俺は立っていた。
全身を血に染まらせて。
足下に転がる三好の三人に、既に意識はなかった。
流れ出る鮮血が、渡り廊下一面を覆い尽くし、ぽたぽたと滴り落ちては地を汚していた。
死ぬつもりであった。
だが、その絶望を上回る程の、絶対の怒りが全身に渦巻いていた。
許さない。許せない。こいつらだけは。
荒い息も整わぬまま、俺は一直線に奴の部屋へ向かっていた。
勢い良く障子戸を開けると、こちらに背を向けていた久秀は、別段慌てた風もなく、ゆっくりとした動作でこちらへ向き直った。
「松永久秀ぇぇぇッッ!!!」
奮い起こす様に、怒気をあらんかぎりの叫びに乗せ、それと共に俺は床を蹴った。
ただ命を奪う為だけに、刀を両手に持ち替え、体重を掛けて突する。
そして、全ての音が消えた。
手にした刀は、何の抵抗もなく深々と久秀に突き刺さっていた。
一瞬遅れて踊る様に湧き出た血が、刀を持つ俺の手を染め上げる。
「何故だ……」
声を上げたのは俺だった。
「何故避けなかった……!」
俺の声だけが部屋に響き渡った。
「何故……だろうな」
少し間の開いた後、久秀は自嘲気味に口の端を上げた。
「俺を利用する為だけに側に置いていたのだろう!?」
思わず声を荒げて食い掛かる。
「利用するだけ利用して、腹の内で嘲笑っていたのだろう!?違うのか!?」
襟元を締め上げても尚、久秀は何も言わずに目を細めていた。
「返せ……返してくれ……!お館様を!佐助を!武田を……!!」
力任せに揺さぶれば、久秀はがくがくと力なく揺れた。
それ以上の言葉が、溢れ出た涙に遮られる。
返せと喚いて、返ってくるものではない事も分かっていた。
返せと言う事自体が間違っている事も分かっていた。
奪ったのは俺自身に他ならないのだから。
いつしか俺は、憎い筈の男に縋る様に泣いていた。
成す術のない赤子の様に、泣きじゃくっていた。
久秀は身動き一つせず、血の流れ出る腹を押さえたまま、ただ、ぼんやりと虚を見つめていた。
「……遅かったな」
ぽつりと呟いた久秀の言葉が、俺の背後に立つ人物に向けられたものだと気付くのに数刻要った。
それ程に、俺の死角を取った人物は、全くと言って良い程気配を感じられなかった。
慌てて振り向き様構えようとしたその手が、あっけなく後ろ手に捉えられる。
続いて流れるような動きで、もう片方の手が俺の視界を塞いだ。
一寸の油断を悔やんだ後、だがその掌の温かさに懐かしさを覚え、俺は動きを止めた。
「誰かさんのお陰で身動き出来ない程重傷だったもんでね」
聞き覚えのある軽い口調は、紛れもなくその男の声だった。
「佐助……?」
止めどなく溢れ出た涙が、俺の顔を覆うその掌を濡らしていく。
懐刀が俺の手を滑り落ち、かららんと無機質に床に転がった。
全身を血に染まらせて。
足下に転がる三好の三人に、既に意識はなかった。
流れ出る鮮血が、渡り廊下一面を覆い尽くし、ぽたぽたと滴り落ちては地を汚していた。
死ぬつもりであった。
だが、その絶望を上回る程の、絶対の怒りが全身に渦巻いていた。
許さない。許せない。こいつらだけは。
荒い息も整わぬまま、俺は一直線に奴の部屋へ向かっていた。
勢い良く障子戸を開けると、こちらに背を向けていた久秀は、別段慌てた風もなく、ゆっくりとした動作でこちらへ向き直った。
「松永久秀ぇぇぇッッ!!!」
奮い起こす様に、怒気をあらんかぎりの叫びに乗せ、それと共に俺は床を蹴った。
ただ命を奪う為だけに、刀を両手に持ち替え、体重を掛けて突する。
そして、全ての音が消えた。
手にした刀は、何の抵抗もなく深々と久秀に突き刺さっていた。
一瞬遅れて踊る様に湧き出た血が、刀を持つ俺の手を染め上げる。
「何故だ……」
声を上げたのは俺だった。
「何故避けなかった……!」
俺の声だけが部屋に響き渡った。
「何故……だろうな」
少し間の開いた後、久秀は自嘲気味に口の端を上げた。
「俺を利用する為だけに側に置いていたのだろう!?」
思わず声を荒げて食い掛かる。
「利用するだけ利用して、腹の内で嘲笑っていたのだろう!?違うのか!?」
襟元を締め上げても尚、久秀は何も言わずに目を細めていた。
「返せ……返してくれ……!お館様を!佐助を!武田を……!!」
力任せに揺さぶれば、久秀はがくがくと力なく揺れた。
それ以上の言葉が、溢れ出た涙に遮られる。
返せと喚いて、返ってくるものではない事も分かっていた。
返せと言う事自体が間違っている事も分かっていた。
奪ったのは俺自身に他ならないのだから。
いつしか俺は、憎い筈の男に縋る様に泣いていた。
成す術のない赤子の様に、泣きじゃくっていた。
久秀は身動き一つせず、血の流れ出る腹を押さえたまま、ただ、ぼんやりと虚を見つめていた。
「……遅かったな」
ぽつりと呟いた久秀の言葉が、俺の背後に立つ人物に向けられたものだと気付くのに数刻要った。
それ程に、俺の死角を取った人物は、全くと言って良い程気配を感じられなかった。
慌てて振り向き様構えようとしたその手が、あっけなく後ろ手に捉えられる。
続いて流れるような動きで、もう片方の手が俺の視界を塞いだ。
一寸の油断を悔やんだ後、だがその掌の温かさに懐かしさを覚え、俺は動きを止めた。
「誰かさんのお陰で身動き出来ない程重傷だったもんでね」
聞き覚えのある軽い口調は、紛れもなくその男の声だった。
「佐助……?」
止めどなく溢れ出た涙が、俺の顔を覆うその掌を濡らしていく。
懐刀が俺の手を滑り落ち、かららんと無機質に床に転がった。




