音もなく、障子戸が引き開かれる。
「よう」
隻眼の御仁が、親しげに挨拶をしてきた。
音沙汰もすっかりなくなった筈の、伊達政宗その人だ。
「逃げずにちゃんと出てきたか、幸村」
きちんと化粧をして髪を結い上げて、褥の傍に座する俺を見て、政宗殿は満足げに口笛を吹いた。
「何をなされたのだ」
姿勢を崩さずに、政宗殿を見上げる。
彼はゆっくりとした所作で目の前に座ると、またゆっくりとした口調で語り出した。
「何も。ただ坊さんとこに金と女持ってっただけだぜ?」
語尾に凄味が混じる。恐らく乱暴な事もしたのであろう。
「あぁ、廓にも金積んだからな。ま、少し高くついたか」
あの上得意の顕如殿相手に、"少し"で済むはずがなかろうに、政宗殿は事も無げに言ってのけた。
「金策に勤しんでる坊さんなんかと一緒にすんなよ。俺が一国一城の主だって事、忘れたか?」
「殿様が、女遊びに金を注ぎ込んでは、家臣に示しが付きませぬぞ」
覗き込んでくる政宗殿と目を合わせられず、俺は顔を背けながら虚勢のような声を出した。
それを見、またクツクツと楽しそうに喉を鳴らしながら、「どっかの目付けみてぇだな」と政宗殿が呟く。
「何故…そこまで…」
そこまで言って、続きが言えなかった。
政宗殿が、真摯な瞳でこちらを見据えてくる。
「あんたが気に入った。それ以外の理由がいるか?」
それ以上の理由を感じ取って、俺は気恥ずかしさが足のつま先から頭の天辺まで上っていくのを感じた。
「ギリギリになっちまって、悪かった」
そんな事、詫びる事ではないのに。
僅かに細めた政宗殿の左目から、目を逸らす事ができない。
そのまま、政宗殿の顔がゆっくりと近付いて、俺は目を閉じた。
唇が、触れた。
熱くてむず痒い何かが、背中を駆け上がっていく。
感じた事のない感情だった。
そのままゆっくりと褥に押し倒され、帯に手が掛けられた。
唇が離れ、目を開けると、目の前に黒耀の瞳があった。
大切なものを見るような、優しげな目だった。
突き出しとか、覚悟とか、そんなものがどこかに消え去ってる自分に気付く。
この御仁なら安心して身を任せられる。
そう思ったら、恥も気負いも、なくなった。
そして俺はまた、ゆっくりと瞳を閉じた。
「よう」
隻眼の御仁が、親しげに挨拶をしてきた。
音沙汰もすっかりなくなった筈の、伊達政宗その人だ。
「逃げずにちゃんと出てきたか、幸村」
きちんと化粧をして髪を結い上げて、褥の傍に座する俺を見て、政宗殿は満足げに口笛を吹いた。
「何をなされたのだ」
姿勢を崩さずに、政宗殿を見上げる。
彼はゆっくりとした所作で目の前に座ると、またゆっくりとした口調で語り出した。
「何も。ただ坊さんとこに金と女持ってっただけだぜ?」
語尾に凄味が混じる。恐らく乱暴な事もしたのであろう。
「あぁ、廓にも金積んだからな。ま、少し高くついたか」
あの上得意の顕如殿相手に、"少し"で済むはずがなかろうに、政宗殿は事も無げに言ってのけた。
「金策に勤しんでる坊さんなんかと一緒にすんなよ。俺が一国一城の主だって事、忘れたか?」
「殿様が、女遊びに金を注ぎ込んでは、家臣に示しが付きませぬぞ」
覗き込んでくる政宗殿と目を合わせられず、俺は顔を背けながら虚勢のような声を出した。
それを見、またクツクツと楽しそうに喉を鳴らしながら、「どっかの目付けみてぇだな」と政宗殿が呟く。
「何故…そこまで…」
そこまで言って、続きが言えなかった。
政宗殿が、真摯な瞳でこちらを見据えてくる。
「あんたが気に入った。それ以外の理由がいるか?」
それ以上の理由を感じ取って、俺は気恥ずかしさが足のつま先から頭の天辺まで上っていくのを感じた。
「ギリギリになっちまって、悪かった」
そんな事、詫びる事ではないのに。
僅かに細めた政宗殿の左目から、目を逸らす事ができない。
そのまま、政宗殿の顔がゆっくりと近付いて、俺は目を閉じた。
唇が、触れた。
熱くてむず痒い何かが、背中を駆け上がっていく。
感じた事のない感情だった。
そのままゆっくりと褥に押し倒され、帯に手が掛けられた。
唇が離れ、目を開けると、目の前に黒耀の瞳があった。
大切なものを見るような、優しげな目だった。
突き出しとか、覚悟とか、そんなものがどこかに消え去ってる自分に気付く。
この御仁なら安心して身を任せられる。
そう思ったら、恥も気負いも、なくなった。
そして俺はまた、ゆっくりと瞳を閉じた。




