ようやっと引っかかりながらもそこまで紡いで、最後に自嘲の笑みを見せた。
そうして元就はまたしゃくりあげて泣いた。
元親の胸に顔を埋めているのは、幼子や飼い犬が叱る親、もしくは飼い主に敵意がない事を証明しているのと同じ心理からくるものだ。
『わたしはいい子だから、もう怒らないで、傷つけないで下さい。』
聡い元親は当然それに気付いてしまっているので困り果てる。男として見られていない。
幅の狭い小さな両肩は縮こまって儚い。確か自分と同じくらいの年齢だったと聞いていたが、これでは十にも届かぬ童だ。
(おいバカムネ、こういう場合にゃどうすりゃいいんだ)
元親にとっては色目の対象にすらならない幼い少女を未来の伴侶に、と選んだ悪友に助けを求めてみる。
しかし、ふと返事を脳内の情報庫に見つけて溜息をつく。
悪友の――曰く、ぷりんせす、だそうだが――相手は子供といえどももう十二になる。
普通はそれくらいになれば子供がどうやって産まれてくるのか、男女の交際のなんたるかを心得ているものだ。
そしてその上、本格的にその少女と悪友が恋仲として付き合うようになったのは、少女から仕掛けてきたからだ、という。
だから悪友はきっとこう言う。『わざわざコドモを選んだてめぇでなんとかしろ』小馬鹿にした笑みが見えた気になって腹が立った。
そうして元就はまたしゃくりあげて泣いた。
元親の胸に顔を埋めているのは、幼子や飼い犬が叱る親、もしくは飼い主に敵意がない事を証明しているのと同じ心理からくるものだ。
『わたしはいい子だから、もう怒らないで、傷つけないで下さい。』
聡い元親は当然それに気付いてしまっているので困り果てる。男として見られていない。
幅の狭い小さな両肩は縮こまって儚い。確か自分と同じくらいの年齢だったと聞いていたが、これでは十にも届かぬ童だ。
(おいバカムネ、こういう場合にゃどうすりゃいいんだ)
元親にとっては色目の対象にすらならない幼い少女を未来の伴侶に、と選んだ悪友に助けを求めてみる。
しかし、ふと返事を脳内の情報庫に見つけて溜息をつく。
悪友の――曰く、ぷりんせす、だそうだが――相手は子供といえどももう十二になる。
普通はそれくらいになれば子供がどうやって産まれてくるのか、男女の交際のなんたるかを心得ているものだ。
そしてその上、本格的にその少女と悪友が恋仲として付き合うようになったのは、少女から仕掛けてきたからだ、という。
だから悪友はきっとこう言う。『わざわざコドモを選んだてめぇでなんとかしろ』小馬鹿にした笑みが見えた気になって腹が立った。
「元就」
小さく呼びかけると、彼女はふるふる擦るように顔を横にふった。「ごめんなさい…!」
混乱する元就は、今自分でも意識していない本音を吐露しているのだろう。
家の為に子孫を残すのだと言った。強い子が欲しいから、体格に恵まれた元親を選んだ。
しかしだからと言って元親自身を父に、伴侶に望んでいるわけではない。あくまで毛利だけで完結すればいい。
――家と国の守りと引き換えならば、敵の手に堕ちて淫売にでもなるという。(なぁんもわかっちゃいないクセになぁ)
何が彼女をそこまで追い立てるのかといえば、一皮剥ければ単純でその分痛々しい。
(死んだ家族にもう一回会いたいって?かーちゃんとかにーちゃんとかに?)
一度人の名を聞いたら消して忘れない元親は、先の元就の言葉に出てきた人名と事前に持っていた情報を照らし合わせ整理する。
(まつ、っていうのが…?今度子供を産むから妹か。こうわかは知らねぇな。初めて聞いた。
それで、父親と、母親が…二人?で、病気で死んだにーちゃんと、あとはしろう・・・四郎?ってのが弟か)
元親は彼女の頭の丸みを確かめるように撫でる。小さな後頭部の中に渦巻く様々な中身を思って切なくなった。
彼女とは仲の良かったという弟の死に、毛利の家臣にして彼女の幼馴染の景治は何故か言い淀んだ。何があった?
もう少し無遠慮に突っ込んで聞いても良かったか。それにしても、だ。
(どんだけいい男なんだよ、その『にいさま』ってのはよ)
怖いコトがあっても感情を押し殺して我慢をし、それで最後どうにもならなくなって爆発するタチだ、と景治は言った。
そうなる前にこっそり、少女は人目を忍んで兄の下へ向かったのだろう。泣いて、慰めてもらう為に。
彼女といくつ年が離れていたか、鬼籍に入ったのはいつか、情報が足りずに全容は掴めぬが、この兄妹の癒着ぶりは異常だ。
元就が恋愛や性的な知識に全く無知なのは、まさか兄の方が妹にただならぬ想いを抱いていて、独占したままにする為に耳を塞いでいて、
…等とうがった考えを浮かべてしまう。
小さく呼びかけると、彼女はふるふる擦るように顔を横にふった。「ごめんなさい…!」
混乱する元就は、今自分でも意識していない本音を吐露しているのだろう。
家の為に子孫を残すのだと言った。強い子が欲しいから、体格に恵まれた元親を選んだ。
しかしだからと言って元親自身を父に、伴侶に望んでいるわけではない。あくまで毛利だけで完結すればいい。
――家と国の守りと引き換えならば、敵の手に堕ちて淫売にでもなるという。(なぁんもわかっちゃいないクセになぁ)
何が彼女をそこまで追い立てるのかといえば、一皮剥ければ単純でその分痛々しい。
(死んだ家族にもう一回会いたいって?かーちゃんとかにーちゃんとかに?)
一度人の名を聞いたら消して忘れない元親は、先の元就の言葉に出てきた人名と事前に持っていた情報を照らし合わせ整理する。
(まつ、っていうのが…?今度子供を産むから妹か。こうわかは知らねぇな。初めて聞いた。
それで、父親と、母親が…二人?で、病気で死んだにーちゃんと、あとはしろう・・・四郎?ってのが弟か)
元親は彼女の頭の丸みを確かめるように撫でる。小さな後頭部の中に渦巻く様々な中身を思って切なくなった。
彼女とは仲の良かったという弟の死に、毛利の家臣にして彼女の幼馴染の景治は何故か言い淀んだ。何があった?
もう少し無遠慮に突っ込んで聞いても良かったか。それにしても、だ。
(どんだけいい男なんだよ、その『にいさま』ってのはよ)
怖いコトがあっても感情を押し殺して我慢をし、それで最後どうにもならなくなって爆発するタチだ、と景治は言った。
そうなる前にこっそり、少女は人目を忍んで兄の下へ向かったのだろう。泣いて、慰めてもらう為に。
彼女といくつ年が離れていたか、鬼籍に入ったのはいつか、情報が足りずに全容は掴めぬが、この兄妹の癒着ぶりは異常だ。
元就が恋愛や性的な知識に全く無知なのは、まさか兄の方が妹にただならぬ想いを抱いていて、独占したままにする為に耳を塞いでいて、
…等とうがった考えを浮かべてしまう。
とにかくこのままでいても埒があかぬ。
また名を呼ぼうと唇を開いて、ある事に思い至りつぐんだ。今の彼女の名は、『元就』ではないのではないか。
先程の彼女の口ぶりから察するに、男としての、多分に毛利の主としての性格が強い『元就』と、
『母』もしくは『女』に成るべくして在る『私』がいる。
では、これは?
女性としての成長を拒否したままいきなり母になろうとして、怯えて兄に縋る弱さを抱いて中国の守護者たらんと身を削る子供は?
「…しょうじゅ…?」
髪を撫でながら言うと、元就は瞠目して顔をあげた。まっすぐ元親を見据えた目は直ぐに歪んで涙を落とす。やめて。
「にいさまみたいに呼ばないで…そんな風に撫でない、で、よ……」
「何て言やぁいいんだよ」
咽喉を擦る溜め息とともに問いを吐く。軽く首を傾げて、元就は呟いた。
「…毛利」
潮の花54
また名を呼ぼうと唇を開いて、ある事に思い至りつぐんだ。今の彼女の名は、『元就』ではないのではないか。
先程の彼女の口ぶりから察するに、男としての、多分に毛利の主としての性格が強い『元就』と、
『母』もしくは『女』に成るべくして在る『私』がいる。
では、これは?
女性としての成長を拒否したままいきなり母になろうとして、怯えて兄に縋る弱さを抱いて中国の守護者たらんと身を削る子供は?
「…しょうじゅ…?」
髪を撫でながら言うと、元就は瞠目して顔をあげた。まっすぐ元親を見据えた目は直ぐに歪んで涙を落とす。やめて。
「にいさまみたいに呼ばないで…そんな風に撫でない、で、よ……」
「何て言やぁいいんだよ」
咽喉を擦る溜め息とともに問いを吐く。軽く首を傾げて、元就は呟いた。
「…毛利」
潮の花54