管理者メモ:正常性バイアスとオオカミ少年効果

正常性バイアスとは

正常性バイアスとは、多少の異常事態でもそれを正常の範囲内ととらえ、心を平静に保とうとする心理状態のことを指します。
人の心というものは、できるだけ安定を保とうとする(急な変化を嫌う) 性質があり、悪いことだけでなく、良いことに対してもその性質が働くことがあります。
特に問題となるのがとても悪いことが起こったときに起こるそのような心の働きで、自分に対してよくない異常事態に対して物事を必要以上に無視したり、過小評価してしまいがちになる心の働きのことを特に正常性バイアスとよんでいるようです。
この心の働き自体は過度な心理的負担を軽減し、パニックや心の摩耗を防ぎ、精神的安定性を保つことができるようになるなど、少なからずメリットは存在します。

災害時における正常性バイアスとは

ただし、災害の現場においては根拠のない安心感のもとになり、事態を軽くとらえ、避難の必要が差し迫っている状況にあっても避難行動をとらなかったり、必要な装備や準備、確認を怠るなどの判断ミスにつながり、被災してしまうという結果につながることはよくあります。
特に東日本大震災のような「観測史上最大」ともいえる大災害においては危険を回避するための正しい判断を阻害する方向に働き、致命的な結果を招くことも少なくはないのです。
こういった大きな事例に限らず、例えば南岸低気圧で都心部などに大雪が降るときに、自分は大丈夫だろうと思って冬用タイヤやチェーンの装着を怠り、スタックや事故を起こしたり、歩行中に滑って転倒してしまったりという事例が後を絶たないのはこの正常性バイアスも一因であるといえます。(「雪の予報や最大積雪深の数字は出ているけど実際には行動に支障が出るほど降らないだろう」という見込みも別の視点によるものではありますが、同様に正常性バイアスと言えます)
また、逆に夏の暑さに関しても、同様に正常バイアスによって気温数度の差を軽くとらえたり、運動時・作業時におけるリスク増加や加齢による代謝機能などの低下を甘く見た結果、熱中症にかかって救急搬送される人は後を絶ちません。
これ以外にも海水浴などのマリンレジャーなどによる水難事故、山岳(雪山) における遭難事件など、「大災害」に限らず、日常的な生活の陰に正常性バイアスが働くことによる被災(体調不良や軽い怪我など軽いものも含めて) のリスクは存在しているということについては、特にこういう普段と違う行動を行う場合であったり、いつもと同じ行動でも環境が少しでも違っている場合に自分を一旦引きとどめ、状況を落ち着いて見渡すことができるよう、頭の片隅に入れておいて損はないかと思われます。

オオカミ少年効果とは

オオカミ少年効果とは、日本では「オオカミ少年の話」として知られるイソップ寓話の話の一つ「オオカミと羊飼い(Wikipediaでは 嘘をつく少年 として紹介)」が由来です。

羊飼いの少年が、退屈しのぎに「狼が来た」と嘘をついて騒ぎを起こす。騙された大人たちは武器を持って出てくるが、徒労に終わる。少年が繰り返し同じ嘘をついたので、本当に狼が現れた時には大人たちは信用せず、誰も助けに来なかった。そして村の羊は全て狼に食べられてしまった。
以上、Wikipedia 嘘をつく少年 より引用。

これより転じて、警戒に関する情報や注意喚起などをたびたび発し、(結果から見れば) 空振りに終わるようなことを繰り返すことで信頼度の低下を引き起こし、人に信じてもらえなくなることをオオカミ少年効果、あるいは居眠り羊飼い効果と呼ぶようです。

災害時におけるオオカミ少年効果とは

こと災害においては、例えば避難指示が出されて避難しても、結局何も起こらなかったという「成功体験」を積み重ねた結果、いよいよ災害が発生するような状況となったときに避難指示を無視し、結果災害に巻き込まれるようなことがよく発生しています。
ありがちなのは例えば
  • 大雨で「避難指示が出た。ただ、前はこれ以上降ったけど土砂災害(河川氾濫) は起こらなかった」
  • 地震で「津波警報が出た。ただ、前はこれ以上揺れたけど津波が襲ってくることはなかった」
  • 台風で「不要不急の外出は控えるようにとの注意喚起があった。ただ、前はこれ以上勢力の強い台風が来たけど全然大丈夫だった」
という、一見以前の「成功体験」が通用しそうな「【肌合い】では以前に体験した状況より危険性は同等あるいは低そうである」という錯覚の下でオオカミ少年効果が働き、自分で勝手に安全だと判断してしまうことでしょう。
自然災害では自分どころか、専門家すらあまり具体的に理解できていない範囲で「前提条件」が違っていることがままあり、これまで経験してきたものよりも危険性が少ないと思える事象でも、一気に牙をむいて襲ってくることがあることは災害史、あるいは昨今の災害事例の中で我々は幾度か経験しています(わかりやすい例では大地震の後の大雨など)。
避難指示が出て、結果的に何事もなく無事であった場合であっても空振りに対し骨折り損のくたびれ儲けといったマイナスなイメージを持たず、「何事もなくてよかった」「本当に何かあったときのための訓練になった」といった感じで前向きにポジティブにとらえることで、少しでもこういった心理状態に陥ることを防ぐことはできるでしょう。*1

災害に対する姿勢の「芯」を持とう!

例えば、東日本大震災で大津波警報や津波警報が発表された地域において、地震そのものの揺れが今まで経験のなかったほど大きかった地域や、過去に津波被害を経験されている方などに関しては正常性バイアスが働く余裕もオオカミ少年効果によって今回も大丈夫と思う暇もなかった人が多かったと思われます。
しかし、そうでもなかった地域に関しては今回は(も) 大丈夫と思われた方も中にはいたのではないでしょうか。
実際に、東日本大震災が発生するより前にも津波注意報や警報を発表したものの、津波被害が確認されなかったり、予想より軽微な被害しか発生していなかった事例が何例か存在しています。そういったことを何度か経験された方ならオオカミ少年効果が発生したかもしれません。
逆に津波を全く経験したことがなく、津波に関する知識もなかった方に関しては正常性バイアスにより異常事態であるという認識が薄れ、危機意識が低いまま浸水区域にとどまってしまうこともあったかもしれません。
オオカミ少年効果はともかく、正常性バイアスに関しては先述した通り心がその安定を保つために必要な機能で、むやみにこれをコントロールしようとすると心の平衡が失われやすくなります。
しかしながら、災害においては物事を直視し、正しく判断することが必要となるため、そのバランスを取らなくてはなりません。
その拠り所、つまり姿勢、心における「芯」を何処にするかですが、結局は信頼できる最新の情報に可能な限り接すること、そして何より災害に対して正しい知識を持つことが大事になるのです。
また、できる限り自治体の発表する避難情報などを信頼し、災害が発生することなく結果的に空振りに終わったとしても「悪い成功体験(ただの骨折り損、杞憂だった)」として積み上げていかないことも大事です。
溢れる情報を整理し、災害に対する知識をふだんから少しずつでもいいので身につけておき、災害に対する心構えや向き合い方と言った「芯」としてある程度確立しておけば、いざというときに冷静に判断し、行動する事ができるようになるのです。
最終更新:2025年03月11日 23:56

*1 かなり補足的にはなりますが、自治体による避難情報の運用上の問題で発生しているオオカミ少年状態というのも存在しています。例えば気象状況などにより、ある特定の災害の発生の懸念があり、その災害の発生時にはその自治体の一部の地域のみの被害が想定される場合であっても、災害の発生の可能性がないところまで含めて常に自治体の範囲全域に高齢者等避難や避難指示を発表するケースも後を絶ちません。この場合、本来的な空振り以外に、そもそも災害が発生する危険性がその警戒レベルにまで達していない場合に発表される場合も含むため、オオカミ少年状態発生の危険性を自治体自ら引き上げているとも言えます。