言いたくない事ばかりだ。
はは、一番困惑して、慌てていたのは俺だけだったのかもな。
先に行ってしまった人たち、あの先輩は。・・・。
シャッキリしようとパンパンと顔を叩こうとする。が、手がしびれ、思うように叩けなかった。
「はは、なんだ。なんなのだ。これさえも許されないか。」
これが自らの責め苦とばかり、現状を嘆く。 意味のないことだとはわかっているが、感情的になってしまうのは抑えられなかった。
無くなった腕の痛みは、錯覚として今も感じてしまう。その痛みとともに、
原因の記憶も思い出す。 墜落し、えぐれ、切断されてしまった箇所を焼けたエンジンに押し付けて止血する自分。
肉の焼ける臭いが今でも漂ってきそうな錯覚に襲われる。 時間と体の状態は変わった今でも、
歯を食いしばってしまうのだ。
私はこれまで失敗ばかりしてきた
しかしこれからは?
進むしか無い。 休む暇など無い。進むしか無い。
最終更新:2017年04月28日 00:20