こうなってくると並外れた体躯は我ながら頼もしかった。
世間の『岡豊の若君は大層女々しく、弱い姫のようだ』という噂も都合が良かった。おかげで油断しきった邪魔者をなんなく倒して四国を平定出来た。
見下してきた家臣たちもすっかり頭を垂れている。戦で片目を無くしたのは痛手だったが、かえって『なお果敢に立ち向かった』との風評が立った。
これも都合がいい。元親自身には実のところ、その時己が勇猛だったのか臆病だったのかわからない。
ただ、あんなに疎んじていた『他人の人生に関与する』事が、思うままに――直接的に、生き死にという形をもって――操作出来るのだと判って、
大層楽しかった。戦は好きだ。駆け回り、振り回す武器の重さは心地よい疲労感を与えてくれる。
一人殺せば、それは個として心に住み着く。恐ろしく重い。しかし、二人、三人、四人…と増えていけば、命はその分軽くなってゆく。
個の何某ではなく軍全体として、平定の為に殲滅しただけだ、と。
それは敵相手だけではなく、味方も同じだった。一人から傾けられる好意は重い。それも数が増えれば分散される。
皆が等しく『好き』という事は、その実『誰も特別に好きではない』という意味だ。ああ楽だ!これで何も煩くない!
女の味も覚えた。それなりに恋もして、愉しんだり哀しんだりした。
自分と似たような友も出来た。
同じく片目の兄貴肌、馬鹿騒ぎの大群を引き連れた年下のその男は、身の内に薄暗さを隠しているところまでそっくりだった。
戦って決着が遂につかなかったので、どちらからともなく大笑いをして、言った。『おう、兄弟よ』
相手は妙な異国訛りだったが、同じ意味の言葉だった。いつか必ず決着をつけよう。
その時までにこうと決めた女が出来たら、そいつも悲しませないように一緒に地獄に送ってやろうと誓い合った。
世間の『岡豊の若君は大層女々しく、弱い姫のようだ』という噂も都合が良かった。おかげで油断しきった邪魔者をなんなく倒して四国を平定出来た。
見下してきた家臣たちもすっかり頭を垂れている。戦で片目を無くしたのは痛手だったが、かえって『なお果敢に立ち向かった』との風評が立った。
これも都合がいい。元親自身には実のところ、その時己が勇猛だったのか臆病だったのかわからない。
ただ、あんなに疎んじていた『他人の人生に関与する』事が、思うままに――直接的に、生き死にという形をもって――操作出来るのだと判って、
大層楽しかった。戦は好きだ。駆け回り、振り回す武器の重さは心地よい疲労感を与えてくれる。
一人殺せば、それは個として心に住み着く。恐ろしく重い。しかし、二人、三人、四人…と増えていけば、命はその分軽くなってゆく。
個の何某ではなく軍全体として、平定の為に殲滅しただけだ、と。
それは敵相手だけではなく、味方も同じだった。一人から傾けられる好意は重い。それも数が増えれば分散される。
皆が等しく『好き』という事は、その実『誰も特別に好きではない』という意味だ。ああ楽だ!これで何も煩くない!
女の味も覚えた。それなりに恋もして、愉しんだり哀しんだりした。
自分と似たような友も出来た。
同じく片目の兄貴肌、馬鹿騒ぎの大群を引き連れた年下のその男は、身の内に薄暗さを隠しているところまでそっくりだった。
戦って決着が遂につかなかったので、どちらからともなく大笑いをして、言った。『おう、兄弟よ』
相手は妙な異国訛りだったが、同じ意味の言葉だった。いつか必ず決着をつけよう。
その時までにこうと決めた女が出来たら、そいつも悲しませないように一緒に地獄に送ってやろうと誓い合った。
行こうか。地獄に。
犯した罪状で行く先は違うらしいが、鬼と名乗る以上はたかが子鬼や物の怪の良いようにはさせねぇさ。
事前に彼女の幼馴染から聞き及んではいたが、まさか本気で兄に泣きつかれるとは思わず、元親は困惑した。
当の元就といえば崩れそうな体をやっと元親から引き剥がし、座り込んで顔を手で覆って泣いている。
意地もあり元親は逃げる腰を引き、留めようとした。しかし、逃げる以前に女の脚は萎え、立ち上がることさえ出来ずにいる。
手当たり次第に周囲の布を掻き集め、必死に汚れた体を隠していた。
嗚咽交じりにこぼれる言葉は「ごめんなさい」がほとんどだ。ごめんなさい、ごめんなさい、もう、いい子になるから。
そう言った後、不意に正気に戻ったような冷たい表情を彼に見せて、元就はまた子供に戻った。(…嘘吐き)
(いいこに、なんて、今更どの口でのたまうか)
元親は努めて優しく彼女の名を呼んで、肩に触れた。それはひくりと跳ね、怯えた目を返して、すぐに伏せる。
抱きしめて震える背中を叩いてなだめると、元就は抵抗もなく縋りつく。女の感触に暴れる劣情をなんとか抑える。
嗚咽交じりにこぼれる彼女の言葉を、余さず聴こうと元親は常より耳に神経を集中させた。
潮の花52
当の元就といえば崩れそうな体をやっと元親から引き剥がし、座り込んで顔を手で覆って泣いている。
意地もあり元親は逃げる腰を引き、留めようとした。しかし、逃げる以前に女の脚は萎え、立ち上がることさえ出来ずにいる。
手当たり次第に周囲の布を掻き集め、必死に汚れた体を隠していた。
嗚咽交じりにこぼれる言葉は「ごめんなさい」がほとんどだ。ごめんなさい、ごめんなさい、もう、いい子になるから。
そう言った後、不意に正気に戻ったような冷たい表情を彼に見せて、元就はまた子供に戻った。(…嘘吐き)
(いいこに、なんて、今更どの口でのたまうか)
元親は努めて優しく彼女の名を呼んで、肩に触れた。それはひくりと跳ね、怯えた目を返して、すぐに伏せる。
抱きしめて震える背中を叩いてなだめると、元就は抵抗もなく縋りつく。女の感触に暴れる劣情をなんとか抑える。
嗚咽交じりにこぼれる彼女の言葉を、余さず聴こうと元親は常より耳に神経を集中させた。
潮の花52